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2021年1月

2021年1月30日 (土)

一片

「本能寺」なる歴史の一片のみ見れば主君の寝首を掻いた逆臣の徒。されど、そこに到るまでの過程知らばどうか。相手側に身を置くことにより従来の概念を覆し、新たな解釈を世に問うたことこそ「麒麟」の功績。深渓に臨まざれば地の厚きこと知らず、断崖絶壁の下に立たねば見えぬ世界も。

国のことゆえ仔細は知らぬも入院拒否に懲役刑と見かけた。どこぞの録音機に同じか、あくまでも可能性を示唆したに過ぎぬも刀を抜かれる不安。されど、勧告に従わぬものなど徹底的に、と駆り立てる背後には醸成された「異常」な恐怖心がある訳で。

「強制的」に入院をさせるべきか否か、他方、自宅での死亡例と申しても意に反して入院を拒否された例に限らず。病状以上に自宅を選択せざるを得ない当人側の事情があるやもしれぬ、はたまた、本人の同意の上とあらばそこまで大袈裟に扱わずと。そうなると、むしろそこには隠された陰謀でもあるのではないか、と疑ってみたくもなり。

病床確保は県の責務、客観性を担保する上で年齢や病状など点数化した上で優先度を決める、とされるも県域や広く、僻地は望まぬと斡旋を拒みし患者とているやもしれぬ。故に「自宅での死亡」の一片に勝手な推測を以て世論を誘導するは誤った判断を生みかねず。

他に比べて著しい偏在見えぬ死亡年齢。老化に免疫の低下を免れぬは大自然の摂理であるし、何かしらの疾患を抱える確率とて。それが背中を押した側面はあるやもしれぬが、直接の死亡原因と結び付けるに短絡的とは言い過ぎか。

自宅での急変に役割果たすは救急車。その困難事例や急増という。殺到すれば手が回らぬ、軽症者の自粛を呼びかけるにせよ肝心の出動件数は例年以上に少なく。そこに浮かび上がるは「満床」の二文字。やはり病床の拡大こそ焦眉の急か、されど、入院の患者とて既に峠は脱した、後は療養に徹すべしと退院を促せど「完治」しておらぬ以上は今暫くはそのままで、と相手方。

瀕死の命を救わんと昼夜を問わず懸命に向き合う方々の努力むなしく救えぬ命。世には当人が遭遇した不幸以上に過酷な運命にもがき苦しむ方々もいる訳で。一命をとりとめし幸運に多少の負い目があって然るべし、次に譲らんとする親切心があってもそれを阻害するはやはり「異常」な恐怖心。重症者に特化すべき病床がそうならぬ背景。

搬送時の患者の症状は以前に同じ、かつては積極的に応じてくれた受入に示される難色。症状いかんに関係なく陽性とあらば選択肢は限られ、無関係の急性疾患とて必要以上に抱かれる警戒心。本来であれば状況に応じて峻別されるべき搬送先もそれが一つの障壁となり立ち往生を余儀なくされる救命士の葛藤やいかばかりか。

つまりは増幅された恐怖がかえって事態を深刻化させとるとすればそれこそがむしろ不幸ではないか。そこだけでも改善されれば全体として上手く機能すると知りつつも巷の風潮に抗うに上げるに上げれぬ現場の悲鳴。そんな時こそ問われる使命。開幕迫る定例会に現場の声はどこまで届くか。

と申しても番台の上から眺めとるだけで。スマン。

(令和3年1月30日/2621回)

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2021年1月25日 (月)

更地

ハードボイルド作家の北方謙三氏によれば、まるい食堂の上ロースカツ定食、ということらしいのだけれどもこちらも劣らぬ。久々にありついた池田屋のカツカレーが抜群に旨かった。夜に侘びしく昼こそ贅沢に「大盛」と。

僭越ながら、と見せられし一枚には新年度の予定。先のこと言わば鬼が笑う、まだ、三月定例会も開幕せぬ前から。いや、そこに記されし「議長選挙」の四文字こそが僭越の本意らしく。もう一度申し上げるが「辞表は書かぬ」。が、目下、庁内の関心は議長の動向ならぬそちらだそうで。

