なおログ[Blog]

2018年1月15日 (月)

振袖

そのへん抜かりなくぞんざいな態度はあり得んはずなんだけど、長蛇の列を横目に、途中、見知らぬ御仁から小言を頂戴した。「ちゃんと並ばずに役得はありえぬ」と。こちとらバッチをかざして支援者の便宜を図ることはあっても自らが列を追い抜いて粥にありつこうなどというセコい意図は微塵もなく。あさお古風七草粥の会のひとコマ。

黒川の野草摘みに始まる関係者の労をねぎらうべく挨拶にいそしんでおれば、折角来ていただいたのだから...と会長自ら特製の粥を用意して下さって。こちとらそんな御厚意をいただいた以上は何らかの形で報いねばならんのが人の道。会存続の為の募金箱に多めに入れた。

さて、巷で話題のあの一件。例年、おらが神社の流鏑馬と重なることからそちらの下働きをして式典に向かうのだけれども境内で晴れ着姿の新成人を見かけることが少なくない。Yさんの孫娘が新成人と聞いた。神社への参拝後に送迎をせがまれているそうで、私宛に隣区のHセンセイが迎えに来るから御一緒でもと申し出ればぜひ頼むと喜んで下さって。

私が行かねば幕が上がらぬゆえ御心配なく(いや、実際には上がっちゃうんだけど...)などとエラそうに吹いてみたものの、待てど暮らせど約束の時間に現れぬ孫娘。携帯の通話こそ聞こえぬもののYさんの表情から察するに不穏な御様子にてついぞ現れず、もしや...。

いかなる不運が重なったにせよ全ては自らの不徳、御客様並びに従業員には損失が及ばぬようにとなるべきを他人様を踏み倒してでも自らだけは...なんてのは当面はしのいだにせよ報われぬ末路。立場違えど店予約の無断取消も然り。多人数に一人の欠員とて申し訳ないと詫びるのが誠意、店とて聞かずとやむにやまれぬ事情ならば違約金は忍びず、用意した食材は他の客で何とかするゆえとなりそうなもんだけど、無断取消が数十名規模ともなれば...にわかに信じがたく。

仕込みの都合もあるだろうに、それが手付金なんてものなんだろうけど不動産売買じゃあるまいに逃がさぬ口実となっては相手を疑っとるようで些か物寂しくもあり。ましてや一部代金ならぬ全額前払いとあっては夜逃げの前兆と知りそうなもんだけど、そこは相手の弱みにつけ込んだ巧妙な手口。

ハレの日にさばききれぬ需要。本市など新成人だけでも1万2千人もいる訳で、午前と午後に分けて行われるも一向に動かぬ車の列にごった返す会場。全国的な報道が蛮行を助長してきた面は否めぬものの、物々しい警備に囲まれての式典は厳かとは程遠く。新成人を祝う意義こそ薄らがずとも再考の余地はないものか。

本チャンとは日程をズラして行われる心身障害者「成人を祝う会」主催の成人式に来賓として出席させていただいた。こじんまりとしながらも同級生や恩師との再会を喜び合う笑顔は何物にも代え難く。新成人おめでとう。

(平成30年1月15日/2405回)

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2018年1月10日 (水)

白恋

遠目にはほぼ同じに見える棒の高さもてっぺんのほうだけ切り抜いて縦軸の目盛を加工すれば大きな差に見せることが出来る訳で都合よく見せる手口に御用心、と国の役人に教わったことがあった。そう、棒グラフの話。年末年始の勤務表、私などは元旦を除く三が日、つまり二日間ゆえ丸は二つなんだけど大晦日から元旦は細分化されていて時間の割に出番が少ないように見えなくもなく。

年末に注文を受付けた名入りだるまは正月の参拝客に見えるように飾られるもんだから名を売ってなんぼのセンセイ方には大変好評であって、他に負けじと大きくしてみたり色づけてみたり。色や大小が当落を左右する位ならば私なんぞはとっくに金色の特注品でも注文しとる訳で、あくまでも自宅用にて「例年同様」とそっけなく返事をしておいたはずなんだけど、届いただるまが昨年より二回りほど大きく、いつもの棚に入らぬ上にちゃっかりと金額だけは...。

