なおログ[Blog]

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

2010年6月30日 (水)

高所得者の負担増を

別に私が求めている訳ではない。

政府財政調査会の中間報告書に経済的な格差是正の為に「所得の高い者により負担を求める」と明記された。

私は決してカネ持ちではないから、然したる影響は無いのだが、昨今の格差是正なる動きには違和感を覚える一人である。

格差には様々な要因がある。そしてその是正を求める声の本質は妬(ねた)み嫉(そね)みである。

勿論、出生の違いもあるだろうが、本人の必死の努力の結果、汗と涙の結晶ということもある。出生の違いといっても、それは両親や祖父母、ご先祖様の活躍の賜物によるものかもしれない。

また、生まれながらにして裕福な家庭に育つというのはあるが、それが果たして幸せな人生を送れるとは限らない。カネを稼ぐ楽しさ、カネのありがたみが実感しにくいとは、かえって不幸ではないか。

貧しい家庭、親の所得格差による教育格差などが指摘されるが、そんなのは屁理屈に過ぎぬ。教育格差なんてものは本人の努力次第で乗り越えられる。

野口英世を見てみなさい。貧しい家に生まれながらも苦学の末に、あれほどの功績を残したではないか。

困難の壁は高いほうがいい。それを乗り越えることこそ人生の醍醐味ではないか。

カネ持ちへの妬み嫉みは世の中を悪くする。

「ああなりたい」とか「よし俺も」いうキャッチアップの姿勢が日本の経済成長の原動力に繋がった事実を忘れてはいけない。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月29日 (火)

はやぶさの軌跡

7年間の航行を終え帰還した小惑星探査機「はやぶさ」の軌跡を記録した短編映画の動員数が5万人を突破した。

軌跡ならぬ奇跡の連続の物語である。トラブル続きで満身創痍になりながらも、壮大なミッションを成し遂げる姿が感動を呼び、愛好者を増やした。

数々の苦難を乗り越えつつもミッションを終え、カプセルを地球に送り、自らは大気圏に燃え尽きる。人の一生に擬(なぞら)えられるような何とも感動的な物語ではないか。

そのミッションは3億キロもの彼方(かなた)にある小惑星「イトカワ」の探査。「イトカワ」の名は、日本のロケット開発の父、故糸川英夫博士の名にちなんでいる。

地球をソフトボール大のサイズと仮定すると月は約3m離れた10円玉。イトカワは約1.7km離れた3マイクロm程度の粉粒だそうだ。それだけでも十分に凄いことなのだが、未知の世界だけに数々の教訓を示してくれた。様々な場面で活用されることが期待される。

カネがかかるのが難点だが、新たな科学的発見をもたらす可能性を秘めている。あくまでも可能性であって、その可能性に賭ける科学者の意気込みは分からぬでもないが、我が国も以前ほど裕福ではなくなってしまった。中止せいというつもりは無いが、ほどほどに。

そして、せっかくカネを注ぎ込むのだから、子供たちに夢を与えるとかその効果は最大限活用せねばなるまい。

そして、年内にもう一つ。5月に種子島から打ち上げられた金星探査機「あかつき」が12月に金星に到達するという。

天文愛好家を飽きさせないイベントが続く。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月28日 (月)

竹中平蔵氏との対話

ちょっと興味を惹きそうなタイトルをつけてみた。有名人の権威を翳(かざ)すというのは自分を良く見せる心理的効果があるらしい。

隣の青木のりお氏(通称:青のり)の誘いでアカデミーヒルズ「参院選マニフェストを斬る」に参加した。

六本木ヒルズの49階。大学の講堂のような階段教室に150名の申込者が集う。

パネリストは、竹中平蔵、ロバート・フェルドマン、松原聡、加藤寛、野村修也の豪華な顔ぶれ。それで5千円は安い。主に経済政策を中心にマニフェストの評価と今後の経済運営が語り合われた。

デフレからの脱却と成長戦略を描くことが最優先課題となることが共通認識であって、デフレ克服の為に需給キャップを埋め、成長戦略については金融政策を中心に日銀の活躍を期待するものであった。

最後は参加者との質疑応答。

手の上げ方が良かったのか、私のオーラが伝わったのか知らぬが(笑)、並み居る競合の中で指名された。(複数人の中から指名されたというのがミソである)

「韓国の国家戦略アドバイザーらしき職に就任されたと聞いた。小泉-竹中路線が随分とバッシングされたから日本に愛想をつかして韓国に行かれてしまったのかと邪推しているが、日本が韓国から学べることは何か」というもの。

「就任しているのは大統領への助言役である国際諮問委員というメンバー。英国のトニー・ブレア氏やマイクロソフト社のビル・ゲイツ氏などが名を連ねる。韓国の李明博大統領からは声がかかったが、日本の菅直人首相からは声がかからなかったというだけの話。

日本との違いはグローバリズムへの危機感の違いが大きい。韓国はIMF危機という大変厳しい時代を経験した。子や孫にこんな時代を経験させてはいけないと必死でがんばった。それが今の韓国の成長に繋がっている」

と結んでくれた。

非常に有意義な機会となった。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月27日 (日)

昨日今日~6月26日(土)~

朝は喫茶店での読書から。

中央公論7月号に目を通す。勝間和代氏の記事が興味深い。

午前中は事務所番。選挙期間中というのに静かすぎたが、事務作業を効率的にこなすことが出来た。それでも来客がないので、ツイッターでつぶやいたら反響が。

午後は、地元のおやじ連中に誘われ、黒川の野外活動センターへ。

7~8人の集まりであったが、料理を作る。

冷やしうどん班、天麩羅班、よもぎ団子班の3班編成。私は天麩羅班へ。

10年ぶりの包丁であったが、なかなかの腕前。(私だよ)

どれも旨かった。食後は雑談が盛り上がり、そのまま夜へ。5人は宿泊するとのこと。宿泊費は無料と聞いて驚いた(寝袋だけ多少の費用がかかる)。

現在、野外活動センターは指定管理者に委ねているが、非常に対応が良く、好感が持てた。

結局、帰宅は9時過ぎ。今日はチビたちの誕生日であったが、既に寝ていた。

|

山びこが素直に返る八千票

初当選後の御礼まわりで「最初の報酬はどうした」と聞かれた。

「仏壇か神棚に上げるんだぞ」と教えてくれた地元の重鎮が永眠された。

地元の名士なのだが、本当に御世話になった。初選挙の時は手書きの名簿を届けてくれたし、当選時には明け方2時に祝いに駆けつけてくれた。

「山びこが素直に返る八千票」とは2期目の当選時に贈ってくれた川柳である。私の名前の「山」と「直」を引用するところに知性と教養を感じさせる。

地元の消防団長を務めた経歴の持ち主であるが、消防団で鍛えた体も病には勝てなかった。消防団への思い入れが深く、現在も同氏の名を冠した優勝杯が残っている。

その優勝杯を巡る消防の操法大会が迫ってきた。

 日時:7月4日(日)午前8時30分より

 場所:麻生水処理センター

地元の消防団にとっては消防出初式と並ぶ晴れの舞台となる。今年も応援に駆けつけるのだが、同氏が居ないのが寂しい。慎んでご冥福をお祈り申し上げる。

100625_074324_2

写真は平成19年の消防出初式後に私が頂戴した新聞記事である。本人の走り書きには「(消防団の)奮闘を地域の皆様に知っていただき応援のエールを、感謝をしたいものである」と記載されている。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月26日 (土)

