なおログ[Blog]

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月

2014年10月31日 (金)

キャッチアイ

既に末期がんと診断されていたはずだが、抗がん剤治療の合間を縫っての撮影会。そして、私の当選を見届けるように天国に逝かれたHさん。奥様に抱きかかえられつつ届けて下さったワインと当時の撮影時に教えてくれた「絶対に歯を見せる位の笑顔がいいよ」とのアドバイスが忘れられない。

天下無双の福耳に広い額は知性の証。決して頭髪が薄くなってきた訳ではないが、人相は悪くないはず。自分で言うな。ということで昨日に続き、今日もこちらの話題。

弁士型ポスターが任期満了の6ヶ月前ならばこちらは選挙告示日の6ヶ月以内との制限。そう、選挙の本番用のポスターの写真撮影を終えた。厳密にいえば選挙公報に掲載する写真の規定なのだが、選挙公報の写真とポスターの写真は同一のものが利用されることがほとんど。が、故にポスターの写真は必然的に選挙期日の6ヶ月以内となる。が、候補者の中にはどう見ても6ヶ月以内じゃなさそうな、いや、それ以上に本人とは随分とかけ離れた写真も...。

ポスターか実物か。本人を見て拍子抜けされるようではちと情けない。勿論、実物がいいに限るが、大半の方は実物を見ずにポスターで判断する訳で...何とかいい写真をと。写真写りが悪いのは性格が捻くれているせいではないかなどと勝手に悩んでみたりもするのだが、所詮は実物以上にならないのだから仕方がないよナ...いやいや、最近は画像の加工技術が進んで写真も変幻自在なんだそうだ。

黒い瞳に写る白い点、目に写り込んだ光をキャッチアイ(キャッ「ツ」アイじゃないよ。古いか?)なんていうらしいけど、プロはそのキャッチアイまでこだわりを見せるそうで。どうりで最近は芸能人にべっぴんさんが多いわけだと大番頭。2週間前に撮影してもらった何枚かを事務所に飾っておいたのだが、これが話題のネタになっていて...。

事務所にて歯に絹着せぬ物言いが評判の御婦人とばったり。ネクタイが地味、ということ以外にどうやら髪型が御気に召さないらしく、「銀座の写真館に行けば撮影も3万円でやってくれるわよ。ねぇ?」と隣の娘に相槌を求める。そうか、やっぱり「銀座」か...。「それって30年前の話では...」と余計な一言をぶつけてしまったのだが、確かに私も髪型は気になっていたんだよナ。

散髪後スグはとっつぁん坊やみたいにぎこちなくなるから多少なじんだ頃に撮影に臨んだはずなのだが、髪のボリューム感が乏しい。ということで2回目の撮影は行きつけの理髪店の店主にセットを依頼。さすが餅は餅屋。ヘアメイクだけでも随分変わる。髪型はバッチリだけど表情が優れなかったらどうしよう...などと思案していたらカメラマンが一言。「髪型も差し替えが可能ですから」と。

見たくない顔だと思うけど乞うご期待を。

(平成26年10月31日/1921回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月30日 (木)

助っ人

俄かに信じがたいが、「金銭絡み」を除けば文書注意までで実際に逮捕されることはないなどと噂されていて、事実、それを逆手にとって何でもアリとばかりに活動を続ける候補者もいるが、そんなタカを括った態度こそが相手を挑発していることに気づいていない。有権者はそんな事実は知らんかもしれないが違反は違反であって、後援会の沽券に関わることだけにそんなだらしないことは絶対にしちゃイカン、とおらがセンセイの目が光る。

巷にあふれるポスターは選挙が近づいてきたことの証。犬のしょんべんが如くここはわが陣営のシマだとの示威行為に近い、多く見かければ何か人気がありそうに見えるが、現職と新人を含めて候補者の中でもポスターの枚数がダントツに多いこと「だけ」が自慢で...。

自民党神奈川県連から-政治活動用ポスターの掲示期間-と題した文書が届いた。勿論、目立つのは候補者単独のポスターだが、任期満了の6ヶ月前以後は弁士を2人以上掲載した弁士型ポスターへの移行を迫られる。任期満了日は来年の5月2日だから本年の11月2日迄には張り替え作業を終わらせねばならず焦っている。後援会の幹部の皆様方に協力していただくものの、それ以外は私自身が夜ナ夜ナこっそりと貼り替えていたのだが、今回は強力な助っ人が...。

候補者単独の個人ポスターは本人の宣伝が目的だが、弁士型ポスターはあくまでも演説会の宣伝告知が目的となる点が大きな違い。だから弁士型ポスターには必ず演説会の日時と場所が記載されているのだが、それはあくまでも名目にすぎないから「小さく」記されていることが多く、その演説会の告知以上にやはり本命は候補者の氏名をいかに売り込むか、その為にまずはポスター自体の注目度を高めなければならぬ。

ということでもう一人の弁士に全国的な知名度の高い人物を添えることが出来れば世間の耳目が集まるはずと弁士が画策されることになる。かつては党の公認を得ている以上、総裁を含む党の要職にある人物などを添えることが多かった。が、そんな多忙な方々が実際に演説会に来れるはずもなく。実際に会場はキチンと予約はしてあるのだが、当日はキャンセル扱いになったりもして...。

しかも、演説会は選挙後のそれなりの期間が経過した日時であることが多く、選挙本番前には弁士型ポスターは全て撤去させられることから日時までは記憶に残りにくい。そんな事情も踏まえつつ、相手の弁士を探すことになるのだが、全国的な知名度は「低い」ながらも地元に代議士がいる以上、別な人物では代議士の顔に泥を塗るようなもので大変失礼ではないか、といち早く当人を選ばせていただいた。

その秘書が日夜貼り替え作業に徹して下さっていて、他に専念出来るから随分と助かっている。

(平成26年10月30日/1920回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月29日 (水)

満員電車

朝の通勤混雑はJR南武線も同じ。されど南武線の登戸駅は折り返し駅だから数本待てば始発に乗れる。が、小田急線は...。小田急百合ヶ丘-登戸間であればまだしも、新宿までとなるとさすがにキツかった。十年前まではこれで毎日新宿まで通勤していたはずなのだが、当時に比べて「更に」混雑感が増していないか。

これじゃあ鬱憤が募るのも当然で多分そんな不快感が政治への不満を「増幅」させているんだろうナ。私もその一人なのだが、やっぱり都会に人が住み過ぎなのかも...。数日前のブログじゃないけど地方の人材の流出が止まらない。それが税収減に繋がり、更なる緊縮財政が地方の活力をそぎ落とす負のスパイラル。「地方創生」で均衡ある国土の発展とは言わぬが、不均衡な国土の是正位は期待できぬものかと。

これだけ人が移り住んでくると何かと不都合な面も少なくないが、一方において、その分の税収が上がる訳だから更に利便性が高く快適なまちづくりを進める為にもその税収を何とか有効に使えぬものかと思案していて...。今回の決算審査特別委員会の際に新百合ヶ丘駅周辺の開発によりどれだけの税収が伸びたかについて報告を求めておいたのだが、ようやく調査結果の資料が届いた。

市民税と並び本市の税収の根幹を支える固定資産税(都市計画税含む)については、新百合ヶ丘駅北口周辺の開発、いわゆる万福寺土地区画整理事業の施行前後における税収の比較によれば、土地と家屋を併せた税収は施行前の3千5百万円に対して、施行後は6億2千3百万円と約18倍。金額にして約5億9千万円の増収となる。

その対価が36.9haの森林の喪失なのだが、それをどう捉えるかは判断の分かれるところ。というよりも大半は民地な訳で地権者からすれば大きな御世話だったりも...。近年は区内の貴重な緑が失われつつあることに対して懸念の声が聞こえてくるが、周囲の開発同様に当人の住居とて自然破壊の上に成り立っていることを鑑みれば些か虫の良すぎる話ではないかと思えなくもない。

さりとて、将来の子供たちの為に良好な住環境を残す責務も果たさねばならず、そのへんにどう折り合いを付けるかが手腕の問われるところ。そんな緑地を何とか維持しようと市も様々な手立てを講じてはいるのだが、一方で市の管理下にある公園や緑地の中にも手つかずな場所が残っていて、「どこぞの公園に雑草が生い茂っている」との苦情は少なくない。そんなことから各地に「公園管理運営協議会」等を立ち上げ、下草刈りや植樹、花壇の整備等々の自発的な緑地保全作業が行われている。

私の事務所の近隣に高石特別緑地なる保全地区があって、こちらは「麻生区里山ボランティアの会」のみなさんが定期的に手入れを行っていただいているのだが、作業時に不自由するのはトイレと休憩所だそうで、「当方の事務所を借りれぬか」と打診をいただいた。勿論、快諾させていただいたのだが、そんな団体の活動って中々知られていないんだよナ。

(平成26年10月29日/1919回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月28日 (火)

色鳥

俳句の題材には欠かない季節。過日に訪れた函館の紅葉を「濃淡の色めく木々や八幡坂」と詠んで今月の句会に投句した。

「色めく木々」を季語に仕立てたつもりだったが、「季語なし」とあって「濃淡の色めく木々や秋日和」に訂正いただいた。秋に渡って来る小鳥、特に羽の色の美しい小鳥を「色鳥」というらしく、今月の兼題はその「色鳥」。「色鳥も鎮守の森に宮参り」と詠んだ句が先生の選となった。

七五三に合わせて鎮守の社は地元の方が奉納する菊花で彩られるが、そんな村の氏神様に仕える若手仲間の会議が催され、秋の例大祭の反省から年末年始の諸行事について協議されることになった。中でも正月に販売する縁起だるまの受注獲得に向けて作成される候補者リストには私の名前も含まれていて、それは例年のことだけに結構なのだが、何やら様子がおかしい。

例年の注文は「家内安全」10号のはずなのだが、今回は「必勝祈願」18号。そうか、来年は選挙か...。備考欄には「平成26年1月確約済み」とあるのだが、そんな約束してたかな?間違いなく「した」のだそうで...。数年前なんかは選挙の年じゃないのに願掛けは「必勝祈願」となっていて、それが前面からは見えないもんだから「家内安全」を願って日々拝んでいたのだが、気づいたのは翌年の目入れ時。つつがない一年だったのが幸いだった(笑)。

そう、時折、事務所に立ち寄って下さる御婦人がいらして、いつも便箋に一筆添えた手紙を残して下さるのだが、ご案内をいただいた秋の講演会に伺った。ファミリー講演会を題したその講演会では何名かの子供たちが将来の夢を発表するのだが、宇宙飛行士に漫画家、パティシエなんてのもあって、ほのぼのとした気分にさせられる。そんな夢に向かって挑戦を続ける若者を応援したいと思っていて...。

イチオシの若手指揮者、中島章博氏が指揮を振るコンサートに顔を出した。曲目はブラームスの交響曲第2番だが、ブラームスの交響曲全4曲はどれもお薦め。楽団は千葉県市原市を拠点に活動を続けるアマオケの市原フィルハーモニー管弦楽団。

クラシックコンサートは当日の晴れ舞台が注目を浴びやすいが、その成否は9割方が事前のリハーサルで決まるとされている。つまりは指揮者の仕事もそのリハーサルにおいていかに完成度の高いものに仕上げるかが勝負。突然招聘されて見ず知らずの面々をまとめ上げていくのは並大抵のことではない。ましてやベテランの楽団員相手に三十路そこそこの若者が挑むのである。

今や世界的な指揮者に上り詰めた佐渡裕氏によれば日本の指揮法はあらかじめ型が決まっていて、コンサートでも寸分狂わぬ正確な指揮が評価されやすいが、そこは指揮の本質ではないと。音楽は人を感動させるものだけに教科書以上にその殻を打ち破る何かが必要であって、異色の経歴を有する同氏の演奏は聴衆を魅了するに十分。機会があればぜひ。

(平成26年10月28日/1918回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月27日 (月)

