なおログ[Blog]

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2014年1月

2014年1月31日 (金)

シニア世代

大手新聞社の論説記事よりも斬新な視点を与えてくれる「ハフィントンポスト日本版」。時折、目に付いた記事を読んでいるのだが、元ミス日本で希少がんの肉腫患者となる吉野ゆりえさんの難病対策に関する記事から。

今回の通常国会では「難病対策」としてその医療費の助成制度が大幅に拡充される予定にあることは過去に何度か取り上げてきた。「薄く広く」を原則に5百億円を上乗せして対象範囲の拡大を図る一方、一部の患者に応能負担を求めようとしたことが患者の反発を招く結果に繋がった。

これまでは医療費が無料だったものが、最悪のケースで年間最大53万円の負担が生じることから「経済的理由から生命維持に必要な受診を抑制する人や、医療費の重い負担に耐えかねて心中や自殺を考える人が続出するのではないか」という懸念が表明されたとのこと。

今回の制度変更に伴い、助成対象が56疾患から300疾患に拡大。が、そもそもに難病の数は5千疾患を超え、「制度の狭間」に取り残された患者は「現在も」、そして今後も年間最大53万円の医療費を負担し続けなければならない(冷たい言い方になってしまうが、それとても優遇されているのだが...)。

今の状況は自らの「病名」がその対象に含まれるか否かが生死を分けるといっても過言ではなく、財源が限られている以上、全て無償にとまではいかぬまでも、「病名」ではなく、個人の医療費と経済状況に応じた「難病対策」への転換を図ってはどうかと訴えている。

似たような話は年金でも...。わが国のGDPの約6割は個人消費だが、その約半分は60歳以上のシニア世代が占めるという。それだけ消費意欲が旺盛なのは財力のある証拠。老後でもそれなりの収入がある世帯には年金は不要ではないかと。一方で制度に基づき保険料を払ってきたのであって、財を成したのはこれまでの努力の賜物。(年金を)貰わずとも生活に困ることはないが「貰って当然」、ならば意図的に年金も払わずに生活保護の恩恵を受ける高齢者こそ悪の元凶ではないか。

と、まぁ若者には無縁の話だが、そんなシニア世代に目を向けた市長の公約が「有償ボランティア制度」。これに違和感を覚える方が少なくないようで、車座集会においても、ボランティアはあくまでも「奉仕」であって対価を求めるべき類のものではないとの意見と「対価はあって当然」との意見がぶつかった。

経験豊富なシニア世代の活用という視点は悪くないのだが、そこにおカネをチラつかせたことが躓きのもと。そうなるとその募集に高齢者が殺到する緊急雇用対策と何ら大差はない。言葉遊びに過ぎないのだが、ニンジンをぶら下げたことで必要以上に風船がふくらんだのは事実。仮に低廉な金額を支給するにしても「地域の課題解決にシニア世代の活用を」位で留めておけば十分な賛同を得られたはず。

そうそう、冒頭の「難病」は本人の努力ではいかんともし難い運不運が左右するが、シニア世代はその歳を迎えるまでに幾度と無くチャンスがあったはず。まずは自助を促す社会を目指さなければ若者が浮かばれない。

(平成26年1月31日/1649回)

電子書籍「一日一話」

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2014年1月30日 (木)

児童絵画

仕事のことを考えてはのんびりとくつろぐことも出来ぬ。いっそ都会の喧騒から離れて疲れを癒しに...。

団体の中には箱根や熱海で新年会が開催されることもあって、お呼びでもかかれば遠路遠征することになるのだが、箱根に熱海といえばやはり温泉旅館。会議室を借りて会議を済ませ、夜は宴会、宿泊、そして、翌日は温泉でのんびり。

フルコースで御付き合いすればカネも使って「双方に」気も遣う。そして、何よりも時間、往復だけで半日仕事なのに、一泊二日はさすがにキツい。と、手短に挨拶を済ませ、早めに切り上げさせていただいたのだが、そちらで御一緒になったのが川崎商工会議所の会頭。

業務が多忙を極める上に連日の新年会、そして、長距離移動とあっては無理もないのだが、幾分か疲れ気味の様子。京浜工業地帯の生みの親、浅野総一郎氏の活躍をきっかけに交流が進む両市。川崎市と富山県氷見市の経済界が交流を深める「越中氷見寒ぶり懇親会」が本年も開催されたが、その立役者がこの人。本人がそこを意識されているのかお聞きしたことはないのだが、市を代表する業界団体の中でもこの方の挨拶には「気」がこもっている。「気」がこもるといえば...。

ある団体の児童作品展に御招待をいただいたのだが、これが全国大会とあって、数多くの作品を見学させていただいた。内閣総理大臣賞は「大きなエビがとれたぞ」と題した小学校5年生の作品。おじいちゃんが得意げにエビを持ち上げている絵なのだが、おじいちゃんの表情が豊かでエビが生き生きと表現されていた。講評に立たれた先生の話では「科学は自分が発見・発明しなくても後の誰かが必ず発見・発明するが、絵はその人が生まれてこなければその絵は永久に生まれない」というノーベル賞受賞者の江崎玲於奈博士の言葉が紹介された。

算数の解答欄には同じ数字が入るが絵画となるとそれぞれの作品が独創性豊かなものとなり、その色使いや描く対象は大人たちとは違った子供たちの純粋な気持ちを表わしている。かつて訪れた大船渡市の越喜来小学校の生徒の作品が文部科学大臣賞を受賞されていたが、入賞は震災にもめげずに生きる勇気を与えてくれる。被災地からの作品も多く、中でもこちらの作品が目に留まった。以下はホームページからの引用にて。

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厚生労働大臣賞 「祈り~あの日を忘れない~」

 石巻市立稲井小学校 6年 杉山結奈

震災の時、私は4年生でした。あちこち信じられない光景の中から、がれきの中で見た花火を描きました。今年は、あれから3度目の挑戦、そして、児童作品展に応募する最後のチャンスでした。夏休みが近づくと、どんな絵にしようかと頭の中は作品のことばかりでした。そんなある日、南三陸町につれて行ってもらいました。まだまだ復興が進んでいないところがたくさんあります。そういうところに行ったり見たりするたびに、何とも言えない悲しい気持ちになります。そして自然と何かに手を合わせて祈りたくなります。そういう様子を表現しました。そんな気持ちや状況を全国の皆さんに知ってほしかったです。防災庁舎がたとえなくなってもこの町のたくさんの人たちの思いは消えることはないのです。この絵とともに永遠に残り、それを私たちが語りついでいかなければならないのです。

(平成26年1月30日/1648回)

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2014年1月29日 (水)

メシの評価

現在の市長は「区民車座集会」なるものを公約の一つに掲げているそうだが、私も負けじと毎月恒例の支援者宅の座談会に顔を出した。

既に75歳の後期高齢者となるBさん。悠々自適とまではいかぬまでも年金生活も可能なはずなのだが、今も契約社員として働き続けていて、この4月以降も新たな就職口を確保されたという。若かりし頃から「家にカネを入れてなんぼ」との姿勢が染み付いているらしく働ける間は働き続けたいと、その意欲が何ともスゴいではないか。

「メシは向こうが作るもの、カネはこちらが稼ぐもの」と自然と夫婦間の役割分担が決まっているから、稼いだカネを恩義背がましく渡すものでもなく、出てきたメシもあたりまえのように無言で食べるとのことだが、つい「無言ですか?」と横槍を入れてしまった。

当方なんぞはおよそ家庭のメシは「旨い」と公言して憚らないのだが、若い世代の「愛情表現」の一つではないかと片付けられてしまった。大半が外食となるだけにごくたまに自宅での夕飯ともなれば、多少はくつろげそうなものであるし、主婦歴10年以上の妻がレシピ通りに作れば「旨い」のはあたりまえ。その一言はおべっかとか「夫婦間の円満な関係を期待して...」という打算的なものではなく、世辞抜きに自然と発せられるものなのだが、結果として絶縁の抑止効果位はありそうだということに最近気づいた。

さて、本題。家庭のメシの評価同様にちょうちん記事は書くつもりはないからキツい言い回しになってしまうのだが、「その程度の内容であれば仕事を切り上げて参加するほどのものではなかった」というのが正直な感想。対話を行いたいという姿勢、誠意ある対応こそ評価に値するが、内容的には何ら目新しさを残せなかったのではないか。

そう、話題の「区民車座集会」の第一回が麻生区役所にて開催された。今後、毎月1回各区持ち回りにて行われるというが、後方にズラリと並んだ職員の表情を見れば...。参加者の年齢層は相変わらず高め。現役世代の通勤族は仕事で多忙を極める一方で、既に現役を引退された方々は時間的な余裕からか政治への関心が高い。そんな方々を主な対象とされているのでは従来のタウンミーティングと何ら大差は無い。手探り状態の第一回だけに次回以降はどうなるか御手並み拝見となりそうだ。

東京都知事選においてある候補者のネット戦略が注目をされていると聞いた。有権者から政策を募集し、その内容をHP上で公表することで注目を集め、ネット上の議論を深めていこうとする試み。確かに「握手した数しか票は増えない」というのは選挙の鉄則だが、タウンミーティングなどと募集しても、忙しい現代人が貴重な時間を割いてでもそこに足を運ぶだけの価値が本当にあるのか。

「いつでも」「どこでも」「誰でも」が時代のキーワード。ということで、そのへんにマッチしたこのブログも多少の「異議」ならぬ「意義」がありそうなものだがどうか。

(平成26年1月29日/1647回)

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2014年1月28日 (火)

入院見舞い

最近はとんと御無沙汰のタウンニュース社の編集長から久々に掲載などどうかと提案があった。

何といっても新聞折込みで区内3万8千世帯に配布されるだけに効果は抜群。勿論、原稿料をいただける立場ではなく、逆にこちらが料金を「払って」の掲載ゆえに議会の質問原稿以上に熱が入る(笑)。このブログ程度のチャラチャラした内容では見識ある有権者の皆様に笑われてしまう。ということでいつになく真面目に吟味を重ねた上で原稿を仕上げたのだが、果たして...。掲載は31日(金)の予定、乞うご期待を。

そのスペースの一部には同社が運営する情報サイト「政治の村」の宣伝も含めておいたのだが、「政治の村」は「別途」登録料が課せられるものの、県選出の議員情報が掲載されていて、中でもトップページのブログランキングが目を惹く。「わざわざ」そんな相手陣営が掲載されているものを宣伝して浮気でもされたら...との不安が浮かばないといえばウソになるが、さりとて、囲い込みなどとセコくて姑息な作戦ではいづれ淘汰されることは必死。

そう、一度はその店の暖簾をくぐりたいと思っている料理人の一人に小山裕久氏がいて、同氏によれば「弟子には全て包み隠さず教える。それは自分を乗り越えて欲しいから」というその姿勢は何とも魅力。やはり一つでも多くの選択肢の中から選んでいただいてこそ喜びもひとしおというもの。

さて、閑話休題。病院での入院生活は退屈そのもの。そんな入院患者から話し相手に呼び出されることもあったりして...。支援者のTさんから着信があった。昨年末に軽度の脳梗塞から緊急入院、一命を取り留めたTさん。体の一部に麻痺が残るものの、年末の見舞いに訪れた時からは格段の回復を見せた。

