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2019年3月25日 (月)

花粉

降り注ぐ陽光に似つかわぬ重装備の奥様に「飛散量著しく」と聞いた。人の機微には敏感でも花粉には鈍感、というかいつぞやに受診した抗体検査の陰性結果にそちらとは疎遠を通してきたのだけれども数日前より止まらぬ鼻水。風邪と診断された息子の症状に同じくもソレとて許容量以上を「浴びた」時、つまりはある日突然になり得ると聞いて...。季節限定とは申せど何とも厄介なビョーキではないか。

さて、厚生労働省が公表した結果によればおらが区の平均寿命は男性が全国二位で女性が四位と。ひと昔前であれば好感を以て受け入れられた結果も昨今は手放しで喜べぬ風潮。「それは区内に介護施設が多いことが原因」との風聞の信憑性を確かめるべくレクを受けた。高齢化社会と言われて久しくもそれに「超」が付いてみたり、平均寿命が何歳延びただとか、全国何位になったなどと言われてもピンと来ぬ。何か巧い表現はないものかと耳を立てていたのだけれども公明党の浜田昌利センセイの解説がハマった。

九十歳までの存命確率、平成元年当時は男性が約一割、女性が倍の二割。それが今や男性が二割で女性が四割に。正確を期せばそのへん百分率で示されていてちょうど倍になっていることから伝わりやすく。単純化すればこの平成の御世の間に九十歳まで生きる人が倍となり、今や女性の二人に一人は九十歳まで生きると聞かば人生百年時代も誇張ではないではないかと気付かされる訳で、どうなる社会保障と...その財源。

ごみが典型例、全体が「あまねく」恩恵を受ける施策の財源は税金。一方、全て「とは限らぬ」、リスクを伴うもの、いわゆる医療とか介護は保険。税に比べて保険は受益と負担の関係が明確なだけに支え手以上に対象者多くならば危惧される制度の存続。判定された介護度は十分資格有するも施設に入れぬ不平等感が助長する制度への不満。医療とて少なからぬ当人の不摂生の後始末も含まれれば、話題の終末期医療の扱いには個々の死生観含む生命倫理が絡み、追い討ちをかけるが如く「使わねば損」との意識が蔓延っては。医者とて患者を治す、それはそれとして否定せぬも予防的見地に立つことで余計な負担が減らせるのではないかとの視点。

口の中の清潔を保つ、それは自然と昔から受け継がれてきたことなんだけれども口腔ケアが糖尿病、腎臓病等の慢性疾患や心筋梗塞、認知症等の予防にも効果的と。給食後の歯磨きは言わずもがなもフッ化物洗口が虫歯予防に大きな効果を上げているそうで。市議会の中では幸区選出の野田雅之センセイが心血注ぎ大きな壁に挑んでいて、「その程度」の予算枠で大きな成果を生むのだから意義は十分と思しきも相手の守り堅く。決戦前に歯科医師政治連盟殿からも推薦状が届いたからには...いやいや、子供たちの為に。

治療から予防へ。門を閉ざすは感染症位なもの、発症への対応とて疎かに出来ぬも、やはりその根本的な原因に目を向ける「予防」こそこれからの時代に必要な視点ではないかと。それは医療に限らず、対症療法的な政治から未然に防ぐ政治へ。

(平成31年3月25日/2489回)

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2019年3月20日 (水)

元号

巡り合わせの幸運。ようやく板に付いてきた役職を名残惜しくも小生が提案者を代表して上程した陛下御在位三十年の奉祝決議は無所属を含む全会派の御賛同により採択されて任期最後の定例会が閉幕となった。それを予想するは勘を磨く程度にしか思えんのだけど、当代随一の叡智の傑作とあっては凡夫の及ぶものではなく。時の人とあらばその一文字を入れるに違いないなどとの憶測。そりゃ憶測というよりも「邪推」が正しく。遡れば過去にその漢字が入ることは稀ではない訳で偶然の産物もそんな目で見れば...。

