なおログ[Blog]

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2016年6月

2016年6月30日 (木)

貫禄

今でこそ年齢が多少若返ったもののかつては雲の上の存在。そりゃそうだよな、当時はうちのセンセイみたいな御仁がゴロゴロ居た訳で。本来は課長級以上でなければ御目にかかれない御歴々を前に緊張の連続、ましてや新人ともなれば尚更のことで...。が、そんな緊張の糸をほぐすかの如くおらがセンセイが話しかけてくれた過去の思い出話をある職員から聞かせていただいた。

「貫禄というものは、からいばりでつくるものではない」とはあの作家の言らしいんだけど、大物感というか貫禄は「正」以上にありそうな「副」議長。齢も期数も向こうが上ながら不思議とウマがあって新人時代から何かと目をかけていただいた昵懇の間柄。身内の評判は知らん(ってことにしとく)けど少なくともそちらに選出される以上は実力者には違いない訳で、私などは「ドン(首領)」と勝手に呼ばせていただいているのだが、向こうは「やまちゃん」と気さくにくる。実はここだけの話、そこに隠された市議会の重要なホットラインが...ある訳ないか。

そんな副議長から机上に伝言があったものの、てんやわんやの日々にてすっかり粗相をしてしまったんだけど、ある日にはたと気付いて折り返せば「今回の質問は大変良かったね。ほんとアンタの言う通りだ」と。が、腹の中は分からぬのがこの世界。疑い深い性分なもんで、おいおい、どういう風の吹きまわしか、よもや参院選の票を何とかなどと...それはこちらのセリフか(笑)。

で、そんな立派な御仁から高評価をいただいたのは需要の多い市民の足の確保、つまりはコミバスの質問にて。地元のニーズ把握から路線検討等々において諸々の調整を担うのは本市のまちづくり局なんだけど、あくまでも実現に向けた「支援」のみで事業主体となる訳ではない。そのへんはあくまでも他に委託することになるんだけど、そもそもに大した収益など見込めぬ慈善事業なだけに地元業者を拝み倒して何とかというのがこれまで。が、本市には市バスがあるのだからそちら(=交通局)が受託してもいいのではないかと詰め寄った。

現行はあくまでも助言等の外野的な役割しかやらぬとされていて、それだけじゃイカンだろと迫れば、やるともやらぬともどうにでも取れそうな微妙な表現で...。そもそもに路線バス事業は路線の許可を取得すれば独占に近く、その後は「安全に」運行することに専念しがち。それだけに路線の見直しや経営改善には及び腰となりやすく、何かを求めても「既存の運行計画に支障をきたす」などとヘンな理屈が振りかざされる。

新たな路線なども他社の「シマ」や「赤字」を理由に消極的。赤字だからダメなんてのはやらない理由としては最も好都合。赤字をいうなら保育園などはその典型でそれでもあれだけ推進されているのは社会的に必要との認識が醸成されているからで市バスとて新たな意義を見出さねば衰退の一途だと苦言を呈した。

ということで、市民の足を確保する為の政策的な支出は惜しむなと背中を押したつもりなのだが、ついこのあいだまでは赤字路線を何とかせいとの追及に加担してきただけに些か説得力に欠けたか。いや、一般会計から年間11億2千400万円も投入して経営を維持する市バス路線が南部に偏重しているのはどうにも腑に落ちぬ訳でやっぱり不平等ではないかと...。

(平成28年6月30日/2271回)

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2016年6月26日 (日)

舞台裏

県内でも大票田の横浜が第一声だとすれば必然的に本市には午後の到着。が、それすらも間に合わず、何でアイツは居ないのかと陰口を叩かれたとか。雨の中を朝から必死に貼っていたのに何でそんなこと言われにゃイカンのかと反論してみたくもなるんだけどそりゃ余計なひと言ってやつで、ましてやそんなことを吹聴することでどれだけこちらの信用低下に繋がるか。まぁ元々然したる信用もないけど...とスネてみたり。

