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2020年5月

2020年5月30日 (土)

個室

大型連休とあらば尚更のこと、さぞ落胆しとるに違いない、と地元のレンタカー店を営むYさん訪ねれば閑古鳥どころか...。宿泊避けてか日帰りが大半を占める、と聞いて、紛らわしき「警察」語るそちらの活躍もさもありなんと。光る監視の目、執念にも近いその目は本物以上か。行為の違法性以上に抜け駆けは不謹慎との情が勝り、批判の的が退職金とあらば些か...。鈍感さ、というか巷の風潮に阿らぬ胆力、誘い拒まぬ友がいるならば...やめておこう。

人目憚るに多摩川ならぬ鶴見川。帽子にサングラス、マスク代用の下半分を隠す流行具を着用すれば顔全体が覆われる。酸素不足に救急車で緊急搬送、それが本市ならぬ隣市内とあれば批判どころか笑いもの。さりとて、宣言解除が間近とあらば...。紫外線は有効などと勝手に信じて無防備のまま新緑を満喫しておれば、行き交う相手は依然と覆面多く、見えぬ表情に貫かれる無言。その途中に「あっ」と相手。隣市にてバレるとは私も顔が広いナ。久々の再会は走遊仲間の二人。視覚障碍者の方の伴走だそうで。

さて、「未来イノベーションに投資をしよう」(日本経済新聞出版)なる本を読んだ。働けど昇給なき職場にひと儲け狙うもんでもないのだけれども言わずと巻頭に「本書は投資勧誘を目的として作成されたものではなく、将来の投資成果を保証するものではありません。銘柄の選択、投資に関する最終的な決定は御自身の判断で行って下さい」と小さな字。

コロナ関連の本市の緊急経済対策を巡る常任委員会における質疑。中小企業へのテレワークの導入促進としてコンサル含む設備費の一部助成が含まれるのだけれども国の支援メニューとの重複は混乱の元凶にて整理すべし云々と、まさに。同意するところ大なれど更に申し上げれば「ある以上は」の前提が付く訳で。そもそもに在宅勤務の有用性など平時においては企業形態に負う面が大にして本当に必要か否かが検証されず、惰性的に続けられては役所の証拠作りと見られても。制度は一日にしてならず、時間差はやむなしにせよ、あくまでも「暫定」なのだから以降は廃止もしくはそれに代わる理由が示されねば。

横浜市などは新庁舎が完成、原資は血税にて宣伝は逆効果、に見えなくもないのだけれども明かされる議員の控室は個室、というか「半」個室。対する本市などは大部屋と既に図面に落とされていて生ぜし嫉妬心。個室派に謀反というか巻き返しの動き。そりゃ密談を想定するからそうなるだけの話で、「私なんぞは閉所恐怖症とはいわぬも人との接触が断たれては鬱病になりかねぬ」と反論すれば隣のN君が間髪に口を挟んだ。「最も可能性が低い」と。おい、こう見えても繊細なのだぞ。

そう、「ワーク・ライフ・バランス」や「働き方改革」を名目に進むテレワークによる在宅勤務やテレビ会議。前掲の著書では最新の動向を調査した上で、まさに私の言わんとする持論を代弁するかの如き所見が述べられていて。さすが、わが同級生、というか当時の成績は私のほうが...と自慢したかっただけの話にて。

(令和2年5月30日/2573回)

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2020年5月25日 (月)

訳者

政敵攻むるは「遅い」「甘い」「足りぬ」の三語で十分。在籍そちらゆえ贔屓目に見がちなのだけれども「恣意的な人事が行われかねぬ」-「恣意なき人事がどこにある」、「今やらずとも」-「やらぬ理由とてないはず」と浮かぶ屁理屈。騒ぐに罪人ならぬ芸人とは売名行為か興行中止のあてつけか。断念した直後の特ダネ報道。定年延長は何も検察のみならず、いわゆる「束ね」を成立させる必要はない、との判断も目前に浮かぶ火の粉が見えれば深追いせずに...は勝手な憶測。相手方とて転覆狙う以上はそこにかこつけた陰謀とて否定できず。猫噛む窮鼠、断念に損するは政権以上に...。巷に不自然少なくなく。

