なおログ[Blog]

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2019年7月

2019年7月30日 (火)

眼鏡

まさに役得...でもないのだけれどもひと足早く昨年度の決算概況の報告を受けた。梅雨明け宣言に恥じぬ夏空とあらば折角の機会もまさに上の空、いや、悪い冗談。ふるさと納税、本市が不名誉な記録背負う流出額のみならず財政の健全化が過ぎて国の補填措置「も」なく。が、心配に及ばず、返礼品の過当競争に国が対抗措置を講じた以上は流出額にも歯止めがかかるはず...。いやいや、「そんなオイシイ制度があるならば」と世間の認知度が向上、更なる深刻な状況が見込まれるとか。これぞ炎上効果、ということでまずはそんな話題から。

負けるは兵家の常なれどその采配に寄せられる批判。当人とて十分、いや十二分に分かっている、苦渋の決断を下さざるを得なかった監督の心境なぞ外野には知る由もなく。暫くは様々な葛藤を抱えつつ、日々を過ごされるんだろうけど、選手とてまだ若い。勝利以上に敗北にこそ得るもの多く、いつの日か分かる日が来る。被災地復興の美談生まれずとも大船渡に怪童ありとその名を全国に知らしめた功績大きく、大黒柱が登板せずと最後まで戦い抜いた選手たちに心からの拍手を。

一流を目指して露国に学んだTさん、当時の先生から聴衆を魅了するには鍵盤を叩く技術だけではダメ、ピアノに限らず様々な経験を積むことが大事と教わったと聞いた。されどそりゃあくまでも若者の特権ってやつで何もその齢で決断せずとも。私のホームページを手がける同い年の友人が何を血迷ったか脱サラの上、世界一周漫遊に。次なる仕事の依頼も帰国後にしてくれと不都合この上なく。出国前にメシを御一緒したのだけれども話題は当人の専門分野。凋落著しい工業都市の復興に美術館が一役買った話とか聞かされる世界の動向。

一流の美術館に旨いメシあり、国内では国立新美術館がイチオシと。店の名こそ知りつつもいつぞやに金沢にて入りそびれて以来。庶民には安からぬランチの金額とてあれだけの贅沢な空間に名に恥じぬ旨いもんを食わしてくれればそれだけでも行く価値ありか。で、肝心の美術館はオーストリアとの外交樹立の節目を記念した企画展。名画語るはおこがましくもそこに優劣などあるものでもなく美意識なんてのは人の勝手、それらしく眺めておれば格好は付くもので。オーストリアといえば音楽は欠かせず、人気はやはりこの作曲家。いつぞやの教科書に見かけし肖像画がそのままに、が、そのすぐ前には肖像画に見たアイテムが。シューベルトの眼鏡。

子の教育に口を挟まぬ、いや正確には挟「め」ぬのだけれども夏休みの宿題が美術館だそうで、そんな時だけ相手頼まれ。中学生以下は入場無料とは粋なはからいながらも仏料理をせがまれてはかなわぬ、ということで巷の宣伝目立つ国立西洋美術館の松方コレクション展に。修復途中の「睡蓮」に収蔵品の苦難の歴史が窺い知れた。巨匠モネへの陶酔とその親交は知られたところなれど、折しも時を同じくして目にした友人の投稿はオルセー美術館にて向き合いし一枚「死の床のカミーユ」。貧しきモネの運命を左右した代表的作品。

(令和元年7月30日/2514回)

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2019年7月25日 (木)

社歌

小生如きに三顧の礼を尽くされて分不相応な会長職を拝命することになった。才を買われてというよりも議長ゆえの充職だそうで。無償化などというけれども諸般の事情で夜学を選択せざるを得ない方々の心境など知りえずも、いかなる境遇に置かれようとも学ぶ向上心は忘れてはならず、弁論大会にスポーツと生徒たちの日々の活躍の様子を伺いつつ、応援団となるべく快諾をさせていただいた。市内定時制高校の振興会。

