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2021年7月

2021年7月30日 (金)

唐黍

入塾の際に提出する書類、父親の職業欄に記すは「議員」の二文字かそれとも。合否を左右するに及ばず、政治信条の違いに生徒に向き合う真剣度が変わるなんてことはないはずも、他方、それが票に結びつくやもしれぬと不埒な下心が芽生えぬとも限らず。露骨な二字にあらずと日々の会話にそのへんが推測できたとか。

冴えぬ成績に日々数字を求められる営業職が如く。課せられし党員獲得のノルマ。追い風ならばまだしもこの状況下に新規加入など。突然の電話に「入党希望」と聞いて耳を疑わぬまでも、善は急げ、気が変わらぬうちに、と用意された会員証を片手に訪問の意を告げれば、「その際に聞きたいことがある」と意味深な一言。

およそ政権への苦言が妥当なれど折角の顧客とあらば無碍には出来ぬ、真摯に耳を傾けてこそ、と意を決し。会費の受領後の尋問や政治ならぬ家庭事情。双子はおらぬかと聞かれて頷くにかつて英会話塾など、と。奥から顔を出された奥様がまさにその先生だそうで。

非常に印象に残る生徒だったとの一言に、おかげさまで現在「も」英語の成績は上々、などと知りもせぬことを。「スマート」なる単語を痩せていると勘違いした思い出話などを懐かしそうに語っておられ。肝心の入党の経緯は知人の紹介だそうで縁とは不思議なもの也。

が、そんな牧歌的な時代も今は昔、英会話ならぬ進学塾の夏期講習に明け暮れる日々。つい最近なんぞも盆の帰省を打診すれば「それどころではない」と妻。んな言い種あるまいに、そこを疎かにしては運も味方せぬ、などと申さば大騒動に発展しかねず。いや、むしろ「独身」のほうが好都合だったりもする訳で。

本屋の棚に見る巷の流行。並ぶアウトドア本に人気の高さが窺い知れて。眼下に見下ろす池の畔の赤い小屋。その向こうの山々に白く残るは雪渓。そして、雲海が広がり。雑誌「山と渓谷」の表紙を飾る絶景は白馬大池。ちょうど経路上でもあるし、夏に山小屋で過ごすもまた一興。

夏休みといえば山に海、ということで、車内に流れるはクロード・ドビュッシーの「海」。そして、欠かせぬ「食」。途中、採れたてのとうもろこしにかぶりつき、道の駅にて手に入れた「メロンの粕もみ」など酒の肴に抜群の珍味。ほんと旨かったナ。

さて、天候不順というか天気の急変が予想される季節。常任委員会において新総合防災情報システムの報告を受けた。システムに投じた費用は約一億五千万円。運用に年間二千万円。豪雨災害、河川の氾濫に限らず、現地からスマホ等により入力、地図と連動した情報が表示されることで全体の状況が把握できる、と。

システムとしての機能、内容は十分に分かった。が、あの東日本大震災の教訓を生かすならば、災害時に殺到するアクセスに回線が繋がらぬ。そこにこそ最大の障壁がある訳で、道路なくば車は走らず、まずは「繋がる」こと。そして、万が一の「不通」の際は自らの身は自ら守る、まずは土台を固めてみぬか、と。

(令和3年7月30日/2656回)

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2021年7月25日 (日)

夏蝶

期を同じくして羽根田桃園の「あかつき」が届き。被災地に躍動する選手たち。「少々の風に屈せず夏の蝶」と句会に選んだ。猛暑下に生を受くる以上、蝶とて力強くあらねばならぬ。

自らも負けじと「河川敷晒す裸体や夏の雲」と詠んでみたものの、「裸」は夏の季語。つまりは季重ねにあたると。甲羅干し、に着想を得て裸体を背中に、いや、「背」と書いて「そびら」と読むのだそうで。「河川敷晒す背や夏の雲」と見違えるべく。

