なおログ[Blog]

2017年5月24日 (水)

3A

たまたま調べ物があって検索をしていたらこんなページに行きついた。

http://www.city.kawasaki.jp/asao/page/0000087175.html

「こんにちは、区役所です。」のタイトルこそ些か堅すぎではないかと思わなくもないけれども、石橋を叩いて渡る、いや、叩けど渡らぬ職場にしては、らしからぬ文章に何か新しいことに挑戦しようという意欲が垣間見える。その姿勢やよしなんだけれども枝の下のほうにあって見つけにくい。「異議あり!」ブログじゃあるまいしそんな片隅にコソコソやるよりはド~ンと正面玄関に置いてもいいのではないかと。何よりも私の宣伝にも...ならんナ。

いまや時代のカギはコラボとマッチングにておらが村なんてのはキャラが立っていること位しか取り柄はないのだから交代で一日一話でも投稿していけば意外な相乗効果が期待出来ると思うのだけれどもバトンリレー形式というのが妙案。

そう、バトンリレーといえばおらが走遊部が創立30周年を迎えて企画されたのが王禅寺ふるさと公園の周回コースを徹夜で走り続けるというウルトラ24時間ラン&ウォーク。さすがに独走というのはキツいから「誰かが」というのがミソで私なども丑三つ時にエントリーしていたものの、当初の予定が雨で順延、翌週は遠征にて出席叶わず別で新緑の避暑地を駆け抜けた。

軽率な言動が世の批判を浴びる事例は昨日に始まったものではないけれども酒席の痴態などは要注意。それが視察行程の最中となれば委員長が釈明に追われる訳でこちとら特別な手当が支給されているものでもなくそんな事態は御免蒙ると前夜は早々に切り上げて翌日は早朝からジョギングにて汗を流した。

役所の会議室では御当地の様子など分かるはずもなく宿泊先のホテルからメリケン波止場迄の往復2時間。走遊仲間が御当地の大会を称賛されていた記憶が呼び起こされて自らの挨拶にそんな話を披露すれば相手の課長の趣味もジョギングだそうで途中ついついそちらに目が行ってしまうのだとか。ちなみに蛇足ながら御当地こそが日本マラソン発祥の地だそうで今も市庁舎前には記念碑が残る。

笹子トンネルの崩落事故後に道路法が改正されて近接目視の点検が義務付けられたんだけど、対症療法的な修繕から予防的な修繕に転換することで効率的・効果的な管理補修を目指す橋梁補修マネジメントの話を伺った。点検作業に要する特殊車両の手配が重荷との悩みにAセンセイがドローン技術の活用を聞けば我が意を得たりとそのへんも視野に入れた取組も進むらしく。その斬新な発想は若手ならではか。

さて、本年度も区選出市議が出席しての行政連絡会議を終えた。およそ前年度比の減が目立つ中、観光分野の増額によもやあの御仁の暗躍はあるまいなと勝手に勘繰っていれば間髪いれずに区独自の予算増減の経緯を聞いたセンセイのイニシャルもやはり...。トリプル3といえば3割30本30盗塁の殊勲だけれども本市のトリプルAも侮れぬかも。

(平成29年5月24日/2350回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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2017年5月20日 (土)

不協和音

私ならば9、5、7あたりが買い目なのだけれども件の大明神によれば「8」こそが本線だとか。

馬券?否、ベートーヴェンの交響曲の話。ということで第8番を聴いたけど、やっぱりいいね~。で、その前の演目が管打楽器のための酒神讃歌と副題の付いた現代音楽だったんだけれども私には不協和音にしか聞こえず。A兄センセイなどはラーメンも最低三回は食べるべしと言っていたけれども嗜好の違いか。ストラヴィンスキーの名曲(とされる)「春の祭典」なども未だ苦手で...。

さて、本市とスポーツ交流が進む島根県益田市。「どうせなら当市自慢の萩・石見空港マラソン全国大会に」と誘われて約束を果たす形で訪れたその一事を以て戦犯とされた前回の市長選。私が道化師を演じることで事態が収まるのならばと甘んじて受けたあの日からまもなく四年、敗残兵そのままにいち早く寝返った面々に同調を求められても...。

