なおログ[Blog]

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2021年2月

2021年2月25日 (木)

墓石

巷の雑音など聴かねば迷いも生じぬ訳で。難聴者に御長寿が多いとおらがセンセイに教わった。数年前に庭の木から転落、重度の骨折に寝たきりだった身も脅威の回復を遂げてあとは補聴器のみ。ってことは、いや、悪い冗談。

当人の意中に「中止」の文字は無かったと門下生。案内が届いた以上は顔を出さねばならぬも長居は無用、昼食時を狙って足を伸ばさば「ちょうどいらっしゃいますよ」と受付。恒例の書道展に祝辞以外の話題を何とするものか。

目下、市議会宛の請願は議員の紹介が必要であって署名捺印された本編が私の手元に届くもその筆跡や個性に溢れ。私とて塾に通い続けたはずもつい羨んでしまう他人の字。そこに天賦の才なるもののありやなしや、に語られる昔話。

当時、高校生だった当人、国語ならぬ美術の先生が達筆であることに気付き、その理由を訊ねたそうで。字の下手な人は蔑まれた時代。四国の貧しい家の生まれにて習うにも月謝が払えぬ。されど上手くなりたい一心に閃きしは「墓石」。刻まれし字を拓本してそれを手本に必死に書写に励んだ、と。

向上心というか、字に向き合う姿勢、そこを意識するか否かが肝心。通ってみるか、と水を向けられるも丁重に御辞退申し上げた。

閑話休題。容姿に言及するは人として風上にも置けぬ。それも本会議とあらば屈辱以外の何物でもなく。一応、過去の会議録を探せどそれらしき記述なく、よもや知らぬ間に削除されていたりもして。が、確かに言及されたはず。発言の主や前述のM君。

顔の良し悪しは言わぬ。されど、明暗を問われれば少なくとも前者とは言い難く、朴訥とした語り口は倹約せねばならんと周囲に思わしめるに十分にてそれだけでも相当な効果があったのではあるまいか。いや、意外とそんな人物に限って定刻後に豹変したりも。付き合いは疎遠にて裏の顔は知らぬ。そんな市の勘定奉行が定年を迎えられるとか。

見えぬ時短の解除。片棒担ぐはあの御仁。依然と逼迫しとる状況に変わりはない。生殺与奪を握るは我々と言わんばかりの会見に胸中や複雑な方は少なからず。消えぬ憂いに表情晴れぬはどこぞの財政局長、いや、口が滑った、勘定奉行に同じ。口が裂けても「心配いらぬ」などとは言えぬ立場。憎まれ役というか何とも損な役回りではあるまいか。

そもそもにその年齢になれば肥満というか生活習慣病などと診断されぬほうが稀な訳でさすがに無傷とはいくまい。特段の不調なきも念の為の健診に寿命を縮めたと思しき例に事欠かず。禁煙に従わぬ御仁がしぶとかったりもするもので。いや、その位ならまだしも手術せねば助かる見込みはない、されど、手術にて完全に治るかと問われれば絶対はありえぬと。

相手を救わんとするに偽りなくも全て真に受けては寿命を縮めかねぬ。「主治医の所見は分かった、されど」と勝手を通すこともなきにしも非ず。それが往生際とあらば尚更のこと。それを許すのか、なんて質問は聞くだけ野暮ってもんで。

医療人として当然の見解、絶対に安全とは言わぬ、いや、言えぬ相手に患者の判断やいかに。

(令和3年2月25日/2626回)

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2021年2月20日 (土)

利他

太宰治の代表的作品を挙げよ、との設問も、但し、その作品を除くとあらば。中二の試験問題だそうで。中に「走れセリヌンティウス」なる回答があったとか。それこそはメロスの友人、確信犯とは申せ、ちゃんと熟読しとる証左。目下、手元の一冊に伊勢新九郎物語こと「北条早雲」が含まれており。政治家に徳目求めるは八百屋に魚を求めるようなものと名言残された御仁がいらしたが、道徳観を磨くに理屈よりも物語、伝記こそ好教材ではあるまいか、と。

