なおログ[Blog]

2020年2月20日 (木)

意気

「病床の上は退屈でかなわぬ、相手をせい」と身内に内緒で命令、というか懇願あり、秘書の目を盗んで数時間を御一緒することとなった。あと一牌でテンパイだったと悔しがる本人に「役が役だけに上がらぬに限る、まだ命運は尽きぬはず」と慰めにもならん慰めを向けてみたもののあれこそが虫の知らせ、いや、よもや意図的に上がりを見逃していた訳ではあるまいな、とH君と顔を見合わせた。

戦後の焼け野原を舞台に繰り広げられる壮絶な死闘。生きるに必死な時代、命がけの勝負、大逆転のその役満を上がった直後に気絶して帰らぬ人に。鹿賀丈史氏扮するドサ健が「死んだ奴は負けだ。負けたら裸になるんだ」と身包み剥がされるは名場面。死して鞭打つは薄情、いや、それこそが彼らなりの追悼であって、その道に生きた本人とて...。阿佐田哲也氏の「麻雀放浪記」。

優れぬ体調を理由に休暇続くも真実を伝えておかねばと年末に議長室を訪ねていただいた。本人が口にした医師の診断結果に部屋を覆い尽くす閉塞感。去り際に求められし握手に応じた際に浮かんだ涙の意味。越年して迎えた今年、来賓ならぬ主役な上に客が支援者の皆様とあらば欠席は失礼、本人たっての願いと許可されし外出。病魔に蝕まれた介添え付きの悲壮な姿に回復見込めぬは誰の目にも明らか。御地元にて慣例となりし後援会の賀詞交歓会にて回ってきた挨拶の鉢。祝うに祝えぬ、されど...。大御所ゆえ心配は無用と知りつつも一応放っておけない性分にて御節介ながらそちらの話題にて水を向けた。披露せしは言わずと知れた...。

通用口を通過する際に守衛室から漏れ聞きし曲。選曲の主はバイトに明け暮れる当人にて「ブラームスとは生意気ね」と浴びせられた一言に亡き奥様との交際が始まったとか。そう、本人の口癖は「生意気」だったのだけれどもその端緒がこちらではないかというのが私の勝手な憶測。蛇足ながら当人の座右の銘は「人生意気に感ず」だそうで、何とも「意気」好きな御仁。

作曲家とあらば耳こそ命、絶望の淵に開眼したベートーヴェンが如く、また、その第九の壁を打ち破ったブラームスの第一番が如く困難を克服されんことを、と申し上げれば、続く挨拶に「議長が生意気なことを申していたが、ベートーヴェンってのは...」と以降に続く解説。図らずも私のソレが遺言というか最後の挨拶前の露払いとなった。場を和ませつつ述べられた支援者への御礼。機微に聡い本人の有終美に相応しい最高の挨拶、謝辞ではなかったか。

病床にて御令嬢の選曲を聴く日々にベートーヴェンの晩年の作品が秀逸、改めてその偉大さに気づかされたと本人。確かに演奏者にせよ作曲家にせよ人生の年輪を重ねるごとに増す円熟味。それが天才の辿り着いた境地とあらば不思議な魔力を秘めていても。ディアベリ変奏曲なるピアノ曲があって、これぞ他の追随を許さぬ最高傑作と信じて疑わぬも当人の紹介せし一曲はピアノならぬ弦楽。いやいや、ベートーヴェンってのはピアノの演奏家を目指した位だからやはりそちらの作品こそ、と論戦挑もうにも既に他界され。

故人偲びつつ追悼の一曲「弦楽四重奏第十五番」を聴いた。合掌。

(令和2年2月20日/2554回)

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2020年2月15日 (土)

還暦

この御時世に報酬の増と聞いて働きもんの当事者は憶うに遠く、ならばよほど鷹揚な有権者に違いない、などと勝手に推測を並べてみるも定数削減分を充当したと聞いてストンと落ちた。議「員」と議「長」の仕事量に見合わぬ報酬格差を是正すべし、しいては特別手当の創設とは言わぬも「員」の減額もしくは数の削減を以てそちらの財源を捻出した上で云々と賛同者を募るも...。

