なおログ[Blog]

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2023年8月

2023年8月30日 (水)

夜道

海抜ゼロから標高三千米まで、というのが売り文句。事実、波音聞こえる砂浜から目指すは遠くにそびえる立山連峰の主峰、雄山山頂、標高三千三米。立山登山マラニック。

マラニックとはマラソンとピクニックをかけた造語。フルもしくはそれ以上の距離なれどピクニック気分で。とそんな意図で生まれたはず。順位は二の次、制限時間内の完走を目標とする中にあって、ピクニック気分とは好都合。

スタート地点、浜辺のキャンプ用コテージはいづれも満室。最寄の富山駅からはシャトルバスの運行あれども既に定員。ならばタクシーでも。いや、スタートは早朝四時、受付は三時とあって。下した判断や「徒歩」。しかも、隣駅のほうが歩くに若干近く。

夕刻までの委員会を終えてそのまま移動。宿の到着が午後八時過ぎ。翌日の起床は一時半、勿論、午後ならぬ午前。二時のチェックアウトに深夜の人なき道を。途中、背後から車の気配、そりゃ田舎といえども深夜に走る車の一台位は。速度落として横付けされるは不気味な白いワゴン。

ふむ、道を尋ねんとするにもどう転んでもこちらは部外者にしか見えぬ。それにしても夜道を一人で歩く女性、ならぬオッサンを狙う目的とは。一瞥くれるに運転席は女性。こちらと目を合わせず助手席を物色しとるようで。無視に限る、としばし歩かば再び。

とすると、やはり狙いは私に違いなく、身代金が目的ならば不適格であるし、よもや、新手の誘拐犯にあるまいか、と身構えるに、運転席の窓が開いて。「兄さん、乗っていく?」。後席には誰もおらず。こんな深夜に女子一人の運転、同乗を誘われるに、まっいいか、なんて。ほんとの話。聞くに大会ボランティア。ならば何故に最初に声をかけぬのか。

これから過酷なレースに挑む前から近からぬ会場までを歩く、などというストイックな人に声をかけていのだろうか、と躊躇したらしく。いや、決してストイックではないのだけど。徒歩ならぬ車とあらば到着早く、持て余す時間。車内に男女二人となれば。よもや後ろに記者など。

そうそう、再開発が浮上すれども前途が見えぬ柿生駅周辺にあって解消を求められるは開かずの踏切。ホームに隣接するかの立地にあってはさもありなん。歩行者専用の地下通路、もしくは、橋上駅舎化に南北自由通路の実現を、との声も実現には安からぬ投資ばかりか何よりも鉄道会社の経営判断が求められ。

踏切を越えんとする中でも焦るは朝の遅刻を気にする子供たち。せめて彼らだけでも。他とは違い、すぐ隣りには駅舎あるに朝の時間帯だけ構内を、なんて。ICカードもしくは特別許可証、もしくは簡単な目印でも支給して。

不正乗車の可能性低いばかりか、目下、小児IC運賃の全区間一律五十円が耳目を集め、子育てしやすい沿線環境の実現を目指す中にあって、企業の社会的貢献、イメージ向上に一役買えるのではあるまいか。まぁ子供たちの為に。

(令和5年8月30日/2802回)

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2023年8月25日 (金)

修行

誰に聞いたか、夏といえば、シチリアの白。されど、銘柄は一つにあらず。そこはMさん推奨の一本に当人の解説を添えて。イタリアワインといえばその人にて久々に店舗訪ねるに姿なく、消息を聞かば。長崎の離島リゾートホテルに職を得て、ソムリエとして、否、イカ釣りに夢中とか。よもや永住、なんてことはあるまい、と思うけど。

まぁ呑めよ、その一言が命取り。とは運転に限った話になく。途中、後悔の念に苛まれること往々。それでも完走を果たすはそれも見越した練習量、いや、これまでの涙ぐましい努力を無にする訳にはいかぬ、との執念。幸いにもまだかろうじて「多少」の無理が利くから。

夏山に見かける修行僧、勿論、こちらが追い越す側なれど、あの坂道に読経の声が乱れぬとは。修験者の聖地、大山は別名、雨降山といわれ。それまでの青空も一変、激しい雷雨に見舞われての下山。向こうとて何もこちらを立ち往生させたくて風雨を起こすものになく、たまたまそんな条件に遭遇しただけの話。世に抗えぬものもあると悟らされるはまさにいい「修行」となり。

さて、本題。この間、市議会に寄せられるはスーパーの出店を巡る陳情。既に飽和に近い気がせんでもないが、そこは自由競争の世界、条件整わば出店を規制できるものになく。それまでの長閑な住環境が脅かされかねぬ、との懸念に。大店法をタテに事業者に対して近隣への配慮を求める内容。出店そのものの反対になくば争点は絞られ。

