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2016年1月

2016年1月31日 (日)

主計官

年配者の目は確か。何か見返りを求める訳でもなく、他と天秤にかけるなど野暮なことはしない。政治の不満などどこへやら、ささやかな趣味に興じておられる紳士淑女の皆様がいつも笑顔で迎えて下さる。そんな句会に選んだ一句は「筆に込む歳の大志や初硯」。見渡せばもう結構な御齢ばかりだと思うんだけど「大志」を抱いて筆をとるってんだから...。

もうこのへんになるとやっつけ仕事になりがちな行政視察。「明日から視察だよ」と億劫そうにつぶやいたら「どちらへ?」と後輩に詰問されて行先を伝えれば「だってK市は定数削減の条例を否決してるんですよ。何を見に行くんですか?」と手厳しい。まぁその一つで全体が評価されるものでもないし、そんなに目くじら立てるなヨ...と言えるはずもなく。雪の影響を避けて選ばれたはずも天の悪戯か欠航が相次ぐ九州。たまたま居合わせた札幌市議会のセンセイがポツリ「こっちのほうが寒いな」と。明日は大事な晴れ舞台にて主役が居ずば幕は上がらぬ、何が何でも帰らねば。

当日は同僚諸氏に登壇して御挨拶をいただくんだけど世俗的な話ばかりにならぬよう地元の住職に乾杯を依頼申し上げたのだが、当日に「本業」が入ったとか。ということで次なる人選は私の知らぬ間に行われているんだけど鉢が回ってきたのが同区選出の市議。さすがに同区ともなれば場をわきまえよと白い目で見られぬとも限らんし、参加者とて見られて困る御仁もいるやもしれぬ。が、丁重に御辞退申し上げるにも「折角の誘いを断りやがって」などとなりかねぬだけに回りに回って私の元に相談があった。

「そんな大役私でいいんですか?」-「会長がいいって言えばそれでいいよ」とそっけない返事をしておいたんだけど、まぁ万事「前向き」過ぎる会長に進言する役員もなく。そんな事実が知れ渡れば太っ腹との評判が広まる上に、あわよくば見返りとばかりに相手の新年会に呼ばれてなどと越後屋ばりの下心なんて...十分あるナ。いやいや、あくまでも勝手な推測であって私は舞台役者だから脚本は知らんよ。

そうそう、失礼ながら特に声をかけた訳ではないんだけどどこで聞きつけたのか当日は参院全国区の片山さつきセンセイが駆けつけて下さった。雑誌「中央公論」に「人物交差点」ってコーナーがあって財務省初の女性主計官として掲載された頃からその御名前は存じ上げてはいたんだけど、東大-財務省の超エリート路線を歩んでこられただけに頭のキレと記憶力は抜群。当日も自慢の歯に衣着せぬ物言いで天下国家を論じられるのかと思いきや、始終、隣の私をヨイショして下さって...。

さも十年来の付き合いが如く宣伝していただいたんだけど、私はそんなに知らんよ。眼光鋭くこちらを見られた際に私の額の汗を指摘されていたけどそりゃ有名人を隣に緊張しとる訳ではなく、根が正直なもんだからありもせぬことを吹聴されるのはかなわんだけで。おてんばどころかじゃじゃ馬が似合いそうな気がせんでもないけど、相手の懐に飛び込んであれだけ好評なのはやはり天賦の才か。ちなみにオンナのセンセイは苦手だ。

(平成28年1月31日/2233回)

電子書籍「一日一話」

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2016年1月27日 (水)

100ワット

一人じゃ寂しかろうなどとヘンな気遣いから「たまにはどうか」と無所属のセンセイをお誘い申し上げたのだが、誘う相手が良かったせいか夜メシと二軒目を御一緒下さることになった。

同期ながらも向こうが若干の年上にて教わることが多いMセンセイだが、話の途中に「やまちゃんは便所の100ワットだからな」とつぶやいた。おいおい何だそりゃ?語彙に乏しいもんだからホメられてるのか貶されてるのか判別できなかったんだけど、聞けば無駄な明るさってことらしく、便所は40ワットで十分とか。

私とて別に天然な訳ではなく本来寡黙なはずなんだけどサービス精神旺盛なもんだから人前ではつい...違うナ。が、そのへんが言い得て妙なだけに番組編成で新年度からは「異議あり!」改め「100ワットの一刀両断」にでも...。