再編進むは市場のみにあらず。日々あれだけのランナーを抱えつつも拠点なく。皇居周辺然り、みなとみらい然り、大阪城公園も然り、「拠点」が生むにぎわい。川が有するあの開放的な雰囲気は他にない魅力。上流を目指すもよし、下流目指すもよし、橋を渡って東京方面と変幻自在のコース設計。

何も贅沢は要らぬ、ただ、シャワーとロッカーさえあれば。あわよくば「ついで」にテラス席に冷たい麦酒など提供出来れば天下るM局長の人件費くらいは何とかなりはしまいか。等々力緑地の再編整備計画に秘かに狙う公園緑地協会の土地活用。

閑話休題。最近の一冊に河合香織著「選べなかった命」があって。出生前診断に告げられし結果は「異常なし」。医師の誤診に生まれた子供は重度の障害。数ヶ月の闘病の後に儚い一生を終えた。誤診なくば、と医師を相手にした訴訟、関係者への取材を通じて根源的な問いに迫らんと。

出生前診断に告げられる現実に中絶を選択する人は少なからず。胎児に選択権なく、時に親のエゴになり得はせぬか。異常があれば中絶する、ならば障害者は不幸な存在であって、世に生を受けてはならんのか。あくまでも心の準備とされた診断が決定を「大きく」左右している現状、いっそ診断なくば煩悶とて。しのびよる遺伝子検査の足音、より詳細な検査が可能となれば命の選好とて真実味を帯びたりも云々。

現行の法体系によれば中絶を認めるは「経済的な理由」にて「胎児の異常」は含まれず、その弾力的な解釈とてさすがに過ぎた面はないか。世には不妊に悩む夫婦とて少なからず、神から授かりし命を何と心得る、と申しても安易か否かはまさに神のみぞ知る世界。重度の障害に数ヶ月の苦しむだけの生涯は望まぬ命か。それは安易な選択かもしれぬ。が、一方で他人様には知り得ぬ苦悩、懊悩とて。

葛藤に悩むは妊婦側のみにあらず、結果を伝えねばならぬ医師や助産師。直接に向き合う医師ならば相手の判断に何らかの助言が可能も助産師となるとそうはいかぬ。当事者の決定を無条件に是とせざるを得ぬ職分に疲弊することも。医師とて他意なく訴訟に巻き込まれる位ならば事務的に説明責任を果たさんとせぬか、等々。

前述の裁判において直前に訂正された原告側の訴状。誤診なくば中絶「していた」と断定するが有利、と再三にわたる弁護士の説得に母親が下した結論は。「かもしれぬ」、生まれた子を見て言い切れなんだと。

(令和3年7月25日/2655回

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2021年7月20日 (火)

東名

任期中の単なる事実がさも自らの手柄と言わんばかりに語られるはこの世界のみにあらず。そりゃ他人様が評価するもんで。そのイスがチラついて完走を断念したのはセコかった、と就任の前日を振り返ってみせた退任の挨拶。

復帰初戦の結果は散々ながら帰りに立ち寄りし長野県川上村のレタスが抜群に旨かった。と申してもシャキシャキ感に新鮮さを堪能したというのが実際のところ。早朝に集結するトラックに間に合わせるべく収穫は深夜。漆黒の闇をほんのりと灯りが照らすさまは何とも幻想的で。そう、我が国が誇る物流に今や産地ならずとも。

目下、本市の北部市場、正確には「川崎市中央卸売市場北部市場」の老朽化に伴う再整備が予定されており。水産仲卸の代表団から会派宛の要望をいただいた。市内には南北に一つづつ市場があって、南部など「売らんとする意欲に乏しく既得権益に甘んずる連中の道楽に過ぎぬ」と手厳しく叱責された過去あれど、今や適正化が図られた上に余剰地の活用に余念なく。では、一方の北部はどうか。

首都圏全体を俯瞰すれば水産の豊洲に青果の大田が双璧。大田が狙うは空輸。空港に近接の立地を生かさんと。そりゃ結構、されど、やはり渋滞なくば物流は陸路に限る。混雑著しい都心の迂回路として設計された圏央道や外環道など物流面への功績は大にして利便性が格段に向上した東名高速。

