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2013年6月 8日 (土)

お残しタイム

既に定年退職されたSさんが「古巣(=役所)に言いたいことがある」と勉強会を催してくれた。役所のことを一番よく知るのは役所の人間。当時は視野が狭かった。退職して気づかされることも少なくない。そんなSさんが帰り際に新聞・雑誌の切り抜き記事をくれた。分野は多岐に亘り、各社の論調も様々だが、その中にあった学校給食に関する記事が目についた。

本市でも中学校を完全給食にすべきか否か。給食は保護者の怠慢を助長しかねない、子供の為に弁当位は愛情込めて作るべしとの一方で、コンビニ弁当では生徒が気の毒との声も...。そんな折衷案か、完全とは言わぬまでも何日かは手作り弁当を作りたいもの。

出されたものは残さず食べるべしと育った私には理解しがたい問なのだが、今回は出された給食を完食すべきか否か。まずは「給食残さず もう一口食べて」との投稿。「もう一口食べる努力をしてみよう」という給食だよりを見て、アレルギーなどの理由があれば仕方がないが、なるべく好き嫌いをせずに、一口でも二口でも食べて残量ゼロを目指してもらいたいとあった。

が、その数日後の投稿「給食完食教育をやめてほしい」には「給食残さず もう一口食べて」を拝読しましたが、私は賛同できませんとキッパリ。過去の辛かった経験が延々と記されていた。

が、更にその数日後の投稿「給食は残さないでと教えたい」には、やはり「出されたものは残さず食べよう」と教えるのが大切だと。世の中にはおなかいっぱい食べることができない子供たちがいること、農家や漁師の方が一生懸命、作物を育てたり、漁をしたりしたものをいただいていることを教えるのが大人の役割であって、食べ残しをしないことは、作ってくれた方へのマナー。最初から「残していいよ」ではなく、「食べられる分だけ盛り付けて残さないようにしようね」と「私は」教えていきたいと思いますと。

そう、あくまでも「私は」なんだよなぁ~今の教育は。(たとえ1人でも)抵抗勢力がある以上、それを押し付けることが出来ない教育現場のジレンマがそこにある。飽食時代の象徴か給食の献立も昔とは随分違うことにも驚かされるのだが、今は私が常連だった「おかわりタイム」以外に、嫌いなものは残して結構という「お残しタイム」なんてのもあるらしく...というかそれがあるのがウチの小学校(笑)。

そのへんが今の教育現場を象徴していて興味深いのだが、明らかに学校の威厳が失われている。かつては家庭に厳しい躾(しつけ)があった上に学校でもそれらしきものを教えてきた。今は余計なことはしてくれるなと保護者のクレームがあって、学校も躾は家庭の仕事と突き放す。されど家庭も...。

躾を家庭に委ねることで懸念されるのはそんな両親の下に生まれてしまった子供たち。失われた威厳のツケは家庭に回ってくる。自業自得といえばそれまでなのだが、そんな境遇の子供たちを救ってあげられる教師であって欲しいと願っている。

(平成25年6月8日/1412回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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