なおログ[Blog]

2021年10月25日 (月)

比例

中三の公民の授業に学ぶは「政治の仕組み」にて今回の選挙が格好の教材になっとるとか。どれほど勉学に励もうとも届かぬ試験、人に書いてもらってなんぼの世界、落選の候補が返り咲くなど。

小選挙区比例代表並立制というのだけれども枠一つとあらば広く浸透した大政党に有利であって、単独では小選挙区に届かぬまでもそれなりの支持層を確保する政党の参画に寄与。が、何よりもおらが副大臣などそこに「何度」も救われており、制度なくばとうの昔に。つまりは善戦むなしく比例に甘んずること三度にして三度目の正直ならぬ四度目の、などと揶揄されとる位だから。

さりとて、そこに「復活」の目アリと知るに最後まで必死になる訳で、相手とて手を抜けぬし、盤石の地盤に圧勝の候補とて大差をつければ相手候補を蹴落とせるばかりか、得た得票に他の選挙区の同志を救える余地も生まれ。有権者の皆様の関心を最後まで惹き続けることこそ選挙の醍醐味にあるまいか。

小選挙区とて「微妙」というに副大臣の公務をこなしつつの選挙戦、まずは足場固めこそ。いや、千載一遇、ようやく回ってきた役職なのだからここぞと地元の為に働いて貰わねばならぬ。私とて本部長「代行」などと分からぬ肩書を背負わされ、と、動機はいつも不純、というか後ろ向き。

何もスーツ姿の応援弁士だけが役目にあらず、公営掲示板へのポスター貼りに選挙カーの助手席ならぬ運転手、留守役まで一人二役どころか、三つ、四つも厭わず。人手不足とあらば遠慮無用と告げるも依頼なく、夕刻の駅頭に加勢せんと駆け付ければ運動員が飽和状態、つまりは腕章の数が不足しとるゆえ手薄になる午後八時以降にぜひと出直し求められ。つむじを曲げずにちゃんと。

こんな時こそ、いや、こんな時くらいは立たねば巷の様子が窺い知れぬ。選挙権なき小学生や女子高生の声援に元気を貰うも、世の中、そんな方々ばかりにあらず、明らかな嫌がらせとて。そこまでイヤなら自ら投票せねばいいだけの話で、「互い」に不快な想いなどせずとも。

話せば分かる、などというのは幻想に過ぎず、意図的である以上、相手にせぬ、無視こそ最善と知るも相手を追いかけて必死に口説いとるおらが候補の姿勢に教わること少なからず。もしや、想いは通じるやもしれぬ、何よりもその飽くなき執念こそが。

そう、選挙といえど陳情は待ってくれぬ。合間にこんな相談をいただいた。認知症の奥様を施設に入居させて数年。が、あの日以降、面会が叶わぬ日々が続き。施設側の懸念は分かる、されど、会えぬが二年間、それも「市の指導」云々と告げられるに話がこちらに回ってくる訳で。

些か話が大袈裟な気がせんでもないが、聞いてみねば事実は分からぬ。そんな指導がされとるならば是正を求めねばならぬし、単に口実に使われとる可能性とて。で、結論申さば、目下、面会に関する指針は国と県による通達がなされており、その内容を踏まえた判断を施設側に委ねている、されど、同様の相談少なからず。

その背景には身内を入居させとる以上、当事者同士の話はしにくく、市が仲介を果たす中に実現が図れることも。ぜひ、御相談を、と市の担当課。

(令和3年10月25日/2673回)

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2021年10月20日 (水)

水没

寒さは着衣にしのげども暑さは脱ぐに限度あり。冷房を巡る騒動は今回に限らず。夕刻に立ち寄りし会派の控室。算出の定義や知らぬ、が、不快指数が高いとはこのような状態を指すのではあるまいか。

「外」の気温が基準を下回ることがその理由というけれども侮れぬはパソコン含むOA機器の放出熱、ビル群に囲まれた古建物とあらば窓を開けても風は通らぬし。今どきの製品との差は歴然、非効率な上に電気代とて。まずは足下から見直すべきながら新庁舎までの辛抱か。

