なおログ[Blog]

2020年5月25日 (月)

訳者

政敵攻むるは「遅い」「甘い」「足りぬ」の三語で十分。在籍そちらゆえ贔屓目に見がちなのだけれども「恣意的な人事が行われかねぬ」-「恣意なき人事がどこにある」、「今やらずとも」-「やらぬ理由とてないはず」と浮かぶ屁理屈。騒ぐに罪人ならぬ芸人とは売名行為か興行中止のあてつけか。断念した直後の特ダネ報道。定年延長は何も検察のみならず、いわゆる「束ね」を成立させる必要はない、との判断も目前に浮かぶ火の粉が見えれば深追いせずに...は勝手な憶測。相手方とて転覆狙う以上はそこにかこつけた陰謀とて否定できず。猫噛む窮鼠、断念に損するは政権以上に...。巷に不自然少なくなく。

こちらもひとまず臨時会を終えた。「足りぬ」との追及に頑として譲歩見せぬ市側。勝手にいじって承認、その手法を「動議」というのだけれどもいじると申しても「足りる」ことなく。付されし条件は「速やかに更なる追加支援を講ずべし」と。そう、売上減少店舗への直接給付の話。採決終えた昼食時に秘書から入る連絡。午後に市長が面会を希望と。はて、追及でも厳しすぎたか、いや、んなことで怯む相手でもなく。

聞かば「附帯決議を重く受け止め、追加支援を決断した」と。時系列上は議会側の意向を汲んだ、斟酌した上で更なる対策を講じるという申し分なき結末のはずも渦巻く憤懣。採決「直」後における電光石火の公表は不自然。一日前の常任委員会の質疑とて追加の必要性を求めた質問に「予定はない」と金庫番の局長が断言していたではないか、隠すとは卑怯、議会軽視も甚だしい、というのがそちらの言い分らしく。

まぁ勘ぐればそうかもしれぬが、そこに物的証拠なく、徹夜の可能性とてゼロではあるまいに...。一夜にしては上出来も用意周到とまではいかず、詳細な制度設計や財源等を付して議案とするには些か尚早。まぁこちら側の面目も立ったし、十分ならずと及第点位は与えても良さそうなもんなれど「甘い」と相手。それを咎めぬ議長とて「同罪」とまでは言われぬまでも注がれる冷ややかな視線。叩かれてなんぼ、箴言に耳塞いでは成長せぬものにて屈指の論客の皆様には随分と議長室におでましをいただいた。

そう、んな時は悩まず趣味に没頭するが利口。短編を漁る、と申しても文庫一冊は少なからぬ分量。翌日には次を探さねばならず。そんな折、海外在住の妹よりメールが届いた。パール・バックの「大地」を読むべしと。中国を舞台に描かれし壮大な作品なれど、「女工哀史」以上の凄惨な生活実態の描写が国の恥部を晒しかねぬと波紋広げし一冊もそれを補って余りある内容。名著とあらば数多くの訳者がそれに挑んどるのだけど私が手にした一冊は新潮文庫のもの。およそ海外モノは行間の狭さと字の異様な小ささ、違和感ある邦訳に挫折しがちなれどこちらは秀逸。

明治の文豪、漱石に鴎外の割れる海外評価は文化的な違いも然りながら翻訳に負う面とて、とは勝手な解釈。読者諸賢はいかが思われるか。

(令和2年5月25日/2572回)

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2020年5月20日 (水)

身銭

豪州大陸が発見されるまでは旧世界の住人は白鳥を白いと信じて疑わなかったとか。辛辣な批評がウリの著者は「ブラック・スワン」以来のちょっとした贔屓。原題こそ見過ごしてしまったものの最新刊の題名はズバリ「身銭を切れ」。本中に多数決ならぬ「少」数決原理なるものがあった。こんな御時世とあらば少数といえど声がデカいヤツが...なんて。

客席の間引こそやむなしも勘定場の透明幕に受銭皿はどうも落ち着かず。天下の回りもの、人の手を介すは不衛生、たった百円ぽっちの買物で、といわれればそうかもしれんが、大事な銭の受け渡し位は謝辞を示したいもの。客が拒まばまだしも拒まぬ客に店が拒むは...。老舗百貨店の営業再開とて「翔んで埼玉」の隠れ埼玉県人を割り出す監視カメラぢゃあるまいに、客を並ばせて線量計で測るは...。私ならば二度と来ぬと憤慨しそうなもんなれどやはり大枚はたく御大尽様とあらばそれっぽっちのことでは腹立てんのかもナ。

