なおログ[Blog]

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2016年5月

2016年5月31日 (火)

横審

通称「よこしん」こと横綱審議委員会の元委員、内舘牧子氏の最新刊の表紙には花束を抱えた男性のイラストが描かれているもののどことなく哀愁が...。そのタイトルはズバリ「終わった人」。亭主元気で留守がいいとの川柳が如く家に居られては御荷物と妻の冷たい視線を浴びつつも近所には気脈通じた仲間は居らず...と退職組。

その模範となるか、仕事こそ命、炊事洗濯、掃除に子育てはオンナのつとめとの価値観が根付くわが家などではそのへん一式を妻に委ねている、というか単に携わらせてもらえないだけの話なんだけど、将来に不安がない訳でもなく。昨今は運動会の場所取りは父親の仕事とされているらしく早朝より話題の列に並ぶことになった。世のイクメンの動向を探るべく関係者に事情聴取を行えば朝5時半には十名、隣の小学校なんぞは朝4時に既に数十メートルの列だとか。

ということで早朝に玄関を出たものの、あくまでも「並んだ」という実績が大事とばかりに近所の事務所にて時間をつぶして適当につとめを果たした。さりとて、寝不足には変わりなく、開始後に大の字で寝ていれば過去にそんな写真を仲間に撮られて未だゆすられ続けているものの、未だ被害がないのは知名度の低さか。確かにほんと顔見知りが少なく、これじゃ次回の選挙もおぼつかないと募る危機感。ならばPTA会長にでも立候補して...そりゃさすがに節操がない、というかこんな偽善者には推薦してくれる人がいないんだナ。閑話休題。

歴史に一ページを刻む抱擁で幕を閉じた伊勢志摩サミット。そこで振る舞われた酒やワインに注文が殺到、特需が生まれるのは今回に限った話ではないんだけど、中でも首脳らの配偶者たちをもてなしたのは平成生まれのシェフ、それも現役の高校生であって、運動会の待ち時間を利用して「高校生レストラン、本日も満席。」(村林新吾著)を読んだ。ちなみに著者は当該校を一躍有名にした当事者の教諭本人。

何も詰め込みばかりが教育ではない、世の中の役に立つ立派な人物を育てることこそ教育の本分。調理技術のみならずおもてなしの心を養う為に高校生レストランいう企画に到るものの、そこに立ちはだかる高い壁。食中毒への懸念や万が一発生した際の責任の所在等々の苦情、が、何よりも「前例がない」との定番中の定番の口実に気が萎えるのはこちらに限った話ではなく。そのへん余計なことはやらぬに限るとの風潮が蔓延する昨今の現場にあって、批難を受けようともその困難を克服しようとする原動力は子供たちの将来を想う教師の親心以外の何物でもなく、そんな姿勢に教育の意義を考えさせられる一冊。

そんな運動会の帰り途中にSさんとバッタリ。親子以上の年齢差となるSさんは少年野球の名監督として知られた人物なんだけど、最近は市民館で行われる料理教室に没頭していて翌日の仕込みに行く途中だとか。「券を確保しておくからぜひおいでよ」と。協議会が主催するサークルまつりに市民館の調理室は終日「終わった人」らに占拠されていて。販売開始から1時間後には完売した男たちの一汁二菜のおもてなし料理は抜群に旨かった。

(平成28年5月31日/2264回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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2016年5月27日 (金)

初夏

別に役職にしがみついている訳ではないのだが、半ば幽霊部員のようなもので既に任期十年以上。おらが区のスポーツ推進委員会が主催する町内会対抗の壮年ソフトボール大会に顔を出したのだが、欠席がちのこちらに対して小言ひとつ言わずに笑顔で迎えて下さる委員の皆様には頭が下がる。久々とばかりに雑談を交わすだけなのだが、そんな他愛もない話こそ様々なことを気付かせてくれるきっかけとなる。

久々だけに早朝からのグランド整備は惜しむまでもなく、ひと仕事を終えて本部に戻れば来賓の区長が居て、前任とは「まるで」違う歓迎ぶりに世の理不尽さが見えてしまうんだけど、追い打ちをかけるように「初めての経験にて始球式の練習相手を。ついでにグローブとボールの調達も」と課長から耳打ちがあった。

おい!センセイを何だと思っとるんだ。いや、待てよ、ここで貸しを作っておけば後々...とヘンな打算だけはスグに働くもんだからお安い御用とばかりに御相手仕ることになった。まぁ所詮は女子供の...なんていえば批判殺到だからやめておくけど仕事上の見返りを求むまでもなくこちらも肩慣らし程度にウォーミングアップを終えた。