過去の栄光を語るは野暮の所業なれど大幅な年俸ダウンを厭わずに今の仕事への転職を決意したというのが数少ない自慢の一つ。終身雇用と年功序列、護送船団を主な特徴とする日本企業がアリならば外資系はキリギリス。能力給にて年齢関係なく実績こそ全て、完全歩合制に上は青天井とあらば...。私などアリ族のはずも氷河期に阻まれて期せずそちらに身を置いただけの話。前職時代の上司が還暦を迎えたとかで催された祝賀会にお誘いをいただいた。

あれから二十年、浦島太郎にて昨今の事情は知りかねるも気になるは淘汰厳しい世界にて還暦を迎えた当人の生涯年収。安からぬ会費一万円に集いし人の数は百。あくまでも「関係者」とのことにて異性も目立つのだけれども男なんぞはキリギリスというよりもハイエナ。野武士が如く鋭い眼光も品性は決して良くない。隣の年収に劣等感を抱きつつ、吾輩の今あるはこの御仁のおかげ、などと一応の世辞は入れつつも、愛弟子が「特別」な役職の間に還暦とは「悪」運以外の何物でもない、と祝辞を述べた。

外資の上役とあらばおよそ英語に堪能かつ自己の宣伝に長けた強欲な人物が定番なれど、ことこの御仁においてはそのへんとんと冴えず、人に負けぬ「運」だけでここまできたと本人の談。国外への大脱走を遂げたどこぞの経営者が如く、上には服従、下には圧力、それでいて自らの立場と報酬だけはキチンと死守する輩が大半を占める中、上から課せられる目標を意図的に下げつつ、部下を鼓舞して下げた敷居を達成させる。英語はろくに話せぬはずも外人を相手にその下げさせ方が絶妙、と目撃者。目標に未達とあらば解雇やむなしも達成後に支給される報奨金は加速度的に伸びる訳で。目先の利益に捉われぬそのしたたかな処世術こそが当人の魅力であって未だ慕われ続ける理由。いや、やはり「運」だナ。

さて、定例会の開幕近く、キリなく押し寄せる御進講を処理しきれずに「副」議長への報告を以て了とすると指示するもこちらばかりは逃げられず、監査人から包括外部監査の結果を拝聴することになった。「外部」とは申せ、そもそもに発注元が本市なのだから都合の悪いことなど...。御手盛の批判招かぬようその度合いを見抜くが議会の役割。今回の対象は本市の病院事業。政策的医療、不採算医療など民間では担えぬ役割を課せられるもその財源は一般会計からの繰入に負わざるを得ず、その額は上昇の一途。

民との比較に目立つは人件費。そりゃ公務員なのだからそこを言われては立つ瀬なく。非常勤等を駆使するも負う役割が増すばかりで限界を迎えつつあるとか。時代の岐路を迎える公立病院、「独立行政法人化を含む経営形態の研究」などと暗にそちらを示唆するかの如く文言が目に付くも現行の「直営」の利もある訳で。やはり肝心なのは今日の不都合が改善されることであって監査結果がその一助となることを願っている。

(令和2年2月15日/2553回)

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2020年2月10日 (月)

厚底

歴代最多の輩出、比類なき保守王国とあらば道路に鉄道、のみならずそちらだって...。

用意されし昼食会場は庁舎上階の展望レストラン。遠目に連なる連峰、眼下に家々見下ろす日々を過ごせばいつしか...。他山の石とすべく隣のI議長と目を合わせた。県庁所在地を通らぬ新幹線、隣合わせなのだからいっそ合併でもして政令市として...。それは障らぬに限ると教わった。全国大会を前に開催された事前協議の舞台は前橋市。市域の面積に有する人口が議長の資質を左右するもんでもなく隠れた適任者はいるはずも政令市というだけで相談役なるエラそうな役を仰せつかっていて。

全国「一千」を超える議長殿の集合体とあらば裏方の見えぬ苦労やいかばかりか。後日、都内で催された大会、正式には全国市議会議長会評議員会では議案のみならず「地方自治の課題」と題した講演に台風被害を受けて河川の浚渫時における国の支援や従来の非常勤職員の処遇改善に向けた会計年度任用職員の扱い等々を学んだ。当日の講師が事務次官殿とあらば相手に不足なく。あとは財政力指数が一を割り込むや否や億単位の交付税がゼロになるは制度的欠陥、理不尽にて逓減扱いにすべき、と直訴が脳裏よぎるも見渡さば不交付団体など本市位なもので。

