なおログ[Blog]

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2016年3月

2016年3月29日 (火)

裏庭

「待ちわびし青函結ぶ春の海」と詠んだ。句の巧拙以上に旬の話題性が評価されてかそれなりの点が付いた。苦節五十年の青函トンネルは地元の悲願。函館といえば地元でも評判の鮨店に向かう途中の桜並木が見事であったし、その対岸の青森県といえば弘前城の桜の評価が高い。全国を見渡せば桜の名所は数あれど加賀百万石を代表する兼六園なんぞもその維持にかけるゼニは他市の追随を許さないといわれる位だからさぞ見事かもしれぬ。ちなみに私の郷里の高田の桜っても今や日本三大「夜」桜の一つだとか。

桜は日本人の心、花を愛でながら一献。否、やはり名目は何であれ人が集まってわいわいやるというのはいいもので、恒例となるおらが高石神社の花見会への誘いがあった。さすがに年度末の吉日とあっては公務多忙にて丁重に御辞退申し上げたのだが、どうも若手の参加が少ないとかで会長の顔を立てるべく合流。

バッチなんか付けていると余計に日々の不満がこちらに向くから酒席は短いに限る。日頃は「センセイ」などと低姿勢の人物でも酒が入った途端に「おい、コノヤロー」って...やっぱりそう思われてたんだナ。注ぐ以上に注がれる瓶のラベルだけはしっかりと確認しておいたはずなんだけど、退散後はなぜかほろ酔い気分にて「ほんとノンアルでした?」とメールを送れば「バカか!」とそっけない返事。

さて、前職時代の友人、というか呑み仲間のH氏は京都出身。会社の同僚が観光の「ついで」に御実家を訪ねたそうなのだが、その見事な庭を絶賛されていたから大そうな御家柄と思しきも、そちらの出身であることを公言するに憚りがち。本人曰く確かに観光名所として名高い神社に隣接していることからその境内が裏庭に見えなくもないとか。

まぁ私のような田舎モンにはあの雑踏と狭い道、それに独特の方言「~どす」「~はる」など上方意識がどうもお高くとまってしまうのだが、最近読んだ一冊に「京都ぎらい」(井上章一著)があって嵯峨生まれの同氏によれば祇園だ西陣だの洛中以外は同じ市内でも格下扱いだとか。で、H氏の裏庭、というかその神社は中心地から「若干」離れているそうで、H氏が憚る意味がようやく分かった。

ちょうど一年前の選挙の折におらが後援会長との話題が京都の桜になった。見頃には毎年訪れるのだそうでやはり風流人は違うナと少なからず京都の桜というものに興味を抱くようにになった。さりとて、見れば宿泊先の「べらぼう」な価格、一流旅館に劣らぬビジネスホテルの料金設定もそれが需要と供給の兼ね合いによる神の手の仕業であって、その法外な料金でも満室になるのであれば負け犬の遠吠えに聞こえなくもない。

そんな不満をこぼしつつ、さすがにそこまでの御仁になればさぞ立派な贔屓宿があるかもしれぬと後援会長に尋ねれば...。「宿坊」がおすすめだそうで、ならば精進料理でも...いや、桜だったナ。

(平成28年3月29日/2249回)

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2016年3月26日 (土)

たんこぶ

本会議において「異議なし」と了承された次年度の常任委員会の配属。最大会派のわが会派はおよそ各委員会に目付け役として古株が居たりするんだけど、来年度は四期の私が最古参で若手の布陣。目の上のたんこぶが取れて4月以降は本領発揮だなどと気負っていたんだけど、「こちらで仕切るから余計なことは言わぬように」と下から言い寄られて押し切られた格好になった。全く以て不徳の致すところで、ならば地元活動にでも専念すべくまずは御年配者の会話に欠かせぬ話題でも...と。

久々の日本人横綱の誕生に期待のかかった大相撲春場所。そちらはあっけなくしぼんでしまったものの、地元出身力士、豪栄道の好調ぶりが目立つ。全勝の稀勢の里に土を付けたことで1敗に3人が並んだ。横綱の誕生がダメなら二場所連続の日本人力士の優勝を...。いやいや、そもそもに「日本人」横綱だとか「日本人」優勝だとか、そのへんが既に物寂しい気がしないでもないが、やはり外国勢が一枚上手か。

