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2016年10月 8日 (土)

二枚半纏

民放を尻目にNHKドラマの視聴率が好調と聞いた。「あげまん」「さげまん」とはよくいったもので、それまでうだつの上がらぬ男が結婚後に不思議と運が回ってきて...という例は少なくない。かくいう私も当時は「無職」だった訳で...こう見えて苦労人なんです、実は(笑)。

齋藤孝先生をして小学校の国語は下手な授業よりもそちらの作品の音読こそが効果的と言わしめただけあって、かの文豪の鋭い観察眼と文才には敬服させられるんだけど、新ドラマ「漱石の妻」が面白いとか。芸能界なんてのは浮世離れの世界なだけにそのものがあまり好かんのだけど、役者とて最初からちやほやされたのでは演技に厚みは生まれんし、何よりも勘違いの元凶。されど、そちらの主演女優は鳴かず飛ばずの不遇時代を芸の肥やしにかえた遅咲きの演技派だとか。

そう、ドラマといえば子供たちが大河ドラマ「真田丸」に夢中。前半のハイライトが「犬伏の別れ」ならば後半はなんといってもこちら。家康の逆鱗に触れて九度山に隠遁というか幽閉された幸村父子。苦節九年、父昌幸も死を遂げて一人残された幸村に届いた秀頼の書簡に下山を決意する名場面「九度山脱出」が迫る。この第40回の副題はズバリ「幸村」だそうで...。閑話休題。

今年も事故無く、怪我無く、オオスズメバチの被害無く(くどいナ)無事に宮入を終えた。週一社、区内三社を御一緒するのが恒例で、白鳥神社だけはたまたま御縁が重なり御神輿を担がせていただいているものの、高石神社と細山神明社が膝元。中でも細山には立派な御神輿があって、そちらは荒川区町屋からいただいた縁起物。かつては都電を止めた御神輿も押し寄せる時代の波に逆らえず渡御の経路が縮小され...いっそ在郷にとおらが細山の親方が譲り受けた。

それを村の再興にと担ぎ続けて数十年、やはり御神輿こそ祭りの花形。数年前には「細山睦会」が発足してカッコいい半纏を背に遠征を重ねた結果、今や各方面より応援が駆けつける。半纏は任侠の代紋に同じ、勝手に行って粗相でもあろうものならケジメをつけろと、そりゃ例えが...。まぁかくも大事な代物にて私などはどこぞのセンセイと違って借物ではなく正式に盃を交わしていただいた半纏は細山睦会と高石神社神興会。

そんな細山と高石は隣村同士なんだけど村の風土がまるで違う。ちなみにおらがセンセイが高石ならば前任は細山の古刹の大住職で、おらが後援会長は細山だけど事務所は高石とほぼ互角。駅に近い高石は商売が栄えた。主が多いからズケズケ物言うのが特徴で自己主張が明確。だからぶつかることも少なくない。対する細山は区画整理が多かったから村全体が協力しなければ事は進まず、ゆえに本心を隠してでも恭順の姿勢を示さねば村八分になってしまう。

で、高石神社では高石の半纏で細山を迎える以上は細山神明社は細山の半纏で高石を迎えて...となるのがスジなんだけどそれがどうして。数こそ力、向こうが十人ならばこちらも十人で、と重ねた結果、今や睦会からの助っ人は21人、対する神興会は幽霊含めて在籍自体が21人だけに勝負アリ、白旗でも上げて下さればこちらは救われるのだが、そこは譲れんらしく「オマエは当然こちらの半纏」と命令されて高石の半纏を着用しつつ、あくまでも助っ人として細山神明社に。

細山の方々は寛容だから「大変だな」とか「いっそ表裏の半纏でも」と心優しい言葉をかけて下さる。半纏でさえそんな状態なのだから国籍ともなれば...とスグそちらに結びつけたりするのは意地悪が過ぎたか。いや、やはり看過出来んナ。

(平成28年10月8日/2295回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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