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2023年9月

2023年9月30日 (土)

独身

いかんせん二十年前の話にて記憶定かならず。確かに言われてみれば、そんな気がしないでも。ただならぬオーラに際立つ存在感は今も衰えぬことなく。初対面の第一声が「あんた独身?」と。当時は無名の候補者、無職の青年だった訳で、それでも娘の相手に、と胸中にあったとすれば何とも光栄な話であり。

そんな昔話を披露されるに周囲に笑い絶えず、終始和やかな雰囲気の中に解散して迎えた翌朝、聞くは御子息の訃報。葬儀にてかける言葉なく静かに列に並ぶにそんな心境を見透かしたかの如く向こうから。あの前夜とてやはり。その気遣いや。丁重に弔い終えて、合掌のまま、棺を見送った。

枕を高くして寝れるは諸君のおかげ、あれこれと余計な口は挟まぬゆえ存分に職務に邁進あれ、とハッパをかけて読書に耽るが日課。子の教育に同じ、放っておかばそれなりに育つもので、時に何もせぬ選択肢とて。仕事の相談?それは副議長にでも。あくまでも当時の話。

議員の命とあらば拒めぬが役人、呼べば来るし、指示すれば動く。そのへんが勘違いの元凶にて優越感に浸るは勝手なれど、役人にあれこれ命ずるのが仕事とばかり。そのたびに奔走する手間こそ。働き方改革とてITを導入して効率化などと聞けど、それ以上に無駄と思しきこと少なからず、そこが見えぬ限り。

市民の代表者たる我々への報告が二の次とは怠慢、隠蔽を疑われるに不信感だけが増殖されて。先に持って来い、という割にはその後に事態が混乱すれどもどこ吹く風。だったら最初から相談する意義など、というのが彼らの本音に近いところにあるまいか。

さて、移転ならぬ御当地での再編といえども交錯するは個々の利害。ましてや相手が相手、やっちゃばの連中とあらば推して知るべし。んな任務を背負わされるに。求められるは赤字の解消。拭えぬ不安に描けぬ展望。安からぬ投資に許されぬ失敗。市議と現場の板挟みにあって、あれだけ厳しい追及に晒されれば仕事への意欲とて。

難題が山積する中にあって、一向に進展が見えぬ状況続き。質問を駆使して交通整理でもどうか、と若手に告げるに、心配に及ばず、と。この四月の異動にて新たに迎えし上長。粘り強く現場との交渉を進めるに関係者の評判も上々。近いうちに朗報がもたらされるはず。

とすると、やはり当人の手腕に負うところ大か、と続けるに、それもある、が、この間、議会への報告を優先させたがゆえにその過程であれこれと口を挟まれ、向こうに提示した際にもあれこれと。それを一新、現場を優先させた結果。単に順序を入れ替えただけなれど効果や絶大。

こちとて、あくまでも代弁者に過ぎず、現場が丸くおさまっとるのであれば読書でも。ちなみに上長は畑違いからの異動組だそうで。

(令和5年9月30日/2808回)

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2023年9月25日 (月)

育休

視界遮られるに目障りでかなわぬ。こちらで勝手に伐採するにもどこぞ会社が如く被害届に損害賠償を請求されてはかなわぬゆえ。そう、あの一件とてソレを狙った詐欺。

あくまでも「万一」のことといえど、夢のマイホームの担保として求められるに。確かに借金は完済されるやもしれぬ、が。解約した途端に、の恐怖。それまでの掛け金を損する訳にはいかぬ、など、人の心理を巧みについた商品にて。

口利き一つで優先的に、なんてのは十年前、いや、二十年前の話。今やすっかり点数化されてボタン一つで瞬時に解決。以前などは保護者が実際に見学に伺うに互いに心構えが出来たはずも今や直前に紙一枚を渡されるに園側とて。来年四月の入園に向けて募集の季節。ホームページを見て、と相談が寄せられ。