彼らは徒手空拳で海を渡ってきただけに覚悟が違う。臥薪嘗胆、鬼の稽古を耐えに耐え大きくのし上がったその実力は歴代横綱以上かもしれぬが、張り手や肘打ちに土俵際のダメ押し等の品位を欠く対戦に解説者は手厳しい。年寄株を取得して隠居するにも立ちはだかる国籍条項の壁。あくまでも国技なのだから郷に入っては郷に従へと帰化なる選択肢もあるものの当人には承服しがたい理由があるのか、ならば力で...。横綱たるもの「貫目」が大事、姑息なことをせずに泰然自若でとの価値観を守れるか、押し寄せる黒船に協会の判断は...。

さて、そんな事情はこちらも同じ。泥酔した帰りに携帯を落として興醒めとか、自宅で寝ている隙に不審なメールを見られて「何これ?」と迫られる苦い経験。そんな後ろめたい方々の為にA社の端末にはパスコードなる便利なものが用意されていて設定を「ON」にしておけば起動時に秘密の番号が求められる。端末に施されたロック解除の機能を他人に付与すべきか否かを巡り米国の世論が割れていると聞いた。

昨年末の銃乱射事件の捜査協力を目的にロック解除を求めた司法省に対して断固拒否の姿勢を貫くA社。あくまでもそれは個人に帰属するものだから何人たりともそこに介入する権限を有さぬとの言い分も今回の相手は殺人犯にて見方によれば犯罪に加担するようなもの。また、歴史に学べば権力の暴走の可能性もゼロではないし、そこを譲らば蟻の一穴になりかねぬとの懸念も分からなくもない。

牧歌的なわが国などはすぐにメーカーが折れちゃうんだろうけどたとえ相手が司法当局であれ断固貫く姿勢は権利意識が旺盛な米国ならではか。行き過ぎた権利意識が招く負の側面は少なくないが、何ともギスギスした世の中ではないかと。えっ、私?。そんな不都合なメールなんか...「ない」とは言わぬけどそんなのを設定したら余計に怪しまれるぢゃないか。悩みの種を増やすだけだから相手のは見ぬに限るよ。

そうそう、大相撲春場所は千秋楽也。

(平成28年3月26日/2248回)

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2016年3月22日 (火)

語彙力

あれから5年、今年も3.11を終えた。死して美談として語り継がれる命、余命幾ばくかの御老人と共倒れになる位ならば生きて世の為に...。未曾有の大震災を経て「まずは御身」と価値観が変わりつつあると聞いた。そりゃ確かに現実的な選択肢なんだけど「他人様の為に」という伝統的な価値観が薄らいでいくことに一抹の寂しさが。逃げるという選択肢もあった中で居残った彼らが後世に遺したものとは...。

さて、充電しっぱなしで埃を被った付属品。それは無駄な料金だとの妻からの忠告を受けてショップを訪ねた。不用心なもんだから言われるがままの契約にいざ解約の手続きを依頼すれば契約は自動更新で1年単位にて途中解約となれば安くない違約金が生じるとか。当時の契約書にはそうあると言われればそれまでで、そんなバカな話があるかっ!とゴネぬまでもどうも釈然としない。行きは良い良い帰りは...。

そんな事例はこちらも同じ。参院選の候補者の話題を目にした。世間的に知名度を有した人物が候補者として擁立される背景には党勢拡大と選挙での勝利を狙う政党とそこにどこか蔑まれる芸能人から路線転換を図りたい当人の利害が一致するんだろうけど資質は二の次だとすれば...、安易な選択のツケは高くつくもの。

そこに社会の不満があるのは否定されるものではないけれど、その一例を以て「死ね」は短絡的過ぎやしないかと。その一事象を大々的に報道する背景には随分とヘンなバイアスが働いているんだろうけど、何よりも言葉が陳腐で語彙の貧困化は深刻。「やばい」「かわいい」「まじ」「うざい」が例として示されていて、私などは「陳腐」なんてエラそうな単語で片付けてしまうのだが、そこはさすが人気の教授は違う。言葉の選び方が「省エネ」だなんて上品な言い回しで...。齊藤孝著「語彙力こそが教養である」は世の男性諸氏がモテる為に語彙力が必要と結ぶ。