患者数の少なさは検査数の制限が原因、少なく見せたい陰謀だ。との声を受けてか本市でも医師会に委託して検査の拡大を図ると。こと大型連休あたりからゼロも目立つだけに。いや、あればあったでないよりマシ、従来よりそこを担っていただいた医療機関には検査の負担が減れば受入に専念が出来るとも。

あくまでも氷山の一角、そんなに少ないはずはない、との「当時」の風潮に担当が奔走してようやく整いし体制も薄れる切迫感。時間要するに特段の怠慢なかったはずも。やった以上は、などとヘンな気が起きぬことを祈るばかり。そう、あのマスクとて「当時」であれば...。タイムラグ、というか時間差とは厄介なもの也。

閑話休題。巻頭のグラビア「日本の顔」が話題の人物とあらば買わぬ理由なく。文藝春秋の今月号に名門私立の校長先生の寄稿を見かけた。休校に対する独自の教育論を述べておられるのだけれども現行の批判しか出来ぬ教育評論家とは比較にならぬ。「オンライン」とて知識の会得は可能なれど机並べし隣の生徒から学ぶこと「も」少なくなく。優越感や劣等感、友情に恋愛こそ人を成長させる原動力。蛍雪の功が実を結ぶには温室じゃあダメなんだよナ。

一人一台端末の実現を年度内に前倒し、と今回の緊急経済対策に見かけた。国を挙げて推進されるGIGAスクール構想。従来の予算額に上乗せすれば確かに景気刺激の効果はあるんだろうけど、今回などは行きたくとも行けぬ。人との接触を断たれた状況下においていかに学習指導要領の目標に到達させるか、遠隔授業へのニーズとて少なからずも全ての家庭が適応しているとは限らず。前倒しと申しても当初の構想には「遠隔」含まれておらず、「後出し」の必要性こそ否定せぬもそれを狙いし火事場泥棒とて居らぬとは限らず。

カタカナ踊る現場に「教育が経済の奴隷になっているように思えてならぬ」と警鐘鳴らす校長先生。そう、休校を機に今一度、本質を見直してみては...と申しても再開まで秒読み。校庭に子供たちの笑顔と元気な声が戻る日々が待ち遠しい。

(令和2年5月20日/2571回)

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2020年5月15日 (金)

商人

「生かすも殺すもおぬし次第」は時代劇の常套句。現代風「戦争か平和かは相手次第」で有名な敵の出方論は善人を演じつつ、都合の悪い判断を避ける戦術の一つにて後出しジャンケンならば...。

オレがかねて主張してきたことが実現とか、あそこの道路はオレが広げた、ってカッコいいか。目の肥えた有権者が相手とあらば逆効果になりはしまいかと。余計な御世話だナ。可否いづれも反響招く以上は言わぬが花、沈黙を貫くが賢い選択、訊くだけ野暮ってもんなれど最近なんぞは聞かれる前に「貰わぬ」などと自慢げに。ということで今日はそんな「給付金」含む経済対策の話。

総額8千億円の予算規模に対して、1千8百億円とあらば異例の度合いが見て取れる。その大半を占めるは一律十万円の給付金。が、それ以外にも少額ながら子育て世帯やひとり親世帯への特別な支給と目配せ欠かしておらんのだけれども注目は「川崎じもと応援券」。利用者に選択の機会を付与するとともに、市が上乗せを図ることで更なる消費需要を喚起し、直接給付以上の経済効果を生み出そうとする狙い。そんな応援券も利用者に買って貰わねば無意味。「最低でも市内」は言わずもがな、対象店舗を絞らば勝手の悪さに繋がりかねず。

が、その前に体力が続かぬ、寿命尽きては役に立たぬ。市が上乗せるは応援券ならぬ県が店舗に支給する協力金ではないか、との声。世に一律の給付すら拒む御仁がいる位だから施しを受けずと規制さえ外して貰わばあとは勝手に、商人たるもの稼いでなんぼ、との矜持有する方とて...いるかナ。追随せねば米騒動でも起こされかねず、「配る」と申してみたものの、川一つ隔てただけで五分の一では。

