なおログ[Blog]

2020年9月25日 (金)

芙蓉

巧拙の以前に外せぬ一句「この苑の主の如くや柿大樹」を拾った。久々の句会はおらがセンセイ宅の庭先を借りての吟行。植物園さながらも植物の名はとんと疎く、芙蓉といわれて浮かぶは三国志の芙蓉姫くらいなもの。芙蓉の中でも朝は白く夕刻に桃色に染まる変わり種、誰が付けたか酔芙蓉というのだそうで、残りし一輪を「深酒や散りそびれたる酔芙蓉」と詠んだ。

即興五句がしんどければ予め、との助言に甘えて用意した「色直し静かに進み秋の庭」の句が特選、なんて自慢話は横に置いて。当日の最高齢は九十八歳、町田市から通うTさんが拾った句に「敬老日今年も来たか追ひかへせ」と見かけた。敬老の価値観こそ失われてならぬも意外とそのへんにホンネが隠れとるのではないかと。

閑話休題。詐欺の被害に遭うは金銭有すればこそ。必要以上は災禍の元凶、必要とあらば自ら出向く、と伝えるも絶えぬ情報提供。他言無用などと聞かば余計に。酔った勢いでつい、なんてのもなきにしもあらず。口外せぬよう含める位ならば言わねども。こちとて精神的な負担ばかりか、ありもせぬ漏洩を疑われるは不本意にて聞かぬが仏。が、んな横着は私位なもんで、獰猛な連中などは隠しごとは一寸許さぬ、そこに介入する権利があると舌鋒鋭く緩まぬ追及。

さりとて、火も通っておらぬ料理を人に出せるか、いや、完成品を出されても手直し効かぬ、献立位は見せれんのか、いや、食材、ついでに調味料の分量まで...と際限なく広がる要求。直情型の議員に対して石橋を叩いて渡るが役所。そこはいつもの攻防なれど、曲がりなりにも市民の皆様から選ばれた事実ってのは役人に対して絶大な威力を発揮するもので、「オレたちは選ばれた存在だぞ」との脅し文句に下されし土俵際の判断。

確かに隠蔽と判断されてもやむなき例とてあるものの、不用意な情報が招く混乱は枚挙に暇なく。そこを克服するは相互の信頼、いや、実際は提供が報道に遅れるに相手の面子が潰れかねず、信頼というよりも恐怖心が勝った、ってのが正しいかも。そう、一部の議員が扱い注意とされた情報を「解禁日」前に自らの記事として投稿、市民の皆様の目に触れることになったってんでひと騒ぎあって。

一刻も早く知らせねばとの使命感に燃えるは結構なれど、そのウラには特ダネの記事が目を惹かば自らの手柄として名が広まるに違いないとの下心が隠れていないとも限らず。そりゃ面白くないよナ、ヨーイドンのはずが「卑怯」ぢゃないかって。世が世なら、否、証券業界ならば情報の漏洩は厳罰に処される訳で。それ以上に守秘義務を破るは信義にもとる、顔に泥を塗られた格好の相手方。怒髪天を衝いてか後姿のあの御仁が抗議に来ると言われて。

あくまでも「個」の話、と突き放すは容易なれど、たった一つの汚点に全体の関係がこじれるは本意ならず。何よりも他の議員が報われぬ。当事者が反省しとるとの言質を得て波風を鎮めるべく。有権者とて賢いから何も当人のみの実績などと信じるはずもなく、そこに得る票以上に失う信用の方が大きくはあるまいか、と老婆心ながら。

そう、言い忘れてしまった。冒頭の句は「主」をいかに解釈するかで意味合い変わり。そのへんも俳句の魅力かと。

(令和2年9月25日/2596回)

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2020年9月20日 (日)

佃煮

駅構内の物産店にイナゴの佃煮を見かけた。古来、農民の蜂起は飢饉に始まり、飢饉はバッタの大量発生に端を発せり。大自然の猛威は地震、台風に限らず。大群ならずと主食を食い荒らされてはかなわぬ、害虫を捕獲のみならず食材に転じた生活の知恵。見た目こそキモいけど、あれをおかずに白米が進むんだよナ。