一流営業の極意

川崎市議会の自民党控室には2人の受付女性がいる。

とかくわがまま(失礼、個性的)なせんせー方の子守役だからほんと大変な仕事である。

2人ともしっかりやってくれるのだが、一人がツイッターを始めた。ぼそぼそと小言をつぶやくのだが、「よく見てるなー」といつも感心させられる。

企業においても受付嬢というのは社内事情を良く知っていて、受付嬢と親しくなるというのが営業のイロハのイである。

おおよそ受付嬢というのは綺麗な方が多い。そしていろんな来客があるから機転も利かねばならない。

一般的になかなか声をかけられるものではないし、下手なことを言ったら出禁(出入り禁止)になってしまうかもしれないというジレンマを抱えつつ、その壁を乗り越えることで一流営業への道が開ける。

以前、大手商社の受付嬢とご一緒する機会に恵まれたことがある。社員から食事にも誘われないとつぶやいておられたが、やはり自社の受付嬢とて高嶺の花、話かけるというのは勇気のいることである。

「ホメるが勝ち!」というサカジュンの本があるそうだが、「今日も一段とお綺麗で」と声をかけるのがいい。真顔で言ったら単なるキザ野郎になってしまうから、多少の茶目っ気を残す位でなければならない。

慣れてくれば、嘘でもいい「こんど旨い店見つけたから」とかお誘いするような話題がいい。異性から誘われる(まあ、同性でも同じようなものなのだが)というのは、相手がどんな奴であっても嬉しいものである。

あまり窮屈すぎると大変だけど。冗談で受け止めてくれるようになればあとは楽である。このさじ加減が分かれば、あなたも立派な営業マンだ。

社内でも一流の営業マンになることが営業の極意である。まあ騙されたと思ってやってみてくれ。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月25日 (金)

第2回定例会一般質問より

川崎市議会には各会派を代表して質問を行なう代表質問と各議員が制限時間内で自由に質問が可能な一般質問があるのだが、本日は私の一般質問の内容を取り上げる。

市営住宅における地デジ対応と地域医療計画。

市営住宅における地デジ対応については、現在の進捗状況と平成22年度中には全ての工事が完了するという内容の確認に留める。

地域医療計画については、今後の病床整備の方向性と救急医療の質問を行なった。

病床整備については、各医療圏に基準病床数が定められていて、本市は川崎北部医療圏(麻生区を含む4区)と川崎南部医療圏(南部3区)に分けられている。

今定例会において本市の病床稼働率が7割であるとの数字が示され、空きベッドの有効活用を医療関係機関に要請して参りたいとの方針が示されているが、重症患者が必要とする療養病床の需要に対応できていない実態を指摘した。

救急医療については、救急搬送の実態を取り上げ、中でも最も重症の患者を扱う三次救急の受入先である救急救命センターに搬送される現場滞在時間30分以上の占める割合が20.9%(全国指定都市ワースト1)になることを明らかにした。

その理由として軽症、もしくは中程度の二次救急患者を搬送せざるを得ない事例が多くなっているとのこと。

次に、救急車の不適正利用を取り上げ、その為に、人命救助の第一線で働く救急隊員と救急車が出動するということは本市として大変な損失になることから、その対策を求めた。

また、このたび麻生区に建設される新百合ヶ丘総合病院における救急救命センターの整備の可能性について質問した。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月24日 (木)

待機者の解消かプライバシーの保護か

過日の総務委員会で「国の予算編成に対する要請書」について報告を受けた。

本市からの要請として重点項目14、その他の要請項目25が挙げられている。

「国庫補助負担金の一括交付金化について」や「子ども手当の地方負担について」等の項目も含まれているが、「地域の実情に応じた弾力的な介護基盤整備の推進について」というものがあった。

過日のツイッターでもつぶやいたのだが、特別養護老人ホームの整備について、多床室とユニット型個室との合築を認めるべきだとの要請である。

国はユニット型個室の整備を推進しているが、当然のことながら、ユニット型個室は大規模な土地確保が必要。

資料によれば多床室に比べ1人あたり1.3倍の面積が必要である。都市部は地価が高いから土地取得に要する費用が嵩み、建設費も高くなる。

また、それだけ手間がかかるから多くの職員を確保しなければならず、利用料金は倍になる。

そうなると入居者は限られるから、とりわけ低所得者には大変厳しい。

個室も結構だが、まずは多床室を整備して待機者の受け皿を広く確保すべきだと思うのだが。。。。

霞ヶ関の役人にも都市部の事情を斟酌してもらいたいものである。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月23日 (水)

25人の白雪姫~後編~

昨日はモンスターペアレントに関する話題、いわゆる家庭というか、親側の事情を取り上げた。

本日は現場の教師たちに焦点を当てる。

保護者の圧力に屈するとは教師も弱くなったし、その権威も地に堕ちつつある。体罰はご法度だが、いつの間にか「ビンタ」も「ゲンコツ」も体罰に数えられるようになってしまった。

以前はビンタなどあたりまえの時代。顔を腫らせて帰ると理由を聞かれ、親に輪をかけて叱られることが多かった。

戸塚ヨットスクールの戸塚宏氏と田母神俊雄氏が「それでも、体罰は必要だ」という本を上梓した。

その田母神俊雄氏が在籍していた自衛隊の初等研修は親たちに好評である。ヤンチャな入隊者が1ヶ月で見違えるように立派な若者に成長する。

教師に職を賭す覚悟があれば、そんな理不尽な要求は決して子供の為にはならぬと突っぱねるだけの度胸が必要。

残念ながら、そんな教師はほとんど居なくなってしまった。

教師を労働者階級に位置づけたことに端を発すると思うのは私だけか。かつての教師は聖職と重んじられ威厳があった。しかし、「教師」ではなく「教職員」になったことで雇われ教師を生み、教師のサラリーマン化が進んだ。

将来のお国の為にとか、子どもたちの為にと思って志願する教師がどれだけいるか。うわべはそうかもしれぬが、終身雇用が保証されるし、退職金も期待できる。安定した職業ということで選択されていないか。

それはそれで結構なのだが、教師という聖職に誇りとプライドを持って生徒と親に対峙すべきだ。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月22日 (火)

