なおログ[Blog]

« 2021年11月 | トップページ | 2022年1月 »

2021年12月

2021年12月31日 (金)

門扉

散髪に賀状書く手の動きよし、と一句。兼題にかこつけて床屋後の爽快感を詠んでみたものの、得点少なく。旅の思い出にと購入した一冊。絵本の挿絵で有名な安野光雅氏の著書「絵のある自伝」に紹介された年賀状。検閲の印まで偽造した刑務所からの一枚に多くの反響が寄せられたとか。

美大生とあればおてのもの、そちらに天才的な才能を有する友人から入手した定期券は本物と寸分変わらず。されど、隠せぬは深層心理。バレるはずはない、と信じつつも不自然な動作に駅員から制止がかかり。親への通報だけは、と詫びに詫び、罪を購う月賦払いも途中で恩赦に恵まれた、とはTさんの述懐。

偽造なきが音楽の魅力、そして、Tさん並みの度胸あらば違った人生を歩んだかもしれず。あの名作の版権とて二束三文で買い叩かれて。金銭には恵まれずともその人生を支えるは友。才能を埋もれさせてはならぬと広がりし輪はいつしか「シューベルティアーデ」と呼ばれ。そんな当人の遺作の一つに交響曲「未完成」があって、第二楽章までしか残らず。その後を手がけていたら、との想像を駆り立て。享年三十一歳の夭逝はあまりに惜しく。

負の遺産をそのままに担ぎ出された会長職。親の介護に遠く離れた郷里を往復しつつ、決着を図らんと東奔西走の日々。絶妙な結論に任期を終えるは本人の人柄に負うところ大にして。退任後、久々の着信は衆院選さなか。しばし後に折り返せど繋がらぬ携帯。留守電の声とて変わった様子なく、履歴を残しておかばいづれ。この年末に御自宅に伺わんとするももたらされし訃報。着信の数日後の急逝と聞いて。

高次脳機能障害の方々へのボランティアに参加するMさんから相談をいただいた。リハビリ教室への送迎の際にヒヤリとさせられること少なからず。老人いこいの家の入口のバリアフリーを求めるもの。施設前の道路が緩やかな坂道にて、下車後に目の錯覚からか平衡感覚を失い転倒しそうになること少なからず。過日も救急車がかけつけた、と。ならば門から玄関までの車の乗入を可としてはどうか、いや、既にそうなっているのだけれども入口を二つに分けるコンクリートの壁が入口を不用意に狭くしており。

門扉が二つとはこれいかに。そう、各中学校に一つづつ作られし老人いこいの家は子ども文化センターとの合築が原則。子供と高齢者の交流を図らんとの意図やよし、が、建物とて階層に区切られ、入口とて別の施錠になっとるのだから何も門まで分けずとも。尚且つ、頑強な門扉に外敵の侵入を防がんとの狙いは分からんでもないが、刑務所じゃあるまいに。いや、そちらは内から外か。

バリアフリーと口で申せど、足下がそれでは笑われかねず。悲しいかな門を直すとなると相当な修繕が見込まれ。負の遺産として残すにやぶさかならずも段差位は何とかならぬものか、と。単なる本庁の出先にあらず、予算なくとも縦割りの弊害を打破するところにこそ区役所の意義があって、年明けにでも。

悲喜こもごもの一年、よいお年を。

(令和3年 大晦日/2685回)

| | コメント (0)

2021年12月25日 (土)

G社

「フィスト・オブ・ノーススター」なるミュージカルが好評と聞いた。空前絶後のあの人気を鑑みればカタカナ表記が賢明だったやもしれぬ。前職時代の同僚、G社勤務のM君によれば御一緒に鑑賞した奥様に「この正月に原作を一気読みする」と言わしめた出来とか。それは押さえておかねばならぬ。やはり原作とは無縁の事情通に聞かばフランク・ワイルドホーンの音楽だけでも聴く価値あり、と。それにしてもあの漫画をよくミュージカルに。そう、原作は「北斗の拳」。