新型コロナ対応に銘打った国の交付金は総額一兆円。それを都道府県と市町村が折半。交付金のほぼ大半をそこに投入すれど埋まらぬ「著しい」格差。都は更なる「独自」財源を投入するも川の手前は無い袖振れぬと矛先向けられる県下の市町村。要請は県で行われた以上はそちらの責任で...となるべきも巷の惨状見れば見捨てておけず。前述の応援券とて財源は「全額」「国」の交付金。市単独の財源措置を講じぬはなぜか。

年度途中とあらば既に余剰なき予算。国の財源捻出は赤字国債。が、地方債には「特例」債は認められておらず。本市への交付見込みは四十二億円。それが、想定を遥かに下回る二十一億円しか入らぬと。突然の宣告に「はっきり言って、なんだこれはという少なさだ」との市長の発言が掲載された記事を見かけた。覆水盆に返らず、支給元だけに相手が悪く。

予算書に記されしは当初の額を前提とした歳出。実際は足りぬ歳入をそのままに歳出を認めてくれなんて虫のいい話はあるか。本来であれば財源の裏付けを明確にするか、身の丈に合った歳出にするか。「入るを量りて出づるを為す」が財政のイロハのイ。足りぬ財源への対応聞かば予備費からの流用云々と並ぶ御託。何とかするってそんな埋蔵金があるなら直接給付だって...。

「認めぬ」と付き戻すが本来なれど一律十万円の支給遅れては袋叩きに遭いかねず。常任委員会に戻れば付与される質問権も立場上は慎むべしとの不文律。犯して「二度目はあり得ぬ」と苦言を呈した。

(令和2年5月15日/2570回)

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2020年5月10日 (日)

漁村

禁欲続かば募る鬱憤、コロナ離婚とは言い得て妙、別離に到らずと心平穏ならぬはどこも同じか。帰路の車中に落選流浪のH氏より着信があった。「おい、議長、市井の民の生活が見えとるか」と。「んなもの余計な御世話ってもんで。目下、職業不詳の貴殿に言われずとちゃんと巷は歩いて...」と反論せぬは大人の証か同期の好か。

私の選出区が麻生区ならばH氏は川崎区。言わずと知れた本市の屋台骨。客来てなんぼの世界、厨房こそ生き甲斐なれど働くに働けぬ店主の悲鳴。が、何も不自由は店側のみにあらず。客側とて店を探すにひと苦労、テイクアウトなどといわれてもやはり店内に勝るものなく。「まぁいづれメシでも一緒に...」と申し上げれば、「いや、店で偶然会ったことにすれば...」と相手。

透ける意図に翌日の昼メシなら、と伝えたはずも待てど連絡なく。当人がわが裏庭が如き顔をしとる川崎区中島を歩いた。市立病院の入院中には湯治などと称して銭湯「中島湯」はじめ界隈に毎晩が如く出没しておったのだからH氏に案内されずと勝手は知っとる。名ばかりとは申せ、一応は川崎「市」の議長ですゆえ。そう、「なかやま」の日替わりランチが旨かったナ。

今ではデカい顔をしとるけど、あのへんなど元々は漁村にすぎぬ。江戸に遠からず近すぎず適度な地だったって話でそれに比べれば...と続く。かねて目を惹いていた「横浜大戦争」(蜂須賀敬明著)を読んだ。ハマの大神様の指示で市内各区の土地神が争う設定なのだけれどもその土地の魅力を連想させる役柄に各区の特徴が窺い知れて。

大洋ホエールズのシャツに便所サンダルのいでたち、どんな悪球もホームランにする魔法のバット「硬球必打」を神器とするは主人公の保土ケ谷の神。今や人気のベイエリアとて元は漁村、やはり街道筋の宿場町こそ、との矜持は忘れがたく。「翔んで埼玉」が好評を博した一つに自虐的であれ土地の隠れた魅力が上手く視聴者の心を捉えた一面はあるはずでやはり御当地モノってのは面白い。

