なおログ[Blog]

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

2018年12月

2018年12月30日 (日)

宣告

辻立ち、戸別訪問に勝る必勝法無しといえども間が悪くては逆効果。そのへんの機微に疎くてはこの仕事は務まらぬ。玄関開けっぱなしの御屋敷ならいざ知らず、呼び鈴を鳴らすべきか否か、鳴らさずとも名刺に一筆添えて郵便受けに投函すれば足跡残るもやはり...。

が、そんな迷いなどこちらの苦悩に比べれば取るに足らず。身内の禍患は口外を憚りがちにてこちとら聞くに聞けぬ、そっとしておくに限ると手短に挨拶を済ませ振り向きざまに奥様が口を開いた。この夏頃から状態が著しく悪化、目を離した隙の徘徊中に転倒して救急車による搬送沙汰になったそうで「もうこれ以上は...」とやむなく施設に依頼したと。

当人がそのことに気付いたのは七年前、奥様に促されて受診した際の医師の診断書にその三文字が見えてしまったらしく、「私は認知症でね」とこぼす当人に「んなこと言っているうちは心配無用」と返す以外の術知らず。当人とて知ってしまった以上は症状が進行すればどうなるか知らぬはずは無い訳でその心境いかばかりかと。

匿いがちな御家族とて当人の尊厳、身内の恥以上に放置して他人様に迷惑かけれぬとの苦渋の選択か。後援会の運営の足しにと届く金一封。症状が進んで忘却のうちに届かぬのが自然なれど同時に二つも届くは徳の賜物。勿論、私じゃなく相手方だけど。ちゃんと御礼かたがた一つは御戻しに伺いましたよ。

以前であれば症状が現れる前に尽きる寿命、食の改善に医学の進歩がもたらす悲劇なんて言っちゃいけないんだろうけど事態は深刻。同じ国民病とされるがんなどは遺伝に不摂生と当人の生活習慣に負う面少なからずもこちとら原因明らかならずして誰しもに発症の余地あらばそこに税を投入しても理は損なわぬ訳で認知症検診の助成制度の創設を、と一般質問にあった。

昔であれば「御家族は...」などと宣告されればおよそその後は悟ったものだけれども昨今などは執刀か投薬か、十割とはいかぬまでも完治の確率は格段に上がった訳で。その背景には医療の進歩と早期発見を狙いとする検診の普及がありそうだけど、一方では何気なく受診した検診にて突然の予期せぬ宣告に手術に手術を重ねて...。手術などせぬほうがと述懐してみても時既に遅し。外見上は何ら変哲なく御元気だったのにナ。

誰しもがそのへんの齢になれば何かしらの不都合は生じる訳で何も税務署ぢゃあるまいに「クロ」を前提に眉間に皺寄せて欠陥探されずともある日の異変にそれが天命と担ぎ込まれたほうが...それもいやだナ。まぁいづれにせよ不謹慎ながらそちとらおよそ出口が見えるものの、こちとら見えぬ出口。医学的解明も道半ばにして効果的な処方箋なくば医師の「宣告」はかえって不都合なこともありやしまいか。「クロ」ならまだしも「疑いアリ」などと言われても。

さりとて、手を打たずば刻一刻と悪化の一途を辿る症状、手を打てど進行を「遅らせる」、完治ならぬところがもどかしさにて患者ばかりが増えゆく現状に追いつかぬ治療法。それが運命と受け入れざるを得ないのだけれどもそれもまた人類の叡智が克服してくれる日を願いつつ...よい御年を。

(平成30年12月30日/2473回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月25日 (火)

駅弁

初演は作曲者自らが指揮棒を振り、終演後における背後の喝采は奏者に言われて気付いたとの逸話残る。既に聴覚が途絶えていた訳で耳聞こえずともあれだけの曲を完成させたベートヴェンなる人物はまさに楽聖の名に相応しく。

迫り来る恐怖に対峙しつつ、絶望の淵に立たされて辿り着いた境地に遺恨の情は微塵もなく、聞く者全てを幸福感に包み込む。ファンならずとも生涯に一度は聴くべき価値ある一曲。俳句の季語にもなる位だからすっかり定着した感のある第九。年の瀬の演奏はわが国特有の現象なれどそこに合わせた日本人の音楽的センスは非凡ならざるものがあるのではないか...と解説はその程度にして。

