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2015年1月

2015年1月31日 (土)

上位当選

いつも気がかりなのは当日の挨拶や客入り以上にやっぱり...天気。週間天気とにらめっこなのだが、なぜか雨と曇りの一週間に当日「だけ」が晴れで、翌日など「雪」の大荒れの予報。事実、翌日は...ヤバかった。

「男は飲ませて握らせればすぐ転ぶ。女は一度これと決めれば動かない。候補者の回りに女が群がれば必ず勝つ」というのは角栄語録で、別に私に群がった訳ではないと思うが、「結果として」大勢の御婦人の方々に御来場いただいた。それも着物姿が目立つ。その着付けが大変だということ位は承知しているのだが、ハレの日には着物を着ていくもんだと教わったと御婦人。着物姿の女性の数がその会の「格」に繋がるらしく...。

そして、次の懸念は...天気は天気でもこちらの天気。当事者の私以上にそちらの機嫌を損ねぬようにというのが衆目の一致する暗黙の決まりごと。一戦ごとに順位を上げて臨む4期目の選挙ともなれば、その話題は当落以上に当選順位に及びやすい。「更なる上位当選を...」との楽観ムードに「例年より参加者の人数は少ないのではないか。これでは当落も分からぬ」とピシャリ。う~ん、確かに壇上からはちと少ないように見えなくもないが、チケットの販売枚数は例年並みと金庫番。

決戦の年だけに「例年並み」じゃマズいんだけど...。そりゃ私の不徳と致すところで。来賓の諸センセイの挨拶に主役の「はずの」本人の拙い話も終えて乾杯。その後は歓談となるのだが、当方の支援者には高尚な趣味を有する方が多いから歓談の時間を利用して俳句及び川柳の大会が催される。司会者の選考により優秀作品には鉢花が贈呈されるのだが、あくまでも「独断と偏見」によるものだから予め登壇者は...。ということで登壇したおらがセンセイ。「それではどうぞ」との司会の合図で一句詠み上げた。「春近し君の当選見透かして」と。

当日は様々な方々がやって来る。実を結んだ陳情の御礼を伝えに来る方、いつもの飲み仲間との合流を目的に来る方、地元のアニキにチケットを買わされた方等々。中には数日前の葬儀参列の御礼だけを伝えに来て下さった方も居らして...。

歓談時は折角の貴重な機会。雑談から近況話、仕事に関することまで支援者の皆様と様々な御話をさせていただくのだが、ある方から認知症に関する新聞の切り抜きをいただいた。認知症といえばちょうど今週、認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)が発表されたばかり。具体的には認知症患者の家庭を訪問して早期治療に繋げる認知症初期集中支援チームの設置や日本発の認知症の根本治療薬の治験を開始することなどが盛り込まれて、今後における各自治体の対応が注目を集めそうだ。

最近もそんなご相談をいただいたばかりだが、当の本人以上に家族の悩みと疲労は深刻。施設に預けようにも親の介護は子の仕事とばかりに葛藤が続き...。

(平成27年1月31日/2013回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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2015年1月30日 (金)

あなホケ

すっかり有名になったアナ雪とは「アナと雪の女王」だが、「あなホケ」とは「あんな大きなホッケが何でこんなに小さくなったのか」。水産資源の枯渇を憂い、お上の規制による資源管理の必要性を説き続ける築地魚河岸のアニキが新刊を上梓したと聞いた。

居酒屋の定番、ホッケは安い上に結構なボリュームがあることから人気の一品だったはずだが、その漁獲高は98年の20万トンをピークに減少し続け、今では5万トン前後だそうで。そんなことからから近年は小ぶりになりつつあるのだとか。ニシン、ウナギ、クロマグロに続いて「あの」ホッケまで...。

さて、毎年1月28日は麻生不動尊のだるま市。だるま目当てに近郊から大勢の観光客が詰め寄せる恒例行事。が、今年は常任委員会と日程が重なった。現在の市民委員会は私を含む同区選出のセンセイが占める割合が高い。開催日の決定は委員長の専権事項だけにその日を外せば...いやいや仕事優先。私なども「だるま」というよりも火伏せの御札を求めに参拝に上がるのだが、当日の夜は不動尊の目の前のKさん邸にて「大」忘年会が開催されているという情報をキャッチした。

いかんせん不動尊は隣村にてKさん邸も元々は相手陣営の「シマ」になるんだけれどもそこはおらが後援会長、前日にKさん邸を訪問して事前調整を終えた。事前調整といっても「大」忘年会への出席承諾のみならずしっかりと私のポスターまで...。それもだるまの販売に隠れぬよう「最も」目立つところに貼ってあるではないか。随分といい宣伝にはなったはず。他陣営を挑発しているようなものではないかと「一応」進言もしてみるのだが、どこ吹く風と「そんなことでどうする」と逆にハッパをかけられる。そうなるとどちらが候補者か分からない。

夜の忘年会はまさに「大」忘年会にて大勢の来客にてごった返している。されど、おかげさまで家主及び出席者から随分と歓迎いただいた上に帰りには「特製」御赤飯のおみやげまでいただいた。翌日は私の後援会主催の新春の集いだからその門出には絶好の一品。そんな縁起物をいただいて臨んだ新春の集いは3千円の会費制にて支援者には余計な負担をかけてしまうのだが、本当に大勢の皆様に足をお運びいただいた。

中には近親者がその金銭管理をされているところもあるやに聞いたが、後援会の収入となるだけに当方の場合は「口が堅い」金庫番が全て仕切る。だから収支がどうだなどいうことは一切知らされないのだが、それも金庫番に全幅の信頼を寄せている証。尚且つ、今年は対立候補となる新人を迎えての開催。太っ腹と言われればそうかもしれぬが、一寸先は闇の世界だけに油断は禁物、脇が甘いと言われればまさにその通り。

市議会の委員会の開催日と違ってそのへんの決定権は私にはないからいつも後援会の意向に沿って事を進めただけなのだが、夫婦円満の秘訣は相手の領域に口を出さぬこと。といってもわが家庭が決して円満な訳でもないのだが、夫婦円満の秘訣同様に余計なことに口出しせずに万事上手くいくことを祈るのみ。肩身の狭い思いをしつつ、神経をすり減らして...。いやいや、その割には「以前に比べて貫禄が出たね」と支援者。

(平成27年1月30日/2012回)

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2015年1月29日 (木)

編み物

最近はキャロライン・ケネディ駐日大使が被災地にて購入したことで話題を集めたエコたわし。あちらは南三陸町だが、こちらは相馬市。クラスの生徒が持ち回りで担当する朝のスピーチにおいて娘が被災地のエコたわしの話をしたのだそうで...。

まもなく丸4年が経過しようとしているが、未だ仮設住宅での生活を余儀なくされている方々がいる。悲しみに打ちひしがれる子供たちが興じたのがぬり絵ならば御婦人たちが気を紛らわしたのは...編み物。一般社団法人あむえこねっとの活動は被災地の仮設住宅に暮らす方々の編み物の販売。洗剤いらずのエコたわしは一個5百円。裏には本人の直筆のメッセージが記されている。

そんなブースを見かけて子供の土産にお雛さまのエコたわしを購入。隣のセンセイにも「どうかね?」と勧めれば、「荷物になるから後で...」とのこと。でも、大勢の前でその目立つ編み物を持っていれば「あのセンセイは立派だ」との評判が立つかもしれない。いや、それ以上に「あのセンセイが購入したのであれば私も...」と口コミ効果が期待できるかもしれない。そんな打算が働けば購入するのは当然。しかも、会合の「前」に...。

そのへんに疎い方にお薦めなのはロバート・チャルディーニ氏の「影響力の武器」。その第三版を本屋にて見かけた。目から鱗の一冊は社会人必読だが、特に政治家諸君には下手な「必勝」選挙本などよりも断然お薦め。

さて、久々の常任委員会の議題は-防犯灯のLED化推進に向けたESCO事業の導入について-。市中の防犯灯の維持・管理は各町内会・自治会の仕事。つまりは電力会社からの請求も町内会・自治会宛だが、月額料金の9割分が市から補助される仕組み。町内会・自治会の存在意義としての側面も有しているものの、その管理を市に移管した上で全額を市の負担とすべきとの声も...。

また、一方では防犯灯のLED化が進めば電力料金の低廉化が図られることからその普及を促進しようと既存の蛍光灯からLEDに移行する場合の補助を手厚くするなどの策を講じてきたものの、予算的な制約から遅々として進まぬ現状も...。そこで編み出された秘策が民間資金を活用したESCO事業。資金調達のリスクを民間が担うことで、単年度における一斉更新が可能。と、同時にその後の維持・管理を市に委ねることで町内会・自治会の防犯灯の負担をゼロにする。

現在、市内の防犯灯数は7万7千灯。内、既にLEDされた1万4千灯と電力会社との契約形態が特殊な8千6百灯を除く約5万4千灯が対象となり、今後は町内会・自治会の意向調査を踏まえた上で平成29年度からの本格導入が見込まれている。常任委員会の審議ではESCO事業の導入における費用対効果の試算結果を求める意見とともに既にLED化された1万4千灯については対象外となるが、他に先駆けて省エネに取り組んだ町内会・自治会への配慮が必要ではないかとの意見も...。

ちなみに、現在、本市が負担する電気料金は2億8千万円/年で防犯灯の設置補助は1億7千万円。

(平成27年1月29日/2011回)

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2015年1月28日 (水)

観劇会

政治団体、いわゆる後援会と政党支部の収支報告書の作成に追われている。昨年はどこぞの大臣が後援会の収支報告を巡り釈明に追われたが、選挙管理委員会によるチェックも入念になりつつあって...。が、当の選挙管理委員会では疑惑の追及というよりも領収書との整合性や記入漏れの有無等の事務手続き的な面の確認に留められる。

以前であれば県の選挙管理委員会を訪ねて閲覧せねばならなかったから彼らを手なずけておけば第三者から閲覧申請があった際には「センセイの収支報告書が閲覧されていますよ」などと本人宛に連絡が入る。それが今では全てネット上に公開されているからまさに「いつでも」「どこでも」「誰でも」が閲覧可能。そんな巷の関心はやっぱり...政治献金の相手先。政治団体への寄附は税金の控除対象となるのだが、寄附をした方々の氏名と金額は収支報告に記入せねばならず、個人情報保護などどこへやら。その全てが公開されている。

ちなみに後援会は個人献金に限定されるが、政党支部は個人献金以外に企業団体からの献金も可能なだけに使い勝手がいいのは政党支部。例えば地元の会社社長などが後援会の行事に出席をしても会社宛の領収書はNG。そんな寄附者一覧を辿れば黒い繋がりが浮かび上がる?いやいや、だいたいそんな怪しいカネは表に出ないからナ。ちなみに私の場合は企業団体からの献金はゼロであって後援会への寄附者も地元の篤志家がほとんど。個人献金の上限は年間150万円だが、大半は何の見返りも求められぬ1万円の御祝金。

県の選挙管理委員会に収支報告を受理いただくと寄附金(税額)控除の証明書が発行されて確定申告時にその証明書を添付すれば控除対象となることから御礼とともに持参すれば「わざわざすまんな」と...。当方の場合は金庫番の会計が全て仕上げてくれるのだが、万が一、何か生じた場合の責任はどうか。政治団体として届ける後援会の会長はあくまでも規約上のものであって、会長とは別に責任者の記入欄があって、そちらには私の氏名が記載されている。つまりは私が全責任を負うということ。

