なおログ[Blog]

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2020年6月

2020年6月30日 (火)

場末

いかに注意払おうと相手あっての話。他人様の命預かる路線バスとあらば心して。ハンドルに見る運転手の性格。件数こそ少なくも乗客のケガ多きは予想に反して...。「雑」知らば乗客側に備える心理効果が働くとか。

世にエラい肩書が当人の人格を保証するものでもなく、出世の階段を駆け上がったものは決別も早い、いや、早かった、との分析。不測の事態の際に問われる真価。破綻後の敗戦処理を担いし面々は本社ならぬ「場末」の社員。号泣の会見が記憶に残る舞台裏、大手証券会社の瓦解を描いた一冊の題名はズバリ「しんがり」(清武英利著)。

戦において敗走の背後を襲うは圧倒的に有利、逆に士気高き相手の追撃を振り払うは死地に飛び込むようなもの、相応の覚悟なくば捨て駒になりかねず。そんな汚れ役を演じた面々の述懐に後悔なく、むしろ、再就職に好感を持って迎えられたと。

破綻の一因となりし簿外債務はバブルのツケ、それを放置した背景に社内の出世競争、とはよくある構図。会社が怪物化するは社長の独善以上に抵抗しない役員が原因と見かけた。問われるモノ申す議会の役割、そして、場末に隠れた人材の発掘こそ議長の役目...違うナ。

一部に「出先」などと揶揄されがちな区役所。元来の相性か不思議とそちらとの往来多く。転出後、数年のK課長が報告にて議長室を訪ねていただいた。進む木材利用、区役所の正面玄関ロビーフロアの木材化を図ったと。

それはさぞ来庁者の評判も。それ以上に庁内の職務意識の向上効果が大きいそうで、化粧上達の意欲見せる受付嬢、呼び方がよくないナ、案内係に天井照明を約束すれば、当意即妙、下からのライトアップも...とせがまれた、なんて誇張が過ぎてはおらぬか。

飼い猫だからアポは秘書経由。上から目線は厳に慎むべしと申し伝えてあるのだけれども客人とて相手が本人ならぬ秘書とあらば。豹変ぶり見るに彼らこそ情報源。秘書も些か緊張気味な客人はかつての上司、第二庁舎五階(いわゆる議会局)に身を置かれていて以降の動向は注視していたのだけれどもこの春に異動され、異動後に所管事務の報告と議長室を訪ねていただいた。その器量あらば向かうに敵なく、まさに人事課泣かせとは対極か。

そんな当人の遍歴にそちらの管理職も含まれるとか。うちの運転手が在籍とあらば推して知るべし、フロア内にあって冷やかな視線浴びがちな「チョーカン」こと庁舎管理課。担任が担任ならば生徒とて負けてはおらず、そう言わしめる雰囲気がないかと言えば否定は出来ぬ。それを聞いた本人が「私はあなた方のママではない」とヤンチャな部下を一喝したとの逸話残るAママは今も運転手たちにも恐れられ...いや、慕われておるらしく。

ハラスメントに干渉拒まれがちな昨今に危惧する管理職の資質。その為の研修などと申しても四十過ぎれば性格変わらず、肝心なのは対人関係。人動かすに人を嫌っては役職務まらず。雲の上の存在ながらも廊下のすれ違いざまに「元気か」と場末の運転手にも気さく声をかけていた評判上々のH部長は昇進されて。

均質的な職場にあって個性派の指揮官たちの活躍に期待している。

(令和2年6月30日/2579回)

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2020年6月25日 (木)

川奈

部屋にこもって本ばかり読んでいたら体調が途端におかしくなってきた。階段の昇降運動に朝の散歩先は住まい近くの多摩川。でも、やはり「対岸」なんだそうで。御齢八十四歳、ノーベル賞受賞者の大村智さんの人柄が窺い知れる一文を文藝春秋の今月号に読んだ。

そこも本人の「こだわり」か、ただの仲間ならぬ「ゴルフ」仲間が多いと。土の中の微生物に有用な物質は無いか、と遠征時も小さな袋は忘れず。世紀の発明に結びついた微生物は名門ゴルフ場の近くで採取された土に住んでいたと。さすが名門。