まずは渋滞対策。出入口の自主規制に事業者側の譲歩が窺い知れるも拭えぬ不安。ならば、どの程度か、と問われるに、蓋開けてみねば、というのが偽らざる内心なれど、それで済む話になく。

そんな不安はこちらも同じ。歩行者専用通路に面して設けられた駐輪場。あくまでも「歩行」が前提のはずが、順守される保証なく、「あえて」設けるに接触事故を誘発しかねず、何もそこにあらずとも、との懸念。そして、通学路上とあらば工事期間中を含む子供たちの安全対策はくれぐれも怠りなく、と。

許認可権を有するは行政。市議会宛の陳情が彼らの本気度を高めたことは紛れもない事実なれど、肝心の事業者とて好んで近隣との軋轢を望むものになく。本来ならばそれなりの着地点が見出されるはずも、相手が利益至上主義の権化だったり、本市の担当が機微に疎いカタブツだったりすると。

で、迎える当日。市議側とてここぞとばかりに凄みを効かせて鋭く斬りこんでみても背後に相手があっての話。たじろぐ市の職員に悦に入るは当人位なもの。事態の進展も図れぬばかりか、歯切れ悪き答弁に傍聴者の不安もかえって。とすると、その前段階で何をすべきか。

陳情側の不安を払拭することに主眼を置かば自ずと果たすべき役割が見えてくるのだけど。

(令和5年8月25日/2801回)

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2023年8月20日 (日)

髪型

打席に立つはチームの三番、というけれども明らかに他の選手よりは一回り大きく。フルスイングの風圧は画面のこちら側にも。んな相手に直球のみの真っ向勝負で挑む投手。声援おくるアルプススタンドに必死に白球を追う球児たち。最終回二死二三塁、あの巨漢の全力疾走にヘッドスライディングは高三夏の最期にふさわしく。

あれがドームであればこれほどの感動を生むだろうか。かつては過保護、子煩悩な親の言い分などと揶揄された学校の冷房化とて今にしてみれば。分かれる賛否。球児たちの髪型とて。

高三の夏、賞状とメダルを片手に笑顔を見せるイケメン男子。かつて丸刈りがよく似合いし柔道少年も今やすっかり。高校からは親元離れて寮生活を送りし努力が実を結び。全国制覇こそ逸したものの、推薦にて大学への進学を決めたとか。大きくなったな。

栄養を摂取するも口。咀嚼できねば老化の進行早く。悲しいかなその重要性に気付くのは虫歯に中されて以降。口は万病の源。虫歯を根絶せんとするは自ら枯渇を招くようなものなれど、推進するは万人の健康を実現せんとする彼らの矜持に負うところ大きく。事実、先行する新潟県など成人後の歯周病の割合は目に見えて低いとか。

政令市においても広がりを見せるフッ化物洗口。乳歯から永久歯への生えかわり期こそが将来を左右するというのが定説にて日々のうがい一つで思わぬ効果が生まれると知るに。が、そこに立ちはだかりしは現場の壁。実施するには過度な負担が生じかねぬ云々と。効果そのものを問うならばまだしも運用面の負担が理由とは何とも惜しく。

およそ口腔衛生の推進を図らんとするは庁内において健康を司る部門なれど、実際の運用を担うは教育委員会、というか学校現場であって、そりゃ確かに学習指導要領にはないかもしれぬ。が、子供たちの健やかな健康を願うに一寸も協力せぬというのは。

本市のN君なんぞは再三再四と行政側に詰め寄るも壁や破れず。万人の健康を実現せんとやっとるのだから、んな答弁にあらずとも、とまいど質疑を拝聴しとるのだけれども先行事例に学ばぬかとのN君の誘いに訪ねるは神戸市。負担が増えるというのが相手の言い分ならば、そちらの負担を増やさぬ、つまりは外部の協力を仰いで。外堀を埋めて実現を図るばかりか、口腔衛生の専門部署まで。

視察といわばどこかやっつけ仕事、というか、向こうとてまさにフッ化物洗口が如き余計な手間に見えなくもなく。やらされている感が露骨に見えるときもあれば逆とて然り。時に消化不良に終わるときもなきにしもあらず。さりとて、んな難産を経験した職員とあらば説明とて心がこもるというか、市民の健康を実現せんという意欲に溢れ。

仕事に向き合う姿勢に市境なく、その姿勢に多くを学ばせていただいた。たとえ、相手が誰であれ自らの説明が相手にいかに伝わるか、抱える課題とて然して変わらぬのだから相手からより有益な知識を得んとの努力は惜しむものになく。

 (令和5年8月20日/2800回)

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2023年8月15日 (火)

