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2012年7月18日 (水)

非常通路

震災は3月11日。「選挙どころじゃないだろ」の声も聞きつつ、その翌4月に統一地方選があったが、有権者の市政への関心は決して低くはなかった。選挙前には大方の勝敗は決しているものの気は抜けぬし、むしろ何かとやりにくい選挙戦であった。

「こういう未曾有の事態の中で経験者はどんな話をするのだろうか」と注目した出陣式。前任のおらがセンセイが挨拶に立った。

「ある海沿いの小学校に津波からの避難時間を短縮する非常通路をつけるよう提案し続けていた市議がいた。昨年12月に念願の通路ができた。市議は東日本大震災の9日前に病気で亡くなったが、津波にのまれた小学校の児童はその通路を利用して避難して全員が助かった」という話を紹介されて、「たとえ避難路一つ、大した予算でもないと思うが、いかんせん行政は腰が重い。それでもめげずに実現させた市議こそ本当の議員だ」と。

ニュースか何かで知ったのであろう、場所は不明らしい。それが妙に記憶に残っていて、いつか訪れたいと思っていた。で、インターネットで調べると岩手県大船渡市の越喜来(おきらい)小学校だったことが分かる。陸前高田市の隣が大船渡市であって、私の希望から現地を訪れることになった。この大船渡市は地元の消防団が水門閉鎖に向かう途中に津波の犠牲になったことも注目を集めた。

やはり実際に目で見ることは重要。確かに絶妙な場所に非常通路はあった。すぐ目の前には海が広がる3階建ての校舎は津波に襲われ、無残な姿をさらしている。校舎の道路側は、高さ約5メートルのがけ。 従来の避難経路は、いったん1階から校舎外に出て、約70メートルの坂を駆け上がって崖の上に行き、さらに高台の三陸鉄道南リアス線三陸駅に向かうことになっていた。これぞベテランならではの功績。市議の名は平田武氏(享年65歳)。そっと手を合わせた。

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さて、車の運転は原典之氏(中原区1期)、橋本勝氏(多摩区2期)に任せて後部座席でしゃべっていればいいのだからこういう時に先輩はいい身分である。が、さすがに朝の6時からであれば運転手も辛かろうということで、大船渡市からの帰路は運転を交代。一ノ関までの約50kmを運転するも後部座席は夢の中。

途中、道脇にコンビニを多く見かけるが、セブンイレブンといえば「赤」「緑」。が、アースカラーの単色の店舗を発見。ファミリーマートも他と違う。平泉町はつい最近、世界遺産に登録されたことがニュースになったが、景観に配慮した色使いが見られる。

観光客は増えたのかとそのまま中尊寺に。「五月雨を振り残してや金色堂」と詠んだ芭蕉の碑と金色堂の覆堂がそのまま残っていたが、年季の入った能楽堂がとりわけ見応えがあった。

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一ノ関到着は午後6時。小腹が減ったと駅前の居酒屋に。折しも店のテレビでは「小沢一郎の新党旗揚げ」のニュースが流れていた。そういえばここが地元か。。。

(平成24年7月18日/1088回)

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