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2018年3月

2018年3月30日 (金)

三叉

かのダ・ヴィンチをして人間工学上の最高傑作と言わしめた(とされる)「足」。長距離走における地面への着地は踵(かかと)かつま先か。

一見、自然な動作に見えるけど、歩行時と違って踵(かかと)着地は膝への負担大きく、つま先であれば足首のバネが衝撃を吸収する分だけ膝への負担が少ないとか。が、足首の上下運動時に必要なふくらはぎの筋力が必須。ならば、シューズの底は厚底か薄底か。これとて理屈は同じ。膝への負担を考慮すれば厚底が理想もタイムを狙うのであれば薄底というのが従来の常識だったんだけど今年の東京マラソンにおいて「日本新」の快挙を成し遂げた選手の靴底は「厚」だったそうで。

走った距離は裏切らぬ、つまりは大会前の練習「量」が結果を左右する。そのへんは実体験から大いに頷けるものなんだけど、さすがにやりすぎは膝関節の緩衝材が摩耗して故障に繋がりかねず、予防の為には軟骨の摂取に限ると勝手な健康論を唱えつつ、麦酒の肴に焼鳥をほおばってみるのだけれど効果は未知数。足裏のセンセイから「二時間以上のランは内臓への負担重く百キロなんてのは寿命を縮めるようなもの」と御助言賜るのだけど、それ以上の価値があるんです、センセイ。

ということで、今年もサロマ湖を狙うも申込開始から二時間後には〆切。百キロの枠は三千五百人ですぞ。で、やむなく標高差1千米の山岳レースに「甘んじる」ことにしたものの油断は禁物。練習に余念なく途中に気付かされること少なくない。黒川の小道で見かけた植物が気になっていたんだけど、「みつまた」(三叉又は三椏)と知った。枝が三つに分かれることから「さざんがきゅう」とも詠まれるとか。

句の題材を求めて名所・旧跡を訪ねることを吟行というのだけれども御年配者には遠出は困難、今月はおらがセンセイの裏庭を拝借しての開催。年度末ゆえ御多忙とは知りつつも...なんて前置きがあって恒例の句会にお誘いいただいた。いやいや、年度末ゆえ相手にされず走ること位しかなく。これが先代の趣味によるものなんだけど、兎にも角にも植物の種類多く、庭中央のモコモコこそGWに見事な花を咲かせる金伽羅と知るも、やれ「かや」だ「まき」だ、あれがハクレンであれがモクレンなどといわれても辛夷(こぶし)と何が違うんだ?次回恥をかかぬ為にも縁側に腰かけてこちらを眺めるヒマそうな御仁にすりよって解説をいただいた。が、来年も同じことを聞くんだろうナ。

馬酔木と書いてアセビ、読んで字の如く馬は酔ったかもしれぬが小鳥は好むとかで「馬酔木の香鳥のみならず客を呼び」と一句。花ニラも芝桜が如く咲き誇り、自然繁殖の野草も目立つ、「陽当たりの陣取り合戦春の草」と一句。白い花が目立つ雪柳に「雪柳枝を散らして庭に映へ」と。が、即興ってのは中々しんどいもので、まぁそのへんでと一息つけば一句足りぬと催促されて数合わせに詠んだ一句「縁側に亭主くつろぐ春日和」が高得点。自身の評価と他人様の評価って違うんだナ。

「久に会ふ句友の笑顔桜咲く」なんて句がありつつも、私が選んだ天賞は「池の辺を巡り巡りて春ひろふ」。春を拾うなんてカッコいいじゃんと。が、詠人、齢九十五の御婦人によれば久に会う句友とは眼前の私のことだそうで、やっぱりこれが私の天賞だなと。

(平成30年3月30日/2420回)

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2018年3月25日 (日)

番犬

年度末、人事異動の発令にこちらの依頼など上の空、なんてことはないはずも忙しない庁内。ならば見聞を広める為に諸国漫遊でも...「遊」は余計か。

以前の通り、都市部における国産木材の利用促進を目指す政令市の木材議連の世話役の末席に名を連ねていて、私の存ぜぬところで結ばれた本市と宮崎県との木材利用の協定をわが実績が如く語るのはやぶさかではないにせよ何故に地元神奈川県ではなく宮崎県なのか。