25人の白雪姫~前編~

事務所の開設日には近所だけでも結構な来訪者がある。

雑談が弾んだのだが、教育現場におけるモンスターペアレントと教師の攻防に話題が及んだ。

「おれが教師だったらガツンと言ってやるのにな」と支援者のひとり。

「いやあ。今の親はうるさいですからね。うちもその一人かもしれないけど」と返答した。

数年前に英国のタイムズ紙が日本のモンスターペアレントを記事にした。親の圧力で白雪姫が25人も登場することになったという有名な話。もちろん、小人(こびと)や魔法使いのおばあさんのような脇役は居ない。

主役に抜擢をされるということは嬉しいことだ。しかし、脇役なくして劇は成り立たぬ。さすがに親のエゴが強すぎだ。

「うちの娘の時もシンデレラは3人いましたよ」とは事務員のコメント。

徒競走でも1位より2位のほうが得るものが大きい。何故負けたのか、どうやったら勝てるのか考える。

最近は「2位でいいんですか」が流行文句。昨年の事業仕分け時の蓮舫氏の発言に対する皮肉が込められている。

「はやぶさ」の帰還に沸く宇宙関係者。一番目立つのは宇宙飛行士であるが、その影には宇宙に賭ける数多くの技術者たちの汗と涙の結晶が存在する。

宇宙飛行士の山崎直子さんの著書には周囲に対する感謝の言葉が綴られているが、影の立役者こそ大事ではないか。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月21日 (月)

地元の旨い店~串焼き屋~

新たな神奈川県議会議長が誕生した。

中原区の田島信二県議。地元の名門、世襲議員であるが、その温厚な人柄にはファンも多い。私もその一人なのだが、その私設秘書の就任祝いを催した。

当人の実家が秋田県なので、前衆議院議員の御法川信英氏の秘書を務めていたのだが、昨年の選挙で奇しくも涙を呑んだ。

新議長に拾われた格好になったが、元々は田中和徳事務所の所属ということもあって、その実力は折り紙つきである。

秘書時代には随分と世話になったので、どこかで恩返しをと思っていた矢先に絶好の機会が訪れた。

場所は本人の希望で地元川崎区の串焼きや「安兵衛」になった。

赤提灯のような雰囲気で店は決して飾らず、寡黙な親父さんが淡々と焼いてくれる。昔からの老舗なのだが、ほんとにおいしくいただいた。

串焼きといえば、わが地元の百合ヶ丘駅前に「串坊主」という串焼き屋がある。

その名の通り、丸坊主の気さくな店主が居て、おいしい串焼きを提供してくれる。串焼きも旨いのだが、何といっても旨い酒を置いてあることである。

以前から福井の「黒龍」などが置いてあって、「親父の隠し酒」など銘打たれている。焼酎も豊富だし、私の好きな泡盛まで置いてある。(串焼きと泡盛って結構合うんだよなあ)

うちの後援会の役員の一人も常連である。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月20日 (日)

負け犬の遠吠え~後編~

さて、勝ち犬といわれている面々も悩みを抱えている。

その遠吠えとなるのが、保育園の入園問題である。最近の新聞各紙に待機児童に関する記事が踊った。

毎年、その季節になると数件の相談をいただく。保育園に入園させたい親の悩みは深刻である。その切実さが菓子折りになって現れるときもあるのだが、あたりまえの仕事だから気遣いは一切無用である。

私自身は、経済的に我慢してもやはり幼少時は母親が家庭で子育てに励んだほうがいいという立場のものであるが、こと本市のような都市部では近所づきあいが少なく、一人で悩みを抱え込む親も多い。それが虐待にでも走られたら最悪の事態となる。

隣の多摩区に「ままとんきっず」というNPO法人があるのだが、その理事長のコメントが掲載されていた。

「入所選考基準の見直し」を求めている。

最も優先順位の高いAランクの中には、保護者が日常的に働き、共働きをしなくても生活に余裕のある家庭がある一方、求職中で優先順位の低いEランクに、保育所に子どもを入れて働かなければならないと生活が成り立たない厳しい家庭がある。

要は入所選考における採点基準として報酬云々も考慮されるのだが、何といっても「共働き」が高い加点となる。

実質的には「共働き」が最低条件になっていて、これから子どもを預けて働こうという母親には冷たい仕組みになっている。

それはおかしいだろと思うのだが。。。。これから一戦交えるつもりである。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月19日 (土)

負け犬の遠吠え~前編~

知人の薦めでサカジュンこと酒井順子さんの「負け犬の遠吠え」を読む。

婚活中の人にもお薦め。私の中では「狼たちへの伝言」(落合信彦著)に次ぐヒット作であった。

「未婚」「子ナシ」「30以上」を「負け犬」と名づけ、その心情を痛快に表現している。心理的になかなか鋭い分析ではなかろうか。巷には「勝ち組」「負け組」の表現や「犬」への例えは異論があるかもしれぬが、懐深い私(自分で言うなって)は許してしまった。

このサカジュンこと酒井順子さんが厚労省の「少子化社会を考える懇談会」のメンバーであったという事実には驚いた。メンバーの中で完璧な負け犬は自身だけでバカみたいな意見は言えるような雰囲気ではなかったと振り返る。

現在、大量発生している負け犬をどうするかという(一番重要な)対策を盛り込めなかったことは、仲間の負け犬のみなさんに申し訳なかったと謝っている。

負け犬にならぬ十か条というのがあるのだが、その第一条に「不倫をしない」とある。

負け犬は仕事に優れているから結婚出来ぬのだ。結果、負け犬たちは世に余っている平凡な男に満足できず、不倫に走る。

政府の対策には「子どもを育てることの楽しさを若者に教える」みたいなものがあるが、「不倫することの危険性を若者に教える」のほうがいいのではと毒舌が冴えている。

未婚の女性にはプライドが高い女性が多い。決して悪いことではないのだが、時として仇になることもある。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月18日 (金)

偉いと思われる人

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るもの也。此の始末に困る人でなければ共に天下の大事は語れない」

とは西郷南州翁の言葉である。他はいらぬが、カネは必要と思う私は資格無しか。

私に俳句を薦めてくれた恩人を久しぶりに訪ねた。

何気無く言われた一言

「本人が偉いと思っている人は多いけど、周りから偉いと思われる人物は少ないものよ」

が印象に残る。

まさに権力闘争を地でいく政治の世界。権力欲が強い野心家が権力に就いた時は脅威となる。

「ただ他人様が勝手に膨らませている虚像に自分が呑み込まれないよう、絶えず気をつけていたのは確かだ。

政治家でもなんでも、世の中で凄いと言われている人間の大半は虚像だ。

それに胡坐をかいたら、人間、終わりだからな。人として堕落するだけだ」。

知人の薦めで「憚りながら」(宝島社)を読んだ。(敢えて名は伏せるが)著者の言葉である。

本書の印税は、全て高齢者福祉と児童福祉に寄附されるとのこと。

http://twitter.com/YamazakiNaofumi

|

2010年6月17日 (木)