さて、平成26年度の包括外部監査の結果報告書が届いた。例年、その年の第一回定例会においては包括外部監査の契約についての議案が上程されていて、以前は2千万円が上限とされた契約金額も現在は1,800万円に減額されて、市の財務または事務の執行における外部監査を実施する。外部監査といっても市が委託する以上、表向きには監査人の裁量で...とされるものの、上の意向が働きがちなのだが、外部の圧力によって改革を成し遂げたい事業などには効果的。

平成26年度のテーマは「産業振興に関する事業について」。主に市の経済労働局が所管する事業や本市の出資法人、川崎市産業振興財団への補助金などが含まれるが、まさに私の所属する市民委員会に関るもの。企業等に対する支援事業は補助金などが大半を占めるが、支援先となる企業収益の拡大の為に投入される補助金の成果をいかに検証するか、その目標設定について指摘されていたり、特命随意契約が多いことから具体的事例を挙げてその契約形態の変更を求めている。

(平成27年1月28日/2010回)

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2015年1月27日 (火)

語録

年度末が迫り、政務活動費の帳票作成についての督促があった。翌年度早々が〆切となるのだが、今年は統一地方選を挟むだけに早めに釘をさしておかねば収拾がつかぬ可能性が高いとの判断か。公費から支出される以上、その手間を惜しんではいけないのだが、それにしても...。

時折、「秘書が居なくて大変ですね」と同情されることがあるのだが、政治家は代理のきかぬ商売にて相手と対峙してなんぼの世界。最近、ある方の御依頼にて国会議員の秘書宛に電話をしたのだが、その態度が横柄なことこの上なく、大変不愉快な思いをさせられた。坊主憎けりゃ袈裟まで...とまでは言わぬが、やっぱりどこか勘違いしてるんだナ。ちなみに地元の代議士Nさんじゃないのであしからず。

その道の師匠に角栄を学ぶべしと教わっていて、既にそちらの知識については些か自信があるつもりなのだが、新刊本「田中角栄100の言葉」を読んだ。中に「数億円のトンネルを作るなら最低何万人の利用者が必要と考えるのが官僚だ。利用者が150人でも欠かせないものは作る、それが政治だ」なんてのがあった。

東大卒の官僚上がりの国会議員が持て囃される時代。「必要なのは学歴ではなく学問だよ。学歴は過去の栄光。学問は現在に生きている」。尋常小学校出の同氏には「学歴」がない。されどその劣等感を克服する為に寸暇を惜しんで学んだ実学は実を結び、東大卒の官僚はじめ多くの大衆から愛された。そんな同氏の人生語録に学ぶことは少なくない。

以前、何かの会合の折におらがセンセイの御供にて送迎を仰せつかったことがあるのだが、帰りを急ぐセンセイに理由を聞いた。「明日はゴルフなんだ。体調を万全に整えて行かねば...」と。折角の会合を途中で切り上げてまで臨む趣味とはこれ如何に...と思ったが、同氏の語録には「ゴルフは道楽じゃなく真剣勝負」とあった。

おらがセンセイとて現役時代は自らのコンペで優勝する位だから手抜きなしの真剣勝負。その挨拶にはほぼ必ずゴルフの話題が含まれるのだが、これまでの最多記録は月間35ラウンド。ってことは最低でも1日2ラウンド以上してるってことだけど、語録の中には因縁の宿敵について訊かれた同氏が「ゴルフを1日3ラウンドやる人間に怨念なんかあるものか」と述べるシーンが登場する。

そんな同氏の強みはキラ星の如く並ぶ秘書。過去にその筆頭格となる早坂茂三氏の講演を聞いたことがあるのだが、忘れもしないのはその「おじぎ」。大物感たっぷりの同氏が講演の最後に見せた「おじぎ」は一国の総理の元秘書に相応しい実に深々としたものだった。それもそのはず、角栄が最初に命じたのは「おじぎ」。その「おじぎ」を見た角栄は「それは会釈だ」と一喝。自ら腰を直角に折り曲げて数秒間その姿勢を保ったとか。

(平成27年1月27日/2009回)

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2015年1月26日 (月)

配置転換

久々に朝ランの会に顔を出した。「話が出来るペースがいいですね?」と語りかけて下さる併走相手のHさんは上級者、つまりはサブフォーランナー(=フルマラソン4時間以内のランナー)なのだが、最近は地元の小学校にて開催されるちびっこジョギング教室の講師としても御活躍されているらしく、そのジョギング教室が子供たちに大変好評とか...。

子供たちに走る楽しさを伝えたいと語るHさん、まずは自分のペースで走ることを教えるのだとか。言われてみれば体育の授業における持久走なんかは過酷以外の何物でもなかったけど、確かに結構無理して走ってたかも...。そりゃツラいのは当然でそれが原因で長距離を走ることが嫌いになってしまっては元も子もない。フルマラソンなんかでもペース配分だけ間違わなければ意外と完走は出来るもので...。それにしてもHさんのペースは早かったナ。

さて、本題。市バスについては赤字路線の存廃以上に運転手の人件費がやり玉に上がりがち。確かに民間バス会社に比べて人件費が割高なのは事実であって、それは新卒で採用された公務員が従事しているのだから当然と言われれば当然の話。当時は政令市への移行を理由にした大量雇用、縁故採用や組合枠なんてのもあったんだろうから批判されるべきは当時の政策判断。

その判断が一過的なものであればまだしも後世に残るものの判断は慎重に限るよ。そうそう、最近なんかでは待機児童の受皿とか中学校給食なども...。「あの時の判断のせいで...」なんて言われないようにしないとナ。現在は運転手の定年退職を待ちつつ新卒は不補充。民間バス経験者の中途採用等による人件費の圧縮が進んでいる。が、バスの運転手に限らず、市立病院にしてもごみの収集作業にしても公務員というのは人件費が高くなりがち。そこに目を付けたのが...。

施設の運営が直営とあらばそこに競争原理が働かないから非効率になりやすい上に人件費も割高ではないかと。民間ならばその7割で運営が可能だと。「官から民へ」を謳い文句にした指定管理者制度がスタートしてから既に十年以上。それで直営に比べていかほどの経費が圧縮されたのかとの問い詰めたことがあるのだが、ついぞ行政側から明確な回答は戻って来なかった。

それもそのはず、指定管理者の選考過程においては競争原理が働くから確かにコスト面でも運営面でも業務改善効果が見込まれるものの、そこで働いていた公務員は解雇出来るはずもなく、そのまま配置転換にて別の部署に...。ということで、市全体の人件費はほぼ横ばいにて「新たに」発生する指定管理料が上乗せされるようなもの。市バスなんかも追い詰め過ぎると配置転換なんて抜け道があるから注意しないと...。

(平成27年1月26日/2008回)

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2015年1月25日 (日)

市民の足

今月の兼題は「待春」。「必勝のだるまとともに春待てり」と詠んだまでは良かったが...俳句の〆切が迫る。

栄誉を受ける際は推薦人が大事と村の重鎮に教わったが、昨年末から今年にかけて他2つの同人誌に別な方から御推挙をいただいた。いづれも毎月5句の投句がルールとなるだけに既存の同人誌を含めて毎月15句はさすがにしんどいよナ...。

さて、小2まで拡大予定の小児医療費助成だが、隣接の横浜市は小3まで拡大との報道を見かけた。内容によれば当初は市会の各会派に対して小2までの拡大を示唆していたものの、ここにきて小3までの拡大を図る方針を決定したとのこと。予算の上積み額は本市の2億8千万円に対して横浜市は3億円とほぼ同じ。で、対象年齢の拡大範囲が本市の倍とはこれいかに。

そう、向こうは年度途中の10月からの適用とのことらしく。「10月から小2まで」では本市に見劣りしてしまうだけに...。されど、それを言うなら本市とて横浜市側の動向は把握していたはず。「おい、横浜市は来年度から小2まで拡大するらしいぞ」-「ならば先手を打とう」なんてことは...。隣接しているから同じ施策は比較対象になりやすい。そこに両市の微妙な関係が窺い知れるのは気のせいか。

さて、市長の公約の一つに【交通問題は地域経済の柱、市民生活の足。】とあって「市民の足であるバス路線やコミュニティーバスなどきめ細やかに充実させます。」と続く。その実現に期待を寄せているのだが、とりわけコミュニティーバス(以下、コミバス)については区内の期待が高い。

都合よく私の事務所の前が運行ルートに含まれていて、事務所の前、というか隣接の駐車場が停留所になっている。運行間隔が長く、駅から歩いた方が断然早いことから私などは滅多に利用しないのだが、既存のコミバスでさえも「運行間隔が長すぎる」とか「運賃3百円は高すぎる」なんて不満の声が聞こえてくる。

コミバスについてはいかにして公平性を保つかが焦点なのだが、「駅まで徒歩1分、こちらは高い家賃を払って借りているのにそりゃ些か虫が良すぎないか」、「なんであそこの前を通るのにこちらを通らないんだ」と地元の利害調整は難航を極める。で、通れば「運賃は無料で当然」、通らずんば「税金の無駄だ」などと異論続出。

センセイなんてのは身勝手なもんで「票」を目当てに求めることが往々にしてあるが、財源もルートも「何でもござれ」で騒ぎ立てるもんだからこちらは怠慢が如く見られがち。でも、そんな短絡的でいいのかナ。兎に角せがむことしか知らぬ人物は幼児期における親の愛情が薄いのだとか...。

されど赤字路線といえば市営バスとて似たようなもの。赤字路線に投入される補助金は市民の皆様からの税金なのだからコミバスへの補助金は「絶対に」認めないなどと言われるとその整合性を問い詰めてみたくもなる。確かに私どもの区は他区に比べて市営バス路線が「著しく」少ないことから不公平感が募る。そのへんを勘案した上で何らかの手立てが講じられてもいいのではないかと...。

(平成27年1月25日/2007回)

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2015年1月24日 (土)

抵抗勢力

改革派の旗手として名高い名物市長を擁立しながらも敗北を喫した佐賀県知事選。その敗因に元来の自民党支持層となる地元JAの叛旗があると聞いた。中でも政府が手がける農協改革を牽制する意味でも力を見せつけたとか...。「単協(=各地の農協)の自主性を妨げ、単協を画一的に管理下に置こうとする全中(=全国農業協同組合中央会)こそ諸悪の根源」とばかりに抵抗勢力に仕立て上げられる構図はどこかで見たような...。

単協が切磋琢磨することで成長を遂げようとするその方向性に異論はないが、果たして「全中」が本当にそれを阻害しているのか否か。ここからは勝手なウラ読みに過ぎないが、全中側が有していた「何でオレたちが抵抗勢力にならなきゃイカンのだ」との鬱憤を相手候補に巧みに利用されたというのが事の真相ではないかと。

そんなことから「コメをやめる勇気」(日本経済新聞社刊)を読んでいたのだが、中にこんなセリフが登場する。「はじめは農協に頼んでコメを売ってみた。だが、値段も売り先も農協に任せ、あとは放っておくだけの手法では面白みが無かった」。そんなKさんは販売を農協に頼らずに自ら米袋を担いで得意先を探す日々を選択。現在でこそ百貨店にコメが並ぶKさんだが、「つくるより、売る方がずっと大変だった」と述懐されている。

確かにコメの流通を国が直接的にコントロールする旧食糧管理制度は戦後復興の過程において一定の役割を果たしてきたが、社会情勢が刻一刻と変化する中で当時の判断が今も通じる保証はどこにもない。むしろ成長を阻害することだってありうる話。規制は時に向上心を阻害する。規制の内側にいることは下駄を履いているようなもの。

下駄を履くのは結構だけれども下駄を履きつつも鍛練だけは怠ることのないようにせねばいづれ撤廃を求められた際に規制にしがみつく無様な姿を晒すことになりかねない。しがみつけばしがみつくほど抵抗勢力として名を馳せる上に圧力もより一層...。規制云々の前に規制があってもそこに胡坐をかかぬ姿勢こそ成長に必要なものではないかと。