堀越公方との死闘を制して瀕死に近い軍勢に襲いかかるは土地の豪族。もはやこれまでと覚悟を固めた早雲に加勢するは百姓。何も合戦だけが戦にあらず。韮山さまを守らんと城の回りを囲む百姓に怯む豪族。六公四民とは年貢の割合。適正な検知と四公六民の年貢率が掴んだ百姓の心。率を下げれば収穫高が減りかねぬとの懸念もその評判が人を呼び、進む新たな開墾に従来以上の収穫高。

何よりも私欲を捨てて領民を救う為に生きた早雲、領内を見回り百姓の話を聞くが習慣だったとか。定例会も開幕、初日に配布された施政方針、結びの章に「利他」なる概念が説かれており。んな用語は役人辞典になく、当人の加筆なのだろうけど、よもや、早雲が如く仏門に帰依する気でも。

庁内に東京事務所を構える位だから近接性は抜群。いや、その座を狙うに自ら率先して汗かかねば他市の賛同を得られぬ。未曾有の事態に異例の要望、「全議」傘下の指定都市協議会を代表して各省庁を訪ね歩いており。国の中枢にて緊張感に包まれるは同じなれど不思議と違う職場の雰囲気。一方や使命感に燃えて士気高くも片や必死には違いないのだけどどこか殺伐としてそこに居るだけで疲労度が増しそうな。

相手は多忙な御身分にて予定過ぎても待つは厭わぬ、お願いする立場にて万事粗相なきよう低姿勢に徹するも。大臣秘書官だか何だか知らぬが人を虫けらのように扱うは納得出来ぬ。「おい、あんたらはそんなに偉いのか、エリートかもしれんが、相手の心境も分からぬようではろくな役人ではない、そもそもに人によって態度が豹変するはクズだ」

と、叱り飛ばさんと欲せど、くだらんことで本市のワクチン供給が遅れるは不本意。いや、それ以上に「逮捕」はマズい。もうそうなるともはや大臣にどれほど厚遇されても好印象は抱かぬもので。いや、肚の中はそれでも結構なれど、嫌な顔せずに「よくぞ参った」と慰労を見せる器量あらばもそっと得をしそうなもんだけど。

久々に「正義」の授業で有名なあの教授のインタビューを目にした。挑戦を鼓舞するに生まれし勝者と敗者の分断も成功は運であることを認識すれば必然的に他者への思いやりが生まれるはず、人に対する態度を変えるのは資産格差の解決並みに重要と説いておられて。

いい人生を送るには運に恵まれねばならぬ、運に恵まれるにはいい人に恵まれねばならぬ、いい人に恵まれるには他人様に親切であらねばならぬ、と三段論法で諭すはおらがセンセイ。

やはり「利他」に限る。

(令和3年2月20日/2625回)

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2021年2月15日 (月)

体温

いつでもどこでも誰でもが自由に聴ける今日において当時の作品を上回る名曲が生まれぬ不思議。ベートーヴェンの第九、いや、あの弦楽四重奏以上を超える作品など。

年に一度の礼拝時にしか披露されぬ、他の場所では何人たりとも演奏は許されず、厳重に管理されている門外不出の手稿譜が盗まれた、否、写譜せずと演奏を聴いた少年が譜面を再現、その罪やいかに。教皇庁が下した処分や破門ならぬ勲章、贈呈された少年こそが神童モーツァルト。その演奏を聴かんと職を辞すに厭わぬ覚悟で片道二百マイルの行程を踏破せしは若き日のバッハ。やはり回数以上に一度だけの機会をものにせんという飽くなき執念こそが。

このたびの議案の一つに「テレワーク用パソコン等の取得について」なるものがあって、庁内にパソコン1,030台と付随する通信機器、ソフトウェアのライセンスを購入すると見かけた。さすがに一斉は大袈裟にせよ、仮にそれだけの職員が自宅勤務を命ぜられて現在の職場以上の真剣度を以て仕事に向き合うとは思えず。あくまでも隣人の監視の目がそうさせるのであって厠と称して画面から消えてしまえば後は追えぬ。むしろ、それだけの余裕があるのであれば更なる職員削減の余地があるのではないか。

いや、それが受注先の儲けとなるは構わぬも税金である以上は「さすが」と思われるもの、思われずとも無駄ならぬ、更に申せば後の憂いにならぬもの、つまりは、その後において少なからぬ負担と手間が生じぬかとの懸念。目的欄に「地方創生臨時交付金」と見れば、ぶら下げられた餌に食いついた、火事場の泥棒が如く世の騒ぎに「便乗」しとる側面はあるまいか、などと。