勝てば御破算ながらも万が一敗北ともなろうものならそりゃ悲惨なもんで。過去に汚名も着せられているから要領よく立ち回ったほうがいいということは実体験として十二分に存じ上げているのだが、いかんせん不器用というか慣れぬ下駄を履いてよく見せるのは苦手なもので。まぁそんな「フリ」だけでよければ他人にひけはとらぬ自信あるけどそれではかえって信用を失いかねない。

他人の選挙は絶好のアピール機会。他人様のことをあんなに応援するなんてぇのはきっと自分のこと以上に他人様のことを...となんて評判に繋がる。センセイの世界は目立ってなんぼ、それが得意の方々はゴマンと居るし、またそうでなければ票は伸びぬ。だから立派なスーツに身を包んで応援弁士を務めていたほうが票に繋がるんだけど、元々はそんな上品な役柄よりも脇役、否、舞台裏が好きな性分にて花形の仕事は他に任せて他人様の選挙ではひたすら裏方に徹していて。

告示日の朝は公営掲示板のポスター貼り。手慣れた後援会の実働部隊に依頼すれば二つ返事で協力して下さる「はず」なのだが、こちとら陣頭指揮のみでふんぞり返っている訳にもいかず、大量のポスターと地図を片手に貼った枚数50枚は下らぬはず。

が、それ以上に手間がかかるのは事前ポスターの撤去。告示日には公営掲示板以外は候補者の氏名が見えてはイカンなどと法律で禁止されているものの、それを以て直ちに逮捕される類のものではない?だけに貼り残しは確信犯か単なる認識不足か。発端は些細な綻びからなんて事例は枚挙に暇なく、くだらん違反はするなってのがおらがセンセイの頃からの申し送り事項なだけに告示日の前夜にコソコソと区内を徘徊するんだけど、市内でも辺鄙な...いや、支援者が多いもんだから枚数がやたらに多い上に体力消耗は貼る際の倍以上。

本番用ポスターと違って少なくとも半年以上は風雨に晒されるのだから「業務用の」両面テープでこれでもかって位頑丈に...。前のポスターの上にそのまま貼られることもあるから複数枚をまとめて剥すんだけどこれがかなり重い。そんな訳で半袖短パンに軍手姿の田舎少年のような格好で区内を回るんだけど、支援者の方から声をかけていただく機会も少なくない。「こんな格好で失礼」いや「候補者お願いしますね」などと会話を交わしつつ。

やはりそんな舞台裏の地味な仕事であっても誰かがやらねばならぬし、その姿勢は相手に伝わるもので。担ぎ手の苦労を知らねば候補者はつとまらぬ。

(平成28年6月25日/2270回)

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2016年6月22日 (水)

街路灯

いい齢の御老体が「戦争反対」のプラカードを両手に演説の隣り、つまりは敵陣の中で必死に無言のアピール。いわゆるネガティブキャンペーンってことらしく、むしろそちらのほうが好都合とばかりに内心ほくそ笑んでいたんだけど、目障りだとばかりにD県議が追っ払ってしまった。あ~あ。

そんな工作員を敵陣に送り込んだ本陣では、自衛隊の若者を危険に晒す訳にはいかないと声高に叫んでいるものの、そもそもアンタたちは「いらない」って言い分なのだから不要論で信を問うべきではないかと思ってみたり。安保法を廃止に追い込む為の共闘だといきり立つ野党連合。その安保法はあくまでも「安倍政権の」とのおまけ付き。打倒「安倍」で合従連衡したはいいけれど...少し前にも似たようなことあったナ。

そうはいっても油断大敵、一寸のおごりが致命傷になりかねぬ。敵を知り己を知らば百戦殆からずと「反」安倍らしき人物の著書を読んだ。デモで話題の学生団体などはテレビ業界や出版業界の商業的な動機が濃い、とか、今の大学教授たちは知識人ではなく「マスコミ芸人」の範疇だと一刀両断。そもそもに根幹となるべき理論的支柱がなく、過去の安保闘争とはまるで違うと手厳しい。左派インテリの一冊は十分に価値があった。