待機児童ゼロ、の公約に格段に増えし受入枠。当時に比べて隔世の感あり。むしろ、今や飽和状態に存続が危ぶまれ。かたや保育園による0歳児の青田買いに園児確保に悩む幼稚園。よほど執着せぬ限りはそれほど心配せずと、と宥めてみたものの、払拭されぬ不安。

兎にも角にも入園はゼロ歳児枠に越したことはない、というのが鉄則。1歳児以降は下からの進級組が大半を占める中にあって余剰は僅少。育休一年とされど肝心の一歳児枠少なく、ならばいっそ0歳児から。さりとて、0歳児枠に付されるは「生後五ヶ月」の条件。

こたびの相談主、年明けの出産予定だそうで。翌年を待たずして年度途中の入園を希望するに何とか、と。当該園の状況を見るに既に今現在も0歳児は3名の空きありて、さほど人気園ではなさそうなれど、その横に記されるは待ち18名と。それだけの待ち人いながら余剰が生じる理由とは。相談から学ぶ昨今の事情。

「保育に欠ける」「敷地内に園庭」なんてのは死語に近く。福祉から就労支援へと大きく変貌遂げた保育。が、それすらも。預けて就労、から、今や自ら育児を手がけて給与補償へ、給与の6割といえども補償してくれれば保育園に頼らずと自らの手で子育て、を。との時代の流れに拡充される育児休業給付金。

公金である以上はその取得にはアリバイというか「証拠」が求められ。失業給付とて就労の意欲を有していることが前提。つまりはハローワークに足跡を。とすると本件も合点がいく訳で。が、それはあくまでも「証拠」に過ぎず、そのへんの見せ方を工夫せねば誤解を招きかねぬ、と担当局に。

そうそう、子育て支援といえば、今定例会に耳目集めるは多子減免の制度拡充。目下、第二子は半額、第三子以降は無償、とされども、適用を受けんとするにはあくまでも兄弟の「在籍」が要件とされ。兄姉の就学後は権利を失う、つまりは年差が近くなければ優遇は受けれぬ。産めよ増やせよじゃあるまいに、んな都合よくいくか。

第二子、第三子、を授かるに喜ばれこそすれ、あと一年早く、などと親にこぼされるに子とて。理不尽な状況の改善を求めれど動かぬ国を横目に本市自ら制度の狭間を埋めんと。

(令和5年9月25日/2807回)

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2023年9月20日 (水)

石鹸

白状すれば、と口を割った途端に。

相手はズルい、というのが時代劇、歴史に学ぶ教訓。身の安全は保証する、などと申してもおよそ特定されるのがオチ。不正を明らかに、といえば聞こえはいいけど、必ずしも正義感の発露とは限らず、疎外されがちな職場へのあてつけだったりもして。内部通報制度の件数が伸びぬとか。村社会にあって連帯感が勝った結果、というか、そのものが少なかった、と信じており。

3Dといえば立体。ならぬ、「だれもが」「どこでも」「できることから」の頭文字。わが社の経営方針とされ。本来ならば仕事帰りに一杯となるべきも、場所と時間の制約を受けぬ職場の交流。「招待」なる言葉の響きに抱く優越感。ネット上のコミュニティにお誘いをいただき。各種イベントや旬な話題など。これがなかなか。

依存症とはよく申したもので、勤務中の集中力を削ぎかねず。服務規律の遵守が求められる職場にあって、一人せっせと自慢話を吹聴しており。んな時はおよそ泥酔後。不都合な投稿を消さんとすれども消せぬは履歴。匿名制が隠れ蓑とされど私など匿名が匿名になく。口が過ぎて身柄を売り渡されぬことを。

会派の代表質問を終えた。中でも臨海部の高炉休止に伴う広大な土地利用。東京都を含む近隣の自治体や国を巻き込んで、往年の夢よもう一度、と。そんな水素社会への転換に徹底抗戦を見せるはあの会派。発電だけ見ればクリーンかもしれぬ、が、その製造過程に目を向ければ、と理論的に。