残留か移籍か、気になる辞令、と申しても所詮は車が変わるだけで。当該局だけは任命権者となるらしく「教えてくれぬか」と運転手。本当に知らぬ。そもそもに粗野な連中にて品位を損ねかねず、玉座からは遠ざけるべし、との意中は黙して語らぬはずも年度末を以て退去、更地返還を迫られているとか。

移転先は別棟と聞いてさもありなんと頷いてはたと気づいた。目の届かぬところに置くはかえって危険ではあるまいか。とすると見越してそこを融通した当時の深謀や侮れぬ。そんな職場の管理職とあらば悩む人選。只者ならぬ雰囲気にはかねて一目を置いていたのだけれども私の目にも狂いなく。過去に異例の抜擢をされた実績がおありとか。

猛獣の中に放たれた乙女、とは形容が過ぎたが初の女性管理職の登用。甘えは許さぬと辣腕振るう当人に面従腹背とはよくいったもので陰に付いた愛称がその二文字。それは貫禄の為せる賛辞に見えなくもないのだけれども事実を知りし当人、「私はあなたがたのママではない」と一喝。

以降、当該部署の服務規律が飛躍的に向上したという武勇伝、いや、逸話が残る。そんな稀有な人材を埋もれさせるは損失。社長にはただ逸話のみを紹介しておいたのだけれどもよもや今回の目玉に、んな訳ないナ。

閑話休題。数年に一度の更新期とあって、指定管理に関する議案が少なくない。従来の直営からの脱却はコスト縮減、民営化を図ることで新たな需要と競争を促し、利用者サービスの向上を狙う趣旨なれど見えてくる課題。貸家に同じ、老朽化著しい施設の修繕は所有者の責務。そんな依頼は多かれど、ない袖は振れぬと市。

ならばいっそ施設を「無償」にて譲渡するゆえあとは勝手に、と方針を転換したところ募集に手を上げしは既存の運営法人一社のみか、応募なし、つまりは既存の運営法人とて辞退、という散々な結果だったそうな。公設民営の特別養護老人ホームを巡る話。

一施設ならば法人側の運営に原因がありはしまいかとなるも、複数、いづれも小規模となれば根本的なところに。既に終の棲家としての利用者もおられる訳で継続の意向あれど、将来的に安定的な運営を確保するに困難というのがその理由。規模小さきゆえスケールメリットが働かぬと。

ならば何故に小規模としたか。見つからぬ受入先に一床でも早くとの時代の趨勢がそうさせた訳で。修繕施さねば部屋が埋まらぬ、一方、昨今などは駅近、築浅以外は候補にあらず、との需給の乖離も。仮にそこを許諾したにせよ立ちはだかりし次なる壁。

運営は最低二十年以上、土地は譲らぬゆえ断念する際は更地返還が条件、と。あの「頑丈」な建造物の撤去に要する費用や御存じか。

(令和3年1月25日/2620回)

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2021年1月20日 (水)

茶器

相続こそ片付けど、捨てるに捨てれぬ祖母の茶道具。質屋にでも値踏みさせればもしや、んな訳ないナ。「茶釜を譲らば命は許す」との通牒も「ヤツには絶対に渡さぬ」と意地貫いて壮絶な最期を遂げしは松永久秀。茶器に宿る怨念が主人公を本能寺に走らせると予告編。収録の頓挫に大幅に割愛された感が否めぬ「麒麟」も異例の越年に迎えし佳境。

知られざる脇役の生涯を学ぶべく漁った一つに火坂雅志著「覇商の門」があって、そこに描かれるは久秀の茶釜と今井宗久。泉州堺の豪商とあらばさぞ立派な御一門かと思いきやヨソモノ、若かりし頃など追剥まがいの行為、と申しても相手は死人にて当人に言わせれば再利用、今どきのリサイクルってことなんだろうけど。

合戦に倒れし武将の鎧兜に刀に甲冑と身包み剥いで拾い集めて修繕を施し転売を図る。用いられることで美が磨かれるなどと美句にかき消される怨念。死人と思いし屍が動く、瀕死の武将に止めを刺さねばならぬ恐怖やいかばかりか。そんな修羅場くぐりし経験と商いにかける執念ぞ天下の豪商に至らしめた原動力ではないかと。