色彩以上に刻まれし歌が特徴。少しかじれば似た作品が可能と知らば。巷に氾濫する贋作に「盗人とてそれで糊口をしのぐことが出来るならば」と自ら相手の作品に歌を刻む鷹揚な一面を見せた大田垣蓮月。江戸城の無血開城の立役者は言わずと知れた勝海舟と西郷南洲。世紀の対面の前に西郷どんに届きし一枚の短冊。「あだみかた勝つも負くるもあわれなり同じ御国の人と思へば」。五文字の「あだ」は「仇」にて敵味方の意。

同じ御国に生きる以上は耳塞がずとそこに新たな視座を得られるやもしれず。何よりも後姿の観察だけでは退屈でかなわぬ。じっと言い分を聞いておったのだけれども仇方の質問の一つに冷暖房の購入と月々の電気代に補助すべし、それも高齢者世帯に、なるものがあった。撒餌に文句は言わぬ、が、国民はあまねく平等に、格差是正云々などとあれだけ騒いどるのだから「高齢者」「冷暖房」に限らずと生活を全て無償化すると言わば良さそうなもんなれど。

かたや民間企業のリストラに雇用を守るべく介入すべし、なんてのも越権、自由の侵害の類なれど、生活者の苦悩に寄り添い、何とかせねばとの姿勢は安穏とした体制側に忘れていたものを気付かせてくれたりもして。

そう、運転手との雑談が興じて目下「北の国から」にハマっており。北の大地での自給自足の日々。生産調整の名のもとに畑に転がる野菜。畑に捨てられた野菜を拾うは犯罪か。まだ食べられるものを規格外と畑に捨てるはもったいない。されど、それが市販されて消費者が購入するかと問われれば。衣服ならぬ生鮮品にて足早く、作った分だけが売れる訳ではないところが肝。これだけ人類が進歩しても解決出来ぬ課題の一つが食品ロス。

臨時休校時に不要となりし食材を経済的に困窮した世帯に提供しては、と仇方。もったいない、と知るも配送の手間に衛生面、そして、無償配布は営業妨害、などと訴えはせぬも八百屋の経営、と続き。そこに慣れぬ素人が少なからぬ労力を費やす位ならばいつも通り市販の品を購入した方が全体として効率的だったりも。

そう、休校時の食材納入業者への補償も含めておられた。大本営は国なれど発注は本市。以前、地元の学校のお抱え業者が相談というか悩みを吐露されていたことがあって。運動会時の昼食を依頼されるも突然の中止に最近は支払われぬことも少なくないとか。「次の機会に」と茶を濁されて。得意先とあらば注文も拒むに拒めず。

そのへんは規約に記されてはおらぬ。されど、前日から食材の調達もせねばならぬ、料理の仕込みとて同じ、相手方の事情を察して目配りするが人の道ではないかと思うのだけれども。飽食の時代にあって「食」について考えさせられることは少なくない。

(令和2年9月20日/2595回)

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2020年9月15日 (火)

納得

秋の味覚、山梨県牧丘町から巨峰が届いた。天高く馬肥ゆる秋。いや、何も食欲旺盛は秋に限った話ではないけれど、時節柄かそちらに関連した会話多く。口で言う割には一向に減量が進んでいるようには見えぬと団長。いや、ちゃんと走っとるのだけれども何せ大食漢にて消費に勝る摂取量だけはいかんとも。

居並ぶ来賓、私の右隣は言わずと知れたその人とおよそ決まっとるのだけれども右後方より聞こえし一言。「久々の姿も前の御仁が痩せておらず安心した」と聞こえた、というか確かにそう言った。数日後、番台の上から当人の後姿を眺めれば...うむ、確かに。

そう、議長が番台に上がる時は副議長は議場内の自席を占めるは可なれど逆は成り立たず。議場内に議長いるなら番台に座るべし、とのことらしく、不在扱い、つまりは「強制」退去を命じられ。むしろその方が好都合に見えなくもないけれども、首輪でも付けておかねば行方知れず、その間に何かあらば...ということでBGMに議場の質疑流れる議長室に軟禁されて。

故に出番回ってくれば水を得た魚の如く方々に神経を注いでいるのだけれども数いる局長の中でもK局長など演台から遠方の隅に陣取りしも指名から登壇までを待たせてならじと俊敏な移動ばかりか、登壇後とて正面ならぬ質問者の方を向いて一礼。そんな姿勢というのは伝わるもので真摯な態度に質問側の追及も...いや、そこは変わらず。些細な所作に知る当人の性格。ちなみに太め残りのその人とて一礼の向きは...。んな観察ばかりで肝心の答弁を聞いとるのかね。