さて、定例会の全日程を終えた。他人様のことを言える身分にあらねど、教わること少なからず。それを伏してやるところに妙味があるのだけれども、我こそは偉大なり、と言わずと仕草に現れとる御仁もおられたりして。さも自らの手柄が如く語られるさまはむしろ底の浅さを露呈するようなもので。んなものは誇らずと勝手に広まるものにて言うだけ野暮、むしろ手柄は他人に。私欲勝るは先生の寵愛を受けんとする園児に同じ、幼少時における親の愛情が足りぬ証、と教わった。

依然と話題に上がるふるさと納税。流出の影響や軽からずも流出を阻止せんとするに決定打なく。選択肢が納税者側にある以上、フラれた元カノを追いかけ回しとるようで。返礼品なる損得が動機の一つやもしれぬ、が、他に手を差し伸べんとするを善意と見れば何もそこまで自らを卑下せずと。

師走とあらば不思議と寄せられる相談も多く。届いた封筒の宛名が故人の名。時に死亡届が発送に間に合わぬこともなきにしもあらず。が、表面には「納入通知書」の文字。はて、保険料は全て前納のはず。返還金こそあって然るべきも追徴金など。同封の一枚に記される「期限」の文字。死去に伴う保険料算出の基準日ということらしくも太文字の「納付」「期限」を見れば誤解を生みかねず。もそっと相手の身になって文面を、と改善を求め。

認知症が進む御主人の介護は限界。と施設に預けることになったものの、施設内における癇癪が目立ち、再考を求められていると奥様から相談をいただいた。そんな利用者の相手をせねばならんのだから鬱憤募るのも無理はなく。増大が見込まれる需要に人材確保は焦眉の急にて進む処遇改善。奏功してか資格取得は人気の反面、懸念されるは質の低下。介護職ほど杓子定規が似合わぬ職種もなく。

厳格にマニュアルを遵守しとるだけでは足りぬ、いや、マニュアルにないものはやる必要がない、と就労に対する価値観の違いが施設内に軋轢を生み。相手に直接告げるは口論の元。放置しとく責任やいかに、と矛先を向けられるは施設長に留まらず。市とて実態把握に立検を実施せよ、などと内部告発と思しきその手の相談も少なくないとか。法的な瑕疵でもあらばまだしも根拠なき介入は更なる混乱を招きかねず。

「それはあくまでも施設側で」と肚にあっても言えぬが役所。施設選びはくれぐれも慎重に。

(令和3年12月25日/2684回)

| | コメント (0)

2021年12月20日 (月)

稽古

現役時代は地元でならした二人。大きくなったら二人で売りに行こうと交わした約束。植えた苗木は実を付けど二人は既に他界されて。そんな思い出の蜜柑を奥様から手土産にいただいた。

役所以上に役所的といわれた国鉄の変貌。JR九州の名物会長に「本気になって何が悪い」なる著書があって、仕事に問われる本気度。「今日は本気らしいな」との野次を背後に聞くも今日「は」じゃなくて今日「も」でしょうに。悪しき見本か品位なき一戦、一般質問を終えた。

稽古なら兎も角も本番の舞台に台本なくば演じれぬ。意に添えるか否かは別にして誠意ある答弁の為には手の内を教えて貰わねば、と役所。こちとて相手の出方を知るに損なく、次なる一手を探れる訳で。概して本番の成否を左右するは稽古。質問書を事前に手渡さねばならぬなどどこにも明文化されておらんのだけど、執拗にせがまれる背景には役人として市民の皆様の為にひと肌脱がんというよりも別な事情が垣間見えたりもして。

