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2025年12月

2025年12月31日 (水)

狛犬

朝ランに寄りし神社にて、「狛犬の顔も険しき霜の朝」と詠みし句が高評価を得て。年内最後の句会を終えた。

「働いて」×5が時の総理ならば、「書いて」×10がその人。独善的、我が道を邁進するその姿はワーグナーになぞらえられるも当人のほうが生年は前であり。元々はしがない三文文士の彼を覚醒させるは「恋」。性に寛容なあの国にあって不倫とは語弊あるやも。異性との情事、それも年差離れた相手との。

当人曰く「男の初恋を満足させるのは女の最後の恋でしかない」と。その遍歴に生み出された傑作の数々。ふとした縁で知り合いし女性との話題がそちらに。彼女にして世の最高傑作はその作品。ぜひ、読むべしと。

冒頭から挑発的な一文。このドラマは作り話でもなければ小説でもない、「All is true」、つまりは全て真実。とするとその人物も実在か。オノレ・ド・バルザック作「ゴリオ爺さん」。

仏映画並みの展開の遅さはややくどい感あれど、心の奥底に潜む内面の描写が秀逸。併せてその壮絶な人生に迫らんと彼の伝記も古本屋から取り寄せて。氏名の「ドde」が示すは貴族の証、と申しても本人が勝手に。サマセット・モームにして彼こそが天才と。

閑話休題。長らくの支援者Hさんからの突然の着信。相談の内容や近所の母子家庭を巡るもの。情緒不安定な娘がふるいし親への暴力が日に日に。過日も近所のスーパーにて騒動あり。母親が仕事中にてHさんが駆けつけるに平常心を取り戻し。我が子とはいえ、もはや手に負えぬとの悲痛な叫び。

まさにそれこそが彼らの仕事、児童相談所、児相を頼らんとするも、当人の年齢や二十歳を過ぎ。何もその年齢にて発症したものにあらず、幼少期から兆候あったと見るが妥当。過去を聞くに専門病院への入退院を繰り返す中にあって今や日中の居場所は自宅。施設への入所といかぬまでも通所なる選択肢とてあるはず。内容が内容だけに他人様には知られたくない親の苦悩が。

んな時の頼みの綱となりしはその人。本来は発達障害の専門家なれど、数多くの事例に向き合うに培われし豊富な経験は困惑する保護者に救いの手となり得るもの。要対協とはそれらを包含する呼称。本来、支援を必要とするはずの方々ほど周囲との接触を自ら断たんとする傾向あり、通所に繋げても長続きせぬこととて。憂慮すべきは孤立化、そこを防ぐに欠かせぬはチームの力と。

その中心的役割を担いし役所に温度差。どこぞに回して終わり、のところもあれば、それぞれが及ぶ限りの手を差し伸べんと連携を見せるケースもあったりして。それが区によって違う、と。それが個の職員や管理職によって、とあらばさもありなん、が、この間ずっと区によってそれほどの隔たりあるとはにわかに信じがたくも、それこそが「真実」と。

以下はあくまでも当人の推測なれど、そこに格差生じる元凶や庁舎の構造。横に広い庁舎と縦に伸びる庁舎の違い。いみじくもかつて全く同じ話を役所にその人ありといわれた福祉の鬼が言及しておられ。それとて気のせい、いやいや、身近な実例を年明けにでも。

それでは、よいお年を。

(令和7年12月31日/2969回)

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2025年12月25日 (木)

台湾

これほどオイシイ話を独占しては世間様に顔が立たぬ。勝手な妄想、薄底健康論を吹聴して歩くに、私にも一足を、とバカな信者がまた一人。詐欺師の話って「本当に」面白いらしいからご注意あれ。

いや、彼もまたランナーの一人にて、その領域に踏み出そうとしとることは話を聞く目の輝きが。対価、と申してもたかが材料費二千円、工賃などいらぬ。この年齢にもならば金品の類よりも他人様の喜ぶ顔こそが。高まる健康意識。んな輪が広がるに国の社会保障費とて。