本市が誇る音楽ホール。海外の有名オケの公演は一流ホールの証なれどその名に見合うレストランが見当たらぬ。折角の上客が他に逃げられては大きな損失。美食家を唸らせる名店を誘致して、と確かそんなやりとりだったと記憶するも、ひく手あまたの相手に譲歩するは自由競争を阻害しかねず。

旅好きな性分にて各地の名物はおよそ喰い尽くしているのだけれども駅弁なるものだけは...。確かに諸々の手間が価格に転嫁される、そりゃ分からんでもないのだけれどもコンビニの弁当を比較してしまうとやはりそこには競争を阻害するエキナカなる弊害があるのではないかと。

そう、今定例会の一般質問に本市の競馬に関するものがあった。川崎競馬は組合施行、つまりは複数の自治体が出資して運営されるもんだから本市の意向のみでは事が進むものではないのだけれども悪からぬ業績に本市にも還元される利益、いや、配当。さりとて、それが十年後も保証されるとは限らん訳で更なる魅力向上を...。

所詮は鉄火場の腹固めにてそういうもんだと割り切れば何てこともないけれど副次的なものとて侮れぬ。何もフレンチの名店を呼べと言っとる訳ではあるまいにB級グルメ的な店で十分なれど売店の出店の差配握るは地主側。あそこの土地は民間所有にて組合が地代払って興行をしとるのだけど、そこまで口を挟まれてはかなわぬとAセンセイ。

バブル時代の負の遺産、経営改善が叫ばれつつも市内小学生の入館料収入に支えられ一向に復調の気配見えぬ収支に投じられる補助金。退くも進むも茨の道にていっそ「廃止」を決断すべきとの一文を団長(当時)の指示で手を入れたのが数年前。当人から折角の原稿を骨抜きにされたと今以て恨み節をこぼされる市民ミュージアム。美術鑑賞を趣味とする知人にそのへんの評価と世の動向を聞く機会に恵まれた。

収益を生み出すは常設展ならぬ企画展。そのへんはキュレーターの腕とそれを支える経営判断に負う面大きいのだそうでここ何年かは悪くないと意外な評価。確かにゴルゴ展も来たからナ。失敗しがちな高額の美術骨董品の所蔵はないし、立地とて駅前一等地とは言えぬまでもかろうじて徒歩圏内ゆえあとは...。

都内どこぞの美術館なんぞはフレンチの巨匠招いたレストランはランチも大盛況だそうで、こちとら鉄腕アトムを彷彿させる前衛的なモニュメントの芸術性は分からんけど、子供遊ぶ芝生を横目に優雅なランチはアリかもしれぬ。名店にあらずとも外の景色見渡せる開放的なレストランスペースの入居見つからぬのは残念ではないか。

(平成30年12月25日/2472回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月20日 (木)

散財

小心者ゆえカツアゲに遭わぬように...と胸ポケットの小銭入れと漱石数枚が日々の所持金なのだけれども柿を通じた交流進む長野県高森町がしんゆりマルシェに出店すると聞いて「特別に」諭吉翁を忍ばせた。折角の遠路に閑古鳥が鳴いては顔立たぬ、偽客とて店を覗かば後ろに列が出来るやもしれずと顔出せば心配に及ばず。おらが観光協会の面々が目立つ柿色の衣装に身を包み販促の手伝い、そこに現れたるは絶好のカモ。

目立ってなんぼの世界、勝手知りたる相手方も過剰反応で迎えて下さる宣伝効果は抜群なれど御当地名産の最高級「市田柿」は一箱四千円也。あれよあれよと有り金全て散財した挙句、「足りぬばいくらでも貸すぞ」と地元の御大尽。私もその位言えればナ。一攫千金、年末ジャンボ一億円など当たらぬに限る、下手に運を浪費すべきではないとは妻の小言も宝くじのキャンギャル、いや、宣伝嬢?それも失礼、「幸運の女神」来たらば無視ともいかず、つい。寒風が身に染みる懐具合。