合戦前の御前会議に問われるは敵との交渉状況、よもや台本になき不意打ちなどあるまいな、そこに証拠として添えられるが質問書。手渡すにやぶさかならずも見合った成果なくば意味為さぬ。そこが分かっておらぬがこじれる元凶。こちとて見るは内容以上に仕事に向き合う相手の姿勢。一事が万事、およそそんな時の答弁ってのは推して知るべし。

告げるは数日前なれど届くは直前。退庁後に答弁の可否について即答願うなどと言われてもそこに十分な猶予はあった訳で、そもそもにそれで納得されると思っとるところが認識の甘さ、そりゃそちらの勝手な都合にあるまいか、とそっけなく見放さば、部下の不始末は上司の責任とばかりに上官からも連絡をいただいて。

非礼詫びつつ、再度、答弁の機会を得んと。そこに付け入る隙ないといえばウソになり、ここぞとばかりに都合よく修正を求めることも出来たはずなれど、慌てる乞食に貰い少なく、翌日に焦燥感があっては本来の業務に支障をきたしかねず。

そう、肝心の内容、何を巡ってそこまで。都市計画道路の早期完成を求める声は少なからず。計画期間の最終年度迄には目途を付ける、ってのはあたりまえの話。それでいいやと思うその無神経ぶりに憤慨してしまったのだけれども。そこに一日でも早くという意識が働かばそんな無機質な答弁にはならんでしょうに。

用地買収の完了を意味するガードレールの野晒しが何年も続く。一部に未買収あらば部分的な開通とて模索されるべきであるし、電柱等の占有物の移設が進まぬならば先を見越して早めに手を打つとか、もそっと知恵を絞るが当然の姿勢であって、子供の使いじゃあるまいに、そんな答弁あるか、と声を荒げてしまった。

迎えた当日。用意された原稿などどこ吹く風。よくもあんな答弁を、との追及に対して、いや、あれば部下が勝手に、とはよくある弁明なれど、局長自ら非を認めたことで語調は下げたつもりもやはり稽古は真剣に限る。

(令和3年12月20日/2683回)

| | コメント (0)

2021年12月15日 (水)

光彩

下級武士の生まれにて学問の礎は父親と書物。「書物を読むことは昔のりっぱな人に会って教えを受けること」と小学生向けの松陰読本に見かけた。

ロシアの文豪トルストイに「クロイツェル・ソナタ」なる作品があって、ベートーヴェンの同名の曲に着想を得たとされており。汽車の長旅に居合わせた客の会話が結婚観に及ぶのだけれどもそこに一石を投ずるは一人の公爵。不倫への嫉妬から自らの妻を殺めた過去を語り始めて。鋭い洞察力に内面をえぐる心理描写は秀逸。

ソナタといえば「ソロ」が基本にて楽器名が付されるが一般的もクロイツェルはヴァイオリニスト、つまりは人名。ならば、ヴァイオリン・ソナタとでも。いやいや、ピアノとの共演は絶妙にて主役譲らず。その関係に他の楽器が「嫉妬」を抱いたとしても。作曲者の意図や知らず、が、この曲をそこに結びつけた文豪は相当な「通」にあるまいか。美しき旋律をぜひ一度。

さて、県連から来年の手帳とカレンダーの注文が届いた。「光彩」と題したカレンダーは党総裁を一月に名だたる幹部の座右の銘と思しき揮毫が各月を飾るも個性あふれる筆跡の中にはよもや私のほうが、ってのも。そう、地元の物好きから揮毫を頼まれて、身分にあらず、と固辞すれど譲らぬ相手。「家宝」との決意にほだされて。字をしたためるは結構なれど座右の銘などなきに等しく。「任期中記す色紙はこれ一枚」と豪快に。本当にソレ一枚だったナ。

さて、議長室に歴代の一人として写真を飾っていただくことになった。背負う責任や一介の比にならず、その慣例や否定はせぬ。が、されど、たまたま「順番」で回ってきただけの話。歴代と並ぶなどおこがましく。何よりもこれ以上、恥を重ねる訳にはいかぬ、と拒否権を発動すれど、それは許されぬ、と議会局。後で文句を言わぬよう念書を記すとまで申したものの。

