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2019年5月

2019年5月31日 (金)

恋文

鬢髪に霜が交じりし年齢とあらばいつ迎え来ようとも悔い多からずも幼き命を狙った卑劣な犯行は慙愧に堪えぬ。悲運にも狂人の刃に散った罪なき故人の御冥福を祈りつつ、未だ生死の境をさまよう命が救われんことを願うばかり。無差別殺傷に指示される通学路の安全点検。その効能こそ否定せぬも物理的な防犯対策のみで防げたか。そして、何よりもその場に居合わせたならば凶器有する相手にどう対峙していたか。エラそうなことを申し上げても他を見捨てて一目散に...。その可能性とて否定できず。

互いに伴侶得た中にも続く文通。御主人に先立たれ、進む認知症に施設の病床上の日々。されど、届いた手紙を読んで聞かせればそれを胸の前で握り締めるのだとか。「今後とも母の為に」と記された御令嬢からの手紙に片道の恋文を決意したと。浪人時代に渡された「男子っていいな」と記されし色褪せた一通は今も大事に仕舞ってあるとか。

奥様に内緒にしとくから一度会いにでも、と背中押さばそのへんはさすが金婚終えし傘寿の恋。文通は奥様の知るところだとか。ほんとかなー。そんな初恋のきっかけは中三の夏、校内に突然倒れし生徒。原因はてんかんの発作にてそんな知識ない周囲が動揺して慌てふためくをよそ目にその傍らでその女子生徒が必死に介抱をされた姿に一目惚れとか。

さて、郷里の母から手紙が届いた。祝意なく小言のみ綴られているのだけれども文中に「タクシーを待たせるな」とあって、はたと気付く、公用車か。さりとて、こちらが到着を待ち受ける程度の労は厭わねど向こうの心中慮るにやはり順序通りのほうが...。が、何も公用車は朝ばかりではなく、途中の会合は早めに。

そうそう、あてがわれしは部屋と車のみならず。「肝心の駅頭は手伝ってくれるのか」とはおらが後援会長の所感。まぁこちらに指名権なくあてがわれるままに「文句も言わず」従っているのだけどこれがどうして随分と重宝しており。まぁ元々にその位監視の目が光らねばロクな仕事はせんのだけど。

兎にも角にも挨拶の機会が少なくない。以前であれば紹介後の一礼で許されしも今や壇上でそちらを「代表して」挨拶せねばならず。およそ来賓の挨拶ほど互いの意識に乖離あるものなく。聞く側の耳に残るは十に一、というよりも...長い。それでいて「いつもの口上」とあらばかえって評判下げかねず。原稿はちゃんと市長の分も用意されていて事前に届くのだけれども読まれたためしなく、ならば私も...と。

招かれし技職能団体の総会。渡されし原稿には大量消費社会においてぬくもりが見直され云々とあった。今や3Dプリンターなんて文明の利器にボタン一つで寸分狂わぬ精緻な作が完成すれどその材質が木とあらば生き物ゆえ同じ形を留めぬ。木の癖を見抜くことに運慶の運慶たりうる所以があって...と稀代の名工の話を御披露申し上げた。

こんなもの要らぬとエラぶってみても転ばぬ先の杖が如く懐に忍ばせておくだけで安心感がまるで違う。巷の批評家は辛口多く、秘書が用意した原稿片手に退屈させぬ内容を何とか。いや、その後に続く乾杯、やはりじっと堪えた後の一杯のほうが格別に旨かったりもして。

(令和元年5月31日/2502回)

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2019年5月25日 (土)

黒塗

件の民営化も役所こそ抵抗勢力、唱えた本人が大臣とあっては誰も寄り付かず。が、そんなことなど意に介せず、当人なりに孤独の時間を謳歌したと確か名物秘書の著書か何かに読んだ。あてがわれた「専用の」執務室、かろうじて元の部屋にも机は残していただいているものの、戻れば戻ったで期下にからかわれ、ならば私も...と孤独を謳歌しようにも歴代の写真に囲まれていては行動を監視されとるようで落ち付かぬ。