護送船団とは右へ倣えを揶揄する意味で用いられることが少なくないが、同書では単協の中でも十分に先駆的な事例が紹介されている。中でも農協に依存しない経営との接点を探り、農協とは別な販路開拓を目指す法人に対して自ら歩みよる事例などは農協の敗北を意味するどころかむしろ相手の長所を学ぶことで成長に繋がる可能性を秘めている。

さて、地元の若手経営者で結成された高石商工創和会の新年会に来賓として出席をさせていただいた。業界団体の中には市の補助金を期待する向きも少なくない上に、「どのセンセイから仕事を貰おうか」とか「あのセンセイと繋がっていれば行政のパイプ役になってくれそうだ」とか、そんな判断が伴いそうなもんだが、彼らは補助金などに依存せずとも自らの創意工夫により会社の業績アップと地域貢献を目指す向上心のカタマリの面々。センセイなどに媚びずとも誰に託せば地域の発展に繋がるかを冷静に見極める視点を有している。

「ドブ板」の山さんへの評価はいかに...。

(平成27年1月24日/2006回)

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2015年1月23日 (金)

後妻業

さて、今日は久々にこちらの話題から...。米メジャーリーグから日本球界への復帰を果たすケースは適齢期を過ぎた選手が少なくないが、このオフにヤンキースから古巣への復帰を果たす黒田博樹投手はメジャー複数球団から提示された10億円以上ものオファーを断っての凱旋帰国。

それに押しも押されもせぬエース、「マエケン」こと前田健太投手は来季のメジャー挑戦がほぼ確実とされることから今季の活躍を来季の契約交渉に繋げたいところ。そんな二枚看板を擁する広島東洋カープは24年ぶりのVに向けて年間指定席8千席が完売だとか...。

相手から提示された破格の契約金額につい目が眩んでしまいそうだが、「まだイケる」との過信は後で思わぬツケを呼ぶことになりかねず、「月」が如く惜しまれて去る位が丁度いいのではないか。そんな過信は何も球界に限った話ではなさそうで...。

「まだ大丈夫、昔はあれだけモテたんだからもっとカッコいい白馬の騎士が現れるはず...」と淡い期待を抱きつつ、いつの間にか結婚適齢期を過ぎてしまった。後悔先に立たず、過ぎ去った時間は戻って来ない。だいたい結婚なんてのは妥協の産物以外の何物でもないのだからどこかで妥協せねばアガれない。大恋愛の上に結ばれたとか派手な結婚式を挙げたなんてのに限って...。

世の概ね半分は異性なのだから適齢期前後の独身男女同士の出会いが無いというのは社会的損失。その為の「婚活」イベントだなんていうけれどもこちらも中々億劫だったりして...。そんな独身男女を結びつけるツールとして期待されているのがネット。出会い系サイトなんていうと何やら援助交際などを連想させるが、真面目なサイトもあるらしく、実際に私が潜入調査をした上で悩む独身男女に紹介出来ればいいのだが、既婚者は入会拒絶だそうで...。

ということで詳細は他に譲るものの、私の身の回りにもネットを通じて知り合った異性と結婚しているケースは少なくないが、これが不思議と離婚がないんだよナ。予め登録された情報から相手を探すことから「こんなはずじゃなかった」との齟齬が少ないのだとか。

さて、結婚(交際)相手などの関わりのあった男性が不審な死を遂げる事件。「色で老人を喰う」裏稼業を描いた戦慄の犯罪小説「後妻業」は折しも京都の連続不審死事件が重なったことから注目を集めたが、その作者の黒川博行氏とノンフィクション作家の森功氏の対談-あなたの死を願う「後妻業」の恐怖-(中央公論1月号)を読んだ。

知る限りにおいて、その手の事件における容疑者は失礼ながら取り立てて美人という訳でもなく、いや、むしろどちらかといえば何でこんな人物に...というのが正直な実感であって、どう見ても「それ」目当てであることははっきりと分かりそうなもんだが、そんな容疑者にダマされる老人の心境やその特徴などが語られている。結婚相談所の紹介ってことは被害者自ら登録してるってことだからやっぱり孤独ってのは寂しいんだろうナと。

(平成27年1月23日/2005回)

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2015年1月22日 (木)

対象年齢

「やはりセンセイ方ともなれば30~40件位は...」と声をかけられ、まぁそんなもんかなと頷いていたら隣にいたセンセイが「この前の日曜日なんか60件だよ60件」と口を挟んだ。え~っ、1件あたり5千円の会費として30万円。新年会は政務活動費の対象外だから全て自腹。1日60件の新年会ってどうやって回るんだろうか。

久々に役所から委員会の開催通知が届いたのだが、1月は開催日数が少ない。そうか、選挙前だからナ。私が1期生の頃には委員会手当があって既存の議員報酬とは別に日当7千円が支給されていた。週2回の月8回の開催となれば月額5万6千円。翌月に全て新札による現金支給だから家人にもバレずに小遣い的に流用しているセンセイも...。

会合の会費は5千円が多いからそんな手当が重宝していたのだが、数年前から実費相当額となり、現在は往復の運賃880円が振り込みで支給されるだけになってしまった(泣)。(泣)じゃないナ。とりわけ選挙の年ともなれば「票」を目当てにした手柄争いが繰り広げられる。新年会で「あの事案は私が...」と吹聴されることは少なくないが、そんな一つに「小児医療費無償化」があって、今週のある新聞朝刊に「小2へ拡大」の見出しが躍った。

当該の新聞社がスッパ抜いたというか、あくまでも市長への取材をもとに「方針を固めた」と判断しただけなのだが、出し抜かれたセンセイには不愉快な方も居るらしく「委員長は話を聞いていたのか?」と。「知らぬ」と返事をすれば議会軽視だとの声も聞こえてきて、そんな空気を察したかのように当該部局が緊張した面持ちにて説明に現れた。「上手の手から水が漏るように情報は筒抜けというか漏れるもので...。仕方ありませんな」と伝えた。

「小6までの無料化」は市長の公約。現行は小学1年を上限としている通院費無料の対象年齢をこの4月から小2まで拡大されるそうで、一見称賛されそうなその判断も諸手を上げて賛成できぬ理由はその財源。現行の31億円に対して年額約2億8千万円の負担増となる見込み。「中学校給食」に「待機児童ゼロ」と並ぶ市長の肝いり施策だけに自らの公約を一歩前に進めた格好となった。

来年度の予算公表が目前。まずは行財政改革により財源を捻出することで新たな事業に充当してきた前市長に対し、まずは公約を一歩進める為に重点施策への配分を厚くした上でどこかに財源を探そうとする現市長。今年度は税収増に救われたものの、税収の見通しは依然先行き不透明な状況にて前途多難な財政運営が待ち受ける。

「中学校給食」「待機児童ゼロ」「小児医療費の無償化」の三本柱はいづれも義務的経費となるだけに財政の硬直化に繋がるとともに税収が落ち込んだ際に大きな負担となりうるものだが、全体としてどのように帳尻を合わせるかが見物。それにしても歳出削減などはどこ吹く風と百花繚乱の施策を後押しし、財政健全化への視点に欠けるセンセイは無責任ではないかと思いつつ...。

(平成27年1月22日/2004回)

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2015年1月21日 (水)

かんなぎ

事務所の隣が幼稚園の送迎バスの停留所になっていて、保護者とともにY君を見送った。入園時には親と離れるのが嫌で泣きじゃくっていたY君も立派な年長組。この春からは晴れてゆりっ子(百合丘小学校の在校児)の仲間入りを果たすことになる(らしい)。

そんな百合丘小学校から保護者宛の手紙が届いた。手紙によれば今週は保護者や地域の方々に学校を公開する「学校へ行こう週間」なのだそうで、「書き初め展」とともに「朝の」授業参観の知らせが含まれる。この「朝の」というのがミソで1時間目の授業のみが対象だから仕事通勤の父親も若干の遅刻で会社への出勤が可能となる。

子供の教育は「全て」妻任せなのだが、運動会と授業参観「だけ」は出席するようにというのが暗黙の合意事項にて用意された注意書きを片手に登校することになった。教室の前にある出席簿にだけは必ずチェックするようにとのことだが、はて2年何組だったっけ...。

参観対象となる授業科目は「国語」。形容詞についての授業。例題は【雨が「   」降っている】の括弧内に適切な表現を記入せよというもの。示された写真は台風時のもの。物怖じしない生徒たちの積極性と多彩な表現力に驚かされるが、中には明らかに間違った回答もあって、それをどう諭すかは担任の腕の見せ所。

妻の母校がそちらの大学にて修道女が授業を受け持つらしいのだが、指名した生徒が答えに躓くと「私の教え方がいけなかったのね。辛い思いをさせてごめんなさい」と謝る。が、そんな先生の態度に躓いた生徒も「いえいえ、私の勉強不足です」と。そこに相手を慮る信頼関係が生まれるが、今じゃそんなことを言おうものなら「そうだ、アンタの教え方が悪い」なんて言われそうで...。

閑話休題。さて、管理職から「最近は若手が付きあってくれなくてねぇ」との愚痴をこぼされることが時折あるが、部下とて酒の席まで説教されたんじゃかなわない、尚且つ、帰り際に「今日は割り勘で...」なんて言われた日には...。人の機微が分からねば部下はそっぽを向くもの。部下は部下で上司の悪口を酒の肴に憂さ晴らしをしていたりして。

ある局の若手から「たまにはどうか」と誘われて、御一緒することになった。こちとら呼ばれればどこにでも行くが、二つほど注文が付く。「酒は楽しく呑むもの、小難しい話は御免被る」、「居酒屋で結構だが、料理が旨い店にしてくれ」と「予め」伝えてあるはずなのだが、結局はその手の話に収斂されることは少なくない。

聞けば、ある事案について隠蔽がされているとのこと。都合が悪い事は言わない隠蔽体質は今に始まったものではないが、それを知りつつ事態の打開を図ろうとしない職場への鬱憤のはけ口がこちらに向いた。秘密ネタをバラすのはこのブログの注目度も上がりそうだけど、あくまでも「自浄作用」に期待していて...。

そうそう、JR武蔵中原駅前の「かんなぎ」ってお店、日本酒の銘柄もそろっていて、確かに料理も旨かった。

(平成27年1月21日/2003回)

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2015年1月20日 (火)

どんどや

知人からミスチルのチケットは「何とかならぬか」との頼みごとがあって、そちらの事情通に聞けば「ヤフオクしかないな」とのつれない回答があった。ファンクラブに入るのが入手への最短だとか...。サザンとミスチルがプラチナ(チケット)の双璧と聞いたが、「あそこを除けば...」との条件付き。あそことは...そう。

そのへんの支持層は全く異なるものの、とりわけ「嵐」なんてのは熱狂的ファンが殺到するから一般人には絶望的とのこと。そちらの業界動向に疎い私でもサザンとかミスチル位であれば「ゴチになれるのであれば」行ってもいいかなとは思うが、さすがに「嵐」は行かぬし、「AKB」となれば同年代のオッサンが夢中になる心理が分からず...「嵐」は違うか。JR秋葉原駅前に「AKB」の大きな看板を見かけてここに入れば魅力が分かるかも...と思ったけれど場違いな気がして辞めた。