新人の頃の挨拶回りの際に子供の有無を訊かれて「私は子供の居ない人物は信用していないんだ」と言われたことがあった。当時は私も「子ナシ」だったからそれは政治の資質に関係ないと思いつつもいろんな価値観の方がいるもんだナと。以来、その手の話題には注意を払っているんだけど「子アリ当然」との風潮も昨今は些か向きが変わってきた。妊娠や出産は自然の摂理にて学問等の努力でかなうものでもなく不妊治療に専念する苦悩やいかばかりか。

久々に酒井順子さんの著書「子の無い人生」を読んだ。そのコミカルタッチの軽妙な文章と当人ならでは視点に気付かされることは少なくなく、世の乙女たちの心情を上手く言い当てているのではないかと。同じ「子ナシ」でも独身であればまずは結婚に話題が向くものの、既婚となれば自ずから関心はそちらに向くだけに「既婚子ナシ」に比べれば「独身子ナシ」は...なんてのは彼女ならでは。生き物として最も根源的な務めが生殖だとすれば欠陥品が如く見なされる苦悩は筆舌に尽くしがたく、子を「授かる」ということ自体がいかに尊いことかを諭される。

まぁそんな葛藤に比べれば保育園云々は贅沢な悩みかもしれぬ。上を見ればキリがない。

(平成28年3月22日/2247回)

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2016年3月19日 (土)

やぶへび

出会いと別れの季節。定例会の最終日に任期途中の3月を以て退任する副市長から挨拶があった。これまでの公務員人生を振りかって一つだけ胸を張れるとすればその判断が「市民の為になっているか否か」を指標としてきたと。何か持ちかけても出来ぬ理由を探すのが得意な役人に「おい、どっち向いて仕事をしとるんだ」と諭すこともしばしばだが、上意下達の階級社会において上とサシで話が出来るというのがセンセイの特権事項であって当人には私も随分と御世話になった。

さて、おらが市議団の執行部の任期は原則2年なんだけど団長が体調不良を理由に任を下りると聞いて私も辞することにさせていただいた。団長からは慰留いただいたものの、あくまでも今の団長の補佐役として推挙されただけに二君に仕えず、というか小姑が幅を利かせては後がやりづらかろうと御辞退申し上げた。これで晴れて...。閑話休題。

少し前の話。本市の教育委員の一人が出席率が低いながらも満額報酬を得ていたとの報道にネット上では批難が殺到だとか。あくまでも「報酬」、つまりは役職への対価だから特に不正を働いた訳ではないのだが、その職務に対する道義的責任はどうなのかという話。教育委員の任命は市長権限だが、その同意は議会の仕事であってこちとら涼しい顔をしていられるものでもない。

本人から他の仕事の都合で欠席の可能性が予め示唆されていたもののそれを踏まえて就任を依頼したと記事にあったが、そんな裏約束があったなんてのは聞かされていないだけにその隠蔽責任を追及してみたくもなるんだけど、それが明るみに出た以上は...つまり「やぶへび」というのは少なくない。

今回の議案の一つに給与引き下げが含まれる。その審議の際に労働組合との交渉経緯を聞いた質問があって激変緩和を目的に3年間の給与月額を維持することで妥結したなんて答弁があったもんだからつい耳が立って、本来下げるべきものが同額を維持するとはそりゃ御手盛りではないのかと詰め寄った。激変緩和措置に要する本市負担額は年間1億円だとか。

やぶへびといえば市長に献金した人物が市の評議委員に就任しているのは不適切ではないかとの追及。こちらは実費相当額の費用弁償にて出席回数に応じて日当1万円程度が支給されるんだけど年間の開催日数はほんの数回。その役を射止める為に献金をして地位を買ったなんてのはゲスの勘繰りってもんでそんな三流記者が好みそうな話題には興味すらないけど他人様の収支報告書などよく見ているよナと。

そもそもに審議会なんてのはあくまでもアリバイ作りのようなもんで物事を決めるのは役人でも学者でもなく有権者の負託を受けたセンセイの仕事。しかも、寄附を貰えば収支報告書への記載義務が課せられて、それがネット上で公開されるから怪しい関係として疑念を抱かれないとも限らない。だから本当にワルなヤツは袖の下というか領収書の要らぬカネで...。貧すれば鈍するって格言があるけど怪しいカネに手を出さぬよう、他人様から貰わずともやっていけるだけの待遇を保証いただいている訳で。