「温暖化」「脱炭素」と昨今なんぞ猫も杓子も。それこそが「正しい」姿と言わんばかりの論調に抱く違和感。それが間違っとるとは言わぬまでも、あまりにも急進的すぎはせぬか。そもそもにドーム何個分の山林を伐採して並べたパネルが「優しい」はずはあるまいし、そこに削減される排出量が何万トンなどといわれても実感がわかぬ。そこに学術的な理屈が付されども、乗数が働くに変数一つで結果は自在なことは多少の数学的な知識あれば。むしろ廃油から石鹸のほうが目に見えて。

車の燃料とて欧米では少し前まではあれほど軽油が推進されてきたはずで、それが一転。課せられる厳しい排出基準、というかゼロでなければ認めぬ、とはさすがに。資源乏しきわが国にあって進歩を遂げた省エネ技術に効率性。

既にそれだけの性能を実現しとるばかりか、更なる高みを目指すと技術者が研究開発に励んでおる以上は、そこ「も」後押しすべきであって、土俵を変えんとするは世界に冠たる技術を確立するに嫉妬を抱きし国の陰謀、だったりはせぬか、なんて。

省益あって国益なし、と聞けど、国際舞台などもっとしたたか。国益あっても。国際ルールといえば聞こえはいいが、欧米の価値観が正しいとは限らぬばかりか、当事国の利害絡むこととて。そこに翻弄されては自らの国益を失いかねず。資源乏しきわが国にあって輸入の依存度を減らすことこそ。とするに品目が変われど富の流出は。そのへんが見えぬ。

(令和5年9月20日/2806回)

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2023年9月15日 (金)

鴛鴦

おしどり、と読み。

そう、昨今は位置情報に高低差、心拍数など高機能のスマートウォッチが流行なれど、こちとら門限に必須な時刻さえ分かれば、ということで廉価なデジタルウォッチが愛用品。

紛失に気付くは帰路の途中、記憶辿るに山荘に置き忘れの可能性高く。既に十年、新品にすべきか否か。問い合わせるにちゃんと残されており。着払いとはいえど、丁寧な梱包に相手の気遣い見えて。送り主、雷鳥荘。

そもそもに健康の為などと始めたつもりが、十が二十に、二十が四十に、日に四十キロ走って身体にいいはずなく。目下、隠居後の奉公というか川崎競馬組合議会なるものの副議長を仰せつかっており。また、いづれうんちくというかそのへんを語るときもあると思うけど。

天高く馬肥ゆる秋にあって、しばし放牧と決め込むも、本当に食って寝ての日々では、ということで。コース途中に見かけるは、「本日限り、ひやおろし三種二百円」の看板。どう見ても「ひやおろし」ならぬ「ひやかし」にしか見えぬ珍客も笑顔でもてなして下さるは美人店主。

ぐい吞みに適量、いや、多めに注いでいただくに割得感は抜群。相手が真心こめて作りし一品には敬意払われて然るべき。

「そや、わては女やからな。男衆とちごうて、女は生きることしか考えんのや」。その声には迫力があった。

そこを描くが当人の魅力。城山三郎氏に稀代の相場師を描いた作品あって、その一幕に登場するは絵画の話。

んな絵に五千円も出すなんぞあほちゃうか。信用筋からの入手にて「本物」と抗弁する主人公に、それだけの「におい」はせぬ、とオンナ。帰宅後にその絵を眺める表情はどことなく不安げでもあり、その理由を告げるに妻君がひと言。

気に入って買ってきたのだから真贋など問うべきに非ず、自ら好きな絵としてたのしんで居れば十分ではないか、と。そう、億は下らぬ巨匠の絵とて存命中はさほど。同じ絵の価値が一夜にして一変、なんて事例には事欠かず。