その病名が本市の印象を損ねているとかで名称変更を求める陳情が寄せられた。主はどこぞの区の新人候補者だそうで露出度を上げねばならんとの心理は分からんでもないけどさすがにそりゃ「こじつけ」ってもんで。世にいう難病に発見者の氏名が付される事例は少なくなく。そこに相手を辱めてやろうとか他意は無い以上、一日も早い治療法の確立と患者の健やかな成長を願うのが人の道ではないかと不採択の理由を述べた。開かれた議会なんてのは勝手だけれども何でもかんでも受理してしまう、というか「せざるを得ない」仕組みってのは...。

迫る統一選は二幕編成。第一幕は知事に県議、そして、政令市の市議。第二幕は都内二十三区の区議含む全国の市町村議会の議員。第一幕の投票日は同じなれど知事選の告示日早く、それ以降は活動が著しく制限される。何も駆け込みは消費税に限った話ではなく、ビラの折り込みに街宣車による連呼行為(完全な違反です、ハイ)と加熱する前哨戦。それだけの精力があり余ってとるのであればそれを日々の活動に注力しておけば焦らずと再選が果たせるのではないか。「その候補、選挙前だけ目立っていませんか」の一文を選挙公報に入れておいた。

他陣営に出遅れているのではないか、というよりも声が「全く」聞こえんではないかとの御心配。戦とあらば肝心の本陣定めねばほら貝鳴らず、尋ねられる事務所開きの日時。宣伝効果を狙ってか吉日選んで「大々的」に行われるんだけど、当方なんぞはいつもの事務所の転用にて出陣式以外に特段の「儀式」の予定はないのだけれどもそれでも届く「御祝」。何ら便宜図らずとも寄せられるその純粋な心遣いには頭下がる。他区在住の大御所にまでわざわざ御持参いただいたもののあいにくの事務員不在。モノがモノだけに郵便受けでは心配。そのへんさすが勝手知りたる大御所、正面脇のトイレの施錠なく積み重ねられたタオルの間に忍ばせておいたと留守電をいただいた。

今さら慌てても転ぶだけ。されどじっと待つは性に合わず、気晴らしに...違うか。いつぞやに誓った箱根往路は芦ノ湖まで到達。さすが天下の険、山越えの芦ノ湖往復はかなりしんどかった。そんなに走っては疲れるだけではないのかとの懸念。健康の秘訣は睡眠にあり。「疲れぬように」が従来の概念。されど、良質な睡眠の為には就寝前の疲労が効果的とか。「既成概念からの脱却」、「複眼的思考への転換」等々、キャッチコピーだけは浮かぶも肝心の政策は...。

(平成31年3月20日/2488回)


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2019年3月15日 (金)

印鑑

散らかる印鑑からそれと思しき一つを選んだつもりが、不適合にて再手続となった。そこに勢力図が透けて見えるのだけれども入学後の「指定」口座はやはり...われらが農協。複数ならぬ一社とあらば事務負担は軽減される学校側と新規顧客の目標課せられる機関側の意図が重なり。が、所詮はその為「だけ」に用意された口座にて卒業後には解約...いや、それすらも億劫とされてか休眠口座の予備軍が大半と聞いた。

教育とは何ぞやの問いに一概に同列に論じ得なくもそれを克服するところに教育者たる意義がある訳で。単なる学力競争では巷の安売り合戦に同じ。缶ビールなどはいかに原価抑えて廉価で捌くかに尽きるもやはりそれが見えぬワインをいかに「適正な」価格で売るかこそ商いの妙味であって目がそちらに向かねばいづれ人工知能に...。

スポーツフェスタなどとカタカナ表記になっただけでもヘンな意図があるのではないかと疑っとるのに内容を大幅に簡素化した上で午前中のみ...と聞いてそりゃ単なる手抜きではないかと憤慨してみるも「塾の時間に間に合わない」「弁当作りが億劫」「早朝の長蛇の列が迷惑」等々、保護者の都合若しくは近隣の事情に負うとか。

が、それのみならず、こちらなんぞ実施率は半分以下。それも家庭「訪問」ならぬ保護者「面談」に格下げされた挙句、「任意」とか。そりゃ私とて過去に成績ならぬ態度に難アリだとかで「特別」扱いされた身なれどそれがまた抑止力になっていたのも事実で意義こそ否定されるもんでもなく。

