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2017年2月19日 (日)

女子会

相手とてそれなりの御齢なのだから見返りを期待するものでもなく、あくまでも「義理」でしかないんだろうけど、慣例的に3個ほどいただいていて。そう、バレンタインデーのチョコの話。

今年などは「たまたま」御新規1名様があって、どうせ明日は慣例の3個が届くからなどと前日に平らげてしまったんだけど、社内における秘密の女子会の結果、慣例を止めることにしたのだとか。別にこちとら欲する訳でもなく当然の如くありついていただけなのだが、いざ「廃止」となると寂しいものでA兄などは自ら...慣れとは怖いもんだネ。

貰う方は1個だけれども用意する方は複数、というか十数名も居て一ヶ月後などは同じ日にそれだけの数を貰っても扱いに困る訳で。「義理」とは申せ、渡す相手を見誤っては相手に嫉妬を抱かせるやもしれぬし、複数あれば優劣をつけるのが人の常にて隣の女子に劣らぬものを...なんて悩みは別に私が心配することじゃないんだけれどもハロウィン商戦がバレンタインを超えたのも分からんでもなく。

こちとら仏教徒なのだからんな舶来文化に一喜一憂しているなんてのは本来滑稽な話なんだけど、唯一のチョコがこれがほんとに旨かったもんだからどこぞのパティシエかなどと調べてみればパリからの復帰が話題のあの人物の元亭主だそうで。「元」がついたことなど知らなんだけど、人気絶頂の女子アナを落とした理由も納得。三つの袋とはよく言ったもので、やはり胃袋ってのは大事なんだナ。

さて、年齢以上に期数が全てを左右するおらが村の慣例もチョコ同様に崩れつつあって、上には背かず、下には背「け」ず微妙な立場の中二階。過去の累計数では到底及ばぬHセンセイにはどんなにモテようとも異性には下から目線じゃなきゃダメだぞと先輩風を吹かせて忠告してるんだけど、そんなくだらん説教の前に...と代表質問の原稿指示が来て、「んなものは一期生にでも」と反論出来ずに指示された原稿を手がけることになった。

高齢者の運転による相次ぐ交通死亡事故に免許証の自主返納を促す動きが広まるものの、返納が進まぬ一因に代替手段がないことが挙げられていて、超高齢社会の到来に移動手段の確保への需要は高まるばかり。一方で、交通不便地域においてコミュニティ交通への期待は高いものの、その実現には多くの障壁を乗り越えねばならず長年の歳月を要しているのが実情。

高度経済成長期における大量輸送時代から利便性の高いコミュニティ交通へと移りつつある社会情勢において公営交通の果たす意義が問われている。が、補助金がやり玉に上がり、赤字路線の整理統合に追われる市バス事業にはそれだけの期待に応える余裕なく、新たな一歩を踏み出せず。

赤字当然の風潮は看過出来るものではないものの、黒字こそ至上命題となれば路線は限られ、とりわけ土地利用が制限された地区への運行などは夢のまた夢。経営健全化を図りつつ、足の確保に悩む市民の期待に応える路線の整備という二律背反の命題をいかに克服すべきか交通局は正念場。

斥候からの情報を分析すればやりようによっては起死回生のV字回復が描けそうでそのへんの市の認識を...と。

(平成29年2月19日/2327回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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2017年2月15日 (水)

非リア

「食える子」の文字がひときわ目を惹いた週刊東洋経済の表紙。塾に私学の負担、報酬がやり玉に上がりがちなこの仕事でさえ悩みの種なのだから他は推して知るべし。格差社会が生む悲劇、過ぎたるは及ばざるが如しで過度な競争が招く社会の疲弊、絶望感と鬱憤がもたらす帰結は隣国に見るまでもなく...。

所詮は大したタマじゃないのだから背伸びしてもたかがしれている訳で、さりとて「オレもあんな風に...」と昇華してくれればまだしも逆に作用されては成長を阻害しかねず、そんな「嫉妬」の例を挙げれば枚挙に暇なし。漢字の部首に見るまでもなくオンナに限定すること勿れ、男の嫉妬心、それが外務省のエリート集団ともなれば余計にタチが悪いのだとか。その間柄は知られたところだけど著者がムネオ氏に陶酔した理由はその世界において珍しく嫉妬心が希薄なことだそうで、元外務省主任分析官の佐藤優氏の「嫉妬と自己愛」を読んだ。