在京ならばまだしも地方からの上京とあらばおいそれと帰す訳にも参らぬし、帰るほうとて来てしまった以上はそうやすやすとは帰れるもんでもなく。長丁場ゆえ休憩が挟まれるのだけれども長旅の疲れを癒すが如く瞑想というか物思いに耽る議長もおればここぞとばかりに精力的な外交を展開する御仁もおられる訳でちょっとした交流の機会になるのだけれども最近は流行からか雑談時にそちらの話題も少なくなく。

水を向ければ議長自らの裁量にて「特別枠」を用意するなどと粋な申出を受諾して交渉成立となるも後日にはキチンと秘書宛に届く振込用紙。両市の交流を深めるべく...そりゃ御自分で後始末を、と事務局。それでは何ら一般の申込と変わらんではないか、いや、それとて相手の議長の顔が立つというか地位向上に一役買えるならば。ということで久々に「フル」を走ることになった。

通勤時に見かけるランナーにやはり多摩川こそ本拠地にしたいのだけれども肝心のランステなく。敵情視察を兼ねて荒川を走れば河川敷の利用に学ぶこと少なくなく、川に並行して走る首都高に鉄道は土地の有効利用の観点から理に適っていたりもする訳でいづれ多摩川も、などと将来構想を描きつつ。そもそも流行に無頓着な性分にて相手を観察するに無関心なれどさすがにあれだけ報道されれば目が向く「桃色」。

この正月の箱根路にて席巻、記録続出の話題を呼んだ噂の一品。少なくとも数年前までは記録狙う上級者向けには軽量化を追求した「薄」底が推奨されてきたはずも従来の常識を覆す商品が登場。こちとら記録狙わずと怪我だけには注意怠らず、中でも膝の故障は致命的にていかにそちらへの衝撃を減らすか、かねてよりその緩衝材の重要性は知り得ていたのだけれども何も厚底ならずと「のんびり」走れば膝への負担少なく。フル完走と聞かばさぞ過酷な稽古を連想されるもそこさえ意識出来れば誰だって...。ほんとの話。

(令和2年2月10日/2552回)

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2020年2月 5日 (水)

爆買

品薄ならぬ品切れ、に煽られる不安感。確かにそれで万全との「根拠」はない、けれども欠乏が更なる需要に拍車をかけて。国内の需給逼迫の折、そんな余裕あるならまずは議長に...何をバカな。相手方の申出に在庫一掃というか八万枚の支援を決定したと聞いた。症状現れずとも菌を有していれば他に罹患する可能性あり。接近が確率を高める、と申せどあれだけの中でも罹患せぬ御仁やいかに。

過去に幾度となく直面せし脅威に絶滅に到らぬは細菌学の功績を抜きに語れずもやはり「免疫」というのが。菌にしてみれば動物の体内こそ安住の地、されど、病原性を有するソレとあらば宿主には外敵以外の何物でもなく備えし防御を働かせて生まれるが抗体。向こうとて人類が誕生する遥か昔から更に厳しい生存競争に晒されて「しぶとく」進化を遂げてきたのだからおいそれとは断念せず。

有害鳥獣の駆除に見るまでもなく集団の中には不思議と免疫有する個がいたりもするからそんな残存組の繁殖により必然的にしぶとさは増すもの。なんだけど、自然保護区ぢゃあるまいに疫病の流行に淘汰されるは大自然の摂理などと悠長に見ておれんのがヒトの世界。治療法は対処療法に回復を待つのみとあらばやはり免疫下げず予防に専念。衛生面は言わずもがなも不摂生にはくれぐれも御注意を。

さて、物的証拠アリといえども相手を特定出来ぬ、いわゆる「匿名」の脅迫文への対応。当該議案の採決にも数知れぬ「匿名」の御意見をいただいた。「公」に届いたとあらば被害届に警察の協力を仰ぐは当然なれど手口が手口だけに捜査は難航必至な上に、仮にそこに辿り着いたとしてもその後の扱いは...。その稚拙な文面に抱く想いは「憤懣やるかたならぬ」となるのだけれども目に見えぬ相手とあらば暖簾に腕押し、糠に釘。

自らの正体を明らかにせぬところに文面以上の悪意的な意図を疑ってしまうのだけれどもコナン・ドイルの愛読者としては何故に当人がそんな行為に及んだのかむしろその動機を推理してみたくもなり。よもや世間を騒がせたい、憎悪以外の別な意図を有する愉快犯ではないか、とすれば過剰な反応こそ相手の術中。本件で負った心の傷は癒えぬと言われればそれまでながら、世に生きている以上は誰しもが大なり小なり侮辱や差別的言動、阻害された過去を有するもので、小生とて怪文書から誹謗中傷、脅迫まがいの手紙まで過去にどれだけ黙殺してきたか。