温暖化による海面上昇にどこぞの島が水没する、という衝撃的な話は子供の記憶に深く刻まれ。あれから数十年、未だ水没の話を聞かぬ不思議。それを目標に世の技術革新が進み、効率性が高まるは歓迎すべきことなれど、排出権云々などと一方的に不利益を被るは看過できず。

温暖化の原因や温室効果ガスによるオゾン層の破壊、温室効果ガスの代表とされる二酸化炭素の削減、つまりは脱炭素こそが目指す道、と悪玉論が横行するも植物の光合成に不可欠なのだから何もそこまで。

太古の昔より地震と噴火を繰り返してきたのが地球の歴史であって、ほんのこの数十年の変化に「異常」などと大袈裟に反応するに別な意図がありはせぬかと。天変地異は神の啓示、などと贖罪の意識を抱かせるは悪徳の手口でもあり、欺瞞とて少なからぬ分野、ではないか。

目下、焼却場の排熱を利用した売電に十億円の収入を得ており、「詳細は再選後」というありがちな例なれど、新会社を設立して電力分野への本格的な参入を狙う、という公約が含まれるとか。ごみを減らさば焼却場の数とて減らせる、と実際に一つ減らした実績。政令市では最も少ない排出量は市民の皆様の意識が高い証拠か。

炉に入れる際のごみの成分構成が重要であってそれなりに混在したほうがいい役割を果たす、といつぞやに聞いたレジ袋。有料化などと誇ってみても未だ家庭ごみの大半はレジ袋に入れられとる現実を見るにやはりその使い勝手は他の代用を許さぬのではあるまいか。たとえ数円といえど新たな負担に拒んでみたものの、結局はどこぞの店でまとめて購入していたりもして。

あくまでも「節約」なるものの啓発にこそ寄与すれど実際の効果としてはどうか。あの当時とてそんな風潮があった。割り箸の使用は森林伐採、木を伐るにどことなく抱く罪悪感、何も無駄に消費する必要こそないものの、清潔感はあるし、間伐材の再利用とあらばそこまで悪者にされずとも。節約の美談が説かれたり、倹約が励行されるは至極結構も過度に没頭するは思わぬ副反応を招いたりもするもので。

実際にあのレジ袋こそが勘定を終えた証であったはずで、それがなくては見分けがつかぬ。商品をそのまま外に持ち出すに気になる周囲の視線、店員に呼び止められはせぬか、などと余計な心配。ちゃんと勘定を終えたよな、と胸に手を当て。他方、気になるは万引きの被害。警察に通報するにも手間が多い割に。

(令和3年10月20日/2672回)

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2021年10月15日 (金)

出先

明日中に何とか都合を、それがいつになく沈んだ声とあらば。金銭の無心など手を出す相手が違うし、余命宣告にせよ平均寿命をとうに超えた身。奥方に御子息と相手はおれど相談できなんだと語る本人。よもや美人局なんてことは。

遺産相続の一部を提供したい、などと、世の中に、んなオイシイ話があるわけない、と知れど、「かもしれぬ」と思わせる文面に律儀な本人の性格か災いして。断るにせよ返事をせねばならぬ、ならばその内容を何とすべきと「真剣」に悩んだらしく。

無視に勝る対処法なし、同じ悩みを抱えた方や気付かずに被害に遭われた方など不憫でならぬ。そこに悩む時間こそ無駄であって寿命を縮めておりはせぬか。犯人側とてそれだけの才能あらばもっと別な分野で。

さて、本題。役所内の出世昇進を左右するは上司のみ、下の評価も加味してはどうか、と質問に聞いた。いつぞやに若手の職員からこの御仁に教わることが多いと聞いて以来、頼りにしとる副区長。就任以来、積極的な現場回りに余念なき区長の留守役として名番頭を演じておられ。

「長」が枕高く寝れるは「副」の賜物。いや、むしろそこが安定しておれば「長」など誰でも、違うか。時効、と申してもここだけの話、本来は退職する議会局長の後任として推挙すべく副議長にも賛同いただいて当時のM局長に意向を伝えていたはずも蓋を開けてみれば異動は異動でも局長ならぬ区長。それも私と副議長の区。