売るも買うも円の芯を目指すは非効率。円の内に大量消費地を抱え、外は産地に近く。東名川崎インターからわずか。尻手黒川線の渋滞と申しても搬入は深夜早朝。天下の大動脈の外縁なる絶好の立地に外的な条件は整った。あとは市場としての機能をいかに高めるか。

市場は生き物。仕入れなくば銭にならず、仕入れども残れば損失。生産者と消費者を直接つなぐ流通の変化に「中抜き」進む、といえど個人相手では商いの規模は知れとる訳で。何も血眼に隠れた逸品を探さずと目利きが厳選した品を市場から全国各地へ届けんとページを充実させてみたり。そう、無観客といえど好業績に沸く競馬や競輪を見れば御当地に「行かず」と。食と健康が注目を浴びる時代、廃れるどころか潜在的な需要は十二分に。

さて、肝心な要望の内容。再整備に向けて意見の聴取を終えたとか、現場の声を聞かんとする姿勢こそ評価すれどもそれが建前にあらぬことを願っている。と申すのも、そこに暗躍見せるはコンサル。我こそは各地の成功例を知る市場再生の救世主なり、田舎侍は黙っておれ、と肚にイチモツありそうな雰囲気だけは伝わるんだろうナ。

再整備に向けた発注者は市のはずもいつしか立場が逆転していたりもして。およそ資金調達を含む民間活用などアルファベット三文字の数値を示されて、どうせ理解できんのだからと上から目線で決断を迫られるなんてのは腑に落ちぬ。その矛盾点を突くなんぞ。

いや、何よりも民に委ねんとするにその後の責任の回避を狙う小役人的発想が潜んでいたり。やっちゃばのオヤジとあらばそんな目利きにも。杞憂に過ぎぬか。

(令和3年7月20日/2654回)

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2021年7月15日 (木)

古傘

暑中見舞には些か早く、一通のはがきが届いた。裏面には在任中の御礼と「天下り」、いや、再就職の報告。末尾には「【本当に】御世話になりました」と。決して達筆とはいえぬも丁寧な一筆が添えられており。ふむ、確かに世話を焼いたな。

陰陽でいえば明らかに陰、というか、陽にはあらず。その見方は庁内において衆目の一致する所なれど、それを当人の陰謀と見抜くはいかほどか。何と申しても市の財政を司る砦の長にて日々朗らかな笑みを浮かべていたのでは放漫経営に陥りかねぬ。やはり、語らずと「厳しい」と相手に思わせる演技こそ欠かせぬ資質ではあるまいか。

そんな役者人生も終焉、退団の挨拶は財政畑を歩んだ半生を振り返り、「お金」と結ばれた縁を滔々と述べておられ。苗字に見るまでもなくまさに我こそが恵比寿大黒天の化身なりと言わんばかりの。が、そんな名優といえども転職とあらば慣れぬ職場に苦労しとるに違いない。よし、ひと肌脱ごうぢゃないか。

目にすれば「読む」部下がいないとも限らず、読まば大そうな人格者だったことが推測できるように「誇張」して返礼のはがきをしたためて。

閑話休題。バケツ返した、とは言い得た表現、雷鳴轟く突然の夕立後の快晴が告げる梅雨明け。今年も大事な傘を紛失してしまった。そこに投ずる金銭を惜しむものにあらず、どうせ忘れる、それは安傘だからというけれども立派な傘とて。いや、そのまま降り続いていれば気付くのだけど。

んなことから置き忘れの傘を借用するもいい顔をせぬは妻。傘は自ら買うべしとの小言に、「再利用」こそ時代の要請、などと勝手な理屈をつけて反論してみるのだけど。そう、確かあの時も。「念の為」と手にした古傘を使わずにそのまま車内に残した帰り。車が追突事故に、との連絡。後部の著しい破損が物語る事故の衝撃、まさに間一髪、悪運だけは強く。