いや、耐えねばならぬとかそんな根性論を申すつもりなく、ただ、そこに費やす労力は無駄とは言わぬも損得勘定に合わんのではないか...と。これだけの万人が暮らしておるのだから中には「特別」な方もいる訳で時にビョーキというか小人と割り切って相手にせぬ、そこに心血を注ぐ位ならば他に目を転じてみては。既に雌雄は決しておる以上、完膚なきまでに叩きつぶさんとする憎悪の念が必ずしも好結果を生むとは限らず。渡航歴有する全員の隔離に同じ、一事象として捉えれば確かにそうかもしれぬが、部分最適が必ずしも全体最適になるものでもなく。

目に見えぬ敵というのはまことに厄介なものにて募る精神的な負担に時に応ぜずの選択肢も一考に値するのではないかと。余計な御世話か。

(令和2年2月5日/2551回)

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2020年1月30日 (木)

春節

定年退職まであと数ヶ月、どこぞの管理職が不祥事の封印に躍起、と聞いた。隠蔽の是非は言わずもがなもそりゃ人望厚き上司を庇う部下の善意であって自らとなると人としての底が透けて見えてしまいかねず。まさに面従腹背、かん口令といえど募る鬱憤に聞こえる陰口。本来ならば立つ鳥跡を濁さず、在任中に今ある膿を...が本来の姿ではないか。

さて、昨年の台風に伴う対応と進む検証。年度末の最終報告を前に中間報告が予定されており、「全」議員を対象にした行政報告として実施する方向で進む調整。そこに一部物言いが付いたとか。「その間」の不都合を封印する為の役所側の陰謀であって、よもや議長も加担してやいまいか、これまでの経緯を明らかにせよ、などと降りかかる火の粉。一方では役所の守護神というか先棒担ぎではないかと攻め立てられて、方や他方からはろくに信用されておらんのだから何とも損な役回り。まぁデキるヤツってのは敵も多い訳で...違うナ。

そりゃ、疑念の目で見れば万事が怪しく見えるもんで何らやましい話なく。いつぞやに副市長が正「副」議長を訪ねて、その旨を告げ、それを了とした。されど、敵の陰謀疑う面々に配慮して途中の常任委員会における報告を妨げるものではない、と釘だけはさしたって話。疑念拭えぬは当人の勝手なれど相手方に故意的な隠蔽の意図無くば過剰な猜疑心はかえって当人の信頼を損ねかねず。まぁ、そう申してみても前述の上司が如く姑息な輩もいるだけに。

夜席に会う市長の表情に一日を窺うのだけれども疲労隠せぬ様子。不安広がる疫病拡大に寄せられる対応への批判。「遅い」と言われればそこに尽きてしまうのだけれども危機管理に完璧なく。何も相手の都合よき報告を待つのみにあらず、前日に催されし「新型コロナウイルスに関する危機対策庁内連絡会議」の結果を聞いた。

昇降機に居合わせし相手に眉ひそめるは偏見か。状況知りつつ虎穴に入るは論外なれど、当事者が罪人が如く騒がれるは不憫な気がしないでもなく。そう、本市のあの施設も九割が件の観光客だそうで。駆られる不安を理由に打診したところ本庁の判断を仰がねばと示された難色。当人に言い渡されし判決は「根拠が無い」と着用は認められなかったと。で、早速に担当呼んで確認すれば市バス運転手のマスク着用は医師の診断書を添付した上で申請、許可される仕組みだそうで。

そもそもにそれは運転手が罹患した際に他の乗客に移さぬ為の配慮にて当然なれど、逆に移される予防的措置としての着用はいかに、と問えば、そちらは想定していないと。顔の見える接客との姿勢は分からんでもないが、この期に及んで寝言じゃあるまいにそんな言い分では見捨てられとるようで現場は報われぬ。何よりも職場に蔓延してはかえって運行に支障きたしかねんではないかと迫れば、短期の際は臨機応変に云々と。現場の証言と食い違う本庁の見解に翻弄される末端の苦悩いかばかりか。