受話器を通じて近況報告を聞いたのだが、相部屋だけに隣の爺さんが夜中に起きて大声を発するから云々と話をされていて、こちらも仕事に追われていたからつい「来週伺うから...」と無愛想に受話器を置いてしまった。ということで御見舞いを兼ねて病棟を伺ったのだが、病室内の患者同士のイザコザはよくある話。「まぁまぁ円満に」と諭すつもりがどうも事情が違うらしい。

隣の爺さんが夜中に大声を発する、それ自体は事実であって、宿直が呼び出されるのらしいのだが、Tさんの言い分によれば、その宿直の対応があまりにも冷たい、というか惨いとのこと。当日はTさんが懇意にしている担当者を呼んで、「いかなる理由であってもその御家族が安くない医療費を払って入院されているのだから御客様としてもう少し親切な対応があるのではないか」と年下の相手を諭すように話をされた。

本人以上に他人様を心配する何とも正義感の強いTさん。そんな御節介は中々出来るものではないのだが、たとえそれが他人様であろうとも人生の大先輩を敬える人が一人でも増えれば世の中はよくなるじゃないかと教えてくれた。

そうそう、私が見舞いに訪ねた時は丁度リハビリ中だったのだが、女性のリハビリ士相手に随分とご機嫌のTさん。やっぱり健康回復の秘訣は異性にあり。私にとっても学ぶことが多い見舞いとなった。

(平成26年1月28日/1646回)

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2014年1月27日 (月)

保険適用

たまたま空いた時間をどう活用するか。「同僚諸氏の活躍でも見に行くか」と庁内で開催されていた議会運営検討協議会の傍聴に顔を出した。

似て非なるものに議会運営委員会、通称「議運」と呼ばれる会議があって、各会派から正副団長が出席して議会の運営についての意思決定が行われる。その委員長ポストは議長就任に向けた登竜門となるだけに権威が高すぎてそんな些細な話は別席で協議するようにと設置されたのがこの議会運営「検討協議会」。議会の縁の下の力持ちとなれるか否か、座長はわが会派の尾作均氏(麻生区)、その委員には同期の林浩美氏(川崎区)が含まれる。

さて、空き時間の利用といえば、ストレス解消。百合ヶ丘駅前に贔屓の整体マッサージ店があるのだが、今月末を以って店舗を閉店されると伺った。その店は駅から少し離れたビルの上階にあるだけに立地的には不向きなのだが、それを上回る腕があって、料金はコンビニ整体並みの1時間5千円と通常の相場。残念なことに施術士が本人1人だけに予約で埋まってしまうことも少なくなかった。

整体マッサージのビジネスモデルは個人タクシーと同じ。回転してなんぼの世界。七五三や運動会等の同一時に需要が集中、その時ばかりはこぼれんばかりのフル稼働となるが、あとは閑古鳥ということも...。閑散期における顧客の獲得と時間活用がビジネス上の課題となる。

とりわけ、世は健康ブーム。巷の需要は間違いなく増えているらしく、ここ近年、駅周辺には整体マッサージ店が乱立。中でも「保険適用」の看板が目立つ。保険適用となれば仮に1時間6千円の3割負担としても2千円で施術を受けることが出来るのだから断然お得。「それじゃあ保険適用を申請すればいいじゃないか」と聞けば、国家資格の一つ、柔道整復師の資格が開業時に必要となるそうで。

本来であれば医療行為を必要とする患者の為の保険だけに、健康な方の癒しの為のマッサージが保険適用になるとは言語道断であって、そこに私どもの保険料が充当されるということだからどうも腑に落ちなかったのだが、ちゃんと保険適用の条件として、「医師の同意書又は診断書を必要とし、疲労回復や疾病予防を目的とした施術は対象外」との規定があるとのこと。

ただ、果たしてその規定がどこまで厳密に遵守されているか。店側だってせっかく相手が来て下さるのだから無碍に断れずになんてことも...。が、その保険適用の範囲は15分ワンコインに限定されるから超過分については通常料金となるらしく料金的にはそのへんの店と遜色が無いではないかとの結論になった。

では何が利用者を「保険適用」の店に向かわせるのか。その一つは「お得感」。「保険適用」とあれば誰もが通常料金の3割を期待する。「6千円が2千円に」と期待して、門さえくぐってもらえばこちらのもの。もう一つは「安心感」。「保険適用」ともなれば政府のお墨付きに等しい。最近は回数券を押し付けられる等の強引な店舗もあるらしく、そのへんへの不安感が「保険適用」へと向かわせる理由になっているようだ。

でも、贔屓の施術士はほんとにスゴい腕の持ち主だけに来月からの疲労が心配。

(平成26年1月27日/1645回)

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2014年1月26日 (日)

一宿一飯の恩

さて、都知事選。「衝撃の生データ 舛添が圧倒的勝利これでいいのか!?(週刊現代)」、「小泉原発ゼロ政局 自民党を再びぶっ壊す!(週刊朝日)」、「本命「舛添」は逃げ切れるか(サンデー毎日)」とそれぞれ色の付いたに週刊誌の見出しが躍る。

選挙にネガティブキャンペーンは付き物。かつて私の選挙でも怪文書が出回ったことがあった。その怪文書には「いついつに本会議を休んでゴルフに興じていた」と具体的な日付が記載されていたのだが、当日は妻の出産日。確かに本会議を休んだのは事実だが、その内容が内容なだけに...。が、それがかえって陣営の士気を高める結果に繋がった。

愛国心に訴えるというのが最も手っ取り早い手段であって、「舛添は半島の人物ではないか」との風説に本人は自身のブログで出自を明らかにされているが、どこの世界でも後ろ向きの仕事だけは御免蒙りたいもの。怪文書が出回ることを公職選挙法では「風説の流布」というらしく、今回の知事選のような当選者が1人だけの1人区では最有力候補の証だが、私ども地方選のように複数人が当選する選挙では当落ギリギリの候補である可能性が濃厚となる(泣)。

そんなゴシップ話のほうがペンはスラスラ進むのだが、今日は葬儀の話。「死せる孔明、生ける仲達を走らす」とは死して尚その影響力の大きさを物語る三国志の逸話の一つだが、葬儀における御焼香の列の長さに故人の生前の功績を窺い知ることが出来る。が、そんな葬儀への参列も打算が伴うのが世の常というもの。大切な人を失った悲しみは深い、そんな相手の弱みに付け込んで、故人に別れを告げるというよりも御遺族へのアピールも含まれていたりして...。

このたび、神奈川県選挙区で活躍された元参議院議員の石渡清元先生の訃報が届いた。相手によって態度が変わる人物はゴマンといるが、この先生ほど誰にでも飾らずに接して下さった方はいないのではないか。とにかくエラい先生のはずなのだが、こちらに気を遣わせず、その行為に打算が無い。私が陣笠の頃に何かの選挙の折にうちのボランティア数名と食事を御馳走になったことがあった。

既に現役を退かれて数年、現役当時とてこちらは一介のサラリーマンで、特段に義理も無かったはずなのだが、そんなエラい先生が「たまたま」居合わせたに過ぎない私を食事に誘って下さったことが何ともうれしかった。恐縮して、「今日はボランティアのスタッフがおりますので...」とやんわりとお断りしたのだが、「みんな一緒でいいじゃないか」と中華街の「安くない」レストランに連れて行っていただいた思い出が懐かしい。

その訃報には既に葬儀を近親者だけで執り行ったとの記載が含まれていて、それも故人の遺言か御遺族の心遣いか、何とも先生らしい去り際の美学ではないかと。周囲への配慮から社葬を拒まれた本田宗一郎氏の話は有名だが、余計にその御人柄が偲ばれる。

(平成26年1月26日/1644回)

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2014年1月25日 (土)

自己矛盾

最近、機会があって、ソニー創業者の井深大氏の著書「幼稚園では遅すぎる」を拝読したのだが、目から鱗の内容。幼児教育の重要性を説くその本の上梓は71年だが、今も十分に通用する一冊。とりわけ、子育て中の保護者にお薦め。

さて、本題。それを作るのが仕事といえども作れば役所の仕事が一つ増える訳で、それが納税者への自己アプールか、それとも下々を監視したがるお上の性分か、とにかく法律が多いのがわが国の特徴。最近でこそ議員立法なども目立つが、そもそもに役所が議員に対して御進講の上、承認を得て成立させる件数のほうが圧倒的に多い。

それは自治体も同じ。必要性に迫られて作られるものが大半を占めるが、中には理念的な条例もあって、それがかえって混乱を招くケースもある。「そんな条例ならば作らなかったほうがいいのではないか...」と。

その一つに、「子どもの権利条例」(正確には「川崎市子どもの権利に関する条例」)があって、本市が全国に先駆けて制定したと役所は胸を張るが、条例を制定したことで本市の教育はどこまで改善されたのか。むしろ現場の混乱を招いているだけではないのかとの指摘がある。それもそのはず、子ども最優先の思想が貫かれているのだが、いじめや児童虐待なども他都市に比べて低い訳でもなく、児童虐待などは別途条例を制定するなどの措置も図られた。

「体罰は絶対にダメ」。そりゃ分かったけど、じゃあ対教師暴力は?器物破損の件数は?人権教育の推進は教職員組合等のいわゆる左派の専売特許だが、授業の風景を見てみなさい。子どもの権利を教える教師の目の前でうつ伏せで机に寝てみたり、靴を脱いでみたり、足を放り出してみたりと何とも滑稽な姿が広がるのが現実の姿である。「だってオレたちにも権利あるし...」と反論されて悩みを抱える教師。その責任は誰が取るのか。

つい最近、私の所属する市民委員会においてそのへんの報告を受けたのだが、やはり議論は紛糾。条例の制定は平成12年だが、既に10年以上も前だけに携わっていないセンセイが大半を占める。他都市の追随はわずかであって、制定せずとも特に教育上の支障はきたしていないとの回答も。条例の制定がかえって現場の混乱を招いているのではないかとの問いにも行政側は「条例の浸透度が足りないだけ」の一点張り。

そりゃ過去の失敗を認めないのが行政というもの。あるホームページに本市の事例が紹介されていた。

【川崎市の事例】 小学校で、授業中、たびたび立ち歩きやおしゃべりをする生徒に対し、教師が大声で注意し、腕を引っぱって着席させるなどの措置をとったところ、川崎市人権オンブズパーソンが「人権侵害」と認定し教師が謝罪させられた。以降、川崎市では厳しい指導が困難になり、授業中マンガを読む生徒などに一度は注意しても、聞かなければ放置するしかないなど、深刻な状況が報告されている。

(平成26年1月25日/1643回)

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2014年1月24日 (金)

挑戦心

「どれだけ威張り散らしていても選挙に落ちればただの人、いや、ただの人以下だ」と言われてしまうこの世界。そこによこしまな考えでもない限り、落選は「挑戦の証」であって、賞賛されずとも後ろ指をさされるようなものではない。

このブログでも紹介した元アップルジャパンの山元賢治氏が賞賛していた経営者の一人であって、「メイド・バイ・ジャパン」は今も世界に通用すると信じて疑わない。アジア諸国において日本ブランドは健在であるし、(日本人が)単に萎縮しているだけで、その製品と国民性は隣国も含むほぼ全ての国々で高く評価されている。