さて、目下、世間賑わす関心事の一つに時短要請の対価、その妥当性やいかにってのがあるそうで。割に合わぬとの言い分もあれば渡りに船とその恩恵に与る店も少なくないとか。いや、そこに限らぬとの不公平感はひとまずも割れる対応。

日夜、夜ランなどと称して界隈の生態系を観察しているのだけれども道中に贔屓の中華屋あり。味に不足なくも混雑にはほど遠く、営むは老夫婦にて明らかに後者の類に属しそうなもんに思われ。既に年金も支給されているであろうし、他店に倣って長期休暇でもバチは当たらぬと思うのだけれどもちゃんとその時間までは店閉めず、昼も同じ。

この期に及んで憐れみを受けるほど落ちぶれてはおらぬと久秀ばりの意地を貫いているものではないにせよ、そう駆り立てる源泉や何か。商いは稼いでなんぼの世界、絶命の難局を打開せんとそこに絞りし知恵こそが宝のはずも施されし協力金に商人としての矜持を失いかねぬか、と。

つい最近、障害児者の施設運営について市の担当から話を聞く機会を得たのだけれども自らの子をきっかけに慈善的に運営に携わる保護者が少なくなく、時にそれが裏目に出ることもあるとか。対価は二の次、それでも手を貸したいとの意欲には頭が下がる。

学級内の半数以上の父親が在宅勤務と聞いた。それこそが時代の趨勢と知るも一夜にしてどれほど雪が積もろうと猛吹雪の中を学校に行くが当然と育った私など来ぬで結構と言われてもその後に困る。まして雇われの身とあらば知らぬ間にクビにされはせぬかと気が気でならぬ。

今や履歴残るゆえ「水増し」は許されぬにせよ運転手が利用せがむは解雇されぬ為の抵抗、いや、仕事への意欲と見れば。喩えが悪いナ。テレワークとの下知に従順に従うよりは出社して誇張してでも自らの価値を上に訴える位のヤツのほうが社として重宝しそうに見えて。

敗戦からここまで成長を遂げた背景には働かなければ食えず、がむしゃらに働いたこと。やはり資源に恵まれぬこの国がそれだけの地位を占めるにあたっては勤勉性に負う面が大にしてそこを失うは致命的ではないか、とそちらが心配でならぬ。

(令和3年1月20日/2619回)

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2021年1月15日 (金)

盲信

親戚への年賀状だけは忘れぬよう、と念を押されたついでに様子を聞かば、「膝丈」にて心配は要らぬ、とそっけなく。「この下に高田あり」で有名な豪雪地帯が郷里なれど屋根を眼下に雪上歩くは幼き頃の話。元旦から降り続く雪に身動き取れず、その丈や生まれて初めてと母。除雪手当が支給されるも足りぬ人手、往復の交通費位にはなりそうで。いっそ疎開して実家の雪かきでも手伝わんと親孝行を申し出れば、来ぬで結構と。天災よりもそちらの恐怖が勝るとは黒幕の陰謀通りか。

断固阻止せねばならぬ、との気概が勝りし御仁から「議長を出せ」との御電話があったとか。当人の言い分や否定はせぬ、軽薄と笑われど結構、されど、要求を呑まねば手段選ばぬとあらばフツーならず。直前に判断覆りし背景にはよもやそんな事情が絡んでいたりもして、とすれば翻弄された新成人が不憫でならぬ。一部に抗議が寄せられる中、成人式を終えた。と申しても来賓に過ぎず。

これだけ普及したワクチンに絶大な効能を誇る特効薬も未だ死者は相当数に上る訳で。片や何ら有効的な手立てなくもその程度に留まっておる現状見ればその反応や些か過剰すぎはしまいか、と違和感抱くは私のみか。手を尽くせど助からぬ命もある訳でそれこそ自然の摂理、寿命というもの。中には不運にも薬石甲斐なく夭折した方もおられるは既知。二週間後の地獄絵図が吹聴されてはや一年。それだけの注意を払っとるのにまだ足りぬと言われるに重なるは「欲しがりません勝つまでは」。

