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2017年2月

2017年2月27日 (月)

市長選

そりゃ思っても腹の中にしまっておくもので口に出せば立派な恫喝。どう転んでも有利な立場なのだから降格をチラつかせて恨みを買うより昇進をほのめかして他に結びつけたほうが利口ってもんだけど、そのへんは机上の学問では教われんからナ。そう、国会のセンセイの話。

今年もあの日が近づいてきた。まぁ何が出来るってもんでもなく、故人の御冥福を祈りつつ、ただ復興を願う位で。幸いにも高台にあったことから津波による直接的な被害こそ免れたものの、原発事故後の避難指示、それが重篤な患者とあっては逃げるに逃げれぬ訳で。郡内では唯一の入院可能な病院で常勤医は院長のみ。患者を置いて逃げれぬと残る院長に付き添った看護師たち。そんな信頼厚い院長が不慮の事故で他界されて存続が危惧された病院の灯を絶やす訳にはいかぬと医師が名乗りを上げたとか。弱者は切り捨てられがちなだけにそこに目を向けることこそが政治の役目ではないか、そんな過疎地医療の最前線に...なんて言えばカッコいいけど。

およそ物事のきっかけは些細なもので動機とて不純なものも少なくない。そもそもに最短距離でモノだけ見てきたなんてヤツに限ってろくすっぽ見ちゃいなかったりするもので、ちょっと横道にそれたほうが新たな発見があったりもするもんだけど、ものの「ついで」のはずがそちらが本命になったりもすると...。今や政務活動費による視察は鬼門にてそれすらも道義的にどうだなんてスグ騒ぎたてられちゃうもんだから賢いセンセイなどは余計な話は腹にしまっておくものなんだけど、こちとら欲深い性分にて。

定食屋のおばちゃんとの雑談。御当地にある御子息の店が繁盛されているとかで夫婦で毎月訪れていると聞いた。「でもあのへんは浜通りだから遠いでしょ、一泊じゃ大変だね」といえば、「いやいや、周辺観光を含めて十分に日帰り可能だ」と店主。当時は事故後の除染や作業で全国各地から作業員が集結していてホテルはどこも満室状態。かろうじて予約したカプセルホテルを根城に立入禁止区域以外の双葉郡内を回ったのが数年前。緑の芝が枯れ野と化してペンペン草しか生えぬJヴィレッジや津波の爪痕残る小名浜港などそりゃ悲惨なもんだったけど、その後はどうか...。

原稿の〆切なんてのは小説家に同じ、早朝だろうが徹夜だろうが兎にも角にも〆切迄に仕上げればいいのだから。思い立ったが吉日、ということで東京駅朝7時の始発便にて現地へ向かう。八重洲口からスグに首都高に入れるから都内一般道の渋滞を回避出来る設計は中々のもの。時にバス移動なんてのもいいものでゆらり揺られて3時間で目的地に到着。高速バスの料金はJRの約半分。が、いかに倹約しようとも動機が不純だから返還せいなどとなりかねぬせちがらい時代。額以上にそのすったもんだに費やす時間が何ともバカバカしく。

えっ、肝心の店の名前を教えろって?どこぞの市長を宣伝しとるみたいで...やめとく。

(平成29年2月27日/2329回)

電子書籍「一日一話」

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2017年2月23日 (木)

下積み

元来、講演を聴くのが好きなんだけど、それは著名人に限った話ではなく...。誰しもがその人なりの経験に人生観がある訳でその中に学ぶことは少なくない。それがリップサービスならぬ偶然の産物とあっては喜びもひとしおにて居合わせた私が聞き役となった。

防犯関係の会合にて講師は上役の警察官。本題の前にまずは自らの経歴というかそれまでの歩み、生まれはどこそこで採用後の配属は云々と続く途中におらが駅前の派出所が登場すれば親近感を覚えるもので余計に耳を立てて聞き入れば、当時、近所のスーパーの従業員がバナナを差し入れてくれて。確か...T山さんなる人物でひとかたならぬ世話になったとか。