政治とカネを巡る話題が耳目を集めることは少なくないけど、時としてそこに些かの同情の余地があってもいいのではないかと。

(平成28年3月19日/2246回)

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2016年3月16日 (水)

アルテリッカ

首都決戦に敗れたとはいえども依然吹き止まぬトランプ旋風。今週は大票田フロリダを含む予備選挙、果たして結果やいかに...。ということで、そんな同氏と対決した日本人の話題を週刊誌に見かけた。まぁ兎に角その手の人物は勝負事というか賭け事好きなことが多いんだけど、時同じくしてウォール街の帝王ことジョン・グッドフレンド氏の訃報を聞いた。

ソロモン・ブラザーズ社の中興の祖。マイケル・ルイス氏の著書「ライアーズ・ポーカー」にはこんなシーンが登場する。トレーダーとしては過去の栄光、生き馬の目を抜く世界で次々と現れる新星を品定めするかの如くフロア内を闊歩するワンマン経営者グッドフレンド氏の次なる標的はウォール街で一番の債権トレーダーとの呼び声高いメリウェザー氏。儲かろうが、大損しようが相手に表情を読ませぬポーカーフェイス、日本語でいう胆のすわった同氏に挑む種目はインディアン・ポーカーならぬライアー、つまりは「うそつき」ポーカー。

「一手、百万ドル、泣き言なし」とグッドフレンド氏。メリウェザー氏にとっては勝てば上役の機嫌を損ね、負ければ大金を失うという圧倒的に不利な状況に立たされ、周囲が固唾を呑んで見守る中、同氏が取った行動とは...。「百万ドルではタイマン勝負に安すぎる。1千万ドルでどうか」と切り返すメリウェザー。恐怖心におののく相手の姿を見て愉しむ度胸試しの上手をいく世紀の対決は社の語り草だとか。

さて、それを目的に帰宅した訳ではないのだが、期せずして「白熱教室」を見ることになった。今回の登場人物はベートーヴェン。英国ロイヤルアカデミーの教授が曲を解説する。「ここでこう音階が変わる、そこにはこんな意図が隠されている」-「ふ~む、なるほど」と夢中で聞き入っていたのだが、隣で洗濯物を干していた妻が「多分、そんなに深く考えていないと思うけど」とひと言。そんな幻滅するようなこと言うなヨ...いや、意外とそんなもんかも。

さて、贋作の多さは人気の証、光の魔術師レンブラントに影響を与えたとされるカラヴァッジョの作品展が上野の国立西洋美術館で開催されていて、機会を狙っているものの、未だ恵まれずに悶々とした日々を過ごしているんだけど、こちらだけは顔を出した。そう、アルテリッカ新ゆり美術展。選挙の原動力というか大票田となる麻生区いけばな協会の作品はぜひ見ておかねば...違うナ。

職業に貴賎はないというけれどもそれが食い扶持になるのはほんのひと握りの方々のみ。支援者の御令嬢が演劇に没頭されていると聞いたけれど金銭の対価を求めずに夢の実現の為に必死な若者の応援団でありたいと思っている。映画「エヴェレスト-神々の山嶺-」では伝説の登山家、羽生丈二を演じる阿部寛氏の演技が群を抜いていて、同氏をはじめとする舞台上がりの役者は総じて表現力が豊か。

知り合いの紹介にて劇団わが町による公演「わが町-溝の口」を鑑賞した。当日はシアターにて偶然にMさん御家族に遭遇、聞けばそちらの御令嬢も出演されてるとか。そう、劇団わが町は年齢制限なしの地元のゆるやかな劇団なんだけど演技力はなかなかのもの。GWのアルテリッカしんゆりが近づいてきた。

(平成28年3月16日/2245回)

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2016年3月13日 (日)

加減乗除

プロ野球スター選手にタレント女医と挙げれば枚挙に暇はないが、勝ち組の転落、どこに魔の手が潜んでいたのか。

不運が重なり生活が一転、困り果てた末の相談に東奔西走、直談判と八方手を尽くして後は運に委ねたのだが、前途多難ながらも何とか生活を取り戻したとの元気そうな声に「不運ばかりは続かないもんですよ」とお伝えした。「加減乗除」の帳尻をいかに合わせるか。私などはいつも「減」ばかりにていっそ「加」じゃなくて「乗」で...マイナスにプラスを乗じればマイナスだナ。

