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2021年8月

2021年8月30日 (月)

三傑

人の一生は重き荷を負うて遠き道を行くが如し、とは家康公の遺訓とされるもレースは身軽に限る。マラソン大会の相次ぐ中止に種目をトレイルに変更して大自然に挑んでおり。

大会の必携品にずらりと並ぶ品目。1リットル以上の水に食料、コピー不可とされる保険証、迷子時の救いの笛は分かった。が、さすがに防寒シートやヘッドライトは大袈裟ではあるまいか。夏山は「油断」こそ大敵と知るも遭難時の備え以上に「検査アリ」の文字に不足品を埋めるべく。通行証といえど、あくまでも「証拠」に過ぎず、百均を物色するに侮れぬ品揃え。大師のせき止め飴なんてのも。

「フード付きレインウエア」の備考欄に「ジャケット、完全防水、透湿機能を持ち、縫い目をシームテープで防水加工してあるもの」との記述が目に入らなかったといえばうそになり。山を侮るなかれと廉価の雨具は不適格の烙印。ならばとアウトドアメーカーのロゴ入りの一枚を提示すれば「完全防水の素材にあらず」と譲らぬ相手。

安からぬ出走料にそれまでの日々が水泡に帰しかねぬと途方に暮れるに示されるはあちら。そこには大会の協賛企業の出店があって地獄の沙汰も銭次第、足元を見透かすとは言わぬまでも「いい」値段が付されており。どこぞの自治体の入札の参加資格ぢゃあるまいに。

輪をかけて「大会当日一か月以上前に新型コロナ接触確認アプリをインストールし、三十日以上継続して日常的に使用しているスマートフォン」と見ればお手上げに近く。んなことに夢中とあらば本来の仕事も疎かになるのも頷けて。

さて、定例会を目前に常任委員会が本格化。目下、質疑の大半がこの御仁で占められており。何も委員会は一人のものにあらず独壇場はいかがなものか、他への気遣いが足りぬ、との評はひとまず横に置く。歯に衣着せぬ上から目線の追及は時に自己陶酔に浸っておるまいか、さぞ気分も、と眺めるは外野席の私くらいなもんで。

当事者にとっては拷問に近く、会議録にも残る公の場で若造に罵倒されるなど屈辱。積年の恨み晴らさんと闇討ちにでも遭いはせぬか、と余計な心配をしてみるも。声デカき人物に悪人なし、腹に一物なく球種とて直球しかないのだからコースさえ読めれば十分に打ち返せると思うのだけれども当事者側の予習が足りぬ。

いや、何も隣家のことを聞いとるものでもなく、当人の所管のことなのだからその程度のことを知らずにどうすると。何よりもその質問力以上に予め資料に隈なく目を通し、前年の質疑経過を踏まえて委員会に臨むその姿勢と仕事への意欲に自らを反省しつつ。

そうそう、検索ページで「川崎市議会」と入力した際に表示される検索上位にI君を含む三名が並ぶとか。時に急浮上する御仁もいるものの一過性にて。あくまでも検索される頻度が多いってだけの話なれど、話題に上がってなんぼの世界、悪名は無名に勝る。「三傑」と命名するに「ファッションリーダー」を越えられるか。

また、今日もくだらん話題を提供してしまい。

(令和3年8月30日/2662回)

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2021年8月25日 (水)

偽薬

晴れて放免の身とあらば断る理由なく、久々に「選挙」と名の付いた会議に顔を出した。会ってなんぼの世界にて戸別訪問に勝る必勝法無し。あくまでも他陣営の話、としながらも訪問において歓迎されかねぬこともあるやに聞いて迷う判断。

政府として自粛を求めておきながら、との負い目こそあれど、見知らぬ家ではあるまいに。小言を言われるなどハナから応援されておらぬかそんな時だけ顔を出すからではあるまいか。そこに躊躇する位ならば会議の招集とて。