蛇の道は蛇、やはり私などは「根が正直」なもんだから舞台役者には不向きであって、ならば劇作家に活躍を見出そうにも脚本は苦手。ということで、主戦場から距離を置いて早々に傍聴席を陣取って静観しているんだけど後追いの短編位は描けそうな気がしないでもなく。名を連ねてもらえぬかと届いた連判状。現職を支持する賛同者には業界団体の長がズラリと並び、踏み絵が如くこれを拒めば...。

政党の推薦は一切受けぬのが現職の意向らしいのだけれども誰もそれを額面通りに受け取るようなものはおらぬ訳で、そりゃ本人の隠れた指示によるものか殿様の肚を察した部下の機転か。名を連ねれば自然と政党推薦らしき風評が広まるどころか謀反を企てぬ誓約書にもなりかねず、機先を制して対抗勢力の牙を抜く狙いかもしれぬ。さりとて、声をかけねばかけぬでつむじを曲げぬとも限らず「一応」ということやもしれず。

まぁそもそもに連判状といっても団体の都合や上の意向、それぞれの事情に負う面が少なくないだけにそれが末端まで浸透しているとは限らぬばかりか執拗過ぎるとかえって逆効果、何よりも人の心は移ろいやすいもので...。聞けば関係者が届けに来たというだけでそのへんの真意はやぶの中。わが陣営に限った話ではないのだけれども「忖度」とは何とも厄介なものにて。

夫の浮気とて聞かれれば白黒せねばならず、聞かぬが仏、そちらのほうが好都合なこともある訳で、手元に届いてしまった以上は返答をせねばならんからそのへん不協和音の発端になりはせぬかと。さすがに子飼いとあっては親には逆らえず服従あるのみ、下駄の雪では監視機能が行き届かぬ。過去には数を力に特別秘書の議案を撤回させたりもしている訳で、付かず離れず適度な距離を保ちつつ、時に対立する位のほうが健全で得策ではないかと。

まぁそれなりに上手く回っているのだからあえて波風立てずともと思うのだけれども燻ぶる不満の原因は意外と別なところにあったりもして...。

(平成29年5月20日/2349回)

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2017年5月16日 (火)

区域指定

ぼちぼち宿の手配でも...と予約サイトを見ていたんだけど残数わずかな上にべらぼうな、いや、言葉が悪かった、「常識外」の料金とあっては折角の意欲も失せてしまう訳で一泊6千円のビジネスホテルが当日「のみ」1万7千円。他も軒並み同程度の料金にて、おいおい、それこそ談合ではないのかと陰口を叩いてみてもモノの値段は需要と供給に神の手が働いた結果とアダム・スミス先生は説く。が、やはりそんな理不尽な要求に屈してはバッチが泣くというもので(おい、勝手にバッチを出すな)、目の前の壁をいかに克服するか知恵を絞ることこそ人生の妙味。

大会チラシに低廉な宿の斡旋とあるものの、相部屋とあっては必ずいびきに悩まされて迎える寝不足の朝の体調は万全とはほど遠い。大手旅行会社が当日の予約を見込んで予め押さえた分があるだろうから直前になれば...との淡い期待等々、あの手この手を想定して到達した結論がこちら。予約サイトに表示がされぬあのホテル、大震災の際などもフル稼働だったのだから羞恥心さえ捨て去れば...。半ば覚悟を決め込んだものの内緒の裏技で一泊4千円で折り合いが付いた。えぇ、勿論、フツーのビジネスホテルです、ハイ。

さて、常任委員会の行政視察を終えた。委員各位とよく相談の上...と任せていた視察先は広島市及び神戸市。広島市では平成26年8月の豪雨による土砂災害からの復興が含まれる。最大時間雨量100ミリ超の局地的豪雨に住宅地後背の山の崩落により死者数77名を記録した被災地を訪ねて慰霊碑に手を合わせた。土石流から守ることを目的に渓流ごとに整備が進む大規模な砂防堰堤を遠目に見つつ、大自然の猛威とはいえども災害時における避難指示や危険区域の指定のあり方により被害を軽減させることは出来なかったのか、その災害を振り返って学ぶべき教訓は少なくない。