そもそもに木材利用の促進だなどと申してみてもそりゃあくまでも林業を営む川上側の都合であって花粉症に悩む川下、成長早いスギを推奨した林野行政の責任やいかに、などとあらぬ方向に矛先が向きかねず。そのへんの疑念を払拭すべく宮崎県木材利用技術センターにて林業の基礎知識とこれからの連携のあり方を学んだ。

小学校からの帰宅。妹には尻尾を振るくせに当人には吠えるのみ。同じ飼い主といえど相手に好意があるか否か分かる「らしい」と日々吠えられた経験を有する妻に聞いた。確かに戸別訪問時にそこまで吠えんでもいいではないかと思わぬこともないんだけれども吠えねば番犬としての役割を果たさぬ。一方、血統書付きとて無理な交配に劣悪な成育過程で良犬が育つはずもなく、空前のペットブームに便乗する悪徳業者の横行。

本市でも建設が進む動物愛護センター、その必要性に異議を唱えるもんではないけれども殺処分ゼロを目指す方針に自己都合で捨てた飼い主の責任や無理な交配に生命倫理を問うてみたくもなり。みやざき動物愛護センターにて実態を学んだ。が、そんな責任を巡る葛藤は動物愛護に限った話ではない訳で...。

私ども一介の議員といえども日に数センチ積み上がる書類の山。全国の自治体数一千六百、国の大臣ともあらば全てに目を通せるはずもなかろうに...と懐疑的ながらも新たな制度改正や拡充、後押しを求める国への意見書は地方自治法に認められた権限。申出あらば部屋内の了承に他会派の賛同を得るべく奔走するんだけど、ある意見書案に抗議が殺到。勿論、提案者はわが会派で代表が「たまたま」私って話なんだけれどもその内容とは...。

子の責任を巡る価値観の対立。虐待は家庭の責任と一方的に決めつけぬまでも、ハナからその責任は社会が負って当然と居直られればそりゃ違うと反論してみたくもなり。子の責任は第一義的に親にあって、やむを得ぬ際には社会が負うとしておかねば社会秩序が成り立たぬ。そんな価値観が一部揺らぐのも残念な話なのだけれどもそれとて思想信条の自由、賛同せぬのは勝手なれど撤回せいとなるとそりゃ内政干渉ってもんで。

その抗議件数に組織的背景を疑ってみれば、案の定、一部会派から論戦の通告があって。波風好まぬ私といえど妨害行為とあらば内容以上に負けてたまるかの反骨心が勝り、手ぐすねひいて待ちわびていたのだけれども相手方の通告「討論」ってのは反対の理由を述べるのみとか。敵前逃亡は卑怯なり、一太刀位交えぬかと吠えてみてもそりゃ事後だから言える話で。

そんな意見書案も良識が勝ってか過半数以上の賛同を得て晴れて可決されたけどそのへんの価値観の違いは小さくなく。

(平成30年3月25日/2419回)

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2018年3月20日 (火)

波風

口を挟まぬ、いや、正確には挟「め」ぬ代償に買い与えた一冊。興味なくば続巻は読まず結構と。それが今や督促されて仕事帰りに買って帰るんだけど帰宅時に喜ばれるっていいもんだネ。スター・ウォーズに匹敵する大作、あちらは架空なれどこちらは実話、しかも、二千年近く前の中国が舞台。世を生き抜く知恵と目から鱗の人生訓が含まれる。私の少年時の愛読書且つ推薦図書、横山三国志全六十巻。それに比べりゃ今回なんぞは些事に過ぎぬ。

定例会もようやく閉幕、本会議の結果だけ見ればズラリと並ぶ賛成可決の文字。その一事を以て役所の追認などと揶揄されてはかなわん訳で。前半のヤマが代表質問ならば後半は採決。冒頭の古老の一言が即結論なんてのは私が新人の頃の話。今や民主主義の世の中だからね、自由な発言が許されるんだけど、それだけに部屋内で紛糾することしばしば。少なくとも私が団長の間は波風立てんでくれと伝えてあるのだけれどもそんなのは意に介さぬ連中にて今回もやはり...。

