なおログ[Blog]

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2022年2月

2022年2月25日 (金)

猫背

「父兄」の名を冠した団体にあって会長職が女性とあらばその実力のほどは言わずもがな。ともに来賓としてともに招かれし会場の階下にて遭遇。日頃の御礼を述べつつ、並んで、というか、半歩下がって訪ねる受付。入口に出迎えをうけての会長の一言や、「今日は同伴出勤だから」。意表突いた一言に凍てつく周囲。そ、それは知る人ぞ知る夜の業界用語にあるまいか。不覚にも場を取り繕うに数秒を要してしまった。

十五の春。高校入試も県立高の合否を残してほぼ全日程を終えたと聞いた。校門前に貼り出される受験番号など昔の話。自宅にて画面に受験番号と与えられたパスワードを入力して表示される合否。ともすると残酷に見えなくもないが、やはり、あの悲喜が交錯する人混みの中にこそ人としての成長がありそうなもんだけど。

塾なんぞに通わせる位だから一つでも偏差値が上の、とは本人の欲か親の意向か。背伸びするに受皿を用意せねばならぬ、と妻に手渡される振込用紙や併願校の入学金。それはあくまでも手付金、他に浮気した際の反則金ということなのだろうけど安からぬ出費。が、それ以外に誓約書を要求されることもあるとか。神父の前の誓いとて反故にされる時代に。

さて、どこぞの合否が如くボタン一つで画面に表示される形なき予算書など。んな小さき画面に夢中になるは功ばかりにあらず。昨今、子供の視力の低下が顕著なれど発育の過程にて弱視や斜視の兆候が掴めればその後に手立てを講じられると。昨夏に市眼科医会の要望を受けて会派として市に迫ってきたのだけれども来年度から三歳児健診において「新た」に屈折検査が盛り込まれる、と見かけた。が、視力以上に懸念されるは。

ソレを理由に空けられる隣との間隔に席が足りぬと一人だけ傍聴席が如く委員会をじっと聞き入っとるのだけれども後方とあらば全体を俯瞰して観察するに最適。画面に集中するあまり首が前に出て背が丸く、その姿勢を継続するに。まぁヤツらなんぞは老いゆく身にて心配はせぬが、成長過程の子供たちとならば話は別。

何も勉強だけが能にあらず。久々にウルトラマラソンへの出走を予定しており。練習に余念なくもラン仲間の投稿に膝の故障と見かけた。投稿主のHさんは私より上級者なれど年齢は然して変わらぬ。フルへの出場を前に三十キロ走をこなし続けて。靭帯損傷とか半月板の断裂との物騒な診断結果に竹脇まりなさんの筋トレに没頭する日々とか。

膝の故障こそ致命的。膝の負担を減らすに体重減らす。体重減らすに運動量を増やさねばならず。運動量を増やさんとするに膝への負担が、と。負担を減らさんと選ばれる厚底も着地の感触に狂いかねぬ姿勢。やはり、素足で地面を掴む感覚こそ。靴底の摩耗に見る身体の歪みと足の癖を矯正しつつ。膝の負担を巡る循環問題は数学の難問以上に。

健康にはくれぐれも御注意を。

(令和4年2月25日/2696回)

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2022年2月20日 (日)

娑婆

今日ではものの数分も当時などは数週間。その非効率に見える時間こそが知への欲求を育む、と。「未来の科学者たちへ」(大隅良典、永田和宏共著)。海外の論文を入手するに図書館に届く目録に記された宛先にはがきを送付。船便の到着を待つ間に駆り立てられる妄想、いや、逆に興味が失せたりも、そんな体験が語られており。

こう見えても理系のはしくれにて寝る間も惜しんで没頭するは数学の難問。解けぬ一問、翌月に届く正答と解説に知る新たな発見。GIGAだか何だかボタン一つの回答など本当に知が磨かれるか。無意味とは申さぬまでもそれで全てが解決すると思うは早計。合理性の追求が必ずしも好結果を生むとは限らぬ事例の一つ。

