なおログ[Blog]

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2021年9月

2021年9月30日 (木)

羊羹

羊羹ならぬ虎屋の羊羹。アイスならぬハーゲンダッツ。O副議長とあらば品物が違う、と評判を生んどるらしく。その気配りや見上げたものなれど買収工作など無意味な連中にて甘やかさぬに限る。気配りのみであれば私とて「リポD」を持参するは一回のみにあらず。品が違う、とはよもや私へのあてつけにあるまいか、んなことで相手を値踏みするとは人の風上にも置けぬ。

いや、待てよ、慣れぬ現職を相手にそれこそが慣例とばかりに煽動した可能性とて。そんな狡猾な連中に籠絡されるは気の毒。老婆心ながらに御助言申し上げれば、ありつけぬ連中から「オレたちにはいつ届くんだ」と督促めいた声が伝わってきているとか。頭抱えつつもまんざらでもなさそうな副議長殿に「御注意あれ」と話を終えた。過去の善意が当然の権利となる事例やそこに限らず。

それが私有地である以上、隣人の介入は財産権の侵害。売却後の所有が業者とならば尚更のこと。土地の開発を巡る紛争は絶えず。近隣への説明と申しても百戦錬磨の相手にこちらはズブの素人。開発の許認可権を有する以上、介入は当然との声に独自の条例が制定されて。

行為そのものへの規制ならぬ近隣との紛争時における斡旋の手続きを定めたものなれど、業者にとってそこに新たに生じた手間や小さからず。条例は市の善意などと申すつもりはないものの、泣き寝入りに近い市民を見捨てておけぬと一歩は踏み出した訳で。あくまでも「場」を提供したという話であって、特段の違法性が無いにも関わらず故意に開発を中断させれば司法沙汰にもなりかねず。

譲らずともそこに許可は下りるやもしれぬ。されど、役人を敵に回しては別の開発に難癖つけられぬとも限らず、機嫌を損ねぬ程度に、と促される譲歩もそれでは全く納得がいかぬ、完全勝利あるのみだ、となるとそれは越権、はき違えた権利となりかねず。副議長にハーゲンダッツをせびる誰ぞと変わらぬ。違うか。

そう、最近もそんな相談が寄せられて仲介を果たさんとすれどもこじれにこじれ。依頼主がこぼすは業者への不信感。漢字の誤りに訪問理由とて「市から言われて」などと余計な一言が付かば伝わらぬ「誠意」。譲る譲らぬの前に自ら墓穴を掘っとるようなもので、条例云々の前にまずは。

神無月。五穀豊穣を祝う祭礼の季節。笛に太鼓が聞こえぬに寂しく、神輿の中止に持て余す体力。いや、いつも手抜きばかりで大して担いでおらんでしょうに。秋冬のレース物色するに「年に一度走れば十分ではないか」との妻に通じぬ価値観。オクトバーラン&ウォークの申請を終えた。

終えた、と申しても前年の「継続」が当然の権利、というか標準であって辞退の際のみ申告をと。告げられる昨年度の距離は兵どもの中で見劣り感が否めず、負けじと上乗せを申告してみたものの、宣言の解除に食欲の秋と誘惑多く。脳とて使わねば退化するであろうし、細胞とて活性化させねば老化は進む。何よりも健康に目が向くというのはいい兆候で。

(令和3年9月30日/2668回)

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2021年9月25日 (土)

錦鯉

池の中の錦鯉にマスク無き自由を詠むも俳句に風刺はなじまぬとか。ならばと詠んだ一句「句碑仰ぎ佳作を捻る秋彼岸」に天賞をいただいた。句の主となる故人への追悼、そして、ちょうど一年前の吟行の際に句碑を眺めていたTさんを偲んで。

そう、投稿のまさに翌日に着信があって、こんなもの見とるヒマあらば他に費やすべし、と長兄風を吹かせんとするも気になる職質の内容はやはり「そちら」にて市議のほうが一枚上手であった。