あの宣言以降、目立つ知事の言動。国から権限も付与されたとあらば自ず鼻息荒くも明暗どうか。依然とそちらの話題一色にて注目が薄れがちなれど、今夏の公表に向けて県による土砂災害特別警戒区域、いわゆる危険な崖地の指定が進む。予め危険性を伝えておくことは災害時に有効との善意らしいのだけれどもそれで終わらぬが巷。煽られる恐怖に募る不安、こじれる隣との関係。指定された以上は何らかの対策を講じてもらわねば...となるも土地の所有は県ならず。

「土砂災害警戒区域」と「土砂災害特別警戒区域」、漢字表記は見分けつきにくくも色に直せば「黄」と「赤」だそうで、レッドゾーンなどともなれば以降は一部の建築制限のみならず地価の下落は避けられず、売るにも売れぬ。買い人が予め知るは損ならずと売り手は逆。そんな地権者の許可なく塗られた地図見るは「市」が発行する土砂災害ハザードマップ。となると苦情の窓口は...。

口挟みしは「県」なれど後始末は「市」、との理不尽な仕組みは少なからず。最近もどこかで見たナ、そんな話。

(令和2年5月10日/2569回)

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2020年5月 5日 (火)

所長

目立たねば人の目にとまらぬ、騒いだもの勝ちと公共の電波を利用してのアジ演説は聞くに堪えぬ。玉石混淆の中にあって今日はホンモノ...と思しき御仁の話。

専門が専門にてその露出を喜んではおれんのだけれども、週刊新潮に「われわれは感染症の専門家ですので自粛をしないと医学的にこういうことが起きる、ということは提言できますが、経済面への影響や解決策は専門外なので、支援が必要だという提言に留まります」と見かけた。

目下、本市が誇る「所長」が多方面で活躍中。まぁこんなことでも無ければ疎遠な管理職の一人として退職を見送っていたはずなのだけれども政府の専門家会議委員に抜擢されたばかりか寄稿の依頼も多いとか。出演の魂胆が透けて見える御仁と違い、はや数年前には表舞台からの隠居を決め込んでたってんだから今さらにひと旗あげる野心など露ほどにも無く媚びず自由奔放に。本市を冠した肩書は宣伝効果抜群、いい人材を抱えておるではないかとの声。

事の経緯を申し上げれば、遡ること数年前、従来の衛生研究所を閉鎖して本市が新たな研究所を創設、その目的は「感染症対策や食の安全・安心、医薬品対策等」とまさに今日を予見したかの如き答弁が残り、そこの初代所長に招聘されたのが当人。渦中の国際機関にも在籍されておられた経歴を有し、国立感染症研究所感染症情報センター長として定年を迎えんとする同氏に幸か不幸か白羽の矢。そのまま退官の予定も「たまたま」声をかけられた縁で...と本人。縁とは不思議なもんですナ。

勝利宣言に沸く国を模範とすべし、検査の適用範囲を拡大、んな手間をかけずと手軽な簡易キットを広く普及させ...と申してもその時点の白黒であってその後のシロを保障するものでもなく。医学的見地からの精度とてどうか。尚且つ、陽性者の情報をいち早く察知して本人の行動経路を元にスマホにて警戒を促す、って筒抜けの監視社会とあらば代償は小からず。都市封鎖とてカミュの「ペスト」が如くウイルスが息絶えるまで長期戦、いや、特効薬が開発されるまでの時間稼ぎ、としても見えぬ先行き。

国内を封じ込めたと申しても鎖国で国が成り立つか。北の大地とて一時の賞賛を集めし隔離宣言も今や第二波などと手こずっておられる訳で。とするとやはり目指すは集団免疫の確立。ここ数日の本市の数字見れば院内感染と接触歴アリがほぼ全てを占め、経路不明、いわゆる「市中」はゼロに近く。施設の警戒は緩めずと市中は青信号...いや、それはさすがに拙速にしても経済面を見れば「完全」隔離の赤信号ならずと三密「注意」の黄信号位はどうか。

規律厳しいほど違反者に対する怨念は深い、と最近の一冊に見かけた。執刀即縫合の荒療治とは対極のジワリ効く漢方薬こそ東洋医学の真髄。中途半端と揶揄されようとも程々の警戒心こそ。不要不急かの尋問への返答やいかに。春日和、多摩川を散歩する方々を車窓に眺めつつ、自然と集団免疫が広く育まれておりはしまいかと。