近親者のみとあらば届かぬ訃報。名簿の変更こそ抜かりなきも、やはりどことなく気が晴れぬもの。目に浮かんだ時に手を合わせれば故人も報われる、と諭されるもその姿を知るは故人と本人のみ。いや、死人に口なし、御遺族に伝えて下さる保証なく。

とすると盆などは弔意を示す好機なれど公職選挙法では香典は御「霊」前のみ、それも本人が参列した時に限る、とされ。出さば相手も返礼に悩む、あくまでも目的は合掌なのだけれどもさすがに「手ぶら」とあらば常識を疑われかねず。それでも仏前に手を合わせれば、御遺族から喜ばれこそすれ、追い払われるなど。

足りぬ病床に助からぬ命、が煽動的に報道されるもそこに事態が打開される見通し立つならば。増幅される不安に病床の確保こそ焦眉の急と知りつつも。二床だけでも何とかならぬか、と必死の説得を試みるは市長本人、と人づてに聞くに。もはや限界、というか。

既存の枠組みに捉われていては前に進めぬ。従来の「手厚い」病床にあらずとも。と申してもそこに生じる責任が躊躇の元凶。一方、ワクチンこそ切り札、接種率の向上こそが危機を救う、と魔法の杖が如く意識に浸透した感があるものの、あくまでも免疫を高める一手段に過ぎず。

そう、免疫といえば。天然痘の根絶の立役者エドワード・ジェンナー。自らの子に治験を施した美談が耳目を集めるも、その研究の端緒となりしは若かりし研修医時代に耳にした患者の一言。「私は牛痘にかかったので天然痘の心配はない」と農村の女性。

酪農が盛んな地域に伝わる言い伝え。牛にも天然痘に似た症状あり、牛痘と呼ばれたその症状は人に感染するも重症化せずに完治。そこに自然と免疫が生まれることを実証した同氏はとにかく「観察」好きな少年だったとか。

「前向き」をモットーとする走遊仲間のメーリングリストの投稿に運動習慣がある人は重症化しにくい、との記事を見かけた。治療に勝るは予防。何もワクチンにあらずと。そこにエビデンス(科学的根拠)がないなどと横を向いておらんで。何をそれっぽっちと思われるかもしれぬが、私など「うがい」こそ最上の予防法にあるまいかと信じて所構わず実践しており。偽薬とて信じて呑まば。侮れぬプラセボ効果。

巷に氾濫するは負の情報ばかり。そんな中に身を置いていては愚痴しか言えず、それでは人も寄って来ぬばかりか運も味方せぬ。まずは意識を変えてみてはどうか。それこそエビデンスはないけど。

(令和3年8月25日/2661回)

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2021年8月20日 (金)

大峰

式典と聞くに「らしき」格好にて出かけたものの。ボランティアの皆様のみならず、庁内にファッションリーダーの呼び声高い、というか「自認」する区長までもが予想に反して。車の中でTシャツ姿に着替え直してようやく場に溶け込んだ。パラリンピック麻生区採火式のひとコマ。が、んな経験は私のみにあらず。

初登庁に目の前に並んだ幹部、五十人。当人以外の男性はすべからく白シャツ。必携とされる心得には「シャツの色は白、ジャケットはつねに着用」との一文。名高い創業者が規則を作った時代は訪問先の相手はダーク・スーツに白シャツ。顧客に敬意を払い、適した服装を、との意図のはずも規則だけが独り歩き。今や相手の服装とて。何週間後の同じ会議では当人だけが白シャツで他の全員が色物のシャツだった、とか。

大企業病とされる症状はそこに限らぬ。振りかざされる「経営」の二文字に植え付けられる劣等感、知らぬ世界とばかりに相手の弱みにつけ込んで都合よく利用されとるフシはあるまいか。では「経営」とは何ぞやと聞くに的を得ぬ回答。何も「経営」などともったいぶった表現を使わずと。あれだけの倍率を抜けてきたのだから能力は劣るものになく、いかに組織を導くか。