哲学

未だ道半ばにして謙虚さ忘れず、まずは相手の助言に従い、反駁せぬままに行き着いたのが「いま」。当のSさんとてそこに口を挟みし一人なれど、久々のラウンドに「そこは直したほうがいい。ゴルフに絶対はないが、そこだけは絶対。教えた奴はヘボ」などというけれども、教えた本人はいつも一緒にラウンドしとるI君な訳で。

直すべきか否か、I君に再度聞かば、「それは昭和の理論、適当に受け流すが利口」と。あちらが立てばこちらが立たず。いづれも相手の善意なだけに。善人にゴルフは不向き、か。

ぼちぼちコースにも慣れてきたし、そろそろ、とI君。ミスは自らの未熟さゆえで、目下、気になりしは外見位なもの。決して安からぬ買物と知れど中古とて厭わぬし、何よりも折角の申出に買物に付き添って下さる相手の厚意こそ金銭では買えぬ。

そんな同氏とともに訪ねるは某所にて工房を営むHさん。口数少なく寡黙なHさんは知る人ぞ知る道具の職人、だそうで。二階の隠れ部屋にて次々と渡されるクラブに球を打ち続けること三十分。緻密な分析の結果、下された結論や。

打つたびに当たる位置が微妙に。極端な話、右に曲がるならば右に曲がるなりにクラブを合わせることは可能。が、都度行方知れずの荒れ球の修正は出来ぬ。もそっと明確な目的意識を持ってクラブに向き合うべし、つまり推奨のクラブはない、と残酷なひと言。

おい、こちとて、折角、その気にさせられ、いや、「なって」、金銭に糸目を付けぬ、と申しとるに売れぬとはなにごと。そもそもに毎度寸分狂わず真芯に当たらば今頃は。

売る商品がない、など言わずと「それなり」のモノでも提供されれば、名人推奨の一本とばかり喜び勇んで練習に励むばかりか、仮にスコアが改善せずとも腕が足りぬと申しておけば。信じることこそ思わぬ成果を生み出すことを御存じか。まぁその客に媚びぬ姿勢が逆に親切と言われればそうかもしれぬ。思い知らされる厳しい現実。

いや、そこまでは想定内。やはり、欠かせぬはセカンドオピニオン、とばかり次に向かうは量販店。店内とて広々として客の数も。こちらは最新鋭の計測器にちゃんと飛距離から弾道まで再現されて。何本か試打する中にあって、ほぼ全てまっすぐに飛ぶクラブに遭遇。まさにこれこそが求めていたものにあるまいか。

何故にこれほどまでに、と聞くに、真芯にあらずともクラブが微調整をしてくれるのだそうで、好スコア間違いない、と店長。いや、待てよ、そこに甘えて真のゴルファーが目指せるか。道具にどこまで依存すべきか、問われる哲学。

さて、今年も防災の日を前に総合防災訓練の通知が届いた。備えあれば憂いなし。備蓄にせよ避難所の運営にせよ、十分か、と問われれば、「足りぬ」というのが人の心理にて。役所の対応が不十分と騒ぎ立てるにこれほど都合のいいものなく。

公助の比重を高めんとするに自助の意識が薄らぐはスコアをクラブに求めるに同じ。いいクラブは決して安くないから。防災とて問われるは。

(令和5年8月15日/2799回)

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2023年8月12日 (土)

余剰

北九州市にて学ぶは連続立体交差事業。線路の高架もしくは埋設により道路と一体的な整備を進めんとするものであって、主に渋滞や開かずの踏切の解消等に活用されること多く。目下、本市においてもJR南武線の武蔵小杉駅以南にて。

そう、あの当時、あざみ野から新百合ヶ丘への地下鉄の延伸を図らんとするに全市的な意義はどうか、などと。一方、本市としては南武線の高架化こそ優先とされるも実現するには一部の地域が残る横浜市の協力が不可欠とされ。ならば、相互協力の下に両方の実現を図らんと協定結ばれ。

九州の大動脈といえば今や新幹線なれど当時は。門司港駅と鹿児島駅を結ぶはこのへんでいう東海道線のようなもの。小倉駅や博多駅を含む北部エリアを東西に走る鹿児島本線と南北繋ぐ筑豊線。また、その名の通り両線を短く結ぶ短絡線が交錯する折尾駅周辺において計画が浮上、完成までに要した歳月は二十年。

その白眉たるや従来の経路を大胆に見直すことで用地買収の手間を減らす、つまりは実現までの工期短縮とともに事業費の大幅な縮小を実現。当初は一千億円以上とされた額も半分以下に。

既存路線の運行を妨げぬままに移行を図らんとするに必要とされる用地。本線の左右には絶妙な余剰あるが幸い、並行して新たな線路を設け、そこを活用して。対するは本市。足りぬは線路脇のほんの数米なれどその対象世帯数や。「余剰」の有無が分ける明暗。いっそ大胆な発想の下に。