そう、応援団といえば都市対抗野球。市と商工会議所主催による壮行会まで催され、来賓として祝辞を送った以上は応援に駆け付けねばならぬ、メガホン片手に応援席に陣取ること三度。ヒマ人に見られようともその為の「副」議長なのだから留守はそちらに任せて...違うナ。例の一件以来、経営再建というよりも会社の存続かけて相次ぐ主力事業の売却。それで数字の改善は図れるかもしれんけど肝心なのはやはり社員の士気。

経営陣がどれほどハッパをかけようともスポーツが生む魅力に勝るものなく。会社の御荷物と揶揄されがちな部活を残した判断。それに報いるべく背水の陣で試合に臨む選手たちの奮闘に明日への活路を見出さんと声援送る社員の面々。社歌斉唱に見知らぬ隣同士が肩を組んで応援歌を歌わば自ずから一体感も生まれる訳でやはり社内の連帯感こそ業績回復のカギ。準決勝にて涙を呑んだものの社運を願っている。

そんな状況だから地元とて手薄になりがち。そこを守るはやはり後援会。会長自ら精力的に動き回られているそうで陳情絶えず、久々に訪ねたKさん宅の自家製きゅうりの漬物が旨かったナ。法律と申してみても所詮は人為的なものにて完璧ならず、制定時にんなことは想定しとらんかったのではないかと思しき事例や時代にそぐわぬこともしばしば。それでいて担当が視野狭き役人とあらば尚更のこと、民が御上に泣かされる構図は昔に同じ。

中にはそれまでは順調に進みし協議も担当の異動後に態度が急変して頓挫したなんてのもあり、そりゃさすがに看過出来ぬ。大抵は依頼主側の事情が十分に伝わっておらず、そのへんを丁寧に説明すれば役人とて情状酌量、いや、こちらの顔を立ててか善処されたりもするのだけれども一部には役所側の出来ぬ理由がズラリと並び、それは相手の話を聞くというよりもハナから結論ありきの自己保身ではないのかと思しき堅物居士もいたりして。

困っとる人を前に何ゆえにそんな態度でいられるのだろうかと当人の無神経ぶりを憂慮してみたりもするのだけれども。そんな仕草はちゃんと相手にも見えるものでその姿勢が却って不信感を生む反面、逆に相手に寄り添う誠意ある対応示さば相手とて意固地にならず譲歩されたりもするんだけどナ。まぁそんな役人はいつも選手気取りで脇役というか応援席の気分は分からんのだろうけど。

(令和元年7月25日/2513回)

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2019年7月20日 (土)

公私

公人の参拝は政教分離に抵触しかねぬ、公私問われた時の宰相、相手の意こそ見抜いたものの以後は都合よく利用されて...。信教の自由は憲法に保障された権利であるし、何も拝殿に上がらずと賽銭ならばどうか等々、理屈こねればキリなく。モノ同じくとも扱いが違うことしばしばでその代表例がこちら。混ぜればごみも分ければ資源、そう、ごみの話。

カーソン女史の名著に見るまでもなく生命の誕生以来、ほんのわずかの時代を生きる人類の暴挙に警鐘を鳴らす御仁少なくなく。されど、文明の利器を手放して摂生に励むは修行僧位なもので快適な生活を享受する現代人には届きにくいか。

家庭ごみの持込は固く禁ずの注意はコンビニ。表玄関から出すとならば遵守せねばならん収集日、されど、昼夜曜日問わず用意されとるとあらば何かのついでに...。が、コンビニが排出するごみは事業系ごみ、つまりは自治体が無償で処理する家庭ごみと違い、事業者が自らの責任と負担で業者に委託して処理せねばならず、他から持込まれて生じる手間と負担。

ならば逆はどうか、事業系ごみといえどもモノは同じなのだから勝手口からそっと家庭ごみと一緒に...。委託業者とて相手から料金を受け取りつつも最終処分、つまりは焼却場への持込は別途料金が生じるだけにそちらへ持込まずと他に捨てれば...なんて業者が居ないとも限らず。まぁそれを防ぐ為の許可制度なんだけどナ。