さて、来年の予算要望に向けた各種団体とのヒアリングを終えた。例年は7月なんだけど今年は参院選の都合で前か後ろか、そりゃ勿論...いや、上の意図は知らぬ。仕事を休んで来ていただく以上、無駄足は忍びない、さりとて、それはそちらのエゴではないのかなどと厳しい反論もあったりしてやはりホンネでやらねば意は伝わらぬ。役所とてズルいからその声に真摯に聞かねば時に現実を見失うこともありそうなだけに...。

同じ道路の照明灯でも防犯灯と街路灯ってのがあって見てくれは同じでも補助率は違う。町内会がやれば防犯灯で、商店街がやれば街路灯ということになるんだけど前者は全額が市費で、後者は6割、つまりは4割は自己負担となる。日頃から商店街を利用して下さる御客様に感謝を込めてとの善意のはずが、閉店も少なくない上に任意加入とあっては重くのしかかる負担。全額負担と言わぬまでももう少し負担を軽減してくれぬかとは商店街連合会からの要望の一つ。

いっそ何かにかこつけて近隣の町内会に譲渡してしまえば...なんて裏技もあるんだろうけど、やはり正攻法でと。ある商店街などは老朽化が目立つ街路灯の更新をしたいのだが、区画整理区域内にあるもんだから更新したはいいけれどそちらの都合で撤去させられた上に新たな負担を押し付けられたらかなわんと訴えた。そりゃそうだよナ、あくまでもそりゃ例外中の例外であって暫定の街路灯位は市が面倒を見てやればいいと思うのだが、どうにも市の態度が煮え切らないのだとか。

負担割合にせよ、根っこは縦割り行政。商店街は経済労働局、町内会は市民文化局、区画整理はまちづくり局となる。現状維持でさえも四苦八苦の状態なのに他局の予算を受ける余裕があろうかってのがホンネのようで...。おい、どっち向いて仕事しとるのか。

(平成28年6月22日/2269回)

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2016年6月18日 (土)

飯館村

未だ仮設暮らしが続く被災地。精神的な不安や葛藤の中で気を紛らわすには塗り絵や編み物が効果的だとか。そんな編み物の販売を通じて被災地支援に繋げるべく活動を続ける団体にわずかばかりの協力をしているんだけど、そんな支援の御礼にと飯館村の仮設住宅の方々が私「ども」、つまりは自民党川崎市議団宛にやってくるのだそうで。ほんと義理固い面々だナ。

そんな福島県で続く廃炉作業、汚染水を防ぐ為に壁を作って遮断するって理屈は分かったものの、その壁は地中の中に水を凍らせて...そんな夢の技術を信じてみたものの結果はやはり。壁のはずが壁になっておらず、追加でセメント系の材料を注入するのだとか。夢の技術に投じられた税金は数百億円、監視委員ならずとも憤懣やるかたないとはこのことで退くも進むも茨の道は核燃サイクルに同じ。

かと思えば、行政の効率化と国民の利便性向上が謳い文句のマイナンバー制度。批判に晒されつつも、どうにかこぎつけたまではよかったものの、年末に申請したカードが未だ届かないとの苦情。さすがにそれは粗末すぎると区役所を詰問すれば情報を一元管理する国のシステムが繋がらないから「少しづつ」しか手続きが進められないのだとか。

古びたパソコンのフリーズ画面に再起動を繰り返すようなもんで、「今回こそは...」と待つこと数分、裏切られては再挑戦の繰り返しに募る焦燥感。「国のシステム不具合で...」なんて弁明しようものなら火に油を注ぐようなものだけにひたすら低姿勢でお詫びに徹する現場の苦悩を御存知か。それが自らの失態を叱責されるならばまだしもお上の失策の尻拭いとあってはやはり憤懣やるかたなく。