採決の意向確認時において反対とまではいかぬまでも付帯決議を付してはどうかとの提案、つまりは賛成はするけれども条件を付けるか否か。たった数行程度の話なんだけど、役人の作った文章に手を入れるって話だから「双方に」軽い話ではない訳で。付さねば通じぬ、いや、付さずとも通じる(それが忖度ってやつ)、で、価値観の相違にていづれの言い分もアリな話。九対一ならば一を宥めて終わりなんだけれどもこれが割れちゃうもんだから。

で、そりゃ何事にも大なり小なりあって当然なんだけど、そのものに加えて個別の利害損得が絡んだりもするから余計に複雑。市長の推薦会派ゆえなんて話もあったけど、下駄の雪じゃあるまいに必要とあらばモノ申さねばこちらの存在意義が問われかねず。牽制球位は投げねば互いの緊張感が生まれぬ、いや、死球になっちゃうかもしれんけど(笑)。「仮にそれで話を進めるにせよ他会派の賛同を得られねば単騎玉砕、それは恥ではないか」-「いやいや、玉砕といえども意を示すことに会派としての存在意義が」との反論。

膠着状態に陥らば自ずからこちらに水が向く訳で、「おい、団長、そのへん踏まえて他会派との折衝にあたってはどうか」。えーっ、「そのへん」などと言われても機微に疎い私にゃ意味が分からんよ、「こちらの肚も固まらぬ段階の交渉は足元を見透かされるだけではないか」と口撃を交わした。こちとら内外問わず万事宥和路線にて付す付さぬ以上に後に遺恨残さぬことが最優先、まぁまぁまぁと宥めようにも一度抜いた刀を収めるにそうたやすくはなく。だから波風立てぬように...と。

で、寝て翌日の会議、「多数決の結果...」が手っ取り早いのだけれども勝った負けたで騒がれてはかなわぬ上にしこりを残しかねず。「付けぬ、それが私の(というか正副)の結論だ」と。「文句あるヤツは名乗り出ろ」と言わず、いや、言「え」ず、幸いにもそれで了とされて。終わればそんな様子は微塵も見せずに平然と隣同士で談笑されているのだから何とも役者というか腹黒な面々ではないか。そんな腹黒から陰口が聞こえてこないことを願っている。

(平成30年3月20日/2418回)

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2018年3月15日 (木)

鉄砲

麻雀なら七筒、競馬ならば放牧明けの第一走をそう呼ぶ。仕上がり順調といえども休養明けだけに過信は禁物。が、ごく稀にそこだけにめっぽう強い馬もいたりする訳で。大一番に向けた前哨戦的なレースが選ばれることが少なくない。障害者の伴走とまではいかぬまでも三浦市民マラソンを救護ランナーとして完走を果たした。

代表質問の登壇者はその後の一般質問を自粛するようになんて不文律があるらしいんだけど、最大会派の質問者数が他会派より少なければ有権者の皆様に顔向け出来ぬ。予算審査特別委員会は全四日、前半であれば機先を制すというか目新しい話題を報道が取り上げてくれるかもしれぬし、後半であれば当日迄に入念な調整が可能だからかなり内容の濃い質疑が期待出来たりも。

贅沢言えぬ立場にて最も手薄な日で結構と伝えておいたのだけれどもさすがに鉄砲の翌日、初日はちとしんどかったか。俳句の〆切も重なってレース中に詠んだ二句、入港にかもめ舞ひたる寒の明け、くつろげる祠の地蔵春日和、を足して何とか間に合った。肝心な質問は本市職員の被災地への派遣状況と市民館の開館時間の延長。