政治家の記憶力

以前にも少し触れたが、母方の実家は漁師の家系である。

古い家柄なのだが、じいさんの代で財を成した。自らはつつましい生活を送っていたのだが、カネは出し惜しみしなかった。1男4女の子宝に恵まれ、孫11人を残して天国に逝った。

本家の伯父さんと私の母だけが田舎に残ったのだが、伯父さんの子供が遅かったので、私は随分と寵愛を受けた。よく「宝の子だ」と抱っこされていた記憶がある。本当に恵まれた家庭に育ったものだ。

その地元には高鳥修先生という代議士が居た。(現在は息子の修一氏が1期務めて浪人中の身)

「昔、うちのじいさんが船に乗せてあげたことがあるんだよ」と母親から聞かされていたのだが、じいさんの葬式には真っ先に駆けつけてくれたらしい。

数年前に田舎の選挙応援で帰省した際に、初めて先生にお会いする機会に恵まれた。

来賓同士で隣り合わせになったのだが、事の真偽は分からぬから謙遜して、「以前、うちのじいさんが先生と船をご一緒したことがあると母親から聞いてます」と話かけた。

「おじいさんの名前は?」。祖父の名を答えると「覚えている。私が船に乗せてもらったんだ。本当に世話になった」と感慨深げに語った。

世話になった方の恩は忘れないという。とりわけ苦しい時ほど覚えているという。

あのハマコー先生は、緒戦、大惨敗の時に手弁当で応援してくれた方々の恩を忘れたことが無いという。そのハマコー先生のツイッター(@555hamako)がブレイクしている。

ツイッターの本まで書いてるとは侮れぬな。

twitter:@YamazakiNaofumi

|

2010年6月16日 (水)

ツイッターの脅威~第一章~

「ツイート・アカデミー」なるものに参加したことは以前の通り。

3時間の講義で2万円。定員150名なのだが、当日は満員御礼。ツイッター人気の高さが伺える。

好奇心が人を育てるとは元国連難民高等弁務官の緒方貞子さんの言葉であるが、現在、ツイッターについて多少の知識を詰め込みつつある。

ツイッターの有名人にはソフトバンクの孫正義さん(@masason)やホリエモン(@takapon_jp)、勝間和代さん(@kazuyo_k)らがいるが、フォロワー数(いわゆる読者数)はそれぞれ35万人、50万人、40万人である。(ちなみに私の50人は何とも寂しい限り)

既存の報道各社は否定的。というのも、ジャーナリズムを大胆に変える可能性を秘めている。

誰もがつぶやく(ツイートする)ことが容易に出来るので、Webのパーソナルメディア化(個人がメディアになるということ)が進む。中にはくだらないつぶやき(ツイート)もあるが、自然淘汰され、本当に有益な情報や面白いことをつぶやいた人が有名人になれる可能性を秘めている。匿名ではないから誹謗中傷の類も少ない。

ある人のつぶやきを受け入れることをフォローするというのだが、心理的に誰かが自分の言葉に頷いてくれることを悪く思う人は居ないし、自らのつぶやきをフォローしてくれる人が増えていくというのは嬉しいものだ。

今後は大量の情報が氾濫する中で、情報整理係というか、本当に有益な情報を選別する能力が重宝される。

ジャーナリストの佐々木俊尚氏は情報の真贋を見極めるのは難しく、情報整理も人に依存するしかないという。そのひとつのバロメーターになるのが、ブログのアーカイブの蓄積やツイッターのフォロワー数であると言う。

ホリエモンなどはフォローする人を極力少なくするのに苦労しているとのこと。各ジャンル1人の専門家をフォローすれば事足りると言っていた。

へそ曲がりの私などは心のどこかで一時的な流行やも知れぬと思いつつも時代の波に翻弄されぬよう、自己満足だけに終わらぬよう、未知なるツイッターの可能性を模索している。

twitter:@YamazakiNaofumi

|

2010年6月15日 (火)

じいさんのつぶやき~後編~

「あの後期高齢者医療制度が決まったとき、後期高齢者だという方がテレビに出ていっているんだよ。

『我々に死ねと言う気か』って。僕は腹がたったね。誰も見殺しにする気なんかない。しかし現世に完璧とか完全とかいうことはない、というだけの話でね。

昔から『備えあれば憂いなし』って言ったもんですよ。老人になるまでに、倹約して金貯めて備えがあるようにするのが普通の人間のやることだよ。でも、そうできた人だって、本当は憂いがあるんだ。もし心がけが悪いか不運かで金貯められずに備えがなければ、憂いがあって当然じゃないか。

それにこれは僕自身が後期高齢者だから言えるんだけど、七十五歳を過ぎたらいつ死んでも不足は言えないんだよ。

戦後とにかく我々は、空腹でもなく、乞食もせずに生きてきた。一応雨の漏らない家に住んで、清潔な風呂にも入れる暮らしができた。そうして七十五歳まで生かしてもらって、後はおまけの人生だよ。

それに今、後期高齢者になっている人は、戦争中や戦後にあのひどい暮らしを体験してきたわけでしょう。焼夷弾が降って来る下で防空壕の中でこの次は爆弾で死ぬかもしれないと思いつつ生き延びて、イモ食ってシラミにたかられて、生きてきたんだ。

『我々に死ねと言うのか』なんて僻んでる連中は、そういう暮らしの中で、あの時、強くならなかったのかね。七十五にもなれば、誰にとってももう間も無く死ぬのが当然の運命だ、と姿勢を正して甘受する姿勢はないのかね。情けないね。

それに仮に政府が死ねとあからさまに言ったって、そんなことに従うこともないんだ。政府の方針なんて、やり方によっちゃあ個人の生き方にほとんど関係ないんだよ。

国家が死ねって言ったって、人は生きたきゃ何としてもでも生き延びる。泥棒しても乞食しても逃亡しても、生き延びる。

焼け跡で育った世代は、そのことも知っているはずなんだ。それなのに『我々に死ねと言うのか』なんて甘えたことよく言えるもんだ。」

(弱者が強者を駆逐する/曽野綾子著)より引用

twitter:@YamazakiNaofumi

|

2010年6月14日 (月)

じいさんのつぶやき~前編~

たまたま報道番組を見ていたら、街中の通行人や若者、様々な人への取材インタビューがなされていた。

誘導的な質問にも腹が立ったが、ほとんどがカネよこせか弱者を救済しろとのこと。生活が困窮しているのは分かるが、それを全て政治とか世の中のせいにする風潮は何とかならぬものか。

サミュエル・スマイルズの「自助論」は中村正直氏の翻訳により「西国立志編」として出版されているのだが、その序文には「天は自ら助くる者を助く」という一文が添えられている。