閑話休題。ぽつんと残らばいやが上にも目立つ。非協力的に見えがちも好んで残っとるものでもなく。長年の懸案、暗礁に乗り上げたかの用地交渉に終止符。そう、二年前に地権者から突然の御指名に立ち寄りて聞く当人の言い分、過去の市の対応に随分と御立腹の様子。前任者などは初対面の挨拶後に突然の金額提示、「ゴネ得はありえぬ」と残して以降は連絡が途絶えた、とか。

市の非礼を詫びつつ臨みし仕切り直しの一番。金額の差など知らぬ。が、少なくとも交渉の場に臨もうとの意思があるのだから脈が無い訳ではあるまい。さりとて、私の介入に示談金が倍になると誤解されてはかなわぬ。市とて無い袖振れぬ、後に訴訟沙汰になっても正当性を損なわぬ金額しか出せぬ事情は予め了承願うと念を押し。

一方、担当には過去に頓挫せし理由は不信感にあり、まずは誠意、それでいて査定に解釈の余地生まれるものについては相手の意向を斟酌して。万が一にもこじれるようなら同席も厭わぬと伝えおいたものの、その後はなしのつぶて。いつしか忘れかけていたのだけれども突然の着信に契約を終えた、と地権者。

外堀埋められ、理不尽な要求を呑まされておるまいか、と水を向ければ、心配には及ばぬと。ってことはやはり私の名を借りた倍額提示でも、と担当に詰め寄れば、十分な枠内にて「納得」の契約と。「納得と共感」、どこかで聞いたナ。発言者の真意こそ知らず仕舞いなれど、そりゃ誰もが否定できぬ不滅の価値観にて。

こじれた交渉の決着、そこに両者の関係が改善するに一役買えるは何とも。これであの道路が広がりますゆえ。

(令和2年9月15日/2594回)

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2020年9月10日 (木)

空気

覆水盆に返らず。ゴネて結論が覆るは稀なれど、意思決定の過程が不透明、とは追及側の常套句。議事録の開示求めるウラには不都合な事実が隠蔽されとるに違いない、との不信感。密室の談合は許せぬとの言い分にも理はあれど、昨今などは意にそぐわぬ発言者への徹底的な弾圧があったりもするから。舞台裏の放談にこそホンネが聴けるもので、そこを封ずるに却って弊害の方が大きくはあるまいか、との危惧を抱いてみたり。

餓死寸前であろうと飽食の余興であろうと一片のパン盗むに「窃盗」なる行為は変わらず、一貫して峻厳な固定倫理が支配するは西欧。一方、社内会議後の赤提灯に語られる逆の結論。「あの状況下ではあぁ言わざるを得なかった」との弁明が巷に溢れるはこの国。論理と空気の二重基準のもとに戦艦大和の出撃があった、とは著者の分析。人類とは錯誤の歴史、振り返って何故にあれほどのバカ騒ぎをしたのだろうとの述懐は少なくなく、この状況下において書店に並ぶその手の関連本よりも示唆に富む一冊ではないかと。「空気の研究」(山本七平著)を知人に勧めていただいた。

空気に抗(あらが)うといえば、今定例会の議案の一つに特殊勤務手当の増額を求めるものが含まれる。あくまでも児童相談所に携わる職員に限定された処遇改善なれど、いわゆる「手当」を取り巻く空気は言わずもがな。確かに当時などは御手盛りなどと揶揄されるだけあって本市でも五十以上もの手当が存在したものの、今や数えるほどまで削減進み、その効果額は年間十億円以上。故にこの御時世において何らかの手当が庁内検討の俎上に上がるというのはほぼ結論ありきと見るが自然。財源が血税である以上は御手盛りは厳に慎まねばならぬ、されど...。

「空気の支配」と申してもそこに無抵抗だったものではなく、「水を差す」なる方法を民族の知恵として有していたと前著にあった。そう、今回とて増額の妥当性を検証するが本分なれど、時には世の風潮に阿(おもね)らずに増額なる選択肢も排除せず検討してみてはどうか、と水を向けてみたものの、そもそもに特殊勤務手当なるものは「著しく危険、不快、不健康又は困難な勤務、その他の著しく特殊な勤務を対象とするもの」であって云々と慎重な答弁に終始されており。