ましてや相手が相手なだけに宣伝効果は抜群。それもそのはず、依頼の主や地元選出の県議、それも他党にあって。政党で拒むなんぞは小人に過ぎず。クラフトマンさながらにオシャレでカッコいい一足を、彼に。

オクトバーランの会費が未だ未納、と督促を受けて久々の朝ラン例会に。個人の種目とされるも集団で走る意義や効能は件の名著が一章を割いており。並走しながら互いの近況を確認し合う中に気づき少なからず。

多い月は月間500kmを走るA子さんの年齢や不詳。健康美を有するばかりか「超」前向きな性格の主であり。秋に挑むはどこぞの島巡りマラソン。目下、ウルトラランナー仲間にひそかに流行を見せるがそのシューズ、ならぬ。

サンダルとて過去に注目されるもそれは完走後の癒し、リカバリーシューズと呼ばれるジャンルのはず。ぜひ、お試しを、とそそのかされるに。見てくれは百均のサンダルにしか。その名も台湾サンダル。えぇ、勿論、私もバカですから。

閑話休題。今回「も」質問を終えた。項目は一つ減らして三つ。一つは防災。備蓄物資の不足や使い勝手に寄せられる声や少なからず。それしきでは足りぬ、よりコンパクト、軽量の品が云々と。何せ巷には「我こそは」という自称大家が。

適正やいかに。何が最善かは人それぞれ。正解なき中にいかに正解を見出すか。禅問答が如き難問。が、アレコレと口を挟むは関心を寄せとる証左であり、くれぐれも変人などと粗末にしてはならぬ。んな協力者を大事にせよ、と。

二つ目や柿生駅南口。あの狭い道路の解消。用地買収の成果か、柵で覆われた土地も目立ち、地元に高まる早期完成への機運。最後の一坪にケリがつかぬ限りは、などと役所みたいなことを言っておらず。早いに限る、暫定供用も視野に、と前倒しを求め。

そして、最後はこちら。駅前商店会のど真ん中に空いた空洞。何か月も放置されるは私道であるがゆえ。されど、悲しいかなそこに私道を示す立札なく、野ざらしのまま放置されるに。行政に対して望まざる不信感を呼び起こす結果は何とも。

私道の舗装助成あるゆえそちらで、というのが役所の言い分。が、自宅前ならばまだしも無関係の土地にあって一部とはいえ他人様が破損させたものの費用負担を何故にこちらが被らねばならんのか、というのが。それも相手が譲らぬならばまだしも「譲る」、それも売却ならぬ無償譲渡と申しとるに頑として貰い受けぬは市、新品が如くに手直しせねば、とにべもなく。

せめて、公の道路に準じる土地だけでも、と。

(令和7年12月25日/2968回)

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2025年12月20日 (土)

呼鈴

自宅前の静寂は休日の朝ゆえか、それとも。一年ぶりの訪問に躊躇する呼鈴。それもそのはず、昨年は。長年連れ添いし奥様の入院に落胆を隠せぬ主人。聞くに聞けぬ病名、その年齢とあらば大半が「片道」であり。よもや。

とりあえず名刺だけでも。いや、んなことでどうする、と鳴らすに奥から主人の声。どうぞ中に、と招き入れられるに姿を見せるはその人であり。当時と変わらぬ御元気な姿。今年は夫婦で正月を迎えられる、と。

柿とみかんは家の自慢。玄関内に置かれたビニール袋一杯の柿。今年最後の柿を私の為に、と。三個もあれば十分。いや、その背負いしリュックに詰めれば、と家主が自ら。格安スーパーの詰め放題じゃあるまいに。どこぞの庭の柿を盗んできたみたいで。それにTさん宅のみかん加わり。どう見ても市議には見えず。そのままに。

昼の休憩はそちらと。隠れ家的なレストランが区内某所に。それが御趣味だそうで。旧家の令嬢が営みし店はランチのみの営業。自宅の畑で採れた新鮮な野菜を使いしメニューが並び。肝心の挨拶を終え、「もし、可能であれば」と打診するに、「13時過ぎなら席を用意しておきますよ」と令嬢。ならば後ほど改めて、と約束の時間に伺わば。