屋根の下にてそんな話が浮上していたことは存じ上げていたものの、自宅内での転倒による骨折がダメ押しとなり。これ以上は家族に迷惑をかけれぬ、と施設への入居を決意したSさん。面会は事前予約制にて平日の午後二時から三時までのうち十五分限り、それもアクリル板越し。身内にしてかくの如き状況なのだから他は推して知るべし。

やむなき措置とはいえ刑務所の受刑者ぢゃあるまいに。となると自ず遠のく施設。面会の機会減れば認知機能の低下とて免れず、片道切符に寄せられるは憐憫の情。そんな会話が聞こてか、久々に残る着信履歴に折り返して面会に伺えぬ粗相を詫びんとするにこぼれるは施設への不満。個室と申しても独房が如く光る監視の目。

聞かれてはどんな酷い仕打ちが待ち受けているやもしれず。「些か声を落とした方が」と告げれば、「心配いらぬ、自宅に戻ってきた」と本人。確かに外泊の許可位はなければ。「いや、もう二度とあんな施設には戻らぬ。次に自宅を出る時は介護施設ならぬ病院だ」と在宅を決意されて。入居後、数週間にて違約金や知らぬ。晴れて出獄、いや脱獄か、娑婆の空気は抜群に旨いらしく。

近所のコンビニに昼の弁当を買いに行くが日課。天丼が旨くてね、あれだけ仕入れが多いと余りはせぬか、と店の心配まで。パートの女性から私の店番の時にいらしてね、との一言は相手の機転なれど、自らが必要とされていると知って取り戻すは人の尊厳。そのへんが最高のリハビリになってか骨折も知らぬ間に治った、と。恐るべし娑婆の魔力。

やはりそうでなければならぬ。月一回のリハビリ教室に集うは脳機能障害の方々。この状況下に何も好んで外出せずとも、との心配もどこへやら。種目はハンドベル。楽譜を渡されてまずは指導者の先生による全体の解説。八分音符に四分音符、音符右脇の付点は伸ばす等々。

その後は先生のオルガン伴奏に各自がパートを受け持つのだけれども、決して甘えを許さぬ指導法に生徒との距離感が絶妙。何度かのやり直しの末に「季節の歌」を見事に奏で上げた。次なる曲目、エディット・ピアフの「愛の賛歌」は応用編だそうで、聞こえてくるは不安の声。こちとらあくまでも「視察」していただけなのだけれども先生と目が合うに渡される楽譜とハンドベル。

第二楽章の最初の音がズレている、との一言に、こちらに向けられる冷ややかな視線。恥も外聞も投げ捨てて。

(令和4年2月20日/2695回)

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2022年2月15日 (火)

筆箱

子を想う親の心に国境なく。息子が世話になった、と遠き異国から訪ねていただいて。御礼に、と手渡されるは木製の筆箱。カナダで大工職人を営む当人が丹精込めて作った一品。議長室の棚に飾っておいたのだけれども盗難、いや、息子の入学祝に譲ってくれぬか、と運転手にせがまれて、あげちゃった。

研修員受入プログラムにて本市の国際交流課に在籍していたC君。一昨年、姉妹都市のボルチモアを訪問した際に通訳を務めてくれて。ボケにつっこみ、漢字まで流暢に操るばかりか雑用まで、本当に助かった。庁内にて不当な扱いを受けておらぬか、との心配も、メガネが似合う年齢不詳のK課長と親子ほど齢の離れたH部長にはとりわけ親切にしてもらって、と本人。

んな人物は自ずと昇進を遂げるもの、今や局長に昇進されて。そんなC君が急遽帰国の途につくことになったとH局長から報告を受けた。健康状態が優れぬ母親の看病の為と。ならばメシでも一緒に、と打診すれば、既に昨夜、と。

私を誘わぬとはつれないではないか、と詰問すれば、万が一の際に迷惑をかけれぬ、などと寝言を。んな気を遣っているように見せて毛嫌いしとるだけではないか、とは言わなんだが。それにしてもセメント通りの焼肉屋とはさすがH局長。チャーリー、元気でな。