その後に下された国の通達に全営業所へのマスク配布を指示したというのだけれども後手と言われても仕方あるまい。

(令和2年1月30日/2550回)

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2020年1月25日 (土)

覆面

刺青の前科者ぢゃあるまいに何故に入店を拒まれねばならんのか。口論こそせぬものの理由聞かば横に連れた中学生。県の条例にて深夜の外出は厳禁、午後十一時迄の帰宅が義務付けられとると。さりとて、こちとら塾帰りのメシに長居するもんでもなく定刻前には勘定済ませると譲歩したのだけれども物理的に不可能と頑なな姿勢崩さぬ相手に御紋見せることなく(まぁ全く役に立たんけれど...)余儀なく退店。何ら確認なく入店許す、いや、許して「くれた」隣の店員が事情聴取に応じてくれた。

少し前に近所にて摘発あり、その警戒感ではないかと。保護者同伴の塾帰り、且つ、車移動にて酒絡まぬとなれば公序良俗に著しく反するものでもなく本来の趣旨にそぐわぬとこぼす妻に対して、子の関心は...その手口。摘発は「明白」な証拠が必要、ゆえに警官の立入による現行犯が原則、五分といえど定刻前の立入では相手にアリバイの隙を与えかねず。さりとて、定刻後の立入とて外からでは店内が見えぬ、空振りに終わるどころか営業妨害にて逆に訴えられかねず。

となると、まずは店員若しくは隣席からの通報、それとてかなりの迷惑客か過敏な隣人の癪に障った可能性、若しくは、平素の店側の姿勢がそのへんに寛容というか無頓着、又は別の理由で狙われていた可能性。私服警官、いわゆる「覆面」なるものの存在を教えれば塾以上に大きな収穫だったらしく。後から入ってきた一人客ももしや...そんな藪から棒に疑っちゃイカン。

閑話休題。いつも報告に来るは管理職にて現場の声が届かぬこと少なくなく。たまたまの市バス運転手と話す機会に恵まれた。管理職への不満はいづこも同じ、その一つに呼気検査に関するものがあった。他人様の命預かる仕事にて乗車前の呼気検査が義務付けられていて万が一の発覚後には厳しい処分が下される。されど、前夜に警報機なく、「つい」もある訳で模索される抜け道。

「代打」などは言語道断も本チャン前の予備器などに赤が出れば出勤記録残さずにそのまま帰宅の途につくとか。営業所などは辺鄙な場所、且つ、深夜早朝の勤務もある訳でバスの運転手には自動二輪等の通勤が許されとるのだけれどもそのまま帰路とならば往復の運転時において「クロ」ではないかとの疑念。検知器は法令よりも「若干」厳しく設定されているからそこに些かの冤罪の余地が残されているのだけれども、進む携帯型の検知器の貸与に通勤時の飲酒運転防止の徹底。何よりも前夜の抑止力に...でもないか。

そう、本市公演はMセンセイの悲願。詳細は以下(令和1年第3回定例会-07月03日-08号)に譲るも劇団夜想会による待望の拉致問題啓発舞台劇-めぐみへの誓い-奪還-の本市公演を鑑賞する機会に恵まれた。連れ去られし移送中の船倉の中でもがき苦しんだ爪痕、悲しみに打ちひしがれた当時の苦悩から四十年、既に向こうの人として...。いや、幼児期に注がれた親の愛情は終生潰えぬと信じて疑わず。が、それも再会あっての話、原田大二郎氏演じる父親の年齢八十七歳、胸打つ迫真の演技に「一日も早い帰還を願っています」と感想に記した。

(令和2年1月25日/2549回)

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2020年1月20日 (月)

宣言

所詮は「にわか」の域を脱しきれぬ身にてそこまでの高倍率とは知らず。やはり役職で招待いただいたのだけれども凝った演出に肩肘張らぬ社長のプレゼン。巷の働き方改革に反して部下が休暇を許してくれぬ、とのボヤキ。その名演ぶりに好感度は急上昇....か。そう、フロンターレの新体制発表会のひと幕。来賓の挨拶は市長。オリパラに注目浴びるスポーツ界。市制記念日とあらば市内の小中は休校。偶然の産物なれどその日の聖火リレーは本市の特権と述べる市長にどよめく会場。七月一日@等々力陸上競技場にて。

