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2019年11月

2019年11月30日 (土)

農協

前日が農協の日帰り研修と聞いて口を挟むべきか否か。前夜は断酒した上に就寝時には加湿器と聞いて、当人を疑いし自らを恥じつつ、そんな地元の名司会の進行による就任祝賀会を和やかに終えた。

そちらの御仁も信じていたのだけれども当日の空席に聞こえる会話。さすがにあの政党は...。いやいや、んなことはない。これまでも委員会では何度か机を並べた仲な上に、米国留学を経験された優等生とあらば私とウマが合わないはずもなく...何をバカな。でも、やはり立場上やむなしなんだろうナと迎えた翌朝、M団長自らが議長室を訪ねて下さって、「昨日は都合つかず申し訳ない」と。これこそが政党の垣根を越えた友情ってもんで。

今年もそんなM団長率いる一部の会派の反対むなしく賛成多数で議案が可決。「若干」の増額が図られることになった賞与。まぁ毎年そんなことをやっているのだけれども、今年などは台風被害に鑑み、市長「も」辞退すべきではと迫る会派も現れて。制度上、返納できぬ仕組みにて結果的に当人も「貰う」のだからそんなエラそうなことを言うだけ野暮ってもんで、陰徳なる言葉を御存知か。

さて、図らずもその分野の大御所と同席の機会に恵まれた。万雷の拍手は演奏そのものの評価というよりも謝辞的な意味合い濃く、来日を喜ぶ演奏家は少なからずもそれは誤った認識に陥りかねず、決して本人の為になりえぬと御教授いただいた。国による価値観の違い。その寛容というか対立好まぬ牧歌的な国民性が仇となって時に逆に付け狙われたりもするのだけれどもその道徳観こそが国の宝。罰則で道徳根付かせるは此国の流儀にてやはりジワリと心に浸透してこそ。

成人式の蛮行に同じ、報道も手伝ってか激化の様相。制定そのものに反対の立場から賛成方とてこれでは不十分とあらば。臨みし記者会見では全会一致の成立への意欲など聞かれて。提出側が全会一致を望むは当然、されど、議長がそれを公言しては個々の判断に介入する越権行為。あくまでも進行役にて採決には関与せず。降りかかる火の粉を振り払わんと、各会派の動向に注目をと述べてみたものの物言えば唇寒し。何せ言うこと聞かぬ連中だからナ。

そんな状況に残影浮かぶはやはり全国に先駆けてと騒がれた子どもの権利条例。一部の熱狂とは裏腹に他市の追随少ないことが物語る事実。殴った教師は罰せられども教師を殴った生徒は咎めなしと過ぎた権利意識の横行は条例制定の弊害ではないか。功罪相半ばに功のみ喧伝されるも罪は見逃されがち。世論動かすは理ならず情、反対出来ぬ価値観をタテに成立を目論む面々に対する相手方が描く地獄絵図とてどこぞの自衛隊の戦争元凶論に酷似していなくもなく。

脅かされる表現の自由、というか言論封殺、魔女狩りへの懸念等々。あちら立てればこちらが立たず、二律背反の自己矛盾への処方箋やいかに。あえて箱を開けぬという選択肢もあったはずもそれはこちらの与り知るところにあらず。既に渡りしルビコン川に加熱する抗議行動。断固阻止へ講じられる手口の数々は左派に変わらず。まさに冷静さを欠いた恫喝に近い侮蔑的な物言いは聞くに堪えず、逆に印象を損ねてやいまいかと。

(令和元年11月30日/2538回)

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2019年11月25日 (月)

大工

「型があるから型破り、型なくば型無し」と中村屋の言が引用されれば、続く来賓は前夜のベルリンフィルの演奏を引合にあれこそが機械に真似できない「匠」の技と。で、私の番なのだけれども...。刺されて痛いは針の径、蚊ほどに細くば。されど、中は空洞な訳で薄板を更に丸めねばならずそれだけ精緻な金属部品など到底叶わぬ、誰もが固辞又は断念する中、痛くない注射針を実現させた同氏の腕はまさに「匠」の称号に相応しく、町工場の社長、岡野雅行氏を御紹介申し上げた。