災害時において切土以上に盛土が危険というのは半ば常識。あれから二十年、見事に復活を遂げた神戸市などはさすがに当事者意識が高く、阪神淡路大震災とその後の新潟県中越地震の教訓から宅地地盤災害を未然に防止又は軽減することを目的に滑動崩落の危険箇所、つまりは大規模に谷や沢を埋めた谷埋め型盛土造成地や傾斜地に盛土をした腹付け型盛土造成地などを全て抽出した上で変動予測調査を行った結果を公表されていて、そんな宅地耐震化推進事業も今回の視察項目の一つ。

危険箇所の指定といえば近年は局地的な集中豪雨による河川の氾濫が少なくない。古来より蛇行を治してきた経緯があるから新旧の河川図を重ね合わせれば決壊の危険箇所は予測可能。過去に洪水ハザードマップに関連した質問(平成27年第5回定例会,12月21日-09号)において、旧河道を含む地盤の緩さは浸水想定区域図作成マニュアルの条件にはないとの答弁に過去の教訓を踏まえて危険区域を知らせておいて損はないと対応を求めたものの、不安を煽るとか資産価値が云々だとか及び腰にて。

おい、人命がかかっとるんだぞ。

(平成29年5月16日/2348回)

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2017年5月12日 (金)

苗字

こちとらどこにでもある平凡なものだけに、そんな話を聞くとたいそう御立派な家柄ではないかと羨望の目を注いでしまうんだけれども、源平藤橘の四姓、後胤を称するのは眉唾多しと本にあった。そうだよな、そもそもに平民に苗字が許されたのは明治以降なのだからさもありなんと。筆名とされるその姓に当人の嗜好が窺い知れるんだけど、目下、ある御仁の薦めで司馬遼太郎著「この国のかたち」を読んでいて気付かされることが少なくない。全6巻ながらも雑誌の連載コラムを単行本化したものだけに一話が短く、字が大きいのが多少の救いでこれがドエトエフスキーの長編並みだったら...10ページが限度かも。

そんな一冊に「本来静かに寝かせておくべきもので、わざわざこれに火を付けてまわるというのは、よほどの高度な政治的意図から出る操作」とあった。やはり見知らぬ土地では何かと不都合が多いのはどこも同じ。郷に入っては郷に従えの格言が如く他人様の国なのだから致し方ないものの、自国の扱いを棚に上げてそれ以上の権利をよこせなんてのはさすがに虫が良すぎてそのへんが火種になっているんだろうけど、欧州を席巻する極右勢力の急先鋒がいみじくも左右の発祥の地で苦杯を嘗めた。

敗北とは申せどそりゃあくまでも大統領の椅子を巡る争いにて右は右でもさすがに「極」となるとその過激な言動に嫌悪感を示す方がいないとも限らず、それが少なからぬ支持を獲得する背景には「火を付けてまわった」成果もあるんだろうけど、治安悪化を招いた元凶の寛大すぎた姿勢への鬱憤もある訳でそのへんを汲み取らねば進路を見誤りかねず。背水の陣にて捨て身の攻撃で攻め立てる相手候補に過激な政策は国民の分断を招くとテレビ討論を制した史上最年少のイケメン候補、担任の先生を生涯の伴侶に選んだだけのことは...関係ないナ。

排斥といえばわが国とて自ら「勝手に」断絶を宣言して門を閉ざした時代がある訳でそれはそれで不都合なく平穏を保てたのだから功罪相半ばか。その後、ペリー提督率いる黒船来航に肝を抜かれて混乱する国内に攘夷思想が席巻したことを評したのが前述の火を付けて回る云々の一文であって、初巻の刊行は90年1月と随分前の話なんだけれども今に通じる中々の慧眼ではないかと。