さて、予算審査特別委員会の質疑を終えた。「お願いします」とか「ありがとうございます」と新人のその謙虚な姿勢に昔は私も...いや、元々ふてぶてしいナ。かと思えば、今の局長の答弁は丁寧で誠意があると賛辞を贈る新人に「いやいや、そりゃ限られた質問時間を消耗させる為の作戦だ」などと心でつぶやいていたりもするんだけど、仮に私が同様の賛辞を贈ろうもんなら向こうとて「アイツ、急にどうしたんだ。何か別な意図でもあるんじゃないか」などと疑念を抱かれそうな気がしないでもない。

そうそう、「他会派の」質問を聞いていれば小学校の校舎のペンキ塗りがどうだとか。そりゃ当人の持ち時間で何をしようと言えた筋合いのものではないんだけど、高い人件費の方々が居並ぶ本会議で貴重な時間を費やしてやるべきもんなのかねと。そりゃ告げ口みたいなもんだから上の手を煩わせるだけで、言えば事情聴取が始まるから「あのセンセイが言ってた件だけど...」って。んなのは電話一本で十分ぢゃないかと。ならばオマエの質問は?って言われれば似たようなもんだから。

さすがにその齢になればそこに至るまでに加減乗除も駆使して困難を克服することも出来たはずだけど乳幼児ともなれば話は別。人の羨むような裕福な家庭に生まれたからとて幸福とは限らんし、転落の可能性もあれば、ごく平凡な家庭でも立派な大人に成長していたりもするから人生とは不思議なもんなんだけど、やはり幼児期における経験、つまりは親の愛情や友人関係、そして、学校の先生なんかも将来を大きく左右する。それだけに諸般の事情から社会的養護を必要とする児童への対応の重要性は言わずもがな。

さりとて家庭の内輪の話でもあるし...などと知らず他人事のように捉えていたフシもありそうだけど、今回のAセンセイの質問は久々に目から鱗というか諭された気がしたね。海外研修の機会は後輩に譲れなどとこのブログでも好き放題を記してしまったけど、「議長経験者」としての面目躍如、全ての子供がひねくれずに社会に貢献出来る立派な大人に成長して欲しいってって想いが通じる質問だった。

現在、社会的養護が必要な児童の対応は施設が5分の4に対して里親等の家庭養護は5分の1。国は家庭養護の割合を3分の1にとの目標を掲げるも遅々として進まぬ実態はどこにあるのか、子供は3歳までに注がれる愛情がその後を大きく左右する。施設を否定するもんでもないけれど、やはり家庭のぬくもりというか愛情に勝るものはない訳で里親を希望する家庭も少なくないだけに上手く結び付けられれば...。でも、やはり親の都合って勝手だよナとつくづく。

(平成28年3月13日/2244回)

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2016年3月 9日 (水)

あぶデカ

俳優の舘ひろしと柴田恭兵が演じるタカ&ユージの刑事コンビが犯罪に挑む「あぶない刑事」シリーズ。目下上映中の「さらば...」のキャッチコピーは「伝説が、遂に、終わる!」で「伝説」の上には「レジェンド」のルビ。刑事といえども公務員、定年退職まであと5日と迫る二人。管理職に昇進した元部下が二人の先輩に平穏に退職していただこうと気を利かせて拳銃と手錠を取り上げるものの...という展開。

会社に不満があれば新天地に、とのわれらが転職組とは訳が違って苦節四十年。韓信の股くぐりが如く恥を忍んで耐えに耐え泣いて笑ってまた泣いて、晴れて迎える退職日まであと二十日。万事低姿勢にてつつがなく...では不本意か、やはり「あぶデカ」でなければ。過去にそんな配慮は見せたことはないんだけど、まもなく定年を迎える区長にこれまでの公務員人生を振り返っての所感を...と市長以下居並ぶ本会議で晴れ舞台を用意したんだけど、その割にはソツなく無難すぎる答弁にて。よもや第二の人生を獲得する為の伏線ではあるまいな。