まぁそんな面々が相手ゆえに酒でも呑まねばやってられんと指定席を陣取れば呑んでくれと言わんばかりに目の前には泡盛が置かれていて気付け少々と始めたつもりが...。四合瓶といえども度数は四十数度の代物にて薄めるなんてのはもったいないとそのままにやっていたことは事実なんだけれども私一人が平らげたなんて話になっていて。その程度の話ならあり得んことではないのだけれども酩酊の上、巫女に絡んでいた、というか口説いていたなんて「おまけ」まで吹聴されて。

酒の肴には格好のネタらしくもっぱらそんな話題が村内を賑わせているとか。こともあろうに昨日なんぞは通夜の参列時に「あっ、酔っ払いだ」なんて言われる始末で、その前は「おい、巫女」であったし、そんな呼び方あるまいに。寒風吹きすさぶ中、目立つ舞台に巫女が一人でおるもんだから親切心に「白い恋人」を届けたついでに退屈しのぎの相手を演じただけなんだけど、まぁ二人だけの会話の中身は...違うか。悪名が無名に勝る数少ない世界にてそんな醜聞といえども話題に上がる方が忘れられずに...。

さて、そんな酒の話題に事欠かぬのが落語。昨年は高校の先輩である瀧川鯉橋氏による「井戸の茶碗」の一席を拝聴させていただいたんだけれども落語には多くの人生訓と示唆が含まれる上にあの語り口調だけで客を魅了する話術に教わることも多く、本年もそんな機会を狙っているんだけど、ナマ落語、寄席となると喰わず嫌いというか知人でも居らぬ限り機会少なく、まずは落語そのものの魅力を知ってもらわねば木戸銭には繋がらぬ訳で。

年末年始の特番の視聴率、昨今などはカメラ向こうの茶の間を沸かせるというよりも芸人自らが勝手に愉しんどるだけではないかと思しき番組も少なくない。正月のいつぞやの深夜に「超入門!落語THE MOVIE」の総集編が放映されていたけれども趣向を凝らした内容に隠れた名番組ではなかろうかと。

(平成30年1月10日/2404回)

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2018年1月 5日 (金)

揮毫

行く年の達成感も手伝ってかその日ばかりは心静かに朝を迎えるもやはり初詣は午前に限る。早々に身支度を整えて神社仏閣の参拝に家を出れば降り注ぐ陽光に昔を懐かしんでみたり。同じ国土にありながら表と裏で冬の天気は真逆、およそどんよりした曇空か吹雪、三が日の内に一日でも晴れてくれればそれが初詣となる雪国の正月。

一夜に背丈以上積もる雪をかきわけての通学、そんな疲れも知らず学校の先生の話だけはしっかりと。年の瀬は地元を随分と歩いたんだけれども学校関係の相談事が少なくない。教育者たるもの世間様から一目置かれる教養と威厳を備えた存在であるべきで、昨今の保護者と学校の関係の希薄化の一端は教職員などとの労働者然とした呼び名にあるのではないかと勝手に信じ込んでいるのだけれども。どんなにダメな教師であっても子供の前で担任の批評は慎むべしという持論を有した先生が他界されて数年。そんな親心が現役にどれほど伝わっているか。天文に漢文が御専門にて教わること多く、教育者とはかくあるべしとまさに模範となる御仁であった。

声の大きさが自慢にならぬ自慢の一つにて隣から聞こえた私の声に玄関で待ちわびていたらしいのだけれども待てど暮らせど呼び鈴鳴らず、二時間は待ったとか。世の趨勢に媚びぬどころかバッチも臆せずにモノ言う御仁は相手に不足なく、招かれるままに上がり込んでしまった隣家の主は退職後に地元で書道教室を営む名物先生。書といえば私とて...。筆は寝かさず立てる、筆の上に一円玉を載せて落とさず自在に操る名人の名は今も同窓会で語り継がれるところだが、私とて幼少時に書道教室に通った身にて文章の訂正を赤ペンで指示すれば達筆過ぎて読めぬと言わしめる腕前の持ち主。

区内某神社の拝殿に掲げられた木板に刻まれた漢字二文字が読めず、神事の際に御当地の氏子に訊ねはしたもののついぞ知るものなく...。字こそ読めぬもその筆跡を見るに主はさぞ立派な高僧ではあるまいかなどと想像を巡らせつつ、出典が分からぬとあっては自らの乏しい教養を反省するばかりだけれども字が読めぬとあっては話は別で床間の掛け軸で恥をかかぬよう何か手立てはないものかと先生に教えを請うてみたり。