(令和5年8月12日/2798回)

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2023年8月11日 (金)

人柄

日比谷、東大、一流企業と世に羨望の経歴、のみならず、伴侶にも恵まれ、順風満帆に見えた人生。が、こちらは偏差値が通じぬ世界、志すに代償や小さからず、借金、離婚、大病と。

政党を渡り歩くに無節操とさげずまれどもその政党の公認を得るに晴れて。苦節二十年、長き浪人生活に未だ冴えぬ風貌も目の輝きは衰えておらず。運を掴むは人柄か。肩書が生む信用、議員としての報酬以上に人に会えるのが何よりも、と本人。

逆はどうか。帰りの電車を待つホーム上の着信や無念の涙をのみしS君。現職時代に世話になったMさんから誘われ、二人で酒を酌み交わした帰りだそうで。あの当時、知己を得たのは私のおかげとばかりに。そう、確かあの時はプロレスの話で。

そんなMさんは既に役所を退職された身。仕事の切れ目が縁の切れ目。退職後なんぞ顔すら見たくもないはず。しかも、S君とて落選にバッチを失っており。二重で疎遠となるべきところ、結ばれる絆や両氏の人柄に負うところ大にして。

ちなみに、この四月から若年がん患者への在宅介護の適用範囲が拡大するにS君の功績小さからず。そのへんが上手く伝わらぬは何とも惜しい。

人は一人では生きられぬ、とハマドンも映画の中で。誘われるうちが花、とばかりに久々の視察。も、もてあます時間。もてあます、と申しても、朝五時の起床に十キロのラン、シャワー浴びて朝飯。八時には万事整えども相手の都合ありて。滞在を余儀なくされるホテルに普段見ぬテレビの電源入れて映るはそのチャンネル

(令和5年8月11日/2798回)

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2023年8月 6日 (日)

青下

深夜のバス移動に降り立つ早朝のターミナル。名物のカレー食すことなくスタート地点まで移動してそのまま炎天下の中を。与えられし制限時間240時間、つまりは10日間。

青東「あおとう」が青森-東京759kmの駅伝ならば、こちらは青下「あおしも」、青森-下関1,559kmの一部に過ぎず。本州縦断フットレース、第二ステージ新潟-舞鶴535kmのゴールに到達した挑戦者の年齢や八十歳。さすが長寿のまち。負けじと月末のレースに向けて調整中の矢先。

それも顔ならぬ足。ほぼ全体重が親指一本に加わらば軽症で済むはずなく。医者に見せるが正しい処置と知れど、包帯巻かれて杖を渡されるなんぞ。湿布よりも氷水、冷やして伸ばさば三日で治る、とばかり。

所詮は指一本、と侮るなかれ。均衡保つに五本欠かせず。その箇所を庇わんとするに他への皺寄せ避けられず。O脚が典型例。放置すれば膝のみならず腰や上半身にも。歪みの原因や様々。古傷や微妙なクセ、筋力の衰え等々。左右対称が理想と知れどそもそもに内なる臓器が非対称なのだから。

そう、まもなく二ヶ月。肌シミとして残るとされたあのキズも今や。それもそのはず、地元のマダムから貰いし膏薬はその人ゆかりの秘伝の漢方と聞いて手にする一冊や。有吉佐和子著「華岡青洲の妻」。描かれるは名医本人ならぬ妻の生涯なれど、医者の妻たるものかくあるべしと嫁入りを説得する姑の考察。

医術を志す者と生涯を伴にするは武家の女に勝るはなし、商工農のいづれも不適格。その理由や、病は貧富の別なく襲いかかり、そこに計算高いものがいては仁術に従うものの心に影を落とす、ゆえに商家の女は不向き。一方、ものつくる家業には人を動かす才覚が家中にみちれど、門弟が増えるにこれを動かして利をとるにあらず。つまりは医に算盤無し、と。

身を粉にして働くに収入減らす宿命はそちらも同じ。全ては患者の為などと申しても治癒回復の代償が副作用であったり、時にそういう算盤、力学が働かぬとも限らず。製薬会社とて慈善団体ならぬれっきとした営利企業ゆえ。

また、処方する医者側とて選択肢は一つにあらず、そこに算盤が「全く」ないかと問われれば。昨今なんぞ患者側とて知る権利とばかりむやみやたらに説明求めて仔細を知り過ぎては不都合もありはせぬか。

日に日に増える錠剤の数。日に何錠、いや、食前、食後に就寝前に各何錠などと言われても。皮肉にも忘れた時のほうがかえって体調が良好だった、などと聞かば。確かに転倒を避けれぬは老化の証拠かもしれぬ。が、肌の代謝機能とて失われたものにあらず、あの膏薬とて実際は。あとわずか、が消えるまで、と信ずるに。

(令和5年8月6日/2797回)

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