当日はスポーツ推進委員としての参加のはずが、おらが町内会から助っ人の要請があって出場の機会が回ってきた。まぁそんないいことしていればれば天は見てるもので一年ぶりの試合ながらも3打数3安打の猛打賞。が、バンザイ1つのおまけ付き。バンザイっては野球用語でフライの目測を誤って後逸することなんだけどほんとイージーフライだったんだよナ。試合の勝敗を左右するもんでは無かったもののカッコ悪すぎた。

「白球を追ひたる初夏の足鈍し」と詠んで今月の句会に投句すれば「鈍し」を「早し」にと赤ペンがあった。初夏が季語なんだけど薫風なんて言葉があるように新緑の爽やかな風が吹く頃を意味するだけに真夏と違って軽くなれども鈍くはならんだろうとのことらしく。ふ~む、さりとて軽くはないんだよナ。そりゃ別な理由にて。

さて、別に逃亡していた訳ではないんだが、度重なる出頭要請を受けて当局の「第一回目」の尋問に臨むことになった。本来であれば役所の目付け役となるセンセイ方の不適切な支出に目を光らせるだけに時に厳しいことも言わねばならん訳で恨みを買うどころか逆に脅されることもありそうで何とも損な役回りではないかと同情を寄せつつ、大人しく従っているんだけど以前などは暴れん坊将軍との異名を...違った。

それもそのはず、別に黒を白にとかそんな理不尽な要求ではなく、金額の多寡に関係なく領収書1枚に別途4枚もの記入書類は必要かって話。公費が投入されている以上、その手間は惜しんではいけないんだろうけどまさに官民の違いを見る好例の一つでもっと業務を効率化出来んのかとの進言。私の分だけで分厚いファイル一冊になる位だからそれが全員分ともなれば保管も大変な上に何よりも見る方に不親切ではないかなどとそちらのせいにして改善を求めていたんだけどにべもなく。

が、齢を重ねるうちにもしや疑念を抱く閲覧者の目を欺く為の役人の巧妙な陰謀ではないか、やっぱりセンセイの味方なんだナと都合よく解釈する心の余裕が出来た。んなことはどっちでもいい。早くも二回目の尋問が迫る。

(平成28年5月27日/2263回)

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2016年5月23日 (月)

静観

二十歳までに共産主義にかぶれない者は情熱が足りないが、二十歳を過ぎて共産主義にかぶれている者は知能が足りないと言ってのけたとか。確かにそこには夢の楽園が描かれているんだけど不都合なことは覆い隠されているからある程度の年齢になればそのへんを見抜けってことなんだろうけど...。

破竹の勢いで快進撃を続ける第三帝国ことナチス相手に国の命運を背負って果敢に挑んだ英国の宰相。贔屓目に見ても今日の欧州における優位な地位は当人の功績に負う面が少なくなく、歴史に「もし」は無いけれどもその御仁が顕在であればいかなる判断を下すのか。押し寄せる難民に通貨危機の懸念、超国家的機関が国家を制限する道を選択したことへの葛藤。残留か離脱かシェイクスピアの国で投票が迫る。現役のロンドン市長が著した一冊「チャーチル・ファクター」を読んだ。

英国がチャーチルならばわが国はやっぱりこの人。釈明に追われる息子の汗びっしょりの姿にテレビ画面を拭った母の話は有名であって、執拗に追い回す記者に付き合う当人に部下が進言をすれば「彼らとて仕事、家に帰れば腹を空かせた家族がいる」と。一方ではたかが草履番といえどもそんな陰の人物に対しても細やかな気配りは忘れない。その位の度量と繊細さを併せ持たねば人は付いて来ぬ訳で...。そう、死して尚絶大な人気を誇る角さんの話。

それに比べればこちらの御仁は器量が違いすぎたか。たたでさえきれいごとの通らぬ世界、身から出た錆とはこのことで金銭面に限らず大なり小なり叩けば出るんだから清廉潔白などで売らぬほうが良かった。どれだけ立派な御高説を唱えても為政者たるもの世間様から嫌われては元も子も無く、全ては信用の上に成り立つものだけに。

「第三者」は時間稼ぎで鎮静化を狙ったものとの指摘は遠からずなんだろうけど、辞めてもらっては不都合だからと静観する与党も同罪だなんてのはさすがに別な意図を含んでいやしまいかと。およそ学者や評論家の類なんてのはちやほやされるのに慣れっこだから勝手言いたい放題にて攻めには強いが、文句を言われぬもんだから守りには弱いことが少なくない。そのへんが勘違いを生む原因なんだけど本人も確かそちらの...。