それが万人認めるスゴ腕であればまだしも揶揄を込めて嘲笑される位だから後世に残されては末代までの恥とばかりに私などはまっぴら御免なのだけれども、さりながらやはり字が残るというのは大物の証、というか名誉なことらしく、随所に残る揮毫(きごう)。かつて、義経公の伝説残る地元の橋名板の揮毫を手がけたそうなんだけど、老朽化に伴い更新されたと聞いて同じ人物に揮毫を依頼しなかったのかね...と言いかけてはたと気付いた。

そういえばあそこは確かおらがセンセイが...。口は災いの元、カドが立つから御茶を濁して話題を変えてしまったのだけれども当人の作の一つに某市立高校の碑が含まれるのだそうで、こんどぜひと約束したものの善は急ぐに越したことなく。初詣後に帰宅しようにも家人には歓迎されざる身にて放牧明けの一走ついでにと。登戸駅から川崎駅まで多摩川沿いを走り、途中、氏の傑作を拝ませていただいて元旦を終えた。

(平成30年1月5日/2403回)

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2017年12月30日 (土)

忖度

森林の単位といえば「平」米かと思いきや、そちらは「立」米なのだとか。そう、本市になじみの薄い林業の話。総量49億立米に毎年1億立米づつ容積が増え、つまりは木々が成長するも国内消費量はその約半分0.5億立米とあって残りは手つかずゆえ...と。が、そりゃあくまでも上流側の事情であって、需要少なくばそれに合わせて供給も自ずからというのがアダム・スミスの論理。川下を見れば花粉被害は深刻にて成長早い樹種を選択した責任やいかに等々、言いたいことは山ほどあったのだけれども折角の機運に水をさすようで言葉少なく会を終えた。

国内産木材の利用促進を目指す議連の立ち上げに協力をとO市の古株から打診があって部屋内で協議すれば前述が如く諸手を上げてという訳にも参らぬが、政令市の好も手伝ってか断る理由もなく。元林野庁の大物を招いての講演を含む勉強会に何ら恥ずべき面は無いけれども政党名が冠にあると政務活動費の適用外。毎月各自の報酬から天引きされる団費からの支出にて了承を得たのだけれどもそれでも進まぬ人選、宛名に記された団長名を理由に「日帰り」「自由席」にて役務を終えた。

そんな事情は巷も同じ。下部組織に求められる出席依頼。近距離ゆえ交通費は兎も角も安からぬ会費負担も自腹とあっては受け手が見つからぬ。会費の支出位はやむなしというかそれに浪費される時間に周囲への気遣い等々を斟酌すればそれすら割に合わぬとフツーに思うのだけれども一部に陰口を叩かれたりもするのだそうで。会社の上司に付き合わされる酒席とて小言に説教を散々聞かされた挙句、勘定は割り勘とあっては到底合わぬ。が、そんな上司に限って...。そんな事例を見るに同僚諸氏の金銭の太っ腹さがせめてもの救いかも。

役務柄、役人の御進講が少なくない。およそイヤなセンセイってのは猜疑心のカタマリだから相手に隠蔽の意図が無くとも「オレに隠していたナ」と、そんな因縁じみた勝手な解釈から悪循環が始まる訳で。まぁ確かにズルい相手がいないこともないんだけれども向こうとて悪知恵が働くもんだから都合よく利用される役柄がこちら。「既に団長には...」と添えればとりあえず第一関門は通過出来る上に多忙であれば聞く耳半分にて尚結構、とばかりに押し寄せてくるんだけれども、そりゃさすがに聞かんでよろしいという事案まで含まれたりもして。

新年会にどのセンセイを呼ぶか。一部のみでは嫉妬心を抱かれかねず、さりとて、全てが対象では収拾がつかぬ上に時に不都合もありそうで、そんな事情から団長宛に届く案内状が少なくない。行けば度量の広い同部屋のセンセイ方が団費の支出を認めて下さるであろうし、業界団体とあっては広くこちらの顔も売れるから...。ふ~む、既に知れた顔にてもはやその必要なく、むしろ折角の機会ゆえ「副」団長に譲って、日時の折り合わぬもの、不得手な団体のみ私が出席すべく目下調整中なんだけれども、「副」とあっては軽視するとはけしからんなどとヘンな言いがかりを付けられやしまいかと。

