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2020年4月

2020年4月30日 (木)

和睦

モックンこと俳優の本木雅弘さん演じる斎藤山城守利政、いわゆる「道三」がカッコいい。定評ある演技力がその台詞をより印象付けて。一介の油売りから身を起して美濃一国を統治せし実力は「マムシ」の異名が物語る。娘婿とは申せ、信長と手を結ばば圧倒的な勢力を有する今川勢を敵に回すことになりかねぬと騒ぐ国衆。大うつけと評判の若殿にいづれひれ伏す時が来るやもしれぬと諭す父に任せておけぬと家督を迫る義龍。和睦を結ぶ相手が違うと言わんばかりの包囲網は何もそこに限らず。

質問権を制限するものではない、あくまでも医療崩壊を防ぐ為の暫定的な措置に過ぎぬ、と弁明したものの、これっぽっちの返答に十日を有するは納得いかぬ、と相手。全戸配布への不良品の混入が如く小さな綻びが相手に機会を与えかねず、そんな時ほど細心の注意を払わねばならんのだけど。侮れぬ蟻の一穴。そもそもに敵の軍門に下るが如き決断、というか安易な妥協が間違いの元、募る鬱憤に叩かれる陰口は四面楚歌の道三が如く...どうする十兵衛。こりゃもう完全に洗脳されとるナ。

拡大を阻止せねばならぬ、そんな意識は煽らずと既に浸透十分。が、異端児はいるもの、根絶せねばの執念は分からんでもないけれども規律通さば自由が通らず。自粛疲れはまだ早いとのもう一押しは泣きっ面に蜂、加減を見誤ればむしろ怨念となって降りかからぬとも限らず。そこまでせねばならぬ規範を憂いつつも、利用禁止の貼り紙ならぬ巻かれし黄色いテープ。が、それ以上に咲かねば来ぬに違いないとつぼみ落とすはさすがに。諸侯に宛てた私の通達とてそこまで厳しくは...。

医療従事者への賛辞が絶えず、広がりし寄付募る支援の輪。それこそ善意の発露にて外野がとやかく言う資格などないと知りつつ当時それだけの国民的運動があっただろうか、と顧みずにはおられず。東日本大震災において自衛隊の活躍こそ殊勲一等と信じて疑わぬもその差異や何か見えぬ力でも...。運ばれてくる患者に向き合わねばならぬと危険を顧みぬ高い倫理観こそ国の宝。一方で崩壊の前兆とされるたらい回し、拒否の理由は「手一杯」のみか。

そのへん知るに十把一絡げに「善」とするは些か尚早ではなかろうか。医者の言うことは絶対に正しい、との盲目的な追従、またはそれに近き風潮が形成されるは当人の為にもならず。慢心こそ敵也。私自身もその軽妙なエッセイのファンの一人なのだけれども医師の里見先生も「医学の勝利が国家を滅ぼす」等々とその著書名に世を戒めておられる訳で。

むしろ彼らに些かも劣らぬ働きをするは清掃員。日々扱うは店頭の商品ならぬゴミだからね。これぞまさに生活必需で休みなしな上に防護服って訳には参らず。外食減れば自ずから家庭ゴミの量も。ここぞと自らの働きを誇示するものでもなく淡々と作業をこなすその姿こそファイター...否、賞賛に値せぬか。事態が落ち着いたら存分にメシでも...。などと記して後日に請求書が届かんことを願っている。

(令和2年4月30日/2567回)

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2020年4月25日 (土)

新車

作者不詳の摘録に「何百年に一度という災害に備えるには常にどういうバランスでやるのか(との視点が大事)」と見かけた。発言の主は記者に囲まれた市長。あの惨劇を繰り返さぬ為にも備え万全に、との趣旨は分からんでもないけれどもそこに「ゼロ」の保障なく。古来兵法三十六計、逃げるに如かずこそ極意にて城塞都市を築く位ならば...。前代未聞の防潮堤の必要性やいかに。ということで、風光明媚な景観こそ損ねぬにせよ本市において投資はどこまで必要か。