いつも若者の話になって恐縮だが、私の活動を手伝ってくれる後輩が居て、巷の若者同様に会社を辞めて無職生活を過ごしている。

実家が裕福な家庭なので、それほど困っている様子は無いが、行政が主催する就業の為の技術取得講座に参加するという。月額10万円が貰えるらしいのだが、小遣いをもらって学べるとはなんと贅沢な話である。

俄かに信じられぬが、中には講義の最中に教室後ろでアルコールを飲んでいる連中もいるとのこと。

いい若いもんが、他人様の施しを受けることを恥ずかしいとも格好悪いとも思わない。必死で探せば、選り好みしなきゃ仕事はあるのだが、それをマスコミが「弱者」として取り上げる。

「自分のメシの種ぐらい、自分で何とかせい」と言わないのか七不思議。てめえ御身のことしか考えていない怠惰な大人を作り出すことに加担している。

政治家たるもの万人の幸せを追求するのは当然なのだが、それでも限度というものがある。もっと前向きな若者が増えぬものか。

ツイッターにハマっているのだが、「ツイート」とはつぶやくこと。明日はじいさんのつぶやきを取り上げる。

twitter:@YamazakiNaofumi

|

2010年6月13日 (日)

3名の講演

ここ1週間で3名の著名人の講演を聴いた。

「小泉進次郎」「佐藤優」「ホリエモン」の3名。後の2人の講演料はそれぞれ「4千円」と「2万円」である。

もちろん政務調査費で落とすことはしない。身銭を切ったほうが真剣みが増す。でも、最近はうるさい市民団体があって真面目に領収書を出したものまで難癖をつけられるから困る。妬み嫉みは怖い。

最後の「2万円」は、正確にはツイッター講座受講料。3時間の講座で2万円。ホリエモン以外にジャーナリストの津田大介氏と佐々木俊尚氏の講義が含まれる。

その金額にどれだけの人が集まるのか、それらはどんな世代なのか、講演内容はその金額に見合ったものなのか、そのへんの興味から伺った。

小泉進次郎は以前のブログ(http://7023.cocolog-nifty.com/yamazaki/2010/06/post-ffd7.html)の通りである。

佐藤優の講演は「ホテルオークラ東京」と「文芸春秋」の主催によるもの。もちろん会場はホテルオークラ東京でティーサービス付である。それで4千円は安い。

講演のタイトルは「日本外交の再生に向けて」。国際情勢を聞こうとなどという気は無いのだが、佐藤優という人物がどういう人物なのか、また主催者からしてそれなりの方が集まるものと予想されるが、そのような聴衆に対して、どんな話をするのか、そのへんに興味があった。

旬な話題であった鳩山首相の辞任劇を自らの人物分析観から語っていたが、さすがに、元外務省主任「分析」官だけあって、その鋭さには興味をそそられるものがあった。「普天間問題」や「韓国哨戒船沈没」についても自らの知識を元に解説をしておられた。

同氏の講演内容はオタクとも思える膨大な知識と情報量に支えられていて、その重要性を改めて感じさせてくれる。

それにしても、当時の外務大臣であった田中眞紀子から「かわいいわね」と言われて今の髪型に変えたとのこと。嘗められてはいけないと、それ以来「戦闘モード」ですと笑いを誘っていた。

ホリエモンはまたの機会に。

twitter:@YamazakiNaofumi

|

昨日今日~6月12日(土)~

本日はチビたちが通う「こうりんじ幼稚園」のお誕生会。チビたちが6月の誕生日なので、私まで招待状をいただいたが、妻の送迎に留めておく。

送迎後は、幼稚園の隣にある香林禅寺の住職を訪ねた。元バッチの経歴を持ち、現在は区の社会福祉協議会の会長である。会合で顔を合わせる機会が多いのだが、話せる時間が少ない。久しぶりにゆっくりと話をすることが出来た。

あっという間に昼の時間。後援会長宅に届け物をして、次の予定へ。

アートセンターで上映されていた「クララ・シューマン 愛の協奏曲」を鑑賞した。映画などほんとに久しぶりだ。ツイッターにも書いたが、一人だけのアルテリッカを楽しむ。

クララ・シューマンとヨハネス・ブラームスの関係は有名だが、ブラームスがものすごく格好良く描かれていた。ちなみにブラームスはクララを愛していたのだが、恩師シューマンへの義理か、生涯独身を貫き通した。

その後は、昭和音楽大学で「テアトロ・ジーリオ・ショウワ・オーケストラ」の第一回定期演奏会へ。

このオーケストラは昭和音大がオーケストラプレーヤーの育成を目的にこの4月に設立されたもの。今後の活躍に期待が高まる。

曲目はブラームス「大学祝典序曲」、ヘンデル「(組曲)水上の音楽」、ベートヴェン「交響曲第7番(通称ベトシチ)」。

気持ちは分からぬでもないが、最後の拍手はしつこかった。指揮者も何度も登壇し大変。去り際といえば、ベルリン・フィルのサイモン・ラトル氏のミューザ公演での去り方は見事であった。

明日は朝から夜まで予定がびっしり。

|

2010年6月12日 (土)

青春時代

ある市民利用施設を訪れた。施設長は私も良く知る市のOBである。

利用団体同士の抗争に巻き込まれているとのこと。双方の縄張り争いが根源らしい。施設長に話を聞いた。

着任前から揉めていたんだそうだ。尤も前任者は逃げ腰。困るのは受付や下っ端の職員である。怒鳴り飛ばされることもしばしば。

着任後、経緯を聞いた施設長、下の職員を不憫(ふびん)に思い仲裁に入った。

相手も引かず、「おれは○○先生や△△先生を知っているからな。あんたなんかクビにしてやる」と言い切ったそうな。△△には私の名前が入るのだが、複雑な心境だ。(名前が出るだけありがたいか。でも2番目だぞ。)

「おれはヤクザを知っている」ならまだしも「○○組の関係者を知っている」と代紋が表に出た途端、きっちりケジメをつけられるハメになる。

まあ、利用団体の言い分は分からぬでもないが、クビにしてやると代紋(組織じゃないから印籠か)は出しちゃいかん。

施設長もそんなのに屈するタマではないから、結局はこちらが尻拭いをすることになる。ヤクザじゃないから素直に拭くが、そっちの世界ではたいへんなことになる。

「なんで、そんな歳にもなって喧嘩するんだ。仲良くやればいいのに」などとつぶやくと、

「今が彼らの青春なんですよ。ちょうど戦争があったから子供の頃は遊べなかった。就職して会社の為にモーレツに働き、そして定年を迎え、ようやく自らの生き甲斐を見つけたんです。私には気持ちが分かりますよ。」との回答。

施設長。私の名前が出た以上、仲裁だけはよろしくたのむ。

twitter:@YamazakiNaofumi

|

2010年6月11日 (金)

挨拶は真っ先に

と、地元の重鎮から教わった。

朝の駅頭に立っていると小学生が元気に挨拶をしてくれる。大人は恥ずかしがりやが多いが、中には会釈をしてくれる人やがっちりと握手をしてくれる人までいるからありがたい。