たとえいかなる分野であろうとも一芸を極めた匠の言葉重く、人そのものが宝。「ユニーク」とは時に些かの侮蔑的な意味合いも含まれるも群れず磨かれた技能は社会的に評価されて然るべき。惰性とあらば価値下がる、時に該当者なしでも名に傷は付かんと伝えておいたのだけれども新たに認定された四名の匠。その名は「かわさきマイスター」。異業種であろうと匠を目指す以上、相通ずるものがあるはずと技能職の団体が発足、本市独自の顕彰制度を創設されてまもなく五十年。

従事年数に応じた表彰がされるのだけれども最高位の永年特別功労者表彰はその道六十年。今年の受賞者は一人にてその職種に「大工」とあった。「四十過ぎし者は自らの顔に責任を負わねばならぬ」と述べたリンカーンの逸話は有名。全員に壇上で賞状の授与が行われ、一人ひとりの御顔を観察していたのだけれども岩が波に削られる如くに刻まれる顔の皺、人生の荒波に耐えたその顔こそが何ともな芸術作品ではないかと。

定例会に向けて騒がしくなる周囲。埋まる予定の大半は役所の報告。相手にも生真面目というかバカ丁寧な職員も居る訳でそこで話を遮って戒めるべきか否か。折角、来てくれたのだから助言というか謝辞、感想の一つでも述べねばなるまいなどと不本意な時間も含まれる。一部に議会軽視と騒ぎ立てた意趣返しか「とりあえずは議長に」とのヘンな意向が働いてないことを祈るばかりも、不思議なもので件数増えるは従前よりそれなりに報告がされてきた部門とは何ともな皮肉。その不均衡さが役所らしく。そもそもに報告を上げるべき判断基準なく、全て自主性に委ねているところが諸悪の根源か。

憂鬱な日々に新春対談どころの気分ではないのだけれども手渡されし資料に並ぶ話題に羽田連絡道路と見かけた。対岸の羽田空港と本市を結ぶ橋とは正月早々縁起がいい、はずだったのだけれども受注後に不測の事態とやらで「延期」及び「増額」を認めたばかり。その舌の根も乾かぬうちに更なる「増額」とはタガが緩み過ぎてやいまいか。安からぬ落札額は五輪前の完成が暗黙の条件であったはずで肩透かしが一度ならず二度あらば手落ちを疑ってみたり。市民ミュージアムにおける収蔵品の浸水被害とて被害額の算出に時間要するは理解するも何故に危険区域に放置しておいたのか、回避の余地は無かったか等々、その位は説明があっても。

台風被害の補正予算が上程された。迅速性が求められる一方で火事場のどさくさ的な割増は許されぬ。そして、収蔵品の修復然り、そこに税金が投じられる以上は事の経緯と責任の所在、そして額の妥当性も検証されねば本分は果たせず。そのへんにも注目を。

(令和元年11月25日/2537回)

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2019年11月20日 (水)

燈火

どこぞの観桜会然り、当人に意図あらずと自慢めいた投稿が相手の嫉妬心を呼び覚ます。証拠隠滅、まではせずとも余計な痕跡は残さぬに限る。ページ開くたびに更新される最新の投稿。その頻度というか件数に驚きを禁じ得ず、敵に塩を送るというか足元を救われぬよう。議長の随行に「副」議長の秘書ありて、その理由を聞かば御大将の精力的な活動についてゆけぬ。今や根性論など通じぬ働き方改革の時代。意欲あっても止められるが公務員の宿命。超過勤務、いわゆる「超勤」ってやつだそうで。本人の心中や知らぬ。勿論、隣市の話にて本市もまだまだ足りんナ。

兼題は「燈火親し」。「とうかしたし」又は「とかしたし」と読む。秋の夜長は読書に限る、その脇の灯かり。そんな意味らしく「馬刺屋に燈火親しむ残り客」亀田虎童子の句を見かけた。なるほどナ。ツリーといえば聖夜。半ば季重ねと知りつつも「Kirara@アートしんゆり」の点灯式に居残る客を「恋人の見上げしツリー燈火親し」と詠んだ。そうそう、花より団子、鈍感にて露ほども気付かなんだが、御当地のイルミは他と違うとか。ふ~む、もう一度よく見てみよう。