そこに齟齬が生じるに「ちゃんとこちらの話を聞いていたのか」と詰問すれば「ちゃんと本人には伝えました」って。本人に伝えてどうする、子供の使いじゃあるまいに。よもや自らの天下り先を斡旋しなかったことへの意趣返しだったりもして。

そんな不作為の成果、とは独善的な解釈なれど、今にしてそのへんを見回してみるに陰陽というか凹凸というか意外と悪からぬ布陣ではあるまいか、と。道路公園センターなどよろず窓口として迅速に対応いただいておるし、コロナ対応の保健所然り。未だ本庁の出先なる認識が拭えぬ感もあれど、区役所とは研鑽積むに格好の職場になりそうで、特に麻生区役所。

そう、区文化協会から会報「からむし」が届いた。表紙は区の花「群生のヤマユリ-柿生のおっ越山で-」のカラー写真。記念号とあらばやはりそうではならぬ。見開きページを飾るは大物二人の対談。方や凸ぶり目立つ話題の区長、に対する会長の前職は元市議にてこちらの年齢は伏せる。

オンナの「長」二人が区の将来を語り合っておられるのだけれども現職の市議も顔負けの内容にて。いつの間にそんな企画を。やはり長たるものは「華」がなくてはならぬ。にしても、老いを知らぬ、というか老いて益々盛んとは言葉が過ぎて。その健在ぶりと世に示すに十分。御高説を拝読させていただくによもや現役復帰などと言いださぬことを願いつつ。

そう、「副」といえばおらが代議士も新政権にて副大臣に抜擢されたとか。総裁選の論功行賞、いや、そんな肩書でも与えねば選挙が「危うい」との親心、いや、理由など何だって役職に変わりなく。祝。

(令和3年10月15日/2671回)

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2021年10月10日 (日)

鈴虫

店頭に「ひやおろし」が並ぶ頃。全国に銘酒は数あれど、清酒の発祥は大和の国と聞いて御当地の一本を愉しんでおり。神宿る岩を護りて夏木立、と一句。大自然の神秘、まさに二つに割れた岩の不思議。かつて剣豪が天狗と戦いし折に斬った、それが柳生の里と知らばさもありなんと。昨今は鬼滅岩などと聖地巡礼の名所になっているとか。

母の死を信じられぬ幼き十兵衛。温もり伝えれば生き返ると遺骸を離さぬ子に母の生まれ変わりと渡すは虫籠の鈴虫。餌の胡瓜は母の好物。そうかもしれぬと日々世話に暮れる中に知る共食いの現実。そして、最後に残った一匹とて命絶えて骸を晒す。あくまでも隠れただけであって来年にはまた土の中から顔を出して声を聴かせてくれると諭す父、宗矩。鈴虫の季節に一冊どうか。山岡荘八著「柳生宗矩」。

さて、分科会後の総括質疑。台本なき丁々発止は見るものの目を惹く。公文書偽造、最高裁判例云々と物騒な言葉が飛び交い、それが三傑の一人とあらば放っておけぬ。この際、答弁として適切か否かは横に置くにせよ、「ひとつよろしくお願いします」とはもうぼちぼちそのへんで、分かってくれよ、の意のはずが、いや、それではすまされぬ、とM君。妥協許さぬその厳しい追及こそ大いに結構なれど。

その発端は情報開示の請求。ある事案に真相を調べるべく市が保有する書類の提出を求めたものの拒まれた。ならば、と一市民として公式の公開手続きに及んだものの結論は同じ。公開出来ぬ理由を明確にせよとの言い分。情報公開か個人情報の保護か、二律背反の矛盾をいかに乗り越えるか。

どちらが正しいとは言わぬ。されど、その判断が相手の攻撃に耐えうるものであってそこに綻びが見えてはならぬ。いや、そもそもに最初の申出を拒んだ際の相手の顔色に次なる一手とその後の展開を予見できぬ当局側の甘さこそ。いや、それ以上に解せぬは。