そう、最近などは死亡や転居に伴う家財の整理、一時多量ごみに関する相談が絶えぬとか。分ければ資源といえど分別は億劫な上にやれ家電だ粗大ごみだなどと各々に手間と負担が生じる位ならばいっそまとめてとの声。そんな困っている方々の救済を謳い文句に横行する不用品の善意回収。されど、んな業者はおよそ無許可多く、その後の処理とて不透明。野放図の状態に役所の監督下にあるまともな業者が報われんではないかと当事者の御話を伺った。

事業系ごみの中でも「特別」な処理を要するものは産業廃棄物、いわゆる「産廃」と呼ばれるもので、その一つの品目「廃プラ」は隣国の輸入禁止措置に専門業者による国内処理が追いつかぬとか。見かねた環境省が家庭ごみなど一般廃棄物の処理施設を有する自治体に協力求めるも立ちはだかる壁に笛吹けど踊らずの自治体。

排出抑制の注意喚起も効果は限定的、そもそもの排出量に対して処理が追いつかぬ上に協力拒まれればモノは積もるばかり。一方、海洋プラスチックごみの被害も深刻。輸出時に対価払った以上、不法投棄はあるまいと信じつつも海を越えれば追跡は尚更に困難な訳で見るに何とも複雑。ごみ問題に問われる人類の叡智。

さて、報道に見るどこぞの国の不買運動。そんなに好かんのであれば買わねばいいだけの話、それをあえて「運動」化する意義も理解に苦しむのだけれども、それ以上にあれほどまでにモノを粗末に扱わんでも...。対岸の騒動に学ぶこと少なくなく、あとは読者諸賢の判断に委ねて。

(令和元年7月20日/2512回)

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2019年7月15日 (月)

立入

歴代稀に見る出席率ではないかと隣席のセンセイに聞いた。が、やはりこの世界、全て額面通りに受け取れぬ訳で裏を返せばその意図するところは「随分とヒマなんだナ」だったりもして。そりゃ「ちと公務にて失礼」などと退席すれば疑われずに抜けれそうであるし、市政とて日々刻一刻と動いとるから何もないなんてことは無い訳で何らかの機会作るもやぶさかならずも先方とて貴重な時間を割いて窮状を訴えとるのだから真摯に向き合うが当然。ということで、来年度に向けた各種団体との予算要望の意見交換を終えた。

要望の中では入札絡みが半数以上を占める。乾いた雑巾は言わずもがな、基本的な構図は貿易に同じ、保護か自由か。保護とあらば権益生み、やがては成長を阻害しかねぬ、ならば門戸を開き競争を促すことで。さりとて、外来種を招かば絶滅危惧種になりかねず。まぁ概ねそんな攻防なのだけれども向こうは防御壁を高くして市内業者を守っとるにこちとら壁低くして外来種を積極的に受け入れる、それが隣同士とあっては余計に目立つ。関税が如く数字の上下で済まぬ話にて。

が、それ以上に「手抜き」というか網の目をかいくぐる行為が横行中とか。競争入札とあらば勝敗決めるは金額なれど杜撰な状況を生まぬようにと事前に提示される条件。が、それとて人の手によるものにて完璧ならず、その欠陥というか「抜け」をいかに見抜くか。それは不備というよりも解釈の余地を残すものだけに相手とて不正の認識なく気付かぬほうが...などと言われかねず。

その為に事後の窓口もあるのだけれども打てど響かず、というか腰が上がらぬ。上がらぬ理由聞かば人手が足りぬとか。どこかの議会答弁ぢゃあるまいに「聞きおく」程度で立入らぬと知らば相手とて図に乗る訳で、入らぬと思われるか、入る「かもしれぬ」と思わせるかは大きな違い、抑止力って話。全般の仕切りは財政局なれど発注は現局。ならばそちらの手を借りればいいではないかとなりそうなもんだけど、立ちはだかるは縦割りの壁。