さて、ここだけの話、というか隠すもんでもないけれど来年度には海外視察が予定されていて、各会派の代表による検討委員会の協議が大詰め。ことさらにその必要性を訴えるもんではないけれど、「ある」以上は御荷物にならぬようその末席に名を連ねてこれまで行かせていただいたこと数回。近年、といっても昔を知らぬだけだが、視察先もそれなりの吟味を重ねての結果だから後ろ指をさされるようなものでもないはず。

これまでの慣例に従えばおよそ欧州か米国なんだけど今回はアジアなんてのも候補地になっているらしく。私などは発展途上国の貧困や押し寄せる難民に苦悩する欧州の実態なんかを見てはどうかと思うんだけど、さすがに十名程度の御上りさん御一行は目立つ。スリには格好の標的になりかねず、センセイ方に万が一のことがあってはとの配慮が働くから北欧あたりの福祉でもなんて結論になりやすい。そもそも文化も価値観も人口も違うのだから一概に比較出来るもんでもなく欧米信奉もほどほどにせにゃイカン。まぁ任せた以上は部外者が余計なことを言うもんではないけど...。

そうそう、かつては市の研修の一つに海外派遣制度なんてのがあったそうで自ら志願した職員が海外で見聞を広めることが出来たとか。その後、局長まで上り詰めて退職されたTさんなどもその一人。当時、予め申し込んだ欧州のとある施設を約束の日時に訪ねれば相手方から「川崎市?明日だ」と門前払いにて渋々折り返して翌日に再度出直せばどこかで見た日本人の集団が...。そう、本市の海外視察団とバッタリ。方や二十代の若手職員に対するは雲の上のセンセイ方。神の悪戯か、偶然が重なりセンセイ方御一行との視察は緊張の連続だったと聞いた。

量より質に転換を遂げた本市の行財政改革。その肝は人材育成にありとされているんだけど人事評価は目に見えぬだけに恣意的な評価にならんとも限らぬ。同じ研修の機会を与えるのであれば意欲ある人材に機会を与えるほうが押し付けられる研修よりも遥かに意義深く、そんな機会があってもいいのではないかと。

ならば受身の海外視察はどうなんだって?う~む。

(平成28年3月9日/2243回)

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2016年3月 6日 (日)

3号線

私は男兄弟だからそのへんには疎いんだけど桃の節句といえば蛤(はまぐり)に桜餅にだそうで、帰宅途中に地元の和菓子店を訪ねれば閉店間際に何とか間に合った。店主は随分と喜んで下さったんだけど桜餅4個で四百円也。縁起物なんだからもっと高く...と商売を心配してしまった。

さて、代表質問を終えた。自会派以上に他会派の質問と答弁には耳を立てて聞いていて...。人の心を動かすのは理より情。内容こそ歯牙にもかけぬが聴衆の心を掴む文章力と質問者の表現力に学ぶことは少なくない。うちなどは手分けをするからどうしても表現や言い回しに個人の癖が現れる。あちらは政策スタッフらしき人物が頻繁に出入りしている、というか部屋に常駐しているからどこまでが個々の執筆か分からん。まさか丸投げでは...余計な御世話だナ。

さて、社会保障審議会における介護保険部会の議論を注目しておくようにと関係者から御助言をいただいた。制度の持続可能性が焦点の一つにて軽度者への支援のあり方、介護の必要な程度が軽い人向けの掃除や洗濯、調理のような生活援助サービス、いわゆる家事の類に相当するものの扱いが含まれる。

あれもこれもと求めておきながら「必然的に」生じる負担増はけしからんとの二枚舌。その因果関係が問われぬことを上手く利用する御都合主義のセンセイは少なくない。論説などでも「議論を尽くせ」とか「丁寧な説明を」なんてのは三流政治家の常套句で無責任の最たるもの。そう、誰も敵に回さない無難な言い回し。

「コンクリートから人へ」が物語るように道路や橋梁の類は競争入札の結果、乾いた雑巾になりつつあるものの、そちらは「情」が左右する側面が大きいだけに...。そもそも利用料の何倍もが税金で補填されていることなどどこ吹く風、世話になった以上はいつか社会に恩返しを...となればいいけど不平不満ばかりが増長されているようで。ならばいっそ保険料をゼロにするから全額自己負担でやってみてはどうかと匙も投げたくなったりもして。