そりゃTさんの殊勲賞というか機転に負う面が大なれどそんな当人を育てた社風というか子をほめられる親のようなものらしく。そう、当時の社長が饒舌の主で「やはり他人様には親切にしておくもんだナ」とおらがセンセイ。もう二十年以上も前の話なんだけど、振り返ってみればそんな下積み時代のほうが人の機微に敏感で同じ親切であっても身に沁みるもの。

タイトルが興味を惹いて「僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう」(文春新書)を読んだ。京都産業大学創立五十年の記念企画の講演及び対談を収録したものだそうで、コーディネーター役は永田和宏さん。当人は京都大学の御卒業で、当時はかの湯川秀樹先生の講義を受けたくて必死に勉強されたそうだけど、今や偏差値で志望校を選ぶ時代だけに若者に一歩踏み出す機会をと考案された企画だとか。今にして思えば「(先生の講義の)内容はほぼ忘れ、それが何かの役に立ったものではなかった」とハッキリ述べておられるが、その事実が自信というか財産になっているのだそうで。

かつて、経営破綻から再生を果たしたハウステンボスを訪ねた際に貴賓室らしき部屋に通されて社長自らが挨拶に。んな立派な御仁が突然来られても話題の用意なく、全くの思いつきで当市自慢の音楽ホールの話をすればなんと社長自らがフランチャイズオケである東京交響楽団の理事長だった訳で一同爆笑のとんだ失態を演じてしまったんだけどそんな話のほうが記憶に残る訳で...。

そうそう、著書の登場人物はiPSの山中伸弥氏、棋士の羽生善治氏、映画監督の是枝裕和氏と続くんだけど、そんな高名な方々の若かりし頃の体験談は興味津々。中でも是枝監督などは「なぜ撮るのか」という根源的な葛藤に悩んだ時代が過去にあって、やがて「全然見ていなかった」ことに気付く。それまでは見えていると思っていたものが、実際は見えていなくて、レンズを通して初めてそれを意識出来るようになったと。

自らの先入観が崩れた時にこそ快感があって、それは短歌や俳句も同じ。日々見慣れたものの中でも時に新たな発見があるもので、それは意識して見ていなければ生まれぬもの。そんな方向に話が向くんだけど、永田和宏さんは京大名誉教授の肩書とともに宮中歌会始選者でもあるのだそうで。皇室は短歌ゆえにそちらが上流階級、俳句は庶民の娯楽との偏見未だ残るもそれは余談として、今月も俳句教室が迫ってきた。兼題は「寒雀」と「冬の蝶」にて新たな発見を探している。

(平成29年2月23日/2328回)

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2017年2月19日 (日)

女子会

相手とてそれなりの御齢なのだから見返りを期待するものでもなく、あくまでも「義理」でしかないんだろうけど、慣例的に3個ほどいただいていて。そう、バレンタインデーのチョコの話。

今年などは「たまたま」御新規1名様があって、どうせ明日は慣例の3個が届くからなどと前日に平らげてしまったんだけど、社内における秘密の女子会の結果、慣例を止めることにしたのだとか。別にこちとら欲する訳でもなく当然の如くありついていただけなのだが、いざ「廃止」となると寂しいものでA兄などは自ら...慣れとは怖いもんだネ。

貰う方は1個だけれども用意する方は複数、というか十数名も居て一ヶ月後などは同じ日にそれだけの数を貰っても扱いに困る訳で。「義理」とは申せ、渡す相手を見誤っては相手に嫉妬を抱かせるやもしれぬし、複数あれば優劣をつけるのが人の常にて隣の女子に劣らぬものを...なんて悩みは別に私が心配することじゃないんだけれどもハロウィン商戦がバレンタインを超えたのも分からんでもなく。