今回の追及の矢面に立たされるは役人ならぬ民間人の委員長。監査、人事、選挙など、その独立性と公平性を担保する為、意思決定に民間人が登用されること往々にして。が、その御膳立て、つまり事務局は役所の一部にて本会議などではその実務を担う責任者として役人である事務局長が登壇しての答弁となること多く。とすると、今回の経緯やいかに。

その後に下された局内の処分に不服ということらしく、何故にそれを認めたのか、と責めるM君に対して答弁に立つ委員長の歯切れ悪く。「まぁまぁ」などと宥め役を買って出るに既に役職は追われた身、というか、仮に現職とて「見て見ぬフリ」でしょうに。官民に限らず最終的な意思決定者なのだからその判断に責任を負うべき、との理屈は分かった、されど。

それが身内である役人の「長」とあらば万事抜かりなきよう手を尽くされるも慣れぬ民間人を証言台に立たせて大の大人に恥をかかせるとは人としてどうか、人身御供ぢゃあるまいに。その判断の是非は問わぬ、が、下の役人の判断を「諾」とした寛大な委員長に対する仕打ちとしてはあまりにも酷くはあるまいか、と。あくまでも人情論ですが。

(令和3年10月10日/2670回)

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2021年10月 5日 (火)

次長

本屋の徘徊が日課に近く、次なる一冊を探すべく目を皿にして。

あの騒動は何だったのか、ブレまくる知事、暗躍する側近、錯綜する関係者の思惑、云々と「そそられる」見出しも旬が過ぎては見向かれること少なく。真相に迫らんというよりも敵の出方を知るに好教材、か。「元」東京都中央卸売市場次長の著「築地と豊洲」(都政新報社刊)。

喉元過ぎて顧みられぬ例やそれのみならず。都市封鎖と申してみても例外なき外出禁止ならぬ「一部」除外、無観客と申しても甲子園は許されど五輪が許されぬ理屈が分からぬ。とすると政争の具と解されてもやむなし。前総理などそれを理由に退陣に追い込まれたようなもんなれど、騒がれた割に着実な成果を残しておらぬか、と。

そう、一時は危険水域に異国の様子が生々しく放映されて野戦病院こそ焦眉の急と騒がれた医療体制。不運にも救えなかった命とてゼロならず。が、機に乗じて拡充を急げというけれども短兵急が過ぎては歪み生じかねず。ましてや、誰もが否定しえぬ価値観とあらば別な力学が働かぬとも限らず。

ならば、どれだけの方がたらい回しに命を落とされたか。受入拒否の理由とて満床かコロナへの恐怖か、仮に後者とするならば単なる病床の拡充では効果に乏しく。重症者の間口を広く、と申してもそこから先に回されるべき患者の滞留が生じていたとすれば広げるは入口ならぬ出口。今回などは重症者の為の病床以上に隔離的な「部屋」の不足が根幹。

軽度より重度、そして数は多いに限る、と知れど、拡充や維持するに無償にあらず。とするとビジネスホテルの転用など既存の施設を活用した暫定的な対応というのは悪からぬ選択ではなかったか。いや、病床があっても肝心の救急車が足りぬでは話にならぬ。全体としてどう機能させるか、どこに原因があったのか、等々が冷静に検証されねばならず。

救急医療とあらば言わずと「あの場面」がが連想されるから巷の耳目を集めるにも。そこに助かった命もあるやもしれぬ。が、それで命が保証されるかといえば、んなことはなく。人知及ばぬ不条理を抱えた分野にてどれほど手厚くなろうとも救えぬ命も。人が死んどるに金銭を惜しんどる場合かと迫られれば誰しもが怯む。

いや、大変薄情な物言いながら、それだけの為に恒常的な体制を維持するは非効率。非効率とは何たる言い草、との御批判は甘受するにせよ、ならば、この間のコロナ対応を理由に医師の確保がままならず手術延期に命を縮めた方への弁明やいかに。救える命は救わねばならぬし、理想と現実の乖離を埋める努力は惜しむべからず。が、理想と現実の混同が混乱に拍車をかけておるまいか。

まもなく二年、ワクチン接種のみならず「慣れ」とて随分と進んだ。これで治療薬が出回ればぐっと、減ってくれればいいのだが。

(令和3年10月5日/2669回)