が、それ以上に憂慮するはGIGAスクール構想。「一人一台」「高速大容量」と目を惹く字句が並び、単なる活用ツールに留まらず劇的な変化を生むきっかけとする、との決意や分かるのだけれどもかつての「電算化」が手間を省いたような効能が見えぬ。そもそもにまずは改善せんとする課題があって、その解決を図る為に安からぬ投資の承認を求める、となるべきも先が見えぬ不安。

原始時代に戻れとは言わぬまでも功罪が見えぬ中において「劇的な変化」を目指すはリスクが大きすぎやしまいか。石橋を叩いて渡る役所にしては随分と大胆な決断の背景とは。教師とて教育の専門であってパソコンの専門家ならず。たびに業者に連絡、それ専門の職員を各校に配備するとなれば。自宅にいながら、となれば何も担任にあらずと授業は可能な訳で、自らの存在意義が薄れゆく脅威に「のろし」上がらぬ不思議。

すっかり多摩川の河川敷が定番のコースになってしまった。がむしゃらにボールを追いかける、奪い合う子供たちの元気な姿。休息時には半円となりて指導者の話を必死に聞く、その視線やちゃんと相手の目に向けられており。そのひたむきさこそが生きていく上で肝心なことであって、恵まれた環境が当人の人生を保証するとは限らず。

画面からは伝わらぬ体温。杞憂に終わることを願いつつも壮大な実験の結果やいかに。

(令和3年2月15日/2624回)

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2021年2月10日 (水)

直電

さすがに屑籠は無いにせよ机の奥で数年間が末路、と知りつつも卓上カレンダーを献上すれば早速に部屋の片隅ならぬ入口に置かれており。横浜市会の議長室。アルファベットの「f」らしき記号二つでフォルテシモ。三つならば「フォルテシッシモ」。主人公は言わずと知れたベートーヴェン。かねて見逃すまいと狙いし公演の席を入手したと吉報が寄せられるも手帳には予算審査特別委員会とあって。

予算案が届いた。歳入の根幹なす市税は3,454億円(前年度比△180億円)。長期財政計画、いわゆる財政フレームでは前年度比31億円の増収を見込んでいただけに実質は211億円の減。そのあおり受けてか、当初64億円を見込んだ減債基金からの借入は286億円となり、過去の累計は938億円。この間、黒字を続けてきたプライマリーバランスも赤字に転落等々。放漫の結果とするに酷なれど浮かぬ気分やさもありなんと。

携帯に残りし履歴。メールならぬ着信とあらばよほどの急用に違いなく。繋がりし相手の第一声や「話が違うではないか」と。その後、「議長はどういう説明をしとるんだ」と隣部屋の主も詰問を受けたとか。そう、録音機の話。そもそもに当事者同士の話に過ぎぬ、と匙を投げて拾いしは副議長。各方面に奔走いただいて整いし舞台。あとは鈴を付ける、いや、あわよくば「翻意を迫る」ということらしいのだけれどもそれこそがまさに肝心なところで。

果たして匙を投げた人の役割なのだろうかと迷いつつも、武運祈るなどと見送られて臨む市長との直談判。用件問われて「例の件」と下目遣いに返答すれば、「方針に変わりはない」とにべもなく。「くれぐれも慎重な扱いで頼む」と小声でつぶやいて、けんもほろろに退散したというのが実際のところなれど、部屋に戻れば一変。

「いや、相当に手ごわかった、必死の説得も翻意まで到らぬ、宥めに宥めて慎重な対応には理解を示していただいた」と。多少は「盛った」ところはあるやもしれぬ。議長の直談判のおかげで、などとその後に寄せられる謝辞にどことなく違和感を覚えていたのは事実で。取り繕わんとするに誤解を招いたとすれば自らの不徳を恥じねばなるまい。

その後の現場検証の結果、質問に対して用意された答弁書を巡って紛糾、その間に調整した内容が上層部に「正しく」届いておらぬとの訴えに対して、齟齬をきたさぬよう手段を講じると相手方。とすると私は何を解決すればいいのだろうか、応仁の乱ではあるまいに。いや、正確に情報が伝わらぬ、そこを突破口とするならば、そこに作為的な意図があるやなしや。

