なおログ[Blog]

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2020年1月

2020年1月15日 (水)

元服

瓶麦酒を拒む相手に「よもや年頭に揶揄した私の話をまともに受けて減量などにいそしんではおらぬか」と水を向ければ「それはない」とF市長。さりとて、上司が烏龍茶とあっては部下は美味い酒が飲めぬ。

卓上の料理に残留決め込み御託並べるは苦手ならずとも飲まず食わずの秘書の冷やかな視線、人が立つ横でメシは食えぬ。後は勝手にやるゆえ結構と退去命令を下しても付き人おらねば公衆の面前で醜態を晒しかねず、やはり警護というか随行は...。いや、それ以上に長居生むは嫉妬心。酌するが臣下のならわし、そこに他意なくも、されたされぬで騒がれては厄介。これで退散するゆえ探さぬようにと念を押して会場を後にした。

馬子にも衣装、それは私というよりも役職がそうさせるのだけれどもそこに来賓として出席して祝辞を述べる、と、箔が付く。まぁそんなところなんだろうけど、ほんとに多い。会費の支出一つ役所経由で「慎重に」吟味された上で組まれる予定に傀儡子の人形が如く自由なく。ついこないだなんぞは何かの折に勝手に軽返事をしちゃったもんだから。下準備を覆して式次第に記されし個人名に変更された司会者の台本。副議長の出席とて歓迎されるも議長「も」来るはずだと。元々は副議長のみの出席にてそこに一部の混乱を招いたとか。

成人式を終えた。元来の鈍感にて然して緊張はせんのだけれども相手の時間を奪う以上は耳立たずとも欠伸されぬ内容を。幸か不幸か不況の年に生まれ、その後も語り尽くせぬ失敗の数々も今こうして舞台に立てるは人生万事塞翁が馬、「逆境にめげるな」とありきたりの挨拶を申し上げた際に饒舌が過ぎて...。あれから二十年、年齢とともに容姿変われども意中の異性は当時と変わらず「べっぴん」のまま、などと経験談を披露すれば、世の中は「べっぴん」ばかりではありませんので言動に御注意をとの耳打ちがあった。ということで、午後は内容を一部変更して。

少子化にも関らず一部の呉服屋の業績好調と聞いた。あれだけの振袖見ればさもありなん、饒舌が過ぎるのも...違うナ。買うに安からず、貸衣装との事情は分からんでもないが、それだけの数量を調達せねばならん状況に変わりなく。誕生日の晴れ着とあらば「共有」が可能なれど、その日限りの代物にてそこで投資を回収せねばならんとなれば客の足元を見るというよりも経済の必然。

些か複雑な心境なれど人生一度の晴れ舞台とあらば金銭の支出惜しまぬ旨を中学生の娘に告げれば耳打ちならぬ物言いが付いた。そこに支出する位ならば旅にでも行ったほうが...と妻。祝うは結構なれど、衣装整わず、それを理由に来れぬ新成人もいる訳で何も大勢で祝わずと昔の元服が如く親族で。そうそう、「べっぴん」ばかりではないからナ。

帰り際、道ゆく新成人に議長の挨拶を聞いておったかと尋問すれば「オイルショックぢゃなくてオリンピック」と。そう、私の生まれはオイルショックにて同じ「オ」でも、と確かに述べた。まぁそこが肝ではないのだけれどもちゃんと人の話を聞いとるではないか。何と申してもその年に成人式とはめでたい。縁起よき西暦祝ふ成人式、と詠んだ。

(令和2年1月15日/2547回)

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2020年1月10日 (金)

数珠

身内の不幸が重なっても平然と祝辞を述べるがこの仕事、と教わった。昨年に祖母が他界しとるから厳密に申し上げれば喪中のはずも百歳手前の大往生に「夏」の出来事にて。いつまでも陰鬱な表情を浮かべていては故人報われぬばかりか相手に余計な気を遣わせる訳で。喪中はがきに知る訃報に粗相を恥じつつ、届いた賀状に目を通していたのだけれども百聞は一見に如かず、いや、百文は一枚に及ばず、目を惹くは写真。

活字に出来ぬ幸福感は十分に伝わるも届く先が全て御当家のように順風満帆とは限らぬわけで、時に複雑な心境を抱かせはしまいか、旧年中の御礼に近況報告、新年の抱負位に留めおくほうが...。今やスマホ一つで「繋がる」時代に薄れゆく賀状の意義。枚数の減少に僻地離島とて配達拒めぬ宿命背負う郵便局。カタカナは不得手なれど巷ではユニバーサルサービスとかいうのだそうで。

それが事務員の機転か偶然の結果か、多分、いや、十中八九、後者なのだけれども机上の紙面に「公正さに欠けたバス路線評価」と題した記事を見かけた。寄稿の主は同じ区内のベテラン市議にてさすが鋭い視点と頷いてみたのだけれども副題に「横浜市営地下鉄3号線の延伸を考える」とあって、区内に予定されし新駅の位置巡る考察と気付く。

私の言わんとするは市バス路線の偏在。南北に細長く、私鉄ごとに形成された生活圏が本市の特徴。市の変遷見るに南から北へ開発が進んできた経緯が窺い知れる。ゆえに道路にバス路線などは圧倒的に南が優位。数珠が如き連なる車両見れば一台位は北に回しても、と思わんでもなく。高まるバス需要に路線を求めてみても民間バスの「シマ」にて参入不可能などと言われても意味分からず。株式会社とあらば利益見込めぬ路線など目もくれぬ、僻地離島を救う、というか不採算路線といえども意義ある路線を見出すことこそ公の役割ではないか。

