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2020年10月

2020年10月30日 (金)

印鑑

対岸への干渉はせぬに限る、と知るもH団長宛に届いた依頼。雌雄決する関ヶ原にて、と。こちとら支援の手こそ惜しまぬも勝手が効かぬ不自由な身分にて夕刻の到着に翌日の昼に戻る日程ならば、と返事をすれば「使い物にならぬ」とにべもなく。

捨てる神あれば拾う神あり。兄貴分の議長殿から政令市の存続を揺るがしかねぬ由々しき事態にてその意義を訴えるべく供をせぬか、との誘い。が、そんな大物と御一緒すれば厚遇されどもどんな役回りを負わされるやしれず。雑務の労こそ厭わねど慣れぬ土地でのマイクなど絶対に...。下手な演説に個人の資質を嘲笑されるは一向に構わんのだけれども肩書を披歴されては本市の汚点になりかねず、一介のスタッフに徹して日帰り遠征を終えた。

双方の都合で語られる構想の是非。もはや終盤とあらば単純化されて。都への昇格に副首都を実現すると賛成派、かたや政令市を返上するは大阪の為ならずと反対派。「あちらさんの言い分とて分かるで、されど拙速すぎや。ここから少し行けばN市やけど生活保護などここに来ずと大阪市のK地区行けば面倒せぬと告げられる。市としてまずやらなあかんのはそこやねん」と通りがかりの老紳士。百聞は一見に如かず、訪ねてこそ肌で知り得る御当地の微妙な風。

広報「議会かわさき」の次号を飾る対談を終えた。相手は目下、首位独走中のフロンターレのあの選手。相手に粗相なきようと渡されし資料に見る選手の嗜好。が、それ以上に目を惹くはチームの命運を握る社長の取材記事。今季リーグ優勝への決意とともにプロスポーツ不毛の地と言われた本市にチームを浸透させた作戦を語っておられ。かつて数千人の観客も今や二万人。

ローマは一日にしてならず。そんな姿は誰かが見ているもので、今ほど脚光を浴びぬ中でも選手が市内の小学校を回る様子を用務員が教えてくれたことがあり。何よりもスタジアムに足を運んでもらう為にシーズンオフには選手自ら街の清掃活動や小児病棟、商店街の訪問を重ねてきたと。まさに目に見えぬ努力というか足で稼いだ勝利。

そこに生計を立てとる方もいるのだからそこまで目の敵にせんでも。攻め立てられるは印鑑のみにあらず。本市に港は要らぬ、港の前には「船来ぬ」との枕詞こそあれど、そこに投ずるは税金の無駄、「港」か「福祉」かの二択を迫るはイジメが過ぎてはおるまいか。そんなことから気にかけており。久々に話を聞く機会を得たのだけれども課長以下、全員がドサ回りの日々とか。

京浜港として国の中枢港に選ばれて幾年月。京浜港と申しても東京、横浜と勘定は別にて火花散る荷の争奪戦。弱小港が活路見出すには一社一社に利点を説いてドブ板に徹せねば任せてもらえぬ。当初は閉ざされし門も三顧の礼を尽くさばいつしか出入り許され、雑談に知る荷主の実情と見えてくる課題。自ら教えを乞うべく顧客を回る成果や着実にコンテナ取扱量の増加に結びついており。待つに得意な役所において見習いたい姿勢ではないか。

(令和2年10月30日/2603回) 

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2020年10月25日 (日)

越境

予期せぬ減速にホーム上での立ち往生。「人身」の二文字に復旧の目途立たぬ、との車内放送。動くべきか留まるべきか。開放されし改札の往来は自由。想定外の手際よき対応は連携の賜物。振替輸送に見る企業力。

手つかずとあらば別な用途を含む土地の有効活用を、との声。これほど如実に物語る好例なく、進む規制緩和。賑わい創出の為にキッチンカーの許可やコンビニ誘致、大阪城公園にはランステまで整備されて雰囲気一変。昨今などはパークマネジメントなどと称して一体的な魅力発信や立地する施設間の相乗効果を狙う動きが加速。いかに御当地の魅力を高めるか。本市の生田緑地なども。