聖火ランナーには落選、というか資格すらなくもこちらは「特別枠」にて絶好の機会をいただいた。恒例の少年野球連盟のマラソン大会。最近は一緒に走る保護者の姿も目立っていたのだけれども安全上の理由から大人の併走は禁止とか。が、私のみ「議長」の立場、というか十年以上も一緒に走ってきた功績が認められ。例年、最下位の選手と走るのだけれども、今もあの時に一緒に走った子供が...と保護者に声かけられること少なくなく。なった途端に顔見せぬなどと陰口を聞くは不本意、多忙は理由にならず、そんな時こそ最優先にて。子供たちと一緒に走れるってのは最高の贅沢、聖火ランナー以上に。

凱旋というか流浪の末に帰郷した子に「大功成さず帰って来るとは親不孝」と。男児立志郷関...死不還を地でいく親の教えは三国志の英雄、劉備玄徳の母。万民の為、家庭を顧みず身を粉にして働くその姿勢こそが世の共感を生む訳で。実際はちゃっかりと「抜いて」いたりもするのだけれども、そう思わせずに役者を演じて、「日々大変だね」との労いの言葉に気遣われてこそ。いや、何も早い帰宅が喜ばれるとは限らず、どこぞの家庭が如く仕事に没頭するは別な理由、「不還」にならざるを得ない理由があったりも。

そう、話題の取得宣言に割れる賛否。上が範を示すことで下が取得しやすくなる、そのへんの意図は分からんでもないのだけれどもそうすることで自らの企業価値を高めたい、いや、更に申し上げれば自らの経営者としての資質の高さを誇示したい、そこには多分に目立ちたい、世間の耳目を集めたいとの「特別な事情」が隠されているように見えてならず。内なる声は聞けぬ、が、少なくとも一般からはそう「見えて」しまうもので。

確かに過酷な現場にはそんな風潮があるやもしれぬ、ゆえに取得は結構、というか「大いに」結構。が、もし必要とあらばフツーに取ればいいだけの話であえて宣言せずとも。「宣言」横行するはそちらも同じ。結婚、離婚、引退と記者に追い回されるは億劫にて一同に。が、中にはそりゃ「宣言」すべきことなのかと首傾げざるを得ないものまで...。健全な精神は健全な身体に宿るが如くそもそもに当人が順風でなければ他人様に想いを馳せることなど叶わぬ訳で、為政者たるもの順風に限るのだけれども順風満帆ヘの嫉妬心とて少なからず。順風であればあるほど事実伏せるが処世術の極意。

それにしてもそんな個人的な「宣言」が大々的に報道される位だから何とも平和な国ではないかと。

(令和2年1月20日/2548回)

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2020年1月15日 (水)

元服

瓶麦酒を拒む相手に「よもや年頭に揶揄した私の話をまともに受けて減量などにいそしんではおらぬか」と水を向ければ「それはない」とF市長。さりとて、上司が烏龍茶とあっては部下は美味い酒が飲めぬ。

卓上の料理に残留決め込み御託並べるは苦手ならずとも飲まず食わずの秘書の冷やかな視線、人が立つ横でメシは食えぬ。後は勝手にやるゆえ結構と退去命令を下しても付き人おらねば公衆の面前で醜態を晒しかねず、やはり警護というか随行は...。いや、それ以上に長居生むは嫉妬心。酌するが臣下のならわし、そこに他意なくも、されたされぬで騒がれては厄介。これで退散するゆえ探さぬようにと念を押して会場を後にした。

馬子にも衣装、それは私というよりも役職がそうさせるのだけれどもそこに来賓として出席して祝辞を述べる、と、箔が付く。まぁそんなところなんだろうけど、ほんとに多い。会費の支出一つ役所経由で「慎重に」吟味された上で組まれる予定に傀儡子の人形が如く自由なく。ついこないだなんぞは何かの折に勝手に軽返事をしちゃったもんだから。下準備を覆して式次第に記されし個人名に変更された司会者の台本。副議長の出席とて歓迎されるも議長「も」来るはずだと。元々は副議長のみの出席にてそこに一部の混乱を招いたとか。

成人式を終えた。元来の鈍感にて然して緊張はせんのだけれども相手の時間を奪う以上は耳立たずとも欠伸されぬ内容を。幸か不幸か不況の年に生まれ、その後も語り尽くせぬ失敗の数々も今こうして舞台に立てるは人生万事塞翁が馬、「逆境にめげるな」とありきたりの挨拶を申し上げた際に饒舌が過ぎて...。あれから二十年、年齢とともに容姿変われども意中の異性は当時と変わらず「べっぴん」のまま、などと経験談を披露すれば、世の中は「べっぴん」ばかりではありませんので言動に御注意をとの耳打ちがあった。ということで、午後は内容を一部変更して。

