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2014年12月 7日 (日)

師弟

結果的に良かったかも...。仮に当選していれば今日がNAHAマラソン当日。やっぱり選挙中は気がひけるから先週の熊野古道で良かったナと。そんな折、柿生の重鎮、元川崎市議会議長の小島一也先生の訃報を聞いた。

郷土の歴史書を自ら編纂する上に地元の公立中学校の中に郷土史料館まで作っちゃうのだからその郷土愛を窺い知るには十分。話がちと長いのが玉に瑕で、個人演説会の弁士など依頼しようものなら...途中で後援会の元幹部の方々がバツ印の合図を送るのだが、どこ吹く風と終わる気配が全く無い。

隣村の押しも押されぬ名士だけに当時は柿生村総出の選挙戦。対するおらがセンセイの陣営は生田村なのだが、生田村は隣の区と半分になっちゃったから村の総出といえども柿生村に敵うはずもなく...。尚且つ、自らの裏山を開拓して作った日本最大の幼稚園、柿の実幼稚園の理事長とあっては保護者票が上乗せされて毎回のトップ当選。おらがセンセイとともに表彰台にワンツーフィニッシュ。

その地盤を継いだ二人の順位が燻っているのは何とも情けない限りで自らの力量不足を恥じているのだが、その愛弟子となる尾作均氏が逝去された翌日、登庁前の朝9時14分に一也先生からの伝言が残っていた。「宜しく頼みます」と、そのへんの気遣いには本当に頭が下がる。自分だけのことであれば適当にこなすのだが、代表質問然り他人様の期待を背負うとなると150%位の力を出さねばと。こう見えて責任感「だけ」は強いんだよナ(笑)。

まさに人生の番狂わせ、「私も棺桶に片足を突っ込んでいたけど、均君がこんなことになってしまって(後継を何とかせねば)死にきれんよ」と。昭和2年生まれの先生は仙人が如き小柄でやせ細った体躯なのだが、後継候補の擁立に東奔西走、地元候補が代々地盤を継いできた土地柄だけに今回も地元からの擁立を画策されたのだが、意中の候補者にも固辞されてしまったらしく、「山崎さん、夢破れちゃったよ」と語られた笑顔が最後となった。さりとて、その後継候補の資質に不足などあるはずもなく、紆余曲折の上にも何とか擁立出来たことを見届けるように逝かれた。

そうそう、私が尾作均氏の最後の見舞いに訪ねた際に「アンタが逝くのは勝手だが、後継候補だけは何とかしてもらわねば困る」ということ「だけ」伝えに行ったはずなのだが、結局は柿生の名士S家の家紋と熊野信仰の話が最後で何でそんな他人様の家の事情まで知っているんだと改めて驚かされたもんナ。

死期が迫った当人を憐れんでも双方に気分が滅入るだけだから最後まで周囲から冷やかされていた尾作均センセイ。「金銭の類は向こうまで持っていけないからパッと使っちゃったほうが...」とか言いたい放題の周囲に対して、「私があの世に行ったらオマエらを釣り上げるからな」と。それって本人は軽い冗談なんだろうけどこちらには随分重くのしかかりそうで...。まさか釣り上げた訳ではないと思うが、一也先生の話相手が務まるのは尾作センセイ位しかおらんよ。

(平成26年12月7日/1958回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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