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2021年9月30日 (木)

羊羹

羊羹ならぬ虎屋の羊羹。アイスならぬハーゲンダッツ。O副議長とあらば品物が違う、と評判を生んどるらしく。その気配りや見上げたものなれど買収工作など無意味な連中にて甘やかさぬに限る。気配りのみであれば私とて「リポD」を持参するは一回のみにあらず。品が違う、とはよもや私へのあてつけにあるまいか、んなことで相手を値踏みするとは人の風上にも置けぬ。

いや、待てよ、慣れぬ現職を相手にそれこそが慣例とばかりに煽動した可能性とて。そんな狡猾な連中に籠絡されるは気の毒。老婆心ながらに御助言申し上げれば、ありつけぬ連中から「オレたちにはいつ届くんだ」と督促めいた声が伝わってきているとか。頭抱えつつもまんざらでもなさそうな副議長殿に「御注意あれ」と話を終えた。過去の善意が当然の権利となる事例やそこに限らず。

それが私有地である以上、隣人の介入は財産権の侵害。売却後の所有が業者とならば尚更のこと。土地の開発を巡る紛争は絶えず。近隣への説明と申しても百戦錬磨の相手にこちらはズブの素人。開発の許認可権を有する以上、介入は当然との声に独自の条例が制定されて。

行為そのものへの規制ならぬ近隣との紛争時における斡旋の手続きを定めたものなれど、業者にとってそこに新たに生じた手間や小さからず。条例は市の善意などと申すつもりはないものの、泣き寝入りに近い市民を見捨てておけぬと一歩は踏み出した訳で。あくまでも「場」を提供したという話であって、特段の違法性が無いにも関わらず故意に開発を中断させれば司法沙汰にもなりかねず。

譲らずともそこに許可は下りるやもしれぬ。されど、役人を敵に回しては別の開発に難癖つけられぬとも限らず、機嫌を損ねぬ程度に、と促される譲歩もそれでは全く納得がいかぬ、完全勝利あるのみだ、となるとそれは越権、はき違えた権利となりかねず。副議長にハーゲンダッツをせびる誰ぞと変わらぬ。違うか。

そう、最近もそんな相談が寄せられて仲介を果たさんとすれどもこじれにこじれ。依頼主がこぼすは業者への不信感。漢字の誤りに訪問理由とて「市から言われて」などと余計な一言が付かば伝わらぬ「誠意」。譲る譲らぬの前に自ら墓穴を掘っとるようなもので、条例云々の前にまずは。

神無月。五穀豊穣を祝う祭礼の季節。笛に太鼓が聞こえぬに寂しく、神輿の中止に持て余す体力。いや、いつも手抜きばかりで大して担いでおらんでしょうに。秋冬のレース物色するに「年に一度走れば十分ではないか」との妻に通じぬ価値観。オクトバーラン&ウォークの申請を終えた。

終えた、と申しても前年の「継続」が当然の権利、というか標準であって辞退の際のみ申告をと。告げられる昨年度の距離は兵どもの中で見劣り感が否めず、負けじと上乗せを申告してみたものの、宣言の解除に食欲の秋と誘惑多く。脳とて使わねば退化するであろうし、細胞とて活性化させねば老化は進む。何よりも健康に目が向くというのはいい兆候で。

(令和3年9月30日/2668回)

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2021年9月25日 (土)

錦鯉

池の中の錦鯉にマスク無き自由を詠むも俳句に風刺はなじまぬとか。ならばと詠んだ一句「句碑仰ぎ佳作を捻る秋彼岸」に天賞をいただいた。句の主となる故人への追悼、そして、ちょうど一年前の吟行の際に句碑を眺めていたTさんを偲んで。

そう、投稿のまさに翌日に着信があって、こんなもの見とるヒマあらば他に費やすべし、と長兄風を吹かせんとするも気になる職質の内容はやはり「そちら」にて市議のほうが一枚上手であった。