マルシェ

さて、年度内の条例策定を目指すべく奔走中の空き家対策PT。次なる目標は及び腰の方々にもまずは実態と現行の課題を知ってもらおうとそちらの権威を招いての勉強会。対象者は勿論、会派を問わず全員。ということで事務局が調整を図っているのだが、今般、ある情報提供をいただいた。

都市住宅学会なる公益社団法人が主催する「空き家問題の本質と適正管理・事業化・地域活性」と題したシンポジウム。上智大学法科大学院の北村喜宣教授がコーディネーター。あくまでも「ご参考までに」と記されているが、「ご参考までに」ってのは役所用語で「出席せよ」ってことだから...違うか。

会場は上智大学キャンパス内となるだけに片道1時間の往復はキツい。そんな忙しいセンセイ方の為に...という訳ではないと思うが、インターネットによる生中継もあるそうで、そちらに期待していたのだが、そんな時に限って「おい、山崎君、急ぎの使いで…」とおらがセンセイ。御用聞きってのはつらい立場なんだよナ。「いつでも」「どこでも」「誰でも」が時代のキーワード。「いつでも」見れる録画放送があれば尚結構だったか、さて...。

「市場」と言えばいわゆる「やっちゃば」を連想しがちだが、「マルシェ」と言われれば南欧の朝市、あの風景が思い浮かぶ。フランス語というか言葉の持つ魔力は不思議。それにいまやブランド化された「しんゆり」でも付けようものなら...「しんゆりマルシェ」の宣伝を見かけた。

その趣旨には「【新百合ヶ丘】に暮し訪れる人々の生活が芸術を触れて心を豊かにし、周りでとれる食材、地域のお店が作る食べ物で身体が満たし、幼い子供からお年寄りまでの多世代の人々が、集い交わり、山百合の花言葉にある「生の楽しみ」を感じる場所とする」と。う~ん、「旧」百合ヶ丘在住者としては些か複雑な心境を抱きつつも、やっぱり気になる「マルシェ」に。

多くの方で賑わいを見せる会場にひと際目立つのぼり旗。われらがJAブースはこじんまりしていてちと拍子抜けしてしまったのだが、それもそのはず、地元農家が結成する柿生野菜生産者直売所が独自のブースを開設されていて、「小松菜2束に玉ねぎ1袋、あとは...」と。

そうそう、今年は禅寺丸柿キャラクター「かきまるくん」もお目見え。そして、その「かきまるくん」がもう一人。長野県下伊那郡高森町のご当地キャラも「かきまるくん」だそうで、正確にはそちらは漢字で「柿丸くん」。信州飯田・下伊那地域は甘柿栽培の北限地とされていて、以北は渋柿が主流。そんな渋柿とて干し柿にすれば、甘みに加えて栄養価も抜群。

家の軒先につるされた「柿すだれ」は高森町の秋の風物詩、「市田柿」発祥の里がこちらになるそうで、今回はそんな「柿」繋がりに高森町からも出店をいただいた。セコいセンセイからすれば「票にもならぬ」となりそうだが、遠路この本市を訪ねていただいた以上、売れ残りは許されない。御当地の特産品を購入させていただいた。「柿」が結ぶ両市の交流っていいよナ。

(平成26年10月27日/1917回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月26日 (日)

自腹

小中学校の同級生ってのはいわゆる「幼なじみ」だが、会社の同期入社となればまたひと味違った間柄、それも新卒時ともなれば何か特別な縁で結ばれた生涯の友人のような気がしないでもないが、新卒時の同期入社のRさんが退職後、米国暮らしを続けていて久々に帰国することになった、と私「だけ」にメールをいただいた。

十数年来の再会となるだけに「三ツ星の高級フレンチでも...」と浮かれていたのだが、他の仲間「にも」会いたいということらしく、古巣の飲み会を企画することになった。それが主催者の「顔」か本人の人気の高さか、私の個人演説会よりも多いんぢゃないかと思われる人数の仲間が集った。ちなみにそういう時に集まる仲間は今が順調な方々。どうしても近況を訊かれたりするもんだからちょうど人生の挫折期だったりすると欠席になりがち。

それだけに欠席者の動向が余計に気になってしまうのだが、その一人に私の元上司が含まれる。とにかく真面目で律儀な性格だから人一倍モーレツに働くのだが、付き合わされるほうはたまったものではない。「嫌なら辞めろ」と額に書いてありそうな鬼軍曹が突発性難聴にて療養中と聞いた。ストレスだよ、ストレス。やっぱり「優秀な」部下がいるとか息抜きってもんが必要なんだよナ。そうそう、息抜きといえば...。

自分の妻にも花なんて買って帰ったことはないんだけど、Rさんには特別に...と青山にある「とっておき」の店に立ち寄った。仕事もその位マメだといいのだが...。で、私が思うにその贈り物のセンス以上にそれを渡せる相手若しくはもらえる相手がいるってのがいいよナと。電車などでも花束を持った人が居ればそれを祝ってくれる友達がいるって証だからそれ自体が幸せなことであって、そんなハレの日に居合わせるとこちらまで何か幸せな気分にさせてくれる気がしない?。そう、物事の見方って不思議。

で、その話になるんだけど、例の領収書。「就任後の一両日で何故あんなことが分かるんだ?」とある方から質問を受けた。収支報告書は各都道府県の選挙管理委員会にて保管されていて、昔は閲覧時に煩雑な手続きが必要だったのだが、最近は「全て」ネット上で公開されている。つまりは私の収支報告書「さえ」もいつでも誰でも閲覧が可能で、誰から幾ら寄付を受けているかは一目瞭然。勿論、領収書も然り。

そりゃ趣味の世界だからとやかく言うつもりもないけど、でも、収支報告書に領収書が貼られているってことはそれを経理処理しようとした訳で...。仮に後援会の幹部の方の「執拗な」依頼で、と秘書が御一緒したことがあったかもしれないが、ならば代議士に事情を説明した上で直接渡して「自腹」で払ってもらうとか。とにかく遊びのカネは「自腹」でなきゃ。

まぁ本人は証言通りに行っていないんだろうけど、そのイメージは付きまとう。たかだか1万5千円ぽっちであれだけのイメージダウンという代償はあまりにも大き過ぎる。今日も下品な話題でスマン。

(平成26年10月26日/1916回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月25日 (土)

初任給以下

社会人時代に「遊びが過ぎた翌日こそ早朝から仕事をすべし」と教わったのだが、夜遊び仲間からの最後の着信が明け方4時45分だった。

それらしき資料に目を通そうにも寝不足に二日酔いとあってはただひたすらに終業時間を待つ窓際族に同じ。ならば...と早朝からジョギングにて汗を流して仕事に臨むことになった。前夜のアルコールが抜ける上に脳が活性化されるからシャキっとして一日をスタート出来る。それが夕方まで持続できればいいのだが、不本意にもそこまでの持久力はなく昼食後はうとうとと...居眠り。これが何とも心地いいんだよなぁ。

そうそう、ジョギングに駆り立てられる動機はそれだけではない。迫り来るマラソンシーズン。とにかく走るのが好きな連中にてこの10月はそのイベントで盛り上がる。ネットに事前登録の上、その走行距離を参加者が競い合うオクトバーランはまさに今月だけの限定イベント。

昨年まではジョギング仲間が個人対抗で競い合っていたのだが、今年は5人1組のチーム対抗戦。それが毎週のようにAチームは何kmでBチームはどうだとかメールが飛び交う。その距離がハンパではなく、1週間の走行距離が200kmなんてのはざら。ってことは1人40kmってことでしょ?。ちなみにチームの足手まといになりそうな私は不参加。そんなメールにはメンバーが挑戦したマラソン大会の報告も記されていて興味深く読んでいるのだが、最近も100kmの四万十川ウルトラマラソンに2名が挑戦。

「未だ夜も明けきらぬ早朝5時半に太鼓の音と松明に見送られてスタート、沿道には1m間隔でローソクカンテラが並べられ、あたかも戦時中の滑走路の様」と。駆り立てられるよな~。Yさんは13時間40分で完走、Iさんは85km地点にてタイムアウトだったというが、15km地点で標高200m、20km地点では標高600mってどういうコースなんだと。この冬の出場レースに50kmの部門があったのだが、42.195km以上の距離は未体験ゾーンだけにビビって30kmの部にエントリーしてしまっているようではまだまだか。

そういえば最近のニュースに「地方創生」に向けて担当大臣から5原則が公表された。地域に新たな人の流れを呼び込む為、必要な人材の育成や雇用の創出に繋がる取り組みを重視すると。やっぱり人材なんだよナ。役所は法律の枠内でしか動けないだけに田舎において「こそ」従来の既成概念を打破できる柔軟な発想を持ったセンセイこそ必要なんじゃないかと思っていて...。

来年の統一地方選に合わせるかのように政務活動費を巡る報道が目立つが、一方で「なり手不足」「過疎化進む議会」との記事を見つけた。この10年間の市町村合併により議席はほぼ半減したにも関わらず無投票選挙は依然多いのだとか。それもそのはず、平均報酬月額82万8千円の都道府県議に比べて、町村議の平均は21万円。「センセイ」の報酬が大卒の初任給より安いようでは...。ちなみに平均年齢は62.4歳だそうで。

(平成26年10月25日/1915回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月24日 (金)

殿様商売

タウンニュース社が運営するサイト「政治の村」には県内選出の議員ブログがランキング付きで掲載されていて、私も上位に含まれることから近々「無料で」宣伝いただけるとか...。

さて、サミュエル・スマイルズの名著「向上心」に「もっとも危険なのは暇な時間」とあって、監視の目がなくとも向上心を持ち続けてくれればいいのだが、人はとにかく怠惰な生き物にてサボりがち。それが専売特許とか殿様商売にもなれば尚更のことで...。

官としての役割こそ否定しないが、そこに工夫改善の余地はないのか思案「し続ける」向上心は必要ではないかと。そんな視点で過去に質問をしたことがあって、当時の会議録(平成21年決算審査特別委員会-09月28日-03号)に詳しいが、今日も昨日に続きそちらの話題から。

介護認定に関する申請件数は年間約3万7千件、その内訳は新規が約1万件、有効期限の満了に伴う更新が約2万7千件。介護認定においては各区において専門家の方々による月1回の審査会が行われていて、各区あたり毎月400件もの申請に対して判断を下している計算になる。

本来であれば申請から1ヶ月を目処に本人に結果を通知することになっているものの、「既に(申請から)2ヶ月も経過したのに音沙汰がない」なんて苦情もあったりして、時に役所を急かすのだが、現場はてんやわんやの状態だけに忍びなく...。で、すったもんだの挙句に介護度が前回と同じ。そんなケースが約7割。

「そんなはずはない」と不満がある場合は異議申し立て、いや、正確には「区分変更」申請が可能なのだが、あまり宣伝されていない。そりゃ役所の業務も増えちゃうから...というか何度やってもダメなものはダメかも。その件数は年間3千件。不服の際にはそのような救済措置も用意されている上に、介護度が最も重い要介護5ともなれば寝たきりに近くほぼ改善が見込めないのだからそんな場合には手続きの簡素化等の業務改善も検討すべきではないかと迫ったのだが...。

一連の認定に要する費用は総額約6億1千万円で1件あたり1万5千円だから仮に1件あたり1万円の経費で実現できれば全体で1億円もの経費縮減が可能。が、その手続きの見直し以上にその有効期間を長くすれば、それだけ年間の申請件数は減っていく。現在の有効期間はケースにより最短で6ヶ月、特別な事情がある場合は最大24ヶ月迄の延長が可能となっているだけに、その運用次第で郵送代や事務経費の負担なども大幅に削減出来るのではないか。