全世界の従業員数三十万人、名門の凋落を見事に再生した経営者の回顧録の題名や「巨象も踊る」(ルイス・ガースナー著)。何もゴリアテだけが賛美されずと。

ブームの火付け役、漫画「神の雫」の最終章が完結、と知った。目下、本市もワイン特区なるものの認定を受けて、岡上の異端児、いや、革命児がその分野に挑んでおり。そもそもに歴史と文化が違う。東洋の一小国のワインなど、との偏見はあの甘いブドウ酒をワインなどと呼んでいた頃の話。わが国のブドウといえば九割が「食用」も世界を見ればその比率や逆、九割がワイン用。

当時の食卓に並ぶはデラウエアか巨峰。デラは粒小さく、巨峰は皮に種、と食すに手間多く。それが今やあれだけのモノが生みだせるのだからワイン用とて。ばかりか、「不適」とされるそのブドウとて生の味を堪能するに世界に類を見ず、いや、隣国に気付かれてはサンマが如く品薄になりかねぬゆえ内緒に。そう、少し前に食べた「大峰」なる品種が抜群に旨かったナ。

ということで国産ワインの応援団なのだけれども少なき収穫を補わんと輸入原料であっても醸造地が日本であれば「国産」を名乗れるとか。いやいや、やはりワイン用のブドウとて国内で。何も神に約束された土地にあらねば珠玉の一本は生まれぬなどとは科学的根拠なき妄信に過ぎず。土地がワインを生むというよりも生まれたワインに銘醸地の称号を得るというべきか。世界に誇る食文化にそれを支える生産者の執念と探究心をもってすれば。

流入する投機マネーが跳ね上げる相場は残念な限りも何もボルドーの五大シャトーだけがワインではない訳で。あくまでも嗜好の世界。高からずと気に入った一本を探しに、行きたいところなれど。

(令和3年8月20日/2660回)

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2021年8月15日 (日)

L6

天下の三不如意は、賽の目、山法師、鴨川の水と知るも思い通りにならぬはそれに限らず。何と申しても第二庁舎の空調。たった一人の登庁の為に全館一台の空調を稼働させるは税金の無駄とばかりに許されぬ勝手。こちとて何もそれを目当てに登庁するものになくも、あの蒸し風呂が如き悪条件に好んで仕事をするなんぞは。と、休日に没頭、いや、耽溺するは。本の山に埋もれており。

ワクチン不足の際に誰が優先的に受けるべきか。下されし方針は「最も死亡リスクの高い高齢者」、とされるも科学の粋を結集した数理モデルによれば「社会的な交流が盛んな若者」に投与するが格段に効果的とか。業界特有の欺瞞や「しがらみ」、組織論に学ぶべきこと少なくなく。万年最下位のチームの復活劇を描いた「マネー・ボール」の著者が新たな分野に挑む。マイケル・ルイスの最新刊のタイトルはズバリ「最悪の予感」。

情が理に勝るが如く、安心に勝るは恐怖。「制御不能」との衝撃的な見出しに巷の動揺は小さからず。ならば、この間は制御できていたのかと問われれば。日々手元に届くは、年代別、区別、経路別、症状別に分類された数字。症状別は「重症」「中等症」「軽症」「無症状」の四分類。その比率こそ大差なく、いや、むしろ希釈されているように見えなくもないが、その境界や不動ならず。何よりも母数が急増すれば必然的に。誰しもが無用な要請などせぬはずにて、往来する救急車に危惧するは入院先の調整。

自宅にて一向に快方に向かわぬ症状も医者の診察に処方された薬を服用した翌日は一変、との経験は誰しも。その為の医者であり病床なのだけれども回復期の患者の受入が進まぬことが事態の悪化を招きかねぬ、と。回復期と申しても症状は千差万別。「無症状」もしくは「軽症」に近くば自宅や隔離されたホテルの一室で事足りるやもしれぬ。が、中等症となるとさすがにそうはいかぬ。