店内は女性ばかりだけどいいかしら。こちらは気にせぬ、むしろ、そのほうが。上品なマダムの中にランの格好そのままのオッサン一人。こんな時の為のランであり。注文するは白ワイン。しっかりした味、やや黄色がかった、シャルドネか。

閑話休題。今回「は」質問するのですか、と複数人から。ちゃんと毎回「欠かさず」やっとるではないか。気づかされる自らの存在感。覚えなき課金や新手の詐欺か、いや、詐欺にしては月額数百円はセコい。もう数年。それで生活に困ることはないもののどことなく。

何とかならぬか、と相談主。「覚えなき」とは本人の勝手な思い込み、何かしらあるはず、なんて言えず。ダメもとで、と繋ぐは消費者行政センター。数日後、当人から連絡あり。無事に解決した、と大変な喜びようで。

折しも委員会にて報告を受けるは消費者行政推進計画。そこに寄せられる相談を見れば今どきの流行が。やはり一位や不正利用、二位は不動産貸借。しっかりと耳を立てて質疑を聞けど。嚙み合わぬ答弁に苛立つは質問者、ならぬ私。

おい、そんなことを聞いとるのではない。市議をバカにしとるのか。あくまでも所感を聞いとるにそれすらも答弁に窮するとは。そこに声を荒げるは稚拙。質問者本人は大人の対応にて幕を閉じたのだけど。

委員会の続きを、と室長を呼んで。緊張感ゆるむ中に聞く本音と実態。よくわかった。贔屓目に見ても庁内の主流と呼ぶに及ばぬ地味な部署。されど、まさに弱者の味方、社会への貢献度は他部署をしのぐというに目立たぬは何とも。

今のやりとりを委員会ならぬ本会議の質問として公にすればそちらのいい宣伝にも。何も遠慮はいらぬ。いや、遠慮にあらず、との室長に、また一つ、質問の通告件数が減ってしまった。

(令和7年12月20日/2967回)

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2025年12月15日 (月)

時計

何も年末は「第九」に限った話になく。地元の音大生による「時計」を聴いた。そう、オール・ハイドン・プログラムと銘打たれた演奏会にて心休まる優雅なひとときを。

ヨーゼフ・ハイドンは小学校の音楽の教科書でしか。ならば、「セレナード」を。ほんの数分。それこそが彼の代名詞であり、性格を如実に。そう、ハイドン曰く、古びたピアノに向き合えば地位などどこかへ。そう、私とてゴルフクラブかワラーチさえあれば。

抜けるに抜けれぬ視察先の懇親会。終了後に残された二人。一人が新人の私ならば、もう一人や泥酔のその人であり。おぼつかぬ足下にタクシーでホテルまで。身長は私と然して変わらぬも胴回りや私の倍以上。百キロの巨漢を背負うは酷にて肩を貸してようやく部屋の前まで。「それではこれで」と別れんとするに彼が発せし一言、「これからもう一軒どうか」。腕時計や午前二時を告げ。

その後は副議長まで上りつめ、「終わった」後も隠然たる、いや、「公然と」権力を振るいし大物であり。そう、不思議とあれ以降、目をかけていただき、サシでも随分と御一緒させていただいた。自派の後輩ならばいざ知らず、他会派の若造に何をそこまで。一夜の返礼にしては過剰、よもや「改宗」など迫られやせぬか、と構えれどもその気配なく。振り返るに、んな時はおよそ私が聞き役であり、単に話し相手を探していただけだったりもして。

そう、私が議長なる役職を受諾、全う出来たのはこの御仁のおかげ、と申しても。んな役職とあらば監視下に置かれるに窮屈でかなわぬ、ゴルフクラブ、否、市議のバッチ一つあればそれ以上は望まぬ、と地位を拒む私にその意義を説き、背中を押し続けてくれた恩人であり。極めて独善的なれど広い視野を有した人だった。享年七十八。そう、あの世まで私を呼ばぬよう、と遺影を前に両手を合わせ。