彼に限ってそんなことはあり得ぬ、とこちらの意中を「都合よく」斟酌される人物でありたいもの。どうぞよい御年を。

(平成29年12月30日/2402回)

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2017年12月25日 (月)

天秤

かつての英雄も世捨て人が如く隠遁の日々。遠路訪ねし主人公が教えを請うも自らの出幕は無いと頑なな姿勢崩さぬ英雄。それがここぞの機会に現れて...そのへんまではありがちな演出なんだけれども既に齢を重ねた身とあっては、その散り際をいかに演出するか。やはり、ルーカスはただもんじゃなかったね、「よし、オレも」って。スター・ウォーズ「最後のジェダイ」絶賛上映中。

さて、年に数回ほど、歯科衛生士による検診と治療をしていただくのだけれどもその一つにフッ化物歯面塗布があって、そこまでいかずとも希釈した液体で洗口をすれば効果的なのだとか。低学年時にフッ化物洗口を実施した都道府県では虫歯の本数に明らかな差異。未然に防ぐ予防の重要性は言わずもがなにて自らの調査結果を元に理論的に積み上げて、やるべきではないかと迫るも御託を並べる天才が相手とあっては分が悪く。

「それは御家庭でやるべきもので...」と相手方、そりゃ分からんでもないが、ならば給食はどうだ。家庭の都合といってしまえばそれまでだが、示される親の所得との相関関係。後ろ盾は歯科医師の先生方、委託にせよ年間1千万円程度、それでいて患者が減少するのだから商売上がったり、されど叫ぶ先生方は万人の健康を願えばこその善意以外に何物でもなく。

全校実施とはいかぬまでも研究実践という選択肢もあれば保護者の同意の下、つまりは任意でもある訳で。保護者の声を聞いてはどうかとの質問にも及び腰な姿勢に後ろから「その位やれよ」と野次が飛んだ、私もそう思う。-野田雅之氏(幸区)の質問より-。立ちはだかる役所のカベ。理不尽な言い分ならば兎も角も損得勘定抜きにセンセイが必死で訴えているのだからそれに応えるのが公僕たる役人の責務ではないかと。そんな答弁あるかって事例は少なくない。

ゴロツキじゃあるまいし、「おい、笑ってんじゃねぇよ」なんて下品な言葉を口にした記憶などないのだけれども、気迫みなぎる往年の質疑を髣髴させる追及姿勢に届く称賛の声。乗客の輸送力増強を名目にした私鉄のダイヤ改正。急行、準急、各停に時折、特急。通過電車を一回待てば乗れた電車も特急と急行の本数が大幅に増便した結果、今や数回の通過待ちに募る鬱憤。

それは踏切の遮断時間も同じでほぼ隣接して走る道路の混雑渋滞は著しく。年明けには更なるダイヤ改正が予定されていて、「(渋滞を)何とかせぬか」の質問に「そりゃ鉄道会社の都合ゆえ...」なんて返答に肚が決まった。地元の期待を背負っとるにそんな答弁でどの面下げて地元に帰れるかって。

納得いかぬと押し返していればいいのだから役得に見えなくもないけれども本番の大舞台とあっては磨り減る神経に体力の消耗著しく。立腹している肚は隠しておくのだけれども相手の洞察力が勝ると本番前に危機を察知した相手があの手この手で攻めて来る。「彼はセンセイの地元の有権者にて...」、んなこと知るかっ、退かぬ媚びぬ省みぬの聖帝サウザーが如く...北斗の拳の見過ぎだナ。

相手に恥をかかせる訳だから自らの言い分は世にまかり通るか、下の反応はどうか、その一事を以て相手は降格させられぬか、恨みを買わぬか(そりゃ余計だナ)等々、微に細に思慮を巡らせて天秤にかけるからこちとら寿命を削るようなものでその代償は小さくない。それでもやらねばならぬと意を決して...ただやみくもに吠えている訳ではなく。

(平成29年12月25日/2401回)

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2017年12月20日 (水)