こちとら仏教徒なのだからんな舶来文化に一喜一憂しているなんてのは本来滑稽な話なんだけど、唯一のチョコがこれがほんとに旨かったもんだからどこぞのパティシエかなどと調べてみればパリからの復帰が話題のあの人物の元亭主だそうで。「元」がついたことなど知らなんだけど、人気絶頂の女子アナを落とした理由も納得。三つの袋とはよく言ったもので、やはり胃袋ってのは大事なんだナ。

さて、年齢以上に期数が全てを左右するおらが村の慣例もチョコ同様に崩れつつあって、上には背かず、下には背「け」ず微妙な立場の中二階。過去の累計数では到底及ばぬHセンセイにはどんなにモテようとも異性には下から目線じゃなきゃダメだぞと先輩風を吹かせて忠告してるんだけど、そんなくだらん説教の前に...と代表質問の原稿指示が来て、「んなものは一期生にでも」と反論出来ずに指示された原稿を手がけることになった。

高齢者の運転による相次ぐ交通死亡事故に免許証の自主返納を促す動きが広まるものの、返納が進まぬ一因に代替手段がないことが挙げられていて、超高齢社会の到来に移動手段の確保への需要は高まるばかり。一方で、交通不便地域においてコミュニティ交通への期待は高いものの、その実現には多くの障壁を乗り越えねばならず長年の歳月を要しているのが実情。

高度経済成長期における大量輸送時代から利便性の高いコミュニティ交通へと移りつつある社会情勢において公営交通の果たす意義が問われている。が、補助金がやり玉に上がり、赤字路線の整理統合に追われる市バス事業にはそれだけの期待に応える余裕なく、新たな一歩を踏み出せず。

赤字当然の風潮は看過出来るものではないものの、黒字こそ至上命題となれば路線は限られ、とりわけ土地利用が制限された地区への運行などは夢のまた夢。経営健全化を図りつつ、足の確保に悩む市民の期待に応える路線の整備という二律背反の命題をいかに克服すべきか交通局は正念場。

斥候からの情報を分析すればやりようによっては起死回生のV字回復が描けそうでそのへんの市の認識を...と。

(平成29年2月19日/2327回)

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2017年2月15日 (水)

非リア

「食える子」の文字がひときわ目を惹いた週刊東洋経済の表紙。塾に私学の負担、報酬がやり玉に上がりがちなこの仕事でさえ悩みの種なのだから他は推して知るべし。格差社会が生む悲劇、過ぎたるは及ばざるが如しで過度な競争が招く社会の疲弊、絶望感と鬱憤がもたらす帰結は隣国に見るまでもなく...。

所詮は大したタマじゃないのだから背伸びしてもたかがしれている訳で、さりとて「オレもあんな風に...」と昇華してくれればまだしも逆に作用されては成長を阻害しかねず、そんな「嫉妬」の例を挙げれば枚挙に暇なし。漢字の部首に見るまでもなくオンナに限定すること勿れ、男の嫉妬心、それが外務省のエリート集団ともなれば余計にタチが悪いのだとか。その間柄は知られたところだけど著者がムネオ氏に陶酔した理由はその世界において珍しく嫉妬心が希薄なことだそうで、元外務省主任分析官の佐藤優氏の「嫉妬と自己愛」を読んだ。

が、近年はそんな大衆心理にも地殻変動が生じていて、嫉妬が薄れ、歪んだ自己愛の増殖が進行中というのが著者の仮説。嫉妬心そのものは否定されるものでもなく、それを好循環に結び付けられればいいんだろうけど、失恋恐怖症が如く劣等感を抱く位ならば...と、あえて土俵に上がらぬ若者の心理を描いた小説の書評はなかなか。そういえば、昨年解散した人気グループのヒット曲にも確かそんな歌詞があったナ。