さて、年内最後の定例会。議案の審査を終えた。一つに南部市場の指定管理者の更新を巡るものあり。以後は市に対して年五百万円の納付金が見込まれ。貰えるのだから何ら、と看過するは未熟。オイシイ話には必ずウラあり、と。議案とは別に示されし計画に盛り込まれる見慣れぬカタカナ。そのへんに「同じ匂いがする」とI市議。彼の直感がそう。

市労働会館の複合化を巡る一件も当初に見込まれた事業費の倍以上に。あれとて、再三にわたる私の警告を無視して邁進した結果だと。何が失敗を招いたのか。二千頁の資料を読み解いて彼が下した結論とは、特定の企業の提案を鵜呑みにしたことであり、今回とて見え隠れするコンサルの暗躍に向けられし疑念の目。

そう、そこはリスクを含んだ契約のはずが、想定外の要因により、と増額を求められるに。そう、一円入札とて原理は同じ。一度受注さえすれば後に戻れぬ、市とて当初の発注側としての責任を求められかねず。過去は「事後的」に編集されるもの、つまりは事後に都合よき解釈により正当性が作られるもの。ゆえに最初が肝心。同じ過ちを繰り返さぬ為にも。

牽制球は否定せぬ、いや、あって然るべき。が、投げていい球、悪い球。何よりも職務への没頭と自らへの陶酔が招く危険性。意図的に「クロ」に落とし込まんと。そう、彼らの捜査が如く。でも、ほんとクロかもしれぬから。

(令和7年12月15日/2966回)

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2025年12月10日 (水)

後期

許されぬ浪人。その重圧やいかばかりか。まさに修羅場と化すに跳ね上がる偏差値は「前期」と同じ大学とは。不合格ならばまだしも、スタートラインに立てぬはあまりに。それも行く手に立ちはだかるはアイドルグループのライブ、文科相も言及する異例の事態、とか。

宿無しの悲劇やそこに限らず。人口四万人の市に四十万人が押し寄せる大曲の花火を見てみよ、いや、花火にあらずともサロマ、いや、先週末のNAHAマラソンとて。こちとて安宿にラブホ、はては車内泊、とて探さば何かしら。

むしろ解せぬは便乗狙いし面々。宿代とて一、二割ならいざ知らず、倍額、いや、数倍とはさすがに。そう、今回とて同一日ならず、あくまでもニアミス。確かに、前期の合否後の出願とあらば後手は否めぬも仮予約なる選択肢とて。いや、それにもまして。

万事抜かりなき手配も入試に不測の事態はつきもの。朝の腹痛から大雪による遅延、そして、終わって気づく答案用紙への記入ミス等々。何も人生は受験のみにあらず、それもまた運命、と潔く身を処すが利口、と所管を述べるに。

この人でなし、んなことで政治家がつとまるか、と妻。日程変更は無理やもしれぬが、試験の会場位は別にあってもいいかも、と譲歩すれども。何をバカな、彼らは先々最低四年、そのキャンパスでの生活を夢見て試験に臨むに代替など言語道断、どくのは向こう側だ、と怒髪天を衝く勢い。

いえいえ、妻から見れば、たかがライブ、やもしれぬが、向こうから見れば逆。たかが入試であり。そもそもに彼らにとっては自らの彼氏、旦那以上の存在。それもただのライブならぬ「卒業」ライブ、つまりは永遠のアイドルの見納め。

受験以上の倍率に獲得したチケット。んな狂信者が数万人もいる中に「どけ」などと言えるはずなく。そのへんは個の価値観の話。趣味だろうが受験だろうが必死さは変わらぬ、と理を説かんとすれども相手に通じそうには。それも議論の舞台は自宅ならぬ地元のレストラン。有権者を前に、んな無様な格好だけは。いや、もう既に。