というか、その用なくば事故にも遭わなかった訳で。不幸中の幸い、運転手は軽傷にて復帰を果たしてくれたのだけど。古傘との因果や知らぬ。事故の原因は前方不注意による相手の過失も保険に未加入だったとか。そう、こちらに非がなくともその後始末を被害者が負う不条理。正直者がバカを見ることなど断じて。

来年度の予算編成に向けて市内の各種団体とのヒアリングを終えた。港湾関係の団体からの要望の一つに故障船への対応なるものがあって。目下、故障した外国船籍の大型貨物船が市営バースに着岸したまま、手つかずの状態が続いており。

金属スクラップを積んで出港したものの、途中、台風に流され、船底を損傷。二次災害の懸念から緊急避難として短期的な係留を許可したものの、既に二年、係留の費用は未払いな上に船主との交渉のメドが立たぬとか。行政代執行も船の撤去解体に要する費用は安からぬばかりか、それを本市が負担するはスジが通らぬ。

が、それ以上に岸壁が占有されとることで他の船が着岸出来ぬ。その機会損失の額や億単位と聞いた。気の毒に、と手を差し伸べた本市の善意が仇となり。

(令和3年7月15日/2653回)

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2021年7月10日 (土)

校長

許されし手段は通信回線を介した往復書簡、つまりはファックス。その何枚ものやりとりを目にした。踊る専門用語に特有の言い回し、古文を読み解く受験生のようなもの。「温もり」なき無機質な文章に伝わらぬ機微。そこに浪費する体力は「双方」ともに他に向けられるべきではないか、と。

経緯を聞かば、鳴りやまぬ電話に忙殺されて身動きとれぬ、両者の齟齬をなくす為の苦渋の選択、何人も平等に扱われるべし、との建前は分かった。されど、そこに選んだ「措置」がかえって事態の深刻化を招いておらぬか、などと。これが議会答弁ならばどうか、あれだけ「直」にこだわるは相手の顔色に微妙なニュアンスを掴まんが為ではないか。

およそ公平公正などとの大義名分は都合よき口実に過ぎぬことも。最近はすっかり鳴りを潜める「待機児童」。別な歪が生じつつあるらしく。そこに市議の介入、現場の恣意的な判断を防がんとする意図や否定はせぬ。全て客観的に点数化されて上から順に割り振られて園側に渡される「確定」の結果。氏名と性別、住所の一部位で、それ以上は個人情報を理由に開示されぬと聞いた。

子の入園を叶えんとする運命共同体である以上、それを理由に入園を拒むものになく、他園との間にいわゆる「トレード」が成立するやもしれぬし、仮にそんな「融通」がきかなかったにせよ猶予があれば自園の中で打てる手があるかもしれぬ。希望者に枠をあてがうことで役所は役目を果たしたかもしれぬ。が、入園式の日に初めて知る現実に対応が後手に回るは園と保護者の双方に不幸ではあるまいか。

そこに見え隠れするは互いの信頼。予め知らせてくれれば協力は惜しまぬ、との園に対して、そんなことを事前に告げれば受入に難色を示されるやもしれぬ、との役所。よもや梯子を外されぬかとの疑心暗鬼は分からんでもないが、それこそがまさに越えねばならぬ峠ではあるまいか。

そんな一つに医療的ケア児の受入があって、この国会にて支援法が成立したと聞いた。久々にメールをすれば既に高校二年生と。そう、あの時も何故に私に回ってきたのかは知らぬ。が、突然の手紙に「それまでは相談したくても窓口なくたらいまわし状態だった」と。

気管切開の男の子、入学を前にみんなと同じ小学校に通いたくとも学校側が受け入れてくれるか不安、との悩みに訪ねた校長室。気心知れた先生なれどいかんせん内容が内容にて。経緯を話さば「ぜひ、うちで」って。逆にこちらが心配してしまい、勝手な判断を現場から責められはせぬかって。