ただでさえ住基ネットの失敗があるのだから同じ轍を踏まぬよう細心の注意を払って慎重に慎重に...ってこと位は官僚諸君も気付きそうなもんだけど結局は全て業者任せだったんだろうナ。私などはとやかく言わぬほうなのだが、少なくとも税を投じてやる以上は失敗するなってことだけは。

さて、複数候補の擁立に仁義なき戦いの様相帯びる参院選。敵は本能寺ならばまだしも身内にありって近親憎悪は見るに堪えぬ。地元の代議士から召集令状が来ては馳せ参じぬ訳には参らず、「久々に」朝の駅頭に立ったんだけど妨害行為も少なくない。それは政治への不満というよりも公衆の面前における醜態という視覚的効果を意図的に狙ったもの。

こちとら既に慣れっこだから怯むものでもないんだけど、不思議と御年配の男性で意地の悪そうな人相とおよそ相場は決まっていて、初対面の善良な人物に絡むとはこれまでいかなる人生を歩んでこられたのか同情してみたくもなるんだけど、その性分がどうにも卑し過ぎる。卑しいといえばこのたびの追い落としにてどこぞの都議の露出が目立ったと聞いた。そもそも政治家に徳目を求めるのは八百屋で魚を求めるに同じと言ってのけた御仁がいたが、そのへんの追及で名を売るとはどうにも好かん。

それにしても朝の駅頭では通勤途中の公務員が挨拶とともにビラを受け取ってくれることが少なくない。あくまでも公務員は公共の奉仕者にて政治活動を禁止されているからこちらから押し付けるもんでもなく、その心境は知る由もないんだけど、幾分か緊張気味の表情は無視したら何されるか分からんって恐怖心からか。でも、随分と助かってますハイ。

(平成28年6月18日/2268回)

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2016年6月12日 (日)

キリマンジャロ

最も安価で気軽に挑戦できるスポーツとして選んだはずが、いつの間にかフルマラソンでも足りずに高いカネを払って未踏の距離に挑むランナーの諸君、過ぎたるは及ばざるが如しというけれども時に「過ぎる」ことも必要だとの挨拶。

それがそんじょそこらのにわかランナーであれば笑い流すんだけど、その道の権威なだけに妙に説得力があるというか、まぁ要は物事を都合よく解釈するってことが大事なんだナ...違うか。そう、先般のウルトラマラソンの開会式のひとコマ。当日は政令市対抗のサッカー大会が重なって、水を向けられないよう逃げていたんだけど議長から令状が届いて不本意ながらマラソンを途中リタイアする羽目に。そんなこともあってか、秋の100キロ、いや、そりゃさすがに「過ぎる」から50キロにエントリーを終えた。

また物好きなと思われるかもしれんけどハーフ(マラソン)と違い、ウルトラなんて高い目標があると生半可な状態では臨めるものではないからそれに向けて万全な体調を整えようとするもので何よりも「がまん」というか欲を律することに繋がる。勿論、時としてその誘惑に負けることもあるんだけど翌朝にはその分をジョギングで体重を落とそうなんて。欲を律することでセルフコントロールが磨かれる。まぁ近年は完走云々よりもそんな副次的効果に期待を寄せていて...。

それにしてもウルトラ(マラソン)やトライアスロンのように苛酷な種目ほどエントリー費が高いってのは達成感の対価か。そう、つい最近、友人がキリマンジャロ登頂に成功したとSNSの投稿にあった。大学時代からの腐れ縁にて同い年ながら四十代に七大陸の最高峰を制覇するなどという壮大な目標に挑んでいる。

さて、少し前の記事に中学校給食の試行に伴う調査結果があって、保護者は97.1%が賛成しているものの、生徒は21.0%が「よくない」と答えたらしく、親子のギャップがあらわになった。「よくない」理由として「家からの弁当の方がよいから」が約3割を占め、やはり親の愛情に勝るものなしとひとり納得していたんだけど、続く理由が...「準備や後片付けが大変だから」と。おい、税金を何だと思っとるんだキミたち。