あれから5年、当時に比べて今はもっと申請数は多いはず。当時の局長が現在は「かわさき健幸福寿プロジェクト」の責任者に君臨されているというから期待しない訳がなく。

本件に限らず「年度内に...」とあれば公表は年度末ギリギリの3月であることが少なくない。ましてや来年は統一地方選。その土壇場の間隙を突いて...なんて姑息な手口は断じてないと思うが、「投票率の高い」世代の関心時にて12月定例会を前に関係者への聞き取りを終えた。

(平成26年10月24日/1914回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月23日 (木)

正念場

児童養護施設を舞台にした長編小説「明日の子供たち」(有川浩著)には「どうせ(児童養護施設は)票にならないから...」と自虐的につぶやくシーンが登場するが、一方で介護を含む老人福祉などでは「介護のスペシャリスト」とか施設での勤務経験などを謳うだけで票を期待できる側面がない訳ではない。

そんな方々からすると「入りたくても入れない」人の為に施設を充実させるべきだとなるのだが、得てしてその財源に関しては伏せられることが少なくない。介護の分野に限らず、それが票になるかならないかが施策推進の判断基準になりうることは否定しないが、そんな判断により進路を見誤る事例には事欠かないだけにそのような判断は少ないに限る。

幸いにも当落ラインから些か上位にいて、見返りを期待しない善意の票が大半を占める(と勝手に思っている)だけに「票になるかならぬか」よりも何事も純粋に「必要か否か」で判断出来る今の状況をありがたく思っている。さて...。

兎に角、「幸」の字が好きな市長にて、当人に言わせると健康も健「幸」になるらしい。介護度が改善した暁にはインセンティブを与える仕組みが「かわさき健幸福寿プロジェクト」と命名された。詳細な制度設計はこれからとのことだが、本年度中に行われる介護保険事業計画の改定に合わせて検討が進んでいるという。

現行の介護保険制度の下では当人の介護度に応じて利用できるサービス量が決まる。勿論、介護度が高ければ高いほど利用できるサービスが多くなるだけにそれを利用する当人や家族も重い判定を期待しがちであって、仮にリハビリの結果、介護度が改善することは本来喜ぶべきことなのだが、利用可能な介護サービスが減らされてしまうだけに喜び以上に不満が募ってしまうことも少なくない。

そして、介護度の改善を当然の責務とすべき事業者とて自らの収益を下げてしまうような行為は選択しにくいのが実状。ということでそこにニンジンをぶら下げようというのだが、巷では賛否両論。目の付け所は悪くないが、そのニンジンが目的になっては本末転倒であるし、尚且つ、よほど慎重にやらねば制度の抜け穴からいたちごっこになりかねない危険性も...。

一方で介護サービスの拠り所となる地域包括支援センター、通称「地域包括」なども特定の地域に1箇所「のみ」で市の委託なのだが、その委託料はほぼ均一。やってもやらなくてもその委託料に差異はない上に競争原理が働かないとなれば中には怠慢が生じることも...。その為の監督権限はキチンと行使せねばならないのだが、現状はどうか。

介護保険の制度開始から15年。前回の付け焼刃的な計画にせぬ為にもこれまでの検証と総括を踏まえた上で計画を立てることが必要ではないかと。こちらは年末の定例会に向けて今が正念場となりそうだ。

(平成26年10月23日/1913回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月22日 (水)

どうせ...

「どうせ...」の次に来る言葉はあまりいい意味でないことが少なくない。予定を聞かれて「出張」と返答することが多いのだが、「どうせ視察でしょ」と言い返されるのがオチ。やっぱり「視察」ってその程度にしか思われていないんだナ。ということで今日の話題は視察から。遠足と同じ...なんていうと誤解を招きそうだけど、公費による視察は春と秋の年2回。

常任委員会に関する調査事項を予め申請して、委員会としての承認を得る必要があるのだが、今回は先輩のHセンセイに段取りをいただき、青森市と函館市を訪れることになった。函館市における視察項目は「観光基本計画」と「特別史跡五稜郭跡復元整備事業」で五稜郭内の「箱」館奉行所内も案内いただいた。函館市はちょうど1ヶ月前にプライベートで訪ねたばかり。プライベートで訪ねるというのはそれだけの魅力に惹かれてのこと。今日に到るまでの歴史的経緯の説明は興味深く、有意義な機会となったのだが、「有意義な」視察とはどのようなものか。

あくまでも私なりの解釈だが、先駆的な取り組みを学ぶことだけが有意義な訳ではない。先駆的な取り組みは全国から視察が殺到するだけに担当者も疲れ気味だったりして。こちらとて相手の貴重な時間を割いてもらっている以上、なるべく簡潔に...と十分な時間が取れないかもしれない。一方でやっつけ仕事なんかで行くとこちらの姿勢が相手に見えてしまうことがあって、逆もまた然り。「(相手は)早く終わらせたいんだナ」なんて。

他都市とはいえ自らの職務に誇りというか矜持を有している職員に遭遇した時はまたとないチャンス、こちらが積極的な姿勢で臨む限りにおいて双方に満足感が残る「有意義な」視察となる。今回の函館市の「観光基本計画」はそんなことから予定時間を1時間もオーバーしてしまった。

函館市の魅力を話せば尽きないが、この話題だけは記しておかねばならぬ。函館といえば...やっぱり鮨。函館の鮨屋といえば「U」と「K」が両横綱とされていて、1ヶ月前は「U」の暖簾をくぐった。広いカウンターに酒の銘柄も豊富でその数々に舌鼓を打ったのだが、正直結構な金額となっただけに、はて、今回はどうしたものか。が、そのへんはさすがにベテランのセンセイは違う。「おカネを出せば幾らでも旨い店はあるんでしょうが、地元の方々がこれは旨いと思う店に...」とタクシーの運転手お薦めの「T」に。

バッチの威光が通じるのは役所位なもんで、他は付けているだけでロクなことがないから私などはすぐに外してしまうのだが、責任感の強いHセンセイは付けっぱなし。「いや~今日は移動距離が長くて疲れたよ。まずはビールを」と注文すれば、「どうせ呑んできたんでしょ」と店主。「どうせ...」か。味は折り紙付で「U」に負けず劣らず旨かった。そんなの付けていれば勘定が5割増しになりそうな気がしないでもないが、御勘定時も良心的な価格で、いい店主なんだろうナ。勿論、勘定は自腹にて。

(平成26年10月22日/1912回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月21日 (火)

漢方

ハロウィンが迫ってきた。カワサキハロウィンで有名な本市の本庁舎にも大きなカボチャがお目見え。そんなオレンジ色に期待していたのだが...。「G」の敗北に落胆を隠せないでいる。そして、もう一つのオレンジ、そう、「柿」の季節。

日本最古の甘柿とされる禅寺丸柿が「偶然に」発見されてから800年。そんな記念すべき年に開催された恒例の禅寺丸柿まつりはそれを祝福するような秋晴れに恵まれ、多くの来訪客で賑わった。旱魃に見舞われた年に巡行の僧侶がさした杖が禅寺丸柿となり村を救ったと子供に教えたのだが、「そんなことあるわけないじゃん」と一言。何とも可愛げのないヤツらである。

古来より「柿が赤くなると医者が青くなる」とされる位、柿は多くの効能を有するが、とりわけ二日酔いや悪酔い防止に効果があるのだそうで...。確かに甘いのだが小ぶりで種が多い。そんなことから新たな品種に押され気味の「禅寺丸」。以前は我が家にも大きな禅寺丸の木があったんだというYさん宅を訪ねたのだが、まぁどうぞと客間にて一杯の茶をいただいた。その一杯が何とも美味い。

「こちらも召し上がってみて」と差し出されたのは御自宅の庭で実ったグァバの実。その実は初めて食したのだが、こちらも美味。イチゴの5倍の栄養価があるのだとか。御婦人の趣味はジャム作り、帰りには手製の無添加ジャムをいただいてしまった。

そう、柿にグァバといえば「漢方」としても有名。病気を治す西洋医学の進歩は目覚しいが、こと近年は予防や治癒力を高め、緩やかな回復を目指す東洋医学にも注目が集まっているとか。天然の産物を配合して作る「漢方」の効果には期待をしつつも、その原産国の土壌を見るに...。されど、最近は国内でも漢方に利用される生薬の栽培が進んでいるのだそうで。

中でも「クスリ」といわれればやはりこちらの県。「とりあえず一式を置いていきますから御自由に使っていただいて、次回使った分だけ代金をいただければ」と。かつてはその仕組みを不思議に思ったものだが、幼児期は我が家にも行商がやってきた。「先用後利」と呼ばれるその独特のシステムを編み出した「越中富山の薬売り」。

加賀藩からの自立を目指した富山藩が「製薬」に目を付け、当時、江戸城にて腹痛に悩んだ藩主を救ったのがきっかけとなり、諸国の大名からの依頼が殺到したとされる富山売薬。こと最近は需要の高まりとともに耕作放棄地で栽培するなど中山間地の活性化も期待されているそうで。まぁ私は氷見の寒ブリのほうが好きなのだが...。

そうそう、東洋医学といえば...足裏マッサージ。足裏を刺激することにより内臓を活性化し、体全体のバランスが保たれるとされていることから愛好者なのだが、こないだ利用した際に「このへんにしこりが...」と言われて、「念の為」内臓の部位を聞いてみたのだが、「前立腺」だそうで。「おい、アンタいい加減なことを言うなよ」(笑)。

(平成26年10月21日/1911回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月20日 (月)

美術館

いつぞやの視察にてとんでもない田舎を訪ねた際に、「先輩はこんなとこじゃ3日ももたないでしょ?」と言われてしまったことが深いキズになっているのだが、 「おいバカ言うな、こう見えても田舎育ちだぞ」。

ということで26年ぶりの同級会の下準備に郷里に帰省することになった。私は定例会が閉幕中の平日のほうがむしろ都合がいいのだが、向こうにとっては土日がいいらしく、大事な地元の行事を欠席しての帰省となった。久々の再会を喜んでもらったのだが、それにしても男も女も同級生って昔の面影残っているよナ。

そして、こちらも久々。翌朝の食卓には母の手料理が並んだのだが、これがとにかく半端じゃない量でそのへんは昔から変わっていない。残すに残せず全て平らげたのだが、せっかくのマラソンに向けての減量計画が台無しになってしまった。またイチからやりなおしか...(泣)。

さて、長旅に本は必須。電車移動は仕事を忘れ、大好きな読書に没頭出来る貴重な時間。数冊の本を鞄に詰めて帰省したのだが、その一冊にスマイルズの「向上心」が含まれる。同氏の「自助論」を読んだのは社会人デビューの頃だが、「自助論」に並んで不朽の名著とされているのがこちら。著書には過去の偉人を描いた「プルターク英雄伝」が良書として挙げられているが、こちらもお薦め。

で、「食欲の秋」「読書の秋」とくればあとは...。こう見えて美術館の作品展は結構チェックをしているのだが、この秋の注目は東京都美術館で開催中の「ウフィッツィ美術館展」。秘かに行く機会を虎視眈々と狙っていたのだが、田舎からの帰り道に立ち寄ることにした。メディチ家のコレクションを中心に設立されたウフィツィ美術館はルネサンスを代表する画家ボッティチェリの作品を所蔵する美術館として有名。

ボッティツェリといえば貝の上にヴィーナスが描かれた「ヴィーナスの誕生」が有名だが、今回の作品展では「パラスとケンタウロス」と「東方三博士の礼拝」が看板作品。そんなボッティツェリら芸術家を支えたメディチ家も最盛期の当主ロレンツォの死後、その隙に乗じて台頭したサヴォナローラにより一時追放され、ロレンツォの庇護の下に自由な作風を貫いてきたボッティチェリにも転換期が訪れる。

成長過程における作風の変化といえばスペインの画家ピカソ。何が彼をそうさせたのかに想いを馳せながらプラド美術館を回ったのはもう10年以上も昔の話だが、そのへんの作風の変化も見所の一つか。それにしても来館者に若者が目立った。ノーベル賞を取れる国と取れない国の違いを数学者の藤原正彦氏がコラムで語っておられたが、幼少期からの成長過程において美的感受性を養うことが肝要だとか...。