当時の往復書簡、メールを懐かしく読み返さば、幸いにも自らは学校に待機せずに通わせることが出来たものの、そこに看護師等の手配を必要とする保護者もいる訳で、そんな子供たちの為にも力を貸して欲しい、と。以来、「画期的」にあらずとも改善を促す質疑位は過去の会議録に残っており。

[平成23年第3回定例会-07月05日-08号、第5回定例会-12月19日-07号、平成30年第2回定例会-06月27日-08号]。

校長の一言に当人たちがどれほど勇気づけられたか。制度云々以上に物事に向き合う現場の本気度こそ。

(令和3年7月10日/2652回)

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2021年7月 5日 (月)

鍵盤

ピアノ教室の門を叩きし二人の幼き姉妹。先生の「手を見せて」とのひと言に従順に従って分かれた明暗。「モノになるやもしれぬ」と言われた妹に対して、「一流にはなれぬ」と宣告された姉。鍵盤を触る前に知らされる限界。挫折にめげず、というかそもそもそこに動機なく、二人とも長く続かなかった、と妻。勿論、「姉」です。

演奏家に求められる指の長さと関節の柔軟性。恵まれた体躯にチャイコフスキーの目に留まった才能。ヴィルトゥオーゾとは超絶技巧の主に贈られる称号。満を持して世に問うた交響曲第一番は散々な結果にて失意に暮れる彼の窮地を救ったピアノ協奏曲第二番。その後に祖国追われて以降、失せる意欲に「もう何年もライ麦畑のささやきも白樺のざわめきも聞いていない」と述べた話は有名。

そんな彼が晩年に手がけた一曲が「パガニーニの主題による狂詩曲」。パガニーニといえばまさに超絶技巧の元祖というべき天才ヴァイオリニスト。楽器こそ違えども巨匠への畏敬か。あの魔性、魅惑の旋律の変奏曲に酔いしれており。作曲家の名はセルゲイ・ラフマニノフ。

故人となりし橋田壽賀子氏が世に一石を投じたあの話題。週刊新潮の連載エッセイに里見先生が安楽死と尊厳死を巡る議論の将来予測を試みられており。「世界の趨勢」に押されてそちらに帰結するとの予測も的中を歓迎するものになく。世の中の「正義」は二股膏薬。合法化されれば「患者の為」との名目に外れるタガ。むしろ個々の医者が良心の呵責に悩みつつ「非合法」でやる方が本当ではないか、と心境を吐露されて。

そうそう、合法か否か、深追いせぬほうが時に都合が良かったりするもので、そんな一つがこちら。手入れこそ十分に行き届いているものの、年に数度は被害に見舞われ。確かに闇夜に乗じてひと仕事するには好立地。決して人通りが少ない訳ではないのだけれども抜け道の途中。すぐ隣に御稲荷様が鎮座しているのだからそこにまさに良心の呵責が生まれそうなもんだけど。いや、その道路向かいに市議の事務所あらば清掃員とて放置するはずがない、との深謀遠慮か。えぇ、うちの事務所です。

それが集積所ならばまだしも私有地の際に貫かれる民事不介入。責められるべきは不法投棄の主のはずが批判が向くは土地の所有者。何故に見ず知らずの犯人の後始末など身銭を切ってせねばならんのか、との怒りは当然。期せずして降りかかる厄難、そんな時の為の役所ではあるまいか。

薄型テレビ位であれば隣接の公道付近に移動して通報すれば大目に見てくれそうなもんだけど、それが冷蔵庫、いや、車両となると。警察の検証と申しても撤去費用を負担してくれるものになく、レッカー移動するに相手の同意が必要。ナンバーに相手を特定せんと照会するに立ちはだかる個人情報の壁。

「不介入」と告げられてもその後に困る相手のはけ口やこちら。敵とて譲れぬ一線も互いに相手を知る間柄にて。「まずは現地を確認してから」との返答に、いつしかモノが消えるという不思議な現象。神隠し、ということで。

(令和3年7月5日/2651回)

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