そう、コロナ下において前年度比の売上が減少した中小企業に対して支給される本市の小規模事業者臨時給付金。その実績が想定を下回る、しかも「著しく」との報告を受けた。本来、想定を下回るは不本意なれど、歳出を伴うものだけに財源が浮くは嬉しい誤算と結ぶは短絡的。五割以上の減収が条件となる国の持続化給付金の支給対象は約二割。五割に及ばずと減収に喘ぐ中小企業を救済すべく独自の支給を決めたものの、想定の一割にも満たぬ実績が物語る現実。

想定の根拠となりしは民間の信用調査会社が実施した調査結果。四月の段階では自社の業績悪化がそこまで深刻化するとの認識は薄かったようで。当初は全体の二割と見込んだ持続化給付金は八割にも及び。給付金以外にも積もる関連予算。コロナに失う命以上に空気が生んだ二次被害のほうが深刻ではないか。

(令和2年9月10日/2593回)

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2020年9月 5日 (土)

柿中

越前に隠遁の十兵衛を訪ねる盟友の藤孝、生まれたばかりの赤子を抱く藤孝に妻の煕子がつぶやく、「人見知りする子が泣かぬは不思議」と。確かにその一コマは覚えとるけどそれが何か...と言いかけてはたと気づく。明智に細川とくれば...。光秀モノである限りは後の姿は描かれずともその運命の糸をさりげなく織り込んだ演出が憎く。史実のみ見れば、叡山の焼き討ちに本能寺の変を企てし謀反人、逆臣の徒と教わりしも時代背景、舞台裏の秘話知らば評価一変。著者の誇張や恣意的な解釈があったとしてもそれを含めて後は読者がどう咀嚼するか。

名目上は郷土史なれど、そこに付されたコラムに知る当時の秘話。おぼろげな記憶に知ったかぶりの自慢話を披歴したものの、気になる事実。かつては一を聞いて十を教えて下さったOセンセイが居たのだけれども。第三十一代議長が自ら編纂された郷土史を調べるべく向かった先は柿中こと柿生中学校。いや、正確に申し上げれば校舎に併設された柿生郷土史料館。郷土を綴った蔵書が豊富な上に無償ボランティアが昔話を語ってくれる。気になる夏の研究課題は「村の名物センセイ」について。

代々が教育者の家柄などと聞くと世間的にはさも名家の誉れ高そうに映るも実際は遺産なくそこに活路を求めざるを得なかった、当時は兵役から逃れる為に、かくいう我が家も...。「ふむふむ、そうだったのか」と真に受けるは思慮浅く、謙遜、謙遜。そんな自由奔放な話が聴けるのも当館の魅力。珍客の登場も温かく迎えられて調べものついでに花が咲く地元談議。帰り際の校庭には夏空に白球を追う選手たち。村の歴史を後世に残さんとの気風が醸成された御当地にあってそれを受け継ぐ生徒とあらば礼儀正しく帽子を脱いで挨拶をしてくれた。

閑話休題。議長といえど発言権なく、口を挟めぬ議会運営委員会。予定なき挙手は市議会の暴れん坊将軍ことH団長。違反者が目に余るゆえ議長名での通達を求める、との発言にしばしの静寂。前段は分かった、が、「議長名」の通達か。それで通じるが大半なれど、確信犯とあらば通じぬ一般常識。通じぬどころか違反の根拠を示せ、などと逆上せぬとも限らず。議会宛の請願・陳情は常任委員会における審議に結論を得るが原則。役人側からすれば常任委員会における答弁こそが満額回答な訳で、たとえ本会議といえどもそれ以上の答弁は信義に反する。いや、刻一刻と状況が変化しとるのだから更なる答弁があって然るべき、拒むなど言語道断、というのが対する当事者側の言い分らしく。

