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2018年6月

2018年6月30日 (土)

生卵

地元の御三家、といっても家柄ならず脚力自慢の三傑。昭和一桁生まれのKさんは陸上男子一万米の市内記録を十年以上保持し続けた韋駄天。そんなKさんによればレース前の生卵が呼吸が整えるのだとか。

炭水化物を抑制してタンパク質中心の食生活にて減量と筋力アップを図り、レース直前は炭水化物を中心にした食事でエネルギー貯蔵に繋げる、カーボローディングって理論なんだけど摂取すれば必然的に排泄を伴う訳で代謝も含めてそちらも気にせねばならぬし、何といっても軽い方が負担が少ないってのは当然の話。が、最近はそれすらも超越する理論が浮上したりもして。

まぁ二十年以上もハマっとると迷信、眉唾の類も含めて凡百の実践例に遭遇する訳でそのへんの検証がこの種目の隠れた魅力の一つ。日進月歩の必勝法、筋肉痛の原因は乳酸ゆえアミノ酸の摂取が疲労軽減に効果的なんてのは近年の話で、乳酸犯人説は囁かれていたものの、当時は休憩所に置かれたサロメチールに随分と救われた。あれ塗るだけで限界から更に数キロは走れるんだ。

が、いづれも過信は禁物、やはり練習量に勝るものなく。抜かりない状態で臨む為には前夜の睡眠は欠かせず、折角の機会とばかりに贅沢宿の個室を予約したものの、ラン仲間に一緒にどうかと誘われて当人の高校時代の部活動の先輩にその会社の友人という見知らぬ面々と相部屋に。やはり孤独は不得手...でもないのだけれども前夜祭さながらに宿自慢の料理に地酒、走遊談義に寝不足で迎えた当日は朝飯三杯平らげて。

眼前には雪渓、眼下には雲海。標高一千五百米がスタートで二千七百米が折り返し。「天空まで昇ってこい」などと挑戦心そそるフレーズが目を惹く日本一高い所を走るフルマラソンの完走を遂げた。

さて、本題。本日の議題は進まぬインフラ。それでもここ何年かかなりの予算を投じとるんだけど渋滞の鬱憤を晴らすに至らず。東京都の目立つ変貌ぶりに向けられる不満の矛先。東京都はあれだけ進むのに川崎市は...って。反対の横浜市との比較ならば分からんでもないが財源構成もまるで違うそちらと比べられてはハナからお手上げ。が、それでも...と臨んだ質問。

既に都市計画法なんて法律で道路の完成形が描かれているのだから少なくとも道路区域内の地権者から申出あれば買収すべきなれど何故か買収範囲は限定的。道路整備プログラムって市独自の計画で位置付けた「一部」区間に限定される訳で、限定した理由は広げれば虫食い状態になりかねず、区間を限定することで重点的な買収を図るなどとさも当然と思しき御託並ぶも計画期間は十年で更新は五年に一度。

不動産物件である以上、そんな簡単に右から左へと動くものではなく、やはり時宜に適わねば将来に禍根を残しかねず。そんなに待てるかって話だから機嫌損ねて二度と協力せぬなどと意固地になられても。何よりも役所の都合で「勝手に」他人様の土地の用途を決めておきながら転用は許さぬなんてのは傲慢そのものでお天道様が見逃してもこの私が...などと独りよがりで。

道路部門からすれば線を引いた責任は都市計画部門であるし、そちらから見れば実際の買収は道路部門ゆえと、そのへんが及び腰の元凶ではないかと苦言を呈してみたものの...。読者諸賢はいかに思われるか。

(平成30年6月30日/2438回)

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2018年6月25日 (月)

風鈴

夏といえば...。「夏休み」「海」「山」と続き、「アイス」や「宿題」なんてのも「らしさ」があっていい。で、参観効果か手を上げぬ一人の生徒が発言した、「風鈴の音」、風鈴ならず風鈴の音とは視点が鋭いナ。で、次なる設問は住まいの工夫。「冷房」「扇風機」とそれは文明の利器ってもんで些か趣旨がそぐわぬのではないかと見ておれば、さっきの生徒、こんどは「打ち水」と。

