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2018年12月30日 (日)

宣告

辻立ち、戸別訪問に勝る必勝法無しといえども間が悪くては逆効果。そのへんの機微に疎くてはこの仕事は務まらぬ。玄関開けっぱなしの御屋敷ならいざ知らず、呼び鈴を鳴らすべきか否か、鳴らさずとも名刺に一筆添えて郵便受けに投函すれば足跡残るもやはり...。

が、そんな迷いなどこちらの苦悩に比べれば取るに足らず。身内の禍患は口外を憚りがちにてこちとら聞くに聞けぬ、そっとしておくに限ると手短に挨拶を済ませ振り向きざまに奥様が口を開いた。この夏頃から状態が著しく悪化、目を離した隙の徘徊中に転倒して救急車による搬送沙汰になったそうで「もうこれ以上は...」とやむなく施設に依頼したと。

当人がそのことに気付いたのは七年前、奥様に促されて受診した際の医師の診断書にその三文字が見えてしまったらしく、「私は認知症でね」とこぼす当人に「んなこと言っているうちは心配無用」と返す以外の術知らず。当人とて知ってしまった以上は症状が進行すればどうなるか知らぬはずは無い訳でその心境いかばかりかと。

匿いがちな御家族とて当人の尊厳、身内の恥以上に放置して他人様に迷惑かけれぬとの苦渋の選択か。後援会の運営の足しにと届く金一封。症状が進んで忘却のうちに届かぬのが自然なれど同時に二つも届くは徳の賜物。勿論、私じゃなく相手方だけど。ちゃんと御礼かたがた一つは御戻しに伺いましたよ。

以前であれば症状が現れる前に尽きる寿命、食の改善に医学の進歩がもたらす悲劇なんて言っちゃいけないんだろうけど事態は深刻。同じ国民病とされるがんなどは遺伝に不摂生と当人の生活習慣に負う面少なからずもこちとら原因明らかならずして誰しもに発症の余地あらばそこに税を投入しても理は損なわぬ訳で認知症検診の助成制度の創設を、と一般質問にあった。

昔であれば「御家族は...」などと宣告されればおよそその後は悟ったものだけれども昨今などは執刀か投薬か、十割とはいかぬまでも完治の確率は格段に上がった訳で。その背景には医療の進歩と早期発見を狙いとする検診の普及がありそうだけど、一方では何気なく受診した検診にて突然の予期せぬ宣告に手術に手術を重ねて...。手術などせぬほうがと述懐してみても時既に遅し。外見上は何ら変哲なく御元気だったのにナ。

誰しもがそのへんの齢になれば何かしらの不都合は生じる訳で何も税務署ぢゃあるまいに「クロ」を前提に眉間に皺寄せて欠陥探されずともある日の異変にそれが天命と担ぎ込まれたほうが...それもいやだナ。まぁいづれにせよ不謹慎ながらそちとらおよそ出口が見えるものの、こちとら見えぬ出口。医学的解明も道半ばにして効果的な処方箋なくば医師の「宣告」はかえって不都合なこともありやしまいか。「クロ」ならまだしも「疑いアリ」などと言われても。

さりとて、手を打たずば刻一刻と悪化の一途を辿る症状、手を打てど進行を「遅らせる」、完治ならぬところがもどかしさにて患者ばかりが増えゆく現状に追いつかぬ治療法。それが運命と受け入れざるを得ないのだけれどもそれもまた人類の叡智が克服してくれる日を願いつつ...よい御年を。

(平成30年12月30日/2473回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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