辞職まで追い込みたい報道陣は全て一緒くたに並べるけど、話を整理すれば政党助成金の流用と政治資金の使途は別次元の話。つまり、政党助成金は政務何とか費と同様あくまでも公金だからその流用は法的責任を問われて然るべきだけど、下着がどうだとか回転ずしがどうだってのはあくまでもモラルの話で道義的責任がどうかって話。

推薦した以上は庇わねばという不文律も静観以上にならんのは当人の「情」の薄さに一因はないか、「人のやることだからまぁぼちぼち」と同情論が聞こえてこぬことにかえって同情してみたり。選挙の当落、出処進退を含めて当事者の生き方が問われるこの世界。「第三者」が吉と出るか凶と出るか。本人の人としての魅力が問われている。

(平成28年5月23日/2262回)

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2016年5月19日 (木)

正義感

単なる減量のはずが、ある年齢を過ぎるとすぐ病気にさせられちゃうのはよくある話。それに比べれば、「おい、ちょっと腹が出てきたんじゃないか」と腹を叩かれて会話が始まるってのは相手に話題を与えるという意味でも中々巧妙な作戦ではないかと...違うナ。そんなことだからもしや健康面で何かと心配して下さる支援者の方などいるはずもなく、どうせ遊びに夢中なんだろと思われるのが関の山。

外泊が続いてこのブログも久々の更新。外泊といっても自己都合ならぬ公務と地元有力者との大事な「親睦」旅行が含まれるんだけど、その一つ、行政視察を終えた。各常任委員会においてテーマと視察先を協議して実施されるもんだけど、見渡せば今年は東北、中でも青森に函館が人気。おい、そりゃさすがに別な動機ではないかと疑ってみたくもなるものの、私の所属する環境委員会が白羽の矢を立てたのは福岡県M市。

聞けばこの4月からの電力自由化に伴い家庭向けの電力小売りサービスに参入した取組が全国的に注目されているとか。結果的には同様の取組を行う別な自治体を訪ねたんだけど、電力の小売り全面自由化は従来の電力会社の独占を阻止して新たな参入を促すことで消費者に新たな選択肢を提供し、サービスの多様化や料金の低廉化を図る狙いで、そこにいちゃもんをつける気はないものの、「あえて」そこに行政が参入する意義はどこにあるのか。

社会人時代に当時一世を風靡した米国企業の倒産を目の当たりにした衝撃は今も忘れず、つい最近も電力販売ビジネスで業績を急拡大させた企業が破産したばかりで本市は「たまたま」被害を免れたものの、その負債処理に頭を抱える自治体も少なくない。FIT(固定価格買取)とて要は下駄を履くってことだから純粋な成長を阻害する要因、薄利の代償は民間企業の利益圧迫に繋がりかねず、そもそもに官と民では役割が異なる以上はむやみに介入しないのが最善なのではないかとそのへんを眉唾というか懐疑的に見ていて...。

介入せずといえば、日々何かにつけて役所を呼んで講釈をされている熱心なセンセイの姿を御見かけすることしばしばで、そりゃ職務上、適切な助言はせにゃいかんが、過ぎたるは及ばざるが如し。ましてや今回の大震災のような際に行政が必死にやっている中、あれはどうなった、これはどうしたなどといちいち報告を求めては余計な仕事が増えるだけ。そんな正義感にあふれる当人に限って自らの行為が相手の余計な仕事を増やしているという「重大な」事実に気付かないもので、時に「あえて何もしない」という選択肢もアリかなと思うのは私位か。

今回の視察先における担当者の説明が理路騒然としたものだっただけに、本市でもすぐに真似るべきだと助言するセンセイが居ないとも限らない。また、一方ではそんな先駆的な事例は知ってて損なく、巷の動向は把握しておかねば進路をあやまりかねぬと本市の担当者を呼んでそのへんを試しておいたけど、何よりもその正義感こそが裏目に出ていないことを願っている。

(平成28年5月19日/2261回)

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2016年5月13日 (金)

夏みかん

選挙区と支援者に恵まれているもんだから季節の旬な食材が届く。「届く」というよりも時にこちらからあつかましく求めたりもするんだけど、GW中に筍掘りはどうかと誘いがあった。昼時を狙えば現物が転がっているだろうから二つ三ついただいて...なんて意図を見透かすように「これから掘るんだ」と竹林の主。ということで久々に鍬を握って大地を耕した。「筍のあとひと鍬と土揺れる」と一句。