一方、巷じゃ一億円どころか百億円の還元が十日で完売、更なる還元に向けて...と大尽ぶり目立つ話題の会社。還元率二割とあらば消費効果は五百億円にて侮れぬ散財。選挙において何でも無償との演説に群がるは毛鉤に釣られる魚に同じと評した御仁がいたけれども巧妙な作戦に乗せられる消費者。勝手に騒いでくれるから一躍世に知らしめる効果は投資額以上か。

それでいてスマホに同じく一度契約してしまえば変更容易ならぬ囲い込みが可能な上に、筒抜けの情報は他社垂涎の的にて百億といえど撒餌に過ぎず。世にそんなオイシイ話は無い訳で不正利用の被害叫ばれこそすれ撒餌の額にかき消され。政治献金然り金銭は履歴残らぬ現ナマに限るもキャッシュレスの将来やいかに。

さて、師走の喧騒に募る苛立ち。その鬱憤はこちらに向きかねず。踏切の遮断時間に道路の混雑。待たされた挙句に通過車両が急行であればまだしもロマンスカー、いや、「回送」だったりもすれば...。そりゃ安全第一なれど事故ではあるまいに遮断機が下りてから通過までが「異様に」長いのはいかがなものかと役所に宿題課せば、「それは鉄道会社の都合にていかんとも...」とそっけない、というかそっけなさ「過ぎる」答弁に声を多少荒げただけなのだけれども、その後に担当者が異動になったのは私のせいだなどと言われてもそりゃ知らんよ。

ほぼ並行して走る道路と鉄道。方や拡幅、もう一方とて複々線化の計画があるのだから道路は地上、鉄道は地下と一体的な整備が進めば万々歳なのだけれどもここまで都市化が進展すれば難航極まる用地交渉。その間およそ十米にて線路向こうの信号が青でも踏切の遮断機が下りていたり、踏切が開いていても向こうの信号が赤だったりと。複数台が全て同じ方向に動く老舗百貨店の昇降機じゃあるまいに、まさにそれこそAIで工夫改善が図れぬものか。

近接交差点の信号機と踏切の連動を図る事例や踏切と信号機を一体として自動車の一時停車が免除されるいわゆる「踏切信号機」など踏切遮断と信号機による停止を調整する仕組みが散見。当該箇所にあてはめると一定の効果がありそうだと市が研究を開始するとか。無事に一般質問を終えた。

(平成30年12月20日/2471回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月15日 (土)

干柿

どれほど雑務に追われようとも年に一度位は顔を拝見せねば...と地元を歩き始めた。閑静な住宅街の徒歩圏内に広がる畑こそおらが選挙区の魅力。鍬も持たずに耳学問で農業を語れるかと会派で畑を借りているのだけどちゃんと手が行き届いているかと脇を通ればかかる声。こちとらあくまでも...と弁明すれど背広姿で収穫となった。

産直野菜は人気衰え知らず、途中の大型直売所セレサモスなどは開店直後にも関らずごった返す店内。生産者の氏名が記されているから活躍の度合いが分かる。旬過ぎて名残に近い柿の棚に見かけた干柿の生産者はKさん。これが抜群に旨かった。最近なんぞもワイン作りが耳目を集め、その一本の入手を画策したのだけれども数量限定にて即完売。

そんなKさんが地元野菜を自慢の献立で提供するレストランを開店させたと聞いたものの、とびきり上品な店ゆえ女性若しくは女性同伴なくば入店は困難などと流れる噂。話題の名店を訪れたくとも相手不在の苦悩を吐露すれば「特別に」許可下りて狙う機会。そんな御好意に甘える以上は手ぶらという訳にはいかぬ。

確か当人が手がけた品種はピノ・ノワールだったはずで、ピノといえば...。ワインに問われるセンスと教養。ニュージーランドで世界最高のピノを目指す日本人ワイン醸造家K氏のホームページを手がけるデザイナーが何を隠そう私のページも請け負って下さっていて、聞けば今やプレミア付いて知人といえど入手困難とか。ならばと選んだ一本は...。