そう、話題の所長。何もそちらばかりでなく、ちゃんと本市でも辣腕を振るっておられ。本人が手がけたと思しき以下の文章に人柄が見てとれる。

http://www.city.kawasaki.jp/170/page/0000101200.html

(令和2年5月5日/2568回)

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2020年4月30日 (木)

和睦

モックンこと俳優の本木雅弘さん演じる斎藤山城守利政、いわゆる「道三」がカッコいい。定評ある演技力がその台詞をより印象付けて。一介の油売りから身を起して美濃一国を統治せし実力は「マムシ」の異名が物語る。娘婿とは申せ、信長と手を結ばば圧倒的な勢力を有する今川勢を敵に回すことになりかねぬと騒ぐ国衆。大うつけと評判の若殿にいづれひれ伏す時が来るやもしれぬと諭す父に任せておけぬと家督を迫る義龍。和睦を結ぶ相手が違うと言わんばかりの包囲網は何もそこに限らず。

質問権を制限するものではない、あくまでも医療崩壊を防ぐ為の暫定的な措置に過ぎぬ、と弁明したものの、これっぽっちの返答に十日を有するは納得いかぬ、と相手。全戸配布への不良品の混入が如く小さな綻びが相手に機会を与えかねず、そんな時ほど細心の注意を払わねばならんのだけど。侮れぬ蟻の一穴。そもそもに敵の軍門に下るが如き決断、というか安易な妥協が間違いの元、募る鬱憤に叩かれる陰口は四面楚歌の道三が如く...どうする十兵衛。こりゃもう完全に洗脳されとるナ。

拡大を阻止せねばならぬ、そんな意識は煽らずと既に浸透十分。が、異端児はいるもの、根絶せねばの執念は分からんでもないけれども規律通さば自由が通らず。自粛疲れはまだ早いとのもう一押しは泣きっ面に蜂、加減を見誤ればむしろ怨念となって降りかからぬとも限らず。そこまでせねばならぬ規範を憂いつつも、利用禁止の貼り紙ならぬ巻かれし黄色いテープ。が、それ以上に咲かねば来ぬに違いないとつぼみ落とすはさすがに。諸侯に宛てた私の通達とてそこまで厳しくは...。

医療従事者への賛辞が絶えず、広がりし寄付募る支援の輪。それこそ善意の発露にて外野がとやかく言う資格などないと知りつつ当時それだけの国民的運動があっただろうか、と顧みずにはおられず。東日本大震災において自衛隊の活躍こそ殊勲一等と信じて疑わぬもその差異や何か見えぬ力でも...。運ばれてくる患者に向き合わねばならぬと危険を顧みぬ高い倫理観こそ国の宝。一方で崩壊の前兆とされるたらい回し、拒否の理由は「手一杯」のみか。

そのへん知るに十把一絡げに「善」とするは些か尚早ではなかろうか。医者の言うことは絶対に正しい、との盲目的な追従、またはそれに近き風潮が形成されるは当人の為にもならず。慢心こそ敵也。私自身もその軽妙なエッセイのファンの一人なのだけれども医師の里見先生も「医学の勝利が国家を滅ぼす」等々とその著書名に世を戒めておられる訳で。

むしろ彼らに些かも劣らぬ働きをするは清掃員。日々扱うは店頭の商品ならぬゴミだからね。これぞまさに生活必需で休みなしな上に防護服って訳には参らず。外食減れば自ずから家庭ゴミの量も。ここぞと自らの働きを誇示するものでもなく淡々と作業をこなすその姿こそファイター...否、賞賛に値せぬか。事態が落ち着いたら存分にメシでも...。などと記して後日に請求書が届かんことを願っている。

(令和2年4月30日/2567回)

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2020年4月25日 (土)

新車

作者不詳の摘録に「何百年に一度という災害に備えるには常にどういうバランスでやるのか(との視点が大事)」と見かけた。発言の主は記者に囲まれた市長。あの惨劇を繰り返さぬ為にも備え万全に、との趣旨は分からんでもないけれどもそこに「ゼロ」の保障なく。古来兵法三十六計、逃げるに如かずこそ極意にて城塞都市を築く位ならば...。前代未聞の防潮堤の必要性やいかに。ということで、風光明媚な景観こそ損ねぬにせよ本市において投資はどこまで必要か。