ふむふむ、確かに工夫には違いないが、拙宅のどこにそんな風流な仕掛けがあるんだ、おい、俳人でもなるか。「夏を快適に」と題した家庭科の授業。保護者の感想欄ながらも子供へのメッセージをと脚注にあって、「日本は春夏秋冬、四季折々の楽しみがあります。夏といえばやはり夏休み。みなさんの発言に昔を思い出してしまいました。暑さに負けず、がんばって下さい」と記した。

さて、一つの犯罪が他に影響を及ぼす模倣の連鎖は知られたところだが、世間を震撼させる犯罪が続く。万人の平等などは絵空事の理想郷に過ぎず、誰しもが何らかの差別偏見に悩み、社会の不都合に葛藤を抱きつつも、勝手が過ぎれば社会秩序が保たれず、そこをぐっと堪えるのが大人ってもんではないのか。

無差別を狙った卑劣な犯行は根底に自らの境遇への不満や社会への怨念がある訳でそのはけ口を罪なき他人に向けるは御都合主義ってもんで如何なる理由があろうとも社会的に許されるもんではない、とフツーに口にしたつもりが、時に善悪の判断も喪失するほど精神的に追い込まれるものだと妻。人権派弁護士ぢゃあるまいに何を知った物言いで。

親こそ最後の砦、自殺ほのめかす子を放置するどころか戸籍外して別な肉親に養子縁組させる親の心理も私には分らんが、どんな性格であっても学級に一人、いや、学年に一人位はウマが合うというか興味を示してくれる級友がいるもんで、友達がおらんなんてはずがなかろうにと反論すれば、そんな単純なものではないと再び。

どうせこちとらイジメには無縁の半生にてそれは単に機微に疎く鈍感なだけだったかもしれぬが、近所の定食屋とて金銭を払えば誰でも客になれる訳でそこに会話は成り立つし、人と接触する機会などはそこらじゅうに転がっとる訳でやはり孤独の原因は本人の自助努力に負う面が...。仮にそれがなくとも苦悩を昇華させるのは人に限らん訳で本の疑似体験に救われることもあれば音楽とて。

サマーミューザも一つだけれども、夏といえばやはりこの作曲家。裕福な家庭に生まれ育ったメンデルスゾーンは早熟な天才。同氏のヴァイオリン協奏曲(コンチェルト)、頭文字を取ってメンコンと呼ばれるその作品はベートーヴェン、ブラームスに並ぶ三大協奏曲の一つに数え上げられるとか。個人的にはチャイコフスキーのソレも甲乙付けがたい一曲だと思うのだけれども。

が、何といっても当人の看板はこの曲。シェイクスピアの「夏の夜の夢」を元に作曲された同名の作品に含まれる「結婚行進曲」。披露宴における新郎新婦入場のパパパパーンの曲。っていっても最近などは現代曲が使われるから聴く機会は少なくなっちゃったけど、天才が人生の絶頂期を表現した曲にて新婚ならずとも幸せな余韻に浸れる一曲。妻にでも...やめておこう。

(平成30年6月25日/2437回)

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2018年6月20日 (水)

説教

選手よりも指揮官に徹していた当時などは闘将に負けず劣らずベンチから飛び出すのが日課。勢いよく飛び出したはいいけれど足元がサンダルとあって審判からの厳重注意。そこはちゃんと詫びたはずも以降は判定が明らかに不利になったとかで「試合に負けた敗因はオマエだ」と今以て恨み節を聞かされる始末。が、やる以上は履物忘れる位アツくなきゃ...そりゃ意味が違うナ。

日またがずとも帰れそうだとの安堵感。が、油断大敵、そんな時に限って...一期下のHセンセイから着信があった。既に何軒かのハシゴゆえ随分と酔いも回っとるであろうし、およそ事情は予測出来たのだけれども、さすがに無視する訳にも参らずと出向けば待ち受ける本人。んな目くじら立てるなと諭そうにも殺伐とした雰囲気に物言えず。夢想転生が如く相手の攻撃をかわそうにも剛掌波を正面にて受け止め...北斗の拳の見過ぎか。