時代が時代だけに共働きとあっては「忙しい」との保護者の言い分も分からんでもないけど、授業参観に運動会(いや、スポーツフェスタ)あらば夫婦のみならず祖父母連れだって押し寄せるのだから仕事に追われている訳ではなかろうに。とすればやはり他人様から干渉されたくない、余計な御節介を嫌う風潮に押し切られとる側面はないか。保護者の都合、そりゃ否定はせんけど、そこで失われる教育的意義を説いた上で結論に辿り着かねば怠慢と言われても...。

一方、学力テストの結果公表は序列格差に繋がりかねぬとは拒む理由なれどそれを理由に非公開とする負の側面はないか。落ちこぼれを生まぬ教育は美談に聞こえがちも、伸びしろのある生徒の可能性の芽を摘みかねず。学力が全てではない、それは結構。されど、国の宝を預かるにそれだけの役目を果たしているかと聞かれれば首をかしげざるを得ず、教育者としての矜持なるものを問うてみたくもなるのは私だけか。

選挙前にと推挙された中に「戦後国際秩序の終わり(千野境子著)」があって思慮求められる一冊。湾岸戦争における130億ドルもの拠出に謝辞一つ寄せられぬあの一件。民意に反する政権の暴挙などと向けられる非難ばかりがはやし立てるもならば負担分かち合う為に受入れ迫られれば口つぐむ批評家の面々に「最低でも県外」で放り投げた禍根。久々に目にしたNIMBY(Not in My Back Yard)、「裏庭は御免」なんてのはなかなか粋な表現ではないかと思うのだけれども、んな勝手な社会でいいのかね...まぁ私も。

(平成31年3月15日/2487回)

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2019年3月10日 (日)

目線

有権者に信を問うなどと言わば聞こえよくも度々問われては巷の耳目集めたい自らの都合ではないのかと思えんでもなく。相手とて候補擁立できねば誹り免れず、市議一人程度なら兎も角も首長とあっては知名度の不利を覆すに...。そのへんを狙ってみたのかもしれんけど、やはりその時だけ目立つ、一時の情に任せて拳を振り上げてみたものの、後で「冷静に」反芻してみるとやはり...ってことが少なくなく。

「国家の発展には民主主義より規律が必要」とはシンガポール建国の父、リー・クアンユー氏の言だそうで、その判断を他に委ねて問われるは民意ならぬ為政者の存在意義だったりも。勝算アリと刀抜けど本人の意図とは裏腹の結果に未だ出口見えぬ異国の状況に問われる民主主義の真価。

二者択一の設問に理に勝る情が左右する結果、何も丁半博打じゃあるまいに短絡的に結論急がずとも模索出来ぬか第三の道。妥協の産物で何が悪い、中庸こそ善、と合意目指す姿勢なくば一向に物事は前に進まぬであろうに。そのへん希薄化する隣人との関係、嫌いは嫌いと安易に割り切る昨今の風潮に...他人事だとどうして饒舌なんだろう。

「おのれより賢明なる人物を身辺に集むる法を心得しものここに眠る」との墓碑銘は米国の鉄鋼王アンドリュー・カーネギー。賢明ならずとも人に恵まれなければ選挙に勝てぬ。サルは木から落ちてもサルなれど、こちとら落ちればサル以下と。役所から資料一つ取り寄せるにこれほど苦労するとは思わなんだ、手のひら返す豹変ぶりにバッチの意義を再認識したとは落選組のO君の談。

当落には少なからぬ運も絡むからその一例を以てバッチ不適格の烙印を押すに些か尚早であるし、むしろどこぞの現職よりもそちらに残留いただいたほうが...。そのへんが上手くいかぬところが世の不思議。一見、情に厚そうに見えし御仁が意外とケチで薄情だったりもするんだそうで落ちて知る人の表裏。

人は見た目で判断してはいけない、そこまでは結構。されど、人はオマエを見かけで判断すると思えとは舌禍絶えぬあの大臣の父君の遺訓と人づてに聞いた。役人がこちらに何かと気遣って下さるは人柄ならぬバッチのおかげ。されどこちらが接する際は肩書きによらず人柄というか相手の仕事に向き合う姿勢が評価の分かれ目。そこを勘違いしちゃうといつしか独善的で不都合なことにも耳をふさいでしまうことになりかねず、やはり目線は低く、そして、耳は立てておかないと。