知らない人でも挨拶が交わせるということは素晴らしいことだ。人間関係のイロハのイである。

さて、仕事上、様々な挨拶やお辞儀を見る機会に恵まれている。お辞儀も会釈から後ろ襟が見える深深としたお辞儀まで様々。

お辞儀といえば、印象に残る人がいる。田中角栄先生の大番頭であった早坂茂三氏。記者時代に知り合った角栄先生に惚れて秘書に転身。二君に仕えず、主君を看取るまで秘書を貫き通した。

生前に同氏の講演を聴く機会に恵まれた。勿論、政治の表も裏も知り尽くした人物。「政治家はワルに限る」などの著書も好評だ。角栄ファンとしてはぜひとも聞いておかねばなるまい。

さすが大物。遜った(へりくだった)部分は微塵もなく、そんじょそこらのせんせーよりも中身のある話。

そんな同氏が演台の前で深々と頭を下げた。あれだけの大物でも本当に聞いていただいてありがとうございましたという想いが伝わるお辞儀であった。

そして、もう一つ。

前回の参院選でスキャンダルまみれの姫に退治された片山虎之助さん、通称「虎さん」である。

前回の選挙。敗北の挨拶で多弁を弄さず一言、「全ては自らの不徳と致すところであります」と深々と頭を垂れた。

なんとも潔い挨拶とお辞儀ではないか。

おらが村ではないのだが、今一度、お国の為に立ち上がるのだそうだ。もう一花咲かせられるか。

twitter:@YamazakiNaofumi

|

2010年6月10日 (木)

医療制度をどうする?

最近は小泉改革への批判が多い。療養病床の削減がその一つである。

わが党の骨太の方針で毎年2千2百億円の抑制が図られることになったのだが、評判が芳しくない。現状では毎年1兆円以上の伸びが見込まれる中、あくまでもその「抑制」を図るというものなのだが、意図的に「削減」という文字が躍り、悪印象が与えられてきた。

財政再建を優先した一つの選択肢だったと思うが、医療は聖域だという意見が根強い。

今後、少子高齢化社会を迎える中で増え続ける社会保障費への対応は厳しい判断を迫られることになる。他を削ればいいなどというがどこに1兆円以上を削っていく余裕があるのか。無駄は削らねばならないが、鉛筆を削るような話である。

現行でさえ病床数は医療圏ごとに規制されている。それが医療費の増加に歯止めをかけているというのだが、患者の受け皿は全然足りない。

社会保障費の増加は自明の理なのだから誰かが負担せねばならないのである。

とどのつまり「自己負担の増額」「保険料の増額」「税金からの補填」の3択しかないのだが、結論としてはいつも税になる。

といっても、「じゃあ目的税化して増税を」とはすんなりいかないから、「将来へのツケ」という打ち出の小槌で賄ってきた訳であって、それは逃げ口実にしかならない。

そこが真剣な議論にならないと将来展望は描けない。みんな逃げ腰である。後期高齢者制度への反対も感情論が強く、現行政権は廃止すると謳っている。いい案があれば示していただきたいものである。

医療費総額33兆円の3分の1が高齢者の医療費、どれだけ無駄や非効率的な面があるのか、それを差し引いた時に、その増額分をどのように賄うのかという抜本的な議論がなされなければならないと思うのだが。

twitter:@YamazakiNaofumi

|

2010年6月 9日 (水)

ツイッターの脅威~序章~

恐るべしツイッター。

私は毎日ブログを更新しているのだが、その宣伝かたがたツイッターに「本日のブログ」としてURLを記載している。

ツイッターは文字数が限られている(140文字)ので、URLが長いと損である。

苦慮をしていたのだが、ツイッターの読者が教えてくれた。

本日の記事「庁舎守衛さんの一言」のURLは

http://7023.cocolog-nifty.com/yamazaki/2010/06/post-13df.html

なのだが、

http://bit.ly/bH50bq

でも可能とのこと。驚きだ。

@k036tさんから「http://bit.ly/ を開いて、"Shorten with bit.ly"に元のURLを入力して、"Shorten"をクリックすれば短くなったURLが表示されます。それをコピーペーストすれば短くなった分、多く文字を書けます。」とつぶやいて(ツイートして)くれた。

技術的にはツイッターとは関係ないのだが、読者が教えてくれるとは素晴らしい気づきである。

twitter:@YamazakiNaofumi

|

庁舎守衛さんの一言

あまりに使い古した携帯電話が貧乏くさいと言われ、交換することにした。「機種変」というやつである。

毎日眺めていれば大して古くないようにも思えるのだが、普段は無口な庁舎の守衛さんにまで、「せんせー、さすがに携帯を変えたほうがいいよ」と言われ、やっぱりそうかなと思って決断した。

最近は、電車の中でも携帯電話を弄(いじ)っている人が結構多い。

メールにしてもWebにしても便利になった。とりわけ若者は隣同士でもメールのやりとり。大丈夫か。やはり相手の顔を見ながら話すべきだと大上段に構えてみても若者にはどこまで通じるか。

相手の表情を見ながら話をすることで、人の機微を習得できる。自らの話が相手に不快感を与えていないか、機嫌が悪くないか。相手の機嫌が悪そうであれば余計な話はしないというのは、人生の処世術である。

でも、何から何まで会って話をするというのは双方に多忙の身。話の重要性による。そこで、次善の策は電話。表情が見えないから情報が一部欠けるが、声を聞いても、およその機嫌が分かる。機嫌の善し悪しはタイミングにもよるが、会議で拘束されている可能性もある。

そこでメールの出番。私なども受話器を取れない時が多いからメールは重宝する。用件が分かるし、好きな時に返事ができる。

まあ、電話とメールだけ使えればいいかなどと考えていたらツイッター対応機種なんだそうだ。

そこでアカウントを取得した。

アカウント名:@YamazakiNaofumi

そのまんま。このブログと同様に大したことはつぶやいていない。

だが、これからですぞ。

|

2010年6月 8日 (火)

機先を制す

2日(水)の神奈川新聞の社説に本市の「指定管理者制度」が取り上げられた。

6月から外部委員のみによる「民間活用推進委員会」が設置されることになったのだが、評価しつつも、遅きに失した感が否めないと書かれている。

ちょうど代表質問の原稿を書いていたのだが、代表質問の前に機先を制された格好になった。記者と同じ視点を持つというのは嬉しいのだが、こちらは本業だけに上手を行かねばならない。

「民間にできることは民間に」との流れの中で、民間の創意工夫を活かす目的で創設された指定管理者制度だが、一定期間が経過するとともに制度上の様々な課題が見受けられる。