部屋内に響く不協和音、そもそもに、御立派な理想論かざす野党じゃあるまいし、それがどれほど理想から遠くとも妥協せねば物事は前に進まぬ。最たる例が安全保障であって自国の安全を他国に委ねるなんて道理がどこにある。そこに葛藤を抱えつつも現実の選択をしていく、それが政治ってもんで、政治とは妥協の産物。だから一部の野党なんかは野党でいることにこそ存在意義がある訳で、本気で政権を狙うなんてのは賢い本人たちも...。

で、再び部屋内。私の一存で決めかねる事案は俎上に上げるんだけど上げるには上げるだけの理由がある訳で賛否巡る応酬に紛糾してかなり重苦しい雰囲気に包まれることしばしば。善悪の判断ならば事は単純なのだけれどもそこに価値観が入ることで割れる意見。価値観ゆえ双方の言い分に利はあって、故に双方に「顔が立つ」よう丸く収めるのが私の任務。上は上で下を説得するのが(団長の)役目だろと「高圧的な」態度で迫ってくるし、下は下で部屋の大勢に逆らって上の意向を酌むのは不自然ではないかと。

上の睨みが利いていれば下は慎重な物言いにならざるを得ず、そのへんを斟酌すればそちらが大勢を占める。既に中堅として私以上の活躍を見せるH君などは上に阿らぬ姿勢で意見をぶつけて下さるのだけど、私が「いつも」少数派に軍配を上げるものだからそのへん肚に据えかねるらしく。が、それ以上に個々の発言の裏に見え隠れする役所の意向と裏工作。洞察鈍い私の目にも見えちゃう位だから他は推して知るべし。そのへんがまた事を複雑にしている元凶にて余計な介入は部屋内の対立煽る逆効果。およそ「上」さえ押さえておけばなんて勘違いしとる市の幹部もいるらしく。

微塵も帰る気配ない客人二人。閉店に追い出されて階段下で別れの挨拶を交わそうとすれば、「これからウチでもう一杯どうか?」と。おいおい、細君に子供が寝とるではないか、そんな大声では近所迷惑、いや、それ以上に、これ以上、説教などされたらかなわぬと拒んだものの、やはり、その位アツくなければ人は動かせぬもの。その心意気やよし。翌朝は随分と二日酔い気味だったけど、くれぐれもヤケ酒に溺れて蝕まれぬよう。団長より。

(平成30年6月20日/2436回)

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2018年6月15日 (金)

基金

代表質問の最終調整。質問原稿に答弁書を積み上げて残時間を算出。その範囲内にて再質問に意見要望、再々質問と埋め込んでいくのだけれども示された残四分の数字に意欲萎えたか、これ幸いとほくそ笑んでの膝打ちか。文章の見直しにて余剰を捻出する故、各自思いの丈を存分に...と伝えても笛吹けど踊らぬ面々。

されど答弁側なんぞは、んな内部事情を知る由もなく。再質問とあらば幾重もの庁内調整が待ち受けるとあって、急く意も分からんでもないが、こちとて身一つな上に原稿に限らぬ雑務諸々抱え込む量多すぎて処理追い付かず、待ち人五人のメモが届いて降参とばかりに「再質問なし」と貼り紙すれば押し寄せる波がピタリと止んだ。で、(私の担当分は)「ない」と勝手に宣言してみたものの、集まらぬ再質問の原稿。意欲的な期浅に指示して...。

大本命の東京都に、対抗の横浜市、伏兵といっても地の利位で随分と見劣りする感否めぬ本市。欠陥を克服すべく弛まぬ向上心は健常者以上。憐憫、慈愛の類ではなく彼らが秘めた才能と逆境に挑戦する姿勢にこそ共感を呼ばねば後世に受け継がれるレガシーは生まれぬ。

普及促進の為に市障害者スポーツ団体と連携しつつ、というけれども、どこぞの施設の使い勝手が悪いとか、与えられた利用頻度が少ないとか、利用者側の意向に偏りがちでそりゃそれで改善せねばならんのだけど、やはりスポーツの意義や魅力をまだ見ぬ方々に気付かせる、裾野の広がりなくば一過性のものになりかねず。

パラリンピックに活路を見出そうと本チャンに向けて推進室を創設して全庁一丸となるべきも個々の施策は所管課に委ねられる訳で。障害者スポーツの普及などと申してみても関連は複数の部門に及び、それが糊代が如く重層的に補い合うのが理想ながらも現実はそうならぬことのほうが多く、縄張り意識に阻まれては前に進まぬ。そのへんの実害...いやいや、あくまでも「懸念」を払拭すべく市長に一問。