が、近年はそんな大衆心理にも地殻変動が生じていて、嫉妬が薄れ、歪んだ自己愛の増殖が進行中というのが著者の仮説。嫉妬心そのものは否定されるものでもなく、それを好循環に結び付けられればいいんだろうけど、失恋恐怖症が如く劣等感を抱く位ならば...と、あえて土俵に上がらぬ若者の心理を描いた小説の書評はなかなか。そういえば、昨年解散した人気グループのヒット曲にも確かそんな歌詞があったナ。

ここ近年、無差別殺傷事件で有罪が確定した元被告の約6割が社会的に孤立しているとされ、孤立を防ぐことが再発防止につながるとの法務省の研究報告を引用するとともに、秋葉原無差別殺人事件の犯行動機についても独自の分析を寄せている。同じく犯罪のストーカー行為などは相手の拒絶も当人には好意に見えてしまうのは自己陶酔の類。著書にはそんな歪む自己愛と嫉妬心についての対談が含まれるんだけど、精神科医の斎藤環氏によれば原因を読み解くキーワードは「非リア」だそうで。

他者から認められたいという「承認欲求」は誰しもが有するもので孤立しがちな若者も本来はそこで悩み苦しみながら他者との関係を模索していくものなんだけれどもSNSが「緩和」装置となって、いわゆる「いいね!」に代表されるバーチャルな承認欲求が肥大化していく過程で歪な自己愛が育まれるのだとか。で、その修復の為にはやはり実世界におけるよき他者との出会いが重要とされるものの、書物の中で過去の偉人と遭遇することはリアルな人間と同程度の価値があるとの考察は大変興味深い。

著者の観察眼と分析に異論を挟むものではないんだけど、そんな社会現象の原因は新自由主義による競争がもたらした結末と結ばれていて、ならばどうするとの処方箋がないのが些か物足りぬ。まぁ本人は元分析官なのだからあとの出口はセンセイにと言われればそれまでなんだけど、競争など無い方がいいかといえばんなことはなく、どこぞの平等論が跋扈しては社会は衰退の一途を辿る。

ゼロかイチかの話ではなく社会が発展する為にはあくまでも「健全な」競争が促される必要があって、と、同時に物事に挑戦する姿勢は向上心を生み、それが人としての成長に繋がるのではないかと。

(平成29年2月15日/2326回)

電子書籍「一日一話」

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2017年2月11日 (土)

手弁当

気を紛らわす為の編み物。被災地支援の一助になればと販売に協力してきたんだけど、そんな機会も今回が最後となるらしく福島県飯館村の仮設住宅から届いた一通の手紙を御披露させていただいた。避難指示解除に伴い、この四月には晴れて帰村が叶うものの、様々な制約を受けることから手放しで喜べぬとか。今年も恒例の新春の集いを終えた。

日時などは仏滅を忌諱する位であとは会場側の都合によるんだけど、やはり何かしらあるもので今年などは消防団の訓練と重なったもんだからやれ気が利かぬとの小言も...。それとて気がある証拠でこちらの不備を詫びるんだけど、逆に出席ともなれば金銭の負担が生じる上にくだらん話を聞かされるだけなのだから向こうにはかえって好都合だったりもして。

また、当日などは大安日にてH君の結婚式と重なったのは何ともめでたく。そりゃ慶事にてむしろこちらが披露宴に参上して挨拶を...呼ばれていないって。そう、夫婦仲といえばファーブル昆虫記にコガネムシの生態系が登場するんだけど、これが兎角働きものであるばかりか、つがいの相手を絶対に間違えないのだそうで。意図的に別々にしても途中多くのメスがいるにも関わらず浮気もせずに必ず同じつがいに辿りつくというのだからスゴい。

さて、それが伏魔殿として描かれるところこそ魅力であって、ひとクセもふたクセもある性癖こそ否定せぬものの所詮は人の世界だからそれも一興で注意深く観察すれば昆虫の生態系以上に話題に事欠かない。他人の不幸は蜜の味、何分身勝手な連中だから家庭には何かしらのわだかまりがあったりもして不仲説が囁かれたりもするんだけど、かくいうウチなどは無頓着すぎて冷やかしにもならんらしく...全く自慢にならんナ。