そう、大統領選といえばもう一つ。「最終的かつ不可逆的」と不退転の決意を明記したあの合意に両国の関係改善を期待した方々も少なくないはず。勝利者のみならず候補者全員が破棄か再交渉で足並みがそろったというのだから何とも。在住者に聞けば現地のカフェでは今以て若者などの話題の大半は日本のことだとか。外交官による紆余曲折の汗と涙の合意をいとも平然と覆すとはまさによほど高度な政治的意図から出る操作としかいいようがなく。君子豹変に淡い期待を寄せてみるも、内政不満を弛緩する劇薬の後遺症は重い。

(平成29年5月12日/2347回)

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2017年5月 8日 (月)

大明神

人生も折り返しを過ぎればどこかしらに疲弊が生じるもので時に違和感があればもしやよからぬ病では...との不安が脳裏をよぎったりもするんだけれどもそれほど簡単に死ねるものではないとT氏。そんな驚異の生命力を裏付けるかの如く人ってのは走った距離の倍は走れると本に読んだ。が、フルマラソンを往復して「更に」となると未知の領域なだけに逡巡していたんだけれどもじっとしているのは性に合わんから兎にも角にも走る距離を重ねることに決めた。

忙中閑あり、どれほど忙しかろうとも日に2時間位は何とかなるもので、脂肪の燃焼は継続するから運動は早朝に限ると聞いて、なるべくそのへんでやっているんだけど、「この程度では...」の恐怖心から日課の練習量を上げれば数日後には下げるどころか更に上げようとするのは禁断の症状か。当初は自己の限界に挑戦などと申し込んだはずが、もしや完走出来るんぢゃないかなんて勝手な妄想が生じてくるのだから不思議。それにしてもこんなにがむしゃらに物事に没頭してるのって初陣の選挙以来かも...。おい、今までの仕事は何だったんだって。

そう、噂の鉄人などはこのGWに「川の道」なる大会に出場されて完走を遂げたとか。 コースは荒川河口の葛西臨海公園から荒川を遡り、秩父から県境を越えて今度は千曲川を下り途中から信濃川と名前を変えて、日本海に注ぐ新潟市の河口までの総延長520km。30日の朝9時にスタートして、5日の夜9時が門限の制限時間132時間。距離も距離だけど横断ってことは当然のことながら峠を越えねばならん訳で何とも「贅沢」なレースなんだけど完走を遂げた鉄人の御齢は...73歳、大会最高齢だそうで、脱帽。

さて、ここ何年か地元のM平氏から誘いを受けてアルテリッカしんゆりの寄席を御一緒させていただいているんだけど、今年は直前に急用が生じたらしく、相方を探していたんだけれどもGW中にそんなヒマ人なんて...いた。外遊自粛の通達を律義に守ってこないだも駅頭に見かけたN代議士。為政者たるもの人の機微も知らねばならぬし、向こうは話術の達人にて教わることも少なくないはず...などと親切心で打診すれば、ヒマだったのは私位なもので当人は多忙を理由に固辞されたものの、折角の誘いを無碍に断れぬとの気遣いか代理で秘書のS氏をと。

ここだけの話、また、これが秘書としての評判は冴えんのだけれどもその仕事ぶりは別にして何かと物知りで重宝するもんだから私などは勝手に「大明神」などと敬っているんだけれども聞けば当人の御子息だか御令嬢だかがこの春に都内の難関私立高に合格されたらしく、まさに下剋上受験を地で行く父親ぶりで世の動向から塾の裏事情、合わせ技なんてのまでまさにその分野のオタク、いや、失礼、受験の道案内人。

寄席の最後の演目はボロをまとった一文無しの宿泊客が稀代の彫刻士だった、人は見かけによらぬと諭してくれる「竹の水仙」にてつい隣を見てしまったんだけれども以外にも大明神はナマ落語は初めてにて目から鱗だったらしく、そのへんの御悩みがあれば特別講師に招きますゆえぜひお申し付けを。

(平成29年5月8日/2346回)

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2017年5月 4日 (木)

都響

どういう風の吹きまわしか、知人の都議からコンサートチケットが届いた。もしや来るべく決戦の応援に来いとの伏線ではあるまいなと勘繰りつつも、餌には弱いもので拝領することになった。