さて、学生相手に特別講義を、との依頼。人情話か恋愛論ならばまだしも「特別自治市」など人選が間違っとる、他の適任者を探すべし、と丁重に御辞退を申し上げた。本市も来年度の組織改正に新たな担当を設けるとか。

県市民税以外に固定資産税を主な財源とする市に対して法人事業税を柱とする県の財政や不安定、となると狙われるは政令市。相応の負担は当然との県に対して、ならば更なる権限も、と政令市。実現には県の理解が欠かせぬということらしく。「道府県、指定都市の認識に齟齬が生じていることが大きな問題であって、共通認識や理解を得る努力が双方に求められる」とは県が設置した有識者による研究会の見解だそうで。

権限を手放すに手間も減りそうなもんなれど同時に薄れるは存在意義。政令市以外の県議ならば賛同してくれそうなもんなれど隣の顔色を窺うに。役人とて行政区としては全域なれどそこだけは手出しは出来ぬは何かと面倒。二重行政の解消は不変の真理にてそれさえ唱えておれば有権者の関心を惹ける、ヘンに前に進まぬは双方に好都合、なんて下心はないことを願いつつ。

んな制度論だけ言われても分からぬ、具体例を挙げよ。ならば一つ。特別な支援を必要とする児童の増加に追いつかぬ受け皿に求められるは養護学校。原則は県なれど、政令市とあらばその限りにあらず、許される権限に本市独自の「市立」養護学校を抱えるもそちらも飽和状態。新たな需要への対応は県か市か。昨年末に県が新設の意向を固める一方、当面の間は「市立」の増改築にて枠を確保することで折り合いが付いたとか。

要した歳月や言わぬ。が、押しつけ合いの皺寄せは弱者に向きかねず、そこを救わんとの使命感こそ制度の前に。読者諸賢には嫁姑の争いにしか見えぬ、って。

(令和4年2月15日/2694回)

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2022年2月10日 (木)

家宝

言わずと知れた最古の職業。ならば二番目は。そんな相手と待ち合わせするにアムステルダムの西運河地区は理に適う、どちらもつまるところいかに人を偽るかを知り尽くした職業、と著者。

鑑定士なる職業が注目浴びるはあの番組。先祖伝来の家宝への評価額。古美術商とて素人相手に偽物として仕入れて本物として売ればひと儲けを狙えるやもしれず。モノの真贋の前に鑑定の真贋やいかに。家宝とあらば真贋など棚に上げておくが利口か。

疑うこと、それこそが当人が残した重要な教訓。他に増して専門家の鑑定に支えられた美術界の土台に激震を生んだ世紀の贋作。漫画「ギャラリーフェイク」以来、久々にその手の一冊を読んだ。「私はフェルメール」(フランク・ウイン著)。

その作品を手がけたのは私、との臆面もなき供述に白日の下に晒される脅威の事実。その作品が表舞台に登場する過程において被告はその巨匠の名など一度も口にしておらず、専門家が勝手にそう思い込んだだけ。そのどこが詐欺か、と弁護側。

且つ、判明以降、所有者から払戻し騒ぎは生じておらず。今や誰もが知るその画家の名を更に高めた可能性とて。言い渡されし判決は禁固一年、最も軽い、とはいえ有罪だけど。

当代随一の権威が陥りがちな盲点。その空白の間の作品がどこぞに埋もれている、に違いない、とする幻の傑作への妄想が判断を歪めた可能性。模倣の技術のみならず、緻密に計算し尽くされた作戦も一流。

第一人者が下した鑑定の結果に疑義を挟まぬ、いや、挟めぬ同業者、盲従した画商、それを扇動的に伝えたジャーナリスト、本物と信じて疑わず作品を賞賛する一般大衆。そこまでいけば別な価値とて生まれそうで。なぜ、贋作が試みられるのか。なぜ、専門家をはじめとした人々がそこまでの間違いを犯したのか。美術作品の真贋性を判断するということはいかなることか等々。

「~の手とされている」の一文は、一流の鑑定といえど絶対はない、と知るオークションハウスの知恵。作品以上に権威の一言に翻弄される心理、権威ある相手の言葉を鵜呑みにすること、それは美術界に限った話にあらず。