何も大型の路線バスに限らず、コミバスで、と迫るも牙城揺るがず、にべもなく。ならばいっそ市バスの赤字路線とて廃止すべきではないかと詰め寄れば利用者の反発必至の情勢に及び腰、他路線の収益に「全体として見れば...」と。一部路線の黒字と申しても未だ一般会計から少なからぬ繰入がなされ、それでいて赤字改善の為に黒字路線の譲渡を図るは蛸が自らの足を喰うが如く。

迫り来る車両の更新に大量に採用された運転手の一斉退職。何も路線バスの運転手を中途や非常勤に求めずとそこはキチンと新卒を採用した上で市バスの運転手としての責任感を備えた人材を育成しつつ、退職を迎える運転手には同じ市バスでも中型小型の車両にてより身近な市民の足として活躍いただいてはどうか。何よりも他人様の命預かる仕事な上に市の看板背負うとあらば勝手知りたる彼らこそ適任者ではないか。支給額は現役時に見劣りするもそこは長年俸禄を受けた恩返しにと勧奨してもバチはあたらぬ。

いわゆる天下り先の確保というか省益の維持拡大こそが役人の御家芸ではないのかと市バスの将来を憂いてみるも。過去の教訓から新たな路線に躊躇する意図は分からんでもないが、それでは衰退の一途あるのみ。座して滅ぶを待つより出でて活路を見出さん位の気概があっても...余計な御世話か。

(令和2年1月10日/2546回)

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2020年1月 5日 (日)

掛軸

迫る火の手に舞われる敦盛は漫画「日本の歴史」のひとコマ。天下布武の志半ばに非業の死を遂げる英雄として描かれし作品は数あれど、歴史は勝者側の都合で作られること往々。突然の降板、代役に抜擢された女優の演技、というよりも天下の逆臣、叛逆の徒を主人公にしたその筋立て、麒麟になぞらえし題、そして、一年ぶりの戦国モノとあらば。

武家の悲運、名門に生まれ一城の主ながら落城後に国追われて流浪の客将。流転の中に見つけし主君に忠節尽くすも数々の屈辱はイジメに近く、さもありなんと憐憫の情が生じるは私のみにあらず。今日まで膝元の人気衰えぬは善政布きし証左か。秀吉の逆襲に敗北したはずの当人が生きて再び天下たる家康に、とは歴史のロマン。ひと足先に予備知識を得るべく年末に早乙女貢氏の一冊を読んだ。

正月といえば書初。そんな時だけ範を示せとの妻の指示に子の宿題の手本にありし行書体にて「温故知新」と記した。筆とらば自ずと姿勢も正されるのだけれども硬筆となると「癖」抜けず、いつぞやに字の上達について尋ねたことがあって、「ゴルフの署名然り、日頃から意識しておれば必然的に上達する」と教わった。確かに時にいただく案内状なども全て自筆であるし、私宛の伝言一つと殴り書き見たことなく。が、何と申してもあの小さな署名欄とて大事なんだナと気付かされた。そう、おらがセンセイ。

そう、例の解説を聞かねば年越せぬ。劉備が孔明の草庵訪ねるは三度、こちとら近所ゆえ然したる手間ではないのだけれども門叩くこと三度にして晴れて面会、判読の結果を拝聴と相成った。雅号は「白洲」、三字対句の片側は「至誠心」。が、一方の最下段の字が読めぬ、いや、それのみならず他にも、と。老境の書家を以てしても読めぬとは恐るべし草書。

解説に今や実用性は薄く一部書道家による芸術的表現と見かけるも草書とて手本というか型はちゃんとある訳で。その手本通りに記して下されば然したる不都合はないのだけれども雅号有する書の大家とあらば我こそが手本とばかり、そうやすやすとは読ませてくれぬ。床の間の掛軸とて楷書とあらば大抵読める。が、そう安易では悲しいかな記憶には残らず。やはり後世も話題に上がる為には慣れぬ草書、それもあえて「捻り」を加えた作品に...との意図が働いたとしても。

そうなるともはや読字というよりも謎解きに近く、解けねば意地でも...と。誰しもそんな時に遭遇する可能性はなきにしもあらず。掛軸に恥かかぬよう。そのへん漢字なるもの上手く作られていて一つの手がかりは部首。が、流麗であるが故に点一つ上の字か下の字か、下に付かば「ウ」冠も上に付かば「ワ」冠。されど判読できねば次なるは前後左右の字。対句である以上は左右や韻に手がかり求め。

結果、「花開孝子家」「相洲▲▲徳」香雲白山起」「花雨憶天来」ではないかと。▲は判読不明。一枚に四句記されれば五言絶句となるのだけれども襖一枚に二句、いづれもその脇に雅号の署名押印付きとあらば五字の対句が二つと解釈すべきではないのか。いや、両端の上の漢字がいづれも「花」は偶然か、起承転結を鑑みれば...と悩み尽きず。先人との知恵比べに日頃使わぬ脳を使っている、かも。

(令和2年1月5日/2545回)

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