当人の私生活は兎も角もその政治的資質「だけ」は評価している一人にA兄がいて、およそ不仲説を流布する首謀者がこの御仁。あまり見かけぬと思えばSNSに自らの手弁当をアップされているもんだから、やはりそれまでのツケが回った結果、とうとう愛想を尽かされたナなどと嘲笑してみたものの、どうやら笑えぬ事情らしく...。

で、その投稿は単に弁当の自慢のみならず政治批評が含まれていて、それが何とも大胆で鋭い。依然として注目を浴びる都政。あの区長選を制して以降は旋風で夏の都議選では何議席を確保だとか好き勝手言い放題の風潮を一刀両断。首長の子飼い、大政翼賛会に何の意味があるのか、首長と議会は少し仲が悪い位が丁度いいのだと。

まぁドンも目の敵にされて何とも損な役回りだけど、どれほどの大物といえども大河の流れには逆らえぬ訳でその中でいかなる立ち居振る舞いを演じるか。今さら許せぬ肚内は分からなくもないが、自我を通せば配下は犬死になる訳で船頭役の資質は組織の命運を左右する。どこまでもついて行きます下駄の雪では情けない、その限界を見透かされてか、女房役の政党もさすがに泥船には乗れぬと袂を分かつ。

そんな悪役を仕立てる劇場型政治はいつか終焉を迎えるんだけど、振り返って空白の歳月などと言われぬよう。

(平成29年2月11日/2325回)

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2017年2月 7日 (火)

手すり

妻にすら言われたことがないんだけど(というかそもそも戦力外だから...)、「明日お願いします」との貼り紙。ミックスペーパーの回収が土曜日だそうで、不慣れながらもごみ出しを終えた。紙って結構重いんだナ。

成田山の中継を見れば一目瞭然。まくモノなど大した金額ではないにせよ、あれだけの方が群がるのは縁起物にて何とか御利益にあやかろうと。人気力士であればまだしも登壇者がどこぞのセンセイとあっては大した御利益などなさそうなもんだけど、世に物好きな方も多いらしく地元の神社も人人人。

生徒指導上は一度帰宅してからとのことなんだけどそれでは間に合わぬ、示し合わせて下校途中に神社近くの友達の家の玄関にランドセルを置いてそのまま...。されどそんな事情も知らぬ大人は子供以上に必死。ただでさえ身長差がある上に好位置を陣取られては戦果は明らか、そんなに欲深くては福の神も...。妻曰く、昨年などは終了後に一個も拾えず泣いていた生徒が先生に宥められていたのだとか。

帰り際に登壇の御礼と思しき御土産に神社の札と袋詰めの豆をいただくんだけど折角の豆まきでゼロは気の毒、その後も境内で遊ぶ子供たちに「おい、ちゃんと豆拾えたか?」と声をかければ、やはり中には取れなかった子供も居て配り始めたら大好評。随分と御礼まで言われてさぞ票が増えたに...んな、甘くないわナ。

閑話休題。近隣の方々を集めておいてそこに電話一本担当を呼び出して自ら対応を指示する姿こそ模範とされたのも今は昔。わざわざ見せつけずとも何ら不都合はないんだけど、近所の階段に手すりを付けて随分と喜んでいただいたことが過去にあった。

たかが手すり、されど手すり、足下の段差然り当人の身になって気付かされることは少なくない。脳梗塞を患い後遺症が残るもリハビリを続け、いまや山向こうからおらが事務所まで歩けるまでに回復されたTさん、酒席で御一緒した際に駅前の歩道橋の手すりの使い勝手が誠に悪いのだと聞いた。ふ~む、そんなものか程度で翌朝に現地の実況見分に伺えば百聞は一見に如かず。

見れば一目で分かるのだが、それを言語で表現するとなると些か思考回路を働かせねばならず、拙い表現にしばし想像力を働かせて御付き合い願いたいのだが、手すりの繋ぎ部分が真横から伸びていて掴んだまま平行移動する際には繋ぎ部分で一度手を離さねばならぬ不便性がまず一点目。続いてはその手すりの高さが低い上に、階段の一段下から手すりがあるものだから階上からは下を見下ろす格好になり前につんのめる危険性と恐怖心に駆られるとのこと。