さて、来年度の予算編成に向けた県への要望が記された冊子の説明を受けた。県税収入の内、政令市が六割以上を占める一方、県から市への同一事業に対する補助率が一般市に比べて低く設定されるは不合理ではないか、と冒頭から上がる気炎。

本市内の特別支援学校は全七つ。県立三つに対して市立は四つ。尚且つ、市立小中学校の「全」校に用意されし特別支援学級。そう、法的には県が担うとされるも一向に進まぬ状況に本市が救いの手を出した格好なのだけれども「県がやらずとも政令市は独自で」なるヘンな認識が育まれたとすれば非常に不幸なことで。

善意が仇となりしは一例ならず。県に代わってその役割を担うとされた政令市、そこにちゃんと「明確」な境界線が引かれるも越境が過ぎて。そこに振りかざされる大義名分、「県がやらぬ、いや、やれぬ以上...」。政令市における県の意義こそ問われて云々と続くも、無い袖振れぬ県の財政事情に傷つけられし廃藩置県以来の権威、耐えに耐え、忍びに忍んだ恥辱が怨念に代わる時。

生意気な政令市など、虎の威を借る狐、いや、虎の尾を踏みし可能性やいかに。とすればまさに悲劇。そこを見透かされたばかりか、それを端緒に既存勢力の一掃を目論む野望、世の耳目を集める好機に、おもろいやないかの気風も後押ししてか。

「都」に得られる優越感、煽られし対抗心、命名に込められた意図とは。縄張り意識の解消に主眼が置かれるべきであって構想はあくまでも手段に過ぎぬ。故に阻まれたとて目的が叶わぬものでもなく、完治の保証なき荒療治に及ばずと漢方薬にジワリ回復を待つ選択肢とて。それとて効いとるようだが、完治まで長い年月を要する位ならばいっそ清水の舞台から飛び降りる覚悟で。

後は医師の説明に患者としていかなる判断を下すか。いや、昔であれば府に負けじと要らぬハコモノもあったやもしれぬ。が、この御時世とあらば時代錯誤に気付くが常識。向く方向は同じと信じつつも最近の有権者の皆様は目も肥えて評価も厳しいからナ。

私鉄の振替輸送さながらに公共の奉仕者たらんとする公務員としての矜持、事態を打開せんとする気概あらばここまでこじれんかったのではないか。対岸の火事ならぬ他山の石として。

(令和2年10月25日/2602回)

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2020年10月21日 (水)

番星

通称「バンボシ」こと一番星の星桃次郎を演じるはあの俳優。前職がそちらにて業界に詳しい前席とその話題に興じることしばしば。昭和、平成、令和と変遷を遂げようとも失われぬは荷と人情、でありたいと。

待てば海路の日和あり、相次ぐ中止に陰鬱な日々では大きな損失、勝手に予定を組み込んでみたものの、翌日の式典にはくれぐれも遅刻なきように、と釘を刺され。運び荷に代用効かねどこちとらは「副」議長なる代役が控えており。万が一に備えて根回しをせんとする秘書に要らぬ心配と伝えたものの、事故渋滞など不測の事態に理由聞かれて「遊び」などとは口が裂けても言えず。夜明け前の出発、早朝の中央道に国の物流を支えるトラック野郎たちの働きぶりが窺い知れた。

負けに不思議の負けなし、まいど敗因は「過信」と知りつつ。眼下に広がる雲海と山頂の大雪渓をウリにする乗鞍天空マラソンは日本一高い道路と高低差が自慢。いつぞやに地元出身のトレイルランナーが招待されて挑んだ結果、前年度の優勝者に「大」差をつけて。平坦なロードと坂道では使う筋肉が異なる、ましてやオフロードともなれば問われる瞬発力に上半身を含む強靭な肉体。酷使の度合い、瞬時に受ける衝撃を見れば自ずから向くは若者にて挑戦者の大半がそちら。