二度の不調に三度目の正直、というか仕切り直しの一番にて落札者が付いた。不当廉売には該当するか否かの調査が済んだゆえに承認を、と催されし臨時会には新庁舎を巡る議案以外に昨年の台風被害に伴う検証の最終報告が含まれる。全八百頁にも及ぶ長大な報告書の全てとは言わぬまでも被害に遭われた皆様方の声を含む市民意見の冊子は全頁を拝読させていただいた。

一連の検証における焦点の一つは排水樋管のゲート操作。ゲート閉鎖に時間を要したことが被害拡大を招いたのではないか、そこに市の瑕疵は無かったか。第三者の専門家を含む検証では、当日の操作は手順通りに行われていたものの、その過程の中で「何らかの異物がゲートに混入した可能性が高い」と結論づけられ。仮にそれが不可抗力であったとしても本来は作動すべきものが作動しなかった、より正確を期さば「正常に」作動しなかったって話だからその結論に涼しい顔をしていられるものでもなく。

新たな対応の一つとして浸水の被害を軽減させることを目的に排水ポンプ車を購入するとあった。手元の仕様書を見るにバケツリレーに勝る抜群の性能、と理屈では分かるのだけれども大型車両とあらば制約多く、狭い路地には不向きな上に配備箇所とて限られる。現地までの経路に抜かりはないか、仮に目的地に辿り着いたとしてもホースが足りぬ、いや、それ以上に放水先は川と申しても既に氾濫しとるのだからそちらの水位とて推して知るべし。

災害時の備蓄あれど倉庫の鍵なき事例は世に少なからず、よもや運転手が居らぬなんてことは...。そのへんがとんと目に浮かばぬ。実際の現場を目で見ればストンと落ちるのだろうけど、そんな機会なく杞憂に近い意地悪な質問を重ねてしまった。何も無駄とは言わぬ、好機とばかり受注を狙う業者の意図や何らかの対策を講じねばならぬ担当者の置かれた立場まで否定せぬも願わくば「やる」以上は過去の教訓が生かされるものを。

それが仮に自らの新車購入であればどうか。他社と比較の上、入念に吟味を重ね、一円でも安くと知恵を絞り、最後は恐妻を必死で説得して...となるはず(「恐」は余計か)で、そこに他人の財布、いわゆる公金としての甘えはないか。特殊車両とあらば企業間の競争原理が働きにくいばかりか、量産かなわぬだけに価格とて安からず。それでいて年に何度も出動するものではないのだから本市が直接に保有せずと委託や広域行政による共同利用等は検討されたのか等々。会派代表者の質疑を終えた。

(令和2年4月25日/2566回)

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2020年4月20日 (月)

車座

意思決定に必要、というか正確には必要な「要員」とのことらしく。それが議場内における隣との間隔であったり、陽性者が発生した際の対応をどうするか、と。理詰めの将棋ぢゃあるまいに先を読むと申しても科学的な根拠なく、割れる互いの言い分。賽の目以上の想定数にゼロリスクはありえぬのだから後は出たとこ勝負、そう申さぬまでもそれで納得出来ねば休めばいいだけの話。何らそれを咎めるものでもなく。非常事態にかこつけて無理が通らば道理は引っ込みかねず。

生徒なき校舎に教師は必要か。悶々とした日々も上の命とあらば従わざるを得ず。学ぶ機会は取り戻せるが、命は取り戻せぬ、と迫られれば命あっての学ぶ機会と誰しもがそう思う。ならば、人の命は地球よりも重いと凶悪犯を釈放するはどうか。一人の命救う為に複数の犠牲を生む悲劇を何とする。急がれるワクチン開発、臨床試験を省かば市場投入の前倒しは可能。いや、入念に臨床を重ねたとしても確率はゼロにはならぬ、となると今の状況に照らして副作用と致死率の天秤で果たしてどうか。そりゃ保護者の懸念とて分かる。行かぬ自由を認めるならば行く自由とて尊重されるべきではないか。言うまでもなく「教育」「勤労」「納税」は国民の義務にて。