階段は下りが危険というのは常識、故に階段のゼロ段目から継続的な手すりがあるといいのだとか。繋ぎ部分なども他の手すりを見れば一度真下に伸びてそこからL字型に壁に付けられているし、「ついで」に申し上げれば棒の先が曲がるのも袖がひっかからない工夫だとか。と学ぶことも多かった。老朽化目立つ歩道橋とあってはそれも当時の遺物であって、別に手を抜いた訳でもないんだろうけど、今や路上の石に躓いて因縁を付けられる時代、改善を指示すれば早速に対応して下さるようで。

近隣の方々を集めずとも...。

(平成29年2月7日/2324回)

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2017年2月 3日 (金)

育休

どう転んでもあと十年は...と思うのだが、「私が生きているうちに」などと言われると妙に精神的な重圧が増すもので、その位の老獪さで役所に迫れば結果は多少違うものに...いや、んなことないナ。

客観的な指標に則って全て点数化されてしまうから介入の余地は「ほぼ」ゼロですと依頼主には伝えるものの、悩みは深刻にて未だその手の話が少なくない。こちとら言われた以上はちゃんと口利きはしておくんだけれども今年は落選が「ほんとに」多かった。中には8つも希望先を記したものの叶わなかった方も居たりして、そりゃ他区なんだけれども改めてその厳しい現実を思い知らされる機会となった。

いかんともしがたくもセンセイに言われるというのは役所側には重圧になるらしく機嫌を損ねてはとの配慮か向こうから連絡をいただくこともあって当選ならまだしも落選とあってはイヤなもんなんだろうナ。まぁこちとら依頼された以上は必ず相手にも御返事申し上げるんだけど、目下、待機児童ゼロは「現」市長の肝入り公約ゆえに二次募集で必ず...などと都合の悪い話の回避だけは長けていて。そんな折に区内の保育園に顔を出したんだけれども園側とて折角の希望を断るのは忍びない御様子。

これでも毎年2千人規模の枠を広げつつある保育園。財源以上に保育士の確保がままならぬらしく本市なども公務員に準じた処遇を保証しているものの、財源が潤沢な東京都などは更に上乗せしたりもするもんだからそれすらもかすれて見える完全な売り手市場。ネットに氾濫する求人広告の中には出会い系サイトが如く誇張めいたものもあるからやはり実際の園を目で見て、園長先生の御話を聞いてみねば後々後悔することにも...。

誰しもが4月に殺到するからあふれるのであって、それとて育児休暇を「わざわざ」切り上げて会社に復帰しているのだから休暇をフル活用することで平準化が図れれば受入枠に多少の余裕が生じるばかりか、それ以外に1歳に満たない0歳児は保育士の配置は手厚くなっているからその分を1~2歳児に回せば一石二鳥。

が、休暇を丸々取得したにせよ年度途中から入園の確約がある訳でもなく、会社側とて休暇中の社員に給与の5割を支給せねばならん上に仕事に慣れた社員の不在は手痛い。一方の社員側とて5割じゃ不満、稼がねば家のローンが返せぬ上に早く復帰せねば会社に居場所がなくなってしまうなんて事情もあれば役所側とて「えいやっ!」のほうが好都合。現行の1年を2年に、5割を6割に、と国で進む育児休暇の見直し議論だが、果たしてその効果やいかに。

かつてはやむなき事情の家庭に限定された保育園も昨今は預けて当然の権利をかざされて...。私などもその一人だったはずなんだけど落ち着きのない園児というのはどこにでもいるものでこないだは園の発表会にて情緒不安定の園児を見かけた。それが医学的なものなのか、家庭の事情が左右したものか、などと知る由もなく、当人の健やかな成長を願ってやまないんだけれども目を背けれぬ現実に考えさせられることは少なくない。

(平成29年2月3日/2323回)

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2017年1月30日 (月)