首都圏に楽団は数あれども「東京」を冠するものは本市のフランチャイズオケとなる東京交響楽団に、東フィルこと東京フィルハーモニー管弦楽団等があって、初心者には紛らわしいんだけど今回は都響こと東京「都」交響楽団、そう、東京都が所有するいわゆる自治体オケ。

そのへんの賛否はまた別な機会に論ずる機会もありそうだけど、海外も含めて楽団にはそれぞれに個性というか魅力があって、そちらの定期公演の演目を見れば海外から指揮者を招聘しての現代音楽が少なくない。ベートヴェンに代表される古典は多くの根強いファンが居て集客が見込めるも新たな境地を開拓しようと挑戦する姿勢が中々いいではないかと。

さて、とんだ災難というか、GW明けに常任委員会の行政視察が予定されていて当日の切符やら行程表などを予め渡された。居間の机に無造作に置かれた封筒には何月何日の昼食代との文字。「子供の遠足じゃあるまいし、こんなものをやらされる担当は不本意ではないか」と妻。特にこちとら求めた訳ではないんだけれども見渡せばそんな徒労は少なくない。

相手の如何に関わらず情報を「勝手に」送信出来るのがメールの利点の一つ。が、そこまで近代化されていないもんだからFAXが重宝していて情報が送られてくるんだけど、これが少なからぬ量で一日十枚以上も。まぁ「とりあえず」って意向が大きいんだろうけどメールと違って用紙代もトナー代もバカにならん上、そんな時に限って肝心なものが抜け落ちたりも...。ヘッダーに記された役職や氏名に当事者の気遣いは分からんでもないんだけれどもそれ一枚の為に別な手間がかかるのだから議員各位又はまちづくり委員各位で十分、その分を他の仕事に回してくれと。

「とりあえず」といえば報告も同じ、判断を仰がねばならんもの、急を要するもの以外は不要と予め伝えてあるものの、委員長なる役職上、報告を受ける機会が少なくなく、ちゃんと判断を求められるんだけど、その判断といえば...「で、委員各位への対応は?」。こちとら「とりあえず」なんて言っておけば後々不都合が生じぬことは知りつつも、それをいちいち回って個々に説明をしていたのではたまったものではなく、およそ「いらぬ」と。

知らず文句が出るようならたとえ議長経験者であろうと私が言ってやるなどとエラそうなことを申してみるのだけれどもそれが口だけであることは相手が一番分かっていて。以前、ある会合で最前列に座っていた市の幹部が席次を巡って後列のセンセイから叱責されたとか。それは上役の代理で指定された席に着席していただけなんだけれども「たかだか部長如きが」なんてことだったらしく、そんな話を聞くと「とりあえず」ってのもむべなるかなと。

(平成29年5月4日/2345回)

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2017年4月30日 (日)

舌禍

総理とあらば一国の代表となるだけにそちらの用途としては党総裁の扱いになるんだけど、事務所にそのポスターが届いた旨のメモが残っていて、事務員の手書きのメモには安「部」ならぬ「阿」「部」の文字。もしや他党の回し者であったか...んな訳ないナ。まぁ評論家ばりの主婦に毎日尻を叩かれてもかなわんからその位のほうがかえって好都合かもしれぬ。

舌禍が災いしての辞任。火の粉が広がらぬ前に部下の不始末を詫びた親方。隣家に被害及ばぬことを不幸中の幸いと言ったりもするんだろうけど当人にとっては自らの家を焼失しとるのだから慰めが慰めにならんこともある訳で...。そのへんの機微に疎かったって話なんだけど、それを以て直ちに薄情かとなるとそれは些か短絡的過ぎやしまいかと。オマエもどこぞの御仁と同じく庇うならば同じ目に...。が、除け者にされるのが怖くていじめっ子に同調する子供のイジメに同じ、反論を許さぬ風潮こそ害悪ではないかと。