それにしても上野の森美術館「ボストン美術館浮世絵名品展」は大行列。フィレンツェが誇るウフィッツィ美術館とは対照的に浮世絵の国外流出は何とも寂しい限りではないかと。

(平成26年10月20日/1910回)

Img_0002

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月19日 (日)

泣けるCM

地元小学校の恒例のフェスタまであと1ヶ月。ほぼ毎日通い詰めてきたはずなのだが、一向に落ち着く気配がなく...何がそんなに忙しいんだろう。当人から「これと同じ資料を1時間以内で作って欲しい」と「厳命」があってやむなく手伝うことになった。

「おにぎり(鮭)364個、おにぎり(たらこ)231個、おにぎり(昆布)175個、クリームパン205個、チョコパン247個・・・」と続く。その原材料から発注先、責任者が記されていて、どうやら区の保健所に提出する資料らしいのだが、随分細かいナ。

全保護者に必要数の希望を確認した上で、それを集計してその1枚の資料を作ったと。ってことは全校の児童数は600名だから600枚の用紙を手作業で確認して集計したってこと?。おいおい、それじゃ役所と一緒ぢゃないか。あくまでも保護者主催のフェスタで運営はボランティアなのだからそこまでぜずとも...。

ましてやPTA会長から「金銭的な余裕がありますから多少の持ち出しが生じても子供たちが喜んでくれる内容でぜひ」と言われているそうだから、おにぎりなんてのは前年度実績をもとに50個単位の仕入れで「売り切れ御免」で十分。そんな余計なことをすれば、当日1個違っただけで蜂の巣をつついた騒ぎになること請け合いで、年々ボランティアの成り手が居なくなるのもやむを得ない...でも、それが「慣例」らしく、やっぱり役所と一緒じゃないか。「だから専業主婦ってのは軽く見られちまうんぢゃないか」とは余計な一言だった。

ということで費用対効果というかそのへんを勘案しつつ、物事を進めていく姿勢が大事だと思うのだが、さすがにこちらは大雑把過ぎたか。そう、あの大臣の収支報告書。不透明な資金の流れ。脇が甘かったというか、やっぱり他人任せだったんだろうナ。センセイといえども叩けば埃は出るもの。いや、センセイのほうが出やすかったりして...(笑)。

その一例を以て全てが否定されるものではないが、やっぱりどこかしら天狗になっちゃうんだからチヤホヤされないに限る。出る杭が打たれるのは何とも不本意だが、でも、またこれで政治家叩きがはじまっちゃうんだよナ。とばっちりも受けそうで...と鬱憤も募る。そんな疲れを癒しに黒川...そりゃこの前行ったから今日は音楽から。

ある雑誌を読んでいたのだが、「オーケストラは社会において何をすべきか」と自問を続ける世界最高峰のベルリンフィル。音楽監督にサイモン・ラトル氏が就任して既に10年。当時から教育プログラムの実践にて「普通の」子供たちとの活動に力を注いできた。「音楽がなし得る最も重要なことは、人と人を結びつけること」と語るラトル氏。

音楽といえば動画投稿サイト「YouTube」に投稿された盛岡市内の音楽教室「東山堂」のCMを見た。再生回数200万回を超える。妻を亡くした父親が娘の結婚式の披露宴にてピアノを演奏する。曲目はご存知ピアノ入門曲のパッヘルベルのカノン。曲以上にそのストーリーと出演者の演技に泣けてしまうのだが、なんかいいよなぁって。

「音楽は言葉を超える。」とあった。

(平成26年10月19日/1909回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月18日 (土)

長い目

貧乏性がたたってか愛車のワゴンRが10年を迎えた。ケチる以上にその新車購入までの一連の流れが億劫なことがその主な理由なのだが、毎回の車検のたびに数十万円ではさすがにバカらしいと新車購入を目論んでいる。「長い目で見れば...」という事例は枚挙に暇がない。ということで今日はこちらの話題。

青色発光ダイオード、いわゆるLEDの発明者3名のノーベル物理学賞受賞。中でも米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授の中村修二氏の扱いがとりわけ大きい。それもそのはず、過去に古巣の会社を相手取っての裁判はつとに有名。一審の東京地裁は古巣の会社に対して2百億円の支払いを命じたものの、翌年に高裁の斡旋による和解が成立、その金額は8億4千万円というから会社には痛手。

少なくともそこに到るまでは従業員として会社の庇護の下にあった訳だから「さすがにそこまでせずとも...」と思えなくもないが、当時の報奨金が「たった」2万円というのだから「それが事実とすれば」さすがにどうか。だって、その発明が会社に莫大な利益をもたらした訳だから報奨金でなくとも、処遇等で配慮できなかったものかなどと余計な心配をしてみたりもして....。やっぱりそこをケチると後で高くついちゃうんだよナ。早く車を買い替えよ~っと(笑)。

で、そのLEDだが、本市でも進む防犯灯のLED化。町内会・自治会等が管理する防犯灯は約7万6千灯、内LED防犯灯は約1万灯(約12.5%)であって、町内会・自治会活性化条例に呼応するように市から今後の防犯灯の維持・管理に伴う新たな手法についての報告を受けた。まずは既存の防犯灯に関する市の補助内容を整理しておくと、設置時の費用については蛍光灯などの従来型防犯灯については1万円を上限に2分の1。LED防犯灯は4万円を上限として3分の2の補助。このへんでピンとくる方もいると思うが、LEDのほうが単価は高いから市の補助「率」が高くても実質的な自治会の負担は重い。

月々の電気料金については市がその9割を補助しているのだが、とりあえずは町内会・自治会が電力会社に全額を支払った上で市が請求を受ける仕組みになっていて、その申請手続きが煩雑な上に、年度当初などは「役所の都合」で町内会・自治会への支払いが遅れがち。しかも、当面は「9割分」を肩代わりしておく訳だから中には資金繰りに四苦八苦するところも...。

そんなことから月々の電気料金については全額市の負担とすべきと求めてきたのだが、このたび「全額」補助の方針が示された。細部はこれからというが、町内会・自治会が希望する防犯灯については市の全額負担にてLED化を図るとともに月々の電気料金についても全額市の負担となる。では、何故そんなオイシイ話が浮上したのか。

LEDは従来の蛍光灯に比べて初期投資は割高だが、その分、電気料金は蛍光灯に比べて安くなる。だから10年間のスパンで見れば確実に元が取れる、というか「更なる」節約が可能。その初期投資分を民間資金を活用したESCO事業なるもので吸収してもらおうという魂胆。市に委ねるか否かはあくまでも任意で現在は意向調査が行われているが、これは地元の電気屋さんにとってはメシの種になっていただけにそちらはちょっと気がかりだけど...。

あとは事業費。「でっぱり(=初期投資)」のリスクを民間が負う以上、そこには対価が生じる訳で、それは当然にしてもそこを相手に付け狙われないよう目を光らさねば...と。

(平成26年10月18日/1908回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月17日 (金)

積立

以前、ある新人歓迎会の来賓挨拶で社会人へのはなむけの言葉として「積立」の話をされた方がいらした。毎月1万円でもいいから給料からの天引きで積立をされておくといい。右も左も分からぬ社会人一年目の最初が肝心で騙されたと思って...。いつか将来その資金が役立つ時がきっと来ると。確かに。

同じ会派の同期6名で毎月1万円の積立をやっているのだが、これがいつの間にか結構な金額になっていて...。私どもの報酬にしても諸々の雑費を差し引いた上で口座に振り込まれるから「明細さえ伏せておけば」家人にはバレない「へそくり」のようなもの。そりゃウチじゃないけどセンセイも結構庶民的でしょ?。

初当選時は同期同士の親睦を深め...などと始めたはずなんだけど、まぁ兎に角つまらん連中だから...違った(笑)。5千円会費で年4回の定例会の反省会が関の山。ってことは1年で10万円の残金。これを還付したり、視察?じゃなかった旅行に出かけたりと。慣れとは不思議なもので日々の負担感の割に随分と得した気分を味わえるのは事実。そこに目をつけたのが源泉所得で納税意識が薄れるもんナ。それじゃ税の使い道に甘くなっちゃうのも無理はない。

さて、「御相談があるのですが...」との連絡があって、「特に急ぎでなければ夜の方が時間に余裕が...」と伝えたところ、夜8時過ぎにも関わらず当方の事務所を訪ねていただいた。それなりの御歳と思われるが、その行動力はさすが。本題はそこそこに雑談に花が咲いた。聞けば被災地の御出身だそうで、幼少期における南三陸町の思い出話を聞かせていただいた。「昔はあそこの海でよく泳いだんだ」と。

団塊の世代だから田舎といえども子供は多かった。されどそれだけの食い扶持を繋ぐほどの余裕は田舎にはない。金の卵などと言われれば聞こえはいいが、農家の次男以降は集団就職で上京。当時の同学年120人中60人がこちらにて生活を続けているという。そんな同級生の連帯意識は固く、面倒見のいい同氏が幹事役を務めておられるそうだが、3人程度に連絡を回せば全員に行き渡る。「じゃあ、毎年同級生に会えるのが楽しみですね」と伝えたら「いや、四半期に1回なんです」と。会場はいつものカラオケスナック。場所はやっぱり...上野なんだよナ。

青雲の志を抱いて徒手空拳で上京、それで今の地位を築いているんだから大したもの。で、今後をどうする?定年後の第二の人生は都会か田舎か。地方への移住希望者を支援するNPO「ふるさと回帰支援センター」によれば相談件数は急増中とのこと。田舎でのんびりとスローライフも「あり」だが、やっぱり利便性と人の多さは都会に軍配。そのへんが悩みだが、そもそもに選択が出来るのは余裕の証拠。当時は年功序列に終身雇用が保証された時代だったもんナ。

でも、今は...。仮にマイホームのローンを払い終えていたとしても国民年金月額7万円ではこの都市部で生活を続けるのはさすがに厳しい。そんな話をしていると若年世代は憂鬱な気分にさせられちゃうけどそれを克服することが人生の醍醐味ではないかと。老後の資金も積立?そんな時に限ってコロっと逝っちゃったりするもんだよ。

(平成26年10月17日/1907回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月16日 (木)

飛び地

「わざわざ課長にまで来ていただいて...。向こうもキチンと把握されていて話が早かった」と喜びの声の一方で、難航する用地交渉、なかなか首を縦に振らない地権者に「ゴネ得はありませんので...」と捨て台詞。「さすがにそれはないだろう」と当人の不満の声をじっと聞かせてもらうことになった。

ということで、募るストレス解消に黒川地区を訪ねた。昔ながらの農村地帯の広がる黒川地区は都会の喧騒を離れ、のんびりとした時間を過ごすことが出来る本市のお薦めスポット。「稲刈りに家族の絆深まれり」と一句詠んだ。

本市の地図を広げると左上に離れ小島というか飛び地があって、それが「岡上」といわれる地区で黒川と並ぶ農村地帯が広がるエリアなのだが、この岡上地区も昔は柿生村と並ぶ一つの村だった。当時は東京府南多摩郡鶴川村(今の町田市)と都筑郡田奈村(今の横浜市青葉区)に隣接していて、岡上村は旧都筑郡。昭和14年に都筑郡が横浜市に合併される際にこの岡上村は「横浜市ではなく」川崎市への合併を選択した。

当時の流れからいえば横浜市への合併が濃厚。また、地図上では町田市に編入されていてもおかしくない。両市のことをそれほど毛嫌いしていた訳ではないはずだが、それがなぜ川崎市を選択したのか。隣接する田奈村とは細い峠道しかなく地域的な結びつきが薄く、むしろ、鶴川街道があったから黒川地区をはじめとする柿生村との交流が盛んで両村で連合村を形成。その選択に際しては柿生村とともに川崎市の将来に期待したんだろうナと。そんな先達達の英断に思いを馳せる際に川崎市と合併して失敗だったなどと思われないようにせねば...。