発明王

50か100か。50であれば昨年走破済みにてやはり未踏の限界に挑戦してこそ。が、それ以上に50キロの部のスタートが午前十時とあっては起床からの間が持たん。ならば早朝5時の100キロの部で...なんて決意した翌朝に画面を開けば既に定員枠に達してエントリー終了の文字。受付開始は前日の夜8時、枠だって4千人「も」あるはずなのに。サロマ湖ウルトラマラソン100キロ。物好き多いよナ。

以前、どこぞの選挙の応援に駆り出された際に物好きな爺さんに話しかけられて数十分、横で聞いていた級友が「オマエよくあんな話に付き合っていられるよナ」とひと言。話題が何であれ人生の先輩が一所懸命に話しておられるのだから聞いて当然と反論すれば、昔からその才能だけは称賛に値するよと呆れ顔。そんな特技?(ぢゃないナ)が長じてか思わぬ陳情というか「珍」情を受けることになった。

当人の人となりこそ存じ上げていたもののそんな趣味を有していたとは初耳。こちらには夢物語でも相手は真面目そのもの、世に名だたる企業と特許を争うも一歩及ばず、そのストレスからか大病を患い、回復されて数十年ぶりに再び意欲が戻り...と世紀の発明のスゴさを滔々と語るKさん。中学卒業後に丁稚奉公に出られた姿があの御仁と重なる。洗濯糸くず取りの主婦ばりの発明を実用化に繋げる道のりが見えぬらしく。実用化されれば大ヒット間違いなしとの言葉につい欲に目が眩んで実物を見せていただくことになった。

ほんと単純なロの字型の金具なんだけどそれを蚊取り線香の途中におくとそこで火が消える移動式タイマーのようなもので、移動するってことはそこに空洞がある訳だから確かに不思議。捕らぬ狸の皮算用はこちら位なもので当人などは一攫千金を夢見るものでもなく、その発明の成果を純粋に世の中で享受出来ればとの想いらしく。急いては事を仕損じる、やはり巷の主婦の御意見もと事務員に話せば、「蚊取り線香を適当に折れば...」とにべもない。そりゃそうなんだけど。

そんな「珍」情を受けたはいいが、はてどうしたものか。順当に弁理士を紹介して特許庁に橋渡しをしようにもどこぞの事務員が如く機微に疎い面々に相手をされては折角の発明品も海の藻屑、いや、それ以上に他人様に喜ばれるような発明をという本人なりの社会貢献の意欲が萎えては大きな損失。「一応」理系出身の私にはその発明というか発見の喜びというのはよく分かる訳で...。

困った時の相手役、特命係のI氏に事情を話せば庁内の諸々の部門をアレンジしてくれて知的財産に詳しい担当が相談に応じてくれたのだが、これが誠に手慣れたもので特許取得の損得から過去の逸話、また、近年、蚊が病原菌を媒体する事例からその着眼点を称賛。あとは過去に同様の内容が出願されていないかと過去の状況を調べ上げてくれたんだけど、十年前に同じ内容が既に出願されていて...。

「遅かったな」とつぶやいたKさんは落胆どころか胸のつかえが下りたらしく晴れ晴れとした表情。過去の失敗について聞かれ、それはあくまでも過程にすぎないと語ったのは発明王エジソン。地元の発明王Kさん、齢八十余歳にて当日の送迎を買って出たんだけど、徒労どころか車中の話が目から鱗にて。

(平成29年1月30日/2322回)

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2017年1月26日 (木)

大河ドラマ

女主人公は視聴率低迷のジンクスを覆せるか。ハナからそんな先入観で見ては関係者に失礼。おてんば娘のおとわが直虎で、その直虎が育てた井伊の赤鬼こと直政、時代を下って桜田門外の直弼と。その途中とて「直」ばかりと何か因縁めいた...そりゃないにせよ、こいつは春から縁起がよさそうで。

政策だへったくりだ...よりもまずは選挙で勝つことだ、初陣の際に確かにそう言われて当時は些かの躊躇があったはずなんだけど、ここに来てなるほど御尤もで、どれほどの美辞麗句を並べてもその実現性は別問題であるし、経済評論家に同じく時々の都合に左右されて絵空事なんてのもありそうだから。そのへん賢い有権者などとうに見透かして別な資質を求めたりもするんだろうけど、演説に実績、資金力とて見劣りせぬ候補者が負けた理由はそこにありそうで...。暗雲立ちこめる世界情勢、あの大国におらがファーストなどと自国の利益を最優先する姿勢を示されては諸々の懸念はあるものの相対的に日本の地位というか評判が高まりそうな気がしないでもなく。