正式名称は「マクロライド系抗生物質」というそうだけど、複数の作用を有することが特徴だそうで。寄生虫の駆除薬が期せずしてコロナウイルスにも、とか。人為的に意図されたものと違い、自然の中で生まれたマクロライド構造は「何に効く」とピンポイントの設計になっておらず。自然界の産物にてそれなりの安全性が担保された上でその多様な生物活性が救世主になり得るのではないかとの期待。

特化したワクチン開発が注目されるも今後の未知なる事態に備える上では直ちに使える薬を作らずと、長期的な視点から汎用性が高い抗ウイルス薬を模索することも必要ではないか。公衆衛生とて過ぎたるは及ばざるが如し、除菌剤や抗菌グッズの多用は微生物の耐性を弱らせるだけに日頃それなりに接することで免疫力を磨いておく重要性も説いておられ。

さて、議案の採決を終えて市議会の舞台は一般質問に。高津区の斎藤伸志氏の質問の中に若年がんに関するものがあった。三十七歳で脳腫瘍が見つかり、薬石効なく四十歳で鬼籍に入られた方の御遺族からの相談と。高齢者とあらば宣告されても進行遅く、往生遂げるは寿命と思しき適齢前後なれど、若年はまさに青天の霹靂、突然の宣告に動揺する家族、治療以上に病魔の勢い勝り、泣き崩れる御遺族の姿は見るに忍びず。本人の意思や善行とは無関係に降りかかる災い。

医療は国民皆保険で救われるも副次的に生じる介護等の福祉サービスはどうか。未成年であれば小児医療、四十歳以上であれば介護保険にて救済されるも制度の狭間に残された方々。年齢に及ばずと対象者はほんの数えるほどしかおらんのだからその位は大目に見ては...と思えど、負担と給付の切れぬ関係、負担なき給付に高き壁。その一例を以て保険料の負担年齢を下げる訳にも参らぬし。

いや、現行とて「全く」ない訳ではなく、病状の悪化を待って障害者手帳を取得し、障害者総合支援法の枠組みの中で支援を受けることは可能なれど、若年がんは容態の急激な悪化が特徴にて申請手続きが追い付かぬ現状。救済はそちらの制度の中で...と、突き放される事例には事欠かず、そんな時に限って大抵は「対岸」の制度のほうが「手厚」かったりもして。

制度に完璧なく、利用者の視点が不足しがちの制度設計の是正こそ国政に課せられた使命なれど、その狭間を補完する細やかな目配りの視点が自治体にあっても。若年がん患者の在宅療養を支援する動きが加速しているとか。やはり当事者に寄り添う姿勢は忘れてはならず。

(令和2年6月25日/2578回)

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2020年6月20日 (土)

金程

全七作品の紹介と十五年の活動の歩みを綴った記念誌「-わがまち川崎-市民劇の記録」が届いた。巻頭を飾るは代表の藤嶋とみ子さんの挨拶文。以下、続く寄稿文に市長あれど議長なく、そこに不服はないのだけれども定型文というか代筆と思しき文章も。私とて自ら手がけるはやぶさかならずも私個人というよりは肩書に寄せられる依頼だけに首挿げ替えても通ずるよう秘書が抜かりなく。

中でもひときわ目を惹くは観光協会会長の一文。本市が誇る日本民家園を舞台にした作品「日本民家園ものがたり」に触れて、本市初の重要文化財「金程の伊藤邸」が横浜三渓園へ移築されんとするに待ったをかけて市内に留めしは当時の県会議員だった自らの功績、との逸話が披露されており。そう、「金程」は「かなほど」と読むのだけれどもおらが区の地名の一つ。会長に言わせればそれは「市内の旧邸」ではなくて「金程の伊藤邸」でなくてはダメだったんだろうナ、と。

さて、堰切ったかの如く絶えぬ陳情。本人曰く二年ぶりの来訪だそうで。既に定年退職後の再雇用で十年以上、働き続けるOさんの辛口批評を聞いた。話題は例のマスク。不良品の混入は相手方の過失、過失である以上は無償交換となるべきもその後の検品に更なる八億円を払うなど官民の意識の乖離著しいと。