冷静に見れば首都圏ならばより甚大な被害が生じたはずとの比較仮定の話。この国に日本人として生を受けてあの震災が「東北でよかった」なんてのは常識的に居るはずもなく、程度の違いこそあれ被災地に憐憫の情を抱かぬものが居るとすればそりゃもう人の子じゃない、と私は信じているんだけど。顔に似合う似合わぬ云々は別にせよ誰に言われずと着用を続けたあのネクタイこそ被災地に寄り添う本人の意思表示。それを「あのネクタイがいけない」などと茶化す評論家の一言こそ被災地への配慮を欠いた発言ではないかと。口は災いの元、言わぬが花にて本来はこんなブログなんかも...。

さて、調査官にせっつかれてしばし政務活動費の整理に追われていたんだけど、使途基準は自治体によりまちまちな上に担当によっても解釈が異なることもある訳で、得てしてそんな時は今まで認められていたものが認められなくなるほうが圧倒的に多い、というかそちらしかないんだけれども、こと妥協して訂正するとならばその解釈を認めたことになるのだから過去の分も遡って返還せいとなりかねぬあたりがすんなりいかぬ元凶か。今回などもホームページの作業費なんてのが生じて、それはあくまでも家主(つまりはプロバイダ)側の都合で生じた設定変更を伴う諸経費なんだけど当然のことながらこのブログも含まれる訳で。

こちとて「こんなもの」は趣味の延長上でしかないから全額公費でというのは勝手が過ぎるとの理屈は分かるんだけど、ならば按分率をいかばかりにするか、その解釈を巡り事務方と折衝が行われるんだけど、それが犯罪者の事情聴取が如く憂鬱な上にそこで出された結論に正当性がある訳でもなく。役所が確認して受領した分については有事の際に責任を以て弁護してくれるならまだしも返還請求が生じた際には自ら法廷で立証せねばならず。まぁそれでも調査官の尋問は転ばぬ先の杖のようなもので無ければ今頃は...。

そう、冒頭の漢字表記の誤りを本人に言うべきか言わざるべきか、口もとの米粒同様に恥をかかせぬか、ということで言えず今日を迎えているんだけど、当の本人は私の苦悩を知る由もなく。くれぐれもここだけの話ということで。

(平成29年4月30日/2344回)

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2017年4月26日 (水)

佐渡

海はひろいな大きいな~♪に続く歌詞は「いってみたいなよそのくに」。漁村...というほどの田舎でもないんだけれども海辺育ちとしては地平線の彼方に想いを馳せてみたくもなるもの。

大変失礼な物言いながら自らを棚に上げて「あんなところ」と幼少に聞いた母の一言が記憶に残り、同県の出身ながらも一度も訪れたことがない御当地は元々は流刑の地。それが、江戸時代に金鉱が発見されて以降、幕府直轄の天領、そして北前船の寄港地として一世を風靡した。

都落ちの風流人が伝えた雅(みやび)が今なお残り、風光明媚な地形に四季が織りなす大自然の数々。カンゾウの花畑はちと早過ぎたが、北斗七星に柄杓の先の北極星があれほどはっきり見えたのは久々。俳聖の句に見るまでもなく海に星空は絶妙の取り合わせ。

彼らが失踪を遂げた70年代、時代と場所が重なるだけに他人事では済まされぬ。会場では拉致被害者の早期救出を求める署名活動が行われていて、曽我ひとみさんからいただいたブルーリボンを胸に通算19回目のフルマラソン完走を遂げた。

ウルトラランナー(を名乗るのもおこがましいのだけど...)としては余裕の完走となるべきも体重がやや重め残りにて「些か」手こずっての完走。こちとら前段階でいかに無駄な体力の消耗を防ぐか、つまりは余計な体力を浪費せぬことに腐心する訳だけれどもあちらさんなどはスタート前から入念な走り込みで。そう、完走は当然であとはいかにいい走りをするかが狙い。

前日に参加したボウリングなどもこちとら倒れたピンが当たった幸運のストライクにガッツポーズも巧者は単なるストライクでは寡黙な表情を崩さず、さすがに離れた2ピンのスペアの時だけは硬い表情が綻んだ。同じ選手でも物事に向かう姿勢がまるで違うんだナ。