そんな海外を横目に国会論戦スタート。前後の文脈などは知る由もないけど、プラカードからは何も生まれぬとの施政方針に端を発した応酬。「おまえも」の反論は吾子の理屈、名を挙げずとも聞いてむきになるのは思いあたるフシがあるからだとの抑え込みが一枚上手か。まぁ確かに有権者の負託を受けてプラカードに乱闘では税金泥棒との声もやむなしにて。そもそもにプラカードに限らずデモやストも同じ。そこには少なからず困らせてやろうという陰湿な意図が含まれる訳で時代錯誤というか品位に欠けるようでどうも好かん。やはりおだておだてて知らぬ間に相手の翻意を...まぁ何とも平和な国です、ハイ。

さて、同時刻に予定された二つの新年会のどちらを選ぶか。片や時の幹事長に二回生とあっては軍配は明らかなんだけど、およそ大半にとって相手の「地位」ってのが優先度を決める物差しにて一方に群がるもんだから会に箔はつくけど私が如き小兵は埋没しがち。国会のセンセイともなればいつも大舞台の中心にて袖などには目が届きにくく。であれば他方に行った方が重宝がられる上に目立つ。そんな事情は中も同じ。およそ会長とか著名人に群がりやすいけど、そんな人物などは各方面のしがらみ多いからむしろ片隅にいる人物ほど疎かにせぬのが得策か。

ゆえに同僚諸氏なども上は放っておいても下だけはと餅代でも包んで...いや、餅代にもならんナ。そりゃあくまでも寸志の類であって返礼無用と伝えるものの、貰えば返す義理堅い面々にて包んだ数だけ「ほぼ」戻ってくる。「ほぼ」ってのは別に勘定したことはないから。こちとら多忙の中、わざわざ来てもらうのも忍びない上に十分なもてなしも出来ず、いや、それ以上に下手にウケを狙って余計な暴露話でもされた日にはかなわんから来ぬで結構と。いや、この世界には化粧の濃い御仁も少なくないから時にそんな話も一興だったりして。

などと勝手な妄想が進む自らの新年会が迫って来た。

(平成29年1月26日/2321回)

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2017年1月22日 (日)

受験

酒席にて隣のSさんとの話題がそちらに振れた。御自宅前の注意看板がふと脳裏をよぎり間一髪で危機を凌いだのだとか。息子と他人の声を聞き違えるとは何事かとの叱責。振り込め詐欺の被害者の中には金銭的な損失のみならずその後の親子関係まで険悪になる事例もあるそうでそんな話を聞くと何とも不憫に思えてならんのだけど全ては最愛のわが子の為と、そんな純粋な親心を付け狙う犯人とあっては余計に許せん。

そもそも親のDNAというか遺伝子を継いでいる以上は突然変異でもない限り末路は推して知るべしなんだけどヘンな期待をかけてみたくなるものらしく...。親の学歴が子を左右する学歴連鎖を打破すべく中卒の親と娘が難関校を目指すドラマ「下剋上受験」がちょっとした話題と聞いた。

かくいう私なども大変な教育家庭に生まれたもんだから親(正確には母親)の意向で机に向き合った時間だけは東大レベルなんだけど結果は御承知の通り。思春期の反抗心が無かった訳ではないんだけど、波風立てず万事穏便に済ます事なかれ主義は生まれつきにて恭順な姿勢を示しつつ、机に向かう退屈しのぎが横山光輝「三国志」。受験勉強以上にそちらから教わることのほうが多かったか。

田舎組だからそんなことすらも知らなかったけれど毎年その日は決まってて、陰でこそこそやっていてもその日の出欠で十中八九は判明するのだとか。「え~っ!何さんも御受験?」なんて。万が一にも風邪や流行病をうつされてはかなわんと大事を取って前日は欠席、以後、不安の連鎖で一ヶ月の長期欠席なんてのもあって、学校側とてそれほどの親とあらば触らぬ神に祟りなしと黙認らしく...。