それっぽっち?いやいや、何もやらんのはどこぞの役所のようで好かぬ、やはり負託を受けた以上は何らかの実績を残して当然と事前の通告数は多く、世田谷町田線の渋滞対策などは前回に声を荒げた成果か七十名を動員して踏切の遮断時間の調査を行うとか。局長以下、幹部連中こそ本気度を示すと息巻くも、派遣要請は他部署にまで及び、どこからともなく聞こえてくる恨み節、「アイツのせいで...」。

そう、恨み節といえば、エラいセンセイ方による精選案に歴史教科書から聞き慣れた名前が消えるとかで一揆が起きかねぬ気配。日本史では川中島の両雄、武田信玄に上杉謙信、世界史ではかのガリレオ・ガリレイも俎上だとか。絶対的権威の威光を笠に撤回を求める相手に対して「それでも...」と貫いた信念。天動説から地動説へ、早かれ遅かれ真実が証明されるのは歴史の必然ながらも当人が歴史に残した功績は知ってて損なく。

一方の両雄とて領民に慕われる戦の天才、甲陽軍鑑は現世に通じる兵法書、たとえ敵といえども手を伸べる寛容さを備える「義」の人、謙信を学ぶ意義は小さくないと思うけど。脱暗記、詰め込みからの脱却、暗記中心から思考力重視へと。そりゃ否定はせぬけど、思考力を磨く為に知識の量を減らすとなるとちと違うのではないかと。

宣教師の名を答えよ、というよりもザビエルの助手ならば如何に布教をするか。回答の為には宣教師の名前以外に実績や時代背景とて知り得ておかねばならず、思考は知識の延長ゆえに疎かになるものでもないと楽観的に捉えてみても、その設問の正答は一にあらず、評点は評価者の恣意的な判断に左右されるだけに。やはり漢字テストが如く明確な正誤表があって、当人の努力次第で百点が狙える基礎知識は多いに越したことなく。

あくまでも聞いた話でセンセイ方の真意は知らぬが、教育は取り戻せぬゆえ。こじつけに近いが、宣教師と「鉄砲」の関係は各自で。

(平成30年3月15日/2417回)

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2018年3月10日 (土)

支障

漢字変換に依存していてはさもありなん、大舞台において「統率」を「とうすい」と読んでしまった。ほんの一瞬迷ったのだけれども後ろを向いて雛壇の議長に聞く訳にも参らぬし。二、三行後に再び出て来て気付いたものの既に遅く再度「とうすい」と。「統率(とうそつ)」と「統帥(とうすい)」、意味はほぼ同義なれど後者は主に軍隊などでと学んだ。が、そんな失態は誰にでもあるもの。百合ヶ丘か百合丘か、霞が関か霞ヶ関か。駅名は百合ヶ丘で地名は百合丘。霞が関は「が」が正しい。

ならば、本市が誇る動物公園、かの太田道灌が夢見たことに由来するとされる夢見ヶ崎動物公園は「ケ」(大)か「ヶ」(小)か。常用的に混在していて然したる支障はないのだけれども聞くは一瞬の恥、聞かぬは一生の損と「事後に」興味本位で聞いたものの、ヒラならぬ委員長の下問とあっては疎かに出来ぬと昔の文献まで掘り起こして御説明をいただいた。質問原稿は「ケ」(大)、答弁書は「ヶ」(小)にて会議録の記述やいかに。予算審査特別委員会も採決を残すのみにて今回は遅ればせながら本市の財政事情を...。

入るを量りて出づるを制す、つまりは当年度の収入を以て当年度の支出に充てる、要は身の丈に合った、というのが財政の原則。社会資本整備などは世代間の公平性の観点から市債発行による資金調達が認められていて、歳入側には「市債」が計上される。一方の歳出側には返済というか償還の為の「公債費」が計上されて、公債費が市債を上回れば市債残高が減少していくってのがプライマリーバランス(まぁ厳密には利子等がありますゆえ)。

で、市債などは用途に制限が課せられるから財源不足は歳出抑制で賄われるべきも市債償還の為の減債基金なるものからの借入が計上されており。来年度は196億円、その後も借入が続き、平成35年度に累計918億円、平成36年度に収支均衡が図られ、平成37年度から返済に毎年20億円づつを見込む。基金から勝手に借用されたのでは償還の財源が行き詰るではないか、と積立ルールが確立されたのが平成21年4月。償還迄の期間を30年とし、市債発行の翌年度以降30分の1づつの積立。