子供たちの学ぶ意欲を汲む、いや、それ以上にそうせざるを得ない保護者の都合だったにせよ学ぶ機会の提供こそが使命。補完どころか休校の分まで、と抵抗を続けてきた学習塾にも降りかかる休業要請。が、それすらも克服せんとメールにて配布される課題プリントに遠隔授業。いかに困難な局面においても生徒の為に八方手を尽くす塾講師の熱意は公立の教師に勝るとも劣らず。見えぬ再開に失いし機会をいかに取り戻すか、休校の代償とて決して小さからず。

接触を避けることを理由に「遠隔」が流行とか。どこぞの市長とて膝突き合わせての「車座」を推進しとる訳で、鍋は囲んでつつくもの、酒は古来より酌み交わすものにて画面に乾杯など昭和の人間には出来ぬ。「降る雪や明治は遠くなりにけり」(中村草田男)の心境か。言わずといづれもこの間は禁物にて。そういえば数日前なんぞは本市においてもソレを発動せざるを得ない局面を迎えたとかで上層部が報告に来られて。さすがに予防接種とは間違えぬも適訳は「業務継続計画」というのだそうで、接触を避ける為に市役所も間引き操業へ移行させるとか。

時に常勤を何割減らした勤務体制を実現などと誇らしげに語られるも不在とて給与は支払われとるから、さもそれで費用が削減されるかの如く捉えるは愚。あくまでも非常時の「特別」とはいえど、それで特段の支障が生じねば以降もそれで十分となりかねず。迫りくる脅威、中でもアルファベット、「AI」とか「BCP」とか自然界でも外来種ってのは繁殖力が旺盛だからナ。押し寄せる時代の波に逆らわずとそんな時こそ目の前の画面に浮かれておらんで次なる時代における自らの存在意義なるものに想いを巡らせてみてはどうか。

不況とあらば向けられる矛先は公務員、中でも行革の標的に最も近き職種にて常に周囲への気配りを欠かさず低姿勢を貫くべし、と朝の運転席に説いてみたものの、運転手以上に御身のほうが危ういかもしれぬ。

(令和2年4月20日/2565回)

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2020年4月15日 (水)

暮改

暫くの辛抱といえど「先」見えぬ不安は介護に同じ。霧晴れぬ陰鬱な日々に好材料を探していて。楽観的な見通しが立てど陰ならともかく公言は出来ず。的中に賛辞少なく、ハズレれば袋叩きが関の山にて閉口が利口。逆の命題は成り立つが故に...と週刊誌に見かけた。いわゆる「人」に言えぬ恐怖。そして、「敵」見えぬは人の内面も同じ、リーマン以上の恐慌の到来に疫病よりも生活上の窮状を理由に床に臥せるが深刻な事態を招きやしまいかと。

浮沈は世の常、休業補償は求めずと再開までの雨露しのぎ、好転すれば返済するゆえ融資を何とかとの声は少なくなく。予約制と申しても繋がらぬ電話に募る苛立ち。職員録に掲載されし氏名は所長一人のみにて足りぬ人手によもや窓口は戦場と化しておらぬか。帰り際に立ち寄らば部屋内に人の気配も応答なく。時間外だからナ。いや、何も当事者に限らず目撃者は建物内におる訳で日々の混雑ぶりに待ち人の様子等々を事情聴取の上、帰路についた。

接触の八割を絶たば短期間に下降線を描く、と。慣れぬ休日、読書位しか娯楽なく、週末はカミュの「ペスト」に学んだ。未曽有の事態に翻弄される人々の描写は様々な示唆を与えてくれる。世界的なベストセラーとあらばその情景が脳裏よぎるは必定にて都市封鎖なる聞き慣れぬ語彙が叫ばれたのもこちらに端緒の一つがあるのではないかと。

高きから低きに流れる水が如く抗わずと流されるが自然の理。それを理由に自粛を選ぶは容易なれど人に会うが仕事、来る者拒まず、よもやそれしか取り柄はないのではないか。いや、何とも結構なことで。欧米に比べて我が国は...との批判的な言動目立つ巷。現在の置かれた状況はどこぞに酷似しており、悲劇まもなく...と、随分前から聞いている気がしないでもなく。当初、水際の不手際が深刻化を招いたなどと批判を浴びるも、その後の経過見るに他国ほどの状況に陥っておらぬは例の予防注射の予期せぬ効能...いや、やはり最前線にて患者に向き合う医療従事者はじめ関係者に負う面が大。