こちらもひとまず臨時会を終えた。「足りぬ」との追及に頑として譲歩見せぬ市側。勝手にいじって承認、その手法を「動議」というのだけれどもいじると申しても「足りる」ことなく。付されし条件は「速やかに更なる追加支援を講ずべし」と。そう、売上減少店舗への直接給付の話。採決終えた昼食時に秘書から入る連絡。午後に市長が面会を希望と。はて、追及でも厳しすぎたか、いや、んなことで怯む相手でもなく。

聞かば「附帯決議を重く受け止め、追加支援を決断した」と。時系列上は議会側の意向を汲んだ、斟酌した上で更なる対策を講じるという申し分なき結末のはずも渦巻く憤懣。採決「直」後における電光石火の公表は不自然。一日前の常任委員会の質疑とて追加の必要性を求めた質問に「予定はない」と金庫番の局長が断言していたではないか、隠すとは卑怯、議会軽視も甚だしい、というのがそちらの言い分らしく。

まぁ勘ぐればそうかもしれぬが、そこに物的証拠なく、徹夜の可能性とてゼロではあるまいに...。一夜にしては上出来も用意周到とまではいかず、詳細な制度設計や財源等を付して議案とするには些か尚早。まぁこちら側の面目も立ったし、十分ならずと及第点位は与えても良さそうなもんなれど「甘い」と相手。それを咎めぬ議長とて「同罪」とまでは言われぬまでも注がれる冷ややかな視線。叩かれてなんぼ、箴言に耳塞いでは成長せぬものにて屈指の論客の皆様には随分と議長室におでましをいただいた。

そう、んな時は悩まず趣味に没頭するが利口。短編を漁る、と申しても文庫一冊は少なからぬ分量。翌日には次を探さねばならず。そんな折、海外在住の妹よりメールが届いた。パール・バックの「大地」を読むべしと。中国を舞台に描かれし壮大な作品なれど、「女工哀史」以上の凄惨な生活実態の描写が国の恥部を晒しかねぬと波紋広げし一冊もそれを補って余りある内容。名著とあらば数多くの訳者がそれに挑んどるのだけど私が手にした一冊は新潮文庫のもの。およそ海外モノは行間の狭さと字の異様な小ささ、違和感ある邦訳に挫折しがちなれどこちらは秀逸。

明治の文豪、漱石に鴎外の割れる海外評価は文化的な違いも然りながら翻訳に負う面とて、とは勝手な解釈。読者諸賢はいかが思われるか。

(令和2年5月25日/2572回)

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2020年5月20日 (水)

身銭

豪州大陸が発見されるまでは旧世界の住人は白鳥を白いと信じて疑わなかったとか。辛辣な批評がウリの著者は「ブラック・スワン」以来のちょっとした贔屓。原題こそ見過ごしてしまったものの最新刊の題名はズバリ「身銭を切れ」。本中に多数決ならぬ「少」数決原理なるものがあった。こんな御時世とあらば少数といえど声がデカいヤツが...なんて。

客席の間引こそやむなしも勘定場の透明幕に受銭皿はどうも落ち着かず。天下の回りもの、人の手を介すは不衛生、たった百円ぽっちの買物で、といわれればそうかもしれんが、大事な銭の受け渡し位は謝辞を示したいもの。客が拒まばまだしも拒まぬ客に店が拒むは...。老舗百貨店の営業再開とて「翔んで埼玉」の隠れ埼玉県人を割り出す監視カメラぢゃあるまいに、客を並ばせて線量計で測るは...。私ならば二度と来ぬと憤慨しそうなもんなれどやはり大枚はたく御大尽様とあらばそれっぽっちのことでは腹立てんのかもナ。

患者数の少なさは検査数の制限が原因、少なく見せたい陰謀だ。との声を受けてか本市でも医師会に委託して検査の拡大を図ると。こと大型連休あたりからゼロも目立つだけに。いや、あればあったでないよりマシ、従来よりそこを担っていただいた医療機関には検査の負担が減れば受入に専念が出来るとも。