もう一つは市民の善意を形に変えるトラスト基金の創設。かねてより求めるも示され続けた「検討中」の答弁。そこを見逃してきたこちらの落ち度も恥ずべきものなんだけど、今回はまかりならんと迫った相手の返答は...。及第点に遠く及ばぬ内容に不満募るのは当然ながらもそれっぽっちの結論では与えた猶予は何だったのかと詰問してみたり。

使途が選択可能な川崎市ふるさと応援寄付金、いわゆるふるさと納税の仕組みを活用すれば基金作らずとも善意は届くとの言い分。この四月に創設された子ども若者未来応援基金は本市において開催される競馬競輪の収益の一部をその分野に充当するものであって、それは従来行われてきたことなんだけど基金化することで広く善意を促した結果、個人的に...と一億円の大口があったそうで。

同じ屋根の下にありながら方や推進、方や及び腰とはこれいかに。そちらとは事情が違う、そりゃ分からんでもないが、ならば「検討中」の歳月に何を検討したのか。そんな好例があるならやってみようか、となるべきも余計なものはやらぬに限るといつもの風潮に毒されてやいなかったか。

(平成30年6月15日/2435回)

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2018年6月10日 (日)

原稿

アレ以降、勧誘絶えず、少年時代さながらに白球を追っていて。前回なんぞは、四球、投ゴロ、三遊間を破る適時打と初戦が単なるツキではないことを実証しつつあるんだけど、いかんせん早朝ゆえ後がしんどく。球場を囲む若葉や球を追ひ、と一句。若葉が春の季語にて。

さて、恒例の区消防団ポンプ操法大会に顔を出した。迫る〆切に開会式のみで退席を目論むも膝元中の膝元の班の出番が最後。生粋の支援者であれば「彼も多忙ゆえ」と庇ってくれるはずもそうならんのは不徳以外の何物でもなく。原稿片手に最後まで...ほんとの話。そんな応援の甲斐あってか、二位に甘んじながらも上位大会への出場権を獲得。指揮官が笑顔で賞状をこちらに向けてくれた。

そう、原稿〆切ってのは二度あって、まずは内輪の提出期限。各自が提出した原稿を全員出席の団会議にて質問者が全文朗読。その評定を踏まえて手直しの上、二次〆切迄に役所側に渡す。まぁそのまま渡しても相手が相手だけに下請けが訂正して下さるんだけどそりゃさすがに...。格調高く、と言わぬまでも最低限は役人の嘲笑を浴びぬ程度、出来得れば時に「むむむ」と唸らせる位の内容を織り込まねば足元見られかねず。

「います」か「おります」かの語尾は嗜好の違い、寸前の駆け込み乗車は事故の元、「ドアをしめます」と「ドアがしまります」ではやはりニュアンスが微妙に違う。そんな語調は当然の守備範囲。内容の巧拙、視野の広狭などは経験と資質の差なれど、「てにをは」の類に改行後の一字下げ、句読点とて末尾の「。」が「、」だったり挙句の果てには疑問符なんぞ見かければそりゃ能力以前の話。他人様に渡す文章ほど自ら以上に入念に推敲を重ね粗相なきようってのが社会人としての常識ではないか。そのへんさすがに年の功か期重は抜かりなく。

閑話休題。詳しい事情こそ知らぬが、当事者が村を去ったとの事実のみ聞いた。隣村の話にて言えた義理でもないのだけど情状酌量の余地こそなかったか。本人の過失と言われればそれまでだけど名刺と示談金の一部と思しき金銭を渡して去ったとの行為が本人の姿勢を物語る。厳罰に処さねば火の粉が及びかねぬとの懸念も分からぬでもないが、昨日までは同じ釜の飯を食った仲間だよ、時に多少批判を浴びようともそれを克服する位の義侠心があってもいいのではないかと思わんでもなく。