作品として仕上げたつもりが、そんなものが描かれていては、無地ならばまだしも、と店主。売らんとして、反物そのものの価値以下と知るに落胆隠せぬ父の姿が忘れられぬ、と。んな逆境にもめげずに、その道で名を馳せし当人が晩年に好んで描くは鴛鴦。

明治生まれの父君の遺品。言葉では言い尽くせぬ、いつぞやの御礼にて貰い受けてくれぬか、との依頼。御礼といわれる筋合いのものになく、いや、相手の依頼を無碍に断るも相手に失礼。仮にそこは譲るにせよ、美酒や銘菓ならぬ一人の画家が精魂込めて世に送り出した作品とあらば粗末に出来ず。

競売にて現金化などと野暮なことはせぬにせよ、押入れのままでは。やはり人の目に触れてこそ絵も本望にあるまいか。鴛鴦、描かれるに縁起よき逸品と知れど、それだけの大きな絵を飾るに。押し問答に譲らぬ相手。その後は保証せぬことを条件に貰い受けてみたものの、さて。

(令和5年9月15日/2805回)

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2023年9月10日 (日)

六畳

風呂は大浴場、洗面台とて共用かまわぬも、せめて。他に選択肢なく、宿泊の希望欄に示された一万円に用意されし六畳間に集うは見知らぬ三人。どこでも結構、と余るねぐらや二段ベッドの上階。踏み外した際は保証せぬと下に告げ。そのへんが旅の魅力なれど、さすがに完走当日の一泊は狭くても個室、がいいよナ。

早朝より地元の銘酒「満寿泉」を注いだグラス片手に窓から眺む雄大な山々。談話室の書庫で見つけて手に取るは登山家、田部井淳子さんの著書「山の単語帳」。「ガレ場」なる一般には聞き慣れぬ語彙にも解説添えられ。砂利よりも大きな石や岩が散乱する斜面のこと。着地にバランス崩しやすく、特にトレイルにおける下り坂などは故障の原因にもなりやすく。

そう、下りの怖さはガレ場に限らず。ダウンヒルパット、つまりはグリーン上にてカップ上から転がすこと、を三指に入れるはサム・スニード。残り二つはカミナリと「その人」だそうで。兎に角、寡黙で無愛想というのが定評。ラウンド中も無言貫く中にあって発する一言やグリーン上。「君のボールのほうが遠い」。

かと思えば、世に知られた一流選手が彼に教えを請わんとするに、自らのクラブの製造メーカーに聞くべし、と答えた逸話は有名なれど、会得せし秘密というか奥義を隠すほど当人セコくなく。万人向けにゴルフ理論を体系立てた「モダン・ゴルフ」は上達者必読の書として。

多く読み、少なく書き、あとはゴルフに尽きる、との明言残すは、かつての英国宰相アーサー・バルフォア卿。理論以上にその人生こそ糧となるべき。ということで、レースへの往復の道中、携えるはボブ・トーマス著「ベン・ホーガンのゴルフ人生」。

当時の名選手にはキャディ上がり少なからず。当人もその一人。テキサスといえば牧場。蹄鉄工を営む家に生まれるも時代が味方せず、父親が自宅にて拳銃自殺。現場を目の当たりにした少年の衝撃やいかばかりか。路頭に迷う家族を救わんと幼き彼がキャディに職を求めんとするに立ちはだかるは不良連中。他の参入許しては自らの取り分が減ってしまう、との武力行使も後に退けぬ彼は覚悟を決めて。

球聖ボビー・ジョーンズとの邂逅にヒントを得てか、次々と栄冠を勝ち得ていく中にあって、またも彼を襲いし突然の悲劇。バスとの正面衝突に瀕死の重傷。歩行困難の状態から奇跡の復活を遂げる原動力や妻の献身的な愛とファンからの手紙。単なる出場のみならずメジャー大会まで制す破竹の勢い。そんな彼が最後に挑むはロサンゼルス・オープン。プレーオフに敗れる相手が前述のサム・スニード。