さて、本題。採決終えて、次なる舞台は一般質問。事前通告制にて久々に多目に盛り込めば同じ説明でも相手方の緊張感がまるで違う。やはり質問権ってのは大事なんだナ。私どもは社外取締役のようなもの、口は出すけど手は出さぬ、いや、出「せ」ぬ。働き方改革にて業務効率化の為にAIを...。いや、そりゃ勝手だけど効率化が過ぎて職を奪われんようにと余計な心配。

そんなAIの話を伺ったのだけれどもその一つに催告業務において応答率の最も高い時間帯等を予測して電話するなんてのがあって、そりゃAIならずともヒトの経験と勘で十分ではないか、よもや自動音声ではあるまいな。かと思えば、悩む待機児童の分野でもその突合、いわゆるマッチングに活用出来ぬかと進む検討。こないだもその技術を恋愛になんて本を見かけたけど、一対一が多対多になれば乗数的に組合せは増える訳で。

ふむふむ、でも待てよ、実現すればそこに携わる職員数も減るのだろうけど、同時に支援者の御子息御令嬢の割り込みを主な任務とする「私ども」いや「私」の存在意義も...バカか。今や当人の状況が自動的に点数化されるのだからそれを単純に上から割り振っていけばいいだけの話で。むしろ年間一万件、枚数にして五万枚とされる申請書類の記載内容をシステムに入力する手間や申請用紙に保護者が記す負担の軽減にこそ活用が図られるべきではないのかと詰め寄れば。

現行の申請に認められる郵送の割合は全体の一割にも満たず、それでいて記載事項に不備あらばその確認の手間は従来の比にならぬ。やはり、マッチング然り、申請の窓口然り、顔合わせてあーでもない、こーでもないと口角泡飛ばしてこそ。挨拶回りの途中に見かけた親子に「寒空に迎へ待つ母子顔近し」と一句詠んだ。

(平成30年12月15日/2470回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月10日 (月)

一線

いつぞやの総理失脚は大国の虎の尾を踏んだ資源外交にありなどと聞けば触れてはならぬ一線の存在を疑ってみたくもなり。次世代自動車が叫ばれて久しくも普及広がらぬ背景には技術以上に...。そちらはあくまでも燃料なれどこちとら残るもどかしさ。

生理現象ゆえ老化は防げぬと知りつつも気にならぬといえばウソになる訳でその謳い文句に手に取る育毛剤(いや、トニックか、同じだナ)。血流を促すことで毛根を刺激云々などと記されとるけど束の間の爽快感にその気にさせられる位で実際の効果は知らぬ。これだけ研究が進む中で未だ対岸に到達せぬ背景には関連業界の見えない抵抗があるのではないかなどと。風穴を開けるとなると何かと混乱生じる構図はどこも同じか。

作成を指示した当事者の意を酌めば、コミュニティなるものは何もそこに限った話ではない訳でソレに属さずとも気の合う仲間同士の社会貢献は可能であって、そんな動きを後押しして何が悪い。対するはコミュニティといえば「当然ながら」言わずと知れた町内会・自治会がある訳でそんな得体の知れぬ新参者と由緒伝統あるわれらが町内会・自治会を同列扱いに論じるとはけしからんとの鬱憤、当人の表現を借りれば町内会・自治会は「通奏低音」のようなものでその上に他の活動が成り立つとか。で、ゴングが鳴った。

市内在住の音楽家が結びついての演奏会や元プロ選手を招いてのスポーツ教室、そのへん新たな可能性として十分に社会的意義を見出せそうなもんなんだけどそりゃあくまでも希望的観測に過ぎず、実態はヘンな政治的意図を有した団体が生まれぬとも限らず。一方、多様化する今日においては他からの干渉を嫌ったり、行政の介入を是とせぬ団体にまで手を伸ばすのは余計な御節介ではないか等々。それでいて計画の表題が「希望のシナリオ」とあらば...。

カタカナ用語や行政が作った造語の羅列で内容が非常にわかりづらく、行政独りよがりの内容といっても過言ではないなどと酷評踊る原稿。確かに美辞麗句並ぶ計画は目を惹くも勝手な解釈の余地十分とあっては将来に禍根残しかねず。その舌鋒鋭い表現に手を入れるべきか否か逡巡はしたのだけれども執筆者の気迫に押されて...ま、いっか。概念先行の計画に拭われぬ懸念、百家争鳴の予兆あり。本市におけるコミュニティの将来のあり方を示す「これからのコミュニティ施策の基本的な考え方(素案)」の話。