強制力を伴わぬと申しても過去の戦時下の教訓を踏まえての結果であるし、罰則あらずと顕著な効果見られるは従順な国民性に自己防衛の意識が浸透しとる証左ではなかろうか。優先されるべきは重篤者にてそこに限られた資源を投下するに異を挟まぬも無症状者及び軽症者とて「同じ」陽性に変わりなく、その捕捉を怠っては責任問われかねず。「症状の割に...」と思わぬ面はないこともないながら対象者数の大幅増に保健所の人員体制を心配してみるも立ちはだかるは自粛の壁。誰だ、こんな通達を下したヤツは...私か。

国においても自粛の通達が流れたとか。議会が調査権ならばあちらは知る権利。当人の性格か職業柄か、執拗な攻勢に当事者の負担は想像に難くないが、相手方とてそれを好機と悪用する位の知恵は働く訳で。たったそれしき、と思しきこともなしのつぶてでは鬱憤募りかねず。議長の通達といえど報告要らぬ免罪符になりえず。履き違えぬよう、「そぉーっと」指示を下した。

(令和2年4月15日/2564回)

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2020年4月10日 (金)

累計

特徴的な症状の一つに嗅覚及び味覚の違和感、というよりも明らかな「異常」があるそうで、朝の珈琲に胸なで下ろす日々。区内在住と思しき方から所望すれど検査を受けれぬとの留守電あり、何度か連絡したのだけれども音沙汰なく。声から察するに相当に焦っておられる御様子にて当該の責任者にその旨を伝達しておいたのだけれどもその後を見れば「せず」若しくは「シロ」だった可能性高く。だから安心というものではないけれども見過ごされがちな「陰性」の数。

窮状を訴えるに無碍に拒まれる状況は一刻も早く改善されねばならぬし、多忙を理由に杜撰な対応が許容されるもんでもないが、それだけ殺到すれば中には粗相というか不手際もあったりして。著名人とあらばそれに名を借りての露出を狙った陰謀やもしれず。人見るに色眼鏡は厳に慎まれるべきも何せ物証なく...。その一例を以て全てが如く流されては当事者の胸中や複雑に違いなく。詐欺師の詐欺師たる所以はおよそ誰しもがよもや詐欺師と思わなんだ、と「後」で思わせるところにあって、厠紙の教訓が生かされておるか。

下されし検査体制の倍増。折角なのだから陽性の数のみならず、母数となる検体の総数、そして、その後の経過に退院の実績、つまりは入口のみならず出口も併せて公表されねば正確な状況が掴めぬ。累計とあらば減ることなく、夕刻の数字に一喜一憂し、鈍化すればしたで経路不明が半数以上は不気味、と。それこそまさに「人」に言えない恐怖ってやつで大なり小なり負い目があったとしてもそれで必ずしも断定が出来るものでもなく、下手にそこだけ抜き出されて感染源が如く流布されても。そのへんが口割らぬ背景になってやいまいか。

一方、高齢者や基礎疾患を有する方が重症化しやすい、との報道を受けて些か羽目を外し過ぎた側面はあるやもしれぬが、巣鴨の名所の混雑ぶり見れば何もそこに限って狙い打たずとも。一朝有事の際の情報伝達には細心の注意を払われるべきも受け手とて...。適訳は爆発的患者急増。大台突破はオーバーシュートの兆候、一刻も早く発令すべしと騒いだはずも下れば下ったで遅きに失した、私権を制限されるはかなわぬ、御上の要請に従った以上は落し前はキッチリと、って。

本来ならば事前に伝えられるべき情報が後出しにされれば厳戒令を迫りし狙いは別にあったのではないかと勘繰りたくもなり。騒乱の中は特定の勢力が暗躍するに絶好の機会となり得るだけに問われる眼力。事の成否は国民が国を信頼できるかにある、と、どちらに転んでも修正が効く話をされておられた専門家をお見かけしたが、為政者たるもの国家国民の為に決断を下す、は不変の理なれど、時にそれは「酷」と思しき決断や、ちとオカシイのではないかってのもなきにしもあらず。そりゃ全知全能の神ではないからナ。