献血

時にその言動が単なるゴロツキに見えなくもないA兄。下手に絡まれたら厄介ゆえ自然と近寄らぬよう注意を払っていたつもりが、不運にも同時刻に居合わせてしまったものだから...やはり。朝から頭痛にめまい、貧血気味だそうで、これから献血に行かぬかと。過去の経験から血液を抜いてもらうと改善するなどと意味不明なことを申しておられたが、貧血なんてのは読んで字の如く逆の結果を招いてしまうのではないかと些かの心配をしつつも、まぁ元来、血の気多い御仁ゆえ別な効能があるやもしれぬと御一緒することになった。

慈善的側面、そして、行為そのものは何ら躊躇するものではないけれども何分にもせっかちな性分にて。以前、確か区民祭か何かの折に支援者から請われて快諾したまでは良かったものの、狭い車両の中に閉じ込められてじっと待つこと一時間。途中抜け出す訳には参らぬし、次の会場に遅参して大顰蹙、なんて苦い経験を有するだけにどうにも複雑な気分が抜けず。で、そんなA兄と向かった先は神奈川県赤十字血液センターが運営するJR川崎駅前のかわさきルフロン献血ルーム。

これが何とも寛げる快適空間に受付の親切な対応、昔から健康優良児にてそちらに御世話になるなんて機会はとんと無いだけに白衣の天使が御相手下さるとあっては...。それにしてもA兄と隣り合わせたベッド上で看護婦相手によくしゃべたな。特に夏や冬などは血液が不足しがちだそうで御世辞にも随分と喜んでいただいた。「また、ぜひ」なんて笑顔で見送られれば、「じゃあまた明日でも」なんて。が、採血後、三ヶ月はダメだそうで。そう、献血の効能か、その後に聞いたチャイコフスキーの交響曲第4番が妙に良かった。

さて、定例会も本日が最終日。このたびの所信表明では世界を席巻する排外的な風潮に「互助と寛容」なんて価値観が披露され、その崇高な理念こそ否定されるものではないけれども時にその価値観が通じぬ連中もいる訳でそれをことさらに前面に出し過ぎるのもどうかと心配してみたりもしたのだけれども...。

つい最近、知人の紹介で劇団わが町による「クリスマス・キャロル」を観劇させていただいた。チャールズ・ディケンズの作。当時、東洋英和に在籍中の村岡花子氏が出会って没頭し、いつの日か翻訳して一人でも多くの方にと夢が叶った作品。物語の主人公、スクルージは実業家にて財こそあれどもケチで有名。経済的に自立出来ぬヤツなどは放っておくべしと平然と言ってのける守銭奴。クリスマスとて天から金が降ってくるものでもなし何ら興味を抱かぬ。

が、数年前のクリスマスに亡くなった仕事上の相棒が幽霊となって現れ、金銭欲に塗れた人物の末路を説く。その後、精霊が誘う幻想の中で本人が新たな価値観に目覚め、鬼の目にも涙、眠っていた小さな善意がふとしたきっかけで花開く。宗教問わず通じる不変の価値観。生まれながらの悪人はいないなんて信じてみたくもなったりして。迫真の演技に美声による讃美歌も手伝ってか幸せな気分にさせられる。

ひと足早くメリークリスマス。

(平成29年12月20日/2400回)

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2017年12月15日 (金)

初優勝

姿は見ずとも彼の動きはブログで逐一観察しとる、とはいつぞやの年頭辞。それが米寿を迎える御仁とあらばあくまでも世辞の類であって「ブログ」なんて現代語を知っとるだけでも御立派。そんな粋な御仁を後見人とするHセンセイから酒席帰りに着信があって、とうの昔に駅は通過したはずなんだけど、戻って来ぬかとほろ酔い気味。支援者と御一緒らしく気心の知れた面々との席に私など呼んでも...。

いや、よもや別の意図、団長を呼び出すことで自らの威厳を高めようなどという下心はあるまいな。が、それで当人の評価に繋がるのであれば一肌脱いでおくかと「遠路を」戻った。酒席帰りの時刻とあらば巷の米寿は床のはずなんだけどこちとら饒舌衰えず、そこに鎮座ましますは噂の後援会長。毎年、会長の年頭辞は本人の話以上に耳をかっぽじって拝聴しとりますと挨拶。