あくまでも氷山の一角、そんなに少ないはずはない、との「当時」の風潮に担当が奔走してようやく整いし体制も薄れる切迫感。時間要するに特段の怠慢なかったはずも。やった以上は、などとヘンな気が起きぬことを祈るばかり。そう、あのマスクとて「当時」であれば...。タイムラグ、というか時間差とは厄介なもの也。

閑話休題。巻頭のグラビア「日本の顔」が話題の人物とあらば買わぬ理由なく。文藝春秋の今月号に名門私立の校長先生の寄稿を見かけた。休校に対する独自の教育論を述べておられるのだけれども現行の批判しか出来ぬ教育評論家とは比較にならぬ。「オンライン」とて知識の会得は可能なれど机並べし隣の生徒から学ぶこと「も」少なくなく。優越感や劣等感、友情に恋愛こそ人を成長させる原動力。蛍雪の功が実を結ぶには温室じゃあダメなんだよナ。

一人一台端末の実現を年度内に前倒し、と今回の緊急経済対策に見かけた。国を挙げて推進されるGIGAスクール構想。従来の予算額に上乗せすれば確かに景気刺激の効果はあるんだろうけど、今回などは行きたくとも行けぬ。人との接触を断たれた状況下においていかに学習指導要領の目標に到達させるか、遠隔授業へのニーズとて少なからずも全ての家庭が適応しているとは限らず。前倒しと申しても当初の構想には「遠隔」含まれておらず、「後出し」の必要性こそ否定せぬもそれを狙いし火事場泥棒とて居らぬとは限らず。

カタカナ踊る現場に「教育が経済の奴隷になっているように思えてならぬ」と警鐘鳴らす校長先生。そう、休校を機に今一度、本質を見直してみては...と申しても再開まで秒読み。校庭に子供たちの笑顔と元気な声が戻る日々が待ち遠しい。

(令和2年5月20日/2571回)

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2020年5月15日 (金)

商人

「生かすも殺すもおぬし次第」は時代劇の常套句。現代風「戦争か平和かは相手次第」で有名な敵の出方論は善人を演じつつ、都合の悪い判断を避ける戦術の一つにて後出しジャンケンならば...。

オレがかねて主張してきたことが実現とか、あそこの道路はオレが広げた、ってカッコいいか。目の肥えた有権者が相手とあらば逆効果になりはしまいかと。余計な御世話だナ。可否いづれも反響招く以上は言わぬが花、沈黙を貫くが賢い選択、訊くだけ野暮ってもんなれど最近なんぞは聞かれる前に「貰わぬ」などと自慢げに。ということで今日はそんな「給付金」含む経済対策の話。

総額8千億円の予算規模に対して、1千8百億円とあらば異例の度合いが見て取れる。その大半を占めるは一律十万円の給付金。が、それ以外にも少額ながら子育て世帯やひとり親世帯への特別な支給と目配せ欠かしておらんのだけれども注目は「川崎じもと応援券」。利用者に選択の機会を付与するとともに、市が上乗せを図ることで更なる消費需要を喚起し、直接給付以上の経済効果を生み出そうとする狙い。そんな応援券も利用者に買って貰わねば無意味。「最低でも市内」は言わずもがな、対象店舗を絞らば勝手の悪さに繋がりかねず。

が、その前に体力が続かぬ、寿命尽きては役に立たぬ。市が上乗せるは応援券ならぬ県が店舗に支給する協力金ではないか、との声。世に一律の給付すら拒む御仁がいる位だから施しを受けずと規制さえ外して貰わばあとは勝手に、商人たるもの稼いでなんぼ、との矜持有する方とて...いるかナ。追随せねば米騒動でも起こされかねず、「配る」と申してみたものの、川一つ隔てただけで五分の一では。

新型コロナ対応に銘打った国の交付金は総額一兆円。それを都道府県と市町村が折半。交付金のほぼ大半をそこに投入すれど埋まらぬ「著しい」格差。都は更なる「独自」財源を投入するも川の手前は無い袖振れぬと矛先向けられる県下の市町村。要請は県で行われた以上はそちらの責任で...となるべきも巷の惨状見れば見捨てておけず。前述の応援券とて財源は「全額」「国」の交付金。市単独の財源措置を講じぬはなぜか。