群がるは人気の証、記者に抱負聞かれて饒舌になるべきも失言は命取りになりかねず。「慣れぬ役職にてとりあえずは前例を踏襲しつつ、開かれた議会を...」-「具体的には?」-「まずはその分厚い壁を取っ払って...」。税金の無駄です。年季の入った机の上には見慣れた固定電話。外見は元の机上と同じながらもこちとらあてがわれし専用の番号。かけるは直通なれど受けるは秘書。いつも通り陳情の対応を依頼すべく相手の内線回せばこちとら名乗らずと向こうから口にする役職、よもやそこだけ特別な着信音だったりも...。いや、同じです。

相次ぐ車の事故。罪なき善良な方々、幼き命が失われる悲劇は見るに堪えず。またか、と高齢者に向けられる冷やかな視線。雑な運転は齢のみならず一概にひと括りにされることへの抵抗感は分らんでもないけど年齢による劣化は大自然の摂理にて自主返納が進むことを願いつつ。有名人のオーラというか見えぬ風圧。ウッズが5mならばこちらは20m。あれだけの地位を得ながらも愛車のハンドルは手放さなかったとは前職時代の上役の談。アップル創業者スティーブ・ジョブズ氏の話。

聞いたのは随分前の話なのだけれどもそんな小言は記憶のどこかに残るもので、専用車は「いらぬ」と申してみたものの、あれこれと理由に押されて。初志を貫徹出来ればひとかどなんだけれどもそもそもにその器にあらず。あてがわれて悦に入るは当人位なもので世間様の見方は逆、ヘンな警戒心だけは人一倍にて「せめて隣の駅に...」。そんなセコすぎる申出は却下されたものの、ドアの開閉位は自ら...。そりゃ当然です。まぁ自ら記していて、いつぞやの旋風に予期せぬ当選を果たした御仁が重なり。

鵜の目鷹の目、そんな大役を仰せつからば好むと好まざると注目される、出る杭打たれぬよう言動はつつましく、というか言わぬが花。任期中の中断か継続か、いや、叩いて埃出ぬよう過去一切を...。何をバカな。日々あれだけの報告を受ければネタに困らず、役所の資料をコピペすれば労少なくして効果抜群、より「高尚」に見えるばかりか堅実な評価にも繋がりそうだけど、それで読者の共感生めるか。

同時代を生きた二人の文豪、鴎外に漱石と割れる評価。作品に甲乙つけがたくもより親近感を抱くは漱石。何と申しても読者飽きさせぬ文章力に見る端倪すべからざる才能。そこに相手の時間を費やしていただく以上は退屈させぬ、というか共感生めるものでなくては。まぁこんなモノは読むだけ時間の無駄と知るも憚りつつ...。

(令和元年5月25日/2501回)

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2019年5月20日 (月)

醜態

外に出ればどんな厄難が降って来ないとも限らず、そんな大事な日の前日はじっと家で...なんてのは性に合わぬ、というか「別な」厄難に遭いそうで...。

当たるも八卦は占い師、転ぶも残るも運次第。就任前にやり残したことがある、といえば恰好がいいけれども大会登録は半年以上前にて意図せずとあくまでも「結果的」な話。先のことを言わば鬼が笑う、全ては確定後で...と申し上げたものの、万事抜かりなきが役人。ソレを前提に翌日以降の予定を渡されたのだけれどもとりわけその日だけは各方面の挨拶含む分刻みの予定、ってことはいわゆる「自力」歩行を伴う訳でまさに泣きっ面に蜂。

まぁ先程から何を意味不明なことをと思われるかもしれんけど、改選後の初めての臨時会が招集されてその初日に行われる議長選挙。似つかわぬ大役は御辞退すべきも幸いにして体調だけは万全にてそんな状況にはなく。運悪く、いや「幸運にも」というべきか、その前日にマラソン、正式には「星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン」に出場。42.195kmならば翌日とて支障は全く...否、「ほとんど」ないのだけれどもさすがに100kmとなれば事は深刻。いや、100kmとて2年前に完走経験はあるけれどもとりわけそのレース、通称「のべやま」ってのは国内レースの中でも屈指の過酷なものらしく。