過去の詳しい経緯は知らねど明かな越境。所有地内の電柱の撤去求めど先方より困難との回答があったとか。土地の権利侵害を巡る応酬、不服なら訴訟に応じると譲らぬ相手に挽回の一手求むと依頼主。理不尽な仕打ちに市井の民が困っとるのだから助太刀致せ、と役所をせっついたものの民事不介入の一辺倒。が、ゼロ回答とあらば後でどんな仕打ちに遭うやもしれず、あくまでも御参考ですが...と重い口。道路拡幅など既に用地買収が済んでいても道路付属物、いわゆる電柱等の移設に日時、いや、年月を要すること往々にして役所以上に役所的にて融通が利かぬ、「手ごわい」と。

課税権有する官庁の権限は絶大にしてそんな税金が財源とあらば組織の肥大化に腐敗は必然。そこに監督役たるセンセイの存在意義があって。税金を搾取する側から払う側へと大転換を遂げた民営化もそこが競争なき市場とあらば手負いの虎が野に放たれるが如く。民営化は官の介入拒むに好都合、尚且つ、そちらの退職者の受入先とあれば逆の「恩」が生じる訳で従来の官営以上に...。

隣のK氏が昔話を教えてくれた。おらが区は市の片隅にて市役所行くにも乗り換えが必要。登戸駅にて小田急線から南武線に移る際に気づかされる官民格差。憮然とした駅員の対応は言わずもがな、一車両における扇風機の数の違い、足りぬというのに故障時など直す気配すらなかったとか。そんな著しい格差に不満抱くはK氏のみにあらず。当時、成城学園前に住んでおられた民俗学者の柳田國男氏の沿線散策はつとに有名なれど、「省線になつてしごとぶり最悪なり」とは当人の談だそうで。

省線とは省庁の支配下にある路線、つまりは国鉄の意。戦時下に国営化された南武線も元々は私鉄。市民劇七作品の中に「南武線誕生物語」が含まれる。舞台は見そびれてしまったが、本市とともに歩んだ九十年。それでも随分と快適になった。

(令和2年6月20日/2577回)

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2020年6月15日 (月)

骨付

依然と「テイクアウト」が好調と聞いた。本市も店舗への給付金とは別にその形態を支えるべく新たな補助制度を創設するとか。あくまでも個々の嗜好の話にて口挟む理由もないのだけれども、どれほどの高性能レンジとて「出来たて」にはかなわぬ、場所変える手間は億劫、と私も店内派の一人。何よりも過剰包装は地球環境によくない。「成功はゴミ箱の中に」って本があって、著者のレイ・クロックはかのマクドナルドの創業者、というか、その名を冠した兄弟から経営権を取得して脚光浴びた御仁なれど現職の大統領をして現代版クロックと陰口が囁かれているとか。

あの白いスーツの御老人の人生に興味が無かった訳ではないのだけれどもその味を知らぬは肩書が泣く、と言われぬもこの齢にして初めて「オリジナル・チキン」なるものを口にした。勿論「骨付」。今や多くのファンを魅了してやまぬ企業を創業したきっかけはサンダース・カフェが業績不振に喘ぎ、売却して借金を返済、無一文になった際に手にした月額一百五ドルの年金だったとか。詳しくは「六十五歳から世界的企業を興した伝説の男」との副題が添えられた「カーネル・サンダース」(藤本隆一著)にて。

閑話休題。さすがにマスクほどの遅達はないはずもモノがモノだけに。あれだけの騒動を目にすれば職員とて故意に遅らせようなどとの意識は生まれるはずもなく、些かの憐憫の情に駆られつつも下す指示はやはり「一日も早く」。迷走の末に「特定」「世帯」から「一律」「個人」への大転換。個人か世帯か、収入か所得か、その捕捉とて完璧はなく。

「特定」とするにそこに入るか否か、入らねば生じる嫉妬心。一寸、垣根を越えただけでビタ一文も貰えぬは不条理、問われる垣根の根拠に妥当性、背伸びしてでもそこに入らんとする執念は粉飾を生まぬとも限らず。ならばいっそ「一律」「個人」に給付したほうが煩わしさが省ける。それこそが判断ってもので。決断は瞬間なれど、それに伴う負担は少なからず。当初は「特定」とされた対象者の抽出に日夜追われし職員たちの涙ぐましい奮闘は徒労に終わるも「一律」とあらば垣根に関する問い合わせの心配なく、ひとまず安堵...でもなかった。