障害者のスポーツ支援に携わるSさんから相談をいただいた。中原区井田地区には障害者の施設多く、運動用具を保管する体育館の前の前にグランドがあるのだけれども用具を搬入するに外周をぐるっと半周せねば正門に回れず。途中、抜け道あるも手すりなき階段にて不親切ではないかと。

折しも予算審査特別委員会が控えていたから好都合とばかりに現地を目で見て改善を指示したのだけれども相手とて故意ではない訳で気付かされる視点。届かぬ声を届けるべく、「御用聞き」の中に見える真実、生活者目線の政治と選挙公報に一文を入れた。

(平成31年3月10日/2486回)

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2019年3月 5日 (火)

糸瓜

それが血肉になっているかは別にせよ、読んだ冊数と走った距離は他に勝るとも劣らず。「行く先はいつも名著が教えてくれる」との一冊を見かけた。著者はあの番組のプロデューサー。古典的名著にあらずとも話題の新刊に世の潮流を学ぶこともあれば埋もれた一冊が目から鱗だったりも。

手にするは「役所を動かす質問のしかた」であるべきも、己を知り敵知らば百戦危うからず、隣の「公務員が議会対応で困ったら読む本」に手が伸びた。「議員が質問を教えてくれない」、「議員から質問ネタを考えてくれと言われた」、「議員から飲み会に誘われた」等々、単なる用語解説ならぬ具体的な「実例」が紹介されていて、その卓越した知見によもや著者はあの御仁ではあるまいなと恐る恐る見て...ん?安藤、いや、安堵した。

それが賞賛だか侮蔑だか意図は知らんけど与えられる「ミスター」の呼称。議会ならばA(というか安藤)、福祉ならばN、で、選挙ならばこの御仁しか居ない訳で決戦前にK氏を招いての勉強会。何も法文を諳んじ、杓子定規に解釈するのであればそりゃ単なる堅物というか小役人に過ぎず、ミスターのミスターたる所以はやはり実践的な対処法にある訳で、選挙なぞは禁止事項をいかに「都合よく」解釈するか。

戸別訪問の禁止は知られたところだけど、あくまでも「投票依頼を目的とする」訪問が禁止な訳で別な理由ならば...。この頃に訪問すれば相手とて自ずと理由悟るものなれど、そこを意識するかしないかは大きな違い。それはあくまでも一例に過ぎぬが、公職選挙法は世の三大難法の一つであって公務員人生をそこに捧げたと申しても過言ではないと自負してやまぬK氏の講義に学んだ。

当の芝居とは全く無縁であっても「然したる用は無いけれども現れ出でたる」の口上に登場して喝采浴びるは肥後の清正公。ならばこちらに登場願うは...。法で禁じられていることは裏を返せばそれだけ効果的と公言して憚らぬおらがセンセイ。右も左も知らぬ当時、支援者から公約を作るに政策を学ぶべしとの御助言をいただいて訪ねれば、「んな、政策だ、へちまだ」、確かに「へちま」と。

どれほど立派な御託を並べようとも名を書いてもらってなんぼの世界、当選せねば仕事は出来ぬ、兎に角、回るに勝る兵法なしと教わった。いや、回るとて片っ端からでは敵陣営に遭遇して通報されぬとも限らず、門外不出の名簿を授けていただいて。そう、名簿ってのが三種の神器の一つ、誰それの紹介とあらば無碍に扱えぬはセンセイの紹介で訪ねる役所に同じ。本チャン近しと知ってか届く名簿。不思議なもので十年やろうとも新たな紹介先は生まれるもので、そんな心遣いは御年配の方に多いのだけれども自筆が目立つ。

それを抽出するに少なからず思慮を巡らせたであろうし、記す手間とてバカにならぬ。個人情報の扱いも過敏になりつつある今日にあって、支援者に恵まれて数には不自由しないのだけれども紹介者の名とともに自らを売らねば巷の電話帳に同じ。紹介先を回るにも他に忙殺されて深夜早朝といかぬものかと悩んでみるも提供主から同伴の申出あっては公務どころでは...違うか。

(平成31年3月5日/2485回)

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2019年2月25日 (月)

親権

年間の被害額は区内だけでも一億円以上。県警監修の下、地元の高校生が防犯DVD制作を手がけるとかでキャストに選ばれし御婦人方。撮影を終えたと聞いて期待を寄せる肝っ玉かあさん...いや、物怖じせぬ女優陣の名演技。