そう、言わずと知れた本市の市政運営の二本柱は「総合計画」と「行財政改革」。特に後者などは職員数の削減に主眼が置かれてきたものの、全体の業務量などはさほど変わらん訳でそのしわ寄せから不本意な残業に繋がっているとか。そんな折、昨今の風潮も追い風となり、量から質への転換を図るべく「働き方改革」なるものが次なる柱に昇格。

その一つに長時間残業との決別と特定日における定時退庁の完全実施が高らかに謳われていて、そりゃそれで結構なんだけれどもそれのみを金科玉条が如く振りかざされては不都合も生じかねず。量より質なんていえば聞こえはいいけど量と違って質は数値化されにくく、不満の有無は価値観の違いにて安全神話のゼロリスク同様に求めればキリなく、不満解消が必ずしも業務改善に繋がるとは言えぬ訳で...。

そんな役所の説明時に同区のOセンセイが疑問を投げかけた。まずは残業せざるを得ない理由、つまりは日々の業務内容を分析した上で...云々と。まさに正鵠を得た指摘もそれでは二番煎じになりかねず、ならばマラソンやボウリングの姿勢に学ぶべきものはないものかと。

蛇足ながらこの夏に100キロを御一緒する鉄人から完走祝福のメールが届いたんだけど佐渡一周208キロ48時間ってレースがあるそうで、次回はそちらをお薦めすると。

(平成29年4月26日/2343回)

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2017年4月22日 (土)

先生

知名度が浮沈を左右する世界。どれだけの資質を備えていようとも名こそ知らねば俎上にすら無く。落ち目とはいえ過去の知名度を利用して転身を図る候補者は今に始まった訳ではないけれども話題性だけは十分。擁立側とてそんなタマを探せれば自らの宣伝にも繋がる相乗効果でWinWinの関係に。されど、私のような隠遁者にはどこぞの女優だ、局アナだなどと言われても???なもんだから更なる注目を狙って...炎上、ってのは私の勝手な推測か。

過激な表現が物議を醸したあの一件は耳に新しく、生への渇望や家族愛は否定されるものでもないけれども、そこに多額の公費を投じて...つまりは他人様の善意に縋ってとなると中には別な選択をとる方もいる訳でそのへんを代弁したつもりが過ぎた表現は敵に塩を送るようなもの。終末期医療を巡るいつぞやの大臣発言も一例ながら火のない処に煙は立たぬ訳で、社会に一石を投じた意義は小さくない。

中にはどう転んでも不摂生の帰結としか言いようがない方もいれば、一方でその費用は他人様の善意に負う面も大なのだから当事者とて当然の権利が如く涼しい顔をしていられるものでもないけれども十把一絡げで罪人扱いされてはたまったもんでもなく。そもそもに「死ね」だとか「殺せ」だとか表現が稚拙で品位に欠ける。あれ以来、タブーとばかりにそちらの話題は沈静化してしまったけれどもそんな両者の応酬の陰に黒幕ってのはよくある話。

だいぶ前の話だけど、ある店のカウンターで身なりの整った二人の会話が聞こえてしまった。「儲けたいなら透析です、先生」、一人は間違いなくそう言った。そもそもに知識に圧倒的な差があるだけに金銭を払う側の客でありながら不利な立場に追いやられがちなこの世界。また、一方で患者に完治されては実入りが失われる訳でそこに魔の囁きが無いとも限らず、それを踏みとどまらせるのが倫理観であって、先生の先生たる所以がそこにある。

少子化の理由の一つに保護者の経済的負担があるそうで、うちとて他人事ではないんだけれども旧友再会のランチ会も倹約の対象だとか。それとて、御主人が天下の大企業で奥様もパート勤務、一人息子を私立中学に通わせておられるその家庭にしてかくの如き状況なのだから子作りを躊躇するのも分からんでもなく。学歴以上に善き友に恵まれることこそ重要なんてのは寝言にしか聞こえんらしく、どこぞの誰ちゃんが塾に通い始めて成績が...なんて聞いて動揺する保護者。