貧乏ヒマなし休みなし、なれど誘い拒まず。たまにはどうかと示されし三つの選択肢は銀座の餃子屋に神田の安居酒屋、バックパッカー御用達の蔵前のカフェ。脱サラの上に人生二度目の世界一周から帰国したデザイナーから誘いがあった。「地球の歩き方」片手に歩いた二十年前とは旅のスタイルが全然違う。移動距離こそ同じなれど情報量と利便性は格段に向上。スマホあれば現地の道案内から旨い店、それに次の滞在先の宿の手配もボタン一つ。ばかりか旅先で私のチラシも仕上げて下さるのだから。そんな文明の利器を使いこなしつつ各地を渡り歩かば目は肥える訳で彼ら選ぶは旬なスポット。

プロレス中継の国技館位しか思い浮かばんのだけれども近年は古いビルや倉庫をリノベーション、再利用することで賑わいみせる蔵前エリア。高い吹き抜けは鉄工所の名残、ごくフツーの商業ビルを改装したカフェは外国人観光客の屯場所。店員も親切な上にメシも安旨。対岸にスカイツリー、隅田川を見下ろしつつ、久々の談義に興じた。私と同い年で数ヶ月も放浪しとる位だからいわゆる「前衛」の部類に属する訳であの話題が通じないはずはなく、逆に「今日の芸術」こそ名著にて必ず読むべしと御指南をいただいた。

その後は古典絵画のみならず近代、いわゆるモダンアートにも話が及ぶ。椅子の上の車輪に田んぼのモニュメント、これこそがアートだなどと言われてもピンとこぬ。誤解なきよう申し上げれば、それとて否定するもんでもなく、純粋にその価値に気付けぬだけの話。更に申し上げれば、それらと不変の価値観というか万人が認めるあの巨匠の絵画を同列に論ずるは何とも。ならば、かの有名な年齢不詳、身元不明の匿名アーティストの作品群はどうか。反体制の風刺にストリートアートとあらば社会的な評価割れる一方で生まれる金銭的な価値。そこには投機的な要素も含まれる上にこちとら落書き消し隊の応援団とあらば...。

時代の寵児か芸術の冒涜か。音楽に贋作なしとはKセンセイの談。やはりその手の話題は音楽に限る、か。

(令和元年11月20日/2536回)

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2019年11月15日 (金)

春祭

他が来とるのに...。欠席の非を咎められるは気にかけていただいている証拠。しばし後、事情が知れ渡らば、「とんと見かけぬ。さぞ忙しいに違いない」などと、より好意的な解釈に。それとて、話題に上がってなんぼの世界、故人の成仏四十九日ならば人の噂も七十五日、薄れゆく記憶にいつしか忘れられた存在になってやいまいかと。それは私が命じた訳ではないのだけれども市のホームページに議長の特設ページが用意されており。皇居参内の一事を以て果報者というか「もってる」人などとおだてられたりもするのだけれども世の中ちゃんと帳尻が合うように。

そう、政令市のソレというだけで全国市議会議長会の相談役なる分不相応な役職を仰せつかっていて、先週などは忙殺とまでは言わぬまでも随分とそちらに追われた。まずは理事会、そして全体会と進むのだけれども理事会の前には別途にて相談役会なるものがあるから「同じ」説明を都合三度ほど聞かねばならず。合間を縫って政令市による国への要望活動なども行われ、首相官邸に大臣政務官、与党三役等を回った。大多数を占めるは男、というか目下、女性は一人のみ。本市とて「もし」がなければ初となる女性の議長だった、そりゃあくまでも可能性の話なのだけれども事情を知るやつはそのへん吹聴したりするもんだから私への視線は招かれざる客が如く。ほんとはコイツぢゃないんだ。

そう、前市長が叙勲の栄に浴されて議長室を訪ねていただいた。本市が誇るミューザも今年は開館十五年、ウィーンフィル演奏の雑感を語っていただいたのだけれども今年の演目はストラヴィンスキーの「春の祭典」いわゆる「春祭」。世に名曲と言われるも私などは未だその境地に辿りつけず。解説によれば同交響楽団による初演とて散々だったとか。時にそんな作品を「前衛的」などと称したりもして、図抜けた才能が時代を先取りし過ぎたというか、そこに賛辞的な意味を帯びがちも芸術はあくまでも個人の嗜好。巨匠の力作とあらばあからさまに否定も出来ず、何とも便利な表現ではないかと。