数は減るやもしれぬ、されど、ゼロにはならぬ、再拡大への対処は自粛の「更なる」徹底だとすればそこに異議を唱えてみたくもなる訳で。大言壮語のしっぺ返し、袋叩きならぬ失脚の憂き目に遭わぬ為には沈黙を貫くが利口と知るも。いや、恐るるに足りず、などとは言わぬ、救える命は救わねばならぬ、が、異を唱えるに非国民扱い、懐疑的な見方を許さぬ風潮はいつか来た道。狂乱の騒ぎは後で気づくもの。盲信こそ危険ではあるまいか。

ということで、募る鬱憤の発露か否か。大袈裟にせんで結構との当事者の意向あり、くどくは記さぬ。目に見えぬ御利益よりも科学の粋を集めた発明品、空気清浄機の購入に補助制度の利用を申請したものの、既に予算の上限に達したことから適用外との烙印を押されたらしく。そこまではよくある話。が、「先着順」の一句があって然るべきも募集要項にソレがなかったと主。単純なミスか、届かぬとの過信か、はたまた、主の見落としか。そこは深堀せぬも当初の見込みを超える申請に拒否せざるを得なかった事実にいかに向き合うか。

予算として計上する以上はそこに何かしらの根拠がなくてはならぬ、まずは需要をいかに見込んだか、次なるは乖離が生じた原因は何か、惜しむらくは申請時の手間、早く言ってくれよって話で主が憤慨するは当然。そして、肝心はその状況への対処、申請の却下に予備費の流用、補正による増額、いづれにせよ「想定外」にて議会の判断を仰ぐ、いや、仰がずと判断を下した経緯の報告があって然るべきもそこを省かれては防波堤になりきれぬ、都合悪きことこそ早めの報告を。

(令和3年1月15日/2618回)

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2021年1月10日 (日)

年男

御利益は変わらぬ、されど、初詣とあらば。例年に劣らぬ参拝客、拝まれるべきは私ならずも、大願成就、否、陳情の御礼とか。転んでもただでは起きぬ、寄らば手にするはそちら。不良たちが担う縁起だるまが好評。ここ数年は白の合格だるまが人気にて御礼参りも少なからず。当たるも当たらぬも八卦、御利益というよりも信心深い人はそれだけ研鑽を積んでおるだけの話なれど、時に人知及ばぬ不思議な力が左右するやもしれぬ、何よりも神仏の御加護を否定せば肝心のだるまが売れぬ。

この正月に三十三個のミニだるまを購入された若い女性がおられて、子にしては多い、身内に職場にしても釣り合わぬ。職業を聞かば高校の教師だそうで、この三月に卒業を迎える教え子たちにと。そんな先生の教え子とあらば立派な社会人に。縁起物ゆえ売り手側とて福呼ぶ主でなければならぬ、拍子木を担うは議長と紹介されどそりゃ知られた話にて次期市長などと勝手に紹介されて。以後、反響なきは所詮その程度の。

神聖な境内、んなバカ騒ぎをすれば天罰下るは当然、在庫不足に裏の倉庫から調達を命じられ戻りし途中に足裏の激痛。画鋲どころの痛さならず見れば錆びた釘。横着して草履にて底薄く、駆け込みし社務所にて消毒液にヨードチンキの応急手当に群がる関係者。大工のY兄には錆びた釘はほんとにヤバい、一か月後に足首切断と脅されて。とんだ災難の正月は厄年どころか丑年の年男にて。

そう、師走のどさくさに盟友の議長殿が任期満了を待たずして職を辞された。対岸のことゆえ詳細は知らぬ。が、独断専横が過ぎて混乱を招いた責任、事態収拾を図るにおぬしの首を差し出せ、とまぁそんなとこらしく。公の場での尋問など公開処刑に同じ、生き恥を晒すようなもんで曲がりなりにも市の為に奔走した議長殿、いや、一介の議員といえど、んな薄情な行為に及べば全体の品位が問われかねず。

「もう少し」などと声をかけられる機会が増えた。んな賞味期限が迫る食いもんみたいな扱いせずとも。そこに明文化された規定なく、あくまでも過去に従わば二年と。改選期とあらば新たな選出は当然、されど任期途中ならば「辞表」を書く、いや、書かせられるとか。そもそもに辞表ってのは自ら降伏を宣言するようなもんで、絶大な支持を得とる中に何ら恥じなく「一身上の都合」などとウソはつけぬ。