されど、あくまでも国の通達に過ぎず、それを無視して積立を中断すれば「見かけ上」黒字化されるなんて平気な顔で言っている連中もあれば、毎年20億円づつの返済などと言っても完済時には当事者の面々は既に「あの世」な訳で無責任ではないか、返せるのか、いつまでに返すんだと憤慨する面々。相手とてほんの数か月前の市長選で「過去最多」得票で再選された身とあらば何でもござれ...でもなさそうだけど、その事実が背中を押していることは確かで、市債発行及び償還には「支障をきたさぬ」とかみあわぬ質疑。選挙って大事です、ハイ。

公債費の推移を見れば単年度あたり500~700億円程度、借入のピーク時、つまりは平成35年度における積立残高は「借入を除いて」も1,825億円。賢い読者はお気づきと思うが、ゼロからのルール化であれば行き詰るもその前の余剰分がある訳で...。仰せの通り天変地異か未曽有の事態でもない限り確かに「支障はない」んだけど。でも、そりゃ詭弁ってもんで、そのままを文面に含めておいたのだけれども「詭弁」の表現はちとキツいとどこからか声が聞こえて他には内緒でそっと削除したのだけれども放漫財政を戒める声おさまらず、削除せずとも「遁辞」位にしておけば良かったか。

(平成30年3月10日/2416回)

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2018年3月 5日 (月)

主席

最近、高校時代の同級生S君と二十数年ぶり、つまりは卒業以来の再会を果たした。当人曰く、本市在住の友人を訪ねた「ついで」だとか。髪の生え際こそ随分と後退していたものの変わらぬ人柄、昔話に花を咲かせた。

普通科以外に商業科と被服科を合わせ全8組の高校で主席を争った仲なのだけれども(などとくだらんことを意識しているのは私位なもので)、通学に徒歩数分の私とは違い、彼の実家は車で一時間の雪深い山の中。ゆえに他数名との下宿生活はおよそ帰宅部のたまり場となる訳で、そんな雑音をものともせずに私と争えるんだから(しつこいナ)本来はもっと上を狙えたはず...。その後の進路は地元の国立大から県庁へと典型的な田舎のエリートコースを歩む。

主席でその程度かと思われるかもしれんけど、私なんぞ成績こそ抜群なれど中学時代の内申書なるものが最悪にて受験前の保護者面談の際など当日の試験結果と内申書の配分は半々、試験で百点を取っても全体では五十点に過ぎぬと散々に脅されて進学校を断念せざるを得なかった苦い経験を有する。別に髪の色が違ったとか歪な学ランだった訳じゃないんだけれども、不良連中とつるんでいたせいか。そもそもにそんな恣意的な評価で人生を左右されはかなわんが、西郷どんの残した耐雪梅花麗を見れば...。

そう、保護者面談といえば、さすがにそこまで貧相に見えぬはずなんだけれども私立受験の際に「御宅は母子家庭だが経済的に大丈夫か」などと聞かれて、その面接官の態度がよほど腹に据えかねたのかその時の母の一言が何とも...妻の話。寄付金の多寡が合否を決める、守銭奴が如くの校風に前途なく。校名は伏せるが某有名私立の話。

昔などは早慶上智に遠く及ばぬ中堅校、ましてやバンカラな男子校が如くの校風。学問はやむなしも腕力で他校に負けてはならぬと。その顕著な例がラグビー。横展開の早稲田に猪突猛進の明治。郷里に残る北島忠治監督の顕彰碑にはあの二文字、「前へ」が刻まれていて。今年は全国大学選手権の決勝への久々の進出に、秩父宮まで応援に行ったのだけれども...惜しかったナ。