ここ近年、無差別殺傷事件で有罪が確定した元被告の約6割が社会的に孤立しているとされ、孤立を防ぐことが再発防止につながるとの法務省の研究報告を引用するとともに、秋葉原無差別殺人事件の犯行動機についても独自の分析を寄せている。同じく犯罪のストーカー行為などは相手の拒絶も当人には好意に見えてしまうのは自己陶酔の類。著書にはそんな歪む自己愛と嫉妬心についての対談が含まれるんだけど、精神科医の斎藤環氏によれば原因を読み解くキーワードは「非リア」だそうで。

他者から認められたいという「承認欲求」は誰しもが有するもので孤立しがちな若者も本来はそこで悩み苦しみながら他者との関係を模索していくものなんだけれどもSNSが「緩和」装置となって、いわゆる「いいね!」に代表されるバーチャルな承認欲求が肥大化していく過程で歪な自己愛が育まれるのだとか。で、その修復の為にはやはり実世界におけるよき他者との出会いが重要とされるものの、書物の中で過去の偉人と遭遇することはリアルな人間と同程度の価値があるとの考察は大変興味深い。

著者の観察眼と分析に異論を挟むものではないんだけど、そんな社会現象の原因は新自由主義による競争がもたらした結末と結ばれていて、ならばどうするとの処方箋がないのが些か物足りぬ。まぁ本人は元分析官なのだからあとの出口はセンセイにと言われればそれまでなんだけど、競争など無い方がいいかといえばんなことはなく、どこぞの平等論が跋扈しては社会は衰退の一途を辿る。

ゼロかイチかの話ではなく社会が発展する為にはあくまでも「健全な」競争が促される必要があって、と、同時に物事に挑戦する姿勢は向上心を生み、それが人としての成長に繋がるのではないかと。

(平成29年2月15日/2326回)

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2017年2月11日 (土)

手弁当

気を紛らわす為の編み物。被災地支援の一助になればと販売に協力してきたんだけど、そんな機会も今回が最後となるらしく福島県飯館村の仮設住宅から届いた一通の手紙を御披露させていただいた。避難指示解除に伴い、この四月には晴れて帰村が叶うものの、様々な制約を受けることから手放しで喜べぬとか。今年も恒例の新春の集いを終えた。

日時などは仏滅を忌諱する位であとは会場側の都合によるんだけど、やはり何かしらあるもので今年などは消防団の訓練と重なったもんだからやれ気が利かぬとの小言も...。それとて気がある証拠でこちらの不備を詫びるんだけど、逆に出席ともなれば金銭の負担が生じる上にくだらん話を聞かされるだけなのだから向こうにはかえって好都合だったりもして。

また、当日などは大安日にてH君の結婚式と重なったのは何ともめでたく。そりゃ慶事にてむしろこちらが披露宴に参上して挨拶を...呼ばれていないって。そう、夫婦仲といえばファーブル昆虫記にコガネムシの生態系が登場するんだけど、これが兎角働きものであるばかりか、つがいの相手を絶対に間違えないのだそうで。意図的に別々にしても途中多くのメスがいるにも関わらず浮気もせずに必ず同じつがいに辿りつくというのだからスゴい。

さて、それが伏魔殿として描かれるところこそ魅力であって、ひとクセもふたクセもある性癖こそ否定せぬものの所詮は人の世界だからそれも一興で注意深く観察すれば昆虫の生態系以上に話題に事欠かない。他人の不幸は蜜の味、何分身勝手な連中だから家庭には何かしらのわだかまりがあったりもして不仲説が囁かれたりもするんだけど、かくいうウチなどは無頓着すぎて冷やかしにもならんらしく...全く自慢にならんナ。

当人の私生活は兎も角もその政治的資質「だけ」は評価している一人にA兄がいて、およそ不仲説を流布する首謀者がこの御仁。あまり見かけぬと思えばSNSに自らの手弁当をアップされているもんだから、やはりそれまでのツケが回った結果、とうとう愛想を尽かされたナなどと嘲笑してみたものの、どうやら笑えぬ事情らしく...。