さて、冗談はさておき、それは私の勝手な解釈で一部の方々に対しては大変失礼な物言いなんだけど、「センセイ」と呼ばれる職種には世間知らずが少なくない。世の模範となるべき「センセイ」方もちやほやされ過ぎて勘違いしちゃったんだろうけど。世に「センセイ」と呼ばれる職種を並べてみると、医師に教師、弁護士や税理士に稽古事の師匠、それに何といっても忘れちゃいかんのがわれらがバッチ組。

同じ「センセイ」といっても一緒くたにされたのではかなわんとされる筆頭格がやっぱりこちら。何といっても天下の医学部を卒業されたエリートにて生殺与奪を握る職種だけに面と向かって物事を言いにくい。欠点を指摘されぬというのは当人にとっても損失だと思うんだけど...。それに比べれば役所では御意見番などと持て囃されつつも世間様では叩かれて叩かれて権威なきバッチ組などは比較的社会への適合能力がありそうな気がしないでもないけど...ないか。

それだけ多くの方々に投票していただく為には公衆の面前で「御説ご尤も」とされることを言わねばならんし、物事を判断するにも見識が問われる。私なんかは物好きな上に好奇心のカタマリみたいなもんだから「視野を広げる」などと物見遊山で海外にも随分と行かせてもらったけどなんだかんだいってもやっぱりこの国が一番だって気付かされる。が、そんな状況が未来永劫続く保証はどこにもなく...。

となると最もしっかりしてもらわねばならん「センセイ」はやっぱり教師。だって子供たちの将来はその双肩にかかっているんだから。最近、機会があってかねてより幼児教育の重要性を指摘し続けておられたソニー創業者の井深大氏の著書「心の教育」を読んだ。国の将来を憂慮する本人の鋭い視点がふんだんに盛り込まれていて乳幼児を抱える保護者にはぜひ読んで欲しい一冊。

教育の目標が学力の向上のみを目指すのであればいづれティーチングマシンや教育ロボットにとって代わられるだろうと技術者らしい将来の予見を開陳されている。知育・徳育・体育における知育偏重こそが荒廃の元凶であって、タテマエが横行する教育現場に警鐘を鳴らされているんだけど、閉塞気味な現場において幅広い経験こそが視野を広げると現場の先生たちが挑戦しているとか。

横浜市では夏休みの期間を利用して教師の民間企業研修が進んでいるそうで、前回の市連主催の勉強会では現役の校長先生を講師に招いてその効能と学校現場の話を伺った。

(平成28年1月27日/2232回)

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2016年1月23日 (土)

聖達磨

以前、相手候補に色恋の些細な噂が流れたことがあって、ある日の酒席で「オマエが犯人だろ」と泥酔した女性市議に胸ぐらを掴まれそうになった。「バカ言うな、有権者にカネを配ることはあっても他人様の足をひっぱるなどという姑息なことはせぬ」と窘めたのだが、酒癖が悪いってのは始末に負えぬ。私のブログは着色が施されていることが大半だけど今日は実話。本人の名誉の為に氏名は伏せておくけど。政治家が気をつけねばならんのは「酒」「カネ」「オンナ」だそうで。くわばらくわばら。

さて、浮上した政治とカネを巡る疑惑。その地位になればいろんな人物が群がるもので中には断るに断れぬ依頼もあるだろうから幾ばくかの憐憫の情を抱きつつ、その推移を傍観しているんだけど誰でも負い目はあるもの。そんな人の弱みに付け込んで格好の材料とばかりに陥落を狙う輩はどうも好かん。

「便宜供与はけしからん」などと善人ぶってもいざその時になれば「息子を保育園に...」なんてのもあるやもしれぬ。で、事が成就すれば御礼だなどと菓子折が「勝手に」送られてきたりもするんだけどいちいち返品するのもどうかと。何か見返りをせねば心のつっかえ棒がとれんのだろうけど、それで相手の心が晴れるならと...。金品の類はほんとに要らんので。