他に負けぬ立派な写真を、なんてのは厚かましく。すったもんだの結果、出来合いの一枚、いわゆる市のホームページの議員紹介に使われる写真をそのまま流用いただくことで決着がついた。役職の前後で顔が変わるなど。いや、あるやも(笑)。ゆえにそこに違和感を抱くやもしれぬ。が、あの物理学者とて威厳とは程遠いあの一枚が。まぁあとは煮るなり焼くなり勝手に。

そう、ここだけの話。隠居の身にお呼びがかかり。仰せつかりしは何を隠そう家庭教師。目下、中三の受験生を抱える身にて子の模試などに目を通してみたりもするのだけれどもさっぱり分からぬ。自らの子とてろくに育てれぬというに他人様の子など。何よりも父君から請われて。

ということで、科目は体育。というかそれしか教えられぬ。奇縁にて私と同じ一字が付くのだけれどもゴルフが上手くてね。恥ずかしながら中学生にランを教えてゴルフを教わっており。

(令和3年12月15日/2682回)

| | コメント (0)

2021年12月10日 (金)

火花

その瞬間、議場がざわめいた。正確には「気がした」と語尾を伴う試合後の感想。うむ、多分に「気のせい」なのだろうけど、別筋からは「議会史に新たな一頁を刻む一幕だった」との声が寄せられ。庁内の人気を二分する女同士の対決に火花が散った、記されずと言わんとするはそのあたりか。

区長の登壇は稀、二人しかおらぬ女性区長が時同じくして登壇したとなれば。単なる偶然の産物をそういう構図に仕立て上げるところに策士ぶりが見てとれて。冗談はさておき、代表質問を終えた。

複数の課が絡む案件は必ず両者を同席させねばならぬ、と教わった。競争働かぬ世界にて放っておかば腐敗するが組織。局により生ずる温度差の解消を狙って一元化を図らんとする一つに施設の長寿命化があって、資産マネジメントと命名された方針示され。

昨今は施設の売却や指定管理等、民間に委ねることで市の負担軽減が図られるも、その後の修繕をめぐる市と事業者側の押し付け合いは目に余り。直営とて他部門から口を挟まれるはいい気がせぬもの。現場の苦労も知らずして、と恨み節。介入するほうとて何も好き好んで口を挟むにあらず。

募る鬱憤に反目、責任だけが相手方に被せられては利用者の為ならず。そのジレンマやいかに、とぶつけており。いや、んな大上段に構えずと、あそこの修理はいつやってくれるのか、それこそが関心事。それは地元のセンセイの一般質問にて。

そう、新たな任期とあらば抱負の一つも、いや、多選の弊害が指摘されて久しく、腐敗するは権力とて同じ。むしろ問われるべきは公約の実現性。急所を知れど悩む脚本。対立か宥和か、宥和が過ぎては監督役の責務を果たせず。そのへんの塩梅こそが。

緊迫する情勢に原油価格の高騰。世界の資源争奪に翻弄されてきたのが我が国の歴史。石油依存からの脱却を目指すべく、太陽光はじめ様々な再生可能エネルギーが模索されるも未だ代替となる資源は見つかっておらず。それこそが次世代だと、水素社会の実現が公約に謳われており。

それ自体がクリーンであることは分かった。されど、その製造の過程を見ればどうか。カーボンニュートラルなるものの定義とて。いや、仮に実現できたとしても石油や液化天然ガスと同様にその原料を海外からの輸入に依存せざるを得ないとあらば払拭できぬは安定供給への不安。そもそもに国が主導すべき分野への挑戦は結構なれど前のめりに手痛い火傷を負うことのなきよう、と。

次なるは「地域新電力会社」の設立。聞かば本市が出資して会社を作るとか。電力の自由化に多くの事業者が参入を果たせど、会社更生法の適用から倒産寸前の事業者も少なからず。よもや退職後の天下り先の確保にあるまい、公の自治体があえて参入する意義やいかに、と牽制球。