で、その投稿は単に弁当の自慢のみならず政治批評が含まれていて、それが何とも大胆で鋭い。依然として注目を浴びる都政。あの区長選を制して以降は旋風で夏の都議選では何議席を確保だとか好き勝手言い放題の風潮を一刀両断。首長の子飼い、大政翼賛会に何の意味があるのか、首長と議会は少し仲が悪い位が丁度いいのだと。

まぁドンも目の敵にされて何とも損な役回りだけど、どれほどの大物といえども大河の流れには逆らえぬ訳でその中でいかなる立ち居振る舞いを演じるか。今さら許せぬ肚内は分からなくもないが、自我を通せば配下は犬死になる訳で船頭役の資質は組織の命運を左右する。どこまでもついて行きます下駄の雪では情けない、その限界を見透かされてか、女房役の政党もさすがに泥船には乗れぬと袂を分かつ。

そんな悪役を仕立てる劇場型政治はいつか終焉を迎えるんだけど、振り返って空白の歳月などと言われぬよう。

(平成29年2月11日/2325回)

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2017年2月 7日 (火)

手すり

妻にすら言われたことがないんだけど(というかそもそも戦力外だから...)、「明日お願いします」との貼り紙。ミックスペーパーの回収が土曜日だそうで、不慣れながらもごみ出しを終えた。紙って結構重いんだナ。

成田山の中継を見れば一目瞭然。まくモノなど大した金額ではないにせよ、あれだけの方が群がるのは縁起物にて何とか御利益にあやかろうと。人気力士であればまだしも登壇者がどこぞのセンセイとあっては大した御利益などなさそうなもんだけど、世に物好きな方も多いらしく地元の神社も人人人。

生徒指導上は一度帰宅してからとのことなんだけどそれでは間に合わぬ、示し合わせて下校途中に神社近くの友達の家の玄関にランドセルを置いてそのまま...。されどそんな事情も知らぬ大人は子供以上に必死。ただでさえ身長差がある上に好位置を陣取られては戦果は明らか、そんなに欲深くては福の神も...。妻曰く、昨年などは終了後に一個も拾えず泣いていた生徒が先生に宥められていたのだとか。

帰り際に登壇の御礼と思しき御土産に神社の札と袋詰めの豆をいただくんだけど折角の豆まきでゼロは気の毒、その後も境内で遊ぶ子供たちに「おい、ちゃんと豆拾えたか?」と声をかければ、やはり中には取れなかった子供も居て配り始めたら大好評。随分と御礼まで言われてさぞ票が増えたに...んな、甘くないわナ。

閑話休題。近隣の方々を集めておいてそこに電話一本担当を呼び出して自ら対応を指示する姿こそ模範とされたのも今は昔。わざわざ見せつけずとも何ら不都合はないんだけど、近所の階段に手すりを付けて随分と喜んでいただいたことが過去にあった。

たかが手すり、されど手すり、足下の段差然り当人の身になって気付かされることは少なくない。脳梗塞を患い後遺症が残るもリハビリを続け、いまや山向こうからおらが事務所まで歩けるまでに回復されたTさん、酒席で御一緒した際に駅前の歩道橋の手すりの使い勝手が誠に悪いのだと聞いた。ふ~む、そんなものか程度で翌朝に現地の実況見分に伺えば百聞は一見に如かず。

見れば一目で分かるのだが、それを言語で表現するとなると些か思考回路を働かせねばならず、拙い表現にしばし想像力を働かせて御付き合い願いたいのだが、手すりの繋ぎ部分が真横から伸びていて掴んだまま平行移動する際には繋ぎ部分で一度手を離さねばならぬ不便性がまず一点目。続いてはその手すりの高さが低い上に、階段の一段下から手すりがあるものだから階上からは下を見下ろす格好になり前につんのめる危険性と恐怖心に駆られるとのこと。