時に敵の軍門に下ってか「特別」なソレが示されたりもするのだけれども隣はダマっちゃいない。規則を遵守しとるがバカを見る運営はおかしいではないかとの批判はまだしも、それが許されるならばオレ様にはアイツ以上の答弁を...なんて結局は譲歩したツケが回ってくる訳で。渦中の当人とて大舞台に鬼の首を獲ったかの如く有頂天面も見渡せば憮然とした面々に囲まれていたりも。そもそもに請願者が求めるは願意成就の結論にあって、その過程段階の答弁を手柄と誇ってみてもはたして損得どうか。そこに自ら信用失わずとも、と老婆心ながら。

(令和2年9月5日/2592回)

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2020年8月30日 (日)

十干

あくまで指針とされるも無視出来ぬ高い壁。大会名に御当地の名を冠せど実際は遠く離れた自宅周辺、なんて「遠隔」大会が大半を占め。やむなき措置もスポーツジムのマシンぢゃあるまいに、やはり「現地」に勝るものなく。世の同調圧力に屈せぬ、というか期待に応えんとする大会に手を挙げど既に余剰枠なく。譲渡枠のおこぼれにありついて出走権を獲得。これがフル(マラソン)以上に過酷なレースらしく目標は高ければ高いほど達成感も。

開幕前夜、九月定例会は「決算」が主。歩調合せてか計画の進捗についての報告が少なからず。目標に足りぬは数パーセントなれど人数にして約百人が不足とか。管理職の女性比率。増えるは結構なれど目標とするにどうか。達成せんが為の登用は歪みを生まぬとも限らず。道を阻む壁があるならば取り払われて然るべきも求められるは結果の平等ならぬ機会の平等。むしろ、女性軽視に該当せぬか。

かと思えば、どこぞの出資法人などは公共駐車場の提供が主な目的の一つにてその台数が目標に据えられるも民間への委託後は一定額の収入を得とるのだからその目標は意味を為さぬのではないか、なんてのも。ほぼズラリと並ぶ「乙」評価はいかにも。「甲」評価と申しても目標そのものが甘ければ当然の帰結にて逆もまた然り。問われて然るべきは目標の妥当性とともに...。

そう、こないだ読んだ一冊に「役人の妙は私見をあらわさぬ韜晦にある」なんて台詞を見かけた。そりゃ確かに「妙」には違いないのだけれども民の窮状を克服せんとする情なくば機械に同じ。昨今なんぞはそのへん不器用というか職場の関係が希薄化しがちな上に追い討ちをかけるが如く接触を断つことが推奨されとるもんだから余計に相手の本心が見えぬ。それでいてこちら側には猜疑心が勝る連中が生息しておるのだから避けようものなら...何か隠しとるナなんて不信感を生みかねず。

そこに恥ずべきことがなければ臆することなく胸襟を開いて相手の懐に飛び込む位の姿勢があっても。いや、逆の立場なら後ろから石でも...違うか。訳あって御紋外したマスク姿にて日比谷公園周辺をうろついていたのだけれども耳に届きし女性の声。「議長」との呼び声にひとまず安堵、いや、それ以上に夜の歓楽街じゃなかったことに。こちとら私用なれど向こうは国の審議会の帰りだそうで。後日、声の主から所管事務の報告をいただくことになった。

第二十一条に義務付けられし市議会への報告と年次報告書の作成。「川崎市子どもを虐待から守る条例」は超党派による議員立法にてそのへん抜かりなく。数字が物語る現実、虐待件数は社会情勢に敏感だそうで。前年度からの増加目立つは実父。背景に昨今の風潮に伴う職場事情が絡んでおらぬか、などと心配してみたり。

かねてより指摘されし縦割りの弊害。虐待の防止には中心的な役割担う児童相談所のみならず警察含む関係者との連携欠かせず、組織横断的な対応を図るに求められる管理職の資質。こちらも全項目に「乙」が並ぶも副議長の高い評価得たH室長の辣腕に期待しており。

(令和2年8月30日/2591回)

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2020年8月25日 (火)

冷房

足りぬ授業日数、異例の繰上げに生じる不都合。稼働音がする以上は故障ならず、一応の風は出とるではないか。休暇前から騒がれども一向に修繕の気配なく、保護者の批判がこちらに向いた。GIGAスクール構想などと莫大な予算を投ずる余裕あるならばまずは足元の改善こそ焦眉の急。そもそもに動くに遅く。近海に姿なくとも季節近づかば台風に備えるは常識。事態は十分に予測できたのだから点検を怠りしは危機意識の欠如、怠慢と言われてもやむなしか。