年度途中とあらば既に余剰なき予算。国の財源捻出は赤字国債。が、地方債には「特例」債は認められておらず。本市への交付見込みは四十二億円。それが、想定を遥かに下回る二十一億円しか入らぬと。突然の宣告に「はっきり言って、なんだこれはという少なさだ」との市長の発言が掲載された記事を見かけた。覆水盆に返らず、支給元だけに相手が悪く。

予算書に記されしは当初の額を前提とした歳出。実際は足りぬ歳入をそのままに歳出を認めてくれなんて虫のいい話はあるか。本来であれば財源の裏付けを明確にするか、身の丈に合った歳出にするか。「入るを量りて出づるを為す」が財政のイロハのイ。足りぬ財源への対応聞かば予備費からの流用云々と並ぶ御託。何とかするってそんな埋蔵金があるなら直接給付だって...。

「認めぬ」と付き戻すが本来なれど一律十万円の支給遅れては袋叩きに遭いかねず。常任委員会に戻れば付与される質問権も立場上は慎むべしとの不文律。犯して「二度目はあり得ぬ」と苦言を呈した。

(令和2年5月15日/2570回)

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2020年5月10日 (日)

漁村

禁欲続かば募る鬱憤、コロナ離婚とは言い得て妙、別離に到らずと心平穏ならぬはどこも同じか。帰路の車中に落選流浪のH氏より着信があった。「おい、議長、市井の民の生活が見えとるか」と。「んなもの余計な御世話ってもんで。目下、職業不詳の貴殿に言われずとちゃんと巷は歩いて...」と反論せぬは大人の証か同期の好か。

私の選出区が麻生区ならばH氏は川崎区。言わずと知れた本市の屋台骨。客来てなんぼの世界、厨房こそ生き甲斐なれど働くに働けぬ店主の悲鳴。が、何も不自由は店側のみにあらず。客側とて店を探すにひと苦労、テイクアウトなどといわれてもやはり店内に勝るものなく。「まぁいづれメシでも一緒に...」と申し上げれば、「いや、店で偶然会ったことにすれば...」と相手。

透ける意図に翌日の昼メシなら、と伝えたはずも待てど連絡なく。当人がわが裏庭が如き顔をしとる川崎区中島を歩いた。市立病院の入院中には湯治などと称して銭湯「中島湯」はじめ界隈に毎晩が如く出没しておったのだからH氏に案内されずと勝手は知っとる。名ばかりとは申せ、一応は川崎「市」の議長ですゆえ。そう、「なかやま」の日替わりランチが旨かったナ。

今ではデカい顔をしとるけど、あのへんなど元々は漁村にすぎぬ。江戸に遠からず近すぎず適度な地だったって話でそれに比べれば...と続く。かねて目を惹いていた「横浜大戦争」(蜂須賀敬明著)を読んだ。ハマの大神様の指示で市内各区の土地神が争う設定なのだけれどもその土地の魅力を連想させる役柄に各区の特徴が窺い知れて。

大洋ホエールズのシャツに便所サンダルのいでたち、どんな悪球もホームランにする魔法のバット「硬球必打」を神器とするは主人公の保土ケ谷の神。今や人気のベイエリアとて元は漁村、やはり街道筋の宿場町こそ、との矜持は忘れがたく。「翔んで埼玉」が好評を博した一つに自虐的であれ土地の隠れた魅力が上手く視聴者の心を捉えた一面はあるはずでやはり御当地モノってのは面白い。

あの宣言以降、目立つ知事の言動。国から権限も付与されたとあらば自ず鼻息荒くも明暗どうか。依然とそちらの話題一色にて注目が薄れがちなれど、今夏の公表に向けて県による土砂災害特別警戒区域、いわゆる危険な崖地の指定が進む。予め危険性を伝えておくことは災害時に有効との善意らしいのだけれどもそれで終わらぬが巷。煽られる恐怖に募る不安、こじれる隣との関係。指定された以上は何らかの対策を講じてもらわねば...となるも土地の所有は県ならず。