立派な背広に身を包んだ紳士然が善人とは限らず、むしろ冴えぬ風貌に口下手なほうが意外と...。「抜いた」一語を以て人格まで否定されるもんでもなく、些かの不運に同情を寄せてみるのだけれども標的にされた以上は静かに風雨過ぎ去るを待つが得策。追及される側、いや、答弁側なのだから敵に隙を与えぬことに腐心すべきも続く失策。前科なくば「詫び」の一言で済みそうなもんだけど。さりとて、あの紛糾度合いは尋常ならぬ。その偏狭な社会が元凶だったりもして...。

子は庇護されるもの、というよりも天の授かりものにて純粋に愛でられるもの、のはずが...。再婚相手の子ならぬ実子への慙愧に堪えぬ行為に失われた幼き命の御冥福を祈りつつ。「折檻」とは王を諌めた家臣が捕まった檻(てすりの意)が折れた故事に端を発する語なれど、ならぬものはならぬと諭すのと自らの鬱憤のはけ口をそこに求めるのとでは別物。似て「全く」非なる行為は誰が見ても明らかなれどそんな人物に限って「躾」と。繰り返される悲劇に立ちはだかるは親権の壁。

社会の暗部を抉る視点に教わること少なくない話題の監督の最新作にもそんな場面が登場。寒空に立ちすくむ少女の理由知るも連れ帰らば誘拐犯になりかねず。リリー・フランキー演ずる日雇い労働者の治はそのままに立ち去りを決意するのだけれども忍びぬ情が勝り...。そこに介入すれば親子の絆が崩壊しかねぬも精神的に蝕まれた親による行為にて放置されれば悪化の一途。昨今は親権よりも人命の風潮に立入権限というか第三者の介入を後押しする法整備が進む。

が、その後に怨念を抱く親の抵抗すさまじく、時にその行動や常軌を逸する。過去に寄せられた相談、勿論、支援者ならぬ初診というか向こうの御指名による一件があって、聞けば数年前に子が誘拐されて行方不明に、それがどうやら親戚が子供を連れ去ったとの言い分。他市に転校したものの市は情報を知っとるはずで役所が犯罪に加担するとはけしからん。バッチの特権で転校先の校名だけでも聞き出せぬかと。早速に当局に事情伺えば、状況を察した親戚が「匿った」というのが正しい解釈らしく。健やかに育つ御子息の状況だけ確認して母親に断りの電話を入れた。

行政側の判断が狂わば最悪の事態もあり得る訳で、当事者の意識欠如や杜撰な対応が指摘されて久しくも相手は狡猾な千両役者、そこに客観的な判断基準はないだけに全て十把一絡げで論じられては不憫な気がしないでもなく。確かにヒドい対応もあるのだけど...。

本市なども一部に意識高く深夜に及ぶ審議の末に議員立法にて条例を制定した過去を有するのだけれども救える命を守るべく。演台低いとゴネる主役の世話を焼きつつ本日が舞台本番。乞うご期待あれ。

(平成31年2月25日/2484回)

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2019年2月20日 (水)

一分

率は三分の一と退かぬ課長に「んなバカな話があるかっ」と怒髪天を衝く勢いで迫らば、携帯にせよ燃料代にせよ私的利用が「全く」ないといえばウソになる訳で、たとえ一割ならぬ一分でも...。そう言わずとも率は二の次と教わった。そう、政務活動費もあれやこれやと因縁付いて今や大半が按分扱い。たかが一分と侮るなかれ、されど一分であって百分の一が左右する明暗。ということで今日は「率」の話。

予算審査を目前に財政局のレクを終えた。不交付団体であるが故の不都合、財政の再建を怠った代償とあらば甘んじて受けるも善行を施して罰則を受けるとあらばそれを制度的矛盾と言わずして何という。過去最高とされる税収増の背景は景気回復か人口流入か、在住とあらば払うのみならず何かしらの恩恵を被る、つまりは市の負担生ずる訳で在住にあらずとも届く純粋な善意は市民税以上。