過去の包括外部監査は、全ての選定委員会が担当部局職員で占められていて「担当部局が所管する出資法人に有利に働く可能性が否定できない」と指摘されていて、新たに創設された委員会は、不透明な選考過程が市民の不審を招く結果に繋がる事例を防止し、公平中立的な判断を担う役割が期待されている。

平成15年当初は、あくまでも制度の導入を前提とした選考が進み、制度を導入すべき施設か否かの十分な検証がなされにくい状況にあった。

現在、市が保有する施設は約500。内、指定管理者制度が導入された施設はおよそ200。残りの300施設は未だ市が直接管理している。

中には行政の都合で直営を維持しているものはないのか、外部の視点から評価検証すべきとの質問を盛り込んでおいたが、回答はいかに。

|

2010年6月 7日 (月)

大しんゆり構想

近所に政治好きの大学生が居て、たまに事務所に立ち寄ってくれる。

過去の新聞記事を飾っているのだが、昨年7月の記事を指差し、「これはいいですよね」と言ってくれた。

記事は新百合ヶ丘駅に中央リニア新幹線の誘致を求めたことを取り上げた朝日新聞の記事。通常は支社の記者から取材を受けるのだが、本社社会部の記者から問い合わせがあり、取材を申し込まれた。結果、全国版に掲載されたのだが、夢のある話だけにインパクトが大きかった。

現行計画は、JR東海が2025年の開業を目指し、建設を予定している総工費5兆円の壮大な計画。1県1駅、神奈川県は相模原市の橋本駅が候補駅となっている。「ネコババするな」と言われれば人聞きが悪いが、首都圏全体を考慮しても最適ではないかということを謳ったもの。

新百合ヶ丘駅への「リニア誘致」が実現すると、横浜方面からの需要が高まる為、あざみ野-新百合を結ぶ「横浜市営3号線の延伸」へのニーズが高まり、これが実現に向けて動き出す。

そうなると駅周辺は今のままでは手狭であって、駅周辺の抜本的な見直しが必要となる。そうすると区役所を含む駅周辺2万平米の「市有地の有効活用」に関する検討が始まり、「新百合ヶ丘駅北口の再編整備」が動き出す。

「区役所の移転又は建て替え」時に会議室や交流スペースが盛り込まれることで「地域の活力を生かす」ことに繋がり、貸しビル等の収益を期待できる新たなモデルを模索する。

「しんゆり」は勝ち組だが、元祖「ゆりがおか」は凋落著しい。わが地元の百合ヶ丘駅と新百合ヶ丘駅の駅間距離は1km。どさくさにまぎれ、百合ヶ丘駅近くにも出口を作れれば、波及効果をもたらすことができる。

これが壮大な「大しんゆり構想」なのだが、夢物語だけに深く突っ込まないように。

|

2010年6月 6日 (日)

「職を賭した」決着

いまさらながらに思うのだが、首相とは酷な仕事である。

「最低でも県外」「職を賭して」「5月末の決着」と並んだ普天間の迷走も「職を賭した」までは良かったが、結局は現行案に落ち着いた。沖縄県のことなど真剣に考えちゃいなかった。政権交代を目前に格好を付けてしまって尻拭いが出来なかったというのが実態であろう。

旧海軍司令壕には以下の言葉が刻まれている。

「沖縄県民斯ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

沖縄戦で戦死を遂げた大田実中将の言葉である。

今回の迷走劇は、沖縄県民の想いを踏みにじるものであったが、沖縄駐留の在日米軍の実態を広く世間に知らしめることは出来た。このまま風化しないことを望む。

戦後、わが国は軍隊を放棄したことになっているから米軍に依存しているという理屈は分かるのだが、本来であれば米国にとっても理不尽な話。

ましてや、ベルリンの壁の崩壊と冷戦の終結、わが国の経済成長も低迷する中で、米国にとっての戦略的位置づけも変わりつつある。

ここらで、やはり自らの国は自ら守るという至極当然のことを考えてみてもいいのではないか。

自衛隊をどうするかとか、他国の徴兵制はどうだなどというのが議論の俎上に上がらないところを見ると、国を守るという気概自体が欠如しているのではないかと思えてならない。

|

2010年6月 5日 (土)

世論誘導とメディア腐敗

週刊ポストに掲載されたジャーナリストの上杉隆氏の記事が一部波紋を広げている。

「官房機密費」について取り上げたもの。

確か政権交代前は「官房機密費は全面公開を実現します」と勇ましかったと記憶するが、梨(なし)の礫(つぶて)である。これも流行の「ハトる」というものか。

そもそも国家の機密であるから機密費なのであって、政務調査費と同様に全面公開とはいかぬのは分かる。であれば、余計なことは言わないほうが良かった。幸いにも普天間と違ってメディアもグルだから大きくならないだけの話。

さて、記事は各社の取材メモが幹部を通じて上納され、その見返りに機密費が支払われていたという内容。

要はメディアの買収資金のようなもの。選挙にも買収工作はあるが、カネを渡しても名前を書いてくれるかは別の話。律儀な人は約束を守るが、腹黒い奴などは対立候補からもカネを貰って投票には行かないなど様々。

メディアの幹部も腹黒さは変わらなかった。聖人君子を装うだけに余計にタチが悪い。臭いものに蓋をするかのように取り上げない。ともすると政治の世界よりも腐敗しているのではないか。

所詮、新聞社は持ち株会が株を保有しており、外圧に晒されることはない。テレビ局は広告収入の減少に伴い、不動産会社へと脱皮を遂げつつある。

ジャーナリズムが健全な政治を育てると言っても過言では無い。そんな子飼いになるような業界では行く末は推して知るべしである。

とりわけ、金看板を背負っている若手記者のみなさんには考えて欲しいテーマである。

|

2010年6月 4日 (金)

昨日今日~6月3日(木)~

昨日まで質問の原稿作成に追われていたが、ようやく落ち着いた。今日から行政側は答弁書作りに慌しくなることになる。

ということで、今日は地元の陳情伺いからスタート。地元のある医療関係者の来訪を受けた。内容は改めて取り上げたいが、重度の脳疾患患者の受け皿の整備を求める相談である。実情等を伺った。

その後、地元で薬局を営む経営者と昼食。政治談議とともにある相談を受ける。これはいい内容だ。ぜひとも実現したいと思っている。

その後は、以前からの懸案事項の調整に麻生スポーツセンターを訪問した。施設長は不在。また出直すことに。

その後、地元の支援者の方とともに、都内の独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)へ。予め時間を取ってもらっていたので説明を聞かせてもらった。

夕方は党大会が予定されていたのだが、遅参することになる。その後は自由民主党川崎市連のパーティーに参加。1万円のパーティー券のノルマが課される(1枚どころではない)が、泣く泣く自腹である。カネがかかる政治というのは何とかならぬものか。

弁士は今をときめく小泉進次郎。

「あいつはすごい」という思い込みがあると思うのだが、それでも観衆を掴む演説は上手かった。「最近の自民党は変わってきた。自分のような若手を前面に出し、ベテランが後方を支える。これが新しい自民党の姿だ」と言われていた。言われてみれば、うちの部屋にも似たような息吹が感じられるような?