「重症」の為の病床を確保するに「中等症」枠の拡大は欠かせぬ。んな時の為の公立病院であり、市立井田病院の救急病床を56床から92床へ広げる、と聞いた。主に中等症への対応としながらも重症者や他の急患を全て拒むものになく、そこは最善を尽くすと。病床の許認可を有するは県。随分と用意周到ではあるまいかと迫らば、かねて、起こり得る事態を想定して後手に回らぬよう水面下の協議を進めてきたと担当者。

非常の事態に昼夜を問わず働いとる人がいる中に悠長に本など読んどる場合では。そう、どんな大きな組織でも危機を解決するのは公に重要な地位を占める人物ではなく、「L6」、Lはレイヤー(階層)の頭文字にて、上から数えて6番目、無名の従事者であることが少なくない、と本に見かけた。つまりは現場にいる彼らこそ、と申しても昼は目立つ、帰宅前に訪ねる保健所。

他は消灯しとるもそこだけは別世界。居残り残業、しかも「総出」に近く。悲壮感が無いのがせめてもの救いなれど、いつまでも続くものになく、問われるは市議の働き、か。

(令和3年8月15日/2659回)

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2021年8月10日 (火)

夏草

なつやすみ野外上映会が今年「も」中止と案内に知った。自称映画通のT君によれば「七人の侍」「北の国から」そしてこちらが三指とか。夏休みの宿題とばかりに借りた「トラック野郎」シリーズ全十巻。警官の制止を無視して検問を突破するはお決まりのシーンなれど、そこに絡むは人助け。イチオシの第八作「一番星北へ帰る」にて花巻の荷台貫を演じるはあの大物俳優。

「荷台貫が怖くてワッパが回せるか」、要約すれば「警察が怖くてハンドルが握れるか」、と突破する背後には死の危機に瀕した荷台貫の妻。愛妻か職務か、勝る遵法精神に「オマエそれでも人間か」と桃次郎。ちなみに、やもめのジョナサンの自宅は多摩川沿いにて度々登場するは「川崎」の字幕。映像のまちかわさきに一役。

閑話休題。残る伝言に折り返して浴びる集中砲火。聞かば、近所の草刈りを陳情すれど予算を理由に拒まれたとか。そりゃよくある話。役所方とてもそっと機転の利いた返答が出来ぬものかとボヤいてみるも一方向だけでは真相は分からぬ。予算なきは市議の怠慢、などとまくしたてられるも、予算とて無尽蔵になく、全てに届くものにあらず。が、それを免罪符に安穏としていられるものになく、知恵を絞るが役人だ、と着地を試みるも。

予算なくば市民税の増税を図るべし、増税とてその分がちゃんと今回のようなことに充当されれば誰も反対はせぬと。いや、折角の御言葉ながらそう思うは少数派であって増税の前にまずは働き足りぬ市議の報酬を返上すべし、というのが巷の大勢と説いてみるも断固として曲げぬ相手。増税せずとも何とかするのが市議の役目と応ずるも「増税こそ」と背中押されて受話器を置いた。

それにしても特に支持政党なしとする御婦人が控室の番号知るに誰かの入れ知恵なくば辿りつかぬ。指名されておらんのだから何も私を推薦せずとも。

背負う期待に現地を訪ねて知る雑草の生命力は夏蝶に負けず、いや、それ以上。鬱蒼と生い茂る背丈以上の夏草に見えぬ対岸。足場が整備され、歩ける水辺に遊ぶ子供たちの姿もこれでは見えぬ。御婦人が一人で道路標識の蔓を枝切りハサミにて除去されておられるも多勢に無勢。横浜市域は除草剤が散布されど、本市側は何年か前から手つかずの状態が続くとか。