殿上人の印象を払拭し、気さくさを演出する狙いと知れど、下に目が向くは結構。そんな旬の御仁から直電とあらば悪い気はせぬもの。何時何分に着信あるゆえ、くれぐれも粗相なきようとはおらが代議士。家庭訪問ぢゃあるまいに。余計なことは言わずに応援しとる旨だけ告げた。己の欲を隠さずに挑む候補者に群がるは善意のみならず。不謹慎ながらそのへんに人物眼が磨かれて。

報道はそちら一色なれど選挙は総裁選のみにあらず。迫る市長選に現職から届く案内、と申しても正確にはその「陣営」から。本人の依頼とあらばまだしも陣営の人とあらば本人の意向や見えぬ。そこを不透明にしたまま加勢するは恩を売っとるように見えて、実は媚びを売っとるように解せられはせぬかとの懸念。対する向こうとてこちらの軍門に下るが如く見られるは不本意。そこに余計な「借り」など作りたくもなく。

さりとて、全く無視も出来ぬ、というのが意外と本音に近いところにあるまいか。行くべきか、行かざるべきか。互いに市政を預かる身なれど方や執行側に他方は監督側。ついて行きます下駄の雪では。慣れ合いならぬ切磋琢磨、そこに市議の市議たる所以があって、それを失わば自ら意義を否定するようなもの。やはり託された票の重みというのは忘れちゃいかん。

いや、行かぬほうがいいとは言わぬ。行かばその忠誠心を認められ、思わぬ恩恵に預かれるやもしれぬ。そのへんの距離感は教科書に学べず。大小の私欲が交錯する中にあって光明を見出さんとするが選挙。などとエラそうなことを申し上げてみたものの。

三割に満たぬ投票率。残りの七割は信任か不信任か、とはよくある話。寝ている有権者を起こさねばならぬと現職に挑むは兄弟分。全国議長会にて机を並べた仲にて。前任が十年、その前も十年、壮絶な下剋上に射止めた議長の座。貴殿も十年か、と問わば悪しき慣習は踏襲せぬと。その後とて闇将軍として権勢を誇れたはずも有言実行、後進に道を譲り、さっさと辞めてしまった。議長のみならず議員そのものも。食い扶持欲しさに瀬戸際までしがみつくは恥とばかり半年も前に。そのへんが器の違いか。

見知らぬ人との交流に教わること多き陣中に見かけしは県政界の重鎮。只者ならぬ雰囲気にその道の達人と知るも「三年殺し」なる秘拳を有するとか。北斗神拳ばりのその奥義を聞かんとするも今回の目的やそこにあらず。備前の乱の勝敗やいかに。

(令和3年9月25日/2667回)

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2021年9月20日 (月)

短大

駅名にちなんでか、「ヒルサイドテラス」なる店が地元にあって、ランチにしてはやや割高ながらも百合ヶ丘マダムたちの好評を得ているらしく。看板は松花堂弁当、メインは別皿にて和食が定番なれど、時にタンドリーチキンなど香辛料も絶妙にて上品な味に。食後のデザートは自家製のホットプリン、量が少ないのがちと不服もマダム向けゆえ。落ち着いた雰囲気の店内に流れるはクラシック。食と料理に対する店のこだわりが垣間見える地元の隠れた名店。儲け以上においしいものを、と。

短大といえば二年、というのが世間の常識。国家資格の一つ、看護師の取得に必要な履修課程は三年。とすると、短大卒後の資格は準看護師。というのは完全な間違いであって、看護系の短大は三年制。ちなみに、通称「准看」と呼ばれる准看護師は一般の看護師の補佐役にて許認可は都道府県。「じゅん」は「准」が正しく「準」は誤り。

今定例会の目玉の一つに市立看護短大を四年制化する議案が含まれる。聞かば政令市の中でも「短大」は本市のみ。資格の差異なくばそこに恥ずべきものなく、何も「見栄」にこだわらずとも。ひく手あまたの世界、短大とて就職先には困らぬ、されど人気は四大とか。事実、本市の市立病院などでも同じ市立の短大よりも市外の四大が歓迎される向きもあるらしく。同郷のよしみを酌みたくとも歴然とした差を前に断念せざるを得ない葛藤を現場は抱えとるとか。