言わずと知れた繁忙期にて手が回らぬ業者から見積入手後に稟議書を作成して、などと申しているうちに峠越えれば「まっ、いいか」なんて。最近などは家電と申してもスマホの故障に同じ、手間を省いてか代替品との交換が主流とか。どこぞの庁舎が如く全館一台スイッチ一つ、一人の休日出勤如きで動かす訳にはいかぬ、それでいて、燃費は著しく悪いばかりか万が一の故障時など...。部屋冷やす原理は同じ、これを機に部分最適による快適な教室を研究してみてはどうか。が、それ以上の心配はこちら。

ガダルカナルの敗因は戦力の逐次投入、だそうで、危機管理の基本は初動時における大胆な処置とか。とすると、全国一斉休校の判断などあながち間違ってはいなかったのではないか。今後は市内各校にサーモグラフィーカメラを配備して水際防止に努めるとされていて。そこに異論なくも目立つ臨時休校。学級、学年と段階踏むは「逐次」にてまずは全校とする判断。たった一人の為に。「安全」を優先するに無難な選択肢ながらも代償は小さからず。

真夏の冷房効かぬ教室にマスク着用は拷問に近く。効能こそ誰しも認めるところなれどその状況下とあらば思わぬ副作用が生じぬとも限らず。現場の権威こそ否定せぬも課した規則が常に正しいとは限らず、盲目的な追従の生徒は不憫でならぬ。「安全」は他人様からあてがわれるものにあらず、言われるがままに従っては脳が退化しかねぬばかりか相手が結果に責任を負う保証なく。責任を問われかねぬとの懸念に自己保身が勝れば悲劇生みかねず。むしろ自らの判断と自己責任の意識を育むことこそが最善の自己防衛になりえぬか。

少し前の里見先生のコラムに医療資源の限界を超えた際に避けられぬ命の選別について救命ボートに準えたものを見かけた。全員を救わねばならぬ、さりとて、転覆下にあって求められる救出の優先順位やいかに。誰もが否定できぬ命の重要性を説きつつもその先に踏み込まずに議論を逃げるはズルい、と確かそんな話だった。そこに悩むが人としての成長ってもんでまさに今の教育界に問われるはそこ。

危機下においてデマにフェイクと錯綜する情報に翻弄される国家。未曽有の事態に叡智結集して事に当たらねばならん時に、コロナ蔓延は総理のせい、なんて稚拙な言説を公共の電波に見るも民主主義の賜物。独裁ならばそうはいかぬ。国の統治体制を巡る議論がかまびすしく。無知なる大衆は一人の賢人に従うがラクな選択かもしれぬが、やはり聡明な為政者に統治された国家より大衆の叡智に支えられた国家が勝る、その為の教育ではないか。

(令和2年8月25日/2590回)

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2020年8月20日 (木)

要職

数多ある役職の中でも要職か否かの決め手は「部屋」と「車」にあり、と永田町の元住人に聞いた。国の予算編成を前に、政令市の市長、議長が分担をして各省庁へ要請を行うようにとの下知を受けて厚労省の副大臣宛の直談判を終えた。表紙の下段に「指定都市」と記された冊子を一枚めくればズラリと並ぶ氏名の中に私のも...あった。取りまとめに奔走するは指定都市市長会と指定都市議長会。会合の回数だけ見れば軍配上がるは後者にてそのへんが意識の高さか、それとも...。

放課後の雑談に語られるは相手との関係。夫婦関係ならずと、それだけ「括られる」ことが多いのだから「仮面」と言われようとも対外的には演じて然るべきも「繕えぬ」御仁が少なくなく。こちとらあくまでも「不安定」な合議体、砂上の楼閣にいつ転んでも。いや、目の上のたんこぶ無くしては道を間違えぬとも限らず。冗談さておき、市長から秋の定例会の申入れを受けた。

老後の余生を田舎暮らしで、と前任者の隠居に伴い回ってきた鉢。母校の同窓会会報の編集を任されており。秋に予定されし総会も会場の都合にてやむなく中止も、かくなる上は会報こそが命綱と脅されて、外出自粛下とあらば例年以上に「注文」多く。