迫りくる参院選に囁かれる解散。おらが地元のN代議士などは挨拶で「人気アイドルグループは踏みとどまったが、うちは暗雲立ちこめて...」と。おい、そんなくだらん冗談言っとる場合ではなかろうに、緊張感が足りん。そう、選挙といえば赤いバラ。本屋に積み重ねられた一冊の表紙に赤いバラを発見。「小僧、何度言えばわかるんだ。俺は勝てない選挙はしないんだ」とのセリフが目を惹いた。

百戦錬磨の選挙コンサルが挑む一戦は政令指定都市の市長選挙。圧倒的な支持率を誇る現職に無名候補を当選させるってのがあらすじでその書評は個々の判断に委ねるけど、途中に「異議あり!」とか「スクラップ&ビルド」だとか、挙句の果てには現職市長は音楽が趣味のK姓にてどこか親近感が...。真山仁著「当確師」。

選挙になれば自称「プロ」なる選挙ゴロが現れて勝手な予想や票読みなど知識をひけらかされたりもするんだけど、まぁおよそ選挙コンサルなんてのは山師の類でやっぱり地元を歩いて得た数々の経験の中にこそ選挙を勝ち抜く必勝法が埋もれている。とりわけ都市部となれば顔が見えぬ、地道に基礎票を積み上げても当選ラインには到底及ばぬ上、有権者との情緒的な繋がりよりもマスコミ報道が左右する側面が小さくないから何かふわりとしたものを相手にするようなもんだけどかといってサボれるようなもんでもなく。

この正月に届いた賀状に意味深なコメントがあって気になっていたんだけど「謹呈」と記された一冊の本が届いた。「田中角栄の青春」(栗原直樹著)。私の祖母は角さんと同じ刈羽郡二田尋常小学校の卒業で年は五つ違いなもんでその手の話は随分と聞かされてきたんだけど著者は私以上のオタクにて。私も角栄本の大半は読破しているはずなんだけどその家系的なルーツや幼少期の同氏に迫った本は初めてではないかと。かなりマニアックな内容にて。

(平成28年1月23日/2231回)

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2016年1月20日 (水)

ぼろや

二十四節気の一つ「大寒」。一年ぶりに長靴での登庁となった。凍結時における転倒の危険性を鑑みれば格好などどうでもよろしい、くだらん見栄こそ高くつくと思うのだが、やはり長靴は私位なもので...。

その昔、「この下に高田あり」との看板に豪雪地帯で知られた私の郷里では一夜で1m以上積もるのも「ざら」だったから道なき道をかき分けての通学。猛吹雪とて何が何でも辿り着かねばと執念で最短距離のグランドを横切った当時の体験が今に繋がっている。そんな懐かしい思い出話は尽きないけれど,,,。

実家は金銭的に不自由している訳ではない「はず」なんだけれども贅沢を好むもんでもなく、ごくありふれた平凡な日々に特に不満も無さそうな妻は県内屈指の伝統校の卒業にてその校門そばに「かどや」と「ぼろや」なる店がある(正確には「あった」)と聞いた。私の郷里の「かどや」は角にある駄菓子屋であったし、今の地元にある「かどや」は角にある文房具店だからおよそその由来は想像に難くないが、一方の「ぼろや」ってのは...多分そうなのだろう。

正式な店名は別にあるはずなのだが、台風通過後の朝の通学時に心配の声が上がる位だから...。生徒たちから愛されてやまぬその「ぼろや」とはうどん専門店なのだが、風情ある店内には「なかよし」なる名物メニューがあったそうで、その具材は厚揚げと天かす、つまりは「きつね」と「たぬき」が「なかよし」とのことらしく。ちなみに当時はコロッケうどん160円、今は知らんよ。

さて、地元の諸行事が続いた。「そんな一張羅(いっちょうら)のスーツなんか着てきちゃダメだよ」と町会長。そう、どんど焼きのひとコマ。煙が蔓延する上に火の粉でも降りかかれば衣服に穴があくかもしれぬ、ボロで十分との気遣いなのだが、火の粉を被る位のほうが縁起がいい、いや、それ以上にボロでは目立たぬ上にみずぼらしさは同情よりも逆効果か。まぁそのへん「だけ」は長けているから御心配なく。馬子にも衣装というかそれが立派な仕立てに見えちゃうんだからやはり天性のオーラでも備えているのかナ、バカか。