「この人のファンクラブがあるならぜひ...」と思う一人にサカジュンことエッセイストの酒井順子さんがいらして、中央公論のエッセイ-女性上司がやって来る時に。-を読んだ。何よりもその「鋭い」観察眼とコミカルな文章がお気に入りなのだが、エッセイによれば、女性差別はあちこちあれども差別をなくす第一歩は「本音はどうであれ、差別心を表に出さないこと」だとか...。そうか、本音は隠さなきゃイカンのだナ。ふむふむ。

週末の早朝から金程小学校の校庭に顔を出した。「おい、恰好が違うじゃないか」とSさん。どうやらアンタも手伝えということらしく、「いやいや今年は特に目立たなきゃイカンもんですからバッチが見えないと...」とつい本音を漏らしてしまった。目的はどんど焼き。無病息災、五穀豊穣を祈念して、正月飾りなどを積み上げて燃やす伝統行事。

かつては谷戸毎に子供たちが「どんどや(=やぐら)」を作り、遊んだそうだが、現在は子供たちに昔からの風習に慣れ親しんでもらおうと小学校の校庭での開催。他会派のセンセイを横目に「中へ入りな」とSさん。神聖な「どんどや」の中で一年の無病息災と五穀豊穣を祈念して御神酒をいただいた。

さて、私の後援会主催の新年会が近づいてきた。例年多くの支援者の方以外に同僚諸氏のセンセイ方が祝福に駆け付けて下さるのだが、バッチが並ぶと箔が付く上に人気があるように見えて支援者の皆様にもいいアピールになっている。仕事柄、偽善的な面を有することは否定しないが、有権者の皆様からの支持はあっても仲間から見放されていては情け無い。相手を判断するに得票数も大事だが、仲間からの人気ってのは隠れた指標。

実は仲間から「も」人気があるということを自慢したい訳ではなく、これまでに「何となく」往来を重ねた結果なのだが、相手の新年会に行けば自らの新年会に来てくれるというだけの話。かつて新年会は「おたがいさま」だから手ぶらでどうかとの話にもなったのだが、来賓受付で立派な衣装をまとった御婦人を前に名刺一枚は何とも失礼。と、御祝袋を持参するのだが、勿論、こちらは全て自腹の勘定。多忙のセンセイが遠路来て下さるのだから出費以上の価値があると信じてやまず、もっと多く行けば...(笑)。

(平成27年1月20日/2002回)

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2015年1月19日 (月)

尾花

くだらん政治談議よりも話題はやっぱり「旨いもん」に限る。ふとした縁で知り合ったIさんから「久々に...」と誘いがあって、丸の内のイタリアンを訪ねた。

有名店のオーナーを含む美食家の面々だけに私など場違いな気がしないでもないが、それぞれの近況報告を伺いつつ至福のひとときを過ごした。年始早々、物知り博士のK師匠より「エリゼ宮の食卓」を御推挙いただいたのだが、何といっても「旨いもん」は和食。中でも「江戸前」が贔屓なのだが、京都の老舗割烹「浜作」主人のグルメエッセイ「東京の味、京の味」(新潮45)を読んだ。

凝りに凝ったフレンチや懐石のフルコース以上に簡潔なうなぎ、とんかつ、天丼といった江戸から東京に引き継がれた料理が恋しくなるのだそうで、その食の魅力とともに都内の名店が紹介されている。御主人によれば蕎麦は「藪」、とんかつは「ぽん多本家」、鰻は「尾花」というが、確かに南千住の名店「尾花」のうな重は絶品。江戸情緒を残しつつ、それでいて肩肘張らぬ同店は訪ねる価値アリ。

一見、都会に比べ豊かな自然の残る田舎のほうが旨いもんに恵まれているように見えなくもない。が、私の郷里で旨いと評判の老舗鮨屋でも確かに旨いには旨いのだが、「これは...」と唸らせるには些か足りぬ。大間のマグロが築地で競りに出されるように全国各地の旨いもんは一大消費地となる東京に集結する上に強豪ひしめく中で切磋琢磨を重ねることこそが、結果として味とサービスの向上に繋がっているのでないかと。

そうそう、本といえば「深夜特急」以来のファンなのだが、沢木耕太郎氏の新刊「波の音が消えるまで」が気になっている。香港返還前日のマカオが舞台のギャンブル小説。「深夜特急」第一巻も香港・マカオがスタートなだけに懐かしく思えて...。「深夜特急」も若者にはお薦めの一冊、読めば「旅」に誘われる。社会人時代は結構な国々を回ったが、一人旅といえばやっぱり中国。その三大都市「北京」「上海」「成都」を回ったのは00年。

上海では深夜の到着にも関らず現地の友人Cさんが迎えに来てくれて格安ながらも立派な宿泊施設を紹介してくれた。ベンツを乗り回すCさんは党幹部の御子息「らしい」と聞いたが、上海ではCさんの相手で夜遊び三昧の日々。そういえばディスコなんかも連れて行かれたナ...。疲れ果てたまま次の目的地「成都」に。

現地で「飯店」といえば料理店以外にホテル等の宿泊施設を意味するが、当時の宿泊先はやはり格安の交通飯店。隣にはマッサージ店が併設されていて旅の疲れを癒してくれる。仙人が住むとされる「峨嵋山」や天然の絶景「九寨溝」なども訪ねたかったのだが、移動手段も限られる上にキツい日程にて断念せざるを得なかった。で、三国志ゆかりの武侯祠や杜甫が過ごしたとされる杜甫草堂などを巡った。ちなみに陳麻婆豆腐店は当時からの贔屓。

その後の北京では現地の駐在経験のある日本人のTさんが相手をしてくれて天安門広場や万里の長城などを回ったのだが、最近の若者は一人旅って少ないのだとか...。

(平成27年1月19日/2001回)

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2015年1月18日 (日)

福耳

記念すべき2千回。などとはしゃいでいるのは私位なものではないかと思われるが、そんなハレの日の話題はやはりこちらから...。

川崎市音楽振興議連の記事が掲載されて、事務局長に私の名前を見かけたと支援者から御電話をいただいた。が、事務局長などといっても縁の下の雑用係で上に使い勝手のいい人選が行われることが少なくない。少なくとも自ら手を上げた訳ではないのであしからず。最近のコンサートにてベートーヴェンの交響曲第7番を聴いた。通称「ベトシチ」といわれる同曲は第5番「運命」、第9番「第九」に次ぐ人気の作品で全楽章を通じてメロディとリズムがいい。

そんな大作曲家ベートーヴェンの死後、ブラームス派とワーグナー派の対立が先鋭化、その狭間において「私はブラームスでもワーグナーでもない。アントン・ブルックナーだ」と答えた話は有名だが、大衆に媚びない音楽こそがブルックナーの真骨頂で、それこそまさに今の政治に求められる姿勢ではないかと「異議あり!」ブログを続けてきたのだが...。

さて、愛用のトレンチコート。袖口の糸がちょっとほつれているけど、その年季が入ったシブさが刑事コロンボ的でお気に入りなのだが、みっともないから買い変えたほうがいいと妻から言われている。そちらは今暫く時間がかかりうそうだが、買い替えといえば待望の新車が届き、早速に身代わり不動尊での安全祈願を無事に終えた。心機一転は何も車ばかりではない。選挙の年となるだけにブログも心機一転、そのタイトルは...。

人の話は聞かねばならぬ。口は一つだが、耳は二つ。まずは謙虚に聞くことから。ましてや、王様の耳はロバの耳だけど、私の耳は地元のおばあちゃんに「アタシゃこれまでの人生でこんないい耳をした人物を見たことがない」と言わしめた自慢の耳。ということで「福耳」にしようと目論んでいたのだが、風の噂に今の市長のブログも「福耳」と聞いた。当人の名前は福田紀彦というのだが(えっ知ってるって?)、福田の耳ということで「福耳」(かどうかは本人に訊いた訳ではない)。まぁよくよく調べたら意見箱のタイトルが「福耳ポスト」なだけで...やっぱり私の「福耳」こそ本物。

で、着々と準備を進めていたのだが、ある人物から物言いが付いた。当人曰く「作家の村上龍氏のエッセイのタイトルを御存知か?」と。「すべての男は消耗品である」。その注釈には-狩猟本能を摩滅させ自分の手で獲物を狩る力を失った男は、女たちのための消耗品で終わるのか?恋愛、女、芸術、犯罪、才能、幸福、エイズ、国家、セックス、日本などについての過激だが、明解なメッセージ。世紀末を明るく生きぬく男と女へ、元気と輝きにあふれる挑発的エッセイ-とある。

「世紀末」ってんだから随分前から続いてきたことが分かるのだが、さすがに最近はあまり「消耗品」とは関係ないテーマの内容も含まれるとか...。で、オマエのブログも全然「異議」を唱えていないけど「異議あり!」でいいんぢゃないか、だって。まさにそこにこそ「異議」を唱えるべきだったんだけど...。

ということで結論は何てことはない「継続」に。拍子抜けしちゃうけど今後とも御愛顧のほど。

(平成27年1月18日/2000回)

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2015年1月17日 (土)

消防団

先端医療や延命治療は高額になりがち。「施されずとも結構」などと言っていてもいざその時になれば...。国民年金は賦課方式だから働く現役の人が払い込んだ保険料は「今の」高齢者に支給される仕組み。「将来は国民年金など当てにしていないから保険料を払わぬ」などと豪語している人物に限って生活保護を受給していたりして...。

今年も地元の消防出初式を終えた。当日に催される地元消防団の新年会で何を話そうかと過去の手帳を取り出した。既に故人となられたSさんは地元消防団の元団長。当時、Sさんからいただいた新聞の切り抜きが貼られていて、「出動ともなれば夜間でも飛び出していく団員の悩みは深い。家族の理解は勿論、近隣から騒音扱いされることも...」そんな実情を地域の皆様に知っていただきたいと赤ペンで記されている。消防団を騒音扱いするような人物に限っていざという時に...。

地震の規模はM7.3(東日本大震災はM9.0)ながらも揺れの大きさを示す震度7は同じ。都市直下型地震だけに死者6千人以上、家屋倒壊や水道・下水等のインフラの断絶は甚大な被害をもたらしたことは御承知の通り。あれから20年、当時生まれた赤ん坊が成人を迎える節目の年となるだけに今年は関連する報道が目立つ。

その阪神淡路大震災を機に危機管理体制への関心が全国的に高まったのは事実。当時の総理や知事による自衛隊の出動要請が遅れたことから被害が拡大。これを教訓に自衛隊への派遣要請が市町村長や警察署長に拡大された。また、全国各地からのボランティアが殺到する中でその受入れ体制や神戸市内の消防団に可搬動力ポンプが殆ど配備されていなかったことから消火活動に遅れが生じた等の課題も浮かび上がった。

被災地においても自治体により明暗が分かれる中、甚大な被害が生じた淡路島では「地元の消防団および近隣住民が中心となった救助活動」が行われたのは有名な話。とりわけ、人口1万2千人の北淡町においては3千9百世帯のうち3千3百世帯の家屋が倒壊したにも関わらず、当日の午後にはいち早く行方不明者ゼロを発表。

それを支えたのは地元の消防団であって、北淡震災記念公園にて地元の消防団として救助活動に活躍されたという副館長から当時の御話を伺ったのは昨年4月。消防団や地元町内会・自治会による救助活動の重要性とともに地域の絆の大切さを改めて思い知らされた。

木造家屋が密集する江戸の町において火事は大敵。大岡越前守が江戸の火消し制度を創設、その伝統は今日の消防団に引き継がれた。現在は自治体による常備消防が大きな役割を占めるようになったが、彼らは消火活動や災害救助のプロではあるけれども必ずしも地元事情に詳しい訳ではない。それを補完するのが地元消防団。そして、日頃から町内会・自治会との関りや近隣の関係は良好に保つことが肝要かと。

(平成27年1月17日/1999回)

