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2021年5月

2021年5月30日 (日)

会見

ツイートとの因果や知らぬも参与が去ったとニュースに見かけた。定例の記者会見における私の発言が生みし波紋。「さすがは議長」との称賛の声に、その程度の直言が出来ねば役職が泣いている、などと大それたことは言わぬ、いや、言えぬまでも「直電」が来ぬとはつまり「そういうこと」で。当人以上に騒ぐは周囲。要請の有無こそ知らぬも事務方が相手方の聴取に応じる羽目になったとか。

聞かれし市長選への意欲こそ本命のはずも紙面に見るは「庁内の風通し悪い」の見出し。そもそもに役所の守護神を公言して憚らぬ私に限ってそんな身内を売るような真似はするはずもない、と気付きそうなもんだけど。市長の評価を聞かれて、「判断力は疑わぬ、が、正しい判断を下すに欠かせぬは情報。そのへんがどうか」と。

「ならば、正しい情報が届く為には何が必要か」と更に聞かれて、「自ら現場主義を掲げておるのだから現場に足を運ぶ、これが第一。そして、風通しを良くするに限る」と私。「相手や五分の面会すらままならぬ多忙の身にて(そのへんまで手が回らぬのかも)」と合いの手を挟む副議長に、よもや貴殿こそが真の守護神ではあるまいか、とは余計な推測。ということで、第一章が完結したのだけれども、そこに連想されるは「はだかの王様」。

歪曲などと野暮は申さぬ。失言は沈黙に勝る、いや、失言など「ない」のだけれども話題に上がってなんぼの世界。それでまた悪評が立たば本望ではあるまいか。

朝の車では飽き足らず、饒舌が過ぎてか、その様子を「囲まれてとる」と述べたらしく。確かに議長室など護衛は無きに等しく、千客万来、来る者拒まずも、あちらの天守閣はそうはいかぬ。厳重な警戒体制が敷かれとるから迂闊に近寄れぬ。受付にて用件を告げて、番頭の許可が下りれば開閉される仕組み。

動物園が如くまる見えの部屋に清廉さを誇る面々に比べればはるかにましも、ドアの開閉時の総員起立に抱く違和感。いや、もしや私だけであって、他の客人は知らぬ。が、議場の採決ではあるまいに。悪しき慣例、と割り切って廃止するにせよ、客人に背を向けて無視するもまた批判を生みかねず。が、何よりも開閉が気になって本来の仕事に没頭できんのではないか、と老婆心ながら。一度、実際に体験するに限る。門前払いの方には私の紹介状でも。それは無意味どころか逆効果です。

ということで、ようやく本題。大規模会場の確保に全てが解決するもんでもなく。かかりつけ医による個別接種が進まねば目標への到達が危うく。いや、それ以上に現行の集団接種はあくまでも「暫定」にて非日常の世界。個別接種が浸透するが日常に近く。当初のファーストペンギンは市内に二百、それを六百に上げんとするに立ちはだかるは接種の対価。

国が定めた額では採算が合わぬ、との声に伸びぬ協力者の数。独自に上乗せを図ることで何とか説得を試みたい市。彼らとて背負うものがある以上は無償とは言わぬ。が、危機に乗じて足元を見られるは不本意にて問われる交渉力。それも税金、負担は少ないに限るも倹約が過ぎて相手の意欲を削ぐも得策ならず。まぁそれをいうならワクチンの確保とてどれだけの銭が国外に流れたか。命が弄ばれぬことを願っており。

(令和3年5月30日/2644回)

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2021年5月25日 (火)

花園

ラグビーの話にあらず。夕刻とて微塵も疲れを見せぬ意欲というか無尽蔵な体力の源泉はかねての疑問。その理由を朝の車中に見出した。じっと瞑想に耽る、いや、ただ寝とるだけかもしれぬ。が、誰かと違ってそこまで口が動いておらぬとか。饒舌が過ぎて登庁前に一日分の体力が消耗するは口封じの為の陰謀、よもや運転手は役所方の刺客ではあるまいか、と今にして。