その達筆と多才ぶりこそ存じ上げていたものの、空き缶で提灯を作る名人だそうで、「へぇ~」などと頷いて見せれば懐から携帯を取り出して...。それがガラケーならぬスマホ。で、動作こそ些か鈍いものの見事に検索機能を駆使されて目的のページに辿り着いた。そうそう、コレコレと。機能の一部とは申せ米寿の御老体が文明の利器を使いこなすとは恐れ入る。

聞けば本年で会長職は下に譲られたとかで、「まだまだ御元気でしょうに」と水を向ければ、もうこの齢にもなれば壇上で醜態を晒さずとも会場を回って挨拶がてら女性の尻でもと。老いて益々...いやいや、検索されてこちらの内緒話がバレても困るからこのへんにしとくけど侮れぬ米寿。勘定はそちらが上手く済まされて、駄洒落を含む礼状をしたためておいた。

さて、村が違うのだからそれは敵に塩を送るようなものなんだけど、裏を返せばそれだけ真剣な証。隣の団長から依頼があって「全員に」出席を求めておいたんだけど日時がそちらと重なった。折角の依頼に誰も出席せぬとあっては相手に失礼、少なくとも一人位は...。そんな淡い期待を抱いた私が甘く、取捨選択を間違えとるんではないかと憤慨していれば、本日は最大会派の団長にも御出席を...と紹介されて何とか「相手に」顔が立った。

脳卒中から助かる会が主催する講演会及び勉強会にて未だ後遺症に悩まされる方々の体験談と本市への要望を聞かせていただいた。センセイが出席する以上は役所も担当者位は...いやいや、局長自らが「最前列で」しっかりと聞いておられたよ。で、歓喜の瞬間に立ち会えなかったもんだからかくなる上はパレードにでもと。が、往復2時間、本チャン入れれば半日仕事。翌日は大事な議案の審査が予定されていて、くだんの等々力硬式野球場の追加負担35億円の契約事案も含まれる。

その大半が汚染土壌の運搬によるものだそうで何とも無駄に見えてしまうのだけれども幸か不幸か当該委員会の委員長職を仰せつかっているもんだからその道に詳しい人物を招致しての事情聴取を企画すれば指定された日時が...。覆水盆に返らずとも拙速過ぎた感は否めず、浮かび上がる教訓。やはりもう少し慎重に事を進めるべきではなかったか。

そんな等々力を本拠地に苦節21年にして悲願の初優勝。遅ればせながら祝フロンターレ。

(平成29年12月15日/2399回)

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2017年12月10日 (日)

取捨選択

前半戦のヤマ、代表質問を終えた。私の担当原稿は十年ぶりの改定が予定されている「緑の基本計画」。落葉の清掃に悩む沿道、根の隆起による歩道補修を求める陳情は少なくなく。根元からの伐採とてあれだけ年輪を重ねられては...。潤いある景観を目指した街路樹が逆の結果を招く現状の認識と今後の対応を聞いた。

また、俄かに脚光を浴び始めた森林環境税。国に頼らずとも隣市のみどり税が如く自治体が独自に財源を確保する取組も散見される中、おらが市では緑地保全を目的に設立されたトラスト団体が自らの基金寄贈を市に求めるも反応が鈍いとか。有無を言わせず徴収される税以上にまずは市民の善意を形に変える仕組みこそ創設されるべきではないのかと一問。

また、この間、全公園の七割以上で管理運営協議会又は公園緑地愛護会が設立されたものの、未だ手つかずの公園の扱いや賑わいを創出する場としての公園利用が模索されるも未だ規制多く。聞けば市長のマニフェストには「わくわく感」ある公園を目指すなんてのがあるそうで、そんな勿体ぶった、否、奥歯に物が挟まったような言い回しをせずとも規制を緩和すると言えばいいではないかと、以上、三問。

役職柄、全ての原稿に目を通すのだけれども市長選後はじめての定例会にて示された所信表明と市政方針。新たな計画には「多様化、増大化する市民ニーズへの対応」という表現が随所に見られるのだそうで、あれこれと打上花火を上げるのは結構だけれども財源やいかにというあたりが肝らしく。それを理由に無尽蔵な支出が許されるものではなく、今、求められるはニーズへの対応以上に施策の取捨選択ではないかとの一文を盛り込んだ。