物語の終盤は晩年の回想。ゴルフがなければ今もテキサスの丘にて貧しい生活を送っていただろう。今の子供たちは恵まれすぎていてかわいそうだ。彼らは困難な境遇を乗り越えようとする気概がない、というよりも発揮する機会そのものがない。困難を克服せんともがく中にこそ人としての成長があって。そして、語られる真髄。

自らの目標との間に何人たりとも介入させてはならぬ。雑音に耳を貸すな、か。

(令和5年9月10日/2804回)


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2023年9月 5日 (火)

室堂

歴三十年にして棄権は二回。一回は言わずと知れた、「あの日」の敵前逃亡。ゆえに、事実上は一回。忘れもせぬ道志村、初めてのトレイル。たかが二十キロ、となめてかかるに洗礼を浴び。限り尽くせど見えぬ関門に無念の涙。出走するからには完走を、というのが選手の心情。せめて、もう少しの猶予あらば。

霧に見舞われれば足下も見えず、一歩先が断崖だったなんて、ほんとの話。何せ山の天候はきまぐれ。山頂ゴールは保証されぬ以上に、関門の制限時間が何とも酷で。最終関門「室堂」に到達するは閉門の二分前。例年はここが事実上のゴールとなるはずも山の天気は快晴。六年ぶりの幸運に恵まれた以上は。

前人未到の偉業を達成したか如く綴ってみたものの、「室堂」まではバス便ありますゆえ、天候さえ合えばそこから数キロで山頂に。とすると、やはり結果より過程が。

ということで、本題。市が策定する計画の妥当性、進捗、結果等について質問を、との下命はやぶさかならずも、「総合」計画とあらば全ての分野を網羅し。分厚き冊子を片手に三日で仕上げよと。まずは相手を見て。

全五百七十二事業は概ね良好、との自己評価に「あっぱれ」の四文字で終わる訳にもいかず。もっと高き目標を課すべし、と迫るも一案なれど、その前にまず足下はどうか。木を見て森見ず、他が疎かになっては。

コンビニのレジに同じ、IC化といえど未だ現金派も少なからず。ましてやバス利用者に老齢多く。精算時にまごつくは周囲に迷惑。予め釣銭を用意して。釣銭は自動払いというけれども機械とて万能にあらず、不測の事態に備えて乗務員に渡されるは両替用の小銭。額とて少額のはずが、突如廃止の宣告あって。苦情の際は本庁管理課の直通を記した名刺を渡せ、というけれど、それで済むはずなく。

小銭の着服とて無きにしも非ず。少額とはいえ、一つのミスが大々的に報道されるから発覚前に給食費の未納が如く自腹で、なんて行為が行われていないとも限らず。ならば、いっそ乗務員から手持ちの現金を取り上げてしまえ、ってのは些か短絡的というか、発想そのものがどうなんだ、と。仮にそうだとするならば乗務前後の点検を徹底すれば防げる話。

いや、部外者が何をか言いわんや、当局側に立派な言い分があるやもしれぬ。ならば、貼紙に理由を付すべきであって、それすら示せぬというのはやはり示すに示せぬ事情、示すは不都合、もしくは、有無を言わさぬ意思表示としか。

理由が付されぬ一枚の貼紙に見る両者の関係。完全に上から目線で下僕が如き扱い受けるは屈辱以外の何物でもなく。彼らとて奴隷じゃあるまいに。百歩譲って本庁が示した方針に口は挟まぬにせよ、告げる過程があまりにも杜撰というか。いらぬ火種をまくばかりか、自ら好んで油を注いでいるようにしか見えず。

所詮は殿様商売、その一例を以て売上が下がるようには見えぬも。その距離感が埋まらぬ限り、いかなる目標も色あせて。計画のまえにまずはそのへんから。

(令和5年9月5日/2803回)

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