少子化にも関らず一部の呉服屋の業績好調と聞いた。あれだけの振袖見ればさもありなん、饒舌が過ぎるのも...違うナ。買うに安からず、貸衣装との事情は分からんでもないが、それだけの数量を調達せねばならん状況に変わりなく。誕生日の晴れ着とあらば「共有」が可能なれど、その日限りの代物にてそこで投資を回収せねばならんとなれば客の足元を見るというよりも経済の必然。

些か複雑な心境なれど人生一度の晴れ舞台とあらば金銭の支出惜しまぬ旨を中学生の娘に告げれば耳打ちならぬ物言いが付いた。そこに支出する位ならば旅にでも行ったほうが...と妻。祝うは結構なれど、衣装整わず、それを理由に来れぬ新成人もいる訳で何も大勢で祝わずと昔の元服が如く親族で。そうそう、「べっぴん」ばかりではないからナ。

帰り際、道ゆく新成人に議長の挨拶を聞いておったかと尋問すれば「オイルショックぢゃなくてオリンピック」と。そう、私の生まれはオイルショックにて同じ「オ」でも、と確かに述べた。まぁそこが肝ではないのだけれどもちゃんと人の話を聞いとるではないか。何と申してもその年に成人式とはめでたい。縁起よき西暦祝ふ新成人、と詠んだ。

(令和2年1月15日/2547回)

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2020年1月10日 (金)

数珠

身内の不幸が重なっても平然と祝辞を述べるがこの仕事、と教わった。昨年に祖母が他界しとるから厳密に申し上げれば喪中のはずも百歳手前の大往生に「夏」の出来事にて。いつまでも陰鬱な表情を浮かべていては故人報われぬばかりか相手に余計な気を遣わせる訳で。喪中はがきに知る訃報に粗相を恥じつつ、届いた賀状に目を通していたのだけれども百聞は一見に如かず、いや、百文は一枚に及ばず、目を惹くは写真。

活字に出来ぬ幸福感は十分に伝わるも届く先が全て御当家のように順風満帆とは限らぬわけで、時に複雑な心境を抱かせはしまいか、旧年中の御礼に近況報告、新年の抱負位に留めおくほうが...。今やスマホ一つで「繋がる」時代に薄れゆく賀状の意義。枚数の減少に僻地離島とて配達拒めぬ宿命背負う郵便局。カタカナは不得手なれど巷ではユニバーサルサービスとかいうのだそうで。

それが事務員の機転か偶然の結果か、多分、いや、十中八九、後者なのだけれども机上の紙面に「公正さに欠けたバス路線評価」と題した記事を見かけた。寄稿の主は同じ区内のベテラン市議にてさすが鋭い視点と頷いてみたのだけれども副題に「横浜市営地下鉄3号線の延伸を考える」とあって、区内に予定されし新駅の位置巡る考察と気付く。

私の言わんとするは市バス路線の偏在。南北に細長く、私鉄ごとに形成された生活圏が本市の特徴。市の変遷見るに南から北へ開発が進んできた経緯が窺い知れる。ゆえに道路にバス路線などは圧倒的に南が優位。数珠が如き連なる車両見れば一台位は北に回しても、と思わんでもなく。高まるバス需要に路線を求めてみても民間バスの「シマ」にて参入不可能などと言われても意味分からず。株式会社とあらば利益見込めぬ路線など目もくれぬ、僻地離島を救う、というか不採算路線といえども意義ある路線を見出すことこそ公の役割ではないか。

何も大型の路線バスに限らず、コミバスで、と迫るも牙城揺るがず、にべもなく。ならばいっそ市バスの赤字路線とて廃止すべきではないかと詰め寄れば利用者の反発必至の情勢に及び腰、他路線の収益に「全体として見れば...」と。一部路線の黒字と申しても未だ一般会計から少なからぬ繰入がなされ、それでいて赤字改善の為に黒字路線の譲渡を図るは蛸が自らの足を喰うが如く。