二度の不調に三度目の正直、というか仕切り直しの一番にて落札者が付いた。不当廉売には該当するか否かの調査が済んだゆえに承認を、と催されし臨時会には新庁舎を巡る議案以外に昨年の台風被害に伴う検証の最終報告が含まれる。全八百頁にも及ぶ長大な報告書の全てとは言わぬまでも被害に遭われた皆様方の声を含む市民意見の冊子は全頁を拝読させていただいた。

一連の検証における焦点の一つは排水樋管のゲート操作。ゲート閉鎖に時間を要したことが被害拡大を招いたのではないか、そこに市の瑕疵は無かったか。第三者の専門家を含む検証では、当日の操作は手順通りに行われていたものの、その過程の中で「何らかの異物がゲートに混入した可能性が高い」と結論づけられ。仮にそれが不可抗力であったとしても本来は作動すべきものが作動しなかった、より正確を期さば「正常に」作動しなかったって話だからその結論に涼しい顔をしていられるものでもなく。

新たな対応の一つとして浸水の被害を軽減させることを目的に排水ポンプ車を購入するとあった。手元の仕様書を見るにバケツリレーに勝る抜群の性能、と理屈では分かるのだけれども大型車両とあらば制約多く、狭い路地には不向きな上に配備箇所とて限られる。現地までの経路に抜かりはないか、仮に目的地に辿り着いたとしてもホースが足りぬ、いや、それ以上に放水先は川と申しても既に氾濫しとるのだからそちらの水位とて推して知るべし。

災害時の備蓄あれど倉庫の鍵なき事例は世に少なからず、よもや運転手が居らぬなんてことは...。そのへんがとんと目に浮かばぬ。実際の現場を目で見ればストンと落ちるのだろうけど、そんな機会なく杞憂に近い意地悪な質問を重ねてしまった。何も無駄とは言わぬ、好機とばかり受注を狙う業者の意図や何らかの対策を講じねばならぬ担当者の置かれた立場まで否定せぬも願わくば「やる」以上は過去の教訓が生かされるものを。

それが仮に自らの新車購入であればどうか。他社と比較の上、入念に吟味を重ね、一円でも安くと知恵を絞り、最後は恐妻を必死で説得して...となるはず(「恐」は余計か)で、そこに他人の財布、いわゆる公金としての甘えはないか。特殊車両とあらば企業間の競争原理が働きにくいばかりか、量産かなわぬだけに価格とて安からず。それでいて年に何度も出動するものではないのだから本市が直接に保有せずと委託や広域行政による共同利用等は検討されたのか等々。会派代表者の質疑を終えた。

(令和2年4月25日/2566回)

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2020年4月20日 (月)

車座

意思決定に必要、というか正確には必要な「要員」とのことらしく。それが議場内における隣との間隔であったり、陽性者が発生した際の対応をどうするか、と。理詰めの将棋ぢゃあるまいに先を読むと申しても科学的な根拠なく、割れる互いの言い分。賽の目以上の想定数にゼロリスクはありえぬのだから後は出たとこ勝負、そう申さぬまでもそれで納得出来ねば休めばいいだけの話。何らそれを咎めるものでもなく。非常事態にかこつけて無理が通らば道理は引っ込みかねず。

生徒なき校舎に教師は必要か。悶々とした日々も上の命とあらば従わざるを得ず。学ぶ機会は取り戻せるが、命は取り戻せぬ、と迫られれば命あっての学ぶ機会と誰しもがそう思う。ならば、人の命は地球よりも重いと凶悪犯を釈放するはどうか。一人の命救う為に複数の犠牲を生む悲劇を何とする。急がれるワクチン開発、臨床試験を省かば市場投入の前倒しは可能。いや、入念に臨床を重ねたとしても確率はゼロにはならぬ、となると今の状況に照らして副作用と致死率の天秤で果たしてどうか。そりゃ保護者の懸念とて分かる。行かぬ自由を認めるならば行く自由とて尊重されるべきではないか。言うまでもなく「教育」「勤労」「納税」は国民の義務にて。

子供たちの学ぶ意欲を汲む、いや、それ以上にそうせざるを得ない保護者の都合だったにせよ学ぶ機会の提供こそが使命。補完どころか休校の分まで、と抵抗を続けてきた学習塾にも降りかかる休業要請。が、それすらも克服せんとメールにて配布される課題プリントに遠隔授業。いかに困難な局面においても生徒の為に八方手を尽くす塾講師の熱意は公立の教師に勝るとも劣らず。見えぬ再開に失いし機会をいかに取り戻すか、休校の代償とて決して小さからず。