さて、近年は防災に関する要望も少なくなく。団体の一つから狭隘道路の解消を求める要望をいただいた。道路狭くば緊急時の車両通行に支障きたしかねず、懸念される被害拡大の恐れ。拡幅の為の後退用地を提供するに生じる測量に土地の文筆や登記の手間と負担、それでいて土地境界の合意得られぬとあらば...。市としてもその必要性は十分に認識しているのだろうけど。

いつぞやに意図せずと重なり、災害直後の市役所を訪ねたことがあった。窓口に並ぶ長蛇の列、待合所に俯く顔に焦燥感ただよう光景は見るに絶えず。被災者の生活再建のカギを握る罹災証明書の発行。熊本地震の際には一ヶ月の申請数は十万件、全十八万件の申請に許可を下ろすに四ヶ月を要したと。そこに携わりし当事者たちとて日夜必死に業務を遂行されたはずも当時の教訓を踏まえ、いかに迅速化が図れるか模索してはどうかと御提案をいただいた。

(令和元年7月15日/2511回)

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2019年7月10日 (水)

遅延

待たぬ対価の利用料にて遅延とあらば意味為さず。急ぐ道中待たされる鬱憤を加味すれば返還どころか慰謝料も...。高速道路の事故渋滞における社会的損失いかばかり。危険運転等の明らかな過失とあらば返納迫る位の措置なくば懲りんのだろうけど、その原因が「特殊」な事情とあらばどうか。

悲しみに打ちひしがれる御遺族宛に届きし一通の請求書。無罪放免とはいかぬまでもそこに情状酌量の余地はなかったか。一審における全面敗訴から最高裁の逆転勝訴へ。踏切内の鉄道事故への賠償請求、死亡者の御遺族が著した一冊に綴られし介護の苦悩は今に知ったものではないものの、その凄惨な現場に考えさせられることは少なくなく。ということで今日は真面目な話、いや、今日「も」か。

雨予報とあらば尚更のこと、告示日の人手が足りぬとの打診に自ら名乗りを上げたまではいいのだけれども作業着にポスターを貼る姿を目撃されて背後から「おっ、議長」と、そんな時だけ議長呼ばわりせんでよろしい。その役職を出さばかえって不都合なこともある訳で粗相なきようと講じられる「特別」な配慮。れっきとした仕事には違いないのだけれどもさすがに公用車を利用するほどのもんでもなく、秘書に随行されても落ち付かぬ。正規の手続き踏まば何かと面倒と申し上げれば相手方の担当者が事情察して快く応じて下さった。

そもそもの契機は認知症の御家族を抱えるSさんが何かの番組で目にしたらしくどこぞの市の施策を参考にすべしと。およそ役所ってのは護送船団方式にて大なり小なり似たような施策は既に...余計なことは言わぬが花。御家族の不安の一つに外出があってそれとてほんの一瞬の目を離した隙に眩ます行方。どこぞに匿われても本人の記憶に手がかりなくば帰宅ならず。行方不明の家族の安否、生存は言わずもがな、よもや事故に巻き込まれておらぬかと募る不安に寝るに寝れぬ夜を過ごせばかえって健康を損ねかねず。

小型受信機さえ携行しておれば右往左往せずに追尾出来るのだけれども認識なき当事者相手にいかに悟られずに忍ばせるか、発信機を内蔵した靴の実用例を学んだ。需要あらば各社とも開発競争に余念なく次々と発表される新製品もスマホの機能に同じ、使いこなせず。事故に巻き込まれた際に問われかねぬ責任と賠償。後援会の看板に付随する損傷も賠償してくれる時代だから何でも保険の対象にはなるんだろうけど自己の都合が過ぎては気になる保険料。契約成立と申してもこちらは素人にて万一の際に「それは対象外ゆえ」などと言われかねぬ不安。