そう、おらが地元の高石神社では恒例の流鏑馬奉納が行われ、今年も大勢の見物客で賑わった。代々地元に伝わる伝統行事なんだけど縁起物として地元のガイドにも紹介されている上に儀式後には一般の方々も矢を射ることが出来ることから好評をいただいていて、当日は成人式に重なることから晴れ着姿の新成人も...。そんな流鏑馬を継承されているのは地元の保存会の方々なんだけどその下働きは私が所属する若手会の仕事。

そのへんの労は厭わないんだけど保存会からは「後の都合があるから時間内に終えるように」との厳命があって、その為には二度並びの禁止とともに幼子は保護者連れといえども断るようにと。んなこと言われても遊園地の年齢制限が如く貼られている訳ではあるまいし、市販のガイドにはちゃんと「誰でも可能」とあるだけに板挟みの若手会。そのへんは臨機応変に対応すべしと会長が指示を飛ばしたのだが、そうはいってもさすがに断る役回りはツラい。

自主的に御辞退いただく為には...司会・進行役にてマイクを握る私に向けられた視線。また、嫌われ役じゃん。

(平成28年1月20日/2230回)

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2016年1月16日 (土)

国際局長

「それでは御来賓による挨拶を...」との紹介に登壇されたわれらが田中和徳センセイ。当人を親父と慕うHセンセイがスマホを向ける。「私もやろうか?」-「いや、アンタはいい」。スマホを向けられると何かそれだけで人気がありそうに見えなくもないだけにおらが代議士Nセンセイが無いのは寂しく、「ならば私が」とスマホを取り出して...。

最近目を惹いたニュースの一つに刑務所から脱獄したメキシコの麻薬王逮捕があって、脱走用のトンネル1.5キロは巌窟王、アレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯」を連想させる。無実の罪で監獄に送られた当人がそこで長い年月を過ごした後、 脱獄して巨万の富を手にしてモンテ・クリスト伯爵を名乗り自らを陥れた者たちに復讐を果たす物語。が、そちらは冤罪だけどこちらは確信犯でトンネルも協力者が掘ったんだろうから...。

逮捕後のインタビューで罪悪感の有無について聞かれた当人は「麻薬が人間を破壊するというのは現実だ」と認めた上で、「不幸なことに、オレが育った場所には、これしか生き延びる術がないんだよ。今でもそうさ。こんな経済状況でまともな仕事をしていたって生きていけないんだよ。もしオレが死んだところで同じことさ。麻薬ビジネスの世界に変化は起きない」と。また、暴力については「誰かが儲ければ、そこに嫉妬が生まれ、それが暴力に繋がる」と語ったとか。

いかなる理由であろうともその行為は社会的に決して許されるものではないが、世界にはそんな苛酷で壮絶な現実もあれば、一方では怒涛のように押し寄せる難民に岐路に立つ欧州。柵を作れば非人道的と責められ、難民を受入れれば収容施設が刑務所のようだと。受入を巡り対立する各国に欧州統合の理念はどこへやら。やっぱりおらが日本こそ最も恵まれてると思うけど...。

車中のラジオで与野党センセイ同士の安保論戦を振り返る討論を聞いた。野党のセンセイが国家の危機は分かったが、個別具体的な事例を示してもらわねば判断しかねる、それが答弁に出てこなかったから反対したんだと政府の対応を「痛烈に」批判されていたが、そりゃ水面下でやるもんで。最悪の事態を想定して行うものだけに仮想敵国や事例を示そうものなら相手国に失礼だとか騒ぎたてるのだから始末に負えぬ。事例を示すことがかえって脅威になりかねず、軍事機密と安全保障は手の内がバレたら意味が無い。

武器を放棄すれば安全が保障されるというのは警察を無くせば犯罪が無くなる理屈に同じ。が、軍備増強とてそれで安全が保障されるものでもなく、国の安全保障を巡る議論はかくも深いはずなのだが、昨今の国会を見るに同じ国民同士がいがみ合っているようでどうも好かん。国の行末を憂慮するというよりも私欲にまみれ過ぎたセンセイこそが相手の標的。欲こそ否定されるものではないけれどさすがにそこまでいくと敵国に見透かされて...。相手を仲違いさせる離間の計ってのは昔からの陰謀の一つ。

相次ぐテロに一触即発の中東諸国、危機高まる中国経済と課題山積の世界情勢。既に大臣級の当選回数を重ねたわれらが田中和徳センセイが国際局長なる党の要職に就任されたとか。あまり聞かぬ「要」職だけど...。