ネットを駆使すれば手間省ける上に早期の支給が可能。一刻も早くと踏み切りしオンライン申請にはマイナンバーカードが必須。新たな申請に暗証番号を失念された方々が区役所の窓口に殺到して混乱を招いたとか。その元帳は住民基本台帳、いわゆる「住基」ってやつなんだけど、住基といえば個人情報の壁に阻まれて未だ全員を網羅するに至らず、後の申請書の送付及び支給の確認の際の台帳は別物。つまりは優先権こそ付与されたものの、オンラインの申請を受けて別の台帳との突合は人海戦術にてそこに生ぜし膨大な事務負担。

全ての申請書の送付が完了したことに伴い、オンライン申請の停止を決定したとの報告を受けた。堰切るが如く初日に一万件を超える申請が寄せられて以降、累計五万件近く。急かした方とて申請日こそ早かれど実際に手にした日付はそれほどでも...。財源は国なれど支給を担うは地方自治体。目先しか見ぬ判断は後の悲劇を生みかねず。それぞれに負担と疲弊多き数ヶ月では無かったか。

(令和2年6月15日/2576回)

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2020年6月10日 (水)

民度

いわゆる「タワマン」は階層に比例して価格が変動するとか。ならば庁舎の最上階を占拠するは言わずと知れたあの面々、しからば議長室の眺望はさぞかし...。そう、確かに上位三階が割り当てられるも築五十年を超えた庁舎は低層の全七階、尚且つ、局長以下、監視役の職員と同階とあらば最上ならぬ最「下」。上下結ぶ昇降機は当時のままにて階下の職員選ぶは階段なれど五階となるとさすがに。

上階から急ぐ途中の停車は歓迎されざる客人にて中に向き合う不機嫌な顔。が、こちとてそんな不快な目に遭う位ならば待つも厭わず、室内カメラでも設置してイヤな奴がおれば「通過」ボタンを。そんな税の私物化は許されるはずもなく。いや、建設中の新庁舎に「痴漢防止」の名目にてどうか、との入れ知恵の主は...。懲りてないナ。

迫る原稿〆切。小姑は口を挟まぬに限る。議長とて特別扱いは許されず、後輩の命のままに分担を終えた。全一百三十六頁、四百字詰め原稿用紙にして六十七枚分の文字数。あくまでも個人ならぬ会派の質問にて各自が寄せた原稿を質問者が全員の前で一読。寄せられた意見をもとに正副団長が手を加えて完成となる運び。

手がけるは個人なれどそれが全員の目の下に晒されるというのがミソで他人様に「見られる」ことが力作を生む原動力。まぁ当人の意識がそこになければ無意味なのだけれども。更に申し上げれば自らの原稿がどう手直しされるか、そこがまた一つの学びの機会となる訳で。前段は資料から抜き出した上で「現状と今後の対応」を聞いておけばそれなりに仕上がるもやはり同調圧力に屈せぬ個性的な「作品」を生んでこそ。

「新たな概念は独自の解釈による齟齬の余地を残し、都合よく利用されることで生じる混乱は枚挙に暇がない」と格調高き冒頭で始まる作品、を投稿しておいたのだけれども幸か不幸か物言いがついた。異例の厳しさではないか、とY君。おい、そりゃ何か私の過去の仕事ぶりを否定するかの言いっぷりではないか。されど、こちとて些か過ぎた感は否めず、ただ、それとて独特のクセ含めて直してくれるはず、と期待したものの、一字一句の添削なく。役職に気を遣うタマにあらねば相手方の怠慢か、はたまた「呂氏春秋」並みの隙の無い作品だったか。

本場の微妙な意が伝わらぬ、そこに策士たる所以があるのだけれどもカタカナの多用は欧米信奉以上に自己防衛の処世術。それは誰の目にも明らかな「模倣」なのだけれども新たに添えられた二字に込められた意は凡人に知る由もなく。「アラート」なる語彙そのものに「警戒」の意は含まれるだけに注意報と警報の違い程度か、抱く違和感。自県の宣伝以上に相対的に隣県の知事の言動を浮かび上がらせる、そして、それこそがまさに相手の術中ではあるまいか、などと。