仮に作為的とするならばその不誠実な対応は厳しく咎められねばならぬ。さりとて、そこに一抹の情をかけるとすれば、そうせざるを得ない状況を生みだす背景とてあるのではないか。恫喝まがいもあるやもしれぬ、それに抗いきれぬ臆病な当人の性格、御大将を庇わんと腐心した帰結。されど、そのまま持ち帰れぬと思わせるに主の性格とて災いしておらぬか。

短気は損気、主を相手に家臣がモノ言えぬ悲劇。本能寺にならぬ前にアンデルセンの童話でも届けるべきか否か。「直電」などというものは精神的な動揺を生みかねず。鳴らぬに限る。

(令和3年2月10日/2623回)

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2021年2月 5日 (金)

更迭

施錠せぬ方がかえって。盗まれて、いや、聞かれて不都合なく、その重厚な扉は「開放」されているのだけれども、無用心は時に珍客を招いたりもして。「おい、いるか?」と不躾な客人は無所属のM君。隣室の局長との面会に早すぎたとか。待合所として使われても。同期の桜なれど年齢は向こうがやや上、「互いに老いたな」-「いや、おぬしだけだ」-「そういえば、もうまもなくだな」と続く。くどいようだが、モノは「出さぬ」。

履き替える余裕なく部屋履きのまま応対したのだけれど足元に目が向いてか始まりしは「靴」の話。無地よりも横一本、プレーントゥよりもストレートチップこそフォーマル、いつ政府の要職に抜擢されるやもしれぬ、急ぎ参内出来るようにそれしか履かぬ、とM君。確かに主に似合わぬ上品な靴だった。いや、私なんぞは市内の危急時に駆け付けねばならんから軽くて履きやすい一足、そもそもに貴殿とは根本的な発想が違う、我は市民とともにあり、などと反論するに既に姿なく。

さて。嫁入り道具は生まれし時に植えた桐で。植樹に込めし想いは健やかな成長。市制百年が目途とされた植樹が前倒しの到達。記念すべき百万本目の苗木植えるは市長だそうで、百万と一本目だか二本目だか来賓として。土かけるのみにあらず、ちゃんと土を掘り返して。「冷たい雨の中、苗木を一本一本丁寧に植樹した」と市議会のホームページ上に記録が残る。

そう、いつぞやに植えし記憶は残るもの、植樹の主のセンセイが何かの「ついで」に立ち寄らば、その一本が不運にも枯れかけており。その翌年度に担当者が異動となりし怪は「更迭」と噂されて。そんな目的ならずも冬晴れの一日に往復四十キロは余裕、とはいえず。やはりこちらも老けたな。

そう、加瀬山といわれる丘陵地は過去の古墳群。出土品に四世紀頃の豪族と推定されており。その後、時代は下りて室町時代後期。太田道灌といえば江戸城築城の責任者なれど、当初に目をつけしがこちら。この地で白鷲に兜を持ちさられる夢に築城を断念。去った方角が江戸城、ということで夢見ヶ崎の名が付いて。

今の姿は動物園、いや、正確に申し上げれば園と呼ぶに足りぬ、外見だけは他に見劣りするゆえ「公園」を名乗っているものの、子供たちが動物たちに歓声を上げ、元気に走り回る姿を見れば、地に眠りし豪族とて。道灌の夢もさもありなんと。

そう、動物といえばその御仁を忘れてはならぬ。既に鬼籍に入られた身なれど、「博士」の愛称が似合うセンセイの解説を随分と聞いた、というか聞かされた。その貴重な文献は市議会の会議録検索にて「ブラウンキツネザル」と入力すれば一件しか該当せず。

冒頭には「短め」と通告しておきながら末尾では「長くなりましたが」と結ぶ。勿論、当人に原稿などあるはずもなく、即興であることは明らかなれど、途中、「御指摘の通り」などと答弁する局長の策謀も手伝ってか饒舌に語っておられ。昨今なんぞは、やれ客が少ない、設備が足りぬ、と。そちらばかりに目が向きがちも動物園の本質を捉えた秀逸の作ではなかろうか。

そう、昨年末、園内のラマに待望の娘が誕生したと看板に見かけた。でかしたり飼育員。

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(令和3年2月5日/2622回)

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