そんな煩わしさこそ当事者の悩み。いっそおらが「役所」が「一括」した上で「団体割引」を適用して...んな議論があったかは知らぬが、認知症患者を抱える家族の為に個人賠償責任保険を自治体が代替、そんな施策が全国の注目を集めていると。偏食に起因する成人病疾患ならば理解得がたくもあまねく万人に可能性あれば公費とて...。

「無償」の文字こそ目立つも見るべきは悩み抱える市民に寄り添う姿勢。ようやくこぎつけた実現もそこで終わらぬが注目の所以にて保険内容の見直しに入札を駆使して料額を下げつつ、車両損壊がない鉄道事故の遅延損害等も対象に含めたと説明に聞いた。

(令和元年7月10日/2510回)

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2019年7月 5日 (金)

形相

地元のY兄からメールが届いた。「公用車で馬車道あたりに出没していないか」と。そういえば最近相手してなかったナ。全体を見下ろす雛壇に立派な椅子とあらばさぞ気分も...。否、背もたれが幾分か高いだけで機能性なんぞはバルセロナのグエル公園のベンチのほうが...。瞼重く、昭和の名横綱の心境、「ワレイマダモッケイタリエズ」、何をバカな。

のみならず、真横には目付奉行が鎮座されとる上に、眼下には虎視眈々とその座を狙う連中...いや、本来、その鋭い視線は発言者に向けられるものなんだけど、いかんせんそのたびに首を回さねばならず。備え付けの椅子の向きが向きだけに自然と視線を浴びやすく、新人のU君から表情が硬い、というか「怖い」と聞いた。キモいと言われぬだけましか。そんな眉間に皺寄せた状態で居続ければ日頃の顔も崩れる訳で。四十歳過ぎしもの自らの顔に責任を持たねばならぬとはリンカーンの言葉。日々苦悶の表情に人相が変わらぬことを願っている。

そこに副詞が付されるは珍しく、当該事例に「大変」興味を持っている、答弁には確かにそうあった。過去の知見を活用することにより迅速な意思決定云々とあって、虐待防止に向けてAIの活用を図るといえば「聞こえ」はいいが、過去の知見にはじかれる結果はあくまでも確率的な数値に過ぎず、やはり肝心なのはその結果を踏まえての対応。微妙な心理に兆候を見抜くに人間力「も」磨かれなければならず、そこを疎かにしては。

こと、この分野では児童相談所の人手不足に目が向きがちで求められる人員増。が、各々の事案が複雑化する今日においては関係機関との連携に重きを置いたほうが改善に繋がるのではないかと思えんでもなく。一昔前にシステム化なる言葉が流行した時もそれ自体が目的化して本来なされるべき業務改善が見落とされたりもして。あおれはあくまでもツールに過ぎず、物事の根本を見誤っては...。

そうそう、巷の書店の閉店が「著しく」目立つ。在庫を抱える割に伸びぬ売上に店舗など無用の長物との合理性は分からんでもないのだけれども寡占進まば次なる一手は明らかで。やはり店頭の新刊本のコーナーに時流を見つつ、手にした一冊の数頁をめくってこそ知る購入の目安。文章の平易度は言わずもがな、肝心なのは文字の大きさ。ドエトエフスキーの文庫本が如き...いや、一応、著名な数冊は読んどります。チェスに勝ってもベートーヴェンに勝る作曲はムリと信じて疑わぬ一人なれど、それでもここまで騒がれると自然と耳も立つ訳で、モノ見る機会なくば本に限る。

当時の成績は私のほうが「上」だったのだけれども同級生がN総研の最前線で活躍中だとかでその分野の推奨本を聞いて示されし数冊、題名を見ただけでめまいが...。ムーアの法則然り、直線的ならぬ指数関数的なのが特徴とあった。確かに当時は百年以上とされしガウディの教会も完成は目前だそうで押し寄せる時代の波に迫りくる脅威。そうは申してみてもアナログの代表的職業には無縁と思う既成概念こそが間違いの元だったりもして。

(令和元年7月5日/2509回)

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