よく話題が尽きぬもので、この前なんぞは「映画」に及び、当人のイチオシは「地獄の花園」と。おい、もう少し教養が磨かれそうな、と言いかけて、はたと気づく。そんな作品の中にこそ教科書になき処世術が含まれたりもする訳で。

アルテリッカの招待枠に甘えてばかりはおられぬ。多少なりとも収益に貢献を、と選びし一作は「花園」ならぬ「旅立つ息子へ」。自閉症の息子と父の親子愛を描く。こちらは御上の推奨作品なれど良かったナ。

さて、本題。退去後の新たなテナント入居が難航しとるとか。市立病院内のレストランへの光熱水費の未請求。相手に退去を決意させた一打や知らぬ。が、結果的に利用者に大変な不便を強いる結果は何とも後味悪く。

蟻の一穴となり方々に飛火。全庁的に隈なく行われた調査に要した手間や知らぬ。が、件数にしてほぼ大半が適正であって、ほんの一部に「綻び」見つかるも相手は請求に応じる意向と。未請求と申しても寝耳に水の話。向こうとて言われるがままの金額をキチンと支払ってきた訳で。

突然に「追加」で払ってくれ、しかも「法律上」を理由に十年前まで遡って、と言われればさすがに胸中や複雑ではあるまいか。承諾せねば契約の更新には応じぬ、との切り札を有する貸主、つまりは市が有利な状況下に業者いじめが横行するは忍びぬ。以後、適正化を図る、は当然の帰結にせよ、自らの過失を棚に上げて相手を執拗に追い詰める姿勢はいただけぬ。

契約時の「密約」というか「便宜供与」でもあらば話は別も。多少なりとも負い目があって然るべきで、他への示しがつかぬ、というただ一点を以て「厳格」に対応するに覚える違和感。ならば、そこを怠った当時の担当とて報いを受けねばなるまいに、逃げ得ではあるまいか。減給とは申さぬまでも相手への同情位は。

そんな未請求の一つに、市場の青果棟低温卸売場においてプレハブ冷蔵庫2個分の電気代があって、その額や2千万円。と総務委員会にて報告を受けた。聞くに光熱水費は市場全体で市が事業者と一括契約の上、個々に請求。1千個ある子メーターによる中央監視システムがその役割を担う。

原因は稼働時における変更手続きを怠った、いや、されてなかった。そこで、浮上するは、市が子メーターを設置して管理する意義やどこに。個々に契約してもらわばミスは生じぬ上に市の手間とて減るではないか。一括による割引等の恩恵でもあればまだしも、子メーターとて数年ごとの交換が義務付けられとると聞かばそこに要する費用は安からぬ、との委員の指摘はまさに。

水道は兎も角も電気などは他社の参入に管理手法とて向上著しく。これを機に時代に即した手法を模索してみてはどうか。あれも確か夕刻だった、事前のレクに「画期的だった」とつぶやきしは隣の副議長。当時は注目を浴びたんだろうナ。

(令和3年5月25日/2643回)

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2021年5月20日 (木)

哲学

推奨される薄底に揺らぐ結論。レースに見かける裸足に近いサンダルの走者は奇人ならぬ「意識高い」系と最近知った。

鍛えた脚力を生かすは「薄」に限るも衝撃による負担や故障リスクを鑑みるに「厚」が理想、というのが大雑把な経緯。が、指に足裏、足首に膝、ヒトの身体は精巧に出来ていて本来の機能で十分に代替が可能。正しい姿勢、走り方の習得を目指すべし、とあるも、そこに悩む判断はもはや「哲学」の領域に近いとか。ということで本題に。

目立つ政権批判、得意げに話してみても独善的というか価値観の一方的な押し付けであって、自らの権威を誇示せん、との意図が透けて見えて。聴く側、いや、聴かされる側とて合わば納得、合わねば嫌悪、そこに成長なく。能力主義社会において過去の努力や否定せぬ、が、何故にその地位に上り詰めたかに想い馳せらば「謙遜」が生まれ、運に恵まれた自分は共通善に貢献する責任があることに気づくもの、と。