殿上人の印象を払拭し、気さくさを演出する狙いと知れど、下に目が向くは結構。そんな旬の御仁から直電とあらば悪い気はせぬもの。何時何分に着信あるゆえ、くれぐれも粗相なきようとはおらが代議士。家庭訪問ぢゃあるまいに。余計なことは言わずに応援しとる旨だけ告げた。己の欲を隠さずに挑む候補者に群がるは善意のみならず。不謹慎ながらそのへんに人物眼が磨かれて。

報道はそちら一色なれど選挙は総裁選のみにあらず。迫る市長選に現職から届く案内、と申しても正確にはその「陣営」から。本人の依頼とあらばまだしも陣営の人とあらば本人の意向や見えぬ。そこを不透明にしたまま加勢するは恩を売っとるように見えて、実は媚びを売っとるように解せられはせぬかとの懸念。対する向こうとてこちらの軍門に下るが如く見られるは不本意。そこに余計な「借り」など作りたくもなく。

さりとて、全く無視も出来ぬ、というのが意外と本音に近いところにあるまいか。行くべきか、行かざるべきか。互いに市政を預かる身なれど方や執行側に他方は監督側。ついて行きます下駄の雪では。慣れ合いならぬ切磋琢磨、そこに市議の市議たる所以があって、それを失わば自ら意義を否定するようなもの。やはり託された票の重みというのは忘れちゃいかん。

いや、行かぬほうがいいとは言わぬ。行かばその忠誠心を認められ、思わぬ恩恵に預かれるやもしれぬ。そのへんの距離感は教科書に学べず。大小の私欲が交錯する中にあって光明を見出さんとするが選挙。などとエラそうなことを申し上げてみたものの。

三割に満たぬ投票率。残りの七割は信任か不信任か、とはよくある話。寝ている有権者を起こさねばならぬと現職に挑むは兄弟分。全国議長会にて机を並べた仲にて。前任が十年、その前も十年、壮絶な下剋上に射止めた議長の座。貴殿も十年か、と問わば悪しき慣習は踏襲せぬと。その後とて闇将軍として権勢を誇れたはずも有言実行、後進に道を譲り、さっさと辞めてしまった。議長のみならず議員そのものも。食い扶持欲しさに瀬戸際までしがみつくは恥とばかり半年も前に。そのへんが器の違いか。

見知らぬ人との交流に教わること多き陣中に見かけしは県政界の重鎮。只者ならぬ雰囲気にその道の達人と知るも「三年殺し」なる秘拳を有するとか。北斗神拳ばりのその奥義を聞かんとするも今回の目的やそこにあらず。備前の乱の勝敗やいかに。

(令和3年9月25日/2667回)

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2021年9月20日 (月)

短大

駅名にちなんでか、「ヒルサイドテラス」なる店が地元にあって、ランチにしてはやや割高ながらも百合ヶ丘マダムたちの好評を得ているらしく。看板は松花堂弁当、メインは別皿にて和食が定番なれど、時にタンドリーチキンなど香辛料も絶妙にて上品な味に。食後のデザートは自家製のホットプリン、量が少ないのがちと不服もマダム向けゆえ。落ち着いた雰囲気の店内に流れるはクラシック。食と料理に対する店のこだわりが垣間見える地元の隠れた名店。儲け以上においしいものを、と。

短大といえば二年、というのが世間の常識。国家資格の一つ、看護師の取得に必要な履修課程は三年。とすると、短大卒後の資格は準看護師。というのは完全な間違いであって、看護系の短大は三年制。ちなみに、通称「准看」と呼ばれる准看護師は一般の看護師の補佐役にて許認可は都道府県。「じゅん」は「准」が正しく「準」は誤り。

今定例会の目玉の一つに市立看護短大を四年制化する議案が含まれる。聞かば政令市の中でも「短大」は本市のみ。資格の差異なくばそこに恥ずべきものなく、何も「見栄」にこだわらずとも。ひく手あまたの世界、短大とて就職先には困らぬ、されど人気は四大とか。事実、本市の市立病院などでも同じ市立の短大よりも市外の四大が歓迎される向きもあるらしく。同郷のよしみを酌みたくとも歴然とした差を前に断念せざるを得ない葛藤を現場は抱えとるとか。