さて、前職時代の仲間に久々に一杯どうかとお誘いすれば、翌日が御子息のセンター試験だとかでつれない返事が届いた。当人が早く帰宅したところで御子息の点数が上がるもんでもないはずなんだけど、やはり家族の「目」が理由だとか。そんなセンター試験におけるカンニングが過去最多と聞いた。受験者1万人に対してカンニングを含む不正行為が12人というのだからまぁそれほど悲観するものでもなさそうなもんだけど、カンニングといえば大学時代の試験。

留年のかかった大一番、単位を取得出来ずば翌年の授業料もばかにならん訳で、本来はそうなる前に手を打つべきなんだけど、義侠心から私が幇助することになった。縦に伸びた通路を挟んで左右に並ぶ面々、正面は背中に隠れて見えんから斜め後ろがベスト、中でも利き腕があるから相手の右後ろが絶好の位置取りにて最前列が私とO君、勿論、私が左なんだけど二列目以降の位置取りは試験前日の徹夜合宿時のゲームの勝敗とあっては神様にも見放される訳で当日の伝言ゲームは四列八人の最後尾まで届かず...。

今以て恨み節を聞かされるんだけど、そりゃスジ違いってもんで、結果、雨露をしのぐどころかキリマンジャロに挑戦出来る身分になったのだから逆に御礼の一つも返されて当然だと思うんだけど。どれほど手を尽くしても緊張から当日に体調を崩すこともあれば、万事順調に花の東大に合格したにせよその後の人生が保証されるはずもなく、親心とはいえそこまで没頭せずとも...。されどどこぞの細君はそちらの情報収集に余念なく。

(平成29年1月22日/2320回)

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2017年1月18日 (水)

残業

吉報ともなれば過ぎぬ程度に流布すればいいんだろうけど、身内の不幸ともなればどうか。大勢の方々に余計な負担をおかけする位ならば...との判断が働いてもおかしくない。葬儀は身内にて済ませるゆえと遺族が弔意を御辞退される際などはほんとにいいものか、御節介が過ぎてあれこれと下手な気遣いをしてみたりもするんだけど、確かに私なども死後の御焼香に来ていただく位ならば生前の投票所に...違うナ。

以前、車が故障したことがあって、時間外にY自動車の個人携帯を鳴らせば二つ返事、こそないけれども御助言をいただいてとりあえずは事なきを得た。これが「時間外だから翌日に」なんて言われてしまった日には右往左往の立ち往生だった訳で。やはり困った時はおたがいさまの精神がなければ世の中上手く回らん、もちつもたれつの社会だから。

そんな短絡的な話ではないはずなのだが、どうもあの一件以降、振り子が一方的な方向に流れつつあることに違和感を覚えてしまう残業=悪の風潮。だいたいが魔女狩りが如くどこぞの政党が積極的なことからしてろくなもんではないと思うんだけれども。

本会議などでも午後5時を過ぎることが予想される際は必ず議事の途中で議長が延長を諮り、「異議なし」となるんだけど、んなことなら諮らずとも「5時以降は翌日に」で許されるか。まぁそもそもに当事者が延長に加担している位だから身勝手な言い分にしか聞こえないんだけれどもノー残業なんてのは帰りのチャイムを待っているようでどうも好かん。

私の前職時代などもゆうに百時間以上は残業していたけれども外資ゆえそれで残業代など支払われるはずもなければ、それが会社への貢献度と評価されるような甘っちょろい話はない訳で業績が下がればどこからともなくプランAだBだなどと噂が囁かれてある日突然「今週限りで...」なんてのはほんとの話。御恩と奉公が通用する牧歌的な雇用体系は日本位なもので海を渡れば冷酷なもんだよ。雇われて当然と勘違いしちゃいまいか。

ノー残業に特別手当の支給は健康理由なんてあったけれども仮に定時退社をしたにせよ、自宅に帰れば片隅に追いやられ(そりゃウチだけか)、酒場放浪にも余計な出費と二日酔いともなればかえって仕事の効率が低下する訳でやはりなんだかんだいっても健全なのは残業だよ残業。