そんな英断にも関わらず隣接地には何かと厄介事が多い。そこはやはり行政区同士が課題を共有するような機会を積極的に持たねば事態は打開しないことは言わずもがなだが、最近、ある介護施設の利用を巡ってこんな相談をいただいた。当人は町田市に在住されている方なのだが、介護の負担からある施設を探していて、その施設がこの岡上にあることが判明した。町田市の中にはその手の施設がないばかりか、こちらの施設の評判がすこぶるいいというので入居申込みに出かけたという。

介護保険制度における保険者はその市町村となることから他都市の施設を利用する場合はその市町村が費用を負担するのが原則。ということで事情を説明した上で町田市の承諾ももらって出かけたのだそうだが、どうやら利用にあたっては利用者の御自宅と施設の距離に「本市が課した」制約があるらしく、今回のケースでは些か距離がはみ出していることから利用は困難とのことらしい。懇願する当人に対して施設側も何とか受入を模索されたそうなのだが、こればかりは...と。

実際に施設を訪ねて施設長の話を伺ったのだが、現在は定員に満たない状況とのこと。本市の市民優先であることに異論はないが、空きが生じているのであれば、そのへんは善処出来ぬものかと。

(平成26年10月16日/1906回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月15日 (水)

謀略

「また、オレたちを疑って監視に来やがったナ」と思われると心外なのだが、厳戒態勢が取られた災害本部の区役所、土砂災害に備えて臨時に開設された避難所、それに復旧作業の最前線となる道路公園センターに立ち寄っての帰宅となった。一昔前までは防災担当といえばつい窓際的なイメージを抱いてしまいがちだが、こと3.11以降はどこの自治体もそれなりの見識を備えた職員を充てているらしく、本市においても一次避難所についての地元からの要望に対して融通を利かせてくれたと聞いた。

役所ってのは手続きが煩雑で面倒なことは言わずもがなだが、それは議会も同じ。私のような調整型が活躍する時代は終焉を迎えつつあるようで、これからは政策通のセンセイ方が期待される時代。本年度から政策調整会議なんてのが創設されていて、本市が抱える政策課題に対して会派横断のプロジェクトチーム(PT)を形成し、条例化を視野に課題解決を目指そうということらしいのだが、川下の私は選択の余地なく「行って来い」と団長から片道切符を渡されるだけ。

ということで現在は「空き家対策PT」に派遣されているのだが、それ以外に幾つかのPTが同時進行していて、その一つ、わが会派の林浩美氏(川崎区)が座長を務める「町内会・自治会条例検討PT」が条例の骨子をまとめパブリックコメントが実施されている。

そう、町内会・自治会といえば...。田母神俊雄氏の著書「田母神新党」を読んだ。すっかり右翼的思想の持ち主との汚名を着せられた同氏だが、最初から拒絶反応ではもったいない。それこそが相手の謀略ではないのかと。国防論は兎も角も公務員論や国家史観等について頷ける内容は多い。わが国は敗戦により多くのことを学んだが、と、同時に「戦勝国によって日本独自の伝統がものの見事に壊されてきた」と喝破する。

中でも大家族制度の崩壊は米国の謀略だと。それが謀略かどうかは横に置いておくにせよ親子同居率の低下がもたらした社会負担は小さくない。空き家なんかも元をただせば親子の別居が大きな原因。介護保険などもそう。それまでは親の介護は家族の責任とされていたものが、その負担を社会全体で分かち合いましょうと。保育園とて元々は何らかの事情により預けざるを得ない家庭に限られていたものが、いつの間にか女性の就労支援の側面も併せ持つようになった。

介護にせよ保育にせよ社会全体で面倒を見ましょうという世論形成が出来つつある一方でその費用負担はどうか。介護はその大転換にあたり新たな保険制度が創設されたが、保育はそこを曖昧にしたまま現行の制度を維持することにより、利用者だけが増えたことが財政の圧迫に繋がっている。

「親と暮らすのは嫌だ」という言い分は許容するにしても家族で暮らすことが理想ということを示さねばならぬと思うのだが、同氏の言い分に「税制を優遇して三世代同居型の街づくりを」とあった。そして同居はせずにしても「隣は何をする人ぞ」との生活を改善する為に町内会・自治会が果たす役割は小さくない。

(平成26年10月15日/1905回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月14日 (火)

ワケあり

こじゃれたBARは若者で賑わい、おシャレな店にはしんゆりマダムが並ぶ。最近は新百合ヶ丘駅南口のマプレ商店街が元気と聞いた。そんなマプレ商店街の一角に「Backen und braten(バッケン・ウント・ヴラーテン)」という店があって、ワケあり女性店主の繁盛店としてテレビにも取り上げられたとか。「ワケあり」...か。

恒例の麻生区民祭。毎年、オープニングセレモニーの際に地域功労賞が発表されるのだが、今年の表彰者は松澤フキ子様、中澤淳子様、栗木町内会自衛消防隊様、木こりの会様が名を連ねた。当日は区内で活躍されている各団体にブースの協力をいただいているのだが、最近は宣伝を兼ねて出店された店も目立つ。「細山のS井です」と言われると断れないのだが、ある店の前で声がかかった。

これまでの経験からある程度の人物眼は兼ね備えているつもりで、それなりの人物には師匠だ兄貴だ、姉御だと勝手に敬称を付けて呼ばせてもらっているのだが、いつの間にか地元じゃパシリになっていて...。「おっ丁度良かった。駅まで送ってくれる?」。役所では偉そうに振る舞っていても所詮はそんなもん。で、その姉さんがただもんじゃないことは察するのだが、はて誰だっけ...。

あ~、そうだ!細山の神輿ん時の姉御だ。そんな時しか見かけないんだけど雰囲気がまるで違って...全然気さくぢゃないか。「男子三日会わざれば刮目して見よ」って故事があるけど女性も...そりゃ違うナ(笑)。まさかそんなシャレた店の店主だったなんてことは露ほども知らず...随分と御無礼を申し上げてしまった。昔は多少ヤンチャ位なほうが大人になると人付き合いが上手かったりもする。やっぱり学歴よりも人柄とか性格、そしてそれまでの人生って大事だよナと思う瞬間。

そう、ランチにて久々に贔屓の店を訪ねて、たまたまそんな話になったのだが、店主が「(機会があるなら)ウチも出したい!」と。そりゃ腕に自信があれば出店を希望するのは当然。確かに既存の出店者の中には「上に言われたから...」との小言も聞こえてきそうで、ならばそんな意欲ある出店者を「更に」募集してみてはどうかと。

グルメ雑誌に掲載された途端に客が殺到したなどの事例には事欠かないが、それが過ぎると編集者に袖の下を渡したり、向こうからせびられたりと。結局それで信用を損ねることになりかねないんだけど、この麻生区で一旗上げたいと挑戦しているような魅力ある店があるのだからそこは区として応援してあげる、しかもあくまでも舞台を提供するだけでいいのだから...。

向こうにとっても宣伝効果が見込める絶好の機会。最終的にその店を選ぶのは客だけどその店と巡り合う機会は多いに越したことはない。何よりもグルメ雑誌の宣伝と違って対面販売ってのが相手の顔が見えていい。

それにしても元気なのはやっぱり農協、そうわれらがJA。店頭に並ぶ地元野菜には朝から長蛇の列。帰り際に季節料理「三色菫」のブースにて特製カレーを食べ損ねてしまったのは残念。

(平成26年10月14日/1904回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月13日 (月)

補欠当選

かつての振り込め詐欺並みに細かい字がびっしり書かれた1枚のはがきが届いた。

危うく書類の山に埋もれるところだったのだが、内容をよく読めば当選人の中から辞退者が相次いだことから繰り上げ当選にするからエントリー料を指定の日時までに振り込むように。ということで「補欠当選」ながらも記念すべき第1回横浜マラソンに出場決定。ハーフの部もあるらしいけど、今回は勿論42.195km。でも、大会は選挙の2週間前。随分と余裕があるぢゃないか(笑)。

さて、来年度の予算編成作業が大詰め。この夏に実施した各種団体ヒアリングの際にいただいた要望に対する行政側の回答が届いた。ざっと100ページ程度。気の遠くなる話だが、全てに目を通した上で自らが担当する団体に対して見解等を添えて送付せよとのことらしく...何とかそちらの作業も終えた。そう、予算編成といえば...。

今年度は3ヵ年を計画期間とする介護保険事業計画の最終年度となることから来年度以降の新たな事業計画の策定が予定されている。その焦点の一つは市長が掲げた公約「県内一高い介護保険料からの脱却」。では「県内一高い」保険料はいかにして決まったか。保険料は計画期間内における当該市の介護サービス需要に基づき設定されるが、当時(=3年前)は随分多めに見積もったんだネ。

介護保険制度は全体に占める保険料と公費負担の割合が定められているから本来であればそのまま保険料を設定すべきだったんだけど、他都市との保険料比較は新聞の格好のネタとなるだけに、本市の保険料が突出して高いとなれば各方面からの批難は必死。「他都市以上に」これだけのサービスを提供するのだから保険料額は妥当と世に問うべきだったのだが、弱腰なもんで県の財政安定化基金や市の介護保険給付費準備基金などの財源を駆使して保険料を横浜市より14円「だけ」高い月額5,014円に抑えたのだが、都区内では本市以上のところが少なくない。

ということで今回も公言した以上、「県内一高い」汚名は返上してくるはずだけど、これまで下駄を履いていただけに今後はサービスが著しく抑制されることが予想される。まぁこれまでが得をしていたってことなんだけど...。が、それこそが本来の姿であって下駄を履いていた事実はあまり知られていない。そんな事情を見透かしたように計画の公表をあちらこちらで手ぐすねひいて待ち受けているみたいだけど大事なのはその計画の中身と新たな保険料額の妥当性。

待機児童対策がいい例だけど、数字の呪縛に囚われると中身がおざなりになりがち。横浜市の例に見るまでもなく「ゼロ」を達成したのは一瞬で次から次へと雨後の筍が如く受け皿は用意されるものの、一向に減らない待機児童と懸念される保育の質。それに輪をかけて「預けられるなら私も...」と子育て以上に仕事優先で母親の愛情薄く育った子供たちの将来は...。更なる女性の社会進出にうだつが上がらぬ男性諸君の居場所を心配してみたりもして...。

(平成26年10月13日/1903回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月12日 (日)

避難勧告

自撮りヌード写真の流出は自己責任?。「自撮りヌードをネットに保存するようなバカは保護など期待すべきではない」との発言が波紋を呼んでいるそうで...。

発言の主は欧州委員会の次期デジタル戦略担当委員のギュンター・エッティンガー氏。セキュリティの脆弱性に付け込んだ盗人もそれを許した企業も批判に晒されたが、それをネット上に保存した自己責任とて問われるべきではないかとのことらしく。「技術上のリスクを軽減し、若しくは根絶することも可能かもしれないが、全てのテクノロジーでリスクを完全に除去することはできない」と述べ。ちなみにそんな同氏への批判に対して本人は謝罪を拒否しているとか...。

そうそう、前回の台風18号の接近により延期されていた広島市豪雨土砂災害被災地応援のための募金活動を終えた。が、こんど「も」大型で非常に強い台風19号の接近に警戒が必要だが、前回の台風18号では全国で避難勧告が相次いだ。そんな避難勧告の中には数万世帯に指示を出したにも関わらず実際に避難してきたのは数名しかいなかったとの笑えない話も...。

そりゃあれだけ行政庁への批判が相次げば乱発されるのも分からなくもないが、でも、それってギリギリの判断というよりも行政の責任回避のアリバイ作りになりかねない。この手の話はいつも振り子の針の揺れ方が極端なんだよナ。災害対策におけるリスク軽減は自治体の責務だが、最後はやはり自己責任。ということで今日は「勧告」の話。