「土砂災害警戒区域」と「土砂災害特別警戒区域」、漢字表記は見分けつきにくくも色に直せば「黄」と「赤」だそうで、レッドゾーンなどともなれば以降は一部の建築制限のみならず地価の下落は避けられず、売るにも売れぬ。買い人が予め知るは損ならずと売り手は逆。そんな地権者の許可なく塗られた地図見るは「市」が発行する土砂災害ハザードマップ。となると苦情の窓口は...。

口挟みしは「県」なれど後始末は「市」、との理不尽な仕組みは少なからず。最近もどこかで見たナ、そんな話。

(令和2年5月10日/2569回)

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2020年5月 5日 (火)

所長

目立たねば人の目にとまらぬ、騒いだもの勝ちと公共の電波を利用してのアジ演説は聞くに堪えぬ。玉石混淆の中にあって今日はホンモノ...と思しき御仁の話。

専門が専門にてその露出を喜んではおれんのだけれども、週刊新潮に「われわれは感染症の専門家ですので自粛をしないと医学的にこういうことが起きる、ということは提言できますが、経済面への影響や解決策は専門外なので、支援が必要だという提言に留まります」と見かけた。

目下、本市が誇る「所長」が多方面で活躍中。まぁこんなことでも無ければ疎遠な管理職の一人として退職を見送っていたはずなのだけれども政府の専門家会議委員に抜擢されたばかりか寄稿の依頼も多いとか。出演の魂胆が透けて見える御仁と違い、はや数年前には表舞台からの隠居を決め込んでたってんだから今さらにひと旗あげる野心など露ほどにも無く媚びず自由奔放に。本市を冠した肩書は宣伝効果抜群、いい人材を抱えておるではないかとの声。

事の経緯を申し上げれば、遡ること数年前、従来の衛生研究所を閉鎖して本市が新たな研究所を創設、その目的は「感染症対策や食の安全・安心、医薬品対策等」とまさに今日を予見したかの如き答弁が残り、そこの初代所長に招聘されたのが当人。渦中の国際機関にも在籍されておられた経歴を有し、国立感染症研究所感染症情報センター長として定年を迎えんとする同氏に幸か不幸か白羽の矢。そのまま退官の予定も「たまたま」声をかけられた縁で...と本人。縁とは不思議なもんですナ。

勝利宣言に沸く国を模範とすべし、検査の適用範囲を拡大、んな手間をかけずと手軽な簡易キットを広く普及させ...と申してもその時点の白黒であってその後のシロを保障するものでもなく。医学的見地からの精度とてどうか。尚且つ、陽性者の情報をいち早く察知して本人の行動経路を元にスマホにて警戒を促す、って筒抜けの監視社会とあらば代償は小からず。都市封鎖とてカミュの「ペスト」が如くウイルスが息絶えるまで長期戦、いや、特効薬が開発されるまでの時間稼ぎ、としても見えぬ先行き。

国内を封じ込めたと申しても鎖国で国が成り立つか。北の大地とて一時の賞賛を集めし隔離宣言も今や第二波などと手こずっておられる訳で。とするとやはり目指すは集団免疫の確立。ここ数日の本市の数字見れば院内感染と接触歴アリがほぼ全てを占め、経路不明、いわゆる「市中」はゼロに近く。施設の警戒は緩めずと市中は青信号...いや、それはさすがに拙速にしても経済面を見れば「完全」隔離の赤信号ならずと三密「注意」の黄信号位はどうか。

規律厳しいほど違反者に対する怨念は深い、と最近の一冊に見かけた。執刀即縫合の荒療治とは対極のジワリ効く漢方薬こそ東洋医学の真髄。中途半端と揶揄されようとも程々の警戒心こそ。不要不急かの尋問への返答やいかに。春日和、多摩川を散歩する方々を車窓に眺めつつ、自然と集団免疫が広く育まれておりはしまいかと。

そう、話題の所長。何もそちらばかりでなく、ちゃんと本市でも辣腕を振るっておられ。本人が手がけたと思しき以下の文章に人柄が見てとれる。

http://www.city.kawasaki.jp/170/page/0000101200.html

(令和2年5月5日/2568回)

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