事実、その著書「世界に挑め」にある「誰かが【野茂】にならなきゃいけない」という言葉が本人のアツい情熱を表わしている。著書を読んだのは随分前だが、本はあくまでも活字の世界。やはり本人をこの目で見ないことには...と思っていたのだが、偶然にもアカデミーヒルズのメルマガにその名前を見かけてセミナーに申し込んだ。

「俺たちが仕掛ける、どでかいビジネス」と題したセミナーは満員御礼。そのゲストがテラモーターズ代表の徳重徹氏であって、年齢は私より若干上だが、電動バイクの普及を目指すベンチャー起業家として各方面から注目を集めている。製造業の空洞化が叫ばれて久しいが、製造業のベンチャーは初期投資がネック。IT分野ではなく、巨大企業が割拠する製造業という分野で勝負するその挑戦がいいではないか。

欧州のきれいな街並みや西洋文化も結構だが、何といってもダイナミックな躍動感が味わえるのはアジア。今のアジアには幕末から開国、明治維新というわが国の激動の時代が重なりそう。中にはドサクサに紛れて財を成した人物もいると思うが、無一文から今の京浜工業地帯を一代で築き上げた浅野総一郎やその浅野総一郎にバンバンと投資し続けた同郷の安田善次郎、渋沢栄一から岩崎弥太郎まで当時はその時代背景から数多くの実業家がした。

そんなアジアの中で日本の技術を片手に徒手空拳で挑み続けるその挑戦心こそわが国が忘れかけていた精神。戦後における松下やソニー、ホンダの創業者がそうであったように。「アントプレナー」と訳される起業家は他国では賞賛の的だが、わが国では安定したサラリーマン志向が強く、今は大企業といえどもサラリーマン経営者が少なくない。

年齢とともに安定した生活を求めがちになりやすいのと同様に会社も規模が大きくなれば「失敗の可能性が付きまとう」挑戦よりも堅実な経営を求めがち。その最たるものが役所であって、役所は黙っていても税収が見込めるが故に怠慢になりやすく、ビジネスの最前線で活躍している経営者の話はモチベーションを上げるのに最適。

そして何よりも本人を今の地位にたらしめている原動力は何か。本人曰く、そのストイックな姿勢は過去の挫折と「徹夜してでも絶対にやらねば」とモーレツに働いたサラリーマン時代の経験によるものだそうで。

(平成26年1月24日/1642回)

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2014年1月23日 (木)

様子見

昨日の続きに近い。いま話題の教育法とは無縁のこうりんじ幼稚園。「とにかく人の話を聞くこと。それが出来れば英語も不要」と。そして、何といっても地元のお寺さんが運営する幼稚園だけに「ののさま」の世界。何かに対して畏敬の念を抱くことも大事。どのような教育方針の園を選ぶか、まずは「選べる」ということが重要なことではなかろうか。

さて、直近の新聞記事をまとめ読みしていたら神奈川新聞の記事に「待機児童解消狙い 認可外保育施設活用」との記事があって、川崎市私立保育園連絡協議会代表の青木しづ子氏のインタビューが掲載されていた。

これまで、市は待機児童解消の為に認可保育園を「バンバン作って」というと表現が悪いから「大幅に拡充」してきた。認可保育園には多額の補助金が入るが故に低い保育料を設定することが可能で、尚且つ、市が一括して入園募集を行うから園側の努力いかんに関わらず、定員に近い園児の獲得が見込まれる。

認可「外」保育園はその料金格差を補うべく創意工夫を凝らしてもさすがにそれだけ大きな格差が生じているといかんともし難く。事実、4月以降は認可保育園への入園が出来なかった児童が認可「外」保育園を選択するケースは少なくないが、せっかく慣れてきた園児も翌3月には「安い保育料が魅力の」認可保育園への転園を希望され、元の木阿弥に戻ってしまうそうで...。

それを埋めるべく昨年10月より市は一部の認可「外」保育園に通わせる家庭に対し、月額5千円を支給することとしたものの、依然としてその格差は大きく、「せめて月額2万円位の補助が必要ではないか」と代表は訴える。本来であれば国が教育改革の検討課題の一つとして進める「教育バウチャー」のように所得などに関係なく一律に子供をもつ家庭にバウチャーを配布した上で保護者が選択をする仕組みが導入できればイコールフッティングが担保される。

本来であれば認可保育園のほうが「認可」というだけあって、保育士の配置も手厚く、様々な制約が課せられるから運営の費用も嵩む。その分、保育料も高めとなるのが本来のあるべき姿なのだが、サービスは厚く、費用は廉価なのだから認可「外」保育園が太刀打ちできるものでもなく...。

そう、そんな事情を見透かしたように国の検討も進んでいて、平成27年4月の本格施行を予定している「子ども・子育て支援新制度」に向けて検討が進む政府の「子ども・子育て会議」では夫婦共働き家庭等に限られていた認可保育園の利用者の範囲を広げるほか、公費補助の対象を認可保育所以外にも拡大する方針が打ち出された。

その財源は消費税の一部が充てられるとのことらしく、それはそれで結構なのだが、そうなると、政府の新たな公費補助を期待して来年度(平成26年度)は様子見を決め込んだりするのはズルい役人の考えそうなことだけに...。

(平成26年1月23日/1641回)

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2014年1月22日 (水)

脳科学

新年会もピークを過ぎて、同僚諸氏の新年会が本格化。週末に顔を出した新年会で隣の同僚とそんな会話になった。「新年会、落ち着いた?」-「今日は11件、この前は37件だった」と。

私どもが呼ばれる新年会の相場は5千円~1万円。さすがに37件もあれば中にはこじんまりした会合も含まれるはず。平均3千円としても1日10万円の出費はさすがにキツい。「国会議員と違って」全て自腹となるだけにゼニの工面も大変だ。私の場合は多くても日に3件程度。当人が34件回って愛想よく杓をしている間位は仕事をせねばバチが当たると知人の薦めで区内の某保育園を視察させていただいた。

保育園の保育料は認可保育園が断然安い。認可保育園の安い保育料を支えているのは多額の補助金。今回の視察先は認可「外」保育園として運営されているだけに行政からの補助金はほぼゼロに近く、それだけに割高の保育料を設定せざるを得ない。「割高な保育料でも保護者に選択される為には...」とハンデを克服する為に理事長をはじめとした園の職員たちは日夜必死。園内の随所に創意工夫を窺い知ることが出来た。

そこで、まずはこんな事例から。本市の認可保育園に通わせている園児の第二子は保育料の減免を受けられるが、第一子が認可「外」保育園の場合は適用外。そもそもに認可保育園を申請したものの、入園枠からはみ出したが故に「やむを得ず」(認可よりも)高い保育料を払って認可外保育園に通わせているのだからそのへんはさすがに不公平ではないかとの声があるそうで...。役所から見れば些細な話かもしれぬが、本人にとっては切実そのもの。

そして、この保育園は話題の教育法を取り入れていることが特徴なのだが、理事長との話は子供の教育論に及んだ。日々研究が進む脳科学の分野。最近の脳科学研究によれば運動神経や考える能力を司る小脳の約9割は6歳児までに作られるのだそうで。

それを知ってか、おらが小学校でも朝のホームルームの際には担任の先生が次々にカードを出しながら「馬の耳に」-「念仏」、「石の上にも」-「三年」と反復練習。反射神経と集中力が身に付くその教育法は隣のクラスの保護者も羨むというが、何よりも自らの意思でそんな工夫を取り入れる先生の姿勢が「いいね!」ではないかと。

幼児期の子供は多くの可能性を秘めている。なるべく早くその可能性に気付かせてあげることが大事ではないかと思っていて、決してそれだけで立派な大人になれる訳ではないが、少なくとも将来の夢と可能性が広がりそうではないか。そう、見学に来る保護者の方に無償で貸し出しているという本棚には様々な教育メソッドについての本がズラリと並ぶ。

本には目がないもんだからつい物色してしまったのだが、ソニー創業者の井深大氏に幼児教育について多くの著書があることに驚かされた。その一冊「幼稚園では遅すぎる」を含む計4冊の本をお借りして子供の教育論を学ぼうかと。こんな歳になると子供たちに将来を託すことしかなさそうで (笑)。

(平成26年1月22日/1640回)

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2014年1月21日 (火)

ビンタ先生

ゴール間近か。昔、世話になった先輩から彼女を紹介したいからメシでもどうかとお誘いがあった。「先輩」というからにはそれなりの年齢なのだが、それでも良縁で結ばれるというのは何ともめでたいこと。さりとて、何も私じゃなくても当時の仲間は大勢いる訳で...。その理由は「バッチ」。「オレはアイツのことを知っているんだ」となれば本人の箔が付くらしく(笑)。

昔は雲の上の存在。も、最近は「電話一本、出前の政治」を掲げ、低姿勢で「御用聞き」に徹すれば評判は上がり、それに流行りの看板(=政党の推薦)でも付けてもらえば当選できる時代。それが行き過ぎて何にでも阿(おもね)る姿勢が世の中の歪みを生んだ。「消費税」のようにたとえそれがどんなに不評だと承知していても今言わねば将来に禍根を残すことは少なくない。

確かに傲慢といわれようとも御意見番として君臨していた昔の先生には威厳があった。年齢的な理由もあるけれどそんな威厳を備え地元で一目も二目も置かれる存在が私の前任のおらが先生なのだが、そのおらが先生も怖れる御仁がこちら...。

年末の挨拶回りの際には「まぁどうぞ」と穏やかに迎えて下さるその好々爺こそおらが先生の小学校時代の担任の先生。当時は「ビンタ先生」と生徒に怖れられたその厳しさこそ愛情の裏返し。晩年も多くの教え子たちに愛されたビンタ先生。天文の分野に造詣が深く、いつも目をキラキラと輝かせて語られるその姿は好奇心あふれる少年を彷彿とさせた。

当時の赴任先は地元の西生田小学校。6年生の担任となったビンタ先生。敗戦に打ちひしがれた教育現場の再建に向けて編み出した秘策が気象観測。今もその伝統が脈々と受け継がれるが、インターネット上で「西生田小学校」「気象観測」と検索するとこの先生が専門誌に寄稿された文章が最上段に登場し、当時の子供たちの気象予報が地元の農家に喜ばれたというエピソードが紹介されている。

大自然の摂理を学ぶことは大事。気象観測といえば、三国志では天下分け目の赤壁の戦いにおいて、天才軍師、諸葛孔明が火攻めに必要な東南の風を祈祷するシーンが登場するが、その季節になると東南の風が吹くことを予め知っていたとされている。

そう、ビンタ先生は多趣味だったから短歌に俳句、漢詩にも通じておられて、その句には必ずといっていいほど天文に関する語彙が含まれる。そう、以前、御自宅を訪問した際に漢詩を薦められて、何かの折に七言絶句の「力作」をはがきにしたため、先生宛に投函したのだが、韻を踏んでいないとの指摘とともに分厚い漢詩の辞典を頂戴したことが懐かしい。