ホット・ゾーン-「エボラ出血熱」制圧に命を懸けた人々-と題した本を見かけた。専門家でないだけに不安が駆り立てられるが、エボラ出血熱やその疑いによる死者が4千人を超えたという。この疫病が最初に認知されたのは76年のアフリカ。過去に何度か流行を繰り返すがいづれも3百名に届かず終息に向かっていたというからさすがに今回は不気味。雑誌「選択」今月号でもエボラ出血熱の流行の陰におけるWHO=世界保健機関の怠慢が取り上げられた。

確かに製薬会社にとって発展途上国での疫病に対するワクチン開発は利益になりにくく、本来であれば世界の疫病根絶を果たすべき役割の一つとしているWHOこそ積極的にその治療法の確立やワクチン開発を支援すべきではないかと思うのだが、一方では09年の新型インフルエンザ流行時の「パンデミック」宣言が欧州評議会で槍玉に上がっているという。欧州市民に根拠のない恐怖心を生み出した上に、莫大な公金の無駄があり、当時のWHOの宣言により巨大製薬会社は数兆円を荒稼ぎしたとのことでそこに癒着はないかと。世界的権威でさえそんな状況なのだから何も日本の役所だけじゃないんだナ。

わが国でも当時「特例承認」なるものにより大量のワクチンを購入したものの、その半分以上が廃棄処分、多額の違約金を払って解約したとの内容を見ると被災時の批難指示に翻弄される人々が思い浮かんでしまった。今回とて煽られる不安が杞憂に終わってくれることを祈りつつ、とにかく情報収集だけは怠ることのないようにしたい。

(平成26年10月12日/1902回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月11日 (土)

柿の実

こちらは市内最大の幼稚園。というよりも日本一大きい幼稚園なのだそうで...。ちなみに受入園児数1,100名。それもそのはず、田舎では敷地はあっても園児が少なく、都市部では園児が多くても狭い敷地では受入枠が限られる。ってことはもしや地元の御大尽?地元の柿の実幼稚園の元理事長の小島一也先生を訪ねた。

御自宅が裏手にあるのだが、途中は園舎を抜けていかねばならぬ。まさに「柿の実」の季節、裏の畑の真ん中に大きな柿の木があって、朝から柿もぎをしていたらしく、園児たちは袋を片手に元気よく園庭を駆けずり回っている。まさか不審者に間違われた訳ではないと思うが、「おじちゃん何をしてるの?」と。「おじちゃんも柿をもぎに来たんだよ」と返事をすれば、「あっちにいっぱいあるよ」と教えてくれた。「子らもげど柿たわわなる幼稚園」と一句。

そう、柿もぎが目的ではなかった。支部長の逝去後の諸々の諸課題について御意見を承りに伺ったのだが、御自宅の縁側で雑談に花が咲いた。元川崎市議会議長となる先生は昭和2年生まれの御齢87歳。福祉の充実でも求められるのかと思いきや、本市の課題は都市インフラの整備だと。現在、浮上している横浜市営地下鉄3号線の延伸なども当時は新百合ヶ丘駅からさらに延伸して八王子まで繋ぐ話が画策されていたと聞いた。そんな昔からの悲願の路線なんだよナ。そうそうインフラといえば...。

市長の肝いり施策の「川崎市まるごとWiFi化計画」。市内1万箇所にアクセスポイントを整備し、ローミング料などで通信事業者から収益を上げる計画なのだが、今週、公衆無線LAN(かわさきWiFi)の中間報告が公表された。その論点の一つはそのアクセスポイントの数と収益性、これまでの各区役所での試行によれば1箇所あたり導入に2万5千円というから仮にそれが1万箇所ともなれば2億5千万円の初期投資が必要で、まぁそのへんはギリギリ許容範囲だとしても実際の運用には1箇所あたり月額6千円というから全体で月額6千万円、つまりは年間7億2千万円の維持費がかかる見込み。そりゃさすがに...。

そのへんをどこまで縮減が図れるかが焦点なのだが、選挙における当選の為には虚勢を張って美辞麗句が並ぶのは御承知の通り。だから選挙公約を十分に吟味した上で候補者を選ぶ以上に公営掲示板のポスターで選んだほうが「結果として」いい候補者だったりすることも...。一度出た結果は覆すことは不可能な以上、当選者にその公約の実現を徹底的に迫るというのが本来だが、元々の公約自体が現実的な話ではなく矛盾だらけの夢物語なのだからそれを迫り過ぎて相手も意固地になることは結果として市民の不幸を招くことにもなりかねない。どう折り合いを付けるか、そこがセンセイの手腕の問われるところではないかと。

ましてや、通信の世界はドッグイヤーといわれる日進月歩の世界。本市とて過去に下水道光ファイバー網で経験済みだが、次世代技術の台頭にその投資は無駄にならぬか。そして、懸念されるのは情報漏えい。海外などでは有料課金の際にクレジットカード情報を入力させられることが少なくないが、その情報が盗み取られる被害も...。さりとて、その認証が複雑であれば利用者は他に逃げてしまう。やっぱり、行政が深入りすべき施策ではないのかも...。

(平成26年10月11日/1901回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月10日 (金)

ガリ勉君

ベビーブーム世代だから田舎といえども同学年のクラス数は8クラス。中学時代の3年間同じクラスだった同級生が2人居て、どことなく運命の糸で結ばれているような気がしないでもないが、案の定、私以外のM君とOさんは卒業後に晴れて入籍を果たし、私だけがひとりぼっちとなった。

そんなM君から「久々に同級会をやるまいか」と打診を受けたのがこの夏。フェイスブックで繋がったことがきっかけだった。「久々に」といっても同級生とは二人の結婚式以来の再会だから既に二十年近くが経過。当時はずっと学級委員をやっていたから適任といえば適任でその役自体はやぶさかではないのだが、いかんせん私自身が郷里を離れていることがネック。されど向こうにもこの指止まれの人物がいないらしく一緒に地元の同級生宅を回ろうとの誘いを受けて機会を狙っているのだが、年内は土日が目一杯なだけに...。

時同じくしていつもの社長ともそんな話題になった。彼の郷里は限界集落に近い「ど」田舎なのだが、この夏に26年ぶりの同級会を開催されたそうで「絶対にオマエもやったほうがいいぞ」と。ちなみに当時クラスで一番秀才だったガリ勉君は無職の美少女アニメオタクになっていたそうで...。

最近のニューズウィーク日本版に「音楽の神童の未来はバラ色か」との記事を見かけた。神童をいえばモーツァルトだが、今やそのモーツァルト顔負けの技巧派が台頭。10歳にしてショパンのエチュードなど複雑な曲目をいとも簡単に演奏するのだそうで、そんな超絶技巧を有する子供たちの低年齢がもてはやされる風潮に警告を鳴らしている。

「幼少時の成功は長い人生の中では何の意味も持たない。小さな子供が達者に楽器を弾けば大人は喜ぶ。しかし、真の天才であるかどうかは、20年後もその演奏で聴衆を魅了できるかどうか」だと。幼少期からの練習は否定されるものではないが、大事なのは音楽と恋に落ちているかどうか。やらされるのではなく自らが夢中になって没頭していること、そして視野を広げる為の人生経験だけに14歳の「負け組」にもチャンスはあると結んでいる。

そんな事情は義務教育も同じ。単なる詰め込み教育だけでは世渡り力が身に付かない。子供たちの成長に欠かせないのは課外活動。中でも仲間とともに打ち込んだ部活動の経験は生涯忘れえぬ人生の宝物。本市の部活動への加入率は69.6%と県下では最も高い入部率を誇る。そんな市立中高生の部活動において関東大会や全国大会出場する際の交通費、宿泊費の一部を本市が負担していて、当初は全額補助だったものが「補助・助成金見直し方針」が示されて以降、年々5%づつ補助率が下げられていて、来年度には5割負担まで減額される。

開催都市が関東近郊であればまだしも九州ともなれば旅費だけで相当な額となるだけに保護者負担も大変。部活動は任意だと言われればそれまでだが、さりとて、本市の将来を担う子供たちから夢と目標を奪うことになりかねないだけに削る補助金が違うのではないかと。今回の代表質疑にてそのへんの事情を勘案した補助率の見直しを求めたのだが、市長は「新たな支援のあり方を考えていきたい」と前向きな答弁を見せた。果たして...。

(平成26年10月10日/1900回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 9日 (木)

中抜き

「はるばる来たぜ函館♪」で有名な演歌界の大御所は御当地の出身。北の玄関口、函館駅前には朝市があって、多くの観光客で賑わいを見せている。魚介類を中心としたその豊富な食材を支えるのはすぐ近くにある函館市水産物地方卸売市場。市場に行けば地元の旨いもんが並び、その土地の様子を窺い知ることが出来る。

市場には農林水産省が許認可権を有する「中央卸売市場」と都道府県によって認可される「地方卸売市場」があって、その名から推測するに「中央」のほうが格上に見えそうだが、函館市のように「地方卸売市場」でも十分に役割を果たしている市場もあって、こと地方においてはブランド性を有する優良産地が近いという地の利を生かして独占的な集荷体制を構築している市場が元気なことが特徴として挙げられる。

あまり知られていないのだが、JR南武線の尻手駅近くに本市が運営する川崎市南部市場があって、こちらは「地方卸売市場」。また、東名高速道路から尻手黒川線を北上すると左手に川崎市北部市場があって、こちらは「中央卸売市場」。つまり、本市は2箇所の市場を開設していることになるのだが、このたび、南部市場の青果卸売業者が来年1月末を以って撤退、業務を廃止する意向を示したことが波紋を広げている。

南部市場の取扱は「青果」「水産物」「花き」に分類され、うち青果部門は約23%を占めるだけにその卸売業者の不在は深刻な事態。本市も新たな卸売業者の誘致の可能性を探り、事態回避へ全力を挙げる方針が示されているが、依然として先行き不透明なことから南部市場の存続が危ぶまれている。

市民委員会において両市場を所管する経済労働局からの報告を受けたのだが、廃止に伴う説明会における出席者の主な意見に「卸会社として品揃えの力量不足が南部市場青果部の低迷の原因ではないか」との内容を見かけた。さりとて、その卸売業者から提出された文章によれば同社の南部市場における業績は過去10年間一貫して取扱高が減少し、ここ数年間は年間7千万円もの赤字を計上し続けていることから撤退との経営判断を下したと。年間7千万円もの赤字はさすがにキツいよナ...。

元来、南部市場は商圏が狭かった。水産物であれば築地魚河岸こと中央卸売市場「築地市場」、青果であれば中央卸売市場「大田市場」との生存競争に勝ち残る為には生半可な体制では太刀打ち出来ないのは明らかなだけに内輪もめは歓迎されざる状況。

そもそも卸売市場に限らず流通の世界では情報網の発達により中抜きの構図が顕著。かつては独占的な販路を握っていた卸売業者と生産者の力関係が逆転。生産者自らが販路を開拓する時代なのだから右から左でサヤを抜くだけでは今の時代に通用しない。また、一方で消費者の顔が直接見える地元スーパーなどでも優良産地の開拓に余念がない上、市場を通さず生産者との直接交渉によりWin-Winの関係を築いている状況を鑑みれば本市に限らず卸売市場そのものの果たす役割が問われているのではないかと。

(平成26年10月9日/1899回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 8日 (水)

秋風五丈原

秋風五丈原といえば三国志の名場面の一つ。偉人を星に擬え「巨星墜つ」などと表現されることがあるが、蜀の大軍師、孔明が五丈原に散ったのも秋。

ふるさと柿生の為に人生を捧げた尾作均先生の棺を見送った。告別式には多くの弔問客が訪れ、亡き故人との別れを惜しんだのだが、弔問には他会派のセンセイの姿も目立つ。あんなに厭味を言われていたはずなのに...。