当時の紛糾は議事録に詳しいが、給食に反対というよりも拙速すぎやしないか、急いては事を仕損じるの格言が如くに相手から見透かされて割高な金額になっていまいかというもので、付帯決議なんてのを付けてようやく一件落着となったはずも不運というのは重なるもの。その建設途中に地下から埋蔵金ならぬガラクタが出てきたとか、で、その処理をするのにカネがかかるから認めてくれとのことらしく。

ここ何年かこの手の話が多くて正式には地下埋設物っていうらしんだけど、昨年度だけでも十件以上。で、そのたびに追加、追加とせがまれるもんだから鬱憤が募り、その位は予見出来んものかとの質問に「地中探査レーダー等の事前調査を実施する方向で調整する」との答弁があった。でも、それって単に地下埋設物があるか否か「およそ」判明するだけで実際には掘ってみねば分からんとなるのだから事前調査の費用が上乗せされるだけで、むしろ相手の思うつぼだったり...。

(平成28年6月12日/2267回)

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2016年6月 8日 (水)

K本県議

センセイ方の手柄自慢は今に始まった話ではないんだけど、「区内の防犯灯は全て私が...」との挨拶に「彼は全て自らがやったような顔をしていますが、そんなものではない」とかつて仕えた代議士が窘めた。私などは代議士の秘書時代から当人に随分と世話になってきただけにいつも賛辞を贈るんだけど「図に乗るから甘やかさないほうがいい」と秘書時代の先輩格となるHセンセイは手厳しい。

そんなK本県議と久々に夜席で御一緒したのだが、聞けばあらぬ誤解から当人のSNSが炎上、相手に目の敵にされるどころか脅迫されているとかで、ついには本会議場への入場の際に警護が付くことになったと本人。まぁこの世界は風呂敷が多いから話半分にせよ、一皮めくればその凶暴性は表の言い分と正反対、だいたいやることが陰湿で卑怯、子供のイジメに同じ。そんなヤツらは追い払ってやると啖呵を切ったものの、翌朝に後輩から予定を訊かれて「(昨夜に約束した)K本君の傍聴」と返事をすれば逡巡するそぶりすらなく勝手に別な予定を入れられてしまった。

ということでK本君には詫びを入れておいたんだけど、世渡りは私よりもはるかに上手いだけに...というよりも知名度を上げる為にあえて「意図的に」相手を利用しとるんぢゃないかというのが私の推察。まぁくだらん余興はその程度にして本題に。

需要と供給により価格が変動する仕組みを神の見えざる手と表現したその絶妙な言い回しに陶酔したのも昔の話。それにマルクス、ケインズが御三家か。自由競争に委ねることで必然的に着地点に到達するという競争の有益性を説いた先生に似つかわない本があることを「最近」知った。しかも「見えざる手」が登場する「国富論」よりも前に著されたものでありながら死の直前、つまりは「国富論」が絶賛された後にも大幅な加筆が行われているそうで、偉大な経済学者が人生の最後に辿りついた境地とはいかに。

著書の冒頭を紹介すれば「人間というものをどれほど利己的とみなすとしても、なおその生まれ持った性質の中には他の人のことを心に懸けずにはいられない何らかの働きがあり、他人の幸福を目にする快さ以外に何も得るものがなくとも、その人たちの幸福を自らにとってなくてはならないと感じさせる」(第1部第1編第1章-道徳感情論-)との一文。やはり「富」より「道徳」なんだナ。

ということで、ラス・ロバーツ氏の「スミス先生の道徳の授業」(村井章子訳)を読んだ。副題には-アダム・スミスが経済学よりも伝えたかったこと-とあって、あくまでも同氏の勝手な解釈なんだけど、なかなか読みごたえのある一冊ではないかと。「人生をみじめにしたり混乱に陥れたりする時の大きな原因はある境遇と別な境遇の差を過大視することにある」とは世の嫉妬心を窘める意味で鋭い考察なんだけれども、それ以上に次の一文が目に付いた。