ふるさと納税を巡る応酬が世間の耳目を集めていると聞いた。が、昨今なんぞは純粋な善意というよりも目的が別にある訳でそれが御当地の肉だとか果物だとかであれば地方創生の一助にでもなりそうなもんだけど商品券とあらば...。返礼品の過当競争に業を煮やした国、通達守らぬ自治体に法的措置をチラつかせれば「閉店前の還元セール」などと逆なで行為は確信犯か。そこに些かの羞恥心というか負い目でもあらば擁護の余地もあるんだろうけど。性善説に基づく制度設計において善意を逆手に意図されるズルは違法ならずも倫理的に賞賛される行為になく。

で、本市の対外収支はいかほどか。出は49億円にして入は1億円に満たず、ほぼ出た分が負の勘定。が、対外収支が赤字の自治体は何も本市に限っただけではなく何故に反旗を翻さぬか。それもそのはず赤字分の四分の三はちゃんと国が面倒をみてくれる仕組み。されどそれは交付税による措置ゆえ不交付団体の本市には救済なく。損害額...いや、影響額は36億円也、単年度ですぞ。

ならばこちらはどうか。当初示された影響額は26億円。この十月から始まる幼保無償化。とりわけ幼稚園は全体で60億円の内、保護者負担が37億円で残りを国と市で一対二の比で分ける仕組み。それを無償化するに保護者負担を含む全体を同率で按分すれば本市負担は40億円。それだけでも承服しがたいのだけれども不交付団体に限っては一対三、つまりは45億円。現行の負担は13億円だからどこにそんな財源があるのかって話。

まぁこちらはふるさと納税と違って負担の転嫁そのものが全国の猛反発を招いた結果、負担割合が逆転して三対一で決着、本市の負担はほぼ横ばい。地方交付税の交付団体か否かで「率」が変動。役所用語で「割落とし」ってんだけど、そんな措置により本市はどれだけ損をしているか、いや、表現が不適切、これがどうしてかなりの額に...。交付団体か否か、そこには財政力指数なる数字が絡むのだけど自らの税収で賄いきれる収支均衡を1としてそれ以上であれば不交付団体。

本市などほんの数分で差で上回る、一分の差を以てその格差は「あまりにも」理不尽ではないかと国に訴えても孤立無援にて。いっそ意図的に境界線を割り込んでしまおうか...ズルだナ。

(平成31年2月20日/2483回)

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2019年2月15日 (金)

朗読

故蜷川幸雄氏が創設された市民劇団の公演が好評と聞いた。プロにあらずとも役者魂というか迫真の演技に心動かされること少なくなく。ふじたあさや氏の脚本演出による「劇団わがまち」の公演「みすゞ凛々」を見る機会に恵まれた。夭逝が悔やまれる詩人、金子みすゞの生涯を描いた作品であって、ピンとくるのが東日本大震災後に流れたCM、公共広告機構、ACジャパンの「こだまでしょうか」が当人の作。

詩といえば国語の教科書に見かけた位で、詩人と申してもドラクエのキャラ位しか思い浮かばず、それとて戦士や魔法使いに比べ見劣りするというか影薄く、ならばいっそ「遊び人」のほうが意外性に秀でて。されど、小説家や俳人等、文章に携わる異種格闘技戦あらばこちらが最強ではないかと酒井順子さんのエッセイに読んだ。

詩の朗読に歌、出演者のYさんから届いたメールに知る稽古の様子。朗読された「積もった雪」の詩が良かったナ。「上の雪さむかろな。 つめたい月がさしていて。 下の雪重かろな。 何百人ものせていて。 中の雪さみしかろな。 空も地面もみえないで。」と雪の心境を詠むなんてのは凡人及ばず。

代表質問が迫る。労こそ厭わぬも目立つのは好かぬ。やはりやら「される」のと自ら「やる」のでは大きな違い、予算審査を含む定例会の質問者は団長と「慣例」で決まっているもそんな悪しき慣例など...。どこぞに適任者おらぬか。

散るぞめでたき桜花、漫画の主人公とはいえ何とも粋な命名はスラムダンクの桜木花道。それが十両関脇ならぬ横綱の引退とあらば断髪式といかぬまでも花道位は...。裏工作が奏功してそちらに変更になったものの聞かれる声は「(役回りを)逃げたナ」。