最近、その経営哲学に定評のある京セラ創業者の稲盛和夫氏とiPS細胞の山中伸弥氏の対談本「賢く生きるより辛抱強いバカになれ」を読んだ。両名のこれまでの人生談を興味深く拝読させていただいたが、その本の中に「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」との言葉が登場する。

人には優しさが必要だが、上司が部下と接するとき、部下に迎合し良い顔ばかりして甘やかすことは小善であり、これは本人の為にならないばかりか会社を危うくする大悪。獅子がわが子を千尋の谷に落とすように部下に厳しく接することは、非情であり薄情なように見えるが、これが部下を育てることに繋がり立派な大善であると。

私なんぞは日和見主義だから相手の顔色には細心の注意を払って物事を申し述べるのだが、同氏の場合は「相手の顔色に関係なく」ハッキリと物事を伝える。それが時に相手のメンツを潰してしまうこともしばしばだが、まさに「大善は非情に似たり」であって、その博識ぶりは誰しもが認めるところだけにメンツを潰された後も同氏を慕う方々は少なくなかった。葬儀の際にも隣の重鎮が一言、「もうあの毒舌を聞けなくなると思うと寂しいよな」とこぼされた。やっぱり思っていることはみんな同じぢゃないか...。

現在、追悼を込めて同氏の過去のブログを読んでいるのだが、新たに気づかされることが少なくない。とにかく文章を綴るのが得意なセンセイだったから逝く前に柿生と本市の将来について残してくれと依頼しておいたのだが、その同氏が1千ページもの文章を生前に書き綴ってあるらしくそれを勝手に「尾作ノート」と命名しているのだが、いつの日かその「尾作ノート」を目にしてみたいと思っている。

そう、冒頭の秋風五丈原。墜ちる巨星を見た魏の司馬懿(仲達)は諸葛亮(孔明)が死んだと判断し、蜀に攻め込んだ。が、諸葛亮(孔明)が死ぬ間際に授けた最後の秘策、同氏に似せて作られた木像を本人と見間違えて自陣に撤退。そこから「死せる孔明、生ける仲達を走らす」の格言が生まれたが、まさに死せる同氏の想いを実現する為にも生きて走らねばならぬと。

そうそう、蛇足ながら前回の子育て論の続き。何かの折に本人から「山ちゃんの子供は立派な大人に育つよ」と言われたことがあった。ふむふむ世辞にしても何やら意味深だナ。理由を聞けば同氏と誕生日が同じなのだそうで...。亡き故人が偲ばれる。

(平成26年10月8日/1898回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 7日 (火)

13.5%

昨日は朝から台風が首都圏を直撃。この夏に局地的な集中豪雨により浸水をしたエリアが区内にあって雨水管の整備に関する陳情をいただいているのだが、前夜から降り続く雨にそちらを迂回しての登庁となった。隣接する川の水位こそ上がっていたものの大きな被害は無さそうな様子にひとまず安堵。

さて、少し前の投稿に空き家対策について「座長の尻でも...」と記したところ早速にその機会が訪れた。昨年、視察にて秋田県を訪ねたのだが、その視察項目に空き家対策が含まれる。当時の視察項目は国際教養大学(秋田県)、地域防災計画(大仙市)、空き家対策(大仙市)、認定こども園「千畑なかよし園」(美郷町)と見所満載。

夜は美郷町副議長の深沢義一先生の計らいにより地元の若手メンバーと交流会を催していただいたのだが、その視察のアレンジはこの人。当時は地元の代議士の秘書として活躍をしておられたものの、現在は自民党川崎市連の青年局副局長として活動を続ける川本学氏(中原区)。最近、たまたまそんな話をしたところ早速に機会をアレンジしてくれた。とにかく広い人脈を有する上にフットワークが軽い。

空き家対策については国会でも与党自民党の議員連盟による議論が進み、今国会において「空家等対策の推進に関する特別措置法案」の提出が予定されていることから、その概要とともに現行の課題と国の動向について国土交通省の担当者を招いての勉強会を催していただいた。出席者は勿論、川崎市議会空き家対策PT座長の廣田健一氏(多摩区)と私、それに副団長の橋本勝氏(多摩区)。

2013年の速報値によれば全国の空き家数は820万戸で総住宅戸数に占める割合、いわゆる空き家率は13.5%。その内訳を見るといわゆる別荘等のセカンドハウスは二次的住宅といわれ41万戸、全体に占める割合は5.0%。次に賃貸用の住宅、つまりは不動産等の流通市場に含まれる物件は460万戸、割合は56.1%。

で、それらを除外した「その他の住宅」の一部が対象になるのだが、近年はその伸び率が顕著で10年前に比べて1.5倍に増加。その戸数は318万戸で全体の35.4%を占める。中でも一戸建て木造が最も多く、その老朽化した建物がいわゆるごみ屋敷や倒壊寸前の家屋になることが懸念されている。

その国の特別措置法案の概要によれば、条件付きながらも首長の権限において立入調査や所有者等を把握する為に固定資産税情報の内部利用を認め、また、空家等に関するデータベースの整備等も含まれる。そう、この空き家対策については個人が所有する住居に行政が介入する訳だからそこには財産権の壁が立ちはだかることは言わずもがなだが、さりとて、著しく周囲に迷惑を及ぼす物件については所有者に適正な維持管理を求めて然るべきとの声もあって...。

空き家に関しては田舎の倒壊寸前の木造住宅のイメージが強いが、都市部こそ事態は深刻。何せ都心から十分な通勤圏内に立派な戸建住宅がありながら都心の一等地にマンションだなどと...確かどこかで聞いたなそんな話。嫁姑の煩わしさも手伝ってかそもそもに親との同居を拒むようになったことに一つの原因があって...昔はね、我慢だよ我慢。

(平成26年10月7日/1897回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 6日 (月)

ガラパゴス

些か誇張気味に...と促されて派遣されるリポーター。大型の台風接近ともなれば否が応でも注目が集まるから報道局には好機。「観測史上初めて」とか「戦後最大級」なんて表現を毎年聞いているような気がしないでもないが、そんな報道を耳にすれば不安も募る。それにしてもよく降るよナ。

台風を前に収穫を急ぐ地元農家。前日は家族総動員で収穫を終えたと聞いた。そんな農家の苦労も知らず台風接近にはしゃぐ子供たち。休校の判断は当日午前6時とのことだったらしいが、さすがに前日に休校を決めたと聞いた。そんな早めの判断は地元でも...。

翌日は細山神明社の例大祭。御神輿を前に担ぎ手たちの血が騒ぐ。「もしかしたら…」今回ばかりはそんな微かな望みも無さそうな予報に早々と中止を決断。「弁当なんぞは仕入れの都合もあるだろうから早めに決断してあげたほうが...と思ってね」と関係者。確かに運動会の中止などで弁当の当日キャンセルは代金の半額しか払われないこともあるらしく...。

午後に予定されていた自民党の広島市豪雨土砂災害被災地応援のための募金活動も延期となり、ぽっかりと空いた一日。さて、どうしたものかな。日頃の疲れを癒しにマッサージ?否、こんな日こそ子供の相手でも...いや、それは余計に疲れる。

と、神社の参拝だけ済ませて、市役所に休日出勤。こんな日こそ手つかずの政務活動費の書類整理に限る。昨年度までは局内に政務活動費の専任が居て、四半期毎にそのチェックを受けていたのだが、経費縮減の折、今年度からは他の業務との兼任となったらしく、そういう時って危ないんだよナ。

そうそう、1円以上の領収書を全て提出することに異論はないのだが、その帳票類の作成が煩雑な上に金額の多寡に関係なく領収書1枚につき添付書類は4枚。その手間や半端ではないから中にはその為「だけ」に臨時的に人員を採用したり他に委託したりと苦心されている様子。で、その為の費用については政務活動費からの支出が認められているんだけど、ならばまずは手続きの簡素化を図るべきではないかと思っていて...う~ん。

が、そんな雑務に追われているのは私どもだけではない。例年、教職員組合から「ゆきとどいた教育を求める請願」が提出されていて、その趣旨の一つに教職員の定数改善、つまりは増員が含まれる。当事者の話を聞けば兎に角「忙しい」のだと。その一つに通知表の作成が含まれるというのだが、低学年では「◎」「○」「×」の三段階評定で平等主義が浸透しているせいか「◎」と「×」は学年で1~2名でそれ以外はオール「○」。それのどこが忙しいんだと首をかしげてみたくもなる。

で、最近聞いたのだが、某小学校のコピー機などは両面コピーが出来ない上にソート機能も無いらしく、教師多忙の理由の一因はそこにないか。だっておらが自民党のコピー機でさえ「片面→両面」の機能もあれば「ソート」機能もあるんだから教育委員会もそこをケチっちゃイカンよ。大事な「先生」をそんな雑用で使うとはもったいない。でも、当事者がそんな機能があるってことも知らないらしく、やっぱり教育現場って...。

(平成26年10月6日/1896回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 5日 (日)

ちよりんピック

韓国では仁川アジア大会だが、こちらは「ちよりんピック」と命名が上手い。「千代ヶ丘」という地名を冠したちよがおか幼稚園はこうりんじ幼稚園の姉妹園。週末にそちらの運動会「ちよりんピック」に顔を出した。

関係者の気遣いにて来賓席に通していただくのだが、最前列だけに居るだけで随分と目立つ。「票目当て」という下心が無いといえば嘘になるが、元気一杯の子どもたちの姿にこちらも元気を貰うことが出来た。やっぱり子どもたちの笑顔っていいよナ。

当日は細山神明社の祭礼にて太鼓と囃子が地元を練り歩き、午後は向原の神輿を担がせていただいた。神輿といえば来年の統一選に向けてポスターが目立つ。別にまじまじと見ていた訳では無いのだが、あるセンセイのポスターに「市民相談1万3千件」とあった。

以前、別のある市議が駅頭にて「これまで5万件もの陳情をこなしてきました」と訴えていたらしく、聞く人が聞けば相当な働き者に見えそうなものだが、冷静に考えればそんなにある訳ないよナと支援者がこぼした。おらがセンセイ曰く「自慢話は耳障りが悪い。そりゃ他人様が判断するものだ」と。

でも待てよ...同氏は私より1期上の4期目。ってことは16年目。日数に直して約6千日だから1日あたり2件ともなれば、そのへんはありそうだ。ちなみに道路公園センターへの陳情件数は私と並んでこのセンセイが多いのだそうで。それも自慢だナ(笑)。

さて、私なんかはおらがセンセイの地盤を継がせていただいたのだが、あるセンセイの地盤を継ぐ際には相手に「付け届け」をするのがこの世界の常識だと「最近」聞いた。ってことは「していない」ということなのだが、別に金銭的な支出を惜しんだ訳でもなく、ただそんな「常識」を知らなかっただけの話。でも、その「付け届け」の意味するものって...。見方によってはその役職をカネで買ったように見えなくはないか。

私の初陣時なんかはほんとに恵まれていて、当時は「無職」だったからその間の生活費こそ自費だが、それ以外の負担はほぼゼロ。事務所はおらがセンセイが「無償」で提供してくれたし、事務員も同様。尚且つ、当時、地元の御婦人にスーツまでプレゼントしていただいて...。「アンタ、そんな折り目の無いスーツじゃダメだよ」って。でも、それは毎日必死に走り回っていた証であって、そのスーツだってある有名なブランド品だったんだ、と懐かしの思い出話は尽きないのだが、選挙を目前に控えたある日、おらがセンセイからお呼びがかかった。

ある人からこれを預かっているんだと手渡されたのは分厚い封筒。神妙な面持ちで渡されたもんだから固辞できるような状況になく...。そしてこれが私の分ともう一つの分厚い封筒を積み重ねて差し出された二つの封筒。中身は勿論「アレ」なのだが、中身以上に地元の期待をズシリと受けた瞬間だった。その地元への恩返しを...と4度目の選挙が近づいてきた。

(平成26年10月5日/1895回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 4日 (土)

