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2020年12月

2020年12月30日 (水)

十四

折角の機会が失われて役職が泣いておらぬか。来年の市長選にでも参戦するならいざ知らず、そんな大それた野心なくば露出は少ないに限る。何よりも夜の会合とあらば泥酔の醜態を世に晒しかねず。目下、晴耕雨読、読書とランに興じており。来春には久々のウルトラマラソンに挑戦する決意を固め。

そんな状況はあちらも同じ。折角の優勝も馬鹿騒ぎ許されぬ風潮に憐憫の情が寄せられるも逆境下の優勝こそ真の王者の証。任期中に栄冠に巡り合わせる幸運は金銭で買えぬ。今さらファン歴何年などと披歴できるほど浸っておらぬも議員人生の最初の質問がそちら。転出入の多さこそ本市の特徴、そんな本市にあって連帯感を育むには。当時など昇格したての頃にて観客席に目立つ空席。当日券で待たず入れた時代も今や並べども席を確保出来ぬまでに。その先見の明の主や私ならぬおらがセンセイ。今にして振り返らば随分と先を見ておられたんだナと。

猫に小判とはよくいったもので根底に共通の認識あって知る価値。「球を蹴るだけであれだけの年俸が得られるは信じがたい」と。移籍の折に目にする金額にあの派手な私生活を見れば眉を顰める方とて少なからず。移籍が卑しいとは言わぬ、補欠ならば移籍後の新天地に活躍の場が見出せるやもしれぬし、選手生命とて限られとる訳で稼げる時に稼がねば。そもそもに相手方の申出にて拒む理由なく、が、若くしてそんな大枚を手にしては道を間違えやしまいか、いや、それで本当に幸せか、と問うてみたくもなり。

絶頂期には「モテた」であろうし、「カッコつける」ことも出来たであろうに誘惑に負けぬ姿勢は門外漢の共感を生んだらしく。辛口批評の妻すらも好感を抱く選手の一人、背番号十四への市民栄誉賞の授与を含む引退式に招待をいただいた。隣での撮影は特典らしいのだけれども携行品の検査にスマホの没収、列に並ぶは性に合わぬ。有名人と写真撮るに価値が分からず、それこそ豚に真珠。むしろ、引退に際して何を語るか、そこに窺い知れる当人の人生観こそ私の興味であって。

決して恵まれた体躯とはいえぬ自分こそ模範、ハンデはハンデならず、チャンスに代えるべし、諸君、と子供たちへのエール。そんな華奢な自らを迎え入れ、活躍の場を与えてくれたチームへの謝辞。それに報いんと十八年の選手生活を貫いた。入団当時に夢見た高級車よりも多くの人たちに喜んでもらえる幸福感を教えてくれたチームだと。確かそんな話だったと記憶するが、そんな選手が慕われるにチームとしても有望ではないか。それが本市にあるのだから。

そう、その地位は己の実力のみならず、ファンあって得られたものなれど、いつしか自らの実力がファンを呼ぶ、なんて逆転しちゃうんだろうナ。それはこの世界も同じ、来られることに慣れちゃうとそれが当然として行くことを忘れたりもして。少し前にAさんの訃報を聞いた。落選確実の下馬評を覆すべく一軒一軒を回っていただいた当時が生涯で一番元気だった、と奥様の回顧に役職どころか私が泣いちゃったよ。満足な見送りも出来ぬままに今年も多くの恩人が逝かれた。合掌。

(令和2年12月30日/2615回)

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2020年12月25日 (金)

備前

「年玉に勝る珍果や備前産」と一句添えて礼状を書いた。季語は「年玉」。週にたった十本、しかも、そこでしか入手出来ぬとか。M越、T島屋ならぬ御当地のT満屋こそが最上の百貨店と信じて疑わぬ地元民。そんな時の為の役職であって兄弟分の議長に「食わねば年を越せぬ」と所望したところ直ちに箱が届いた。勿論、寒空の下、御大将自らが列に並んで下さったに...んな訳ないか。こだわりの国産バナナの話。