ライブか入試か、オマエはどちらだ。いや、娯楽か若者の将来か、などと言葉巧みに変えて迫られるに。政治ってそんなもんなんだろうな、と。

そう、プラチナチケットを狙うにスマホとは浅はか。やはり「固定」回線に限る、それも大容量の。さりとて、自宅に戻るに間に合わず、職場のパソコンを借用すればMセンセイの追及を受けかねず。んな状況下にあって、ならば、とN部長が向かう先や、漫画喫茶。

いや、200kmレースとあらば何もそこまでせずと。油断した私が甘かった。あえなく敗れし定員枠。前期でダメなら後期、とばかり。そう、100は100でも向こうはキロならぬマイル。つまりは160kmレースへのエントリーを終えた。

(令和7年12月10日/2965回)

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2025年12月 5日 (金)

塗布

いかんせん回る軒数が軒数なだけに。滞在ほんの数分、その間の移動とて。邸内に入れるほどでも。が、路上駐車は何かと。目的やつつがなき一年の御礼、せめて相手の元気な御顔だけでも。非礼と知りつつもランの格好そのままに区内狭しと。

デキる人は服装ならぬそこに目がいく訳で。まじまじと見つめるその視線の先には。靴、ならぬ、そう、ワラーチ。

厚底よりも薄底、裸足に近きがヒト本来の機能が、介護に同じ、足とて甘やかさぬに限る、と解説するに頷く相手。御入用とあらば私が採寸から「貴殿に合いし」一足を、と。やはり彼らの関心は政治よりも健康。裏金など彼らの生活には何ら益なく。むしろワラーチのほうが。

それは開催日というよりも私の勝手な都合。年内最後か、レッスン後にふるまわれしチャイが旨かった。そう、ヨガ教室。宗教は阿片、と喝破せしカール・マルクス。信じる者は救われる、ダマされたと知って恨まれぬが本当の詐欺師。教義云々以上にプラシーボ効果のほうが。いえいえ、こちらは真剣そのもの。

両手をこすり合わせた後に手のひらを両目に当てて。眼の奥がじわーっと、その感覚を「観察」。ヘンなポーズが意味するは普段は使わぬ身体の部位への負荷。具体例でいわば、老化とともに鈍るは関節の動き。ほぐすことで得られるは可動領域の広がりとリラックス効果。

インストラクターの口癖や一に呼吸、二に観察、三に他人と比べぬこと。それってすごく大切なことで。ランとて同じ、肩で息するは身体に過度な負担がかかっている証左、ペースは上げぬ、顔はゆがまぬ、途中で声をかけられても平然と、どれだけ距離を重ねてもそこは変わらず。そう、まずは「観察」の意識づけこそ。

目に見えぬ世界など。こう見えても理系のはしくれ。あれは「たまたま」、オチずに他の委員の質疑聞くこと大半にしてそこに耳が立たぬはずなく。私と括られることをこの上なく嫌悪する彼もまた理系の出身。この技術こそが次世代の救世主、と何度聞いたか、いや、聞かされたか。

隣部屋のM団長が真顔で熱弁ふるいし新技術に、秘かに関連本を取り寄せて。化石燃料や有限なれど太陽光とあらば。さりとて、今日に及んで田畑や山林を埋め尽くすあの光景やむしろ。いや、科学者とて手をこまねいていたものにあらず。何せ「塗布」するだけで。夢の技術やペロブスカイトと。

そう、発見や基礎研究に先んずるはわが国なれど、商用化の段階で他国に、とは過去の教訓。そうならぬよう国の支援こそ、と結ばれ。そう、本命、イチオシとは研究者の主観にて信ずるが強し、なれど全体を俯瞰するに。

時代の要請や薄型軽量の太陽電池。されど、従来型のシリコン結晶の電池も軽量化が図られ、有機薄膜も変換効率が改善されて。主導権争いや熾烈。ペロブスカイトとて塗料そのものは廉価なれどその保護膜は安価ならず、というのが某専門家の見立て、でもあり。

で、肝心の疑問。それと本市の関連は何か。水素なんぞよりもその手の企業誘致を図るべし、ということらしく。

(令和7年12月5日/2964回)

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