それが当人のいかなる評価を生むかは与り知らぬところなれど、所詮それが「民度」などとこちらに向くは放っておけぬ。そう、「民度」といえばあの御仁。自国を辱める自虐発言の数々に曲学阿世の徒が跋扈する巷において誇り高き国民性を鼓舞せんが如くのその発言に「うむ」と頷いた方も少なくないはずで。確かに上から目線ではあったかもしれぬが、そこまで排除せずとも...。

(令和2年6月10日/2575回)

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2020年6月 5日 (金)

縄文

封鎖か制限か、いづれにせよ来ぬで結構とあらば行かぬだけ。売り手市場の彼女たちの次なる候補地は本市自慢の多摩川とか。降り注ぐ陽光の下、日焼け愉しむ水着美女が河川敷に出没、「求めず」と前席の運転手に聞いた。川こそ境、対岸の東京都側ってのは些か腑に落ちぬも往復三十数キロとあらば射程圏内。およそ物事の動機は不純なもの也。

さて、開閉に混乱招いた昨年の教訓を踏まえて下水ゲートの対応を終えた、との報告を受けた。進む台風への備え。通勤時に車窓から見える対岸の土嚢などは本市の本工事に匹敵する規模感を有するものでそれが暫定とは財源の格差を如実に物語る一例と、確かにそれに近きことを副議長の口から聞いた。

通勤時とて注意怠らぬ意識の高さこそ見上げたものなれど、こちら側の沿線道路は堤防よりも一段低く対岸など見えぬはず。尚且つ、公共工事の土嚢の優劣に被害の大小が左右されるとあっては放っておけぬ。そもそもにそこで折り返すとは不純が過ぎる、ならば少し先の橋を渡って本市側を復路に選べば一挙両得、バカか。

対岸に目立つ堤防の復旧。二子玉川周辺に残る爪痕。確かにそこならば二子橋に向けて沿道が顔を出すだけに対岸を見渡せる、言わんとするはここだナ。復旧を目指すはグランドも同じ、草刈りに汗流すボランティアを眼下に走る堤防上のコース。未舗装が目立つ対岸に比べて本市のほうが格段に走りやすく。水着の美女が選びしは対岸なれどランナー選ぶはやはり...向こう側だったりもして。

外敵への備え、といえどあれだけのものを民に作らせるは歴史に悪名刻む暴君か、後世の憂い除きし名君か。万里の長城築きしは始皇帝なれど全土統一前の話。秦の国門「函谷関」の常軌を逸する城壁の高さに恐れ慄く連合軍、のシーンで放映中断。

群雄割拠、合従連衡の由来となりし春秋戦国時代を描いた漫画「キングダム」。あれは漫画だから描けるのであって実写版など語るに足りぬと見下していたのだけれどもこれがどうして。昨年の興行収入が第一位、続編の決定が話題になるのも頷ける。CG効果か往年のカンフー映画も顔負けの映像に見入ってしまった。

縄文時代にあれだけの文化とは信じがたい、と妻。いや、確かに紀元前の話なれど、それ即ち「縄文」時代との認識は...。縄文ならぬ弥生時代、とは申せ弥生時代は数世紀。登呂遺跡は紀元「後」一世紀の頃だからそこから三百年も前にあれだけ栄えるとは侮れぬ。一字千金で有名な呂氏春秋の編纂もこの頃にて。

かのサミュエル・ハンチントン氏の分析に従えばそもそもに文明の生い立ちが違えど少なからぬ影響を受けたのは事実。それを盲従せずに咀嚼して進化させてきたところこそ我が国の叡智な訳で。他に比類なき言語文化を育む端緒となりし万葉仮名はその一つ。「比佐加多能」が一例。

どことなく抱く親近感とて武力弾圧や領海侵犯の免罪符とはなりえず。捏造か隠蔽か、コロナ発祥を巡る両国の応酬に深まる対立。発信主のみならず報道側の恣意的な偏向も絡み。情報操作の可能性がない、とは「双方」言いきれず。混迷の世界情勢の行方やいかに。

(令和2年6月5日/2574回)

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