並ぶ白菜に目立つ優劣なきはずもいち早く売切れし理由は生産者のラベル。客観的な裏付けに乏しい表現は不当。「日本一」「おいしい」などは典型例であって、「丹精込めた逸品」と添えただけとA子さん。人が惹かれるは味以上に「物語」。ワインなども嗜好の世界にてそのへんが左右する面も小さからず。いかに物語を生むか。そう、この冬が初出荷とされる早野の苺。開店前に並ばねば入手困難と生産者に煽られて訪ねど一日早く。聞かば、翌日の出荷分は全て予約済と。まだまだ備前の議長の域には達せず。

蔓延る偏見に私が先鞭をつけるは一向に構わんのだけれどもさすがに好き好んで池に飛び込もうなどと思うはずもなく。幸いに未だその手の報告なき市議会。陽性が見つかりし際の対応を巡る会派間の調整付かず越年の結論となった。公表か非公表か、そもそもに市の公表基準に則れば「麻生区、六十代、男性、自営業」となり、個人を特定するは困難。されど、最後の職業欄が「市議」ならばどうか。それは副議長ではないか、とバレてしまう訳で。喩えが悪いか。

いや、それは公人であるが故の宿命にて当人はやむなしと知るも公表に躊躇するは身内への影響からとか。そもそもにその偏見こそが悪であって払拭されねばならぬ。職業に貴賎なし、相手の職業により目線を変えてはイカン。いや、愚息の証言によれば、少し前の国語の授業に「敬語」を学んだそうなれど、敬語を使うべき相手は誰か、との問いに「山崎の父親」と即座に答えた生徒がいたというが、まさに模範解答で君の評定は「五」でよろしい。

医療崩壊の寸前、と聞くも黒死病、いわゆるペストの惨劇、阿鼻叫喚の地獄絵図に比べればどうか。悲鳴上げるは医療のみにあらず、未だ続く追跡は保健所の役目なれど増え続ける陽性者の大半は無症状。現場の疲労は極地だそうで、破綻の前に敷居を下げてはどうかとぶつけてみたものの世の風潮に抗いきれぬと担当者。巷では廉価で手頃な検査が浸透しつつあるものの、不都合な事実は隠されて不思議なく、眼前の人とてあくまでも未検査というだけで陰性とは限らぬ。であるならばそこまで完璧を期せずとその労力をもう少し別な方面に向けてはどうかとも。

どこぞの自治体では検査拒否に罰則なんて条例が話題に上がるも過干渉が生む社会の対立。一部に焦がれるワクチン接種、実施主体は市なれど県の関与とて避けられず、混乱招かぬ為の準備を求める質疑を聞いた。不安拭えぬ臨床に実際の症状と副作用の天秤でどうか。せぬは戦犯とばかりに批難が向きかねず。分断が生む悲劇こそ真の脅威かも。

(令和2年12月25日/2614回)

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2020年12月20日 (日)

冤罪

トナカイの国、カナダ在住の妹夫婦よりひと足早く子供たちにクリスマスプレゼントが届いた。添えられた手紙にエミリー・ブロンテ「嵐が丘」は父親も読むべしと。

仕組まれた盗聴器の内容が白日の下に晒される例は枚挙に暇なく。その行為はいかなる理由あろうとも卑怯であることに弁明の余地なくも「前段」なくして結果なし、いわゆる「挑発」を割り引いたにせよ過去の潔白はあるまいに。

闇討ちは卑怯なり、あくまでも刀を抜く用意がある、と覚悟のほどを伝えにきたはずも、んなことを許しては本音の話が出来ぬではないか、権利の侵害、全体の信頼を揺るがしかねぬ、と扇動されて広がる波紋。

「恫喝」か否か、そりゃ主観に負うもの。精神的な負担が限界にて健康被害が懸念される、ついては、両者の齟齬を防ぎ、正確を期す為に自らの判断で録音機を用意する、いや、せざるを得ない、と御大将自ら心境を吐露されて。「それはさぞ」と同情したに過ぎぬも吐露が「打診」に同情が「許可」に解釈されて一斉砲火を浴びた。