が、そもそもにそれはいわゆる囲い込みというか下駄を履くってことだから双方に不幸な結果を生まぬとも限らず。一方では少なからぬ市費を投じて育てた人材が市外に流出するは損失などとセコい話も。ならば「短大」の意義やどこに。大学の許認可は文科省の権限、短大とあらば入学金に学費等を低く抑えられ。

当時などは一刻も早く社会人として独立して親の負担を減らさんとの苦学生たちの受け皿として重宝されたはずも昨今などは看護師に求められる知識や技能は多岐にわたり、より専門的かつ高度化されて。三年と申してもあくまでも資格得るに最低限の知識しか学べぬ。たった一年、されど一年。その一年が将来を大きく左右するのであれば背伸びしてでも負ける訳にはいかぬ。

四年制化に伴う運営費とて現行の五億二千万円から七億四千万円とされ。それで他市に肩を並べる、いや、上回る人材を育てられるならば。四大に移行すれば受験の倍率に偏差値も上がる。試験は全員が同じ土俵にてそこにこぼれるはやむなしにしても金銭的な理由に門前払いはさすがに不憫。いかなる境遇であろうとも可能性の芽は摘むに惜しく。新たな奨学金の創設もセットで条例化され。今の需要に合った人材を育てんとの挑戦は否定されるものになく。

新入生は四大も己は短大、劣等感とはいわぬも胸中や複雑にあるまいか。晴れて人生の門出迎える若きナイチンゲールに気の利いた祝辞の一つでも贈るが議長の役目、などと予定していたものの、あの騒動に翻弄されて卒業生を見送れず。四大に変貌遂げようとも創立の理念に今日までの歩みは忘るるべからず、と確かそんな質問を共産党が。そこだけは同感。

いや、更に申さば、短大か四大か、ならばいっそもう一つ。とは悪い冗談で。

(令和3年9月20日/2666回)

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2021年9月15日 (水)

藤枝

華麗なる一族、に遠く及ばずと、外交官に元女子アナ、市議に警察官という多彩な顔ぶれにあって市議が長兄、つまり私。が、長幼の序などどこ吹く風、桜の代紋を背負わば政治家が罪人に見えるのやもしれぬ。情報収集に余念なく、事情聴取か尋問か、私にまで及ぶ触手。総裁選の行方など、もっと他にやることがありはせぬか、と。

法務大臣はじめ要職を歴任された元警視総監殿の邸宅、そして、伝説の刑事「落としの八兵衛」ことその人が居を構える位だから推して知るべしも本市の治安に不安を抱く、というか「悪い」と認識されとる方が少なくないとか。

市政だより今月号に治安が心配との御意見をいただいた。一面の「本市のイメージは?」との設問に示される正解は「治安が悪い」。「でも、」に続くは「市外在住に割合高く」「八割以上が伝聞等の間接的理由」とあって、実際は「単位人口あたりの刑法犯認知件数など大都市で最少」と続いており。

そう、んな大物に限らずとそちらを退職された関係者が少なからず住んでおられて普段は聞けぬ話題を提供して下さる。不思議とその手の人物は鬼面というよりも仏相に近く、「北風と太陽」を連想させる。その一人、Sさんは地方からの上京組、上野界隈を根城にヤンチャの限りを尽くすも二輪車の転倒事故、九死に一生を得た際に駆け付けた警官の一言が目指すきっかけだったと語る。

安保闘争の時代、過激派の摘発に駆り出されたSさんが身柄を拘束するは某国立大を卒業したばかりの若者。昔は短距離の陸上選手として名を馳せた当人、勧誘に抗いきれずに没頭するは「爆弾」の製造。拘留中の息子を心配して面会を求めし親御さんが大そうしっかりされた方だったとか。

