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2018年11月 5日 (月)

高僧

秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので落日が早くなった。他陣営に比べて枚数だけは「格段に」多いもんだから追われる貼り替え。線路沿いの壁に貼られたポスターなんぞ白昼堂々とあっては不審者に間違われかねず、深夜にそっと踏切から侵入して...。

「おい、不法侵入」、振り向けばスマホのカメラがこちらに向いていた。運動会の寝ている写真を撮られたのもこの御仁だったナ。深夜の二三分のはずも「そんな時に限って」「最悪の相手と」居合わせる不思議。新たなポスターの写真はこのバカ面でどうか...なんて悪い冗談よしてくれ。えぇ、私が属する神社若手会の会長です。

んなこともあったりして、手軽さこそ認めるもあの来賓席からカメラを向ける仕草は品位を損ねておらぬかと思わんでもなく。そんな席に身を置く恒例の児童作品展を終えた。市内の小学校から寄せられた作品数二千点の中の絵画の部の最優秀作品は娘の同級生だそうで。おらが神社の境内の盆踊りを描いた作品。で、書写の部なんぞもフツーに巧いとは思うのだけれどもやはり字を書く機会が減った分だけ。文章では伝わらぬもどかしさ、写真であれば一目瞭然なのだけれども。そう、書写といえば...。

木製の立派な額に劣らぬ字の主は大そう徳を積まれた御仁に違いないと由来を聞けど知る氏子なく。賽銭箱の向こう側、御神体が祀られる本殿手前の拝殿の正面に飾られた額。百聞は一見に如かず、まずは一枚の写真を。読者諸賢はこの字を何と読む。

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漢字の部首は左が偏(へん)で右が旁(つくり)。私なんぞは左の漢字のヘンが言偏(ごんべん)であること位は分かり得るもあとは推測。その旁(つくり)部は「変」に見えてしまうのだけれども言偏に「変」なんて漢字無く。ならば右の漢字はどうか。偏(へん)が「十」で旁(つくり)が「曷」と推すれどもそんな漢字無く。仮に手偏とすれば「掲」が思い浮かぶのだけれども左の漢字と併せたらしき二字熟語は...。

かくなる上は、と訪ねし書道家。主不在にて同じく書道家の奥様に鑑定を依頼すれば左の文字は「誠」なれど右の字に悩む。ヘンは土偏に見えなくもないが、仮に「土」だとすれば旁(つくり)に悩む。御主人に言伝いただいて後日改めて鑑定結果を拝聴することになった。

で、数日後。大家曰く、右の漢字は「謁」ではないか。とすればその偏(へん)は「言」なのだけれども左側の「誠」の「言」とは随分違う。そこを問えば、同一の文字を書くに横棒一本の太さ濃さ角度等々、あえてそうすることは少なくないと。そもそもに謁見などに見る「謁」の字の語源というか形声は「神に告げ求める」の意を含むものゆえ不自然ならず。

確かに言われてみればその筆跡や「言」に見えなくもなく。とすれば次なる疑問はその意。「誠謁」なんて熟語は存在し得ず、逆に読んで「謁誠」とて同じ。ふ~む。が、そこはさすが大家。「戒名然り、造語というか誰も知らぬ熟語の意を説くことに高僧の高僧たる所以があるではないか」と。「誠」を以て神様に「謁」するの意と解釈すれば確かに。

揮毫者でなくばその真意知る由もないが、高僧に負けず納得させられる名解説ではないかと。

(平成30年11月5日/2463回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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