(平成28年1月16日/2229回)

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2016年1月14日 (木)

庶務課

区少年野球連盟主催の恒例、ちびっこマラソン大会。初当選以来13年間ずっと子供たちと一緒に走っているんだけど、さすがに今年は予定が目一杯にて断念せざるを得ない。監督やコーチから格好が違うじゃないかと冷やかされること位は想定していたんだけど国会浪人中のSセンセイが「初めての」ジャージ姿で走らんのかと。

そんな挑戦はわれらが与党のNセンセイに向けられるべきなんだけどその当人はどこ吹く風とスーツ姿で...そんな弱腰で選挙に勝てるかっ!。えっ土俵が違う?そうだナ。車中の練習用ジャージに着替えていざ勝負。勝負の結果?言わずと知れた完勝だよ完勝、相手にならん(んなこと言っちゃいかんナ)。年甲斐もなく挑発に乗って無駄な体力を消耗してしまったもんだから夜はヘトヘト。

さて、今でこそ勝ち組の呼び声高い人気の職種、公務員。過去の縁故採用などが批判されるけれども当時などは公務員「なんか」の時代。数年前に消防署を退職されたOさんによれば仕事で消火栓の掃除をしていた折に親子連れが通りかかった。その小声が聞こえたらしいんだけど「勉強しないとああなっちゃうよ」とか。...に「でも」なるか、...「しか」なれぬ「でもしか」公務員も今じゃ御の字の代名詞。当時はドブ板などもその場で担当者を呼び出して対応を指示するセンセイの雄姿が地元でも称賛を集めたらしいけど今じゃ電話呼び出しどころかこちらが足を運んで...。

そうそう、昨年のいつぞやに出発の早い視察があって、朝6時にJR川崎駅に降り立った。そのまま京急川崎駅への乗り継ぎの際にK局長にバッタリ。まさか呑んだくれの徹夜組ではあるまいなと疑惑の視線を向けてしまったのだが、その身なりからキチンとした御出勤の様子。こちらとてちゃんとした視察なんだけど背中に巾着袋を背負うだけの軽装なもんだから逆に怪しまれていたりして...。

そんなK局は庁舎再整備を理由に移転仮住まい中。年末に陳情に来られた方が同じ地元だとかで折角の機会に挨拶をと打診すれば二つ返事でOKとのことでそちらを訪ねた。役所は横並びだからK局に限った話ではないのだが、およそ局内には部が複数あってその下に課がぶら下がる体系なのだが、どこの局もセンターは総務部庶務課。局長室の前にはおよそ庶務課があってちょうど来客が見えるもんだから課長以下、全員が起立で迎えて下さる。ましてやセンセイ同伴ともなれば尚更で...。

「あれは無駄ではないか?」とそっと教えていただいた。そこに嫌味はないんだけど、立てば無駄と言われ、無視すれば...というか仕事に専念すれば怠慢だと。まぁ何とも気の毒な気がしないでもないが、向こうとて落ち着かぬ。仕事上の緊張感は必要だけれども別な緊張感なんだよな。あれじゃ課長の一挙手一投足に気がいって仕事に集中できん。衝立(ついたて)で目隠し?そりゃサボる口実になったりもするからやっぱり呼び出しが一番かも...。「また、呼び出されちゃったよ」などと不満言わぬように。親心だよ親心。

(平成28年1月14日/2228回)

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2016年1月11日 (月)

七草粥

今年は文豪・夏目漱石の没後百年。今以てここまで多くの方々を魅了するには訳があるはず。英語教師の頃に「I love you」を「我君ヲ愛ス」と訳した生徒に「月が綺麗ですね」位に訳すべしと諭したとされる逸話にその秘めたる才能が窺い知れるが、俳人・正岡子規との親交はつとに有名で俳句も好んだとされる漱石先生。

小学校三年生の娘が国語の授業にて俳句を作ったそうで、その詠んだ句が「雪降れば枯れ木に白い花が咲き」。どこにそんな繊細な観察眼がと思いきや「ゆ~きやこんこん♪」の歌に着想を得たとか。確かに歌詞の最後は「枯れ木残らず花が咲く」だったナ。そんな娘は不思議と百人一首を好んでいて、私以上に上の句と下の句が結び付く。ちなみに双子の息子による自慢の一句は「初夢を見ればいいことあるんだよ」。まぁそんなもんでしょ。