接触を避けることを理由に「遠隔」が流行とか。どこぞの市長とて膝突き合わせての「車座」を推進しとる訳で、鍋は囲んでつつくもの、酒は古来より酌み交わすものにて画面に乾杯など昭和の人間には出来ぬ。「降る雪や明治は遠くなりにけり」(中村草田男)の心境か。言わずといづれもこの間は禁物にて。そういえば数日前なんぞは本市においてもソレを発動せざるを得ない局面を迎えたとかで上層部が報告に来られて。さすがに予防接種とは間違えぬも適訳は「業務継続計画」というのだそうで、接触を避ける為に市役所も間引き操業へ移行させるとか。

時に常勤を何割減らした勤務体制を実現などと誇らしげに語られるも不在とて給与は支払われとるから、さもそれで費用が削減されるかの如く捉えるは愚。あくまでも非常時の「特別」とはいえど、それで特段の支障が生じねば以降もそれで十分となりかねず。迫りくる脅威、中でもアルファベット、「AI」とか「BCP」とか自然界でも外来種ってのは繁殖力が旺盛だからナ。押し寄せる時代の波に逆らわずとそんな時こそ目の前の画面に浮かれておらんで次なる時代における自らの存在意義なるものに想いを巡らせてみてはどうか。

不況とあらば向けられる矛先は公務員、中でも行革の標的に最も近き職種にて常に周囲への気配りを欠かさず低姿勢を貫くべし、と朝の運転席に説いてみたものの、運転手以上に御身のほうが危ういかもしれぬ。

(令和2年4月20日/2565回)

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2020年4月15日 (水)

暮改

暫くの辛抱といえど「先」見えぬ不安は介護に同じ。霧晴れぬ陰鬱な日々に好材料を探していて。楽観的な見通しが立てど陰ならともかく公言は出来ず。的中に賛辞少なく、ハズレれば袋叩きが関の山にて閉口が利口。逆の命題は成り立つが故に...と週刊誌に見かけた。いわゆる「人」に言えぬ恐怖。そして、「敵」見えぬは人の内面も同じ、リーマン以上の恐慌の到来に疫病よりも生活上の窮状を理由に床に臥せるが深刻な事態を招きやしまいかと。

浮沈は世の常、休業補償は求めずと再開までの雨露しのぎ、好転すれば返済するゆえ融資を何とかとの声は少なくなく。予約制と申しても繋がらぬ電話に募る苛立ち。職員録に掲載されし氏名は所長一人のみにて足りぬ人手によもや窓口は戦場と化しておらぬか。帰り際に立ち寄らば部屋内に人の気配も応答なく。時間外だからナ。いや、何も当事者に限らず目撃者は建物内におる訳で日々の混雑ぶりに待ち人の様子等々を事情聴取の上、帰路についた。

接触の八割を絶たば短期間に下降線を描く、と。慣れぬ休日、読書位しか娯楽なく、週末はカミュの「ペスト」に学んだ。未曽有の事態に翻弄される人々の描写は様々な示唆を与えてくれる。世界的なベストセラーとあらばその情景が脳裏よぎるは必定にて都市封鎖なる聞き慣れぬ語彙が叫ばれたのもこちらに端緒の一つがあるのではないかと。

高きから低きに流れる水が如く抗わずと流されるが自然の理。それを理由に自粛を選ぶは容易なれど人に会うが仕事、来る者拒まず、よもやそれしか取り柄はないのではないか。いや、何とも結構なことで。欧米に比べて我が国は...との批判的な言動目立つ巷。現在の置かれた状況はどこぞに酷似しており、悲劇まもなく...と、随分前から聞いている気がしないでもなく。当初、水際の不手際が深刻化を招いたなどと批判を浴びるも、その後の経過見るに他国ほどの状況に陥っておらぬは例の予防注射の予期せぬ効能...いや、やはり最前線にて患者に向き合う医療従事者はじめ関係者に負う面が大。