「一生の目的は一巻も多く読み一枚も多く著すにあれば只々此病の為に日月を縮められ其目的を達し得ざるを憂ふるのみ」とは正岡子規の著書「読書弁」の一節。晩年、病床に伏せる子規の心情の吐露。一日一話が三日に一話、で、四日一(よっかいち)、五十日(ごとおび)と、ブログの更新すらままならぬ状態にて元来の多読家もそんな暇すらなく、厳選に厳選を重ねてと本屋を物色すれば一冊の本が目に付いた。

それはあくまでも二の次のはずなんだけど、もっといい写真を...という欲求は何も私に限った話ではない(はず)も、そもそもの被写体が被写体なのだからそれ以上の写真があるまいにと思わんでもなく。撮影時なんぞはやれ顎をひけだ口元がどうだ、挙句には眼力が足りんとか。その域にでも達すれば作れる表情もこちとら役者ぢゃないからナ。ありのままの表情にこそ納得の一枚があるのではないかと。

以降、どれほど機器の性能が向上しようとも誰も登れぬ断崖絶壁の頂に燦然として他の追随を許さぬ巨匠二人。映画が黒澤ならば、写真はこの人。その一枚に言葉は要らぬ。氏曰く「撮らせよう、撮ろうという、いわば自由契約の関係で出来るのが肖像写真。だから撮られるほうは初めから他所行き。しかし、撮られている人に、撮られていることを全然意識させない肖像写真こそ」と。

「土門拳の写真撮影入門」(都築政昭著)を読んだ。その道の人には必携とされる名著ながら同氏の生涯に焦点をあてた自叙伝的一冊に教わることが多かった。

(平成29年12月10日/2398回)

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2017年12月 5日 (火)

賞与

初詣のチラシ広告の協賛金。そちらが貴重な収入源となるだけに受注販促に余念ない神社の若手会と地元を歩いた。どこも必ず繁盛しとるとは限らん訳で中には閑古鳥の店内も。が、地元の氏神様によく知る相手の依頼とあっては拒みにくく。手を出すほうも出されるほうも...。渡される紙幣に生活の苦悩を肌で知る瞬間。

さて、その手の話題は伏せておいたほうが利口ってもんなんだけれども迫りくる賞与の支給日。護送船団の世界ゆえまずは国の人事院が世の景気動向を慎重に判断した上で勧告が示され、それを閣議決定した後に国会の承認、その流れを踏襲して本市も...というのが大まかな流れであって、やはり最後は有権者の皆様に負託をいただいたセンセイ方。

それとて、景気動向に左右される訳だから何も増ばかりではなく時に減もあれば増とて諸手を上げてというものではあるまいに、あくまでも勧告に従って...。議案を承認して晴れて支給となるのだけれども御立派なセンセイなどは一般職や市長を含む特別職はやむなしもまずは隗から始めよとばかりに自らの分は要らぬと。さりながら賛成多数で可決されれば「例外なく」支給されてしまう訳でそこまで意地を貫くならばいっそ辞退又は返上してはいかがかと思わんでもないのだけれどもそんな話はとんと聞かず。

その意味、無所属ってのは群れに属さんから議会の運営上、疎外されやすくそれが時に不憫に見えたりもするんだけど、無所属のみならず政党が反旗を翻すとなると事情が違ってくる訳で。本会議の雛壇で理由の説明を求められるからそうなると役職上「必然的に」こちらに鉢が回ってきて喜べぬ役回りを演じてみたものの募る鬱憤。賛否にこそ口を挟まずとも結論を見越しての大衆迎合を狙ったしたたかな戦術ではないのかなどと...。

さて、どこぞの団体主催の政経懇話会に会派代表として招かれることになった。都市計画に建築物や道路の許認可は区役所に窓口があったものの役所の合理化という論理で整理統合、本庁に集約されてほぼ十年。本庁は市の南部にて不便を強いられる北部の不満。「そもそも誰が何の権限あってそんな話が進むのか」と憤る相手。「皆様の御意見を踏まえて市に要望を」との他会派の返答に釈然とせぬ相手。