もう一つは、完全循環型100%プラリサイクルの実現。ペットボトルのみならず更なる分別回収が欠かせぬ、その費用の増減やいかに、等々。

(令和3年12月10日/2681回)

| | コメント (0)

2021年12月 6日 (月)

硯水

当人ゆかりの湧水を硯水に修練に励むが上達の秘訣、との伝承が残るそうで、いつぞやの礼状の字に知るその成果。元会長に元議長、互いに旬を過ぎた元職の身同士といえど年齢の差は親子以上。運転手を仰せつかっての御伴。下男の役とて惜しむべからず、収穫多き旅を終えた。

東と書いて「ひむ(ん)がし」と読む識字率の高さは市歌の冒頭にあり。「みよひんがしに~♪」。そう、「ひんがし」といえばあの句。ひんがしの野にかぎろひの云々と。由縁ある筆柿の古木あり、故に往古より此の家を柿本と称す、との古文書。歌仙祀られし神社にて願をかけるは良句の閃き、いや、こちらは和歌です。雪舟と人麻呂を島根県益田市に学んだ。

そんな市中に目立つは屋根瓦。赤茶色の独特な風合いは三大瓦の一つ、石州瓦。中でもひときわ目立つは二十八万枚もの瓦を外壁に敷き詰めた県立美術館。建設費は知らぬ、が、さすがに威風堂々として。瓦の重量に耐えるは柱に梁とて太くなければならず、時代にそぐわぬながらも受け継がれるは土焼き文化。

墨字に朱印、木箱入りこそ高価の証、程度の認識しか持ち合わせず。議長室に飾るに恥じぬその品も肩書が外れれば。物置に眠るより生きて人目に触れてこそ、と他人に譲り。そもそもに美か醜か、風合いが云々など個の価値観に負うもの。丹精込めた一品と知れど関心なくば猫に小判、バザーの瀬戸物に変わらぬ。器に掛軸を愛でるが嗜み。弟子に選択権なきが徒弟制の悲しい性にて茶道の師匠こそが上客となり。

一楽二萩三唐津。翌日に訪ねるは萩焼の名匠。ゴルフクラブは選べども人は選ばず。対人に不得手なし、といえども偏屈多きが職人の世界。尚且つ、人間国宝を輩出した窯元、一見どころか世に知られた陶芸家とて滅多に会えぬ、と聞くも、それを克服するが年の功。晴れて面会の栄に浴するもその分野の知識とて皆無なのだから失礼この上無く。

いつぞやに放映されたあの朝の連ドラに学んでおけば、と後悔先に立たず。かくなる上は禅問答が如く。利休の評に茶器が化けた話は過去に記すも茶器の価値とはこれいかに。不躾な質問にも気さくに応じていただき、別れ際には記念撮影まで快く。木箱ひとつにも理由があって。陶芸の何たるか、こんど聞かせてしんぜましょう。アホか。

そう、萩に忘れてならぬ松陰先生。旧跡に学ぶは功績なれど偉人輩出の背景に土地の風土あり。萩藩主といえば毛利公。菩提寺とされる大照院にて拝むは毛利家墓所。墓には惹かれぬものなれど並ぶ石灯籠に静謐な空間は不思議な趣があって。

衣食足りて知るは礼節。メシ旨き土地に悪人なし。地元の方々の人柄に触れて、食に舌鼓を打ち、地酒に酔いしれ。下男の対価以上のもてなし。随分と馳走になってしまった。

(令和3年12月6日/2680回)

| | コメント (0)

« 2021年11月 | トップページ | 2022年1月 »

 
自民党
山崎なおふみは自民党の議員です
自民党ホームページへ
KAWASAKI CITY
山崎なおふみは川崎市の議員です
川崎市議会のページへ