そう、前衛的といえばその代表格がこちら。どことなくピカソのゲルニカを連想させる作品群。記憶残るは「芸術は爆発だ」の奇異な一面もあの眼光鋭いまなざしはただものならぬ。本市が誇る岡本太郎美術館が開館二十年を迎えたそうで御祝かたがた久々に作品を鑑賞させていただいた。そう、始めたばかりのスキーにて負けん気が勝り挑戦した絶壁の上級者コース。すくむ足元も意を決して転げ落ちた雪の中に辿り着いた境地。「自らがひっくり返ったというよりも地球がひっくり返った」と確かそんな表現が御著書にあったはず。ぶつかることこそが調和、他に妥協して収まるは調和ではない、故にこんなすっとんきょう作品で...と本人の談を録画放映に聞いた。確かに「すっとんきょう」と。

作品以上に学ぶべきは当人の人生観。全力でぶつかる生き方、挑戦した上での不成功者と挑戦を避けている不成功者では天地のへだたり云々、と今や絶滅の危機に瀕しつつある説教本の一つにて若者には必読の一冊か。が、齢重ねても挑戦を恐れるなかれとあらば、未だ「春祭」の魅力に気付けぬのも頷ける。

(令和元年11月15日/2535回)

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2019年11月10日 (日)

大蛇

神無月ならぬ神在月が出雲の十月ならば神楽月とは十一月の別称だそうで、まずはそちらの話題から。天照大神が隠れた際に天岩戸の前で踊ったのが発祥、となると本場はやはり出雲国。ジャニーズばりの全国ツアーの途中、「特別」に本市公演を催して下さると聞いて市内小学生とともに鑑賞させていただいた。

本市と交流進む島根県益田市とはかねてよりスポーツ分野の交流が盛んにてその一翼を担うべく「萩石見空港マラソン」に出場、舞台が舞台にて当該地に降り立てずに松江から長距離の移動に泣かされるも当日は随分な歓待をいただいた思い出の大会。が、それ以上にマニアの間ではこちらが有名。通称「おろち」といわれる「奥出雲ウルトラおろち100キロ遠足(とおあし)」は未だ経験なく、いづれ走破してくれようぞと。肥後が清正公ならば出雲は「おろち」。そんな「おろち」が人気キャラだとかで演題もズバリ「大蛇」。

村人を救うべくスサノオノミコトが八岐大蛇(やまたのおろち)を退治に。その尻尾にあったのが雨叢雲剣、いわゆる三種の神器の一つ、草薙の剣で。面を被った上に大和言葉とあらば退屈はせぬかとの心配も杞憂。出雲に沖を加えた三大神楽の中でも他は六調子ながら石見だけは八調子。隣に座る事情通の解説によればいわゆる「エイトビート」はロックのリズム。途中に特別出演の募集行えば殺到する子供たち。公演後は本市の子供たちに機会を与えて下さったことに謝辞申し上げ、次回は本場膝元の夜神楽での再会を約束して会場を後にした。

さて、日々際限なく届く市からの情報にはその手のものも少なくなく、そのたびに教育委員会が報告と称して詫びに来るのだけれどもその一つに体罰に関するものがあった。こと最近は警察の調書並みに詳細な記述にてそのママを記すと、「(同教諭は)校外学習におけるグループ編成の話し合いに加わろうとしない児童を注意した際、暴言を浴びせられたことに対し冷静さを失い、児童の左肩を押さえつけ、強引に立たせようとし、その手を振り解こうとした児童の左頬を右手で1回殴打した」とあって、ついては処分したゆえとの内容。