さて、七草を終えた。当日の区文化協会主催のあさお古風七草粥の会では片平囃子連による郷土芸能が披露され、昔の遊び等に親しむことが出来るのだが、今年は運悪く仕事と重なった。さりとて、会長位には挨拶でもせねばと朝の準備に顔を出せば、老いて益々盛んな会長自らが陣頭指揮に立って各方面に指示を飛ばす。

機を見計らって声をかければ、「かわさきかるた」を御存知かと聞かれて、娘が百人一首を少々と取り繕ったのだが、百人一首じゃなくて「かわさきかるた」だと、そのへんはさすがに年の功かごまかしは効かぬ。その郷土愛こそ分からんでもないが、やっぱりまずは百人一首だよナと思いつつもそれを言わばカドが立つ。言わぬが花と「次回迄に勉強しておきますゆえ」と会場を後にした。

言わぬが花といえば暮れの大みそかに支援者の御婦人から自宅に御電話をいただいた。年末のテレビ番組にて国会議員同士が対談、他政党のセンセイが老人軽視の発言をされたとかで随分と御立腹の様子。受話器を置いて検索に検索を重ねてようやく探し当てたのだが、それほど目くじらを立てるほどのもんでもなさそうだけど、そのほんの一言がよほど癪に障ったんだナ。

そうそう、どこぞの総理が「スター・ウォーズ」最新作に「杉原千畝」と映画三昧の年末との報道を目にしたが、実は元旦に内緒で見た映画が何を隠そうまさにそれ。一国の総理と趣味が合うとは私も隅に置けぬ(自分で言うな)。ちなみに年末にはロッキーの盟友アポロ・クリードの息子を描いた「クリード-チャンプを継ぐ男-」も見たし、吉永小百合主演、山田洋次監督の「母と暮らせば」も近日中に見ようかと(センセイって暇なんだナ)。

御存知の通り、杉原千畝氏は大戦中にリトアニア領事としてナチスの迫害から逃れてきた難民にビザを発給して6千人もの命を救った外交官として知られているが、その勝手な判断は公務員の世界では御法度にて失格の烙印を押されかねない。映画では本国に指示を仰ぐも返事が来ないことから苦渋の判断を下すんだけど、「許可は下りていないが、ダメとも言われていない」という本人のセリフが登場。都合よく解釈すればあえて曖昧にしておいたのは上層部の深謀遠慮にて阿吽の呼吸ともとれそうだが、真相やいかに。

(平成28年1月11日/2227回)

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2016年1月 9日 (土)

特選和牛

正月に「背伸びして験(ゲン)を担ぎし初御空」と詠んだ。迷信深いもんだから元旦こそこじつけでも何か縁起を担ぎたくなるもの。ならばいっそ神仏の御加護にあやかるべく神社に...というよりも年間の出番が少ないとやらされていたりもする神社の御奉仕。所詮はそんな不純な動機で出仕する上に、境内では本殿への参拝よりも支援者への挨拶が先なのだから御利益も薄れる訳で...。

おみくじなんてのは心配の種を増やすようなもので今さら金運や学問に「大吉」などあっても...いや、要は何事も都合よく解釈するってのが大事かも。「厄」などというのもその手の類だと知りつつもどことなく不安で後厄となる昨年は神社にて祓いをしていただいて大過なく過ごせたのだが、辞めた途端に...と恐怖心から今年「も」厄祓いを終えた。が、そんな不純な動機とて正月から御奉仕に励めば「当然ながら」御利益もある訳で...。

年始挨拶回りの際に「まぁどうぞ」と誘われて「後の予定が」とやんわり御辞退申し上げるつもりが、「じゃあ、少しだけ...」と、ある御宅にて正月のおせち料理をいただいたんだけど〆の一品が何とも贅沢な和牛ステーキ。以前、といっても二十代の頃に三大和牛の中でも最上級とされる産地の名店にて着物姿の女性が焼いて下さる「特上」肉をいただいた(勿論、自腹)んだけど甲乙つけがたく。