レースも選挙に同じ、本チャン前に九割が決まる。ゆえに事前の準備は選挙以上に抜かりなく入念だったりもして。14時間も走り続けるのだから勿論体重は軽いに限る、願掛けの断酒とまではいかぬも整腸に効く(とされる)漢方薬まで服用して。そう、それだけの距離ともなれば身体のみならず内臓への負担も著しく、レース途中には栄養補給に排泄と生命の営みに欠かせぬ機能の重要性に気付かせてくれる。

目的地は日帰り圏内なれどスタートは朝5時にて宿を手配したのだけれども到着は前日の夕刻というか夜。十分に睡眠取れぬままに14時間走り続けて、そのまま自らの運転で戻らねばならず。当日ならばまだ動くのだけれども悲しいかな疲労は翌日に押し寄せる。見返り貰っても拒否が当然、払ってまで...なんてのは狂気の沙汰としか思えぬとは巷の声。全ては金銭に代えられぬ達成感の為にて翌日など顧みずに限界に挑むのだけれどもさすがに今回ばかりはよぎる不安。

で、迎えた当日。42.195kmとは選手の緊張感がまるで違う、まず、冷やかしがなく、私以上の体躯というか恰幅はおらず。まぁ自己との戦いにて他人様は関係ないのだけれども...。晴天に恵まれた中、雄大な大自然相手にまずは走れる健康に感謝しつつもはや50km付近から悲鳴を上げる足。このへんで断念しておけばハレの日に醜態を晒さずに済みそうだとの悪魔の囁き。主催する自らのコンペで優勝せしは現役時代のおらがセンセイ。地元の陰口などどこへやら、真剣勝負に手を抜く奴があるかというのが当人の御持論らしいのだけれども手抜きは自らの為ならぬ、なんて挑んだ結果は...。

後任のH団長が過去のコピペならぬ自らが手を入れたという推薦文に他の賛同を得て登壇せしも足下おぼつかず。通算2500回の節目となる本日晴れて第42代川崎市議会議長に就任させていただいた。

(令和元年5月20日/2500回)

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2019年5月15日 (水)

餃子

改選後の新旧の歓送迎会。そこに公金は一寸たりともない訳で全て自腹である以上は余計な出費は...いや、公金なら尚更です。

同じ釜にてその狙いは分からんでもないのだけれども修学旅行ぢゃあるまいに何故に寝食を共にせにゃいかんのか。まぁ「食」は譲るにせよ、「寝」とあらば気も遣う、いや、それ以上に隣の騒音に寝るに寝れぬ一夜を過ごすよりも個室のほうが「互いに」損失少なく合理的ではないかと思うのは私のみではないらしく賛同者を代表して廉価なビジネスホテルを提案したのだけれども既に役職を返上した身にて権限なく言われるがままに伊豆の温泉宿となった。

選ばぬ相手に尽きぬ話題は退屈させぬも自腹とあらばこちらにも相手を選ぶ権利はある訳で。が、それ以上に目前に迫る大会に翌日の体調に響いてはかなわぬと早々に床に臥した。相方の騒音ならぬ時間一杯、二度寝の結末なのだけれども起床は明け方四時。風呂に早く、そんな時はランに限ると宿を出た。海沿いに一路半島を南下、途中の岬で眺めた水平線から昇る朝日が荘厳だったね。折角の機会ゆえと当日はN君の郷里である沼津市を御案内いただくことになったんだけれども沼津といえばやはり「あの店」なんだけれども、今回は当人贔屓の老舗鮨屋にて舌鼓を打った。

迫る大会なんぞどこへやら、沼津といえばこれを召し上がっていただかなければと案内されし次なる店は...餃子。そう、沼津餃子ってのが最近の名物だそうで鮨の後に大十個をペロリと平らげこれが抜群に旨かった。店主は幼なじみだとかで再会を喜ぶ二人。「彼のことを頼む」などと挨拶されると果たして私が凱旋した際に彼らは同じ言葉を吐いてくれるだろうかとよぎる不安。男児立志出郷関、旅立ち許す親の尽きぬ心配。他人様に迷惑をかけておらぬか。御実家に立ち寄らばN君の母親が玄関を出て迎えて下さった。いい御家庭に育ったんだナ。