数字合わせ

例年であればおよそ9月末には閉幕を迎えるのだが、今年は会期が長い。それもそのはず、今年度から決算審査特別委員会における分科会方式が採用されて個々のセンセイ方の質疑における持ち時間が長くなった。

各常任委員会単位に開催される分科会における持ち時間は1人40分。昨年迄は30分だったからそれに比べれば一歩前進か。で、その分科会の議論を踏まえて各会派の代表による総括質疑が行われ、決算議案の採決へと進む。その総括質疑の持ち時間は会派の構成人数により時間が配分されるのだが、無所属の1人会派(1人だから会派じゃないと思うのだが...)のセンセイにも10分の時間が与えられて質問が許される。

わが会派が16名で70分なのに対し、一方の無所属は1人10分。理不尽に見えなくもないが、そこで駄々をこねても仕方が無い。無所属のセンセイ方も元々はどこかの会派に所属していたはずなのだが、離脱が進み...現在は8名が無所属。ってことは無所属だけで合計80分が用意されていることになる。

そういえば、もう一つの大きな進展は総括質疑の際における市長の出席。昨年迄は「慣例により」決算審査時には市長が不在。が、大事な決算審査の席に市長が不在では不自然ではないか、と議会運営検討協議会で議論を重ねた結果、市長が出席した上で市長宛の質問を行うことが可能となった。そう、1人10分では大した内容の質問も出来無いのだが、その総括質疑におけるある委員の発言が目に付いた。

「市長が公約に掲げた待機児童対策は単なる数字合わせになってはいまいか」と。元々認可保育園の開設時には園庭の確保が義務付けられているものの、利便性の高い駅周辺等、土地の確保が困難で保育所の敷地内に園庭を設けることが難しい地区では近隣の公園等を代替園庭とみなす特例が適用されているのだが、その割に公園の整備が追いついておらず、整備も行き届いていないと。

確かに雨後の筍の如く乱立をする保育園だが、数字合わせが目的となれば杜撰な運営母体でも許可してしまうことへの懸念が残る。また、公立保育園の民営化にしても公立と民間の一番の違いは競争の有無。切磋琢磨する中で生まれるサービスの向上こそが民間の持ち味であって「官から民へ」との大義名分の下で「何となく」推進されている側面があるが、盲目的に追随するのではなく、何の為に民営化をするのか、その意義を見つめなおすことこそが大事であって、そうすれば必然と今後の進路は見えるはずと助言をしておいたのだが...。

そうそう、社会人時代に「(会社の利益を減らせばいいだけなのだから)製品を安く売ることは誰でも出来るが、その為に高い報酬を払っているのではない」と前職時代の上司は絶対に値引きは許さなかった。いかにしてその製品の魅力を相手に分かってもらえるか、随分と考えていたよなぁ~と。

(平成26年10月4日/1894回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 3日 (金)

家訓

冒頭から大変失礼な物言いになってしまうのだが、四票差といえばこの人の代名詞。下馬評では俄然優位と思われた初陣はそれが本人の詰めの甘さか運命のいたずらかたった四票差で落選の憂き目に...。その落胆いかばかりであったろうか。

「その雪辱を...」と臨んだ二度目の挑戦で新人の私と相見えることになった。立候補者8名に対し、定員枠は7つ。下馬評は私かこの先生か、どちらかが落選との予想。柿生村と生田村の総力を上げた村社会を背負っての一戦。同じ自民党同士の生き残りをかけた一戦ってのはほんと嫌なもんだよ。最終日には「この麻生区の将来を三十にも満たない若者に預けていいんですか~」って必死に訴えていたけど、まさかそれって...私?と。

で、熾烈を極めた戦いは誰もが予想だにしなかったまさかの結論、私が最下位の7位で同氏が一つ上の6位。当選圏内確実とされていた共産党の候補者が落選となった。センセイの世界は年齢以上に期数が大きく左右する。そこで同期で当選を果たしたことがズケズケと物を言える間柄を作った。これが一期上だったらほんと大変だったかも...。

誰よりも地元「柿生」を愛し、この川崎市の将来を憂うが故に言わなきゃいいことまで言って徹底的に役人とやりあっていた。が、役所でどれだけ机を叩こうが居眠りをしていようが有権者にはその姿は見えないもの。仕事の実績以上に要領のいいヤツが選挙を制するのはこの世界の常識。多分私などは実績に比べて得票数が随分と多いはずだが、仕事と得票数の相関関係で最も損をしていたのはこの御仁ではなかったか。

知識を有しているが故に些か嫌味な性格に見えてしまうのだが、憎めないキャラだけに「本当の」支援者は全て御見通し。柿生の将来を託せるのはこの御仁しか居ないんだと。それが来年4月の選挙を目前に入院されてしまって...。本来であれば村社会を代表する後継者にバトンは託されるべきなのだが、こんな御時世だけに火中の栗を拾うというか、あえてそこに挑戦する人物もなかなか見当たらないらしく。

そうそう、候補者といえば、当人には気立てのいい娘さんがいらして、「斯くなる上は(後継者は)御令嬢しかいないぞ」と本人には伝えておいたのだが、当人の盟友に聞けば個人演説会の際などは本人の演説時の拍手は「まばら」なれど娘の挨拶時には拍手「喝采」なのだとか。やっぱりオイラの人物眼はなかなかイケてるじゃないか(笑)。

そう、遠慮を知らない性格なもので過去に「親に似つかわない立派な御令嬢だが、いかにして育てたのか」と本人に聞いたことがあった。本人曰く、「毎朝の食事を一緒にすること、夜はそれぞれに帰宅の時間も違えば都合もあるから...。それが我が家の家訓だ」と。勿論、それ以降も我が家で実践されている訳ではないのだが、それこそが子育ての秘訣だそうで。

享年58歳、川崎市議会議員の尾作均先生が天国に旅立たれた。されど悲しんでいる暇は無い。まさに弔い合戦、同氏の意思を継ぐ後継者を当選させることこそが最高の供養ではないかと。合掌。

(平成26年10月3日/1893回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 2日 (木)

事なかれ主義

「おい、オマエら廊下に並べ!」。そんな先生も居たよな~と昔を懐かしんでみるが、その一言が保護者の逆鱗に触れたらしく、それがきっかけで当事者の先生が退職されたと噂に聞いた。当時の詳しい状況は居合わせた者にしか分かりえぬが、そりゃ言うことを聞かない生徒にはその位の口調で接して然るべきではないかとも...。大の大人が小学生相手に「はい、みなさん、廊下に並んで下さいね」とはむしろ相手を小ばかにしたようでどうも好かん。

最近は児童の氏名を「さん」付けで呼ぶ。私の頃は呼び捨てが当然だったからそこに違和感を抱いてしまうのだが、当時は生きていく上での教養や物事の道理、善悪を教えてくれる学校の先生は偉いという共通認識があって、その先生の存在は絶対的。やっぱり生きていく上でおっかないもの、畏怖の念は必要であって、往年時には「ビンタ先生」として怖れられたM先生は喜寿にならんとする教え子の同級会に誘われていた。それが教え子への愛情である以上、そのアツい想いは教え子に伝わるんだよなぁ。

それとて「子どもの権利」なるものが推進された結果なんだろうけど、つい最近も学校で注意した先生に暴力を振るい、大けがをさせたとして秋田市内の県立高校3年の男子生徒が傷害容疑で逮捕された。女性は病院に運ばれたものの意識不明の重体だそうで。教師も人である以上、時に間違いもあるだろうけど、児童に「ゲンコツ」をした教師が「体罰」を理由に罰せられる一方で、教師を「殴った」児童は処罰されないとは何とも虫がいい話。

私語が絶えないとか授業妨害と思しき児童を見て見ぬフリでは教育上どうなんだと首をかしげたくもなる。「教育委員会に訴えるぞ」というのは脅し文句であって、本来であれば時として校長先生が庇護をせねばならぬ熱血教師も、こと最近は現場に事なかれ主義が蔓延しているだけに「異動」はあたりまえ。

当然、保護者に対しては異動の経緯など説明されるはずもなく...。結果、「あの先生はクビになったらしいよ」と尾ひれが付いた噂が保護者に広がることになる。年度途中の「退職」に保護者も動揺の色を隠せない、それが誰しも納得するような処分であれば正々堂々と保護者に事情を説明すべきではないか、それが無いってことはやっぱり...事なかれ主義なんだよナ。

たった1人の保護者の言い分で教育現場が捻じ曲がっちゃうのは大きな損失であって、他の保護者とてその処分に疑問を抱きつつも、周囲との軋轢は生みたくないから遠目に眺めがち。また、教師も教師で余計な御節介で処分を受ける位なら学習指導要領の内容「だけ」を教えていたほうが得策ではないかと、そのへんも事なかれ主義の弊害かと思われるが、やっぱり卒業後も教え子たちに愛される先生ってどこかとんがっているよナと。

(平成26年10月2日/1892回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年10月 1日 (水)

マッサン

義妹の薦めで明治初期の外交官夫人、広瀬常の疾風怒濤の人生を描いた「辛夷開花」を読んだのは数年前。その原作者である植松三十里さんの文章を雑誌「WEDGE」に見付けた。

最近は好調のNHK朝の連続テレビ小説、「花子とアン」に続く「マッサン」の初回も高視聴率を記録したと聞いた。「マッサン」はニッカウヰスキー創業者、竹鶴正孝氏とその妻リタの波乱万丈の人生をモデルに描かれたとされるが、「なりわいの先駆けたち」と題したその文章ではひと足早く竹鶴正孝氏の人生を紹介してくれている。

さて、地元小学校における恒例の秋のフェスティバルまであと1ヶ月。実行委員となる保護者の面々も家事そっちのけで準備に夢中の様子だが、とりわけ特別支援学級の母親らが積極的に手伝って下さるのだそうで。

特別支援学級といえばハンデを有する児童生徒たち。世間一般の子供たちと一緒にごく普通の学校生活を経験させたいと願う親の希望とは裏腹に「御宅の御子息様は当方の学校では受け入れることは出来ません」などと冷たい仕打ちに遭遇することもあるらしく、その一言は奈落の底に落とされる心境だと聞いた。その苦悩は当事者にしか分り得ないものだが、そんな対応にも挫けることなく前向きに生きようとする保護者に教わることは少なくない。

そんな保護者から過去に何度か相談をいただいて、これまでも教育現場における医療的ケアの充実を求めてきた。それが必然とは云えども就業時間中、ずっと子供に寄り添わねばならぬ保護者の負担は重い上に、また、一方で思春期を迎える児童にとっては終日、親に監視されているのは煩わしい。

気管切開によるたんの吸引等の医療的ケアについては元々特別支援学「校」のみに限定されており、小中学校の特別支援学「級」における必要な医療的ケアについては本人又は保護者の対応とされていたものが、私自身も本会議(平成23年第3回定例会07月05日-08号、平成23年第5回定例会12月19日-07号)にて取り上げたり、保護者と教育長の面談をアレンジして同席するなどの活動を続けてきた結果、平成24年6月から教育現場への看護師の派遣が実現することになった。

ということで、現行では医療的ケアを希望する児童に対しては週1回のみ看護師の派遣が認められているのだが、その派遣時間は1時間半。予算の制約上、そのような制限を課したものと推測は出来るのだが、1時間半では自宅との往復時間も無駄というもの。

このたび、市議会にその拡充を求める請願を予定されているらしく、その請願文が団会議にて協議され、全員一致で署名することで話がまとまった。その請願の末尾には「毎日の付き添いは自分が思っていた以上に厳しいものでした。それでも子供が楽しそうに学校生活を送る姿を見て、これからも子供の笑顔の為に、少しでも長生きして元気に頑張りたい」とあった。

(平成26年10月1日/1891回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

 
自民党
山崎なおふみは自民党の議員です
自民党ホームページへ
KAWASAKI CITY
山崎なおふみは川崎市の議員です
川崎市議会のページへ