偉人が亡くなることを星になぞらえ「巨星墜つ」と表現するが、享年95歳、ビンタ先生の訃報が届いた。

(平成26年1月21日/1639回)

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2014年1月20日 (月)

フィクション

仕事の合間に読む読書がささやかな愉しみの一つ。まとめ買いした本も落ち着き、現在は「原発ホワイトアウト」を読んでいるのだが、著者は現役の官僚なだけにそちらから政治家や社会を見る視点「も」参考になっている。

「おかげさまでそちらに不足はないから...」といえば誤解を招きかねないから表現を訂正するが、「現状では」そちらに頼らずとも「何とかやりくりが出来る」から私には疎遠なのだが、政界への工作活動や社会の暗部が描かれていて興味をそそる一冊。事実、妙にリアリティがあって、偏見を助長しかねないと思うのだが、あくまでも「フィクション」なだけに...。

さて、そちらの趣味はないのだが、芦田愛菜「ちゃん」主演の日本テレビ系ドラマ「明日、ママがいない」に物言いがついた。児童養護施設を舞台にしたそのドラマでは施設に預けられた児童が「もらい手」を見つける為の芝居を強要され、「泣いたものから食べていい」とか「おまえたちはペットショップの犬と同じだ」などという過激な言動が施設への誤解を招きかねないとの抗議。

今回は「赤ちゃんポスト」自体への賛否は横に置いておくとして、生活保護も然り、パチンコ三昧の者だけを見て全てがけしからんとなるものでもないし、一つの事例を以て全体が判断されるべきものでもなく、そんな事例は枚挙に暇がない。

今日の児童養護施設の礎を築いた岡山孤児院の創設者、石井十次氏やその崇高な理念に賛同して施設の普及を図った方々の善意とは裏腹に、中には児童虐待という現実があり、その根絶を訴えるのであれば多少誇張した位の表現は必要かもしれない。ましてや視聴率の世界だけに行き過ぎた面もありそうだが、むしろ、そちらのほうが世間一般の注目を集めるには好都合であって、作者の意図もそのへんにありそうな気もするのだが...。

その抗議の筆頭格が熊本市の慈恵病院。同病院は親が育てることの難しい子供を匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」の設置で知られるが、ドラマでは「赤ちゃんポスト」に預けられた子に「ポスト」というあだ名を付けられたそうだが、赤ちゃんポストは1箇所だけにそちらがイメージされてしまうのはさすがにマズかったか。

「どんな小さな案件であっても絶対に現地を見なければダメだぞ」とはおらがセンセイの教え。後の判断は視聴者が下すと思われるが、これだけ成熟した国家なのだから偏見を助長するというよりも「中にはそんな施設があるのかもしれないし、それは社会的に許される行為ではないよナ」と、妥当な判断が下される可能性が高いと信じていて...。

ちょっと見てみねばと思いつつ、手帳には夜の予定がびっしり。はて、どうしたものか。読者諸賢の御意見やいかに。

(平成26年1月20日/1638回)

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2014年1月19日 (日)

査定

政治団体の収支報告に政務調査費の帳票作成、議会の活動報告にタウンニュースの原稿とたまる一方で、雑務が遅れ気味。早朝から雑務に追われていたのだが、そんな時に限って...。

事務所のコピー機の調子が悪く、PCからの出力が出来ずにカスタマーセンターをダイヤルすることになった。正直、その対応にはあまり期待をしていなかったのだが、これがどうして、手際よくトントン拍子に進み、あっという間に解決されることになった。トラブル時の迅速な対応に企業努力が垣間見えた。

さて、ゴルフにワイン会などとは言語道断、何とも気楽な稼業ではないか、との批判は甘んじて受けるが、そんな折、事務所にFAXが届いた。「平成26年度予算市長査定について」と題したその資料の差出人には財政局長の氏名があった。来月から始まる定例会に向けて市の予算編成も大詰め作業。百花繚乱、バラ色の公約で当選された市長の最初の難関、その真価が問われる一戦となる。

FAXの2枚目には22項目が挙げられており、「本日(=17日)から」その最終査定を実施する旨の記載が添えられている。市長公約の一つ、【川崎まるごとWiFi化計画】は「市内1万箇所のアクセスポイントを整備し、ローミング料などで通信業者から収益をあげる新しいモデルを作る」というものだが、今回の査定にも「公衆無線LANの整備」が盛り込まれていて。

そんな夢のプランに微かな期待を抱きつつも、市が多額の投資を行って元銭が回収出来る見込みがないのであればいち早く白旗を上げる勇気も必要ではないかと...。公約の実現にこだわり過ぎる余りに後々多くのツケを払わされることだけは御免蒙りたいもの。

まぁとにかく公約の実現には多額の財源が必要となることはいわずもがなだが、その財源の捻出の為にはこれまで以上の行財政改革と歳出構造の抜本的な見直しが求められる。そのへんの具体案が見えてくるかどうかが今回の予算編成の焦点の一つ。また、これまでは数ヵ年毎に市税収入等の見通しや計画の事業費、行財政改革の効果等を盛り込んだ財政フレームを策定することで財政にタガをはめてきたが、果たして今後はどうか。

そして、これまでの第4次行財政改革における最終目標は平成26年度予算において「減債基金からの新規借入れを行わずに収支均衡を目指す」とされ、今日までの行財政改革は当初の目標を上回る成果を上げてきただけに、前述のような取捨選択を含む公約の実現と財政規律の調整をどのように図るのか、新市長の手腕の見せ所となる。そのへんの査定については議論の経過や様子などをぜひ聞いてみたいよなぁ。

(平成26年1月19日/1637回)

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2014年1月18日 (土)

ななつ星

本来、それが「野暮用」であってはいけないのだが、おらが後援会長の送迎を仰せつかった。帰り際に「ちょっと寄ってくれないか」と立ち寄った先は...。

およそこの手の店の店主は「冷やかし御免」とばかりに無愛想と相場が決まっているが、無愛想まではいかぬまでも物静かな店員さんが迎えてくれた。実は息子が鉄ちゃん(=鉄道ファン)なだけに自宅には「プラレール」が随分と転がっているのだが、「プラレール」とは違って模型自体が繊細で本当によく出来ている。

「贈り物ですか?」-「いや、自宅用」。その足で御自宅の鉄道模型を見せていただくことになった。

長寿番組「世界の車窓から」のファンなのだが、かつて訪れたイタリアの鉄道旅行。どこまでも外一面に広がったオリーブ畑が懐かしい。国内では帰省の際に長岡駅から北陸線を利用することがあるのだが、こちらの車窓から日本海が見渡せる。いつぞやに車窓から日本海に沈む夕日が見えたのだが、これが何ともきれいだった。

鉄道に揺られながらの旅も贅沢。立地のハンデを克服する九州人の情熱か、JR九州が企画した豪華寝台列車クルーズトレイン「ななつ星in九州」が人気と聞いた。野暮な話、1泊2日最低18万円から3泊4日最高の125万円までのメニューに申込みが殺到するというのだからどこが不景気なのか。

いや、またそのへんが逆に好奇心をそそり、それだけの価値があるのか、ぜひトライしてみたいと狙っていて。まずは...と、そのデザインを手がけた水戸岡鋭治氏の著書を拝読している。

が、わが国が誇る鉄道といえば、何といっても「新幹線」。オール2階建ての上越新幹線は本数を維持したまま輸送力の増強を狙ったものだが、その輸送力と正確な時間は世界一。今でこそもてはやされている「新幹線」もかつては昭和の二大無用物と称された時代があったのだから...。ちなみに無用物のもう一つは戦艦大和。今であれば「原発」なんて言われかねないが、人とはかくもいい加減なもの也。

ここ近年は帰省の際に東京駅から上越新幹線を利用するのだが、その清掃業務が目を見張るほど改善されていて、服装から業務中の姿勢、接客態度などいづれも好印象。日本に追いつけ追い越せと虎視眈々と狙う諸国だが、その鉄道技術のみならず、「おもてなし」というサービスこそ日本の宝。技術は真似られてもその運用技術や接客サービスは一朝一夕に築けるものではない。

そんな縁の下の力持ちの職場を描いた「奇跡の職場 新幹線清掃チームの働く誇り」(矢部輝夫著)も気になっている一冊で。

(平成26年1月18日/1636回)

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2014年1月17日 (金)

流鏑馬

カネで買えないのが票というもの。来賓といえどもカネも使って気も遣う。その支出は経費扱いにならず、政務調査費の対象外となるだけに、どうせ自腹ならばたまには気兼ねなく優雅なひとときを過ごしたいもの。ということで1万円会費の新年会をビール1杯で切り上げ、同じ会費のワイン会に顔を出した。

会費にて購入するワイン以外に各自が持参する品もあって、今回は垂涎の的となる「ラフィット06年」以外にエストニアから仕入れたというワイン?があって、御承知の通り、エストニアはバルト三国の一つであって、緯度が高い寒冷地となることからワイン作りには適さない。が、それでもワインを...というエストニア人の気概が生んだ一本。まさに汗と努力の結晶そのもの。これが意外にも結構イケた。

その一本を仕入れていただいたのは若手指揮者の中島章博さん。昨年の8月に同国のフェスティバルに招聘された際のおみやげらしく...。指揮者に限らず若手の演奏家が自らの腕前を披露する場は限定的な上に学閥やコネが左右する興行の世界ともあって、そんな若手に演奏の機会を、と活動を続けておられる。先週、都内で開催されたコンサートにはワイン仲間も駆けつけたらしいのだが、若手とはいえプロと遜色がない?との評。この4月には本市のミューザでの公演も予定されていて、曲目はシベリウスの交響曲第5番。

さて、毎年、成人式の日には地元の高石神社では伝統の流鏑馬神事が執り行われていて、私も手伝いとして駆り出されているのだが、3年生の課外活動の一貫で取り上げているらしく、百合小の生徒(=ゆりっ子)が多く、校長先生と数名の先生が見学に訪れていたことから立ち話になった。

この正月に年賀状の投函を妻から依頼されたのだが、息子の年賀状に「がっこうがはじまるのが、まちどおしいです」とあったことを担任の先生は「いつも私のことを気遣ってくれるんですよ」と言って下さったのだが、多分、両親ともに相手をしない家が退屈だったのかもしれないと過去を反省してみたりもする(笑)。

「本来、家庭でやるべき躾もわが家ではほとんど野放図に近いので学校に任せっぱなしで恐縮ですが、文句はいいませんので、手加減なくビシビシやっていただいて結構です」と申し上げたのだが、「保護者がそういう認識を持って下さっていれば大丈夫ですよ」と校長先生が教えてくれた。そこに信頼関係がなければ保護者と学校の間に軋轢が生まれ、関係がギクシャクする。

それは保護者と学校に限らず、地域と学校も同じ。地元を歩いていると学校について様々な評判が聞こえてくる。そりゃあ、それぞれの言い分はあってもまずは顔を合わせての挨拶から。かつて、地元の神輿を担いでいた校長先生がいたが、確かに当時の評判は抜群だった。今は他校にて御活躍の身だが、出世されて市内の校長先生の束ね役を務めていると人づてに聞いた。

(平成26年1月17日/1635回)

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2014年1月16日 (木)