強制力を伴わぬと申しても過去の戦時下の教訓を踏まえての結果であるし、罰則あらずと顕著な効果見られるは従順な国民性に自己防衛の意識が浸透しとる証左ではなかろうか。優先されるべきは重篤者にてそこに限られた資源を投下するに異を挟まぬも無症状者及び軽症者とて「同じ」陽性に変わりなく、その捕捉を怠っては責任問われかねず。「症状の割に...」と思わぬ面はないこともないながら対象者数の大幅増に保健所の人員体制を心配してみるも立ちはだかるは自粛の壁。誰だ、こんな通達を下したヤツは...私か。

国においても自粛の通達が流れたとか。議会が調査権ならばあちらは知る権利。当人の性格か職業柄か、執拗な攻勢に当事者の負担は想像に難くないが、相手方とてそれを好機と悪用する位の知恵は働く訳で。たったそれしき、と思しきこともなしのつぶてでは鬱憤募りかねず。議長の通達といえど報告要らぬ免罪符になりえず。履き違えぬよう、「そぉーっと」指示を下した。

(令和2年4月15日/2564回)

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2020年4月10日 (金)

累計

特徴的な症状の一つに嗅覚及び味覚の違和感、というよりも明らかな「異常」があるそうで、朝の珈琲に胸なで下ろす日々。区内在住と思しき方から所望すれど検査を受けれぬとの留守電あり、何度か連絡したのだけれども音沙汰なく。声から察するに相当に焦っておられる御様子にて当該の責任者にその旨を伝達しておいたのだけれどもその後を見れば「せず」若しくは「シロ」だった可能性高く。だから安心というものではないけれども見過ごされがちな「陰性」の数。

窮状を訴えるに無碍に拒まれる状況は一刻も早く改善されねばならぬし、多忙を理由に杜撰な対応が許容されるもんでもないが、それだけ殺到すれば中には粗相というか不手際もあったりして。著名人とあらばそれに名を借りての露出を狙った陰謀やもしれず。人見るに色眼鏡は厳に慎まれるべきも何せ物証なく...。その一例を以て全てが如く流されては当事者の胸中や複雑に違いなく。詐欺師の詐欺師たる所以はおよそ誰しもがよもや詐欺師と思わなんだ、と「後」で思わせるところにあって、厠紙の教訓が生かされておるか。

下されし検査体制の倍増。折角なのだから陽性の数のみならず、母数となる検体の総数、そして、その後の経過に退院の実績、つまりは入口のみならず出口も併せて公表されねば正確な状況が掴めぬ。累計とあらば減ることなく、夕刻の数字に一喜一憂し、鈍化すればしたで経路不明が半数以上は不気味、と。それこそまさに「人」に言えない恐怖ってやつで大なり小なり負い目があったとしてもそれで必ずしも断定が出来るものでもなく、下手にそこだけ抜き出されて感染源が如く流布されても。そのへんが口割らぬ背景になってやいまいか。

一方、高齢者や基礎疾患を有する方が重症化しやすい、との報道を受けて些か羽目を外し過ぎた側面はあるやもしれぬが、巣鴨の名所の混雑ぶり見れば何もそこに限って狙い打たずとも。一朝有事の際の情報伝達には細心の注意を払われるべきも受け手とて...。適訳は爆発的患者急増。大台突破はオーバーシュートの兆候、一刻も早く発令すべしと騒いだはずも下れば下ったで遅きに失した、私権を制限されるはかなわぬ、御上の要請に従った以上は落し前はキッチリと、って。

本来ならば事前に伝えられるべき情報が後出しにされれば厳戒令を迫りし狙いは別にあったのではないかと勘繰りたくもなり。騒乱の中は特定の勢力が暗躍するに絶好の機会となり得るだけに問われる眼力。事の成否は国民が国を信頼できるかにある、と、どちらに転んでも修正が効く話をされておられた専門家をお見かけしたが、為政者たるもの国家国民の為に決断を下す、は不変の理なれど、時にそれは「酷」と思しき決断や、ちとオカシイのではないかってのもなきにしもあらず。そりゃ全知全能の神ではないからナ。

覆水盆に返らねば、後悔とて先に立たず。最悪の事態を避ける為、に異論なくも日々の数字、巷に溢れる情報に振り回され過ぎてはおるフシはあるまいか。以上、門外漢が勝手申し上げたが、肝心は各々の「三密」の順守に限る。

(令和2年4月10日/2563回)

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