いやいや、およそ初陣の頃などはエラそうに多選の弊害を説いてみてもいざ職を辞するとなると退職後のツテがある訳でもなく、惰性に期数を重ね、しばし後は「役職」が目的となり、やがてはそれまでの経験を後身の為に...などと自らの正当性を維持する為の独善的な解釈が自らの中で形成されていくのがオチなれど、そりゃ何もセンセイの出処進退に限らず、市の事業とて同じ。

それが広く社会の役に立つならば支援の意義はあろうけど、仮に公的支援を行うにせよあくまでも助走の為の呼び水的な次元に留められるべきながらいつの世も模索される存続の理由。下手に関与するよりも民の自由競争に委ねるが最善。過去の投資が足枷となり撤退の判断鈍ること往々にして深傷を負わぬ為にも...まぁあくまでも悲観論に立った話ながらそんな原稿をそっとしのばせておいた。

他に譲って登壇を回避出来たのは本望なれど、質問者が引退を決断した最古株とあっては何かと世話が焼ける...違った、気を揉むこと少なくなく。本来であれば質問者が担うべき枕詞、いわゆる前文を任せるべきか否か、リハは演じてもらうべきか、漢字のルビはどこまで...バカにし過ぎだナ。

百頁を超える原稿の朗読、リハは代読でも...と打診すれば気遣い無用と返事が来た。老兵は死なずただ去り行くのみとは申せ、余力ある以上は甘やかす訳にいかぬ。

(平成31年2月15日/2482回)

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2019年2月10日 (日)

先輩

大手振って巷を闊歩する芸能人、いわゆる芸人とてかつては海山稼ぐもの、つまりは「やくざな世界」に身を置くものとしてそんな大そうな身分ならず物書きも同じと五木寛之氏の著書に読んだ。本来は厄払いなれど高台に立たば否が応でも目立って余りある訳で宣伝効果は抜群、安からぬ対価を払ってでも...。

いつぞやに慶事重なり代理にて妻に登壇させたのだけれども群がるは教祖に救いを求める絵図が如く刹那の優越感にあれこそが勘違いの元凶。年に一度の豆まきにしてその状態なのだから日々の舞台ともあらば...と五木センセイ以上に手厳しく。やはり下からの目線ってのは忘れちゃいかんナと。単にへりくだればいいってもんではないけど。

大学の「先輩」である(といえば年齢がバレてしまうのだけれども)無所属の小田理恵子センセイが三期を前に不出馬と聞いた、というか新聞に読んだ。本人曰く、いや、記事によれば、批判的なことを言えども議員同士の接点がないためか、いじめられ「さえ」しない。議員控室は会派ごとにて会派違う議員が日常的に会話をする場所なく、議会棟にコーヒースペースをと過去に提案されていたと初めて知った。三人寄らば文殊の知恵とばかりに本市臨海部のナノ医療イノベーションセンター(iCONM)などでも対岸見渡せるフロアには分野異なる研究者同士の交流スペースがあって大変好評と聞く。

能天気にて孤独を気にせぬタチなれど「寄らば大樹の陰」を座右の銘とする小生。群れず孤高を貫くといえばカッコはいいけれど追い出されたとか党がなくなっちゃったとか、最近はそんな無所属も少なくない。選挙を前に政党間の抗争に埋没しかねぬ危機感は人一倍。一人とて会派と同列に扱うべきなんて声もあるんだけど一人か二人かは大きな違い。勝手放題の一人に比べて複数とあらば不都合や曲げねばならぬことも「多く」ある訳でその為の対価として付与される団体交渉権に質問権。

三人ぽっちで徒党を組んで振り回されてはかなわん、なんて無所属を狙い撃ちにしたものか、離合集散を繰り返すどこぞの政党への牽制か、参入の障壁を高くすべしなどと部屋内の意向を受けて「代弁」しとるだけなのだけれどもその手の話は善意的に解釈されることはまず「ない」から芽生える不信感に残る遺恨。こちらに向けられる冷やかな視線に誤解を解くにもコーヒースペースなく...。何も苦悩は無所属だけ専売特許ではない。