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2015年1月16日 (金)

家主

「ちょ~ムカつくと思わない?」。携帯の機種変にてS社の窓口を訪ねたところ古巣のD社への支払いが滞っていることを理由に拒絶されてしまったとか。「だって、S社には関係ない話でしょ?」と本人。おいおい、そりゃムカついちゃイカンだろうに...呆れて物が言えぬ。

こんな仕事をしているとジャンルを問わずに様々な相談事が持ち込まれる。可能な限りの協力は惜しまず相談に応じることにしているのだが、時に「さすがにそりゃちょっと違うんぢゃないか」との陳情も...。年末から年始にかけていただいた陳情を処理しようと埋もれていた書類に目を通していたのだが、こんな手紙があった。

「7組のIです。いつも母親が御世話になっています」との冒頭で始まる文章には同じ町内会の組長が輪番制で行われているものの、同じ組のDさんが組長を受けてくれずに困っており、山崎さんは今回の一連の経緯を知らないのではないかとのことから状況を伝えたいと。え~近隣同士の不和の仲介を頼まれても...。手紙の隅には「H26 12/22」と手書きの文字が記されているもののIさんの連絡先がどこにもない。

冒頭の文面を見るにどうも支援者らしいから話位は聞かぬ訳にはいかぬだろうと町内会名簿を探したのだが、7組のIさんが見当たらない。ひょっとして最近転居されてきた方かな?と関係者に尋ねても知らぬとの回答。後援会名簿なども調べたものの、該当する人物には辿りつけず、途方に暮れていたところ事務員が気付いた。

文面中には「家主である」山崎さんに...とありますが、何か心あたりでも?。う~ん、確かにちょっと気になったんだけどウチはマンション住まいだからそれは何かの間違いだと思うんだよナなどと伝えて、事務所を後にしたのだが、移動中にはたと気付いた。ひょっとして...。

幼少期を過ごした家の隣に貸家があって自宅を挟んで反対側の苗字はIさん。当時は随分世話になった近所のおばさんだ。実家からの手紙か何かの中に紛れ込んだらしく、母親に聞けば借主と近所に軋轢が生じているという。特に出て行かれて困るというものでもないのだが、手紙の内容をそのまま伝えれば角が立つ。子供二人を抱えた若年夫婦にて追い出すのも不憫、尚且つ、家賃に滞納が生じている訳でもないから退去を求める口実に些か乏しい。ということで「管理している不動産屋に相談してみたら」と母に伝えておいたのだが...。

兎に角、厄介な人物というのはどこにでもいるもので対応に苦慮させられることは少なくない。最近、ある会合で今の公立小学校は鉄棒の逆上がりを教えてくれない「らしい」とボヤいたら「んなことはない!」と早速に当事者から反論が来た。正確には「一応」授業としてやるものの「無理強い」はさせないという意味合いだったのだが、些かトゲがあったか。昔は放課後の補習まで先生が付きあってくれたけど、授業中の怪我には過敏で技能は二の次。

中にはヘンな保護者もいるから鉄棒に限らず現場はピリピリムード。某中学校のある保護者などは担任の先生に対して当日の授業内容を毎日報告するよう求めているとか...。ほんの一人の行動により物事が捻じ曲げられることは少なくない。

(平成27年1月16日/1998回)

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2015年1月15日 (木)

介護報酬

かつては「窃盗」「放火」「殺人」で事が足りた犯罪もいま時は振り込め詐欺が如く昔の常識は通じない新手の犯罪が次々に生まれていてその手口は巧妙且つ犯罪心理は複雑化しているが、複雑化しているのはどうもそちらだけではないようで...。

さて、テレビ神奈川で放映される川崎市議会座談会「予算議会を前に」への出演を承諾したはいいけれど、収録日とともにその事前説明会の要領が記されたFAXが届いた。神奈川新聞社の論説委員が解説となり、各会派の代表による座談会となるだけに、たとえ相手が誰であっても不足はない...というか意に介さないのだが、市の予算編成も大詰めの作業を迎えている。

今週は市長が各局・区の主要事業及び政策課題の内容を聴取し、最終調整を行う「市長査定」が行われていて、その主な対象課題一覧が手元に届いた。その最終案を待ちわびているのだが、その前に国の予算案が閣議決定されたが、中でも介護サービスの単価を決定する介護報酬は2.27%の減でマイナス改定は9年ぶりとのこと。ここまで利用者が増えると持続可能な制度とする為には給付抑制の視点は「絶対に」欠かせない。

最近の保育園や介護施設の中には福祉の理念以上に儲かるビジネスに重きを置いた施設運営がされているところも少なくない。本市なども市長が公約に掲げた待機児童ゼロの達成に向けて受入れ枠の確保を最優先に進めてきたが、過去十年間で未就学児童の増加分(約9千人)以上の枠を確保してきたのだが、一向に追いつかない。そりゃ誰もが希望すれば保育園に入れるとなれば潜在的な需要が喚起されるのは当然。隣の家が通わせているのであればウチも...って。

そんな事情は介護サービスも同じ。訪問介護の分野では掃除など本来は家政婦が行うべき仕事が介護保険制度で賄われているのはいかがなものかなどと...。こと介護に関してはあくまでも「保険」制度だけに給付需要が高まれば改正時の保険料に跳ね返る上にサービスの利用時には一部の自己負担が発生することからそれなりの抑制が図られるものの、これが生活保護ともなれば...。

介護報酬の単価見直しは必然だけれども介護保険制度は改正を重ねるたびにそのサービス体系やメニューは複雑化しつつあって、同じサービスメニューでも時間帯や有資格の配置、面積基準等により加減されることから乗数的にサービスコードの数は増える。「きめ細やかな」メニューといえば聞こえはいいが、あえて全体を見えにくくすることで予算を獲得したい役人が仕掛けた巧妙なワナではないかと勘繰ってしまうのだが...。

そうそう、あとは施設における「個室化」の見直し。元々は多床室(=相部屋)が主流だったものの国が新たな方針を打ち出して以降、原則個室の整備が進んでいるのだが、病院の差額ベッド代同様に多床室に比べて個室は費用が高くなりがち。都市部などは土地が少ないのだから効率性等も考慮して多床室整備も併せて進められるべきだと思うのだが...。とにかく国が画一的に決める話ではないかと。

(平成27年1月15日/1997回)

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2015年1月14日 (水)

回覧板

ちゃんと公式の会議録にも証拠が残っているのだが、過去に「高齢者の皆様が生活するには本当に絶望的な地域」だとの発言があって、過疎の村のことかと思いきや、「高石5丁目」と聞いて耳が立った。そりゃ私の住まいと事務所の住所ぢゃないか。「おい、ケンカ売ってんのかコノヤロー!」との野次は飛ばさなかったものの...。

とんでもない僻地に聞こえるかもしれないが、駅までは徒歩数分の圏内。現在の「百合丘」の町名は旧高石村の一部であって、「百合丘」と「高石」を合せた旧高石村のちょうど中心に小田急線百合ヶ丘駅は位置して、小田急線は谷間を走っているから必然的に両脇は山間になる。

そんな高石村の鎮守様はお伊勢の森と呼ばれる高台の頂上に置かれた高石神社。毎年、成人式の日には地元の高石神社にて五穀豊穣を祈る恒例の流鏑馬行事が行われて、私も手伝いに駆り出されるのだが、この高石神社は初詣ランキングで上位と聞いた。

ここからはおらが地元の自慢話となるが、高石神社は市内で最も標高が高い神社となることから御来光を拝んだり、夕日を眺めるには絶好のスポット。そんな神社も参拝客を集める為に様々な工夫を凝らしていて、この流鏑馬やら豆まき、盆踊りに七五三、そして、忘れちゃイカンのは私どもの秋のさんままつり等も...。そのお伊勢の森には句碑も多く、俳句が盛んな土地柄であることを思わせるに十分。

正月5日の大安吉日に家族と初詣に伺ったのだが、ちょうど近隣の中学校の生徒たちが部活動の日本一を祈願されている場面に遭遇した。そんな村の鎮守様を描いた地元の小学生の作品が川崎信用金庫のカレンダーの1月の表紙を飾っていると聞いて、早速に取り寄せて事務所に飾ることにしたのだが、そんな話を伺ったのは高石町会の新年会。

町内会・自治会活性化条例の可決成立を受けて、益々期待される地元町内会。とりわけ、転出入の多い麻生区にあっては隣近所の関係は鬱陶しく思われる方も少なくないようだが、この高石町会は歴史ある町会だから地元のカバー率は比較的高い。が、その町内会の伝達手段が組毎の回覧板「だけ」では何とも寂しい限り。ということで、昨年は町内会のホームページを立ち上げたという。

回覧板と違って、「いつでも」「どこでも」「誰でも」が自由に閲覧出来る上に、地元の魅力を発信するに最適。その土地にはその土地なりの隠れた魅力があって、そんな魅力は地元っ子しか知りえないもの。で、そのホームページをより充実したものにする為に特別委員会が編成されているらしく、その中には神社や学校の関係者も含まれてまさに地域ぐるみの一大企画。その内容以上に「来週は何を掲載しようか...」と、そんな井戸端会議が地域の絆を育んでいるようで...。

(平成27年1月14日/1996回)

高石町会ホームページ:https://town-takaishi.net/

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2015年1月13日 (火)

新成人

詳しい話は省くが、同部屋数人で少額の積立をしていてそれなりの金額に届いたことから引退する御大の送別会を兼ねた小旅行を企画しているのだが、行先はやはりあの温泉でどうかと...。で、その御大の後援会が主催する新年会に顔を出した。

現役としては最後の機会、6期24年の集大成に何を語るかは注目の的、これは聞いておかねば...と。私なんかは外様だが、地元の期待を背負うのであれば譜代に限る。されどこんな御時世だけに譜代となると後継者が見当たらない。そんな親の苦悩を察しての一大決心と見るのが妥当ではないか。

後継者は本人の御子息。その御子息が舞台にて立派な決意表明をされた。会場は割れんばかりの拍手の嵐。壇上では当人が深々と御辞儀をしている陰で、舞台の袖にいた御大が人知れずそっと隅に移動した。そしてポケットからハンカチが...。いつもそんなところだけはしっかりと目がいくんだけど親子愛っていいよナ。

さて、今年も成人式を終えた。成人式では主催者を代表して市長が祝辞を述べた後、来賓側の代表として議長が挨拶をされたのだが、議長は既に十代の頃には政治家を志していたとか。そんな夢を実現する為に秘書をやったりお笑い芸人をやったり...えっお笑い芸人?そこはどうもウケを狙ったらしいんだが今回は残念ながら不発だったナ。でも十代で夢が持てるってのは幸せなこと。私なんかは別にやりたいことは無かったから当時はほんと平凡な日々を過ごしていて...。

そして、その後は新成人の代表による挨拶。「何でいつも女性なんだろう」とは同僚のHセンセイの疑問らしいのだが、今年も晴れ着姿の女性が壇上に立った。地球の裏側では2億3千万人もの方が紛争に苦しんでいて、明日を迎えられるかどうかの日々だけに明日を選択できる私たちは幸せだと。社会に不満を抱くこともあるけれど過ぎたるは及ばざるが如し、時に楽観的な発想も必要ではないかと。そもそもに世の中とは理不尽なものであって、その理不尽さをどれだけ許容できるかって大事。

そんな同氏の夢は客室乗務員。されどその視野の狭さではムリだとある人に宣告されたのだとか。が、そんな挫折は人生に付きもの。当時、私なんかは親父の勤務先の採用試験に見事落っこちたもんナ。別に親父に頼んだ訳ではないけれど母親が勧めるから脈アリかと思って...。面接試験も落ち度無く無難に終えたつもりだったけどダメだった。当時は「何て役に立たぬ親父なんだ」と思ったけれど、既に他界した今となってはそれこそが親心ではなかったかと。