そう、いつも届くはずのモノが届かぬ、と苦情をいただいた。我等が宣伝媒体「議会かわさき」を含む市政だより等の頒布を担うは町内会。仕分けなど「密」を作りかねず、あくまでも暫定的な措置として新聞折込に変更したものの、減少の一途を辿る購読者数、従来の六割程度しか網羅できぬ上に、世にいう「知識層」とあらば不平等ではないかと。

かねてより進む高齢化、こと近年は年齢を理由に町内会の役務を辞退する方も少なくないとか。全戸配布こそ理想なれど、そこに要する安からぬ費用。ならばと回数減らすに折角の愉しみを奪われる方も居たりして。いや、それ以上に、現行における頒布の対価は補助金。献身的な善意に負う面が大にして、既得権益、という額には程遠いのだけれども安定収入を奪われることに対する抵抗もあったりして浮かび上がるそれぞれの事情。よもやソレを謳い文句に勧誘しとるもんではないはずも地区により頒布方法が違っては混乱招きかねず。

町内会といえば、会館を巡る要望少なくなく。金銭的な目星は立った、されど、難題は用地。公園用地を活用した事例を見に行くまいかとお誘いをいただいた。確かに子供たちの遊び場に隣接する集会場は全体の景観を損ねておらぬも入口の看板に見る名称に抱く違和感。理由聞かば、あくまでも公園内の施設である以上は特定の自治会の名を冠した集会場はまかりならん、一方、それを名目に補助金を出す以上はその名を冠せねば支出は認めがたい、と。いづれも役所側の都合なれど、そこは市民の為と、譲歩ならぬ知恵を絞られたそうで。

かくあるべしな役所の姿。横浜市青葉区の梅が丘自治会が運営する「Y・umeプラザ」の視察を終えた。

(令和2年8月20日/2589回)

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2020年8月15日 (土)

群馬

まずは忘れぬうちに前回の宿題を。立ちはだかる巨匠の壁。交響曲は不滅の第九、弦楽四重奏には晩年の傑作が並び。やがてそこにも挑むことになるのだけれども二十代のブラームスが選びし道は...。若かりし日の作品、弦楽「六」重奏に見る大器の片鱗。とりわけ第二楽章がカッコいい。

公演中止が相次ぐ他ホールをよそ目にサマーミューザも無事に幕を閉じた。今年はベートーヴェンの交響曲全九曲のうち第九以外を各楽団が分担。「田園」と名付けられた六以外の偶数番は人気薄。そんな曲目を初参加の楽団に負わせては。ここ何年か本市自慢のホールを知っていただこうと在京以外の楽団も招聘しており。この状況下にはるばる本市まで遠征して下さったのだから歓迎の意を示さねば。

いやいや、別に何か議長として特別な役回りがある訳ではなく、ただ演奏を聴く、いや、客席を一つ埋めるにすぎぬも奇縁はあるもので。当日の公演に居合わせしはS課長。無論、私服なれど隣に美女おらず(余計な御世話だナ)。聞けば今は亡きKセンセイが現職時代に「地方といえど恐るべし実力」と当楽団を絶賛されておられたそうで。いつか必ずと心に刻むもその為だけに御当地に赴くはさすがにキツく、晴れて念願叶ったと本人。

演目は二と四。知られた三は「英雄」、五は「運命」にて四を北欧の巨人に挟まれた乙女になぞらえたのはロベルト・シューマン。二とて若きベートーヴェンの情熱が漲った作品。見事な演奏を披露して下さったのは群馬交響楽団。S課長の「偉業」に故人も草葉の陰に喜んでおられるはず。

閑話休題。ソレを機に内向な意識が広く醸成されてしまったことは悔いていかんともしがいことなれど、怯まぬ冒険心こそが成長の原動力。などといえば語弊があるやもしれぬが、旅先の碑に「山にふし海に浮寝のうき旅も馴れれば馴れて心やすけれ」と見かけた。「馴れ」か。

大半占めるは無症状もしくは軽症者。無症状をいいことに検査をやればクロと思しき連中が市中を闊歩するが拡大の元凶、外歩く非常識なヤツらは言語道断、と憤慨する向きもあるけれど、そもそもに誰であろうと人としての存在そのものが他人様に迷惑をかけるものな訳で何もそこまで聖人ぶらずとも。ただ、軽症か無症状かは雲泥の差。少なくとも軽症者は自覚症状があるのだから人との接触を控えるは常識か。