さて、映画「ちはやふる」のポスターを見かけた。艶やかな着物姿の主がどこぞの女優だなんてのは全く知らんのだけど、百人一首やかるた取り等の伝統的な遊びに目が向くってのはいい。男児三日会わざれば...とはよく言ったもので、小学4年生の息子が「磯遊び二つの島のつづきをり」に「故郷やどちらを見ても山笑ふ」って知ってるかと。

「磯遊び」と「山笑ふ」が季語、ざわめく木々を「山笑ふ」と表現した日本人の美意識に汐の満ち欠けという自然の摂理の妙を詠んだ句だと教えて何とか保った親の威厳...でもないナ。ちなみに前者は高浜虚子、後者は正岡子規の句。短歌と違って俳句は庶民文化。物の見方に身分の上下はなく、その道のエラい権威でなくともお~っと唸らせる句は少なくない。

「17音の青春2016-五七五が綴る高校生のメッセージ-」を読んだ。大人の句会でも「不戦」や「安保」などを見かけることしばしばだが、政治的な意図が隠れていそうでどうも好かん。音楽やリズム然り、最近はそのへんを啓蒙活動に利用するのは得意な連中なだけに...。やはり純粋に自然の情景を詠んだ句、いや、そうでなくとも「他の子が好きだと知って夏みかん」なんてのは高校生らしい青春を詠んだ一句であって、オジサン応援してるからがんばれよって...違うナ。

さて、今年も待機児童の状況なる資料が役所から届いた。この4月1日現在の本市における就学前児童数81,878名に対する最終的な待機児童数は6名。昨年度比460名の児童数の増加に対して1,989名分もの枠を新たに整備したにも関わらず不足が生じる理由は何か。「家庭」「幼稚園」「保育園」の受入割合が拮抗していたのも昔の話で近年は保育園の伸びが顕著。

手元の資料によれば平成21年の保育園の申請率20.72%に対して平成27年は31.03%。たった1割なんだけど母体が8万人なのだからその数や推して知るべし。土地の確保に保育士の育成も追いつかぬ訳で...。それでいて、隠れ待機児童がいる以上はまだまだ足りぬとせっつく「熱心な」センセイ。その迎合する姿勢にかつてのハコモノ行政の果ての姿が重なって見えてしまうのは気のせいか。

最近、入門試験に親の同伴を求めた落語界の巨匠の話を聞いたけど、産んだ以上は子をいっぱしの大人に育て上げるのが親の役目だって価値観は薄れ、子供は社会が育てるものだなんてヘンな価値観が横行する。中にはそんな事例もあるんだろうけどそりゃあくまでも例外であってそれが当然との風潮になれば子育てそっちのけで仕事や遊びに夢中なんて親が急増。そんな価値観が幅を利かせては国の将来はバラ色には見えんけど...。

(平成28年5月13日/2260回)

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2016年5月 8日 (日)

万代太鼓

大学時代の朋友の一人に前田家家老の末裔だと「自称」する御曹司がいて、未だ落ちぶれることなく祖父の代に創業した会社の三代目社長を継いでいる。地元のちょっとした顔役らしく繁華街などでも「若」などと呼ばれるもんだから回りが振り向く。「随分な御身分で」と冷やかせば「名前で得している」と本人、単に苗字にそちらが付くだけの話で...。

北陸初、というか日本海側で初めての政令市は新潟市だと御当地は胸を張るけど合併に合併を重ねたせいか兎にも角にも広い、というか「過ぎる」。一方で伝統や文化にこだわり独自路線を歩んだこちらは対照的ながら未だ多くの観光客が訪れる。数年前でさえ外国人観光客がホテルのロビーにあふれていたのだから北陸新幹線の開業後はさぞ...と聞けば鈍化はせぬものの、やはり日帰り圏内になったことで宿泊は横ばいとか。

殿様は当時全国から職人を呼んだから市内各所に地名が残り、その名残と思しき近江町市場は金沢の台所にて魚介を中心に旬な食材が並ぶ。そんな市場の入口にはこれ見よがしにあの看板があって美観云々はあるにせよ朝から鮨が食えるってのは贅沢そのもの。

魚介といえば高級魚として名高い「のどぐろ」は御当地の名産。確かに「旨い」とは思うのだが、美食家の私にはやはり脂ののったトロこそ贔屓なだけにあの選手の一言に流されているだけではないのかと詰め寄れば「あれは旨いぞ」と三代目。握り以上に焼きが絶品だというからならば食わせろと二軒目に案内いただいたものの品切れにて、「また次回ナ」と冷たくあしらわれてしまった。