新成人にはなむけの言葉でもあればいいんだけど、いつの日かそんな親の恩に気づいて欲しいと思っていて...。父親が子供たちの為に社会人としての心得を綴った本、キングスレイ・ウォード氏の「ビジネスマンの父より息子への30通の手紙」と「ビジネスマンの父より娘への25通の手紙」はお薦め。あとは...「旅」かな。それはまた次の機会にでも。

(平成27年1月13日/1995回)

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2015年1月12日 (月)

干支

今年の干支は「未(ひつじ)」。干支にちなんだ挨拶は恒例だが、そのへん上手く出来ていて十二支ともに縁起のいい話ばかり。未(ひつじ)は群れをなすと謂われ...云々と続いて、めでたしめでたしで話がまとまったのだが、「でも、未(ひつじ)年って物騒なことも...」とあるセンセイが口を挟んだ。

そういうのを「腰を折る」っていうんだけれどもこちらとてスグに流される性分にて12年前を振返ってみたのだが...。おい、そりゃひょっとして私の初当選の年ぢゃないか。ってことは物騒な出来事などある訳もなく、そんないい年はないはずだと「一応」反論しておいた。ということで未(ひつじ)年の今年は決戦の年。

一日は長く、朝からそんなに体力を消耗したんじゃかなわない。他の予定もあるから途中で抜け出せば...と画策して、後で「アイツ逃げたナ」などと言われても不本意だから朝の挨拶時に「私は途中で失礼するが、諸君は最後までがんばるように」などとエラそうに述べたのが、かえって逆効果だったかもしれぬ。

恒例の麻生区少年野球連盟主催のちびっこマラソン大会。1・2年生は1km、3・4年生は2km、5・6年生は3kmを各学年別に走るのだが、黒川の農業振興地域内のコースを元気な子供たちが駆け回る姿は麻生区ならでは。「次回も走るんですか?」とか「今も毎年走られているんですか?」と街中で声をかけられたりもするのだが、既に十年以上も子供たちと一緒に走っている。

例年は正月のおせち料理の食べ過ぎでキツいんだけど今年は3月のフルマラソンに照準を合わせているからやや重め残りながらもそれなりの体調には仕上がっていて...。長距離を走るには健康でなければならぬ。今年も子供たちと走れる喜びを胸に遠目に雪帽子の富士山、左手には翌日に控えたどんど焼きを見ながら最後尾の選手に付き添って一緒に走る。私もかつては長距離が得意じゃなかったから分かるんだけど最後尾って落伍者みたいでほんと寂しいんだよナ。

が、そんな挫けそうな心を補ってくれるのが伴走だったり声援だったりするんだけど、そんな声援に交じって「おいセンセイ、もう一周」などと保護者から声援だか野次だか分らぬかけ声が聞こえて...。こちらも負けじと「一緒に走るぞ」と虚勢を張ってみたりもするのだが、元々最初の学年としか走る心づもりはしていないからナ。その程度ならそっと抜け出すのだが、「今年は選挙だから...」などと脅されると弱いもんで「票」がチラついて結局は全学年と一緒に走りきった。

3月のフルマラソン本番に向けていい調整にもなったはずなんだけど「票」は果たして...。そうそう、本市が主催する多摩川リバーサイド駅伝も同月の開催。こちらも例年、川崎市議会の超党派のセンセイ方による対抗戦が繰り広げられるのだが、いつもの面子が今年は「選挙の年だから...」と逃げ腰な様子。選挙の年だから「こそ」走るんぢゃないかと今週あたりから勧誘に...。

(平成27年1月12日/1994回)

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2015年1月11日 (日)

区役所

不法投棄で懲役刑?それはさすがに誇大表記ではないのかとの問い合わせがあって早速に現場を訪ねた。立て看板には「不法投棄禁止」、確かに違反した場合は5年以下の懲役か1千万円未満の罰金と記されていて、末尾にはちゃんと「川崎市」とある。

事実関係「だけ」を確認したいのだが、役所の窓口をどうするか。廃棄物処理の関係か道路公園センターかそれとも...。縦割り行政の中でやっぱり頼りになるのは区役所。そういえば昨日の賀詞交歓会でも区民サービスに関わることは「何でも」A部長に...と区長が言ってたナ。ということで「野暮用にてすみませんが...」と前置きを入れて尋ねたところ30分以内に返事があった。「廃棄物法第25条による正しい表記です」と。

少し前に「週末に行われる地元のイベントで近所の貯水池を借りたいのですが...」との依頼があった。本来の所管は建設緑政局の河川課なのだが、それはあくまでも利用の可否を判断するだけの話。依頼主の目的はイベントにおける駐車場の確保とのことで区役所に相談したところ「別なスペースを確保可能出来ました」と上手く調整役を果たしてくれた。

ということで何かと重宝する区役所だが、その割には本庁に比べて評価は低く見られがち。だから区長なども階級は局長級とされていながら定年退職前の一丁上がりポスト的なことが少なくない。それもそのはず、いい人材を局長に抜擢したはいいけれどまず降格はないから定年退職まで局長職を転々とされれば後ろが詰まる。局長ポストに空席がないから...と区役所に追い出されていたりして。

そのへん国は昇級とともに少なくなる役職に合わせて同期は退職。結果、事務次官の下は入庁年次も下ばかりと聞いた。そこに同期や年上が居ればやりづらいもんナ。だから周囲を阻害しない程度に老兵は去ったほうがいい訳で、天下り批判は些か気の毒な気がしないでもないが、さすがに天下り先での退職金はどうかと。

一般的にセンセイの世界では国会議員がエラいとされてきたが、近年は地殻変動か下手な国会議員よりも自治体の首長のほうが目立つ。有する権限は絶大にも関わらず、そこが過小評価されてきたのがこの首長ではないかと思っていて、近年はその株価が急上昇。それと似た構図がこちら...。

区役所には様々な分野の人材が集結するだけに専門性とともに人間性も磨かれる。区役所のある管理職から聞いたんだけど、同部署に配属された中途採用の女性職員、市役所にはもったいない経歴の持ち主らしいのだが、庁内ではあまり歓迎されない後ろ向きな仕事にも意欲が高いのだそうで。それが管理職の功績か本人の自発的意思によるものか、多分「後者」だと思うけどそれを阻害しない管理職の見えない心遣いもありそうで...。区役所での経験が生かされることを期待している。

(平成27年1月11日/1993回)

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2015年1月10日 (土)

御酌

そう、現在の議長の下の名前は「ふみなお」で、私は「なおふみ」。と紛らわしいことありゃしない。各方面の新年会では「市議会を代表して...」などと紹介される回数は圧倒的に向こうが多いのだが、時折、司会者が「なおふみ」と間違えることもあったりして...。

そうか、やっぱり「なおふみ」のほうがインパクトはあるんだナ。数字も2370よりも7023もほうが得票数が多いし、やっぱり「ふみ」は末尾に限る。されど議長ともなれば市長と並ぶ市の顔役の一人。当然のことながら乾杯後は大勢の関係者が酌に群がることになる。

さて、区内で活躍する皆様が一堂に集う麻生区関係諸団体が主催する賀詞交歓会を終えた。私どもセンセイも来賓として黄色いリボンバラを付けて最前列の指定席に通されるような特別待遇。主催者代表の挨拶は各団体の持ち回りにて今年はその一つの会長を務めるおらがセンセイに鉢が回ってきた。当たり年だナ。

その後は区長や警察署長による来賓の挨拶に続き、来賓紹介、鏡開きと続いて元区長の音頭による乾杯となった。乾杯後は暫し歓談となるのだが、ものの数分で蜘蛛の子を散らすように酌に回り始めて、来賓テーブルには私と現職の県議のセンセイのみとなった。ましてや今年は決戦の年だからナ。

一部のセンセイにとっては酌をするというのは大事な行為らしく片っ端から注いで回る。そこに有権者の負託を背負う政治家としての矜持などある訳もなく、そのへんの節操の無さがセンセイの権威を失墜させているのではないかと。そりゃ話し相手のグラス残量が少なければ冷たいビールを注ぐ位の気遣いは必要だが、酌をすることが目的化しているようでどうも好かん。

そのへんさすがに「向こうから注ぎに来て当然」とは思っていないはずだが、現職時代のおらがセンセイは滅多にテーブルを離れなかったと隣の県議が教えてくれた。まぁ御本人も十分な威厳を備えている以上、瓶ビール片手にあちこちをうろちょろしていたのでは格好がつかぬ。しかも、来賓として招かれているほうなのだから...。アイツは酌に来たとか来ないとか、時にそんなことを吹聴されたりもするが、態度が横柄であればまだしも特に粗相があった訳ではないのだからそんな戯言は右から左へ聞き流すことにしていて...。

で、他のセンセイの行動を「じっくり」と遠目に観察しているのだが、やっぱり群がる先はエラい人。多分、それが「票に繋がる」と足を運んでいるようなのだが、でも、今の御時世、右を向くのはおらがセンセイの言葉位のもので、エラい人が右と言えば右を向く時代じゃない。ましてや役職が上になればなるほど特定の候補者を支持する態度は示しにくいもの。よほどの堅物か気骨ある親分肌の人物でもない限りは全方位外交が基本だけに...。

尚且つ、そちらのほうばかり見ていると「アイツ、会長にばかりいい顔しやがって...」との妬みを買いかねない。ならばその他大勢が群がる会長への挨拶は手短に済ませてむしろ会場の隅に寂しく佇む人物に声をかけてみてはどうかと。そのほうがじっくりと話が出来る上にひょっとしたら思わぬ話が聞けるかもしれない。

これもここだけの内緒話だから...。

(平成27年1月10日/1992回)

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2015年1月 9日 (金)

囃子太鼓

恒例のあさお古風七草粥が相変わらずの人気ぶり。長蛇の列の横をすり抜けて最前列に...ってことはないが、途中、支援者が呼び止めてくれる。「おっ、山崎さん!」。そんなところで声がかかるとは人気があるように「見える」だけにこれはうれしい一言。Tさん、ありがとう。

麻生区文化協会の全面的な後押しだけに催しも目白押し。書道家の笠原秋水先生による書き初め披露や羽根つき。が、正月といえばやっぱり...獅子舞にひょっとこと囃子に限る。そんな地元の囃子連のまとめ役Oさんの誘いにより舞台にて太鼓を叩かせてもらうことになった。

大勢の聴衆の前で太鼓を叩けば絶好のアピールになりそうだとの心遣い。「隣の真似をしていれば大丈夫だから...」と相手の半纏を借りたまでは良かったが、ぎこちない演技は囃子というよりもチンドン屋...それも失礼だナ。それでも「門前の小僧習わぬ経を読む」ではないが、隣の太鼓の真似をしていると徐々に慣れてきて...これが結構ハマりそう。

さて、年明けに郷里の母から幻魚(げんぎょ)が届いた。亡父の葬儀に参列した後援会長が帰り際に立ち寄った料理屋で出されたこの「地物」が絶品だったらしく、以来、母が正月に送ってくれるようになった。ししゃも程度の大きさながら姿形は不恰好でとても旨そうには見えないのだが、これが珍味にて特に酒の肴には抜群。

少量ながらも届ければ随分と喜んでいただくのだが、それは義理というもので実際は迷惑になっていないかと妻が懸念していて...。そんな懸念を伝えたのだが、全くそんなことはないと後援会長。仮にそうだとしてもその程度であればご愛嬌で済まされそうだけどこちらは...。