初動時において臆病が過ぎる位の警戒心は欠かせぬも既に半年以上が経過する中で見えてきた事実。潔癖を維持するに摩耗著しい神経が新たな健康被害を生まぬとも限らず。ワクチンと申しても免疫を培うにおいては同じ。少し前のコラムに五木寛之氏が「日本人は自然と和して暮らしてきた民族」と記しておられたが、人為に依存せずと自然と育まれる免疫もある訳で。

混乱の中に迎える終戦日。今年も全国戦没者追悼者式典への出席を予定していたものの、規模の縮小に伴い、余儀なく出席を見送られ。例年、靖國神社への参拝後、鳥居の脇に掲示された手紙に涙腺を緩ませてしまうのだけれどもそんな過去の社頭が綴られし一冊を読んでいる。

(令和2年8月15日/2588回)

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2020年8月10日 (月)

帰省

ヒトもカネも吸い上げられて、との嫉妬心。も、当該自治体への国の交付税額を見れば少なくとも後者は誤解と気付くはずにて募る鬱憤をあえて助長せずと。首都圏ナンバーへの投石は一例に過ぎず、広まりし拒絶の風潮は「人為」に負う面が大か。被害者の一人、郷里の母も「帰省はするな」と、そりゃ我が子の身を案ずる以上に怖れし近所の目。知らぬ土地のヨソモノぢゃあるまいに。

都会と田舎の分断、いや、それ以上に相互不信が生む悲劇は見るに堪えぬ。他人様の帰省まで口挟むは御節介なれど、ニンジンぶら下げて煽るはさすがに。まぁあれだけ騒げば警戒心は育まれるから。片道三百キロの往復も一寸の不快なく行程を終えた。やはり自らの目で見るに限る。車中に聴いたブラームスの弦楽六重奏が良かった。特に第二楽章なんか...。解説は後日改めて。

店内客の減少の裏に宅配の増加あり。全体の需要変わらぬならば状況に応じた手立てに新たな活路が生まれるも、ことそちらにおいては客減少に複雑な心境を聞いた。そう、何も患者はコロナに限らぬ、うがい手洗い効果か受診抑制の産物か、季節性の風邪にインフルエンザと例年に比べて「明らか」に患者が少ないと。少ないに越したことはない、されどメシが食えぬ。やればやるほど客が減る逆進性、自衛隊に警察、消防、と出来高制がそぐわぬ職場は公益性高く身分保証がキチンと。よもや患者を増やすべく不摂生を促すとは信じ難くも。

「日本国の研究」以来の贔屓にて当人の新刊本が目を惹いた。当時、役職追われる形なれど振り返るに惜しくはないか。その分野で脚光を浴びた端緒はあの公団の民営化。官から民への大転換を図るに集いしは各方面の名だたる面々。されど、一向に進展見せぬ裏に隠れた事情。国益に適うとの趣旨に異論なくも民営化が実現した暁に生ずる不都合は経営を直撃しかねず、大改革に腹を括れぬ面々。口に大義を唱えても心に一致するものなくば同志も同志ではないとは漫画「三国志」の一場面、曹操の台詞。孤立無援、四面楚歌となりし同氏の分析が秀逸だった。

借金はいづれ返済せねばならぬ、積もる負債に財政破綻が叫ばれて久しくも一向に機会訪れず。国の借金が増えれば金利上昇は免れぬ、と教わったはずも説明がつかぬ状況を「狼少年」に喩えた大臣。早速に「大借金時代の先には」との論説を見かけた。自国通貨建てで国債を発行できる国は財政赤字を心配せずに歳出を拡大できる、などという超次元的な理論が真実味を帯びて語られていると。

戦時下に緊縮財政を貫いとる場合か、は決まり文句。煽られる危機に遠のく財政健全化。混乱は新たな勢力の台頭を許しかねず、未曾有の事態に失われがちな冷静な判断。人命こそ優先すべきとの声に押されてコロナ名目の財政支出が急増。秋以降、本市においても国からの臨時交付金の使途を巡る論戦が本格化の動き。過去の歴史に学べばそんなオイシイ話はなく。落ちて気づくが「ガケ」なるものにて予め知らば過去の恐慌など。あの物語とて最後は「本物」が来ちゃうオチだからナ。

(令和2年8月10日/2587回)

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