そのウラには四年もやられたのでは鉢が回って来ぬやもしれぬ、との「別な事情」も。故に昨今は一年なんてのも。んな安っぽいことでは車の両輪にならん。やはり相方に対峙するにはその折に心技体に秀で、品行方正、人徳と運気を備えた人物こそ適任であって、んな口あけて順番を待たれているような役職ではイカン。いや、本来はオマエこそ不適任ではないかって、声は聞かぬ、いや、聞こえぬ。

後釜と目される御仁などは一つ下の寅年にて丑年には似合わぬ、最低でも年内、少なくとも年男である以上は退かぬ、などと年頭の訓示にて続投宣言をしてみたものの、物言えば唇寒し、そこに拍手なく。叛旗の狼煙が上がらぬことを願いつつ、まぁ辞表など絶対に。

(令和3年1月10日/2617回)

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2021年1月 5日 (火)

十五

睦まじき寝顔並ぶや師走の陽、と一句。久々に地元を歩いた。玄関に通ずる中庭に見えた老夫婦の寝顔が何とも幸せそうだったナ。

かと思えば、卓上に置かれし薄型の画面と向き合うは地元の大御所。伴侶を見送られて以降、介護施設の御世話になられていたはずもそれらしき痕跡なく。聞かば「(施設は)退屈でかなわん、こっちがボケちまう」と退所されてしまったとか。「来年もお互いにがんばりましょう」と励まされて御自宅を後にしたのだけれども当人は昭和二年生まれ。やはりそうでなきゃいかん。いや、もう一人、欠かせぬ御仁が。

行かぬ自由もある訳で、まず咎められるは当人の行為であってそこが槍玉に上がるは世の鬱憤のはけ口にされとるようでどうも好かぬ。勤労こそ国家の原動力であって御上が働かぬことを推奨するに取り戻せぬ傷跡を残しかねぬと案じており。んな同情を寄せれば、「ウチなどは家賃が生じぬゆえまだマシ、店子は相当にキツいのではないか。客が来て下さるだけありがたい」と鮨屋の大将。年の瀬におらがセンセイと御一緒されたそうで。

年齢よりも低いスコアで回ることを「エイジシュート」というのだけれども十五回の達成に同組ならぬ全員の昼飯を負担されたとか。十や二十ならまだしも十五にしてかくの如き状況だからやはりそこには銭では買えぬ喜びがあるんだろうナ。問われる政治とカネ。その地位を利用して私腹を肥やさんとするに批判浴びるはやむなしも、私財を失って尚且つ罪を問われるは不憫過ぎやしまいか。有権者の買収にあたるというけれどもこの御時世に銭で動く善良な有権者など、後援会のイベントに身銭を切るはそこまで悪か。いや、冗談はそのへんにして。

貼られたポスターに家主を値踏みするほど卑しくはないけれども他陣営のソレが貼られし理由は九十にならんとする認知症の御主人の軽返事だそうで。年末の留守電に残された住所と氏名、その後、用件なく通話が途切れて。声に察する相手の事情。早速に訪問して呼鈴を押せど反応なく出直しと振り向き様に物音がして玄関が開いた。乱れた髪に滑舌冴えず、脳梗塞を患って以降はその状態が続くと奥様。

移り住んで五十年、押し寄せる開発の波に道路拡幅を求められて協力をした結果、失いし元の形状。ところが、退いたはずの一部が市の用地上に残っていたと連絡あって。市の用地上に残りし擁壁を修復した上で更地返還、もしくは残地買取以外に選択肢はないと告げられるも今や老夫婦二人、日々の生活もままならず。まさに青天の霹靂、突然の連絡に有無を言わせぬ担当者の態度、執拗な督促に怯え続ける日々の苦悩を涙ながらに吐露されて。よもやその精神的な負担が病の原因ではあるまいか。

私の名こそ浮かべど、こんなことで相談してもいいものか、と迷った結果が途切れし留守電だそうで。何ら変哲なき歩道見ればそれが故意か否かは半ば明白。拡幅時の確認を怠りし自らの怠慢を棚に上げてか弱き老夫婦を脅す姿や年貢取り立て迫る悪代官に同じ。んな薄情な役人のさばるは目が行き届いておらぬ証拠。仕事始め、市長の年頭辞に「声を上げられない人に目を向けるべし」と聞いた。

(令和3年1月5日/2616回)

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