それこそが「齟齬」の最たるもので録音機が必要だったナ。信用しておらぬ、と告げるようなもんにて不本意は相手とて同じ。裏を返さば録音機を置かれて困るやり取りが横行しとるということであって、せざるを得ぬ、との相手の心境を忖度できねばこの稼業に向いとらんのではないか。

叛旗組の言い分は以下に集約される。ほんの一部のせいで全体の信頼が損なわれるは遺憾、当事者の名を明らかにした上でそこに限定すればいいではないか。役人方とて聞かば十人中十人とも否定的にて困るはむしろ相手方、そこが不憫でならぬ。ふむ、そこに同情寄せるは立派なれど悲しいかな選択権はあちらさんが有しとる訳で都合悪かば持参などせぬ。

当事者の名を明らかにせよ、と迫るもそれこそ相手方の情ってもんで個人名が出た途端に逆ギレするはよくある話。「怒らぬから正直に白状せい」など額面通りに受け取れぬ。覆水は盆に返らぬゆえいつまでも残る遺恨。取調室の可視化に同じ、見られぬをいいことに鉄拳が飛ぶは卑怯なれど可視化とて罪人に塩を送ることにもなりかねず。公開と保護は表裏。

何もこちら側が「悪」とは限らぬ、他に目撃されておらぬをいいことにありもせぬ「恫喝」をでっち上げて、調査権を妨害しとるとすればこちらが冤罪。役所側の不誠実な対応とてゼロにあらず。恫喝の議員か、はぐらかしの役人か、ならば余計に可視化したほうが好都合ではないかと思わんでもなく。

まぁそもそもにそんな申し出を受けること自体が恥ずべきことで、誰しもが大なり小なり負い目あって然るべきも「身に覚えはない」、他人のせいでとばっちり受けるは甚だ迷惑、と悪びれぬ無神経ぶり。まず、相手をあげつらう前に自らの胸に手を当てて過去を振り返ってみてはどうか。

そんなつもりではなかった。パワハラってのは言った方は気づいていないもんだから。

(令和2年12月20日/2613回)

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2020年12月15日 (火)

寒燈

M子さんの句に「寒燈下貯蔵ワインの薄埃」と見かけた。季語は寒燈(かんとう)。地下の貯蔵庫に眠るワインに薄埃、寒燈の取り合わせは絶妙ではないかと思うのだけれどもいかがか。

工場夜景に負けぬ光景は夜明け前の鷲ヶ峰営業所。まさにあのデザインこそ本市「らしさ」を備えた傑作、薄暗闇にズラリと並ぶバスだけでも壮観なれど一部に車内灯が点灯してこれがまた何ともいえぬ幻想的な雰囲気を演出しており。市内「萌え」十選あたりにどうか。

出発前の点検準備に余念なく、しばし後に「今日もがんばろう」と手を振って別れた運転手二人。朝五時二十分の出発に終点の溝口駅の到着は五時五十分。私鉄並みの早さ誇る始発便は既に定員に近く、法定速度以上、アクセルを踏み込まねば定刻に着かぬとか。終着から次の出発迄に許された時間は四分。化粧室にも行けぬ状態が半日続くと。次々と流れ込む「数珠」の観察に始まり、市バスを堪能する一日を終えた。

こんな過酷な現場は他にない、と不満をこぼす相手にそれを是正するがそなたたち労働組合の役目ではないか、そもそもに午後三時に終わって風呂に入り、五時まで麻雀して退庁などありえぬと、その堕落ぶりをなじったのは新人時代の話。「今はありえぬ」と必死の形相で抗弁する相手に、本庁の制止を振り切って、ごみ収集車の体験をして以来か。

批判受けるは公務員の宿命なれど過去を払拭するに未だ道半ば、既成概念を覆すにまだまだ足りぬ。ほんの数分と申しても看板を背負わば余計に注がれる厳しい監視の目、ロータリーに休憩中の民バスを横目に降車後に休む間なく次の行先のに向かう市バス。そりゃたまたまかもしれぬ、が、実際にそうだった。

利用者に高齢少なからず、着座確認を守らば遅刻、怠らば苦情。おい、そんなダイヤが許されるのか。些か、というか「全く」現場の声が届いておらぬ。いや、編成時に経験者とて居るはずなれど。「協力すれば悪いようにはせぬ」との踏み絵に測られる本庁への忠誠度。相手の軍門に下らば昔の仲間など...。よくある手口もそんなのが蔓延るとろくな職場にはならぬ。