そういえば、質問の調整段階においてセンセイ相手に「市長答弁だからこれ以上は譲れん」などと言い訳はせぬよう通達が出たとか。んなこと言われずとも納得いかずんば机をぶっ叩いてでも反論するんだけど、期数の浅いセンセイなどは泣き寝入りをせんとも限らぬからその姿勢やよしではないかと。

まぁ机をぶっ叩くどころか横浜市営地下鉄3号線の延伸が市長の施政方針に「初めて」盛り込まれたことから担当部局に「でかしたっ!」と電話をすれば「多分本人が勝手に」との返事。そんな消極的な姿勢ではイカン、次年度中には実現の目途を付ける位の文章を入れ込む策を講ずべしなどとハッパをかけてみたものの...。わが会派の代表質問で新駅の可能性について質問をしているんだけど、「駅位置を含めたルートは市民の皆様の御意見を踏まえて検討する」との答弁は脈ありか。

(平成28年3月6日/2242回)

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2016年3月 3日 (木)

3回

拙宅には録画機能付きのDVDなる文明の利器がない。というのも買えぬ訳ではなく、テレビを見ない、いや、もっと正確に言えば私自身が家に居ないというのが正しい表現であって必要性が薄い、というか、「ない」。

NHKのロイヤルアカデミー音楽白熱教室が気になって久々に早めの帰宅となった。全4回のシリーズの初回はバッハ、そうあの荘厳なバロック音楽の大家であって、音楽と社会の関わりについての考察が興味深い。かの天才アインシュタイン、死して悔やまれるはモーツァルトの音楽が聴けぬことだと言ったとか。

少し前に東京フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会でグスタフ・マーラーの交響曲第5番を聴いた。ルキノ・ヴィスコンティ監督「ベニスに死す」に使われたこの名曲は過去に何度か聴いたことがあるんだけど、マーラーの交響曲はどことなく哲学的で難解に思えてならん。その「ラーメンの」味を知るには最低3回食べるべしとはAセンセイの口癖だが、まさに至言で改めて名曲だナと。それにしてもラーメンならぬ予算書は3回読むべし位にならんか。

合唱付きの交響曲で有名なのはベートーヴェンの第九だが、千人の交響曲と呼ばれるマーラーの交響曲第8番。本市が誇るミューザ川崎シンフォニーホールのこけらおとしの曲なんだけど今回はマーラー祝祭オーケストラによる特別演奏会を聴いた。演奏時間1時間40分はさすがに...。それを我慢するからクラシック嫌いになるんであって、うとうととすれば隣のMセンセイの肘がコツンと。

作曲家にとって聴覚は命。ハイリゲンシュタットの遺書によれば難聴に悩むベートーヴェンに自殺を思い留まらせたのはひとえに「芸術」であり、自らに課せられた天命を全うするまでは死ぬ訳にはいかぬと生きる意義が綴られていて、それがあのダダダダーンの交響曲第5番「運命」に繋がる。この齢になるとつくづく受験時に重要視されない科目、いわゆる「音楽」「体育」「美術」ってのが人生を豊かにする上でも大事なんだナと気付かされる。どれだけ偏差値が高くてもそれらと無縁の生活ではもの寂しい。人生を愉しむにはどれか一つで十分なんだけど私などは欲張りな性分だから...。

年末の「フル」に向けての調整、レース後は忘年会に新年会と酒席が続くからこの頃はちょうど腹のでっぱりが目立つ頃なんだけど今年は何故か走る機会が続いて体重は「平時並み」を維持している。この前なんかは今年で31回目を迎える岡上子ども会主催のちびっこマラソン大会にて3・4年生と一緒に走った。たかだか3キロ程度では物足りぬと翌日は片平川沿道のスポーツ・健康ロードを柿生駅から走り始めて栗平駅までの往復5キロ。それでも余力十分にて「まだまだ」と新百合に、「どうせなら」と百合ヶ丘駅まで走破した。

この週末は久々に地元の走遊塾で仲間と一緒に走ったんだけどそんな自慢話をすればウルトラはどうか?と誘いがあって、隣で走る塾長なども初めて挑むらしく、もう「フル」を卒業して新境地の開拓にと豪語するもんだから私もつい負けん気を出して...。ウルトラマラソン60キロのエントリーを終えた。

(平成28年3月3日/2241回)

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