さて、叫ばれる担い手不足は深刻。世界に席巻する過激な排外主義に与せぬも在留資格の緩和絡めば話はソコに限らぬ訳で。生態系に跋扈する外来種に見る将来への不安。ただでさえおひとよしの国なのだから虎視眈々と狙う黒船襲来の意図位は見透かしておかねばならんのだけど、一方では折角の求人あれど応じ得ぬ昨今の複雑な国内事情も絡む。苦渋の決断に違いなくも後戻りきかぬだけに制度設計はくれぐれも慎重に。

(平成30年12月10日/2469回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年12月 5日 (水)

遺作

そんな都合のいい話は無い訳でタダはあり得ぬと知りつつも抜かれる個人情報。言わずと知られたハッピーバースデー当日に寄せられたメールは百通以上。向こうにとっては一人だけどこちとら相手百人だからね。ありがた迷惑...いや、折角の好意ゆえ無碍にも出来ず、鍵盤を必死に叩いての返信に帰宅は深夜。翌日なんぞは眼精疲労著しく、偏頭痛に吐き気失せず、慣れぬことはせぬに限る。

例年、その前後が原稿〆切となるだけに仕事に追われて早く帰ったためしはない(いつぞやに聞いた台詞だナ)のだけれども代表質問の原稿は部屋内の分担制。こちとら題材は選ばんのだけれどもこと最近は入札絡みを請け負うことが少なくない。相反する利害関係に様々な価値観が絡むだけについ前例を踏襲することが無難な選択肢であって折角の変革も躊躇しがち。過ちては改むるに憚ること勿れ、失敗を恐れちゃイカン、試行錯誤は成長の源泉、試行的な取組を積極的にやるべしと迫ってみたものの。

台風後の被害復旧のような緊急事態にいち早く応じる背後には何らかの「見返り」があって、そのへんが両者の信頼を生み、ある程度上手く機能していたはずなのだけれどもあれだけ騒がれれば関係も希薄化する訳で。そんな時だけ泣きつかれてもってのが本音。参入促さねば堕落は必至なれど野放図では融通利かず、互いの距離感ってのが何とも微妙。およそ入札絡みの不祥事などは負けた相手の意趣返しか部署内の妬みが端緒。

恨みは買わぬに限るけれどもそんな事情はこちらも同じ。各自が手がけた原稿の手直しは正副団長の仕事なれど折角の力作に手を入れられることへの拒絶感があるらしく。こちとらこんな役を背負わなければ恨みを買う汚れ役なんぞまっぴら御免であって「不本意ながら」の行為に寄せられる声は様々。見違えたなどと謝辞だか世辞だか分からんものもあれば怨嗟に近いものも。受け止め方は個の性格に負う面大にして。

まいど御登場はNセンセイの遺作。当時新人の私が手がけた原稿を手直しいただいたのだけれども「てにをは」含む語尾の修正とか更に深掘りしたなんてレベルになく。私の原稿の上に「重ねて」全く別の原稿を記されたものであって、まぁ全否定...というか本人の思いの丈が綴られたに近く。私の原稿の元字は「黒」だけど、向こうは「赤」だからね、ありゃ文章じゃなくて絵画だよ絵画。そんな親心あふれる芸術作品は捨てれずに今も机の奥深くに眠っている訳でこんど額縁にでも入れて飾ってみようか。

何かとヨイショされがちなセンセイとあらば必然的に独善的に陥ること往々にして他人様の指摘に気付かされる一幕は本人の肥やしになるばかりか、何と申しても御節介こそ記憶に残る。昨今は叱るよりホメて伸ばす指導法が流行らしいけれどもあれとてその効果云々以上に相手への余計な干渉を避けたい意図こそが大ではないかと思わんでもなく。あれから数十年、振り返って懐かしまれる担任の先生ってのはやはり...。

(平成30年12月5日/2468回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

 
自民党
山崎なおふみは自民党の議員です
自民党ホームページへ
KAWASAKI CITY
山崎なおふみは川崎市の議員です
川崎市議会のページへ