迫り来る車両の更新に大量に採用された運転手の一斉退職。何も路線バスの運転手を中途や非常勤に求めずとそこはキチンと新卒を採用した上で市バスの運転手としての責任感を備えた人材を育成しつつ、退職を迎える運転手には同じ市バスでも中型小型の車両にてより身近な市民の足として活躍いただいてはどうか。何よりも他人様の命預かる仕事な上に市の看板背負うとあらば勝手知りたる彼らこそ適任者ではないか。支給額は現役時に見劣りするもそこは長年俸禄を受けた恩返しにと勧奨してもバチはあたらぬ。

いわゆる天下り先の確保というか省益の維持拡大こそが役人の御家芸ではないのかと市バスの将来を憂いてみるも。過去の教訓から新たな路線に躊躇する意図は分からんでもないが、それでは衰退の一途あるのみ。座して滅ぶを待つより出でて活路を見出さん位の気概があっても...余計な御世話か。

(令和2年1月10日/2546回)

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2020年1月 5日 (日)

掛軸

迫る火の手に舞われる敦盛は漫画「日本の歴史」のひとコマ。天下布武の志半ばに非業の死を遂げる英雄として描かれし作品は数あれど、歴史は勝者側の都合で作られること往々。突然の降板、代役に抜擢された女優の演技、というよりも天下の逆臣、叛逆の徒を主人公にしたその筋立て、麒麟になぞらえし題、そして、一年ぶりの戦国モノとあらば。

武家の悲運、名門に生まれ一城の主ながら落城後に国追われて流浪の客将。流転の中に見つけし主君に忠節尽くすも数々の屈辱はイジメに近く、さもありなんと憐憫の情が生じるは私のみにあらず。今日まで膝元の人気衰えぬは善政布きし証左か。秀吉の逆襲に敗北したはずの当人が生きて再び天下たる家康に、とは歴史のロマン。ひと足先に予備知識を得るべく年末に早乙女貢氏の一冊を読んだ。

正月といえば書初。そんな時だけ範を示せとの妻の指示に子の宿題の手本にありし行書体にて「温故知新」と記した。筆とらば自ずと姿勢も正されるのだけれども硬筆となると「癖」抜けず、いつぞやに字の上達について尋ねたことがあって、「ゴルフの署名然り、日頃から意識しておれば必然的に上達する」と教わった。確かに時にいただく案内状なども全て自筆であるし、私宛の伝言一つと殴り書き見たことなく。が、何と申してもあの小さな署名欄とて大事なんだナと気付かされた。そう、おらがセンセイ。

そう、例の解説を聞かねば年越せぬ。劉備が孔明の草庵訪ねるは三度、こちとら近所ゆえ然したる手間ではないのだけれども門叩くこと三度にして晴れて面会、判読の結果を拝聴と相成った。雅号は「白洲」、三字対句の片側は「至誠心」。が、一方の最下段の字が読めぬ、いや、それのみならず他にも、と。老境の書家を以てしても読めぬとは恐るべし草書。

解説に今や実用性は薄く一部書道家による芸術的表現と見かけるも草書とて手本というか型はちゃんとある訳で。その手本通りに記して下されば然したる不都合はないのだけれども雅号有する書の大家とあらば我こそが手本とばかり、そうやすやすとは読ませてくれぬ。床の間の掛軸とて楷書とあらば大抵読める。が、そう安易では悲しいかな記憶には残らず。やはり後世も話題に上がる為には慣れぬ草書、それもあえて「捻り」を加えた作品に...との意図が働いたとしても。

そうなるともはや読字というよりも謎解きに近く、解けねば意地でも...と。誰しもそんな時に遭遇する可能性はなきにしもあらず。掛軸に恥かかぬよう。そのへん漢字なるもの上手く作られていて一つの手がかりは部首。が、流麗であるが故に点一つ上の字か下の字か、下に付かば「ウ」冠も上に付かば「ワ」冠。されど判読できねば次なるは前後左右の字。対句である以上は左右や韻に手がかり求め。

結果、「花開孝子家」「相洲▲▲徳」香雲白山起」「花雨憶天来」ではないかと。▲は判読不明。一枚に四句記されれば五言絶句となるのだけれども襖一枚に二句、いづれもその脇に雅号の署名押印付きとあらば五字の対句が二つと解釈すべきではないのか。いや、両端の上の漢字がいづれも「花」は偶然か、起承転結を鑑みれば...と悩み尽きず。先人との知恵比べに日頃使わぬ脳を使っている、かも。

(令和2年1月5日/2545回)

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