「薄底」本に夢中にて最新刊「運も実力のうち」ならぬ「実力も運のうち」は未読なれど「中央公論」の寄稿に知るおよその中身。批判のみならず、その先鋭化された対立を「昇華」させて社会をいい方向に導かんとする議論の誘導こと当人の真骨頂であって、こんな教授がいれば大学の授業ももっと魅力的なものになりそうなもんだけど。

あのパワハラとて。改善せんという意欲以上にオレたちのほうがスゴいんだぞという自惚が勝ってしまう、そりゃ立場的にもそうであるし、才能も否定はせぬ、が、ヘーゲルの弁証法でいうところの「アウフヘーベン」というか、「共に」課題に挑み、克服せんとの姿勢があればあのような告発文とは違った展開になりそうな気も。確かに役所の常識は世間の非常識、視野狭き役人の怠慢もあるのだろうけど。そのへんの折り合いがどうも不器用らしく。

意向調査とはあくまでも名目。有無を言わせず達成あるのみ、玉虫色を許さぬ「脅し」に近かったとか。徴兵に兵力は確保するも肝心の兵站やいかに。いや、それは隣の省庁のことゆえ、と言われれば憤慨するに当然。いや、そのへんの微妙なニュアンスは知らぬ。が、そこを拒んで政争の具とするは不本意、何よりも接種を早くとは国民の願いにて、目途が付かぬ中でも作戦を遂行する決断を下した、と報告を受けた。

「直電」に見る指揮官の苦悩、追及に執念を燃やす猛者を相手に十を聞いて十を伝えるに招く混乱。交渉中の情報が洩れては折角の計画も頓挫しかねず。細事まで「全員」の了承を求めていてはまとまる話もまとまらぬ、伝言ゲームではあるまいに。口約束に弾薬の到着を待ちつつ最前線にて奮闘する面々に背後から弾を撃つやつがあるか。

目下、そこにかけるバイアスに腐心しておるのだけど、取捨選択に咀嚼の加減、情報操作の判断基準や、いかに難局を乗り越えるかにあり。このたび公表されし大規模接種会場の確保とて経過報告は前々から。言えぬ秘話などごまんとあって。いつの日か振り返って、互いに国の為によく働いたな、と健闘を称えあえる日が来ることを願いつつ。

(令和3年5月20日/2642回)

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2021年5月15日 (土)

寝耳

森の中にて木々を相手に指揮棒を振るう少年、が描かれるはロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」。俳句の上達に欠かせぬは視座、だそうで、久々の観客に没頭する奏者やまさに揺れる木々。やはり、「無観客」というか、画面向こうでは「気」が伝わらぬ。一時は開催が危ぶまれたアルテリッカしんゆりにて巨匠の名作を聴いた。

非常事態にやむなき措置、とは申せ。届くメールに全額返金の文字を見かけるも手続きは別会社が代行、とあらばよぎる不安。千人規模ともなれば払戻の手数料とてバカにならず。ボタン一つの操作にて人の介在するもんでもあるまいに、こと最近は手数料が割高に見えてならぬ。

新たに振込先を聞くにひと苦労、実際の手続きにふた苦労。それも一つの公演のみにあらず、突然の中止に生じる違約金や出演者への支払い交渉は難航必至。契約の通りと申しても情が絡まばそれほど簡単には片付かぬ訳で。客を獲得できぬ非は負って当然も不可抗力の後始末に追われる興行主の疲弊や見るに偲びず。

事務ミスの報告が絶えぬ。システム化と申しても入力は「人」の手によるものにて完璧なく。不祥事が発覚するたびに叫ばれるチェック体制の強化。一度の点検を二度、三度と。ミスが生じた以上は問われる対応、何かしら手を講じねばならんとの使命感や立派なれど、気合と根性でミスが防げるか。木を見て森を見ず、そこに固執するあまりにかえって手間が増える事例や少なからず。

