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2024年10月25日 (金)

比例

個が優先される時代にあって後進の不在に存続危ぶまれるはどこも同じ。事実、おらが神社なども担い手不足に近隣から手を借り。

いや、芸が途絶えたものに非ず、指南役が健在なうちに、なんて。そう、祭礼に欠かせぬ囃子。隣村のOさん曰く、再興を図らんとするに大事なのは芸の優劣以上に連帯感。アレコレと口を挟まれるに削がれる意欲。むしろ、下手同士が互いに冷やかし合いながらやったほうが上手くいくもの、と。

そう、全体とて本場に比べれば月とすっぽん、見劣りは明らか。他と変わらぬは神事位であって、何せ神輿の縦棒と横棒の上下が逆。されど、ああでもない、こうでもない、と見様見真似、まさに手探り状態。野暮といわれようとも上手く回っているのだからそれはそれで。例大祭を終えた。

選挙戦や終盤に突入。「裏金」とくれば次なるは。そこに救われ今日を迎える現職は数知れず。再挑戦の機会を、との恩情に報いるべくその後に逆転を果たす御仁もおられる中にあって、おらが候補は。仏の顔も三度まで、それが四度どころか五度目ともなれば。いつぞやに記した「頚肋(けいろく)」のようなもので。捨てるに惜しく。また、そんな声が上がらぬは偏に当人の人柄に負うところ大なれど、他を見渡すに比例なき陣営のほうが逆に勢いがあったりもして。

実の子といえども、もはやこれ以上。施設への入所を何とか、と人づてに相談を受けるは強度行動障害と診断されし二十歳の女性。定員に空きなく、受入は困難との回答に、ならば空きが生じる見込みやいかに、と聞かば、可能性は限りなく低い、と。本来ならば回転ドアに新たな受入を生み出すべきが理想なれど、特養が如く終の棲家に。入所、つまりは寝泊りを要する施設とあらば安からぬ費用を伴う訳で、なるべくならば在宅で、との狙いは分からんでもないが、それ以上に。

施設を頼るは軽度ならぬ「強度」の方々。親すらもお手上げの状態にあって彼らの面倒を見るに求められるは高い資質に豊富な経験。乱れる情緒に自傷、他傷、物損と錯乱を抑えるは並大抵のことになく、疲弊する現場は離職が絶えず。新たな担い手を探すにも求職に応ずるはつまりはそういう方々。ならば、どうすれば。

幼少期に気付く異変もうちの子に限って。せめて勉強だけは人並みに、との願望は子を想う親の愛情か、それとも。養護学校ならぬ一般の特別支援級ならばいづれ普通級に、との期待。が、成長すれども治らぬ行動。いや、むしろ当時よりも。最近は行動分析学にそのメカニズムが解明されつつある中にあって、幼少期に適切な処置を講ずれば改善が図られることが実証されており。

年齢が低ければ低いほど効果が高きは脳の成長過程において幼少期のほうが適応力を有するがゆえ。つまりは幼少期もしくは低学年時における対応が大事であって、その頃に詳しい専門家に巡り合えれば将来的な保護者の負担も減るばかりか施設に入らずとも。認めれぬ親の壁。その心境や察するに余りあるも、そこに手が届くことこそ。

親よし子よし施設よしの三方よしの好循環を何とか。

(令和6年10月25日/2885回)

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