経験浅き教諭ならばふとした拍子ってのがあり得るのだろうけど、当該教諭の年齢は五十一歳。それなりの経験有する教諭がそこに及ぶとはよほどのことであったのではないかと。冷静さを失い、つい手を出した、その非は認めねばならぬも肝心なのは生徒が指導に従わなかったをいかに認識しているか。昨今はヘンな権利意識が横行しとるから従わぬも権利、退学処分など出来はせぬなどと意図的な挑発行為もある訳で。そこを看過しては他への示しがつかぬ上に当人の為にもならぬ。教諭を処分して済む話ではなく本来の意義に鑑みれば生徒にも自らの行為の過ちを諭らせてこその教育ではないか。当該教諭は自ら犯した行為と処分に葛藤を抱きつつ歩まれるのだろうけど、それを糧として成長されることを願ってやまず。

実はこの齢にして初めて夏目漱石の「こころ」を読んだのだけれども繊細な心の描写が秀逸にてまさに人の深層心理を抉る鋭い洞察力に驚かされた。

(令和元年11月10日/2534回)

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2019年11月 5日 (火)

摂理

さながらゴッホの「星降る夜」が如くの水面見つつ多摩水道橋を駆け抜けた。こんな穏やかな川があれだけの牙を剥くとは俄かに信じ難く。距離の長短以上に立ちはだかる壁は「時間」。月間目標200km、些かサバ読んで10km/hとして20時間。移動に着替等含めて30時間、単純に割れば1h/日ってことなんだけれどもそのたった1hが。

残り2週138.9km。達成せずと何ら罰則あるものでもなく、連日の酷使は膝の故障に繋がりかねぬ。が、それを許さぬは週明けに届く一通のメール。各自の経過状況見れば目標こそ上位なれど達成率は最下位に近く。個人戦ならば自己責任と割り切れるのだけどチーム対抗の団体戦にて他が軒並み順調、達成目前とあらば...。こりゃいい仕組み考えたナ。

残り1週72.6km。しかも最終週は全5日中1日が雨予報にて。深夜早朝とて限界、かくなる上は日中しかない訳で外出に探す口実。そう、野球場の使用中止に公道に遊ぶ子供たちが不憫だとの声ありて現地見てくると告げて多摩川の土手を一路上流へ。途中、何度となく土手下りて惨状を確認しつつ、市境の矢野口まで到達。折り返して稲田堤商店街の廣田豆腐店にて一服となった。

そんな余裕あらば他の職務に専念すべしとは運動音痴の勝手な言い分。運動中とて動く思考回路、いや、むしろ机に向き合う以上に働いたりもして。更に申し上げれば最中に本が読めれば尚結構というか画期的な発明と思うのだけど。

閑話休題。聞きしに勝る被害とともに気付かされる景観の変化。このへんの河川敷はこんなに狭かったかナ。蛇行に削られ川の形状が変化するは自然の摂理にてそこを手直しした箇所、つまり旧河道上の堤防が脆い、ゆえに旧地図と重ね合わせればおよそ予測が可能と専門家。数年前、雄物川の氾濫に洪水被害に遭われた秋田県横手市を訪ねたことがあって、御当地の市長自らに教訓の御示唆をいただいたのだけれども川流れるは一市のみにあらず。

洪水防ぐは積むか掘るか、片岸の堤防の高さ上げれば対岸は不利益を被りかねず、上流下流を含む近隣市との連携とともに川底の土砂を掘り出す「浚渫(しゅんせつ)」の重要性を教わった。掘ると申しても掘らば埋まるも摂理、故意に歪み生まば他への影響も必至。安からぬ費用にどこをどう掘るか。災害後に多額の費用投じられる背景には時にヘンな利害も絡んだりもする訳で百年に一度とあらば余計に慎重に。

そう、本市の浸水被害は堤防の決壊にあらず。本流の水位上昇に流れ込む下水の限界。水門の開閉に瑕疵があったのではないかとの疑念。常任委員会の中では事前の点検状況等についても質疑が行われ、運用指針に則った対応が図られた、との報告に疑義というよりも瀬戸際の判断を迫られし当事者への同情が勝り。「北海道で雪降る頃に桜咲くは不公平。世の中そんなものにてめげずに研鑽積むべし」とは元藝大教授の式辞とか。図らずも被災された方々の御心痛は察するに余りあるも天災とあらば時に甘受せねばならんことも。

途中に見かけし土手向こうの御稲荷様は無事な様子で平穏祈り手を合わせた。

(令和元年11月5日/2533回)

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