さて、子の運動会に問われる出欠。いつまでの親の庇護にあるは本人の為ならず、ましてや思春期にて...と返事してはたと気付いた、別な目的があったではないかと。戦終わらば緊張感が足りぬ。そう、他は五十点満点と思しき点数も英語だけは東大合格者に劣らぬとは妻のささやかな自慢の一つなれど中学生の保護者からこんな話を聞いた。御子息の校内試験の点数が「妻並み」なれど難問並びしか周囲とて大差なく、平均点を聞けど公表出来ぬと学校側。それが示されねば自らの立ち位置が見えぬ。同校のみならず他もそう「らしい」と保護者。

局地的な旋風収まらぬあの政党。学力テストの結果を教師の評価に連動なんてのが耳目を集めた。それを断念させた功績が誇らしげに記された文献を見かけたが、我こそは正論とばかりそこに気付かぬ、というかその弊害を意図的に伏せられては国益にならん。確かにその結果は教師の責任のみならずやはり本人の努力に負う面が大なれど、ならば責任は一切ないかといわれればんな訳はない訳で。結果は問わぬと教師の良心に委ねるは性善説にてその善意は一部間違った解釈に繋がりかねず。そこをいかに導くか。そこに教育委員会の存在意義があると思うのだけれども保護者の想いは伝わっているか。

(令和元年5月15日/2499回)

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2019年5月10日 (金)

胃袋

多読家を自称しつつも未だ機会にありつけぬ一冊に経営の名著の呼び声高いレイ・クロックの「成功はゴミ箱の中に」があって、何も成功に限らずとゴミを見れば。ペット不許可のマンションに犬猫の飼主ありなどと清掃員が隠れた情報源になったりもして。んなこと記すとやれプライバシーの侵害だなどと苦情寄せられそうなもんなれど日々同じ経路を辿らば好むと好まざると知り得てしまう訳で。何なら自らやってみなされ、夏などはもう地獄絵図に近く。

ダンボール箱にびっしりと詰め込まれた書類は全て不要物。よくもまぁそれだけ量産出来るものかと見とるのだけど、やっぱり無駄が多くなければ役所じゃない。いやいや、知らせずんば隠蔽の罪を問われ、知らせれば無駄と叱責される、かくも理不尽な村の住人が叛旗を翻さぬ訳はない訳で。んな状態を見かねてか「大胆な節約」、いわゆるペーパーレス化なるものが推進されて渡されしスマホの大判。正式にはタブレット端末とかいうらしいのだけど、んなもの持ち歩くはずもなくおらがセンセイの携帯が如く野ざらしに近い。

されど、んな勝手許さぬと今や委員会などでも机上には紙一枚なく、何よりもメモに不自由でかなわぬと不平申し上げれば付属のペンで...こんな反応悪いペン使えるか。いづれ慣れると説諭されども一向にその兆しなく。万事が「機械の故障」で片付けようとされるも原因は充電不足に入力の間違いと自らの不始末であったりもする訳で手に負えぬ。

一方ではんな鬱憤が災いして大事な審査を疎かにしとらんかと憂う一人なのだけれども情報なきは孤立しかねず、眉間に皺を寄せれば慌てた担当に私有のスマホで同様の操作が可能と教わったまではいいのだけれども件名のみ記されたメールが届いて次頁に進みたくば必要事項を入力せよなどとエラそうなメッセージが表示されて...。おい、コラ、内緒でそんなの進めるんぢゃない...と詰問すれば、昨年の団長会議の議題にちゃんと。

さて、連休明け。数年前であれば忙殺されし弁当の手間も今や給食。手抜きとは言わねどその負担は随分と軽減された上に「温かく」て「旨い」と評判上々。親が作るが当然と古い価値観を振りかざしてみても軍配は明らか。隠さずと私などは弁当派の確信犯だったからね、正直、票にはなると知りつつも諸々の視点からその実現を懐疑的に眺めておったんだけれどもさすがにここまでの効果とは思わなんだ。尚且つ、他都市の動向を注視するなどと慎重姿勢を崩さぬ役人の世界において機先を制しての実施は珍しく羨望の的だとか。