職業に貴賎なし。昨今の巷に氾濫するは「エッセンシャルワーカー」なる職業。言わんとする趣旨こそ否定せぬまでも度々示される謝意がどこか空疎に響くは偏屈者の証左かもしれぬ。が、無償ならぬ、仕事への対価を得とる以上は当然の行為であって、言われたほうとて「他にも」と思わぬか。

何よりもどこまで包含されるのか見えぬ。医師に看護師、介護職、位ならばなんとなく。ならば、保健士に消防士、バスの運転手、ごみの清掃員の扱いやいかに。辞書を調べれば「きわめて重要な」という意らしく。重要か否か、職業に線は引けるのか。所詮、オレたちは、と卑下する方々とて。

勝手な解釈の余地が残るは造語の欠陥なれど、一部の職業への誤解を生みかねぬ流行語にあるまいか、と。

(令和4年2月10日/2693回)

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2022年2月 5日 (土)

互恵

罪を憎んで人を憎まず、といえども身内が差別や偏見に晒されかねぬとの慎重論。いづれバレる以上、伏せるは無意味。割れる言い分に判断を求められて。んなことまで口を挟んでいられるか、各自が勝手に、と議長時代に申し伝えて以降の扱いは知らぬ。

市議に初めての陽性者、と報告を受けた。彼ならばさもありなん、と、ありがちな疑惑も、こと当人に関しては潔白であることは誰しもが。堕落は悪、を金科玉条とする隣部屋にあって定期検査の義務化が裏目に出た可能性とて。隣人にしてかくの如き状況とあらば尚更に近寄らぬに限る、と遠のくおらが控室。いや、それこそが敵の狙いであって、そんな時こそ反乱分子に振り回されずに冷静に。

大型複写機に新機種が登場、と担当者の説明を聞いた。半導体の不足にて納品に数ヶ月、早めの注文。が、現機種とて動作良好、保守サービスに何ら不満なく、昨年末にトナーを交換したばかり。何よりも残るリース期間は一年以上にて時期尚早にあるまいか、と申し上げれば、リースの残額を平準化して同じ月額にて提供するゆえ、と粘る相手。頼んでもおらぬ見積もりを見ればリース期間は現行より一年長いばかりか、社の決算期にて何とか、と請われるに。おい、そりゃあくまでも己の勝手な都合にあるまいか。

笛吹けど踊らず、呼び込みに余念なくも伸びぬ接種率。市の集団接種会場を推奨されて利用するにやぶさかならずも腑に落ちぬはその理由。利用者が少ないとか。その体制を維持するに固定費が生じる事情は分からんでもないがそれを前面に出すは役所の都合に過ぎず。接種率の向上を図らんとするに説かれるべきは必要性であって、数字が足りぬから協力してくれぬか、ではどこぞの販売店に同じ。個の判断に委ねた上でそこに望めど出来ぬ理由があるならばその原因を除く努力は惜しむものにないが、個人接種が普及する中にあってかき集めんとするはどうか。

そう、市議会の定例会に先んじて神奈川県内広域水道企業団の定例会が行われており。特筆すべき、というか目を惹くは「上流水利権の有効活用」の名目にて計上された一億三千万円。隣接する二つの浄水場、その所有や別と知って浮かぶは縦割りの弊害、なのだけれども。先に陣取りしは百年の歴史を誇る本市が有する潮見台浄水場。方や隣りは企業団が所有する西長沢浄水場。後発の企業団との相互融通に安定供給を図った経緯は過去の投稿の通り。

https://www.7023.jp/posts/18210373

相模川の上流に水源を求め、自然流下を利用した省エネ設計に十分な役割を果たした本市の潮見台浄水場も消耗著しく、施設更新を迎えるも見込まれる安からぬ投資。継続利用を断念したものの残るは水源の負担金。その負担を企業団が肩代わりして下さるという何ともな提案なのだけれども彼らの利点は。後発組とあらば許されぬ上流の水源開発。酒匂川の河口からのポンプアップに要する年間三億八千万円が浮くとなれば。

(令和4年2月5日/2692回)

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