他に補足あればと司会者に促されて手を上げた。「貴殿の意図や議員が役に立たぬと御見受けしたが...」と返せば「そうだ」と質問者。なかなかはっきり言うナ。そりゃそれぞれの役割をキチンと認識されとらんからそんな批判に陥るのであって、両者の役割は似て非なるもの。議員はあくまでも行政の監督役であって故にアレコレと物は言うが最終的な権限は行政側、つまりは市長。

が、そうでもせねば向こうとて市井の声が聞こえぬ上に市長とて独断専横に繋がりかねんからそこに「一応の」存在意義がある訳で。勝手言いたい放題ながらも責任は相手方...とエラそうなことを言ってのけてはたと気付いた。んなことでは賞与の反対者を笑えんではないかと。

(平成29年12月5日/2397回)

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2017年11月30日 (木)

寒鰤

ちょうどこの頃に雨降らずとも沖合で雷鳴というか地鳴りというかゴロゴロと空が鳴る自然現象は幼少の記憶にあって、それを「ぶりおこし」というのだと最近知った。魚ヘンに師で「ぶり」なんだけど、寝ている鰤を起こすとは何とも粋な表現ではないかと。

そう、全て抱え込むから身動きがとれんのであってなるべく身軽で...というか実際はその位しか役に立たぬらしく、夜は退屈させぬから昼の仕事「だけ」は抜かりなく吟味を重ねた上で価値ある内容で頼むと期浅に指示しておいたのだけれども北陸路の行政視察を終えた。

あれから一年、母方の郷里近く、糸魚川の火災復興の現状「も」...と余計な提案をしてみたものの、新幹線の特急券は途中下車無効だそうでそちらは叶わず。金沢市は景観の街並みに新交通システム、福井市は多世代同居世帯への支援にて机上に置かれた報告書にも目を通したんだけど、私「以外の」目的意識高く、稀に見る有意義な機会となった。ほんとの話。

さて、偲ぶ会を催す位だからその関係が窺い知れるんだけど主催者から挨拶を、と依頼されて随分悩んだ。とうに七七日も終えていつまでも悲しみに暮れるのは故人の本意ではなさそうであるし、さりとて逆も過ぎれば却って顰蹙。思い出話を、との妻の助言に従った。で、会費は要らぬと拒まれて、そりゃさすがに申し訳ないと翌日に御自宅を訪ねれば種蒔きに出かけたと聞いて「惜別の区切り付けたる種を蒔き」と一句。

「種蒔き」は春の季語ながら何も種を蒔くのは春だけではないし、他に適切な表現が見当たらず「あえて」そうしたのだけれども「種蒔き」が「冬菜」に訂正されて、「惜別の区切り付けたる冬菜かな」と。う~ん、やはり詠みたいのは「種蒔き」なんだよナと異論を唱えてみたり。そんな赤ペンを含む今月の句会の採点が届いた。

兼題は「暖房」と「時雨」。前者などは寒さから解放された安堵感などが詠まれたりもするんだけど今回の投句の中に「若人のスマホ操作や暖房車」と見かけた。カタカナは使わぬ主義なのだけれども何とも上手く詠み含めたもので。同じY子さんの句に「しぐるるや具をたっぷりの野菜汁」なんてのもあって自ら句を詠むことも大事だけれども他人様の句に触れることで気づかされることも少なくない。

さて、各自に割り振った原稿が出そろい団会議における読み合わせを終えた。独特の言い回しや文章に特徴があるからおよそ誰の原稿かは推測出来てしまうんだけれどもそのへんは蛇の道は蛇にて手抜き度合いは一目瞭然。で、いかに手を入れるかが。「てにをは」位であれば何ら支障はないんだけれども示された計画そのものの回答を求めてはしたやったりの相手。

かくいう私も過去に苦い経験があって、今でもそんな稚拙な文章ではなかったはずと信じて疑わないんだけど、当時の団長Nセンセイ、原稿の具合を心配してやって来たもんだから親切心に原稿を手渡せば暫し後に朱色一面の用紙が戻ってきた。黒朱が交錯した上に解読不能な達筆を自ら必死に打ち直して提出したんだけど、私の聞きたかった項目などは一切含まれておらず、手直しというよりも...。

が、そのほうが不思議と記憶に残るもので。正副団長に一任されたもんだから作成者に気遣い無用と指示してみたものの、「相手の意を汲んだ上」と付けるべきだったか。

(平成29年11月30日/2396回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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