初打ち

こういう話はあまり宣伝しないほうがいいはずなのだが、ゴルフの「初打ち」を終えた。

年四回、三の倍数の月に開催されるその大会はスコアが百以下の方には参加資格がないだけに決して自慢できるものではないのだが、12月の例会が雨天順延となったことから新年会を兼ねて1月に行われることになった。三の倍数の月ではちょうど議会日程と重なることからめったに参加できず、数年ぶりの参加となったのだが、表彰式では「今回は私の為に開催していただいたようなもので...」と挨拶を述べた。

それもそのはず、結果は準優勝。「御一緒に回っていただいた方に恵まれて...」というのがお決まりの口上なのだが、準優勝以上にうれしいのがそのメンバー。中には久しぶりの出席という年女の女性が含まれていてまさに男冥利に尽きるというもの。年女といえば24歳、36歳?、でも、おばあちゃんだから...72歳?いやいや、更にその上、84歳というから恐れ入る。これで運気もアップしそうな気配...。

さて、雑誌「Vasco da Gama」でインド特集を予定しているとのことで友人を紹介しておいたのだが、編集長からの依頼で一席御一緒することになった。4ヶ国語を自在に操るNさんは日本語もペラペラ。漢字の読み書きもなんでもござれなのだが、インド人同士の会話は英語だという。それもそのはず、インドは州によって言語がまるで違う。

それを象徴するかのように1千ルピーの紙幣には幾つもの表記が記載されていて、それが日本の方言レベルであればどうってことないのだが、もう全くの別言語になるらしく、Nさんはヒンディ語に次いで利用人口の多いタミル語なのだが、ヒンディ語とは会話が成り立たないという。それが国内における英語普及を促し、世界におけるインドの優位性に繋がっていると聞いた。

中学生時代に中国の人口10億人、インドの人口7億人と教わったはずなのだが、現在のインドの人口は12億人。尚且つ、平均年齢が圧倒的に若いことが特徴。鉄道インフラが未整備なだけに移動手段は限られる。車の販売台数は依然好調らしいのだが、それ以上に道路のインフラ整備が追いつかず、街中は大渋滞の日々。

そんな成長著しいインドこそチャンスだと家電の分野でも猛烈な攻勢をかける中国に韓国に日本メーカーは押され気味だそうで。その理由はアフターサービス、故障時の対応。日本メーカーは現地修理が基本だが、向こうは新品を持参しての丸ごと交換。短時間での解決は主婦の心をガッチリ掴み、その際に目に付いた他社製品の買い換えも勧めていくというのだから何とも...。「日本製品は壊れないことを前提に作られているから...」と事情をよく知るNさん。

当日の話は多岐に亘ったが、私の興味はやはり教育。以前、Nさんは有名学習塾にて講演を行ったところ大ウケだったらしく、その内容は算数。そう、2桁かけ算。3桁も平気だと語るNさんに2桁を教えてもらったのだが、これが何とも目から鱗で(笑)。

(平成26年1月16日/1634回)

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2014年1月15日 (水)

トリビア

二十四節季の一つ、「大寒」が迫ってきた。その漢字が如く年間で最も寒いとされる季節だが、今日の天気予報も雪だるまだけに通勤通学に御注意を。

さて、正月の定番といえばウィーン・フィルのニューイヤー・コンサート。今年の指揮者はダニエル・バレンボイム氏だったが、過去にその大役を務めた世界的指揮者の小澤征爾氏の父親は本市にて歯科医をされていたことからそちらの顧問にも御就任されていたそうで...。

また、そのコンサート・マスターのライナー・キュッヒル氏は親日家で有名。本市の名誉国際親善大使第一号となっていただいているのだが、その御令室、キュッヒル真知子氏と本市歯科医師会の井田満夫会長との対談を興味深く拝読した。川崎市歯科医師会が発行する小冊子のタイトルは「はぁもにぃ」。

そう、「ハーモニー」とは調和の意。冒頭の「は」と「歯」を掛け合わせて体の健康は歯の健康からという願いが込められている。そして、健康に欠かせないものといえば音楽。人間には音楽が必要であって、子供たちにそういう経験をさせたり聴かせたりするのは情操教育の面からも重要ではないかと語られている。

さて、文学界で「村上」といえばノーベル賞受賞の呼び声高い村上春樹氏だが、もう一人の「村上」、村上龍氏もお気に入りの作家の一人。何よりも電子書籍の分野での挑戦が注目を集めている。その言い分は「(電子書籍の)制作コストを公表し、利益配分を透明化することで、電子書籍ビジネスの公平なモデルを示したい」と。

文学界は一部の「売れっ子」を除いて出版社が圧倒的に強く、ちょっとした小説家といえども足下を見られがち。それが作家の卵ともなればもう門前払い...。著作者に支払われる印税の相場は価格の10%。残りは出版社の取り分とされることが多いが、それも紙媒体の世界の話。電子書籍になればその装飾デザインや編集から流通等のビジネスモデルがまるで違う。出版社に足下を見られる作家、そこに風穴を開ける挑戦を続けているのが同氏。

最近は書評ブログと化しつつあるこのブログだが、知人の薦めで同氏の「55歳からのハローワーク」ならぬ「ハローライフ」を読んだ。短編集だが、その第一話は熟年離婚の話。もうそれだけで何とも興味を惹くのだが、それ以上に第二話が傑作。その舞台は「川崎市宮前区」、主人公は「福田」なる人物だけに、そちらを連想できればあなたも立派な川崎市民。

その位は偶然の賜物ではないかと思うこと勿れ。主人公「福田」は苗字だけなのだが、もう一人の登場人物は「ある市議と同姓同名」(まぁ緻密にいえば漢字が一文字違うのだが...)。「川崎市宮前区」、「福田」、「同姓同名の市議」ともなればこれはもう...。ちなみに私に紹介してくれた人物は都内在住者であって、そこに意図はないはずなのだが、何ともウケてしまった。

話の内容が気になる?それは伏せておいたほうがよさそうで。

(平成26年1月15日/1633回)

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2014年1月14日 (火)

文具店

性懲りもなく「負けてたまるか」と勝負を挑むのだが、けんもほろろに返り討ち。勿論、選挙の話ではなく...。いかんせん向こうは疲れ知らず。フルマラソンに向けて調整を終えた季節であればまだしも、餅におせちに旨い酒が並ぶ正月明けの1月とあっては肥え太った体にキツく、翌朝は筋肉痛に悩まされることになった(笑)。

恒例の麻生区少年野球連盟マラソン大会。長い竹に藁(わら)や茅(かや)を被せ、正月飾りがうず高く積まれた「どんどや」を横目に黒川の営農団地内を早朝から子供たちが駆け抜ける。これがほんとに絵になっていて...。「手を振っているだけじゃダメだぞ」と誘っていただいて、その行事を子供たちと一緒に走り続けて今年で10年目を迎えた。

勿論、他の議員も開会式には挨拶に来るのだが、子供たちと一緒に走る姿は印象に残るらしく今でも道端で「今年もまた走るんですか?」と声をかけられることも...。聞けば過去に一緒に走る姿を見かけたのだそうで、何とも議員冥利に尽きる話ではないかと。本来であれば近所で子供たちの元気な声が聞こえるというのは喜ばしいことのはずなのだが、それも時世か迷惑だとの軋轢から転々とした変更を余儀なくされてようやくこちらに落ち着いて20年の歳月が過ぎたと聞いた。まぁとにかく住みにくい世の中。

そう、私の地元のチームは百合丘ペッカーズ。小学校の近くで文具屋を営んでおられた店主が監督として築いたチーム。私が知り合った際には既に監督の役は下りておられたのだが、癌を患い、数年前に教え子に見守られて他界された。そちらの御出身だけに、なまりある岡山弁が何とも人情味にあふれていて、当時から店内の雑談然り随分と世話になった恩人の一人。

御見舞いに伺った際に交わした最後の言葉は「選挙は大丈夫か?」と、自らの身体以上にこちらを案じていただき、涙の別れとなった。その後は文具屋も閉店されて、寂しく思っていたのだが、つい最近、その隣に雑貨店がオープン。店の前の看板には毎週木曜日にチョークアート教室が予定されていると記されていて、壁面に飾られたチョークアートの絵に本人のセンスが窺い知ることが出来る。

目の前には子供たちが元気に駆け回る小学校の校庭が広がり、少年達が白球を追う姿を見ることが出来る絶好のロケーション。私がよく知る同世代の女性が趣味を生かして始めたその雑貨店には雑貨に混じってさりげなく文房具が並んでいるのが目に付いた。

そう、店主は監督のお嬢さん、何とも父親想いではないかと。

(平成26年1月14日/1632回)

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2014年1月13日 (月)

内助の功

「アンタは出ないのか?」というのが最近のワルい冗談になっていて返答に窮している(笑)。われらが自民党東京都連も紆余曲折の末に舛添要一元厚生労働相を推薦することになった。ということで今日はそちらの話題から...。

当初はおらが村に在籍していたものの反旗を翻して、「除名」という最も重い処分を課せられた当人を推すことに対して不満の声も聞こえたようだが、過去のしこり云々の前に都民の為に最善の候補者を選んだものと願ってやまない。

そう、都知事選といえば、とある元首相の出馬を巡って様々な憶測を呼んでいるが、首都の顔となるだけにそのインパクトやメッセージ性は否定しないし、首相経験の有無も不問で結構だが、「反原発」のシングル・イシューはどうか。ましてや、首都とはいえども地方自治体の首長選挙である。尚且つ、首相辞職の原因は東京佐川急便からの1億円借入であった上に、「小泉ブランド」が付くか否かの見極めが出馬への決断を遅らせているとすれば...。

国にしても市にしても「議会」と名の付く処は数こそ力。故に政党や派閥が形成され、群れが出来る。群れの中で生きる為には親方に忠誠を誓わねばならないし、協調性が大事だから時に信念を曲げて我慢せねばならない時もありそうで。ということで私のように優柔不断な輩には丁度いいのだが、確固たる信念の下に一匹狼的な人物には鬱憤が募る。むしろ群れからはみ出す人物位のほうが自らの裁量で権限を行使できるトップ向きであって、その典型例が小泉純一郎元首相。

ということで群れからはみ出した舛添要一氏は議員よりも首長向きだという結論で援護射撃になったかどうか。蛇足ながら、優柔不断な議会人と申し上げたが、世の中には「潤滑油」というものも必要なことはいわずもがな。

閑話休題。その御宅には相手陣営のポスターが貼られていて、それでも地元の顔役なものだから年末の御挨拶に伺う程度だったのだが、上品な奥様が好意的で現在では何かと御支援をいただくようになり、それに釣られてか御主人様まで便宜を図って下さるようになった。まさに家庭における奥様の権力は絶大。

今年も恒例の麻生地区消防出初式を終えた。当日は長年に亘る消防活動の功績を称え、永年勤続者等が表彰されるのだが、それに加えて、今年は消防団配偶者表彰として前団長の御令室、すなわち奥様が表彰の栄に浴された。まさに夫の活動を支え続けた「内助の功」の表彰の発案は「いいね!」である。