一般に除草の依頼はDKC。道路(D)公園(K)センター(C)となりがちも河川や下水となると別部門であって、やはり予算を理由に色よい回答なきこと往々。が、その為の予備費ではあるまいか。こんな時こそ流用すべしと迫れども繁忙期とあらば業者とて足りぬ人手。いや、そこまで待つ、手に負えぬなら無償にて手伝わんとするボランティア多かれど、それを阻むは不測の事態に問われる管理責任。そこを心配するあまり逃す獲物は小さからず。

何よりも草刈ってのは始めたが不思議と没頭するばかりか、後に生まれる爽快感は金銭に代えがたく。公有地の除草のあり方について部局横断的に知恵を絞ってみてはどうか。美化活動は何も多摩川の専売特許にあらず。

(令和3年8月10日/2658回)

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2021年8月 5日 (木)

筑駒

また、恩人が逝かれてしまった。身に覚えなき診察に期せず目にした診断結果。忘れられる恐怖に勝るは忘れゆく恐怖。抱く不安に悩む日々やいかばかりか。

最後まで肌身離さぬ「川崎市議会」の手帳の最後の頁に記された「にんちしょう」、途中には孫が合格した校名に赤丸印があったとか。大往生といかぬもほぼ人並みの年齢に往生遂げしは生前の御人徳の賜物か。合掌。

炎天下に三たびの発令が目前とあらば躊躇して然るべきも。月一回のスポーツ交流に続々と集うは障害者の皆様。その旺盛な意欲にいかにしてかサボらんとしたわが身を恥じつつ。休憩時の話題は言わずもがな。

接種は順調か、と聞かば、一部に優先接種が認められると聞くも一部とされる具体的範囲が分からぬ。予約困難な当事者の代理予約は可能か否か等々、いつもの担当に尋ねるに専門の別部門に確認するゆえしばし猶予を、と回答に時間要するはその連携に難ありか、と相手。

「多忙」であることは誰の目にも明白。ゆえに余計な負担をかけさせぬ為にも必要な情報は勝手に入手するわい、と市のホームページを見れど五月雨式に情報を更新しとるだけで利用勝手がよろしくない。鳴り止まぬ電話に追われるはそのへんが災いしていたりもして。まずは利用者本位に情報を整頓してみてはどうか。

さて、宣言下。形骸化しとる、に続くは「若者」の二文字。三十代以下が半数以上を占める、との報道に見る悪意。当人たちの身にもなってみなされ。政策判断として後回しにされた挙句に接種進まぬ罪を着せられても。

ましてや、ここにきて、これぞ頼みの切り札とされた起死回生の一手とて変異株にもう一回、などと言われるに揺らぐ判断。不自由から解放される確証、いや、希望的観測に踏み切った人とて少なからず。追い詰めんとするウラにオレたちは苦心して打ったのだから他の連中も打って然るべき、逃げ得は許さぬ、との同調圧力ならぬ嫉妬心とて。

必要量を確保出来ぬは政治の怠慢と言わんばかりの大合唱。も、方やそこに手にする利益や騒ぐほどに上がる訳で。人類の危機を救わんとの使命感や否定はせぬ。が、患者の病気が続いてくれたほうが病院の収益が安定するという自己矛盾は「クスリ」とて同じ。

治療から予防への転換に生ずる新たな予備軍は宝の山、現実ならぬ可能性、「リスク」に収益狙うはビジネスの知られざる極意。従来、推奨される予防接種などは紆余曲折に今日を迎えるも、今回などは兎にも角にも急げ急げの風潮に慎重論を唱えるに封殺されかねず。黒死病の再来、と申してもあの当時は路上に骸が転がる地獄絵図。

任意接種の限界に囁かれる「強制」の二文字。相手は慈善団体ならぬ営利企業ゆえヘンな力学が働かぬとも限らず。そんなプロパガンダが生むは社会の分断に対立の助長。接種を拒む御仁とて何もまん延を望んでいるものにあらず。欲せど叶わぬ状況こそ改善されねばならぬ。が、「したせぬ」の有無を意図的に話題に上げるなんぞは。

(令和3年8月5日/2657回)

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