そんな大学も今や女子高生にダントツの人気だそうで、「あの」大学が...なんて表題の本を読んだ。数年前に志願者数が十万人を超えて早稲田を抜いて全国一に、以後、表彰台が続く。大学の受験者数全体が約百万人とすれば十人に一人が同校を受験する計算になる訳で受験料だけで数十億円が見込まれる。されど、そりゃあくまでも受験料であって、その後に続く数十万円の入学料こそ保護者にとって大きな負担。

指定された期日迄に払わねば折角の合格通知も無効となる訳でそんな事情を見透かしてか他大学の入試日程に合わせて巧妙に仕組まれる納付期限。そんなセコい稼ぎを狙う他大学を横目に損して得取れならぬ独自路線を歩むとか。そのへんあくまでも一例に過ぎぬが、新たなブランドイメージを確立した好例だそうで。

(平成30年3月5日/2415回)

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2018年3月 1日 (木)

民泊

空き店舗の次なる借主に世の隆盛が窺い知れる。ひと昔前であれば遊技場、近年ならばコンビニか進学塾あたりか。おらが駅前の居酒屋の撤退後、暫くぶりの新たな店舗はスポーツジム。目立つ「24」の看板も終電後にバーベル上げているヤツなど...いや、分からんナ。

コンビニ然り、いかに夜の需要に対応するか。欧州を中心にナイトメイヤーなる語が話題だそうで、直訳すれば、そう、夜の市長。別に選挙で選ばれるものでもなく、いわゆる夜の顔役的な存在として昼の行政との仲介役を担うのだとか。夜の需要に合わせて模索される早朝深夜の運行。駅迄のバス依存の方々の為に始発とまではいかぬまでも多少時刻を繰り上げた早朝便を求めた返答が組織の都合にて実現不可だったと聞いた。

そりゃ「特別な」時間帯なのだから無償とはいわぬまでも需要を見据えた上で割高な手当をぶら下げるとか経営側の創意工夫で壁を克服出来そうなもんだけど「前例がない」などと寝言ぢゃあるまいし理由にならん理由で検討の余地無しなどと拒まれては...。時代を読めぬ組織は衰退の一途を辿るのみなどと手厳しい論調で代表質問の前文に含めておいたのだけれども私鉄のダイヤ改正に合わせて新たな動きが見られそうだと小耳に挟んだ。

さて、モノの値段は需要と供給で決まる。ゆえに増える需要に供給の枠を広げれば値段は自ずから...。僻地のマラソン大会などその典型でここぞとばかりにつり上げられる料金に泣く泣くの予約。新たな宿泊施設を整備するにも年間を通じてそこまでの需要が見込めぬ訳で。一夜のみゆえ贅沢は言わぬ、シャワーと布団だけあれば...。そんな需要と既存物件の有効活用という供給側を結びつけた功績、機会を見出した発想は阻害されるものでもなく。

が、黒船襲来に客奪われかねぬ不安、治安悪化や犯罪の温床になりかねぬ懸念に支配下におきたい役所の都合もあってか国において住宅宿泊事業法なるものが作られて、いわゆる「民泊」の届出が義務化、受付番号を交付されねば仲介業者による取次が困難になる他、無許可の営業施設に対する罰則強化と立入り権限が付与されて市町村が担う役割が大幅に増した。

法の趣旨を見れば「届出制度を設けることで業務の適正な運営を確保しつつ、国内外からの観光旅客の宿泊に対する需要に的確に対応して来訪及び滞在を促進する」と明確に謳われていて...。外国人観光客による経済効果は垂涎の的、されど、価値観を異にする連中の眉を顰める行為には警戒感も根強く。一部に報道される物騒な事件も民泊にあらずとそのへんありうる話にてヘンなバイアスがありそうな気がしないでもなく。

規制少なく余計な介入は厳に慎むべしというのが従来の立ち位置にて民泊の対応に関する質疑をじっと聞き入っていたのだけれども、互いの信頼、カギはどこぞにあるゆえとの牧歌的な時代も今は昔。悪貨が良貨を駆逐する事例は枚挙に暇なく、やはり善意が勝る社会でなければならんと。

(平成30年3月1日/2414回)

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