そりゃうちなんだけど、塾とて慈善事業ではないのだから顧客獲得に新たな需要創出に余念無く、そんな加熱ぶりにひねくれた見方をすれば塾でそこまで面倒を見てくれれば結果的には教師の負担が軽くなる訳で。本来は当校で最低限の学力は教えるけれどもより高い学力や反復などは塾や家庭で補完、となるべきを授業の予習まで委ねては公教育の意義が失われかねず。塾に甘えるか否か、まさに先生の倫理観が問われる訳で塾に依存せずとも高い学力を身につけさせる公教育こそ理想ではないか。

そう、名門日比谷高校が復活と聞いた。公立とてやれば出来る。その挑戦を描いた本を興味深く読んでいる。

(平成29年4月22日/2342回)

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2017年4月18日 (火)

特盛

定例会の度に「こんどこそ」と言い続けて既に誰も信じぬA兄の宣言。一向に兆しすらなく、胴回りなどは...見れんよ。グルテンフリーに糖質制限などと知らぬ専門用語を聞かされたりもするんだけど、やれカロリーがどうだ、鉄分だ、亜鉛だ、ビタミンだなどと気にしていてはメシも旨く食えん訳で。私などは美食家(な訳ないナ)である以上に大食漢であって、尚且つ、睡眠時間が長めとあっては運動量を増やすしか選択肢はなく、これでも随分走っているんだけど現状維持とは何とも寂しくもあり。そう、減量の話。

右も左も知らぬド田舎の若者が上京して都会で食べた味は忘れ得ぬもの。当時は健康なんてのは二の次だからね、なんて旨い食いもんがあるんだろうって。何といっても安かったから試験前日の徹夜合宿などでは随分と世話になった。あれから二十年、そんな牛丼もカップ麺が如く時に恋しくもなったりもしてぶらりと立ち寄ったりもするんだけど、特盛の肉量が昔に比べて少ない気がして当時机を並べた(というか向こうは留年組ですが...)いつもの社長に聞けば、最近は特盛の代わりに並盛2杯だとか。んなことはどうでもいいのだけれども今日は「時折」の効能について。

さて、資質を買われてというよりも単に歴が長いというだけの理由で政党の支部長なる役を受けていて、とりわけ御婦人部の皆様など事あるごとに手弁当で御手伝いをいただくもんだから支部長の特権で寸志を用意して自ら身銭を切ったかの如く手渡せば「票」に繋がるんだろうけどそりゃさすがに不格好というもの。以前、何かの折に隣に居た「他会派の」センセイにスマホの撮影を依頼して断られてしまったことがあって、それ位いいぢゃないかと思ったのだけれどもどうやら相手を利する行為に手を貸すのは不本意ということらしく。

日本語には「謙遜」なんて立派な言葉があるけど、自らを一歩下げて敵を立てたほうが逆に評価に繋がることを知らぬとは何とも残念。故に前述の寸志なども年下のOセンセイに欠席の意向を伝えて手渡してもらうんだけれども、そのほうがそちらの仕事にもなる上にかえってこちらの不在を心配していただいたりもして。損して得とれって言葉もあるでしょうに。が、そんな小細工も大御所となれば無縁にて、こちとら時折の欠席も大御所は時折の「出」席。それでいて欠席を批難されるどころか時折の出席が関係者に喜ばれてしまうのだから何とも理不尽な...違うか。

そんなセンセイも現行の職務上、後援会や政党活動などは全て御辞退いただいた分、時間の余裕が生まれたかと思いきや、そちらの都合で趣味のゴルフの回数が減ったとか。で、そんな当人にとってGWが絶好の機会となるらしく仲間集めに奔走されておられるようなんだけどその御齢ともなれば同年代に落伍者も相次ぐ訳で新たな顧客発掘に余念なく、A君をゴルフに誘ったんだけど家族旅行だとかで断られてしまったと落胆の様子。そりゃそうですよ、5月5日は何の日だか御存知です?

で、なんとなく嫌な予感がしていたんだけれども妻への言い訳を考えている。

(平成29年4月18日/2341回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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