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2018年6月 5日 (火)

水兵

村役場ならば多少の顔は利く「はず」も相手が霞が関とあらば...。さすがに門前払いとまではいかぬまでも俗にいう「たらい回し」などに遭ってはかなわぬ。おらがN代議士に依頼すれば二つ返事で仲介の労を。

お上の役人が雑務に追われては国家の損失、余計な気遣い無用と伝えたはずも出迎え付きで御丁寧に対応いただいた。泡沫といえど代議士ってのはすげ~んだね、「泡沫」は余計か。手際良く片付けていただいたもんだから予想に反して余した時間。現場に戻るにせよどうせ退屈な御進講に書類の山、で、夜は再び都内とあって悩んだ末に...。

オマエ如きに何が分かるんだとの批判ご尤もで作品の甲乙なぞ分かりゃしないよ。あぁこれがあの本で見かけた絵だなとか所詮はその程度の話で下手の横好き以外の何物でもなく。美意識は主観に負うものだけに評価様々なれど当時の時代背景に作者が置かれた状況を知るにその作品に込められた意図というか貫かれた哲学、そのへんがまた魅力の一つ。東京都立美術館にて開催中のプーシキン美術館展に顔を出した。

看板は巨匠モネの「草上の昼食」。同名の作品がモネならぬ「マ」ネにもあって、何を隠そう印象派はこちらが先駆者。花の都なんてちやほやされるのも二十世紀以降の話であって、それ以前なんぞは衛生面などそりゃもう杜撰だったとか。十九世紀中盤に押し寄せた都市化の波、目まぐるしく発展を遂げる時代に生きた画家たちが選んだ題材と価値観。宗教画を源流とする主流派に背を向け、天使は描けぬと低層階級に目を向けたクールベ、何も無いと思うような辺鄙な地で美を見出せる人は何と幸福なことかと牧歌的な作品を残したピサロ。

マネの代表的な作品「鉄道」には母に背を向け鉄道に見入る少女が描かれ、母の寂しげな表情に窺い知れる親子関係は時代が残した負の遺産。そんなマネが描いた「草上の昼食」の評価は。裸体は神から授かりたもうた神聖なものとの固定概念にその作品に描かれた裸婦は世俗的と酷評されて。それこそがマネの挑戦だったんだけど。以上、勝手な作品評にて。

人類初の月面着陸は米国なれど有人宇宙飛行は露国。プーシキン美術館は同国の富豪の所蔵品によるものだけど夜もたまたまそちら。まずは定番、ボロディンの歌劇「イーゴリ公」より「韃靼人(だったん)人の踊り」。理系諸君ならば誰もが呪文が如く暗記した「すいへいりーべ」。元素の周期表を考案した、かのメンデレーエフをして彼が音楽に惹かれなければ偉大な発見をしたであろうと言わしめた日曜大工というか週末音楽家の官能的かつ抒情的な旋律に始まり、後半はショスタコことショスタコーヴィチの交響曲第五番。

十指に入る名曲なれど、その深淵に迫るには時代を知らねばならず。革命が生んだ独裁者の恐怖政治の下、忍びよる粛清の足音。文章ならば証拠明らかなれど、こと音楽とあらばそれが反体制的などと糾弾されても...。死を覚悟したであろう本人が乾坤一擲の勝負を挑んで世に送り出した作品がこちら。拍手喝采、大成功の初演にさすがに独裁者も認めざるを得ず、名誉挽回、命を救った名作。

隣のKセンセイなどは同曲の序奏に似た旋律がベートーヴェンの交響曲第七番の第四楽章に登場するとかでその関連性を楽団員と思しき会場の案内係に尋ねたとか。ベト七も名曲なれどさすがにそこまでは...。あちらの第五番が「運命」ならばこちらは「革命」の名が。

(平成30年6月5日/2433回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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