北信濃の括りにて豊富な自然を大々的に宣伝。 累積標高二千米以上、水平距離三十二キロ、志賀高原のトレイルの完走を遂げた。制限時間八時間三十分に完走タイムは七時間五十二分二十二秒。もはやマラソンというよりもアスレチックや登山に近く、マラソンの延長との過信に敗北を喫した前回の教訓を踏まえて「坂」を克服したはずも軽率な判断に大苦戦。

そもそもに路面が違うのだから靴底の形状とて「全然」違うと知れど、当該種目に没頭するは寿命縮めかねず、購入を渋ってロード用の平坦シューズで代用したものの滑るわ滑る。足元見ねば転倒は必至、次なる一歩の着地点に気を払い、身体の均衡を崩さぬ為に斜面に手をついて、というか木の枝や道の脇に群生する笹の茎を握り、全身でバランスを維持、ゆえに膝や太腿のみならず上半身まで、まさに満身創痍。翌日の寝不足の原因は睡眠時間ならぬ寝返り時の激痛にあり。

そう、市のイベントにコロナのみならず雨天中止が目立つは市長ならぬ議長に原因、と私の雨男説が陰口として囁かれとるそうだけど、んなものは風評以外の何物でもなく。世界自然遺産で有名な屋久島は年間の大半が雨なれど、その日だけは曇ならぬ「快」晴であったし、今回とて大会史上最高の天気と司会者が絶賛していた位だから。自慢にもならぬ自慢にてそんなところで運を使い果たしとるから肝心な公務の時に...。

この間、降り続いた雨が前夜には雪に変わり。草茂るゲレンデを駆け上がるも山頂は雪景色。雪のゲレンデをスキー板ならぬ運動靴で駆け下りる爽快感。紅葉に雲海、雪に泥の三乗と贅沢三昧。大自然を征服せんと臨めどレース途中にはその無謀な挑戦を後悔し、畏怖の念だけが増長されて。まさに「泥んこまみれ」、童心に戻りし大人たちの大運動会、と発想を大転換してしまえば何ら。もう二度と、いや、懲りずにまた挑みますけど。

(令和2年10月21日/2601回)

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2020年10月15日 (木)

遡及

シーズンの開幕ならぬ完成後のこけら落とし。始球式のマウンドに立つは副市長、と聞いて「待った」をかけた。横取りこそせぬも稀代の晴れ舞台にて何も身内が占めずと他に適任者はおらんのか。話題の女優か若手アイドル、と言いかけて隣の副議長に遮られてしまったものの深淵な意図だけは酌んでいただいたらしく、直前に選手交代の報を聞いた。御当地の小さなエースの抜擢に降板を余儀なくされた御仁は不貞腐れておらぬか、と詰問すればむしろ御満悦と。そうでなきゃいかん。

往年の夢よもう一度、プロ野球とは参らぬまでも夢と感動の舞台を再現すべく全面改修を終えた等々力球場。そんな夢舞台の完成に花を添えるべく本市と縁ある企業の全面的な協力を得て実現した屈指の好カードは東芝vsENEOS。エースのファンか試合見たさか、制限されし千名の枠に七千名もの応募があったとか。

さて、読者諸賢は市長の手紙ならぬ議長への手紙を御存知か。いや、正確を記せば市議会宛の投書箱なるものがホームページの隅に置かれていて。あくまでも市議会に対する声とされているものの、実際は市政に対する御意見が大半を占める。市長への手紙と申してもあれだけの数が殺到すれば一字一句の確認まで目が行き届かぬこともあるやもしれぬし、当事者側として返答に窮することも無きにしも非ず。

こちとらは役所の監督を本分とする以上、より贔屓目な目線にて返答が出来そうなものの、厄介なことに議会なるものは合議制にて議長の一存が総意を意味するものでなく。個別の回答はせぬ旨はちゃんと明記されているものの、それでも聞いて欲しいとの依頼主の声は切実であって、そこに時間を費やしていただいた手間を鑑みれば無視は出来ぬ。決裁箱に積まれる投稿を興味深く目を通しておるのだけれども最近の一つにこんなものを見かけた。