つい最近も小児医療費を巡る誤徴収に返還や請求が生じるとの報告を受けた。現行では通院医療費の一部が自己負担とされており、残りを市が負担する仕組み。自己負担額は一回につき硬貨一枚、五百円。県外にて受診した際は償還払い、つまりは受診後に返還の為の申請が伴う。入院か通院か、そして、当事者の所得に応じて生じる自己負担の有無、そこの「一部」に人為的なミスがあったと。

およそそんな事例は相手からの申立に発覚するものなれど、今回や市の監査にて見つかりし「一」件。監査の指摘に「他もあるやもしれぬ」と人海戦術にて突合が行われた結果、件数にして数十の誤りが発覚、と申しても一件あたり硬貨一枚とあらば総額にして五万円に満たぬ。つまりは数十人に対して五百円を「貰う」「返す」の話。

いや、五百円といえど公金には違いなく、気がつかぬから許されるという話になく。市の不手際にて誠意示さんと訪問する、いや、連絡を取らんとするに寝耳に水、と困惑されるやもしれぬし、振込にしても手数料ばかりかその手間や何とも惜しく。誤入力を検知して警告を発せぬ仕組み、と原因に述べられるも新たな仕様を追加するにもシステムとあらば文章に一文を追加するような訳にはいかず。

本来は全額が自己負担とされるべきものにて無償とあらば公金投入の認識が希薄化しかねず、無秩序を招きかねぬとの懸念。されど、そもそもに無償といえどそれで済むなら医者の顔など。硬貨一枚が生んだ重すぎる代償。監査とてさすがに見逃すことなど。他山の石とすべし。

(令和3年5月15日/2641回)

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2021年5月10日 (月)

自惚

「信用」なる徳目を説きつつも、いざ当人が備えているか、となると話は別。よもや連休中に遠出の予定などあるまいな、と確認怠りなきは議会局。姿を眩ますどころか役職に似つかわぬ格好にて市内を走り回っており。南武線の車内にて半袖短パン姿を目撃されて声をかけられてしまった。

多摩川の土手の桜並木。花は散れども瑞々しき葉を残す木々に自らの心境重ねて「葉桜の碧々として道譲る」と詠んでみたものの、「道ゆかん」こそ正解ではなかったか。後釜が心配、と思うは当人位なものだそうで、そんな自惚や世に少なからず。

必需品との抗弁に軽減税率を勝ち得てみても減少の一途を辿る購読数が物語る巷の評価。ほんの数%の税率増を断固阻止せんとの執念の一部でも敗因の分析に向けてみれば値上げされども読みたいと思わせる紙面を目指すが利口と気付きそうなもんだけど、余計な御世話か。

これまでの経緯は過去の投稿-https://www.7023.jp/posts/11523907-に詳しく。新聞折込の届く世帯は限定的な上に「ついで」とあらば人によっては特売品のチラシ以上に無価値なものかもしれぬ。「全戸」配布を前提に継続か、さもなくば返上か、迫られる踏み絵。配布数に応じて支給される謝礼金、額は従前のままで加入せぬ世帯も網羅すべしとならば招く反発。

現行はあくまでも「暫定的」な措置だったはず、尚且つ、全戸配布を原則とすべしと一見「もっとも」そうに見える言い分も「皆がそれを望んでいるに違いない」とは過ぎた妄想。いや、読み手を意識した構成やデザインの向上は認めるも人の嗜好や様々にて、厳選して限られた枠内に押し込めんとすることが無謀といえぬか。

その意図や否定はせぬし、作るも結構、されど、それをさも万人が欲するとの解釈に躍起になって浸透を図らんとするに些かの無理があるのではないか、ということを言いたいのであって。貰える権利があるから貰っておく、届いた以上は目でも通すか、というのが意外と本音に近いところではあるまいか。およそネットが普及した今日においてちゃんと公表されておれば必要な時に必要な情報だけ取得すれば大半は済む話。

ネットが使えぬ方々とて駅や区役所、一部のコンビニ等、手の届くところにある訳で。それすらも億劫、いや、不可能とあらばそこにこそ町内会の意義が見出せて。なり手不足が深刻とは申せ、侮れぬ口コミ効果に機動力。むしろ、プッシュ型といわれる情報の配信に一役買っていただく等々、そこに新たな関係を模索するが時流に適っておるまいか。