さて、私事。昨年の5月に議員在職10周年ということで表彰をいただいたのだが、このたび、後援会主催の新春の集いにおいて私への花束贈呈に向けて役員の皆様が段取りを進めて下さっていると聞いた。ついては「奥様にもどうか」と聞かれ、「御負担をかけるから妻は不要」と御返事を申し上げたのだが、私自身も照れ屋な上にそんなもの用意されたら後々面倒でたまらん。その気遣いだけありがたく頂戴することにさせていただいた。

(平成26年1月13日/1631回)

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2014年1月12日 (日)

蟻地獄

それが仕事の証か、在庫が不足していた事務用封筒が印刷屋から届いた。封筒自体は前回と同じような紙質なのだが、梱包箱の外部表記は英語。「輸入品?」とある人がつぶやいた。原材料の高騰に商品値上げに踏み切る製紙各社。一方で円安とはいえどもそれを上回る低価格から隣国のそれがわが国の国内シェアを拡大していると聞いた。

製紙会社の御曹司の巨額カジノ騒動。その総額106億8千万円だそうで。マカオで興じ始めた賭博も命運尽きたのはシンガポールのリゾート「マリーナ・ベイ・サンズ」。当人が夢中になった「バカラ」はイタリア語で「ゼロ」を意味する言葉だが転じて「破産」の意味も含まれる。

丁半博打的な単純さが魅力で貴族が好んだとされ、およそ賭博者の最終目的地の一つとされている。その魅力は過去に経験済みだが、将来を嘱望された人物の転落のきっかけは何か、そこに興味があって懺悔録を読んだのは去年の話。ちなみに印税は全額社会福祉事業に寄付するとのこと。

一方の雄が「バカラ」であれば、その対極は知的ゲームの最高峰とされる「麻雀」。秦の始皇帝も興じたとされ、その発祥地となる中国。雑誌「選択」の今月号に-(業界最大手の)王子製紙が中国で立ち往生-との記事が掲載されていて、92年に工場進出を果たしたものの現地に翻弄され、稼動も撤退できない泥沼状態に陥っている同社の顛末が紹介されている。

本件に限らず特にゼニが絡んだ時にその何とも狡猾な国民性をのぞき見ることが出来るが、こちらにとっては非常識な話も道徳規範の低い向こうにとっては常識的な話。そこに乖離がある以上、いつまでも平行線であって、最終的に抜かれたゼニは戻ってこないのだから脇の甘い自らを反省するしかないのだが、わが国「だけ」を目の敵にするどこぞと違って、わが国のみならず東南アジア諸国やあの米国にさえも阿らぬ姿勢は大国のゆえんか。

そんな相手国に対し、はるか昔に送ったとされる「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」の書簡。そこにその意図があったかは諸説様々だが、少なくとも媚びへつらう姿勢は「蟻地獄」への第一歩だけにその位の気概は有したいもの。

情報統制された国だけにその実状が一部しか伝わってこないが、中には行き詰る経済を指摘する論評も目にしつつも、何よりもPM2・5に代表される大気汚染が深刻な被害をもたらしているというのは看過出来ぬ事態。これからは黄砂の季節がやってくる。原発事故後の放射線量以上に憂慮しているのだが、靖国参拝に比べて新聞各紙の論調がイマイチなのがどうも納得しがたく...。読者諸賢はいかがか。

(平成26年1月12日/1630回)

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2014年1月11日 (土)

大ヒット上映中!

都内の一流ホテルのレストランでの合コン。「特攻」って「自爆テロ」と同じだよな~。という一言に声を荒げて退席する26歳の主人公。そんなシーンが登場する話題の映画を見る為に当日の賀詞交歓会を早めに切り上げて映画館に立ち寄った。

「96」といえばそちらの方はすぐに反応されるのだが、そう、憲法改正。改正されれば若者が戦地に送られることになりかねないとの一部の大合唱。誇大化してのネガティブキャンペーンはそちらの常套手段だが、そんな意図を見透かすかのように、「いまどきの若者はお金を出してあげると言っても留学さえ行けないんだからねぇ」とこぼす地元の御婦人は、むしろ「平和ボケ」日本の将来を憂う一人。威勢のいいかけ声だけで一国の平和が保てるか、銃口を向けられて「ごめんなさい」で相手は許してくれるのか。

さて、私の祖父は戦没者。父は昭和19年生まれ、翌年が終戦の年だから祖父は父の顔を見ていたかどうか。「お国の為に」といえばカッコはいいが、九死に一生どころか十死ゼロ生が「特攻」というもの。「臆病者」といわれようとも愛する家族の為に絶対に生きて帰るとの誓いを胸に生きた宮部久蔵は零戦のスゴ腕パイロット。飛行士の教官として赴任した訓練所では教え子を「特攻」に志願させる訳にはいかないと試験では「不可」ばかり。そんな反骨の士が「特攻」を選んだ理由とは...。号泣の映画「永遠のゼロ」。

原作はとうの昔に読み終えているのだが、近年稀にみる感動の一冊だっただけにその映画化は気になっていて...。何よりも原作本はちょっと厚めだから2時間半の上映時間は魅力。その宮部久蔵を演じるのはNHK大河ドラマにて「軍師官兵衛」演じるジャニーズの岡田准一。といっても然して興味はないのだが、キャスティングや演技云々というよりもストーリーだけでも一見の価値ありで活字が苦手な人にはぜひお薦め。

「特攻」といえば鹿児島県にある知覧特攻平和会館を訪ねたのは数年前。きっかけは支援者の方が貸して下さった一冊の本。知覧を舞台に繰り広げられる特攻隊員と地元の富屋食堂を経営する鳥濱トメさんを描いた「ホタル帰る」(草思社)もお薦め。

知覧特攻平和会館には語り部がいて「戦争に勝てないということは分かっていた。後世の国民に何が残せるのか。何かを残せば、必ずやこの祖国を立て直してくれるだろうと。尊い命を犠牲にしてまでこの国を守らねばならなかった隊員の気持ちを考えて欲しい」との言葉が深く印象に残っているのだが、「永遠のゼロ」にも宮部久蔵の戦友が「生き残った者の使命はその人の死を無駄にしないこと」と語るシーンが含まれる。

私はばあさんっ子だけに幼少時代に戦時体験を多く聞いたことが自らの財産の一つになっているが、意外にも映画館には若い世代が多かった。

(平成26年1月11日/1629回)

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2014年1月10日 (金)

駆け込み需要

「急いては事を仕損じる」とはよく言ったもので。何ら確証があるものではなく、それが主婦の直感によるものか、オンナの直感によるものか、「物品を焦って購入した時に限って粗悪品だったりと、かえって後悔する時のほうが多いものよ」とは妻の談。

消費税の駆け込み需要。3%の負担はバカにならぬ。それが建売住宅や分譲マンションともなれば尚更で3月末の入居に間に合わせよとの親方の号令、というよりも住宅販売会社の指示に地元の職人も師走並みの東奔西走。手抜きこそないとは思うが、さすがにそれだけ抱えれば小さな綻び位は見えそうで...。

ましてそれが終の棲家ともなればそこでムリした3%がどう出るか。敵もさることながらそんな消費者心理を突いてくる世知辛い世の中。そこに目が行っているから「高くても買うだろう...」、というよりも「買わざるを得ないよな」と相手の弱みに付け込んで。でも、待てよ。そこで我慢すればどうなるか。エコポイントの教訓に倣えばポイントの消滅後における値下がり額のほうが大きかったようで、やはり「買いたい時に買うのが最善ではないか」というのが夫婦の結論になったのだが、それを上回る御仁が居て...。

「周囲が買うときに買わず、周囲が行くところに行かないほうがいい」と豪語している。

そうそう、今年はワールドカップイヤー。開催国のブラジルでは2年後にはリオデジャネイロのオリンピックの開催も予定され、インフラ整備も一気に進む。まもなく開幕予定のソチ冬季五輪。国家の威信をかけたインフラ整備が急ピッチにて進められ、何とか間に合ったようだが、鉄筋の本数は大丈夫だよナと他人事ながら心配してみたくもなるもの。

ワールドカップのスタジアム建設に多大な税金が投じられる一方で、バス運賃など公共料金の値上げを発表したことに激怒。公的な教育や医療の改善や汚職問題も絡んで大規模なデモの嵐に発展したことは御承知の通り。ブラジルは国土が広い上に欧州のように鉄道網が発達していないから国内移動は飛行機がメイン。国内線でも5万円なんてのもあれば宿泊代も御祝儀相場だそうで、こちらはワールドカップ需要による外貨獲得に必死。

カネで価値が買える時代。ダフ屋行為は許されるか、東京マラソンの特別枠(10万円)はどうか、それが医療の受診優先権であればどうか、と。価格は需要と供給の市場によって決まる資本主義経済。その現実を受け入れつつも資本主義経済における善悪の判断基準はまさに「白熱教室」の最重要テーマ。

「そりゃ宿泊施設の価格高騰は大曲の花火やNAHAマラソンも同じで、それこそが資本主義というものじゃないか」と諭したのだが、相手の憤慨は収まらない様子。それでも今年のワールドカップ行きは既に予約を済ませたという。「おいおい、それじゃあ前言との整合性はどうなるのか」と詰め寄ったのだが、いかんせん金銭に余裕のあるいつもの社長の話であった。

(平成26年1月10日/1628回)

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2014年1月 9日 (木)

冷たい視線

さて、新年。市長・議長の共催による賀詞交歓会を皮切りに各種団体の賀詞交歓会が花盛り。

挨拶の定番は昨年の回想から。新年早々、暗い話じゃ場も白けると明るい話題が選ばれがち。富士山の世界遺産登録から東京オリンピックの誘致決定等々。「子供たちに夢を」と言われればカッコはいいが推進する側とてそんな純粋な動機だけではないはず。オリンピックが来れば様々な需要が喚起されてウチの会社の商売も...などと。

本市なども隣り合わせなのだから少なからず波及効果が期待できる。が、一方の被災地はどうか。そりゃ自分の生活再建のメドも立たない状態だけにオリンピックどころではなさそうで。そもそもに「東京」電力福島第一原発や「東京」電力柏崎刈羽原発なのだから、この首都圏での快適な生活を享受できるのは福島県が施設を甘んじて受けた結果。そんなことを考えるともう少し被災地に寄り添う姿勢があってもいいのではないかと。

さて、恒例となる川崎市医師会の賀詞交歓会にもお招きをいただいた。天下の医師会だけあって、市長以下、市の幹部がズラリと並ぶ。が、教育委員会事務局長、そう、教育長だけが欠席でそれを訝しく思っていたのだが、当日は地検からの容疑者逃走に厳戒態勢の駅周辺。もしや、児童生徒の安否確認や翌日の登下校時の安全体制の為の残業。とすれば賢明な判断ではないかと。あくまでもこちらの推測だから単に都合がつかなかっただけだったりして...(笑)。

ようやくケリのついた診療報酬の改定。厳しい国家財政を勘案するに方々に配慮しつつ、苦心を重ねた折衷案だけに及第点位はいただけそうな気もするのだが、それでもこぼれる恨み節。そりゃあ当人の心情は察するが、そこで不満をこぼす姿は一般にどう映るか。オリンピックに熱狂する人々を見る被災地の冷めた視線に似てやいないか。