階段は下りが危険というのは常識、故に階段のゼロ段目から継続的な手すりがあるといいのだとか。繋ぎ部分なども他の手すりを見れば一度真下に伸びてそこからL字型に壁に付けられているし、「ついで」に申し上げれば棒の先が曲がるのも袖がひっかからない工夫だとか。と学ぶことも多かった。老朽化目立つ歩道橋とあってはそれも当時の遺物であって、別に手を抜いた訳でもないんだろうけど、今や路上の石に躓いて因縁を付けられる時代、改善を指示すれば早速に対応して下さるようで。

近隣の方々を集めずとも...。

(平成29年2月7日/2324回)

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2017年2月 3日 (金)

育休

どう転んでもあと十年は...と思うのだが、「私が生きているうちに」などと言われると妙に精神的な重圧が増すもので、その位の老獪さで役所に迫れば結果は多少違うものに...いや、んなことないナ。

客観的な指標に則って全て点数化されてしまうから介入の余地は「ほぼ」ゼロですと依頼主には伝えるものの、悩みは深刻にて未だその手の話が少なくない。こちとら言われた以上はちゃんと口利きはしておくんだけれども今年は落選が「ほんとに」多かった。中には8つも希望先を記したものの叶わなかった方も居たりして、そりゃ他区なんだけれども改めてその厳しい現実を思い知らされる機会となった。

いかんともしがたくもセンセイに言われるというのは役所側には重圧になるらしく機嫌を損ねてはとの配慮か向こうから連絡をいただくこともあって当選ならまだしも落選とあってはイヤなもんなんだろうナ。まぁこちとら依頼された以上は必ず相手にも御返事申し上げるんだけど、目下、待機児童ゼロは「現」市長の肝入り公約ゆえに二次募集で必ず...などと都合の悪い話の回避だけは長けていて。そんな折に区内の保育園に顔を出したんだけれども園側とて折角の希望を断るのは忍びない御様子。

これでも毎年2千人規模の枠を広げつつある保育園。財源以上に保育士の確保がままならぬらしく本市なども公務員に準じた処遇を保証しているものの、財源が潤沢な東京都などは更に上乗せしたりもするもんだからそれすらもかすれて見える完全な売り手市場。ネットに氾濫する求人広告の中には出会い系サイトが如く誇張めいたものもあるからやはり実際の園を目で見て、園長先生の御話を聞いてみねば後々後悔することにも...。

誰しもが4月に殺到するからあふれるのであって、それとて育児休暇を「わざわざ」切り上げて会社に復帰しているのだから休暇をフル活用することで平準化が図れれば受入枠に多少の余裕が生じるばかりか、それ以外に1歳に満たない0歳児は保育士の配置は手厚くなっているからその分を1~2歳児に回せば一石二鳥。

が、休暇を丸々取得したにせよ年度途中から入園の確約がある訳でもなく、会社側とて休暇中の社員に給与の5割を支給せねばならん上に仕事に慣れた社員の不在は手痛い。一方の社員側とて5割じゃ不満、稼がねば家のローンが返せぬ上に早く復帰せねば会社に居場所がなくなってしまうなんて事情もあれば役所側とて「えいやっ!」のほうが好都合。現行の1年を2年に、5割を6割に、と国で進む育児休暇の見直し議論だが、果たしてその効果やいかに。

かつてはやむなき事情の家庭に限定された保育園も昨今は預けて当然の権利をかざされて...。私などもその一人だったはずなんだけど落ち着きのない園児というのはどこにでもいるものでこないだは園の発表会にて情緒不安定の園児を見かけた。それが医学的なものなのか、家庭の事情が左右したものか、などと知る由もなく、当人の健やかな成長を願ってやまないんだけれども目を背けれぬ現実に考えさせられることは少なくない。

(平成29年2月3日/2323回)

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