ということで、その仕入れを聞けば、山形県羽黒産の「特別」だと。そう、以前は羽黒牛として特産扱いだった自慢の和牛も頭数の減少からか県内産は米沢牛以外は山形牛として総称化されているそうで。それがブランド化されることで信用が付与される意義こそ否定せぬものの、近江牛と米沢牛の違いなど分かるはずもなく。旨いもんは旨いとしか言いようがないだけに産地表示なども過信は禁物。それに固持するあまりに本来の目的を見失いかねない。

産地表示といえば数年前に偽装が発覚した高級料亭も確かどこぞの和牛を「但馬牛」と偽っていたとされるが、果たして客はどこまで気づいていたんだろうかと。頭数が少なければ時に仕入れが困難な日もあるだろうからあとは料亭ののれんと仕入れ人の腕を信用いただいて料亭自慢の特選和牛とでもしておけば良かったのではないかと思うのだが、背伸びし過ぎちゃったんだろうナ。まぁ、産地偽装以外にも食べ残しの再提供や賞味期限切れの販売も重なっていただけにもう立派な確信犯。

さて、このブログにも登場する人物の仲介にて知り合った御仁が初当選以来ずっと贔屓にして下さるのだが、御仁曰く、私の地元にとびきり上等な肉を提供してくれる店があるのだとか。「こんど連れて行ってやるからな」と。そんな言葉だけはしっかりと記憶に残るもの。以来、会う度に「ぜひ、こんど」-「おう、こんどな」が挨拶になっていたんだけど、「こんど」と言いつつ、既に数年が経過。別にゴチになるのが目的ではないのだからと勝手に抜け駆けを画策すれば「特別」仕入れじゃないと意味が薄いのだそうで、「まぁ待て」と。

今年に入り、御仁から「用意が出来た」と連絡が来た。結果?そりゃ内緒にて。

(平成28年1月9日/2226回)

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2016年1月 6日 (水)

御来光

「ノルウエィの森」以来、久々に同氏の本を読んだ。といっても文学作品ではなく紀行エッセイ。旅好きの夢叶わぬもんだから他人様の見聞録に想いを巡らせてみたりもするんだけど、その第一話の舞台が米国のボストン。米国の中でも歴史を有する東海岸のボストンは前職時代に訪れたことがあるんだけどその街並みが何とも良かった。作者は過去に居住歴があるらしく川沿いのコースを走るのが日課で何度か出場したボストンマラソンを絶賛していて...。そうか、ボストンマラソンか。

年始は後援会長と地元の神社への初詣というか元旦祭に出席するのが仕事始め。年越しの諸行事への配慮か元旦は遅めの出仕にて例年はぐっすりと寝込んでいるんだけど、一年の計は元旦にあり、今年はふと思い立って早朝から朝ランにて汗を流した。雪国の冬空はどんよりとした雲に覆われた日々が続くだけに初日の出などはまず無縁、高台から御来光を拝むなんてのはほんと数十年ぶりかもしれぬが神々しいもんだね。いいことありそうな予感。

さて、年末の記者会見で市長が一年を振り返り一字として「命」を挙げたというが、悲劇は繰り返される。千葉県柏市における死亡事件が昨年に本市の多摩川河川敷で起きた中学生死亡事件に重なった。後を絶たない未成年による残虐な事件。公職選挙法改正に伴い、この夏の参院選から18歳以上に拡大される選挙年齢。自由と規律がそうであるように権利と義務は表裏一体、権利の行使には社会的責務を果たさねばならぬ。少年法の適用年齢の見直しと厳罰化が議論されて久しいが、いわゆる「人権」派と呼ばれる方々を中心に加害者への同情や擁護論が根強い。

が、それを逆手にとった犯行となると話は別。そもそもに少年法自体が性善説に基づいて過ちを犯した加害者少年の更生を狙ったものだが、法の壁に阻まれることを狙って加害者が確信的な犯行に及ぶのであれば「逃げ得」は断固許さんという厳格な姿勢を示さねば他への示しがつかん。少年法の理念に則った児童養護施設や保護司の方々の献身的な活動は社会的に称賛されるべきものだけれどもその善意や寛容さが仇となっては本末転倒。ましてや残虐非道な事件を起こした少年が一部に英雄視されるようなことなどは絶対にあってはならんと。