が、そんな時こそ人物眼を磨く絶好の機会。君子豹変とはよく言ったもので手のひらを返す御仁も少なくない。当事者が咎められるのは当然にせよ、攻撃側とて咎めることが目的化しちゃって優越感に浸っとるのかもしれんけど相手はまな板の上の鯉ですぞ。そんな人物に限って自らには甘かったりもするもので...。政治は社会の縮図、この世界にしてかくの如き状況ならば他も推して知るべし。魔女狩りに近い世の風潮は社会を劣化させる。

相手への思いやりはこちらも同じ、不思議と原稿にそのへんの人間性が垣間見えたりも...。

(平成30年6月10日/2434回)

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2018年6月 5日 (火)

水兵

村役場ならば多少の顔は利く「はず」も相手が霞が関とあらば...。さすがに門前払いとまではいかぬまでも俗にいう「たらい回し」などに遭ってはかなわぬ。おらがN代議士に依頼すれば二つ返事で仲介の労を。

お上の役人が雑務に追われては国家の損失、余計な気遣い無用と伝えたはずも出迎え付きで御丁寧に対応いただいた。泡沫といえど代議士ってのはすげ~んだね、「泡沫」は余計か。手際良く片付けていただいたもんだから予想に反して余した時間。現場に戻るにせよどうせ退屈な御進講に書類の山、で、夜は再び都内とあって悩んだ末に...。

オマエ如きに何が分かるんだとの批判ご尤もで作品の甲乙なぞ分かりゃしないよ。あぁこれがあの本で見かけた絵だなとか所詮はその程度の話で下手の横好き以外の何物でもなく。美意識は主観に負うものだけに評価様々なれど当時の時代背景に作者が置かれた状況を知るにその作品に込められた意図というか貫かれた哲学、そのへんがまた魅力の一つ。東京都立美術館にて開催中のプーシキン美術館展に顔を出した。

看板は巨匠モネの「草上の昼食」。同名の作品がモネならぬ「マ」ネにもあって、何を隠そう印象派はこちらが先駆者。花の都なんてちやほやされるのも二十世紀以降の話であって、それ以前なんぞは衛生面などそりゃもう杜撰だったとか。十九世紀中盤に押し寄せた都市化の波、目まぐるしく発展を遂げる時代に生きた画家たちが選んだ題材と価値観。宗教画を源流とする主流派に背を向け、天使は描けぬと低層階級に目を向けたクールベ、何も無いと思うような辺鄙な地で美を見出せる人は何と幸福なことかと牧歌的な作品を残したピサロ。

マネの代表的な作品「鉄道」には母に背を向け鉄道に見入る少女が描かれ、母の寂しげな表情に窺い知れる親子関係は時代が残した負の遺産。そんなマネが描いた「草上の昼食」の評価は。裸体は神から授かりたもうた神聖なものとの固定概念にその作品に描かれた裸婦は世俗的と酷評されて。それこそがマネの挑戦だったんだけど。以上、勝手な作品評にて。

人類初の月面着陸は米国なれど有人宇宙飛行は露国。プーシキン美術館は同国の富豪の所蔵品によるものだけど夜もたまたまそちら。まずは定番、ボロディンの歌劇「イーゴリ公」より「韃靼人(だったん)人の踊り」。理系諸君ならば誰もが呪文が如く暗記した「すいへいりーべ」。元素の周期表を考案した、かのメンデレーエフをして彼が音楽に惹かれなければ偉大な発見をしたであろうと言わしめた日曜大工というか週末音楽家の官能的かつ抒情的な旋律に始まり、後半はショスタコことショスタコーヴィチの交響曲第五番。

十指に入る名曲なれど、その深淵に迫るには時代を知らねばならず。革命が生んだ独裁者の恐怖政治の下、忍びよる粛清の足音。文章ならば証拠明らかなれど、こと音楽とあらばそれが反体制的などと糾弾されても...。死を覚悟したであろう本人が乾坤一擲の勝負を挑んで世に送り出した作品がこちら。拍手喝采、大成功の初演にさすがに独裁者も認めざるを得ず、名誉挽回、命を救った名作。

隣のKセンセイなどは同曲の序奏に似た旋律がベートーヴェンの交響曲第七番の第四楽章に登場するとかでその関連性を楽団員と思しき会場の案内係に尋ねたとか。ベト七も名曲なれどさすがにそこまでは...。あちらの第五番が「運命」ならばこちらは「革命」の名が。

(平成30年6月5日/2433回)

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