さて、話題の県議選。かつて推薦されていた保守系無所属のセンセイ、再三の入党要請に応じきれずに対抗馬として擁立されたおらが候補。そちらを応援するは当然にせよ、それを機にあえて相手方に絶縁状を送る必要はない訳で、会えば雑談を交わすその行為に謀反の心アリなどと疑念抱かれ。また、それを面白おかしく吹聴する輩がいたりするもんだから両天秤に二股かけてオイシイとこどりではないかとの陰口。

そんな風聞を耳にすれば身内候補とて募る鬱憤に向こう側とて手のひら返された恨み骨髄、つまりは二股どころか四面楚歌が正しく、いつの世も一番怖い敵は身内にあり。名が売れてなんぼの世界、打てど響かぬとの「先輩」の悩みに比べれば陰口を叩かれているほうが幸せかもしれぬ。

(平成31年2月10日/2481回)

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2019年2月 5日 (火)

天賞

事務所宛に一枚の葉書が届いた。差出人は区内在住の方なれど名に覚えなく、はて。達筆で記された内容読めば新年俳句大会において天賞、つまりは選句五句のうち最上の句に選んで貰った御礼とのこと。何とも律義でマメな方ではないか。

これも縁とばかりに自ら押売りに伺えばちょうど御主人が日曜大工の最中にて事情話せば温かく迎えて下さった。エラい人に選んでもらったおかげですと笑顔こぼす奥様、聞けば天賞の「最多」得票だったそうで、こりゃ選挙前に私も縁起がいい、いや、それ以上に私の選句眼も隅に置けぬと悦に入りつつ御自宅を後に。

御礼というか活動資金の足しにと手渡される現金。あくまでも相手の善意にて二人だけの秘密だからそっと着服しても分からんのだけれどもどうせロクな支出にならん訳で子供の年玉が如くそのまま後援会の会計に預けてしまい、出納は全てそちらに任せて残高知らず。不足の際は負担厭わぬと太っ腹を装ってみるも未だ打診なくひょっとすると随分と貯まって...。

そう、実はここだけの話、駐車場の一角に取り付けた後援会の看板の留め金が外れて車を破損させたとか。翌日に菓子折ぶら下げて現地を訪ねれば不運にも外車にてかくなる上は後援会のほうで...ダメか。金銭失うも健康さえあれば裸一貫再起図れるもそれが叶わぬ心境いかばかりか。

初陣以来の一途な支援者Tさんは不器用なれど律儀で人懐っこい人柄に親交少なくなく。大病患われて九死に一生を得たものの、残る後遺症。回復せんと不屈の闘志にて復帰果たすも完治には到らず入退院の日々。昨年末に近況尋ねれば入院中も元気な声にて再会を約束して受話器を置いた。

虫の知らせか、縁とは不思議なものでそこで寄り道せねば会うこともなかった訳で。手すり伝いに歩いて来る様子は見るに堪えず、絶望の淵に立たされたが如く思い悩む陰鬱な表情に声をかけるべきか否か、というよりも声をかけていいものか逡巡せど口が先に動いた。満身創痍の闘病生活も打つ手限られ、月内に「大」手術が予定されているそうで成功率は五割に到らぬとか。で、身辺整理の上、関係者に挨拶をとの医師の宣告に思い詰めて。

相手とて困難と知らば開腹などせぬ訳でやはりそこに見込みがあるから。勝算見込めても悲観的に伝えるのがセンセイの世界。それがドブ板ならぬ生死に関わるとあっては余計に慎重な言い回しに終始せざるを得ない事情は知りつつも術後とて大幅に回復見込めぬだけに言葉に難しく。再会の固い握手を交わし別れたものの、夜に着信があった。

手術前に会うべきか会わざるべきか、悩みはそこにある訳で霧を払った本人の決断に半日限りの運転手役を請け負った。前日は普段着なれど迎えた当日は正装。鳥の将に死なんとする其の鳴くや哀し、人の将に死なんとす其の言や善し、死を覚悟した人物の言葉は重く、涙ぐむことしばしば。緊張ほどけた車中で心落ち着けつつ、最後に向かう挨拶先は仲人親のおらがセンセイ。

あいにくの御不在も玄関の早咲きの梅の花、宿る生命にそんなに簡単に死ねぬものと御子息が声をかける。生きて再び会いに来なくては、まだやり残したことがあると笑顔で別れた。

(平成31年2月5日/2480回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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