実名報道などはSNSの普及により有名無実化しつつあるものの、被害者のみ実名が社会に晒されて加害者は阻まれるなんてのは理不尽に思えなくもない。犯した罪はそれ相応の報いを受けるべきであって、何よりも被害者遺族の悲痛な叫びが聞こえてくる。そんな被害者遺族に焦点を当てた-「「少年A」被害者遺族の慟哭」(藤井誠二著)-を読んだ。

少年犯罪には複雑な家庭事情が絡むことが少なくない。自らの子を失った被害者遺族の苦悩は筆舌に尽くしがたく、それで命が戻ってくる訳ではないが、子は勘当したから所在は知らぬなどと居直られて賠償請求も思うように進まず泣き寝入りに近い事例も少なくないとか。

そういえば、子供は社会が育てるものだなどと本会議でも発言されていたセンセイが居られたが、社会はあくまでも補完的役割を担うものであって、未成年の子の責任は親にありという根本的な価値観が薄らいでは社会の秩序が保たれぬと思うのだが、読者諸賢はいかに思われるか。

(平成28年1月6日/2225回)

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2016年1月 2日 (土)

我逢人

迎春。相手に惚れ込んだ当人が趣味を聞かれて憚らず「趣味は田中角栄」と言った話はつとに有名だが、私との初対面の日時と状況を今以て「克明に」覚えておられるのだから恐れ入る。妻とてそんなことは「全く」覚えていないと思うけど...。

暮れの挨拶回りなども今さら顔を出した出さぬで寝返る返らぬというもんでもないはずなんだけど、怠るとどうにも落ち着かぬ。あくまでも達成感というか自らの自己満足に過ぎず、それだけやって支持を得られなければやむを得ないナと自ら納得させる材料「だけ」かも。それが後援会長の御宅ともなれば尚更で数日前に「よい御年を」なんて別れたはずが、やはり...。細山の奥座敷と呼ばれる御屋敷そのものも立派なんだけど手作りの正月飾りが何とも伊達でそれだけでも必見の価値アリ。

さて、冬休みの宿題といえばやはり書き初め。ダイニングテーブルでやるなどと言うから「バカもん、正座して書くもんだ」と叱ったのだが、模範を示せとばかりの視線に久々に私も筆で手本を書いた。書道教室には5年「も」通ったはずなんだけど一向に上達しなかった。そもそもの動機が不純だったからナ。それでも時折「賞」など貰っていたから及第点位はありそうだけど。

そう、「書」といえば平成28年「碧流」と名の付いた揮毫カレンダーが売切れだとか。大御所のセンセイ方による座右の銘らしきものが並んでいるんだけど、何か教養を試されているみたいでこの手の類はどうも好かん。まずはわれらが幹事長の揮毫は「脂我名車策我名驥」とあって、もうさっぱり分からん。対するは道路族のドンと囁かれる二階俊博センセイ、その揮毫は「花は色 人は心」。そうそう、やはりこうでなきゃいかん。

で、気になる大将の揮毫といえば...「桃李自芳」。うん、字数も漢字の難易度もほどほどで丁度よろしい。とて、意味は調べて分かったんだけど「桃も李(すもも)もモノを言わないが、芳香に誘われて人が集まるので、自然に道が出来る」意だそうで。そうか、人に好かれることが大事だっておらがセンセイも言ってたナ。

そうそう、揮毫といえば、昨年末の本会議の際に暮れの宴会続きでうとうとしていたら隣に座る1期下のHセンセイが「寝るな」とばかりに水を向けてきた。「エレベーター内のチラシ見ました?」と、然して興味もないから「知らん」と返事をしたのだが、本市を「代表する」正副議長さんによる恒例の新春対談の宣伝が貼られていたらしく。両名がアナウンサーと並び、自らの揮毫を披露されていたんだけど、副議長は「努力」、対する議長は...「我達人」。

「おいおい、そりゃどこか勘違いしとるんじゃないのか、雛壇の人物は」などと心配をしていたのだが、揮毫の文字が我達人ならぬ我「逢」人だそうで。うん、それなら分からんでもないナ。「いいか、政治家は代理のきかない商売なんだ。客と会うのが醍醐味じゃないか。それが億劫になったら政治家を辞める」とは名宰相、田中角栄センセイの言にて。やはり人と逢ってこそなんぼ、ということで今日も...。

(平成28年1月2日/2224回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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