そんな折、事務所の留守電に残されし声の主や区町連の会長殿。知らぬ仲ではあるまいに携帯に直接下さればいいものを、と登録された相手の番号を押せど返信なく。携帯を変更されたと人づてに聞いて繋がった受話器の向こうに。

この春に叙勲の栄に浴されるも受章後の着信は市議一人だったとか。そもそもに番号が変わったことも教えてくれぬに、んな皮肉めいた言い方をせんでも。とボヤきつつも全世帯の六割を占める団体の長にて無碍には出来ず。このたびの受章を待たずして任期を終えれぬ、秋の祝賀会「も」、と伝達式にて気炎を上げてみたものの。

(令和3年5月10日/2640回)

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2021年5月 5日 (水)

北風

マフィアの台頭を許した悪名高き禁酒法、その後に押し寄せたのは「狂乱」の時代だった、と人づてに聞いた。長く続かぬ抑圧下の政治。笛吹けど踊らぬ民に更なる措置を、と繰り出される隠し玉。蝶は追うから逃げるのであって、意固地な姿勢が逆に事態の悪化を招いておるまいか。そこには大衆を隷属せしめんとの権力への陶酔が見えたりもして。

これだけ騒がれれば当人たちとてそれなりに注意は払っとるはずも「全然足りぬ」と言下に否定されれば生じる別な感情。信用が損なわれては生まれぬ価値観の共有。不良生徒に手を焼く担任のようなもので、従わぬ背景にはそんな反抗心が少なからぬ比重を占めていたり。エリートには理解出来ぬ深層心理。私権の制限を是とするにその判断が「正しい」ことが条件であって、為政者が常に正しいとは限らず。

話を聞かぬはそこのみに非ず。日中は閑散とすれど朝は市場以上の活況を呈す生活環境事業所。庁内でも屈指の腕自慢というかヤンチャな連中がそろわば朝礼もどこ吹く風と雑談に興じる面々。されど、業務に出れば監視されずとキチンと日課をこなした上に不法投棄の処理などの苦情にも迅速な対応見せるは両者の関係が一役買っている訳で。朝礼終えて一斉に出発する清掃車を見送る所長。彼らの安全を願いつつ手を振るその姿に自然と育まれる信頼。繁華街にて外出の理由を聞く前にあのイソップ寓話に学んではどうか。

実績作りの報告は受けぬ、と拒んで以来、無聊をかこつ身なれど、単身乗り込みし車座が奏功してか市バスの運転手から話を聞いてくれぬかとの相談をいただいた。勤務時間外の時間を利用して完成させたという提案書は彼らが日々の業務で気づいたこと、サービス向上に向けた改善案が丁寧にまとめられており。それを上に提出したものの、その後はなしのつぶて、と。

路線を任されるは公募にて採用された職員。単年度の契約更新にいつでも解雇されかねぬまな板の鯉にて出過ぎては反感を買いかねぬ、所詮は「非正規」にてその程度のもの、と落胆を隠しきれぬ彼らに手を貸すは正規採用のM君。と申しても、当時、氏名を書けと言われて書いたら採用通知が届いた、以来、無事故、無違反、乗客の評判上々とは本人の弁なれど、実際の勤務態度は知らぬ。

あくまでも雇用形態の違いのみで能力が劣るにあらず、同じ市バスの運行を担うに身分の上下は関係ない、んな一文にもならぬ雑務を自ら買って出るは偏に市バスへの愛着、利用する御客様に喜んでもらいたいとの一心。たとえいかなる境遇、身分にあろうともまずはその自発的な意欲こそねぎらわれて然るべきも打てど響かぬ職場を放置するは議会の怠慢ではないか、と舌鋒鋭く詰め寄られ、けんもほろろ。

市職員が業務改善事例等を発表する「チャレンジ☆かわさきカイゼン発表会」の応募資格に特別枠を創設して。いや、表舞台に立たずともそんな職員が本市にいることこそ宝。

その後はどうか、と督促されぬことを願っており。

(令和3年5月5日/2639回)

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