あえて?その話題を避けた本市医師会の会長である高橋章先生が提唱されている「プロボノ」。ボランティアとは少し違い、専門性を生かした奉仕活動のこと。世に模範となるべき先生なのだからそんな公共善を促されたほうが好印象で周囲の共感を呼ぶ結果になりそうで。当日は米寿、喜寿、各種表彰に加えて本市独自のプロボノ大賞が発表された。

今年は宮前区の開業医、森島昭先生。北部小児急病センター(多摩休日夜間急患診療所内)への貢献が評価された。土日・祝日、夜間休み無しの体制を支えるのは地元の医師の輪番制なのだが、これのシフト表が中々埋まらない。それもそのはず。自らの診療所の運営もあるし、そちらに専念したほうが収益性は上がる。それを見かねた先生は「空欄は全て自分の名前で結構」と。

人生の転機となったのが本市のマラソン大会。参加途中のアクシデントに九死に一生を得た先生は「心臓が動き続ける間は社会貢献を続けたい」と元気に語られた。

(平成26年1月9日/1627回)

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2014年1月 8日 (水)

電子化

フェイスブックの「いいね!」回数が気にならないといえば嘘になるが、今日の記事で回数が減らないことを祈っている(笑)。

「御互い様」とばかりに相手の投稿に「いいね!」を連打するおひとよしなのだが、「SNSに夢中になっている人は、ヒマ人か、負けず嫌いか、自意識過剰のどれかです。いや全てかもしれませんが」との批評を見つけた。

全米で「ザ・サークル」という小説が話題を呼んでいるそうで。SNSがさらに発達し、すべてが「共有」されるようになった社会の行く末を描いた作品。私のようにせっせと「いいね!」を押し続ける主人公を描いた物語なのだが、つい、「フェイスブック 子どもじみた王国」(キャサリン・ロッシ著)を重ねてしまった。あまのじゃくな性格なもんだからついいろんな視点で物事を捉えてみたくなるのだが、確かに画面上で「いいね!」に没頭するのもどうかと思いつつ...ほどほどに。

さて、神奈川県では14年度から全庁的にタブレット端末の導入を進める「スマート県庁」の実現を目指すとの記事を目にした。「庁内の業務を全部見直し、IT環境を徹底的にリサーチしてきた。タブレット端末の導入で紙使用量の節約だけなく、業務も効率化させる。一気に進めていく」との知事コメント付き。

「リサーチ」とあえて英語にする意味があるのだろうかなどと細部に目がいってしまうのだが、内容以上に声がデカい人が勝つ時代。空疎な話がまかり通ってしまうことも往々にしてあって、後で暗礁に乗り上げる事案も少なくなさそう。また次に...と有権者の興味を惹き続ける小手先の手法は政治家の自己都合だけ。物事の真贋を見る目を鍛えたいもの。

とにかくこのへん(=IT)の話題は有権者にもウケなければ、専門的でテクニカルな議論になりやすいことから議会でも敬遠されやすい。というか、そこまでの知識を持ち合わせている人が不在なのがネック。故にチェック機能が働きにくく、お上(=霞が関)からの仕様そのままに発注してみたり、IT業者の言いなりになったりと無駄が多いのも事実。

私自身も過去にそちらの世界に身を置いてきたけれどもIT化は業務改善に向けたひとつのきっかけ。それをどう効率化すべきかが重要な視点であってシステムはあくまでもツール。とりわけ、役所の場合は過去の業務を踏襲する風土が色濃く残るだけにまずはそちらに風穴を開けないと...。声高に叫ぶ前にまずは「隗より始めよ」ではないが、民間に比べ利用頻度の少ないメールから始めてみてはどうか。

ちなみに本市からの県税の納付額は1人当たりにして約10万円。一方で県から本市への支出金は1人当たり8千円(ちょっと古い数字だけど...)。見返りが少ないぢゃないかという野暮な話はしないが、1人1台タブレット持ってハイ終わりでは情けない。一納税者として無駄のない県政運営だけは心がけて欲しいもの。巷の嘲笑を浴びぬことを願っている。

そうそう、何年か前に部屋内の質問原稿の読み合わせが電子化されたのだが、議長経験者ともどもに未だ紙にこだわっている一人であって、齢は若いけど、わたしゃ昔気質なんだよ。

(平成26年1月8日/1626回)

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2014年1月 7日 (火)

母の背中

三が日の宮仕えの帰り、夜9時過ぎに「たまたま」腹が空いてラーメン屋に立ち寄った。若い店主が営むその店は初めてではなかったのだが、店内に幼子をおんぶして行き来する従業員の姿を発見。母の背中が落ち着くのか幼子もすやすや夢の中。店主の奥様かいまどきにしては珍しい一幕であった。

そうそう、昨日の続き。サンデル教授の「白熱教室」@東北大は事前に寄せられたという一通の手紙を紹介するシーンからスタートする。「東北の人間は我慢強くシャイであって、人を傷つけるくらいなら自分が耐えればいい、本音を語って相手とぎくしゃくするよりは議論をしないほうを選んでしまう気質なだけに(今回の企画は)上手くいかないのではないか」と。

「和を以て貴しとなす」、「言わぬが花」の言葉が示すように、周囲との衝突や対立を生むのであれば、あえてその話題は避ける。それは日本人全体にもいえることだが、東北人はとりわけ顕著であって、それに挑戦したいと幕をあけた。

大きく四つの設問から構成されていて、詳しい内容は著書に委ねるが、まずは「誰もが敬遠しがちな汚染土の仮置き場はどこに設置すべきか」との問い。身近な例ではごみの集積所や焼却施設、米軍基地等も同様、枚挙に暇がない事例だが、小泉元首相が視察したとされるフィンランドの核燃料の最終処分場オンカロの受入れを承諾した市長のインタビュー記事が思い浮かんだ。

そして、今回の東日本大震災では消防団や民生委員が自らの職務を果たす為に殉職されたが、自らだけでも生き延びて復興の為に尽くすとの選択肢もあったのではないかとのジレンマ。誰かの命を救うために、ほかの命が犠牲になることをどう考えるべきか。

犠牲の結果、生まれる尊敬や希望は命そのものよりも尊いことがあるのか、人間の命という最も根源的な問いに対して全く異なる立場から意見が述べられているが、どちらがどうだというよりも倫理をめぐる究極の選択だけに両者の言い分を共有できたことが参加者にとって一番の収穫になりそうで...。

最後は、国が指定した避難区域に暮らしていた為、強制的に避難させられた方々と自主的避難の方々への金銭的な補償をどうすべきか。自主避難をした人も金銭的な補償を受けるべきなのかとの問い。「生活費が補償されれば避難する方はもっともっと増えるでしょう。が、現実を受け入れ、そこでの生活を余儀なくされている方々がいることは忘れないで欲しい」との意見に会場では拍手が起きたという。

さて、横浜市の林市長の年頭所感。神奈川新聞社の新年インタビュー。待機児童「ゼロ継続厳しい」と小見出しのついた記事では-「ゼロ」が呼び水となって予想以上の申込みが殺到。市は1千5百人の定員増を2千4百人へ上積み-とあった。行政の支援を受けずともそこでがんばっている人たちがいることを忘れてはいけないし、そんな社会を理想とせねば国は持続しないのではないかと。

(平成26年1月7日/1625回)

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2014年1月 6日 (月)

ウィンブルドン現象

正月早々の宮仕えとは今年も何かいいことありそうな予感。地元の番長M氏と競っておみくじを引いたら「小吉」だった。読めば大吉並みのことが記されているのだが、調子に乗らずほどほどにとのことか、つつがない一年となることを願っている。

その正月はだるまの売り子に徹していたのだが、ここ数年はだるまストラップが好評。持ち運びに便利なことから贈り物にも最適。だるま同様、色によって御利益が違うとされていて、七色の仕入れ数は同じなのだが、「愛情」の御利益があるとされているピンクがダントツに人気薄。

「みんな見栄っ張りだよなぁ、そんなに恥ずかしがらずとも...」と思わずにはいられないのだが、愛情など幾らあっても不足することはないのだからむしろ金運の黄色などよりもいいじゃないかと。境内のだるま専門店は三が日で店仕舞いとなったが、残り物には福がある。あとは高石神社の社務所にて販売中。

さて、どこにそんな時間があるのかとにかく日々の読書量がハンパではなく、本の購入に費やす金額はエンゲル係数並みに高い。それを見かねたいつもの社長から「それだけの金額を投じるのであれば図書館で借りればいいじゃないか」と御忠告をいただいた。図書館といえば昨年の本市10大ニュースは中原図書館「等」のオープンが「新市長の誕生」を抑えて第1位。

その結果が些か意外に思えてしまうのだが、最近は品揃えも充実していて新刊といえども予約登録しておけば1周間以内には入手可能と聞いた。が、せっかちな性格だけに読みたいと思った時に読まねば気が済まない。「1週間など待っていられるか」と反論すれば、「でも、内容は同じだろ」と。価値観の違いからいつもそのへんで物別れに終わるのだが、鉄は熱いうちに打てとの格言が示すようにそういう時のほうが筆は進むもの。1冊2千円弱で誰にも気兼ねなく読めるのだから安い買い物ではないか。さりとて、塵も積もれば...。

ということで本屋を物色していたのだが、東日本大震災の関連書籍が多いことに気づかされた。ノンフィクション作品や被災地で繰り広げられる物語等々。そんな中、平積みされていたサンデル教授の「白熱教室」を手に取った。久々の「白熱教室」だが、今回は「これからの復興の話をしよう」と題した東北大特別講義が含まれる。それに「世界の人たちと正義の話をしよう」との副題も添えられていて、対象国は中国、インド、ブラジル、韓国。果たして、それらの国々に道徳規範や正義は通じるのか。いつもながらに考えさせられる一冊だが、悩みと葛藤は人をひと回り成長させる。

最近は「白熱教室」が如き有名校の授業を紹介する本が流行だが、海外の教授陣が道徳規範や正義をテーマにした講義を展開するのは好感。それらは古来よりわが国のお家芸とするところだが、ウィンブルドン現象にならないことを願っている。

(平成26年1月6日/1624回)

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2014年1月 5日 (日)

数の子

しつこいようだが、「数の子」と「子持ち昆布」に続いて、別便で郷里の母親から孫たちのお年玉が届いた。幾つになっても子は子。私のお年玉も含まれていて、「靴を買いなさい」とのメッセージが添えられている。

靴を買うにはちと金額が少なすぎる気がしないでもないのだが、男の身だしなみは足元から。身なりに気を配れとの親心と解釈した。いまさらカッコつけてみても代わり映えもせず、タフな仕事だけに靴には然したるこだわりもないのだが、「馬子にも衣装」というだけに...。こちらへの転職後は軽量の靴を好んで履いているのだが、迷信好きなものだから靴に神が宿ると信じてその手入れだけは日々怠らないように気をつけている。

昨年の誕生日を以て不肖私も40代の仲間入りを果たしたのだが、この正月に読んだ一冊に「R40のクラシック」(飯尾洋一著)があった。作曲家のアラフォー時代に焦点を当て、その時代のエピソードとともに作品の紹介がされている。