当時、忘れもせぬは藤枝の喫茶店。子を諭すべく遠路訪ねた親を相手に帝国主義が云々などと反駁する当人に堪忍袋の緒が切れて。親に説教するとは何事だ、忠孝の道をわきまえぬなど言語道断、と飛ぶ平手。以降は更生されて手紙が届く交流が今も続くと。人に恵まれた生涯だった、と語るSさん。情を挟まば相手に付け入る隙を与えかねず、宿痾と知るも人情派が少なくなった。

そう、新百合ヶ丘駅南口の地下の喫煙所。かねてそのマナーに関して相談を受けること少なからず。離れた階段付近での集団喫煙に麦酒の空缶の散乱目立つとか。路上喫煙防止条例に過料の罰則があるのだから厳しく適用すべきだとの声。抑止効果を狙ったものにて過料に及ばずとかなりの効果を上げているはずも「一部」の行為が全体の印象を損ねるは何とも。

幸か不幸か、交番の前にあって注意せぬ警察官への苦情とて。ふむ、あくまでも目撃者の談にてたまたま間が悪く手を離せぬ事情があったやもしれぬ。根拠法令が市の条例にある以上、市で対応すべしとの言い分は分からんでもないのだけれども、治安維持なる任務を負っているのだからもそっと協力的でも。

道交法とあらば一寸も見逃さぬあのコワモテぶりあらばそちらの違反者とて。

(令和3年9月15日/2665回)

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2021年9月10日 (金)

大入

そちらは未だ不勉強にて玉の大小と味の相関や知らず。いただいた秋の味覚に「産地聞くずしりと重き梨一個」と句を添えて御礼のメールを送らば、上五を「産直の」としてはどうか、と返事をいただいた。秋の俳句大会への投句を依頼されて協力しただけなのだけれども御主人が手土産に持参された一個が大変立派なものにて。

役職への遠慮が取れてか、久々にE子さんからも着信があった。老人会の運動会が中止との連絡なれど、御立腹の理由はそれに要した時間。会場の使用許可が下りぬというのだから結論はそれ以外にないはずもアレコレと理屈こねるに下せぬ決断。性別への侮辱とばかりに辞任に追い込まれた御仁がおられたが、オトコのほうがよほど、と。

いや、そりゃ性差以上に年齢、更に申さば日々の話し相手の有無こそが災いしておるまいか。とするとやはり人に恵まれるというのが人生の秘訣であって、その為にも「段差」は低いに限る。この前なんぞはひょんなところで背後からの呼び声に振り向けば当時の補佐役M局長。互いに役職を離れた身にて知らぬ間柄を演じてもよさそうなもんなれど声かけられるに悪い気はせず。

そして、もう一人。そこまで卑下するスコアにあらずもクラブが合っていない、と相手。が、原因を道具に求めては上達なし。数年前にちゃんと計測の上、安からぬ一式を購入したはず、と反論してみるも。相手の干渉を好まぬこの御時世にあって他人の為に一肌脱がんとする「おひとよし」は稀有にて当人の好意や銭では買えぬ。と任せて届く請求書。悔いてはならぬと笑顔で。泣。

資産報告にゴルフ会員券と欄がある位だからそちらの代名詞と世に認知されとるのだろうけど、その手の偏見に遭わぬかといえばウソになり。そのへんの段差が相手を躊躇させる一因もそこに生まれる関係は得がたい財産。御年配を相手にこんど「ラン」でもなどとは誘えんでしょうに。で、ようやく本題。

何を隠そう本市には「市立」の川崎国際生田緑地ゴルフ場があって、その為の特別会計もちゃんと。当時など支配人は市の天下り、いや再就職組にて料金こそ「特別」にならぬまでも予約は便宜を図ってくれて。現在は指定管理者。多摩丘陵の桝形山の自然を生かしたコースは戦略性に富み、小さいグリーンに深いバンカーという設計者の思想が云々と紹介されるも一言で申さば「初心者には不向き」ということ。