覆水盆に返らねば、後悔とて先に立たず。最悪の事態を避ける為、に異論なくも日々の数字、巷に溢れる情報に振り回され過ぎてはおるフシはあるまいか。以上、門外漢が勝手申し上げたが、肝心は各々の「三密」の順守に限る。

(令和2年4月10日/2563回)

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2020年4月 5日 (日)

天秤

学歴を披露するに躊躇なくも専攻を言わばヘン人と見られること往々。その高名はかねてより存じ上げていたのだけれども著書を拝する機会なく、専門書は解読不能なれどエッセイ位ならば...。わが国が誇る数学者、岡潔氏の「春宵十話」を読んだ。些か専門めいた表現を借りれば、指数関数的な曲線を描きかねぬ懸念、十分条件ならずとも必要条件にて各位の協力を。要約すればそれで根絶とはいかぬまでも国民全体がそこを意識するだけで少なからぬ効果が。「ファイター」とて言わんとすることは分からんでもないのだけれども肝心の実用性を見るに「三密」に軍配か。

日々刻一刻と変化する情勢。大半が軽症なれど、「敵」が見えぬ、「先」が見えぬ、「人」に言えぬ、三つの恐怖が実態以上に不安を煽る。疲弊する最前線の現場を目で見ねばと深夜に区の保健所を訪ねた。いかに軽症といえども陽性と断定されれば隔離は必至にて「専用」の病床を用意せねばならず。平時から一定数は用意されているのだけれども日々発覚する陽性患者の受入先を確保するは担当課の責務。

一般病床からの転用求める要請に医療人として応じたい気概はあるのだろうけど背負う代償とて小さからず。一部の解釈によれば受入困難が医療崩壊とされるらしく。そんな病床確保に奔走する職員をよそ目に各方面から殺到する問い合わせ。医療崩壊まで秒読み寸前とあらば世間の関心も高まる訳で、用意可能な病床に余剰を聞かれてもそりゃ予測不能って話なんだけれども相手がセンセイとあらば邪険に扱う訳にもいかず。あくまでも一例ながら昼間はそちらの対応に忙殺されて連日の深夜残業に疲労回復せぬまま翌日を迎えてそちらも危険水域、と憔悴の市長自ら正副議長を訪ねていただいた。

所管課に対する対応に配慮願いたいとの申し入れ。そのへんの常識位はわきまえとる(はず)と信じておるのだけれども没頭するあまり我を忘れていたり。一部の過ぎた行為が全体の信頼損ねるは甚だ心外。個別注意が理想なれど当人の恨みは他に向きかねず。さりとて、下手に「自粛」なる二文字を使おうものなら我らが伝家の宝刀「行政の監督権」の侵害、越権が過ぎるとの反発は必至。かくも手の焼ける連中なれど看過も出来ず、議長名で異例の通達を出した。勿論、副議長の名も添えて。

医療機関との押し問答に浮上する宿泊施設の転用。事はそれほど簡単ではないのだけれども満床とあらばまずは命の危機に瀕する重症者を優先的にとはやむなき措置か。軽症もしくは無症状ならば当人とて入院は本意ではあるまいに、されど、「陽性」疑い消えぬまま退院とあらば市中にて新たな拡大招きかねず。救急車の適正利用、トリアージが如く求められる重症度別の対応。

非常事態宣言を出さぬは愚かとの批判絶えぬも無作為な制限は少なからぬ社会損失との両天秤。一人の陽性に区役所全体を閉鎖すべきか否か。学校とて然り、再開に寄せられる慎重論もそりゃ閉鎖しておけばそちらの感染は免れる上に万が一の際の責任とて逃れられる。が、両親が勤務先から持ち帰る可能性とて小さくない訳で。ゼロリスクはない中での苦渋の決断が求められている。

(令和2年4月5日/2562回)

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