余命何ヶ月と宣告された残りの余生をいかに過ごすか。本人とその御家族の苦悩は計り知れないが、こんな仕事をやっていると「実は妻が癌を患って...」と、そんなケースに遭遇することは少なくない。それもまた運命とは知りつつも奇跡的な回復に期待するばかりだが、抗がん剤治療ともなれば頭髪が抜け落ちて数ヵ月後には別人が如く...。

それが女性ともなれば尚更で見舞いに伺おうにも躊躇してしまうし、御主人にその後の経過を聞くのもどことなく失礼な気がして...。数年前に進行癌と診断されて治療に専念されていたはずの支援者から久々に年賀状が届いた。経過が順調そうで何より。

かと思えば挨拶回りの際に名刺のみで失礼していた御宅があって、久々にインターホンを鳴らせば奥様が玄関口にて迎えてくれた。「ご無沙汰だけど御主人様は御元気ですか?」と尋ねれば、「実は昨年の9月に...」と。知らぬこととは申せ、自らの粗相を詫びつつ「仏前に...」と香典を持参するのだが、支援者の訃報というのはやっぱり寂しいよナ。

(平成27年1月9日/1991回)

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2015年1月 8日 (木)

四季の歌

春を愛する人は~♪で始まる四季の歌(作詞・作曲:荒木とよひさ)。その歌詞が記された色紙を見かけた。歌詞によれば冬を愛する人は「心広き人 根雪を溶かす大地のような僕の母親」だそうで、冬生まれの雪国育ちだから冬には特に思い入れがあるのだが、でもさすがにこの寒さはキツい。

初陣の際は毎日のように立ち続けた朝の駅頭も期数を重ねる毎に億劫...違うか。体力の消耗著しい上に朝の通勤途中にがなりたてられたのではたまったものではない。寒風吹きすさぶ中、「我慢して」立ち続けることで同情を買う作戦もありそうだが、既に4期目に挑戦しようとしているのだからいつまでも「若さ」を売りにしている場合では無さそうで、そのへんは新人候補者に任せて...。

朝からポスターの貼り替え作業に追われていて、既存のものを剥がして貼るのだが、両面テープで「これでもか」って位、強固に貼られているから剥がすのに一苦労。そんな折、バス亭の前にて御婦人が声をかけてくれた。「あら、本人でしょ?」と。こちらは知らずとも向こうは知っていることは少なくない。

これから向かう稽古事の先生も応援して下さっているとのことで、妙齢の女性だけに稽古事が気になって聞いてみたのだが、バレエ教室だそうで。そんなバレエも最近は年配の男性にも人気があるらしく、亀井静香氏にそっくりな方がいらして結構上手いのだとか。ひょっとして私のブログの読者だったりして...と、そんな道端のコミュニケーションってのもいいよナ。

そう、朝の駅頭で知り合った支援者とて少なくないが、駅頭以外にも既存の支援者が知人・友人を紹介して下さることもあって、法律上、投票依頼を目的とした戸別訪問は禁止されているから届いた名簿を頼りに後援会への加入を名目に回るのだが、つい最近いただいた名簿は全て手書きで記されていてその心遣いに頭が下がる。そんなことで後援会のほうは順調なのだが、別なほうがちと不足気味。

一定数の党員確保が公認の条件であって、最低限の資格要件は「何とか」クリアしているものの、市連が「独自に」定めた目標値に届かぬ現職が2名、私以外のもう一人は...内緒。で、あと何人足りぬという督促状が「頻繁に」届くのだが、後援会と違って年会費4千円、家族党員2千円と金銭的な負担が生じるだけに...。

それでもNHKの受信料とか水道料金のように自動引き落としであれば新規加入時の手続きだけで済むのだが、継続時も新聞の集金が如く直接伺う仕組みになっていて、時に国政の不祥事や間が悪い際などは小言の一つも聞かせてもらうことになる。そのへんは甘んじて受けるのだが、不在が重なるとつい...。

そんな折、区内在住の方から入党を希望する故、早速に入党届けと年会費を持参したい旨のメールが届いた。聞けば転勤族にて元々は他支部の党員だったらしいのだが、その後、音沙汰が無かったとか...。これでまた目標に一歩近づいた。

(平成27年1月8日/1990回)

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2015年1月 7日 (水)

百人一首

以前、何かの質問の際に二者択一ではなく同時進行を図るべきとの意味合いで「二兎を追うべきではないか」という表現を入れておいたら「二兎を追うものは一兎をも得ず」との格言があるから訂正されたほうが...と御進講いただいたことがあった。ならば「一石二鳥」ってのはどうか。

「果報は寝て待て」というけれども「蒔かぬ種は生えぬ」ともいう。「善は急げ」と聞くけれども「急がば回れ」との格言もあるし...。で、結局は「みんながいろいろ言うけれど君が選んだそれが答え」という「十人十色」にかけた「住人十色」という歌がNHK「みんなでうたおう」にあって、これがなかなかリズミカルで上手く出来ている。

さて、正月といえばカルタ。子供たちがカルタに夢中でとりわけ「ことわざカルタ」に没頭していたのだが、そんな「ことわざカルタ」も飽きてきたらしく、次なる標的は...百人一首だという。時節柄、書店には百人一首とともに解説書がズラリと並ぶ。いい風潮だよナ。

「ドラえもん」や「ちびまるこちゃん」などの人気キャラクターによる解説本などは子供たちが興味を抱きやすいように上手く工夫されていて、のび太君が読み上げるCD付きの小倉百人一首を購入することになった。

五十音のカルタ以上に枚数が多く、未修得の漢字も含まれるが、小学生向けの国語辞典と解説書を片手に黙々と挑戦していて、そんな日々の成果か何句かを諳(そら)んじることが出来るようになった。好きこそ物の上手なれとは良く言ったもので、それにしても子供たちの記憶力には驚かされる。やっぱり幼児教育って大事だよナ。

百人一首といえば、昨年から県内の小中学校を対象とした五色百人一首大会が開催されていて、栄えある第一回大会の優勝は本市の稲田中学校(多摩区)と聞いた。百人一首や宮中歌会始に象徴されるように皇族・貴族は五・七・五・七・七の和歌(短歌)が主流。

庶民文化の俳句を嗜む程度の知識しか持ち合わせていないから短歌の何たるかは全く分かっちゃいないのだが、昔取った杵柄とばかりに百人一首に挑戦してみても反応はやはり...鈍い。それでもどこかしら記憶には残っているもので懐かしさがこみ上げてくる。

ちなみに娘は持統天皇の「春過ぎて...」の句がお気に入りとのこと。本人は知らぬはずだが、やはり同性の句に惹かれるものかなと思ってみたりもして...。隣にいた息子にも尋ねれば、「せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ・これぞ七草」と諳んじた。おいおい、そりゃ百人一首じゃないけど、確かに五・七・五・七・七の定型。作者は諸説あるものの四辻の左大臣の作とか...。

そう、今日は七草にて麻生区役所前の広場では恒例の「あさお古風七草粥の会」が催される。

(平成27年1月7日/1989回)

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2015年1月 6日 (火)

必勝だるま

時折、新百合ヶ丘エルミロードのレストランフロアを利用するのだが、中でもここの鰻屋がなかなかイケる。他店並みの料金設定だが、味と接客サービスを勘案すれば十分に納得のいく一店。レストラン街の鰻屋でさえもこれだけの味とサービスを実現できるのだから...。

正月早々向こうの母親との食事会。御代はそちらの負担にて某ホテル内の懐石料理店を予約したのだが、金に糸目を付けぬ母親にて勘定は二の次、それでいてそれほど神経質な訳でもないから店にとっては結構な上客だと思うのだが、どうも今回ばかりはサービスが気に召さぬ様子にて...。

途中の粗相が重なって不機嫌な様子はひと目で分かりそうなもんだが、「勘定を先に...」の一言が決定的な一打となった。料理の味と違って接客サービスは店員の気遣い次第で如何様にでもなるだけにそこに気づかぬとなるとまさに看板倒れというもの。店の「のれん」で食べていけると思っちゃったんだろうナ。

さて、仕事始めと申せどもセンセイの仕事始めといえば支援者の御宅回り。されどそれは旧年中に終えた。もう一回?そりゃさすがにしつこいよナ...。ということで昼間からジャージ姿でポスターの貼り替え作業に徹しているのだが、それもそのはず、衆院選で候補者のポスターに貼り替えたまではいいのだが、その後は手つかずの状態になっていて、まさに兵どもが夢の跡。

そうそう、今年は決戦の年。新聞紙上にも統一地方選の展望や各区の情勢分析が掲載されはじめたが、選挙といえば欠かせない必須アイテムが「だるま」。決戦に向けて必勝だるまが事務所に届いた。というか自分で持ち帰ってきただけなのだが、例年、地元の高石神社にて販売される縁起だるまは大変好評。そこでの収益が若手会の活動原資となるだけに各方面への販促に余念が無い。

名入れだるまの注文取りに地元を歩くのだが、狙いはやっぱり...センセイ方。正月の間、その名入りのだるまを特設売り場に飾っておけるのだから大きいほうが宣伝効果も期待できる。尚且つ、収益性も高いことから私なんぞも最大サイズの18号と「勝手に」記入されていて...。それをネタに他のセンセイを口説くもんだから「アイツよりも大きいものを...」と見栄比べ。「サイズが大きければ目立つ上に上位当選は間違いない」などと囃したてようものなら...木に登っちゃうんだろうナ。

されどこちらは事務所の神棚の高さに合わせて修正するから納品時には15号になっていて...。「アイツにだまされた」等々の恨み節が聞こえてくるが、そちらのほうが目立つんだから目くじらを立てずともいいぢゃないかと。「だるまの大きさを競い合っているような奴等は小者だ」と豪語しておいたのだが、そんな戯言どこ吹く風と既に来年の注文書まで「勝手に」作られているらしく、おいおい来年は選挙の年じゃないから...。

そう、だるまにも種類があって例年の仕入れ先のだるまは相州だるま。相州だるまは顔が幾分か穏やかで「福」だるまには違いないが、必勝だるまといえば豪快な髭と眉毛が特徴の高崎だるまだそうで。神社仲間が私の為に特別に高崎だるまを仕入れてくれた。確かに立派な面構えでコイツは強そうだぞ。

(平成27年1月6日/1988回)

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2015年1月 5日 (月)

「お」受験

さて、仕事始め。この正月は暦上、とりわけ休暇が長かったことから年末年始を海外で過ごした方も多かったのではないかと。「井の中の蛙...」って格言の通り海を渡れば様々なことに気づかされる。年末年始の海外旅行とは無縁のわが家だが、昨年上映されて大きな反響を呼んだドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」が数日前にテレビ放送され、子供たちが番組に没頭していたと妻に聞いた。

数々の危険が潜むサバンナや断崖絶壁の山道を数時間もかけて学校に通う子供たち。教科書も隣の生徒と共用だが、授業に臨む姿勢は真剣そのもの。自らの夢を叶える為には学ばなければならない、その為には命懸けでも学校に行く。海外には本人が望もうとも満足に教育を受けることが出来ない子供たちが大勢居て、何不自由なく無償で教育を受けることが出来ることがどれだけ恵まれているか。そんな恵まれた機会を最大限に活かさねば...。

私の選挙区は市内でも富裕層の占める割合が高く、それが区のイメージにも繋がっているのだが、上流階級というのはまたそれはそれで嫌味なもの。資産とか収入の多寡でしか人を評価できない方々もいるらしく長屋の傘張り浪人こと亀井静香氏の著書に好感を抱いている私には不向きな選挙区かもしれぬ。