挨拶は「おはようございます」。抜き打ちの添乗監査はその数で評価が決まると。さりとて、「今日は寒いですね」-「ありがとうございます」では会話がかみ合わぬ。それを是とするは人事評価。運転手に似合うは寡黙、ぎこちなきは接客が不得手な証拠。接客の為に安全を犠牲にするは本末転倒。そこの加減が分からぬ意固地が多いとか。どこぞの運転手が如く口達者とあらばむしろ安全面を心配してしまう訳で、妙に愛想はいい運転手など逆に怪しくはあるまいか。

以上、ほんの「一部」なのだけれども上がらぬ士気。が、そんな労働条件以上にボロ雑巾が如く扱われることへの失望感。本来ならば現状を打開せんと牙を剥く気概あって然るべきも「所詮は言っても無駄」との意識に蔓延するは閉塞感。一層遠のく現場との距離に安穏と座って定年退職を待つ管理職はいらぬ。来年のダイヤ改正に問われるこの間の歴史。本日は市バス誕生七十年の記念日にて。

(令和2年12月15日/2612回)

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2020年12月10日 (木)

公益

滅多に手にせぬ類なれど「知事の真贋」(片山義博著)に「議論せず、決めない議会に存在意義はない」と見かけた。

同じく有権者の洗礼を浴びておられる身といえど、首長が常に正しいとは限らず、十に一つは...。役職に調査権が付与されているのだから腑に落ちぬことなどは堂々と聞けばいい訳で、どこぞの会派の質問に以下のやり取りを聞いた。

こたびの補正予算の中に路線バス会社への財政支援として七千六百万円が計上されており、市の答弁によれば、緊急事態宣言下の運行に要した燃料費の一部として一台あたり八万円を補助する、と。何もあの状況下に継続せしは路線バスのみならず、そこに限った理由やいかに。

一方、利用者は二割から三割程度の減少だそうで、各路線の動向に合わせて運行回数を変更して云々と。この期に及んで減便以外にあるまいに、さも増便も含まれるかの言い回しを聞かば相手方とのよからぬ関係を疑ってみたくも。

「それならばやむなし」との理由を聞かば波風立てぬもやはり唐突感が否めず。そのへんが答弁の限り伝わって来ぬ。そもそもに本市自慢の敬老パスとて福祉に名を借りた利用促進、間接的な財政支援になっておるばかりか、市の黒字路線ばかり譲渡を迫られては。

話を戻す。仮に「市民の足」なる公益性の視点から支出するに減便はどうか。客の減少にめげず平常運行を堅持したならば論功賞なる言い分は通るかもしれぬ。されど、会社の都合を優先しとる相手に公益性を語る資格など。ならば鉄道やタクシー会社のほうが。銭出せど口挟まぬ、こそ貰う側に好条件と知るも身銭ならぬ税金にて出す以上は。

第三波こそ大津波、息吹き返す報道に萎む経済。自衛隊の派遣要請、危急存亡の秋と報道に知るも混乱前に御当地を旅行せし特派員によれば、さもありなん、関東圏とは意識がまるで違う、一部は野放図に近い、いや、近かったと。

大したことはあるまいとの認識が拡大を招きし一因なれど、安全神話に「絶対」はなく。数日前の免許更新時の講義に交通死亡事故ゼロの日は一日もないと聞いた。だから無意味とはいわぬ。啓発あっての件数にて何もやらねば結果は推して知るべし。

ただ、今回なども啓発の意を含むにせよ、まもなく一年、予防とてそれなりに浸透を見せとる割に脅威が誇張され過ぎては逆に禍根を招きやしまいかと。乱世の奸雄と評されし曹操、やはり乱世にならねば台頭の機会なき面々もいる訳で、煽られる不安の裏には別な事情があったりも。蛇足ながら曹操は三国志の主人公の一人。