利用料金、いわゆるプレー代とて安からずもほぼ大入に近く、そのおよそ六割を占めるは市外客とか。「市立」なのだから市民優先枠を設けるべきとの声あれど観光収入と見ればどうか。大雑把ながら一般会計への繰出が年間三億円、うち二億円は生田緑地全体の保全等に利用される、と教わった記憶あり。市の事業の中でも優等生。

優先枠などと言わずにむしろ子供たちの為に優遇を図ってはどうかと。その生い立ちと歴史に段差があって然るべきも折角の可能性の芽を摘むに惜しくはあるまいか。まさに教育がそうであるように、結果の前にまずは機会を広く。

(令和3年9月10日/2664回)

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2021年9月 5日 (日)

平均

もはや隠居の身にてこれ以上の醜態を晒す訳には参らぬ、と拒んだつもりが、「またも」相手の術中に陥り。波紋広げぬ程度に、と念押せど、気付いた時は目的達成とばかりに録音機を持ち帰られてしまい。隣市の次に迫りくるおらが市長選に向けて聞かれる現職の評価の「続き」。

前回は在任中の記者会見だったナ。ホメれば相手に媚びとるようで、こちらの資質を疑われそうであるし、貶さば自らを棚に上げて陰口を叩いとるように見えなくもなく。良心の呵責に苛まれるは善人の証、無言を貫くが最善と知るも虚実皮肉というかその紙一重の微妙な間にこそ。

で、演題はもちろん「風通し」。不都合な事実を伏せんとする心理は分からんでもなく、上司が癇癪持ちとあらば尚更のこと。それが課・部・局と幾重にもなるに、途中、一段でも躓かば頂上には到達せぬ情報。己の不徳か相手の作為か。職員の顔色を見とれば心中はおよそ透けて見えるものにて少なくとも最後の一段は云々と申し上げて。物議を醸す見出しが踊らぬことを願っており。

そう、最近など在宅医療チームの創設は救急搬送の困難事例や自宅療養者の症状悪化の報道への反応であろうし、ワクチン接種における妊娠中の方への優先枠の確保、も同じ。機を見るに疎からず、迅速に手を尽くさんとの姿勢は窺い知れて。あとはちゃんと動くか。そこが最も肝心なところなれど。

さて、秘書おらぬ一兵卒の身、質問原稿を手がけよ、との命に頁をめくるは市の事務事業の評価。目標とその達成度に「感想」を述べるは市議の役割にあらず。曲がりになりもソレでメシを食っとる以上は役人に「ふむ」と気付かせる見識を披歴せねばならぬ。多岐にわたる目標の一つに市のホームページの閲覧回数があって。

目標は否定せぬ、が、その先に利用者が求めている情報は何か、目的の情報に辿り着くまでに不自由はないか、という「一歩先」の視点を有しておればホームページの作りも些か改善されはせぬか。とにかく情報を公開することに主眼が置かれる隷属的な意識ではいかん、と。

そう、一歩先の視点といえば、二年ぶりに実施された全国学力テストの結果。休校措置による低下は見られぬとの分析。「全て」の教科において全国平均を上回る結果に公教育の成果と胸を張るもあくまでも「平均」の話。区別、学校別、更に申さば生徒間の格差が見えぬ。

そして、あくまでもその選択は「任意」ながら今や相当数が通うとされる学習塾。その及ぼす影響は無視できぬはず。特に首都圏なんぞはあの駅前の看板見れば。受験を目標とするは公教育と相容れぬ、と拒絶してみるも現実を見れば保護者の関心はそちらに向いとる訳で。何もそちらに肩入れせよとは言わぬ。が、その実態位は把握して損はあるまいに。

受験を目的に集う生徒の在籍校は様々にてそこに交わされる情報、当該校の様子や習熟度などむしろ教育委員会以上に詳しかったりもして。公教育の意義やそれのみにあらずと知るも、あちらが栄えてこちらが滅ぶ、とは言い過ぎか。ゆでがえるにならぬよう向上心だけは。

(令和3年9月5日/2663回)

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