議会が承認したからだなどと自らの手柄が如く吹聴しとる輩もおるそうだけどそりゃ反対出来なかっただけの話で「消極的」賛成。安からぬ負担を被る格好にはなったけれども出産は苦などとの認識が蔓延しては成長を阻害しかねず、やはり子育て世代への投資は惜しまぬに限る。息子の入学に間に合いし「現」市長の英断に中学校のみならず次なるは高校も、と請いし相手は...。やはり胃袋ってのが肝心なんだナと。

(令和元年5月10日/2498回)

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2019年5月 5日 (日)

令和

汗はかけども手柄は他人。脚本の労は厭わねど舞台を譲りし最古参。引退の花道といえば粋に見えるもこちとら目立つは好かぬ性分に一計を案じただけなのだけれども当日は手元の原稿に予定されておらぬ謝辞が盛り込まれ、台詞そのままに公開された会議録を見つけた。私が提案者を代表して読み上げた陛下御在位三十年の奉祝決議も全会派の賛同集め、平成最後に相応しい定例会では無かったか。

令和奉祝、正確には天皇陛下御即位慶祝の記帳を終えた。本来ならば正装に身を包み、皇居参内するが臣下の礼なれど、陛下御自身も述べられておられたようにあくまでも「象徴」ですし...。休日といえどちゃんと区役所には記帳所が設けられていて守衛の方が丁寧に対応して下さった。元号改正といえば御崩御後の失意の中に迎えた平成の体験に国全体が喪に服すというか万事自粛の風潮に数ヶ月を過ごした記憶しかないのだけれども先代が御健在とあらばやはり祝福の中で連休を謳歌しなければと思うのは私のみではなさそうで、元旦というか年初はどこぞのセンセイからの誘い受けて何とも贅沢な一日を過ごさせていただいた。

さて、十連休。大型連休とは中々時宜に適ったというか、新年度からひと月。小休憩に適した頃合いな上に新緑の季節とあらば永田町のセンセイ方も外遊となるのも頷けなくもなく。されど、旅行とて単身ならまだ「多少は」一考に値するも平日とは比較にならぬ破格の料金体系に家族全員分の負担とあらば手が届かぬ上に何を好んでかあの渋滞はかなわぬ。やはり良心的な料金体系を堅守する鉄道にて近郊の日帰りあたりが適当かと子供に付き合うことになった。

で、向かった先は...市川市東山魁夷記念館。横浜市に生まれ、北欧の大自然に魅せられ、晩年は自然残る長野県の所縁深いは知り得ていたものの市川市とはこれいかに。上野の美術館など混雑でかなわぬ、都心から離れた郊外に建てられた西欧風の瀟洒な建物と作品の数々は春の散歩に最適か。展示された歩みの中に唐招提寺の襖絵が巨匠の作と初めて知った。

唐招提寺といえば開基は唐の高僧、鑑真和尚。当時を描いた井上靖氏の「天平の甍」の描写は秀逸と思うのだけれども遣唐使に託された招聘の要請に立ちはだかる荒海の壁。まさに命がけの決死の渡海を躊躇する弟子たちを前に「誰か行くものはおらぬか」と鑑真が問うこと三度。固唾を呑んで見守る静寂の中に声が響く、「ならば私が行こう」。数度の失敗に視力失うも六度目の挑戦にようやく辿り着いた鑑真の功績は小さくなく。

「文明の衝突」を著したサミュエル・ハンティントン教授の考察に従えば隣国とは文明を異にするわが国において漢籍ならぬ自国の古典からの出典を歓迎しつつも編纂はちょうどその頃だそうで。出典のみに留めおけばいいものを人の口に戸は立てられぬ。知らず聞こえてくるこぼれ話は耳障りのいいものではなく。皇室の弥栄と新たな御代の天下泰平を祈りつつ、大型連休を...それにしても長いナ。

(令和元年5月5日/2497回)

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