うがいに手洗い、マスク着用の効能か、例年に比べてインフルエンザの患者が「著しく」少ないと聞いた。それはそれで歓迎されることなれど、患者数の減少に病院経営が成り立たぬ、診療所が倒産なんてのはいただけぬ。治すが本分にて成功報酬は患者の笑顔位なもの。やればやるほど減る仕事、それこそが「先生」たる所以にて、政治が目配りをせねば。

医療崩壊は防がねばならぬ、一方においては連日の過剰報道に受診が抑制されて破綻の危機に瀕しておらぬかと別な心配も。迫る一般質問。質問しようにも質問権を剥奪されてとる身分にて内情を調べてくれぬかとそっと指示しており。

(令和2年12月10日/2611回)

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2020年12月 5日 (土)

全議

正月の目玉番組ながら視聴率は知らず、副議長との新春対談の収録を終えた。歴代は議長室が恒例なれど、背景同じでは代わり映えせぬ。私の前任から趣向を変えて市内の名所を舞台にしたものの、屋外とあらば気になりし天気。我「々」と括られるに申し訳ない気がしてならんのだけど、日々善行に励んでおるゆえ気にせんで宜しい、と副議長。日頃の行いが左右するならばただの「雨」ならぬ「土砂降り」ではないのか、との心配も杞憂に終わり。この頃に雨なんてのは余程、運に恵まれぬ訳で。

当初の予報は雨も間一髪、免れしは悪運勝る証拠。渡されし台本に目立つは流行の三字。そりゃあくまでも「今年」の話、年始早々にそんな話題では気分も晴れぬ。さりとて、オリパラは本市に限らず、看護短大の四年制化などはパンチに欠ける、何か目玉はないものか。そう、来年は本市の行く末を左右しかねぬ市長選の年、その展望でも語るまいか、と具申すれど、それは別の機会に、とそっけなく却下されて。脚本通りにつつがなく収録を終えた。

伏龍か鳳雛か、片方得れば天下は獲れる、と告げられしは蜀の劉備。鳳雛こと龐統を迎えたはいいものの、冴えぬ風貌に田舎の官吏に任命。酒浸りの日々に派遣されし張飛を前に積もる難題を一日で片付けてしまい。後で知りし伏龍、孔明がつぶやく、「それは役不足というもの」。既に副議長が万事睨みを利かせておる以上、そちらに任せて。

が、肝心の詰問受けるは秘書。「私用」通じぬ際の口上やいかに。やはり来年に任期満了を迎える全議こと全国市議会議長会の次期会長の座を射止めるべく全国行脚に出かけたとでも。「万が一、相手が本気にされたら」と気をもむ秘書に、「万が一」とは心外な、「一応」の資格を有している以上、何ら恥じるもんでもなく、不在の理由が立つにこれ以上の代物はないではないか、と背を押した。

閑話休題。近隣の宅地開発に子育て世帯が入居、すさびれた公園に子供たちが戻ってきた。自ら管理、清掃の労を厭わぬゆえ一角を花壇として利用させてもらえぬかとの依頼に一肌脱いで。その後はとんとん拍子に話が進み、今や大変好評とかで御礼に伺いたいと相手。市との仲介は当然の責務にて気遣い無用と伝えるも律儀な御仁にて事務所に菓子折が届いてしまった。

そう、善意ある人々の手で荒廃した公園が再生する事例なれど市の負担が減るばかりかそこに生まれる賑わいに交流進まば。隣の横浜市などは園内のボール使用に公民館の建設、果ては公園を開放してのキッチンカーのイベントは大盛況とか。道路とて同じ、本来の目的を逸脱せぬならば広く利用を認めても。道路の使用許可は「社会慣習上やむを得ない場合」で「一時的に設けるものに限る」とされるもこの七月からテイクアウトやテラス営業等の路上利用の許可基準が緩和されており。

あくまでもコロナを理由にした臨時的な措置ながら、これを機に道路占用許可基準、公園内出店販売の緩和を促進してはどうかと代表質問に見かけた。公園や道路等の公共空間の活用は賑わいの創出などに資するものと認識を示しつつも末尾は「検討」の二文字。緩和か堅持か、見えぬ肚の内も本音はやはり「緩和」なんだろうナと。

(令和2年12月5日/2610回)

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