が、そもそもにそれはいわゆる囲い込みというか下駄を履くってことだから双方に不幸な結果を生まぬとも限らず。一方では少なからぬ市費を投じて育てた人材が市外に流出するは損失などとセコい話も。ならば「短大」の意義やどこに。大学の許認可は文科省の権限、短大とあらば入学金に学費等を低く抑えられ。

当時などは一刻も早く社会人として独立して親の負担を減らさんとの苦学生たちの受け皿として重宝されたはずも昨今などは看護師に求められる知識や技能は多岐にわたり、より専門的かつ高度化されて。三年と申してもあくまでも資格得るに最低限の知識しか学べぬ。たった一年、されど一年。その一年が将来を大きく左右するのであれば背伸びしてでも負ける訳にはいかぬ。

四年制化に伴う運営費とて現行の五億二千万円から七億四千万円とされ。それで他市に肩を並べる、いや、上回る人材を育てられるならば。四大に移行すれば受験の倍率に偏差値も上がる。試験は全員が同じ土俵にてそこにこぼれるはやむなしにしても金銭的な理由に門前払いはさすがに不憫。いかなる境遇であろうとも可能性の芽は摘むに惜しく。新たな奨学金の創設もセットで条例化され。今の需要に合った人材を育てんとの挑戦は否定されるものになく。

新入生は四大も己は短大、劣等感とはいわぬも胸中や複雑にあるまいか。晴れて人生の門出迎える若きナイチンゲールに気の利いた祝辞の一つでも贈るが議長の役目、などと予定していたものの、あの騒動に翻弄されて卒業生を見送れず。四大に変貌遂げようとも創立の理念に今日までの歩みは忘るるべからず、と確かそんな質問を共産党が。そこだけは同感。

いや、更に申さば、短大か四大か、ならばいっそもう一つ。とは悪い冗談で。

(令和3年9月20日/2666回)

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2021年9月15日 (水)

藤枝

華麗なる一族、に遠く及ばずと、外交官に元女子アナ、市議に警察官という多彩な顔ぶれにあって市議が長兄、つまり私。が、長幼の序などどこ吹く風、桜の代紋を背負わば政治家が罪人に見えるのやもしれぬ。情報収集に余念なく、事情聴取か尋問か、私にまで及ぶ触手。総裁選の行方など、もっと他にやることがありはせぬか、と。

法務大臣はじめ要職を歴任された元警視総監殿の邸宅、そして、伝説の刑事「落としの八兵衛」ことその人が居を構える位だから推して知るべしも本市の治安に不安を抱く、というか「悪い」と認識されとる方が少なくないとか。

市政だより今月号に治安が心配との御意見をいただいた。一面の「本市のイメージは?」との設問に示される正解は「治安が悪い」。「でも、」に続くは「市外在住に割合高く」「八割以上が伝聞等の間接的理由」とあって、実際は「単位人口あたりの刑法犯認知件数など大都市で最少」と続いており。

そう、んな大物に限らずとそちらを退職された関係者が少なからず住んでおられて普段は聞けぬ話題を提供して下さる。不思議とその手の人物は鬼面というよりも仏相に近く、「北風と太陽」を連想させる。その一人、Sさんは地方からの上京組、上野界隈を根城にヤンチャの限りを尽くすも二輪車の転倒事故、九死に一生を得た際に駆け付けた警官の一言が目指すきっかけだったと語る。

安保闘争の時代、過激派の摘発に駆り出されたSさんが身柄を拘束するは某国立大を卒業したばかりの若者。昔は短距離の陸上選手として名を馳せた当人、勧誘に抗いきれずに没頭するは「爆弾」の製造。拘留中の息子を心配して面会を求めし親御さんが大そうしっかりされた方だったとか。

当時、忘れもせぬは藤枝の喫茶店。子を諭すべく遠路訪ねた親を相手に帝国主義が云々などと反駁する当人に堪忍袋の緒が切れて。親に説教するとは何事だ、忠孝の道をわきまえぬなど言語道断、と飛ぶ平手。以降は更生されて手紙が届く交流が今も続くと。人に恵まれた生涯だった、と語るSさん。情を挟まば相手に付け入る隙を与えかねず、宿痾と知るも人情派が少なくなった。