「そもそもに自己宣伝をするときに自己宣伝でないと見せかけるのはなかなか難しい。品よくやるにはスタイルとバランスが大事でここでものを言うのが思慮だ」と。K本君に伝えておこう。

(平成28年6月8日/2266回)

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2016年6月 4日 (土)

当て逃げ

あまり自慢にならんのだけどわが区は階段道が少なくない。破損個所の修復や舗装等の陳情をいただくものの、その大半が「私」道であることからそれは地主負担。市に土地を譲渡して下されば市費での対応が可能なんだけど市側の規約に階段は含まれておらず数年前に規約を改訂して可能となった。

よくある陳情の一つにカーブミラーがあって、ついこないだも設置の要望をいただいた。早速に指示すればT字路の片方が「私」道にてそれは当事者負担でと市。御説ご尤もなんだけど当該私道は抜け道として一般の利用者も少なくなく「何とかならぬか?」と打診すれば「ならぬ」とつれない回答。「おい、このバッチが...」とゴリ押しはせぬまでも「口外出来ぬ」諸々の調整を終えて晴れて一件落着となった。

そういえば、少し前に行政連絡会議って退屈な...いや、大変重要で意義のある会議なんだけど、区選出のセンセイと区の関係者が一堂に会するだけにその後は「自腹」での懇親会が予定されていて。他人様に気を遣うのは得意なものの、遣われるのは不得手、というか、残務があったもんだから後席は欠席して退散したんだけど、帰路に折れたカーブミラーを見かけた。さっきはなんでもなかったはずなんだけど、折れ方が半端ではなくかなり危険な状況。何とかせにゃいかんのだけど、いかんせん既に退庁時刻は過ぎていて。

まぁここで見過ごしても私の過失が問われるものでもなく見て見ぬフリでも...いや、待てよ、そういえばさっきの席に所長が居たナ。されど折角の酒席に呼び出して対応させるのも不憫、いや、どうせセンセイのくだらん小言を聞かされているだけだから逆に好都合だったかもしれんけど...。ということで現場に一報を入れて不幸にも受話器を取った居残組に「かなり危険な状態なんだが...」と伝えれば、二つ返事で「これから対応します」と。その心意気やよし、役人の模範ではないか。

それにしてもあれだけ派手に折れ曲がるとは目撃情報もあるはずで、知らぬと逃げたんだろうけどその後始末はタダではない。市の税金、少なくとも道路の掘削も含めて二十万円は下らないのだから責任を負わせるべきで。警察に被害届を出しても手間がかかる割には大した成果は期待できそうもなく、そんな泣き寝入りの事案は少なくない。そもそもに「どうせ市が税金で」とか自ら招いた危険状態を放置した当事者の姿勢は許せん。えっ?アンタも見過ごそうとしたぢゃないかって。

そう、こないだ視察にて熊本大地震の被災地を訪ねたんだけど某所での話題がそちら、つまりは地震保険になった。当事者はその名称から修復の為の全額を期待したものの実態に支払われたのは見舞金程度だったとかでちょっとしたイザコザが生じていると聞いた。それが元々の契約なんだろうけどそんな小さい字など読むはずもなく、任せておけば「よきにはからってくれるに違いない」という淡い期待と「こんなはずじゃなかった」との恨み節が行き違うのは聞くに堪えぬ。

比較的ラクに加入できるスポーツ保険などは状況証拠というよりも会社に提出する調書が重要らしく、担当者の機転で随分違うのだとも聞いた。詐欺は兎も角もそんな頻繁な話ではあるまいし、万が一の際の「保険」。ただでさえ不運なのだからその位は...と。

(平成28年6月4日/2265回)

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