幼保無償化に伴うもので、当人は本市に転入後、子を幼稚園に通わせたものの、申請の手続きが遅れ、その間は無償の対象外とされたらしく。本市が運営する窓口に問い合わせれば「遡及は可能」と言われたはずも実際は受理された日からとされて納得がいかぬ、と。出来「る」とされたものが出来「ぬ」とあらば鬱憤は余計に増幅される訳で、そりゃ御不満を抱かれるのも無理はなく。早速に担当課の説明を受けた。

国の通達によれば認定の開始日を申請日より前に遡及することは不可。つまりは申請日よりも前に園に通わせてはならぬ、それこそが原則であることに異論なく、昨今などは後申請に罪悪感のかけらもない保護者がいることも否定はせぬ。されど、この御時世とあらば申請側とてやむにやまれぬ事情に手続きが間に合わぬこともある訳で、そのへんは情状酌量、寛大な措置があっても...。

とこぼせばそのへんは本市独自に対応済、と担当。ならば、何故にこのような投稿が。より詳しい事情を伺いたくも投稿には四十代の男性以外に実名なく。当人の身近に議員が居ればもう少し丁寧な対応が図れたのではないか。未だ遠き存在として議会と有権者の距離感を憂いており。

(令和2年10月15日/2600回)

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2020年10月10日 (土)

権威

闇討ちは卑怯なり、当人の正義感が勝ってか宣戦布告を告げるべくI団長が議長室を訪ねて下さった。拝聴すること数分間、加担はせぬも咎める権限とてないから「そうか」と退室を見送った。

その為の監査と申しても任命権者がそちらとあらば身内に近く、作為か否か見過ごされし事実。その衝撃度から週刊誌になぞらえてI隈砲などと勝手に呼んどるのだけど本人の言葉を借りれば「病院局における不適切な財務処理と公文書改ざん」なる不祥事が発覚。然るべき処置が講じられるまでは決算は認定できぬ、と。

認定せぬと申しても予算ならぬ「過去」の話。特段の支障は生じぬも、その烙印は歴史の汚点。不適切とされた処理こそ看過できぬものなれど、一点の減点を以て不合格とするか否か、は採点者の胸先三寸。そんな一揆の余波は全土に及び、紛糾する中に不在とあらば別に向く矛先。この肝心な時に...。火の粉を被るはまっぴら御免、いや、本当に先約があったんだ。

閑話休題。敵失、まさに好機と喜ぶ相手をよそ目に「躓き」というよりも意図的な確信犯。そんな報道なくば団体の実態も白日の下に晒されることはなかった訳で。折角のカラクリがバレちゃうぢゃないか、そんなに騒ぐなと案じた方とて...。いやいや、いづれも立派なセンセイ方にてそんな御仁はいない、はず。およそ権利と自由を翳すは常套手段。責任なき自由なく義務なきところに権利なし。

承認されて当然との認識は些か傲慢が過ぎてはおるまいか、いっそ、推薦者を無条件に承認する任命者こそ必要か、と国民の皆様に問うてみてはどうか。適任か否か、そこに理屈があるものでもなく恣意的なのが人事。学問の自由が侵害された、いや、昨今は「脅かされかねぬ」などと表現を駆使して。あくまでもその役職への任命は出来ぬと責任者が判断しただけの話。研究は誰も咎めてはおらぬ。

学者としての矜持が勝るのであれば、んなものに任命されずと勝手にやるわいと役職を放り投げればいいだけで。手放せぬ特別な事情あらば媚び売らぬまでも面従腹背、臥薪嘗胆しかないでしょうに。何よりも往生際が悪いというか、未練がましい。恨み節は野暮ってもんで、ワシを外すとはちゃんと研究を読んで下さっている証拠だ位の賛辞でも贈っておけば当人の株もぐっと上がりそうなもんだけど、去り際には美学がなきゃいかん。