そう、新百合ヶ丘駅南口の地下の喫煙所。かねてそのマナーに関して相談を受けること少なからず。離れた階段付近での集団喫煙に麦酒の空缶の散乱目立つとか。路上喫煙防止条例に過料の罰則があるのだから厳しく適用すべきだとの声。抑止効果を狙ったものにて過料に及ばずとかなりの効果を上げているはずも「一部」の行為が全体の印象を損ねるは何とも。

幸か不幸か、交番の前にあって注意せぬ警察官への苦情とて。ふむ、あくまでも目撃者の談にてたまたま間が悪く手を離せぬ事情があったやもしれぬ。根拠法令が市の条例にある以上、市で対応すべしとの言い分は分からんでもないのだけれども、治安維持なる任務を負っているのだからもそっと協力的でも。

道交法とあらば一寸も見逃さぬあのコワモテぶりあらばそちらの違反者とて。

(令和3年9月15日/2665回)

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2021年9月10日 (金)

大入

そちらは未だ不勉強にて玉の大小と味の相関や知らず。いただいた秋の味覚に「産地聞くずしりと重き梨一個」と句を添えて御礼のメールを送らば、上五を「産直の」としてはどうか、と返事をいただいた。秋の俳句大会への投句を依頼されて協力しただけなのだけれども御主人が手土産に持参された一個が大変立派なものにて。

役職への遠慮が取れてか、久々にE子さんからも着信があった。老人会の運動会が中止との連絡なれど、御立腹の理由はそれに要した時間。会場の使用許可が下りぬというのだから結論はそれ以外にないはずもアレコレと理屈こねるに下せぬ決断。性別への侮辱とばかりに辞任に追い込まれた御仁がおられたが、オトコのほうがよほど、と。

いや、そりゃ性差以上に年齢、更に申さば日々の話し相手の有無こそが災いしておるまいか。とするとやはり人に恵まれるというのが人生の秘訣であって、その為にも「段差」は低いに限る。この前なんぞはひょんなところで背後からの呼び声に振り向けば当時の補佐役M局長。互いに役職を離れた身にて知らぬ間柄を演じてもよさそうなもんなれど声かけられるに悪い気はせず。

そして、もう一人。そこまで卑下するスコアにあらずもクラブが合っていない、と相手。が、原因を道具に求めては上達なし。数年前にちゃんと計測の上、安からぬ一式を購入したはず、と反論してみるも。相手の干渉を好まぬこの御時世にあって他人の為に一肌脱がんとする「おひとよし」は稀有にて当人の好意や銭では買えぬ。と任せて届く請求書。悔いてはならぬと笑顔で。泣。

資産報告にゴルフ会員券と欄がある位だからそちらの代名詞と世に認知されとるのだろうけど、その手の偏見に遭わぬかといえばウソになり。そのへんの段差が相手を躊躇させる一因もそこに生まれる関係は得がたい財産。御年配を相手にこんど「ラン」でもなどとは誘えんでしょうに。で、ようやく本題。

何を隠そう本市には「市立」の川崎国際生田緑地ゴルフ場があって、その為の特別会計もちゃんと。当時など支配人は市の天下り、いや再就職組にて料金こそ「特別」にならぬまでも予約は便宜を図ってくれて。現在は指定管理者。多摩丘陵の桝形山の自然を生かしたコースは戦略性に富み、小さいグリーンに深いバンカーという設計者の思想が云々と紹介されるも一言で申さば「初心者には不向き」ということ。

利用料金、いわゆるプレー代とて安からずもほぼ大入に近く、そのおよそ六割を占めるは市外客とか。「市立」なのだから市民優先枠を設けるべきとの声あれど観光収入と見ればどうか。大雑把ながら一般会計への繰出が年間三億円、うち二億円は生田緑地全体の保全等に利用される、と教わった記憶あり。市の事業の中でも優等生。

優先枠などと言わずにむしろ子供たちの為に優遇を図ってはどうかと。その生い立ちと歴史に段差があって然るべきも折角の可能性の芽を摘むに惜しくはあるまいか。まさに教育がそうであるように、結果の前にまずは機会を広く。

(令和3年9月10日/2664回)

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