当日は社会人時代の仲間が駆けつけてくれた。8年ぶりの再会となるのだが、立派に成長されていた。夕食をともにしながら話を伺う。自立して会社を経営しているのだが、いいビジネスモデルを構築していて参考になった。

別の友人に車で自宅まで送ってもらう。帰路は黒塗りでないのが残念だが、仕方が無い。(笑)

車中の1時間はツイッターの講義を受ける。近々宣伝予定。乞うご期待。

事務所脇の花が満開。

100604_085218

実りある一日であった。

|

別れ際の美学

「人間同士は、会ったときが正月だ」とは山本周五郎の「ながい坂」の名文句。

初対面の印象がその後を大きく左右する。以前からメラビアンの法則を解説した本が出回っているが、話の内容よりも見た目がその人の印象を決定する重要な要素らしい。

そこで、今日はその反対の別れ際について。塩を撒かれるようなことがあっては損である。

大学時代はイベント会社のアルバイト。社長の魅力に惹かれ一途に働き通した。長年やれば兄貴分としてアルバイトのまとめ役に昇進する。おかげでたくさんの兵隊が出来た。

毎年、卒業の季節になると、そんな後輩連中の為に送別会を催してやっていた。やっていたなどと偉そうなことをいうが、カネは全て会社持ち。

社長と私が居て、あとはアルバイト。年にもよるが10~20人位である。いつも無礼講なのだが、飲み方がハンパではない。最後は必ず絡まれることになる。酔った後輩に「キャバクラに連れて行け」だの「散々世話になったな」など踏んだり蹴ったり。

ある年、忘れもしない社会人3年目。社長と体よく逃げ出したのだが、10数名が追っかけてきた。

こっちは逃げ足の速さだけは自信がある。JR池袋駅周辺で逃亡劇を繰り広げたが、当然ながらわが陣営の勝ちである。

後ろから大きな声で呼び止められた。もう深夜の12時過ぎだったと思うが、振り向くとJR池袋駅を背景に横一列に並んでいる。頭(かしら)の号令一下、「御世話になりました」と深々と頭を下げた。

遠い日の思い出である。

|

2010年6月 3日 (木)

夏の参議院選挙

川崎市議会も第三回定例会がスタートした。

提出議案の説明も終わり、代表質問の原稿作成に追われている。委員会毎の割り当てとなるのだが、所管範囲が広いからか総務委員会はその割り当てが多い。

輪をかけて執行部から新たな原稿の指示が来る。夏の参院選について原稿を書けとの命が下った。

もちろん選挙情勢がどうだという話では無い。その執行経費である。

国の政権交代に伴い選挙関係経費も事業仕分けの対象となった。その開票作業と事務執行経費の大幅な削減が盛り込まれたのだが、その対応である。

本市が不足分を補うという選択肢もあるのだが、国の勝手な言い分に付き合うほど本市もお人よしでは無い。人数の削減等で対応するのだが、問題はその国の言い分。

「開票時間を短縮した先進自治体の手法を全国に広げれば削減可能」という一見ご尤(もっと)もな理由になっている。

現在、各自治体において事務経費の削減の取り組みがなされているが、自治体により大きな差が見受けられる。全国一律の削減率の適用は自治体の行財政改革の努力が水泡に帰す結果に繋がりかねない。

まあ、各自治体の削減努力を評価検証するなど面倒だから全国一律の削減率を適用せいとなるのは察しがつくのだが、努力した人が報われないというのは理不尽な話である。

|

2010年6月 2日 (水)

クレームへの対応

区内のある方から苦情相談を受けた。

地元タクシー会社へのクレームである。直接言えばいいのにとも思うが、実情を知って欲しいとの意向があるのだろう。

この手の話は注意が必要である。いい話であればいいのだが、耳障りの悪い話だけに会社がどのように反応するか。民間同士の話だけに行政が介入する余地は少ない。

「大きな御世話だ」などと票を減らすことになったらどうしようと戸惑う。(気が小さいもんですから)

「私のほうで伝えておきます」と約束したものの、重い腰が上がらない。数ヶ月経過してしまったが、意を決して持参した。

既に就業時間が過ぎていたのだが、突然の訪問にも関らず、夜勤の担当者が対応してくれた。事情を説明したところ、「明日、所長に必ず伝えます」と丁寧に対応していただいた。

翌日、事務所に御電話をいただいた。苦情係の課長さんからだ。「ご意見承りました。早速、朝礼や研修の場で従業員に伝えさせていただきます。」

前日にわざわざ持参したことへの御礼も添えられていた。誰もが耳障りの悪い話を聞くのは嫌なものである。中には癇癪(かんしゃく)を起こす人がいるかもしれない。ありがたいと思って素直に耳を傾けられる人というのは素晴らしい。

ましてや会社である。末端の従業員に至るまで浸透しているというのは経営者がしっかりしているのであろう。

不況の折、厳しい経営かと思うが、社の発展を期待している。

|

2010年6月 1日 (火)

紛糾する名古屋市議会

私の周辺では、みなさん人がいいのか、良識があるのか、さすがに減税せいという声は聞こえない。議員定数にしてもしっかりやっているんだから削減なんかしなくてもいいのにと同情的。そんな支援者に囲まれて幸せである。

さて、名物市長を抱える名古屋市。市議会が紛糾している話は過去に取り上げた。市長の公約である恒久的な10%の減税を巡り、市議会解散請求(リコール)まで発展している。

内容を整理すると、名古屋市で10%減税をする際に必要となる財源は約160億円と見込まれる。

市長は「行財政改革で財源を賄い、減税に伴う借金はしない」と明言したものの、2月に発表された予算案では収入不足を補う為の臨時財政対策債(市債)として400億円が盛り込まれた。

その市債発行に関して、市長が「景気減速による減収に充てるものであり、減税財源にはなっていない」と説明したことで、それに異を唱える議会側と対立している。

首長の発言は重い。どこかの総理の発言同様、引っ込みがつかなくなった感は否めないが、今回はどう見ても議会側に分がありそうな気がする。

名古屋市の人口は225万人。本市の1.6倍にあたる。今回、本市が臨時財源として盛り込んだのは150億円(減債基金からの取り崩し)であるが、単純に人口比で試算すると230億円。それに減税分の財源とされる160億円を合わせるとほぼピタリと一致する。

名古屋市の市債残高は1兆8千億円。本市の2倍。決して健全な財政状況とは言い難い。

情報の発信力では市長に分があって、議会は抵抗勢力のように思われているが、正論を堂々と主張するべきである。

|

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

 
自民党
山崎なおふみは自民党の議員です
自民党ホームページへ
KAWASAKI CITY
山崎なおふみは川崎市の議員です
川崎市議会のページへ