特に若いうちなどは芸の肥しというか成長の糧にもなる上に会社ってのは意外と居心地が良かったりもするもので。そんな名残りかこの前なんぞ休日に出勤をしてみればビル内点検の停電にて復旧まで数時間などと聞かされて行き場所なく、然らば隣の歓楽街にでも...違った。

同じ残業でも意に反すか否か、無償か否かが問われるべきで、雇用の不満は雇われている会社に対して正当な評価が出来ない意識の裏返しでもあるのだからそこまで嫌ならしがみつかずにいっそ転職してしまえばと思えなくもないんだけれどもそれが出来ぬ理由は...。「やってあげる」のか「させてもらう」のか、根底にはそのへんの認識の違いが拍車をかけているようで。多少なりとも謙虚さがなくては世間様から相手にされぬ。

(平成29年1月18日/2319回)

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2017年1月14日 (土)

片隅

業界団体の中には昼や午後の開催も少なからずあったりするから市役所にて雑務をこなしつつ、途中抜け出して新年会に駆けつけることも...。そんな折に先輩のセンセイの送迎を仰せつかれば車中の雑談などが役に立つことも少なくない。正月の松飾などはてっきり七草に外すもんだと信じていたんだけど、先輩曰く「七日の風に当てるな」、つまりは六日中に下ろすのだとか。

松飾といえば鳶職人、信心深いもんだから変えた途端に厄難に見舞われやしまいかと浮気もせずに地元の鳶の親方Mさんから購入していて。で、外した後の処理となると家庭ごみとして処分なんてのも選択肢の一つなんだろうけど、やはり縁起物だけに一年の無病息災を祈りつつ炊き上げてもらうというのが妥当なところで区内には今もどんど焼きが残る。

せちがらい時代にて年々片隅に追いやられがちな火気使用、金程地区などは大勢の方々が協力して大々的に行われるんだけど、エビの瀬戸物なども全て外して分別する徹底ぶりで、万が一に備えて地元の消防団も待機しているもののそれでもやはり気に食わんのか「匿名の」通報が寄せられて毎年の如く消防車が駆けつける。

匿名通報といえばやはり厄除けで評判の神社は駐車場が手狭にて横の道路に整列駐車されるんだけど今年は初詣の神事途中にパトカーがやってきて...。さすがに警察といえども相手が相手だけに音量を落として注意を促す気遣いが見えた。通報に出動せねば職務上の責任を問われかねないだけに向こうも複雑なんだろうけど。

そんなどんど焼きに持参出来ない方々の為におらが神社には納札所が用意されているものの、境内には別に炉があって時折そちらの白煙を被っている方を目にするんだけどそりゃ古い木札を燃やす厄落としのすすだから神社仏閣でよく見かけるアレとは違う。

さて、遅まきながら友人のN君から賀状が届いた。どう転んでも達筆とはいえぬが、手抜きなく丁寧に書いた形跡は分かるもので当人の性格が垣間見える。まぁこちとら出していないのだから言える筋合いではないんだけど。

老舗ラムネ屋の三代目社長のN君とは妙な縁で元々は大学時代の下宿先の私の隣人が御当地の出身にてその親友がはるばる上京したというのに彼女とのデートがあるからなどと身勝手な言い分で私が世話役を押しつけられたのがそもそものきっかけ。浪人ウン年、学業はからっきしながらも中々見どころのある御仁にて意気投合、以来、私が...。そんな当人も円満な御家庭と子宝にも恵まれ事業も順調な様子にて今ではすっかり立場が逆転してしまった。

そんなN君が活躍する広島県呉市を舞台にした映画「この世界の片隅に」が人気と聞いた。そちらに疎い私にはポスターがあのアニメ映画に重なってしまうのだが、あちらは監督の知名度に主題歌、制作費や宣伝費は圧倒的だから大入り当然にせよ、こちらは草の根の口コミが広まった結果だとか。聞けば川崎市アートセンター、つまりは市の出資法人が運営する劇場で上映中とのことで好都合とばかりに仕事の合間に伺えば大変な混雑具合に「完売」とにべもなく。

となると余計に見たくもなるもので...。御当地を語らせれば郷里の如く話題に事欠かないが、鉄板屋台「あしあと」のお好み焼きは絶品にて。

(平成29年1月14日/2318回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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