涼しい顔してバカを演じるが利口なれど、バカになれぬは権威への執着。何てったって「エラい」とされるセンセイ方だからね、下々と一緒にするなって内心が態度に現れていたりもするけど「遊び」が足りなかったんだろうナ。そのへん同じセンセイでもこちらの方が一日の長あって、落選時なども「有権者の見る目が無かった」などとは決して言わぬ。本心は知らぬ、だけど、やはり全て自らの不徳が招いた結果、と。

本市とて市長が議会に同意を求める人事あれど、そこに下手な人物を推薦すれば拒否されかねぬとの緊張感は必要であって、そこが断たれることこそ恐怖ではあるまいか。組織の腐敗、慢心が生んだ悲劇、身から出た錆、と結びたいところなれど、読者諸賢の判断やいかに。

(令和2年10月10日/2599回)

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2020年10月 5日 (月)

県費

忠誠誓いし派閥の領袖への叛旗。良心の呵責に苛まれつつも貫いた正義。本来の職務以上に別な方面で秀でた才能を見せる運転手曰く、白無垢ならぬ純白のスーツに身を包む姿はあのセンセイがモデルに違いない、と。土壇場での主人公の登場に動揺を隠せぬ幹事長、庇わんとする委員長にしがらみ捨てた大臣がとどめの一言。「恥を知りなさい」って、その決め台詞はやはり。ということで今回も懲りずにその話題から。

見事射止めた悲願の要職に挑む公約は「不妊治療の保険適用」。子を持つが当然の風潮に周囲からの冷ややかな視線は過去ほどではないにせよ当事者にしか知り得ぬ苦悩。地獄の沙汰も銭次第なれど人の生死を金銭で解決出来れば、と涙を呑んだ方とて過去に少なからず。医療倫理が絡むだけに里見先生の所見を待ちわびているのだけれども未だ触れぬにその奥深さが窺い知れて。

本市とて手をこまねいていたものでもなく特定不妊治療助成制度を創設して既に十五年、昨年度の決算額は三億九千万円也。医療の進歩に伴い、出産時のリスクも低下。適齢期を逸せどもそこに望みがある限りは...。従来の保険適用外とあらば治療費は高額になりがち。患者の足元を見透かされて暴利を貪る悪徳医が居らぬとも限らず。そこは医者の良識を信じるしかないのだけれども人知を超えた世界が存在するだけに。

受験ならば合格率一割に無謀な挑戦と知るも子宝となれば話は別。一縷の望みを託せども「叶わぬ」宣告を受ける、いや、受け続けねばならぬ患者側の落胆いかばかりか、されど、そんな苦悩は医師側とて同じ。必死の相手を前に結果を伝えるは役回りは酷。費用対効果などと他と同列に論じえないと知りつつ、まずは自治体が既に進める助成制度の検証から試みてはどうか。不足する財源に制約が課せられ、何かと使い勝手が悪かったりもして。

そう、隠居のSさんから久々に着信があった。「インフルエンザの予防接種が無料って聞いたけど」。そう、市内在住の高齢者の方々の予防接種の窓口負担がゼロに。と、自らの手柄が如く語ってみたものの、十月以降は高齢者の自己負担分を県が負担して下さることになり。およそそんな時は「政令市を除く」なんて差別的条項が付されたりした過去もあったのだけれども今回は県下一律。さすがは政令市の県議の皆様、というかそれがフツーにて。

そう、こちとら「既に」市費は投じられており。本来ならば約五千円とされる接種費用、自己負担二千三百円を除く差額は市の負担にてその額は年間三億六千万円。故に本市とほぼ同額分を県が負担して決着、と見るは早計。何と申しても「無料」になる以上、接種率も上がる、というのが世の常識。これまでおよそ四割で推移してきた接種率を七割と見込む。つまりは本市とて足りぬ三割分は追加の予算的な措置が必要となり。巷間、接種にまつわる言説は様々、あくまでも予防の範疇にて万全ならず。こと最近は罹患後の治療薬とて格段の効能が見込めるからナ。

そう、県費なだけに都内はダメであるし、最近は完全予約制だったりもするから。くれぐれも事前の確認をお忘れなく。

(令和2年10月5日/2598回)

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