七光
二回の心筋梗塞を患いながらも九死に一生を得て脅威の回復を遂げた前職時代の相棒が発起人。未だ体内に金属片の残る身なれどそこに倒れるは本望、一戦交えんと御指名があった。在宅勤務など退屈でかなわぬ、と一人。そのメンバーならオレを外すな、と最後の一人が加わって揃いし四名。あれから二十年、それぞれに道は違えど年収に見る明暗。
最低年収が居て、その上が倍額。次が更に倍、そして、最後の一人は倍の倍の倍、つまりは八倍、よりも高額だった。為政者や格差十倍の悲劇を何とする。のみならず、悲劇の主役が私とあらば異次元の話か。外来種の脅威、というか狭い世界に生きては精進怠りて淘汰されかねず、世を知るにいい機会ではなかったか。
そんな転職人生にてその心境や知らぬ、満期まであと一日。秘密と聞かば言いたくなるが心理にて告げておいて口外ならぬとは拷問以外の何物でもなく。ならば言わねばいいではないか、人の口に戸は立てられぬもの。いや、私の性分を知って機先を制すとは侮れぬ。上が見る評価よりも下から見る評価が妥当なこと少なくなく。「彼の人を見る目に狂いはない」とは残留が叶いし運転手。職場婚に射止めた奥様を見れば言わずもがな、と意味不明。
石の上にも三年。三年の在籍が目安とされ、例年、およそ全体の三分の一が異動となるも職種によってはその限りにあらず。盗難ならぬ物色が相次いで閑散とした棚に辞職も間近と思われるは不本意。慣例によれば在任は二年だそうで、私は「辞めぬ」も秘書は交代。論功行賞にて異動先の希望を叶えるが最後の仕事、と運転手に言われてはたと気づく、すっかり忘れていた。
さすがに見合わぬ役職こそ困難なれど、「位」が同程度であれば行先は自在と聞いて。「意向があれば叶えるがどうか」との打診に秘書の回答や「心配無用、職種は選ばぬ」と。確かに希望は叶ったやもしれぬ、されど、そこに付きまとうはコネへの嫉妬。いかに転身を遂げようとも虎の威を借る狐では好かれぬ。いや、先々まで恩に着せられてはかなわぬ、が本音だったりもして。
そう、「縁故」といえばあの話題。入社の経緯までは知らぬ、されど、さすがに時の人の御曹司ともあればもてはやされるは必然、それはあくまでも父君の威光であることは誰の目にも明らか、そこに気付いていたか否か。失礼ながら仮にそこに用心棒としての役割を期待されていたのであれば「囲っている」という事実だけで十分。んな見せ物が如く連れ回さば狙いが露骨過ぎて逆効果、どころか、そんな格好のネタは広まるに早く。
縁故とて負の側面ばかりではあるまい、が、下駄を履くに否定はせぬも評判を覆す、所詮は七光と言わせぬ成果を上げてこそ冥利に尽きぬか。と、申してみたものの、こちとて木から落ちればたサル以下、万が一の際は頼むと懇願すれど「名誉は銭で買えぬ」とは慰めにもならぬ。さすがに十倍とは言わぬ、せめて倍、いや、何なら五割増しでも名誉なぞ...。いや、やめておこう。
外資系に問われし実績と語学力、「されど、最後はやはり人柄だ」と十倍の主。どう見てもそんな善人には見えんのだが。
(令和3年3月30日/2632回)