時代を超えて現代に名を残す著名な作曲家はモーツァルトを筆頭に10代からその天才ぶりがいかんなく発揮されるケースが少なくない。晩成型の代表といえばやはり私のイチ押しのブラームス。ベートーヴェンという大きな壁がそびえていたことから苦悩に苦悩を重ね辿り着いた境地が交響曲第一番。が、ブラームスは若い頃からその才能を認められていただけに晩成か否かの評価は分かれるところ。

そのブラームス以上に晩成型なのがブルックナー。交響曲の大家といわれるブルックナーの音楽を語れるほどの経験はないが、ブルックナーといえば本市の議長経験者となる鏑木茂哉氏の議長退任時の挨拶。

傑出した偉大な作曲家ベートーヴェンの没後は前述のブラームスとワーグナーが君臨。ワーグナー派とブラームス派の対立の狭間の中でも「不器用な」作曲家ブルックナーは翻弄されることなく、わが道を歩み続け、最後には「私はベートーヴェンでもブラームスでもない。私はアントン・ブルックナーだ」という名言を残す話が披露されている。ブルックナーの音楽というのは聴衆に媚びることのない作品。それゆえになかなか理解されず、さととて、理解されるとどんどんのめり込んでいく、そういう魅力のある音楽との評。

そのブルックナーの音楽が如くそれぞれに違った魅力を有する議員各位への賛辞とともに、生い立ちからこれまでの経験も違うのだから思想や政治信条も違うのは当然だが、その過程において人間が生きる意味、議員として活動する意味を模索して欲しいと。本人らしく「生意気なようですけれども」と謙遜を加えた上で話を結ばれた。改めてその会議録を読み直してみると何とも含蓄のある挨拶ではなかったかと。

ちなみに昨年のミューザ・リニューアルコンサートの演目はブルックナーの集大成となる「交響曲第9番」。こちらは聞きそびえてしまったのだが、媚びない音楽の魅力が判る40代でありたいもの。

(平成26年1月5日/1623回)

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2014年1月 4日 (土)

サ付き住宅

この正月は暦の関係で土日を含む9連休なだけに「年末年始を海外で」という渡航客は前年に比べ大幅に伸長、特徴としては働き世代が好調な上に「贅沢旅行」が人気と聞いた。

最近は地方からの直行便も増えているのも一因。以前は国内線で羽田空港に到着して成田空港に移動し、そこから国際線に乗り換えて海外へなんてやっていたのだから利用者にとっては不便そのもの。規制緩和で活路を見出す地方空港。尚且つ、地方ともなればだだっ広い土地を有するだけに駐車料金は無料であって、地方版パークアンドライド。でも、パークアンドライドは都心の混雑緩和が目的だからちょっと違うか...。

そう、昨年末に仕事で横浜市会を訪ねたのだが、事前に連絡をしておいたところ庁舎内の来客用駐車場を確保いただいた。が、そう上手くはいかないのが本市。市役所の駐車場は少数限定となることから利用者の方々には不便を強いていて私どもも庁舎から離れたアゼリア地下街の駐車場の利用となっている。

以前は事実上、出庫出来ない深夜帯も課金されていて、1泊すればゆうに1万円を超える請求。それが土日祝日でなければ、定期券にて出庫できたのだが、一般利用者には大きな負担であって、さすがにその金額はおかしかろうと最近は1日最大の天井料金が設定されることになった。が、依然として本庁舎前の駐車場は青天井の料金設定なだけに「やっぱり役所だよなぁ~」と言われないことを願っている。

さて、当方の事務所は広い駐車場の一角にあって、最近、その月極め駐車場の一部が時間貸しのコインパーキングになったのだが、その目印が街路灯以上に明るく、防犯上も効果がありそうで...。そのきっかけとなったのが、昨年の夏頃、近所にオープンした「サービス付き高齢者向け住宅」。施設の駐車場は数台程度の余裕しかなく、路上駐車という訳にもいかないことからそちらの需要が見込まれた。知り合いの母親がそちらに入居されていて、聞けばその御家族の方、利用者に随分と喜ばれているとのこと。

高齢者の施設といえばすぐに介護施設が思い浮かぶが、そちらの入居は介護度に左右される上に、有料老人ホームなどは入居時の保証金や月額費用が高額になりやすい。都市部でも高齢の単身者や夫婦のみの世帯が目立つ。「介護施設の御世話になるには早すぎるが、万が一の時は心配。同居するには部屋が狭いし...」との悩みに対応すべく、「見守り」と「生活相談」機能を備えたこちらの施設の整備が全国的に進む。

その知り合いの話では月額賃料7万円で保証金などの負担も少ないらしく随分と御満悦の様子。有料老人ホームは施設であり、サービス付き高齢者向け住宅はあくまで住居。福祉と住居の垣根を払った国の肝いり施策だけに結構な補助金が充当されているとも聞いたのだが、そちら目当てか需要があるのかかなりの申請が殺到しているそうで。近々そのへんの状況を調べてみようかとも...。

(平成26年1月4日/1622回)

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2014年1月 3日 (金)

タコブネ

暮れの挨拶回りは一軒一軒を歩いて訪ねるのだが、歩けば車窓とは違った景色が見えてくる。丸1年ぶりの御宅などもある訳で、中には転居されていたり、近所の宅地開発が進んでいたりと...。元々それだけの需要があるのか、増税前の駆け込み需要を狙ったものか、百坪程度の敷地内に数戸の建売住宅が並ぶ様子が目立った。

そんな地元動向の観察も兼ねた挨拶回りでは人気のバロメーターか、様々なおすそ分けをいただいた中に今年は正月用の煮物なんてのもあった。当然、わが家も妻が作るのだが、他人様の好意だけに無碍にも断れずありがたくいただいたのだがこれがたいそう旨かった。

そして、郷里の母からは正月用の「数の子」と「子持ち昆布」が届く。週間天気予報などを見れば一目瞭然だが、太平洋側と日本海側は正反対。太平洋側の晴れの日数が日本海側の吹雪の日数のようなもの。冬の日本海は連日の荒波だが、時折穏やかな日があって、早朝に海岸を散歩すると、波打ち際に白い漂流物を見かける時がある。「タコブネ」と呼ばれる白い殻なのだが、これが何とも神秘的で少年時代の思い出の一つになっている。

そんな雪国の暮らしと伝承を、雪のない江戸に紹介したのが、鈴木牧之氏の「北越雪譜」。天保8年の出版だから言葉がちと難しいが、挿し絵とともに雪国の苦労や風習等が紹介されている。その鈴木牧之氏の生誕は越後国の魚沼郡塩沢(現南魚沼市)。私の郷里への帰省時には越後湯沢駅からほくほく線なるローカル線に乗り換えるのだが、このほくほく線沿線は国内でも有名な豪雪地帯であって前述の塩沢や十日町も含まれる。

ほくほく線の沿線情報誌「ほっくほくマガジン」が届いたのだが、最新号は「雪舞夜彩」と題した雪まつり特集。雪まつりといえば雪の彫刻が定番だが、御当地の雪まつりはキャンドルを利用することにより幻想的な空間を生み出しているものが多い。

雪上といえば、晴れた日の雪上に反物を広げる越後上布の雪さらしも御当地の名物であって、「北越雪譜」によれば、その光景は「ものにたとへがたく」、「雪にまれなる暖国の風雅人に見せたくぞおもはるる」との記述がある。ちなみに私の故郷の上越市ともなれば4mの豪雪地帯で「この雪の下に高田あり」との記述で有名なのだが、現に私の幼少時には屋根までの積雪に冬の出入り口は2階であった。

そうそう、冬の厳しさといえば東北地方も負けてはいない。被災地には三度目の冬が訪れる。純朴に生きる人々に天はかくも試練を与えるのかと思わずにはいられないが、年頭における陛下の御言葉のように「国民皆が苦しい人々の荷を少しでも分かち持つ気持ち」を忘れずに居たいもの。

(平成26年1月3日/1621回)

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2014年1月 2日 (木)

GOLD世代

さて、私が日頃、大変御世話になっている地元後援会。中でも手弁当で活動を支えて下さる役員の皆様の慰労を兼ねた忘年会。師走はそれぞれに忙しかろうと暮れも間際の日付になった。中でも特別顧問のおらがセンセイはやはり...ゴルフ帰りの登場。司会者が「ぜひ御挨拶を...」と気遣えば、「立てばゴルフの話で恐縮だが...」と一席が始まった。

「今日は5番ホールを終えて3アンダーだったんだよねぇ。後半もバーディ、バーディとスタートして...」といつになく上機嫌な様子。されど、途中、それを意識したらスコアが崩れてしまったのだそうで、残念ながら生涯二度目のエイジシュート達成とはならなかった。それでもスコアは37&40の77。「山崎君は除夜の鐘で納まれば万々歳だナ」とオチがつくのだが、何事もメンタルが大事だという話だと解釈した(笑)。

さて、今年の干支は「午(うま)」。馬といえば昨年の有馬記念。最近はとんと御無沙汰だが、現役最強馬の名前位は知っている。8馬身差の圧倒的な強さ。後付ながらオルフェーブルの単勝1.6倍の払い戻しは買い得だった。血統と配合が強さを左右するサラブレットの世界。それが宿命とはいえ、自ら求愛できないとはどことなく寂しさも...。

それにしてもわが稼業に限らずどれだけ熱心に働こうとも毎月の収入が増える訳でもなく...一攫千金を夢見て宝くじや馬券を購入するのは庶民のささやかな娯楽。でも、ギャンブルのお金はスグに消えちゃうんだよなぁ。昔取った杵柄だが、正月は「金杯」(レース名)から。ほどほどに。

そんな競馬ファンも若者離れが顕著だそうで。それもそのはずニートにフリーターと雇用不安が渦巻く世の風潮。とてもそんな気分ではなさそうだが、それも悲しいかな宿命であって、その苦境を乗り越えることこそ人生の醍醐味。いつもの社長なんぞは2年も留年した上に卒業後は携帯ショップのアルバイトから身を起こしているのだから負けるな若人。

さて、何かいい話題でもないかと本屋を物色していたらこんな本を発見した。-「バブル女」という日本の資産-(牛窪恵著)。これがなかなかイケていて評論家の当たらぬ経済動向よりもはるかに面白い。マーケティングの世界には「人間の消費動向と価値観は、”幼少期”と”青春時代”の経済で決まる」という定説があるそうだが、バブル世代の女性は”青春時代”を何人もの「ヒモ」を従えわが世の春を謳歌した面々。

本によれば「まだやれる」「もっと進化できる」と根拠なき自信に満ち溢れた向上心のカタマリだそうで、時にそれが「イタイ」と見られても開き直れる非常識な世代。「これからの日本は、バブル女性のパワーを原資に、さらなる発展を遂げていくべきだと思う。彼女たちは、元気だった時代の日本が”先行投資”してきた貴重な資産なのだから・・・・・」と結んでいる。

購買意欲が盛んなGOLD世代。狙いはそこだ。ビジネスも、そして...政治も(笑)。

(平成26年1月2日/1620回)

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2014年1月 1日 (水)

迎春

いつもこんなくだらんブログにお付き合いいただいている皆様に今年も幸多くありますよう。

1年の計は元旦にあり。さて、今年は...。

(平成26年元旦/1619回)

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