さて、作家の百田直樹氏の「この名曲が凄すぎる」の一作目が確かこの曲のはずなんだけど、少し前に「ペール・ギュント」全曲を聴いた。ヘンリック・イプセンの戯劇に北欧のショパンことグリーグが曲を付けたもので、途中、誰もが聞き覚えのある旋律が登場する。放蕩息子ペール・ギュントの旅路を描いた作品にて、息子を心配しつつ永遠の眠りにつく母を描いた「オーセの死」も名曲の一つ。

今日は母の日。どうやら地方の銘菓、中でも言わずと知れた仙台銘菓「萩の月」がお気に入りだそうで。大間のマグロが築地市場ならば全国の銘菓は都内百貨店。まぁその位の手間は惜しむものでもなく、帰りの「ついで」に立ち寄ればそれだけがない。全国銘菓の中でもこの「萩の月」と「博多通りもん」だけが御当地のみの限定販売だとか。折角の販売機会を逸するとは...否、無いと余計に入手したくなるものでその希少性が更なる魅力に繋がる。敷居は下げぬとの製造元の姿勢が孤高を貫く金沢市に重なった。

さりとて、時折の親孝行とあっては天も見捨てぬ訳で宮城ふるさとプラザではGW中の数量限定販売。別に見返りを期待するもんではないものの、夜の勘定はいつもそちら任せだから十分なお釣りが来た。そうそう、地方の銘菓といえば「万代太鼓」って越後の銘菓なんだけど私のイチオシにて。

(平成28年5月8日/2259回)

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2016年5月 3日 (火)

組市松紋

何事にもそんな批判は付き物で「やらせ」「ありき」が踊る風潮を知ってか知らずかうっかりこぼした首長が釈明に追われることになった。あくまでも美意識の話だから「ダサい」はあって当然だけど、世界の王さんがこれでいこうというのだからそれ以上文句の付けようがないぢゃないか。むしろシンプルなデザインは侘び寂びや禅の文化に、藍色は冠位十二階の最高位「紫」に繋がりそうで私なんかは純粋にいいナと思うけど、やはり何といっても左右対称に見えて微妙に違うデザインは本市自慢の音楽ホールに...くどい。まぁ折角の機会なのだから日本文化を世界にと。

四季折々の旬な素材に「はしり」「なごり」と趣向を凝らした懐石もいいけど、やっぱり和食は「スシ」に限る。それが好物で目が無いもんだからいろんな店を物色するんだけど久々の大将とそんな会話になった。「最近はこの世界でも授業料を払って行く学校すらあるそうじゃねぇか。オレたちの頃はカネ貰って見習いが出来たんだから恵まれてたんだな」と大将。確かに下働きが長くてはかなわんとか厳しい徒弟制度の門をくぐれぬ方々の需要がそちらに繋がっているものの、カウンター越しの表情や会話に学ぶものも少なくないとか。やはり御客様の立場でってのはどこの世界も同じ。

さて、被災地では保険証不要の特例措置が講じられたとの報道を目にした。不測の事態なのだからその位の融通は利かせて当然ながらもこちらは拒まれてしまったのだとか。木曜夕方の受診に翌日は行きそびれて土日挟んで月曜に行けばアウト。そう、薬の処方箋の話なんだけど、それが初診じゃなくて既に十年来の常連で服用薬も同じなだけに諸般の事情に鑑みて何とかならんもんかねとSさん。薬局側の事情も承知なだけに当人を宥めるのがスジなんだろうけど「確かに」とSさんに迎合してしまった。安易な妥協や迎合はかえって相手の信用失墜を招きかねないが、やはり「票」がチラつくとつい...。

まぁそんな話は挙げれば枚挙に暇はないけど、巷の鬱憤が募る一つに役所の手続きがあってその手の不満を聞くことは少なくない。中でも申請が煩雑な上に記入欄が多すぎるというのがあって、そりゃ公金を支給する以上はやむなしと言われればそれまでだけど、たったそれっぽっちの為にそこまで事細かに記載する必要があるのかとか仮に必要であったにせよその手間がちゃんとその後に活かされているのか等々疑念は絶えぬようで...。

過ぎたるは及ばざるが如しでそこまで執拗に求められれば、申請側とてやっているように「見せる」為の技巧を凝らすだけ。読書感想文ではあるまいし、長ければいいってもんじゃないけどそのへんに何か不祥事があった際には責任を逃れようとする役人根性が見え隠れしているようでどうも好かん。そりゃあくまでも役所都合ってもんであえて実例は示さぬが、百聞は一見に如かず。まずは現場を目で見て利用者の立場で業務改善を図ってみてはどうかと。

(平成28年5月3日/2258回)

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