そんな選挙区の中でもとりわけ気高い方々が多く住んでいる新百合ヶ丘駅周辺には進学塾が乱立し、夜は子供の進学塾の迎えと思しき保護者の車がズラリと並ぶ。そんなに過保護で大丈夫か...と心配してみるのだが、向こうにとっては大きな御世話だったりして...。

中学受験で私立に通わせたくとも学費が...。親の収入格差が子供の学力格差に結びつくのはけしからんと叫んでみても「格差」こそ成長の原動力。子供の学力格差の元凶を親の収入格差のみに求めるのはちと飛躍が過ぎぬか。が、大人と違って子供たちは将来の可能性を秘めていて、その資質を開花させる為にも初等教育の機会だけは均等に近いに限る。

一般的に格差を縮めるには上を叩くか、下を上げるか。「格差」是正の急先鋒は上を叩くことに余念が無いが、むしろ、万人の平等を唱える共産主義こそが社会の堕落を招く諸悪の根源であって、機会の平等ならばまだしも結果の平等にこだわり続けるその思想は時代遅れそのもの。やろうがやるまいが結果が同じであれば社会は堕落する。それは既に歴史が証明しているところであって、やはり挑戦したもの、努力したものが報われる社会でなければいかんよナ。

ならば下を上げる為に何を為すべきか。一にも二にも教育、中でも公教育の充実こそが国家の隆盛の鍵を握る。中学受験は親の方針ということもあるけれど、少なくとも義務教育課程においてはそんな高い学費を払わずとも私立に負けない教育水準を公立に期待していて...。公立小学校の教師に課せられた責任は重い。

今年も市内某小学校の校長先生から年賀状が届き、「子供たちの将来の為にも御活躍に期待しています」と返事を記した。

(平成27年1月5日/1987回)

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2015年1月 4日 (日)

厄払い

ラグビーシーズン到来。が、不本意ながらもそこに母校の姿は無かった。紫紺のジャージがトレードマークの明治は全日本大学選手権の常連校だったはずだが...。明治ラグビーといえばこの御仁なくしては語れない。「前へ」をモットーにひたすら力でねじ伏せる重戦車こそ明治ラグビーの真髄であって、その礎を築いたのが故北島忠治監督。ちなみに私とは同郷、新潟県上越市の御出身となる。

が、近年は低迷するラグビーをよそ目に駅伝が好調。今年で91回目を迎える箱根駅伝。第2回大会の初優勝を皮切りに計7回の優勝回数を誇る明治は知る人ぞ知る駅伝の古豪。それがちょうど十年前位から復調の兆しが見え始め、ここ数年は上位、そして、今年の下馬評では箱根駅伝は「5強」に数えられるほどに成長を遂げた。

そんな古豪明治の復活の立役者はこの人ではなかろうかと。校友会では本市在住の競争部部長の松本穣氏(商学部教授)の話を伺うのが恒例になっていて、その楽屋話は大好評。公職選挙法では相手のご馳走になる分には咎めはないが、逆に相手を飲み食いさせると有権者買収にて即アウト。

まぁ「飲み食い」というのはそれだけ効果があるという裏返しなのだが、同氏も競走部の部長をやる前は学生に「御飯」を食べさせることばかりが大好きな無趣味な男であって、就任後も学生たちと数えきれないほど寝食をともにしてきたと語る。やっぱり寝食って大事なんだナ。以来競争部とともに20年、今年は同氏の定年退職の年にあたることから悲願の優勝を期待していたのだが...。

そうそう、三が日のだるま売りを終えた。最終日などは関係者の欠員が目立つ。その数名がインフルエンザと診断されたらしいのだが、今にして思えばやっぱり昨年の大晦日の一件。結局は「ゆく年くる年」に間に合わぬ帰宅となったのだが、その直前に着信があって、多分、誰かがこのブログで「内緒にしていた」オイラのことを会長にチクリやがったんだと思うんだが、そんなバカ騒ぎなどせずに体調を整えておけば...。でも、インフルエンザは風邪と違ってウイルス性だから家に帰れば治るものでもないからナ。

そう、神社といえば去年は本厄だったことに気付いたのが年度途中。厄払いなどせずともつつがない一年を終えたのだが、後厄の今年こそ厄払いを...と関係者に告げればそりゃ一日でも早いほうがいいぞと。やっていただいたまではよかったが、帰宅時に御神札を自宅の棚に飾れば「今日は仏滅よ」と妻が一言。まぁやらぬよりはましか。

そんな大晦日の療養が奏功してか元日から体調良好にてジョギングを始動させた。舞い散る粉雪に吹雪の中を通学した少年時代を思い出す。一夜にして1m以上は積雪があるから腰位まで埋まる雪の中を掻き分けて通うんだから足腰も鍛えられる訳で...。3月のフルマラソンが迫ってきた。

(平成27年1月4日/1986回)

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2015年1月 3日 (土)

年賀状

三が日の夜は予定がない分、夕方以降は比較的のんびりと過ごすことが出来るのだが、元日などは帰宅後に正月特番を見ながら届いた年賀状に目を通すのが慣例になっている。

それにしても在京キー局の正月番組。さすがに元旦早々から政治討論もどうかとは思うが、それにしてもあの番組レベルの低さは国民の堕落を狙った勢力、もしや他国の陰謀ではないのかなどと...偏屈な性格だから。ということで、番組も限られるのだが、NHKの「着信御礼!ケータイ大喜利」が妻のお薦め番組の一つらしく、正月特番を見ることになった。

「大喜利」とは題に応じた面白い回答を競いあう演芸であって、生放送中に出題される大喜利の答えを視聴者がケータイから送信することにより競う視聴者参加型のお笑い番組。この視聴者参加型ってのがミソで相撲の番付と同様にルーキーと呼ばれる初心者から徐々に昇進を重ね、点数を稼ぐとレジェンドと呼ばれる横綱格まで昇進が可能。

中でも当日のゲストの一人、蛭子さんをテーマにした出題「海岸から初日の出の生中継。レポーターの蛭子さんがニヤニヤ、何と言った?」。その回答の一つに「イーピンみたいな太陽だなぁ~」って。これは麻雀やらない人には分からないけど「イーピン」ってのは真ん中に月餅みたいなのが一つ描かれている牌。蛭子さんの麻雀好きは有名だが、初日の太陽を見て「イーピン」とは本人の特徴を上手く掴んでいる。

そう、堕落といえば...。こんな仕事をしていると各方面からまさに「義理」と思しき年賀状が数多く届く。最近はパソコンの普及に伴い凝ったデザインの編集が可能になったが、宛名とて毛筆らしき自動印刷に裏面もそのままの内容ではどうもそっけないような気がして...。

公職選挙法によれば政治家が選挙区内の人に年賀状を送ることは答礼の為の自筆によるものを除き禁止されている。禁止の理由は当選くじが寄付行為に該当するとかそんな話だったかと思うが、あくまでも選挙区内の有権者に限った話であって、親戚や友人関係、区外の支援者であればと結構な枚数の年賀状を出していたのだが...。

理由は前述の通りであって、裏面に丁寧な一筆でも添えられればいいけれど、師走とあってはそこまでの余裕もないことから、かえって相手に失礼ではないかと。ならば、年度途中にでも心を込めて自筆で記したほうが...。

自筆といえば事務所の神棚には一通の手紙が置かれていて、その手紙の主は地元の支援者のKさん。筆まめで達筆なKさん、前回の選挙の際に必勝の御神札とともに届いたその手紙には晴れの出陣を迎えたことへの祝辞が丁重な筆で記されていて...。そんな心のこもった自筆の手紙って捨てれないんだよナ。

(平成27年1月3日/1985回)

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2015年1月 2日 (金)

股引

風呂上りに隣で着替えていた長老がつぶやいた。「昔は履いていなかったんだが、今は手放せない」と。そう、「股引(ももひき)」といえばとりわけ年配者が好むとされるわが国の伝統的下着。かく言う私も「股引(ももひき)」派の一人。もうオッサンだナ。でも白じゃない...くどいか。

それもそのはず、人目につく冬の駅頭時などには上に羽織る防寒具よりも下着類を厚手にすることで対応すべしとされていることから「股引」と「あったかTシャツ」は必須のアイテム。ヒートテック?いやいや、私のはNASAが開発した繊維を使ったTシャツ1枚5千円。NASAだよNASA。

さて、おらが後援会長、昨年の年末商戦で石油ストーブを購入されたと聞いた。床暖房にエアコン完備の御自宅に何を今さら...と尋ねれば災害時の備えらしく。そういえば、昨年もどこぞの大雪の際などIP電話なる代物は役に立たなかったと聞いたナ。

確かに床暖房にしてもエアコンにしても停電などで電源を喪失してしまえば役に立たぬ。が、石油ストーブは灯油さえ確保しておけばマッチ1本で暖を取ることが出来る。当方の事務所も石油ストーブが暖房の主力。その上にやかんを置けばもう立派な...ただ灯油を補充するときは冷たくてね。

そうそう、地元の重鎮、昭和一桁生まれのTさんは娘さんから杖をプレゼントされたのだそうで。そんな杖をついて近所の神社に顔を見せたら管理人から笑われてしまった上に、帰り際に杖を忘れて二度往復したとか...。「転ばぬ先の何とかって言うからな。あくまでも保険だ、保険。ハッハッハッ」と上機嫌なTさん。杖を忘れるとは健脚の証拠か。

「くだらん会合に現(うつつ)を抜かしている暇があったら地元を歩かねばならんぞ」と過去に教わったが、この年末は随分と地元を歩いたナ。とりわけ膝元ともなれば数軒単位となるだけに車よりも断然早いし、いろんなことに気づかせてくれる。

そこに聞こえてきたのは国会議員のセンセイのマイク。室内に居ても耳に届くから何とも効率的でアピール性は十分。尚且つ、「昨日、あの方回っていたわね」なんて奥様方の噂話にでもなれば「何てマメなセンセイなんだろう」と地元の評判にも...。そんな口コミ効果こそ相手の真の狙いであって、それは選挙の王道だけどやはり地べたを歩いて回るってことこそ意義があるんじゃないか...いや、ないかもしれぬが、まぁ政治「屋」じゃないからナ。

道ですれ違う通行人と挨拶を交わしながら回るのだが、途中、ヤンチャな若者と目が合って「よい年を...」と告げたら「がんばって下さい」との返事。「ありがとう」と近寄って握手を交わせば「山崎さんですよね。ポスターで知ってます」と。うん、近頃の若者はなかなか出来ていてよろしい。かと思えば、買い物帰りの老婦人と世間話をしながら坂道を上がる。坂上で息を切らしていないとはなかなか達者じゃないか。

ただでさえお高くとまりがちな稼業なだけにやはり市民目線でなくてはならぬと。

(平成27年1月2日/1984回)

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2015年1月 1日 (木)

決戦の年

さて、新年。どうもそっけないナ。今年は「とりわけ」選挙の年でもあるから丁重な御挨拶を申し上げたほうが「票」に...いやいや媚びるのは好かん。えっ媚びていない?そうか。

おかげさまでこのブログも2千回に向けてカウントダウン。「ブログいいですね」と「よく」声をかけられるのだが、「異議」も「意義」もほとんど無さそうな内容だから2千回に合わせてタイトルを見直そうかと思案していて...。

少し前に聞いた話。60歳定年時にマイホームと2千7百万円の貯金があれば人生安泰というか老後もそれなりの生活が送れるらしいんだけど、その為に慎ましい生活でせっせと貯め込んでも「そんな時に限って...」という事例には事欠かない。

やっぱり「今」を謳歌しなきゃ。ということで「人生キリギリス」ってのはどうか。

(平成27年元旦/1983回)

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