なおログ[Blog]

2018年10月15日 (月)

丁稚

実りの秋、五穀豊穣を祝う祭礼を終えた。膝元ならずとも顔出せば「用意してあるから」と手渡される神輿担ぎの半纏は村人の証。返却はそのままで結構と言われるも汗まみれは失礼、大切なモノを借りた以上は...と御礼を添えて後日改めて恩人の御自宅を訪ねれば畑仕事の小休止、縁側に腰かける親子の奥には獅子頭が飾られていて。御一族の弥栄を願いつつ、庭で採れたイチジクを頬ばった。

翌日に残るあの...倦怠感なんて言えばバチが当たるから心地よい疲労感に道中の苦しさ紛らわす作り笑顔はどことなくマラソンに似ていなくもなく。名を売るに必死の新人候補、縁起物といえども慣れぬ肩を酷使しては明日以降に支障をきたすぞと年長風を吹かせれば終始担ぎ通したばかりか宮入後の歌謡大会ではギンギラギンを熱唱「した」というか「していた」と人づてに聞いた。侮れぬ根性はどこまで有権者に響いたか。

そう、ここだけの話、あのカラオケってのは嫌わずともどうにも好かず。まぁそもそもに縁なく、サビ位は知るも歌詞を覚えようなんて気にもならず、歌手ぢゃあるまいに人前で臆面なく熱唱するなんてのは正気の沙汰とは...いや、端倪すべからざる才能と世辞でも述べておくけど、そこまで好きなら好きなもん同士で勝手にやって下されば何ら不都合はないのだけれども付き合わされるは世にいうパワハラではないのかと。分かるかなこの心境。

同じ言動も甲は許されて乙は許されず、恣意が左右する判定。それはさすがに...そう思わずとも勝手に断定されてはかなわぬ。所詮はカタカナ表記の舶来文化ゆえ好かんのだけれども何でもかんでも烙印を押す風潮はいかがなものかと思わんでもなく。やはりカラオケの誘いも拒まずに...違うか。

さて、些か自慢めいた物言いながら多読家にてそれが実になっているかは別にして月に十冊は下らず。今やスマホの電子書籍で複数冊を同時に読むのがささやかな趣味。ジャンル問わぬも伝記が贔屓の一つであって、小説である以上、下駄に着色は当然ながらもその作家がその人物をいかに描くか、問われる作家の力量。あれだけのホールを作り得た背景には少なからず創業者の理念がある訳で。

純ちゃんのオビに惹かれた訳ではないのだけれども最近の一冊に伊集院静氏の「琥珀の夢」があって、サントリー創業者の鳥井信治郎の生涯を描く。冒頭に登場するは丁稚時代の松下幸之助。主人の命にて舶来の自転車を届けた客先で憧れの人物からかけられた「坊、気張るんやで」。幸之助はその邂逅を終生忘れなかったとのくだりで始まる。

かくいう信治郎も商家の二男坊にて幼少より丁稚奉公に励むも冷飯の日々に押し寄せる数々の試練。理不尽な仕打ちに愚痴もこぼさず全ては勉強の姿勢を貫く信治郎に不思議と拓ける道はまさに塞翁が馬。往年、幸之助にかけた言葉はかつて自らが遥か雲の上の主人、小西儀助からかけられたものだった。

成功の陰に忍耐あり、すぐに「欲しがりません...」に結び付けられてしまうのだけれども失うに惜しい価値観ではないかと。

(平成30年10月15日/2459回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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2018年10月10日 (水)

言霊

県内屈指の進学校、台風接近に生徒の懸念は帰路ならぬ校門前の...「ぼろや」。そんな時に心配される位だから外観は推して知るべしなのだけれどもそれにしても随分な命名ではないかと妻に問えば生徒誰もが名を知る人気店だそうで。名物は「なかよし」、正確にはなかよしうどんってんだそうだけど、揚げ玉に油揚げ、たぬきときつねってことで値段百円也。当時の話。

侮れぬ夢枕、いや、言霊の力。少し前の原稿に「首都圏こそ免れているものの」との一文を盛れば進路も...そう、直撃。目立つ運休の文字に本日閉店の貼紙。どこぞの避難勧告に同じ、万が一、事故にでも遭われれば責任を問われかねぬとの懸念は分らんでもないのだけれども頻発される「閉店」「運休」は些か過剰過ぎやしまいかと徒労に終わった店の前でボヤいてみるも深夜の暴風に色褪せた顔写真の貼られた掲示板が宙に舞ったと聞いて...やはり賢明な判断だったナ。

残る爪痕。事務所の道路向かいに樹林地があって春にはちょっとした桜の名所なのだけれどもその巨木の一本が...。かろうじて電柱が防いでいるものの、あの重量であれば長くは続かず。早朝より役所に対応を指示すれば民地を理由に反応鈍く、暫くの猶予を...。んな悠長なことを言っとる場合か、と二の矢放てば夜には何台もの大型車両が駆け付けて事なきを得た。それにしても東電の対応早かったナ。

問われる危機管理体制。降雨量を多目に見積もった新たな浸水被害想定、洪水ハザードマップ改訂版の公表は災害時の注意喚起を促す狙いも住民側の求めは次なる一手。危険箇所に指定された以上は...ということらしく。ならば不安煽らぬ為にも情報は伏せておいた方が...とはならぬ訳で。「至ル処守ラント欲セバ至ル処危ウシ」とは孫子の兵法。次から次へと広がる不安。

懸念払拭されるに越したことはないのだけれども台本通りにいかぬのが災害対応。あとは現場適応力で...ってのがホンネなんだろうけど振らぬ賽の目を理由に公助や共助が疎かにされてはかなわぬ。向けられる他者への批判は危機管理に限った話ではないんだけど、まずは自己責任、そのへんの意識の希薄化を憂慮する一人であって、自助の精神を育まねば社会の負担は増すばかり。

されど自助と申してみても逃げるに逃げれぬ方もいる訳で障害児者や高齢者、入院患者等の災害弱者の不安は健常者以上。崖地は県、だそうで、土砂災害防止法に基づく土砂災害特別警戒区域、いわゆるレッドゾーンの指定作業が進む。従来の目付役は市の福祉部門なれど災害時の対応とあらば危機管理部門、されど、区域指定が県とあっては時に混乱招きかねず。

立ちはだかる縦割りの壁をいかに克服するか、そのへんの姿勢は相手に見えてしまう訳で重層的な糊代こそ歓迎されども押し付け合いにならぬようとの文面を盛り込んで決算審査特別委員会の総括質疑を終えた。

(平成30年10月10日/2458回)

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2018年10月 5日 (金)

二度

まぁ正直、あまり見たくない顔なのだけれども立っちゃったよ、「二度」目の夢枕。立たれて気づく命日に「やむなく」墓参りを終えた。あの様子じゃまだ成仏しとらんかったりもして...あぁ見えて寂しがりやだからナ。くわばら、くわばら。

捲土重来の屈辱戦が私の初陣に重なった。旗印は同じなれどいづれかが落選必至の下馬評。方や地盤おぼつかぬ無名の新人に方や土地の名士とあって「二度」も落選したのでは末代までの恥。表に出さずとも散る火花。結果は予想外の候補が漏れた。私が最下位で彼が一つ上だったか。

期数が左右する世界、幸運にも「同期」にてズケズケとモノは言わせてもらったほうだけど、病床にて迎えの最後まで部屋の末路を案じてたナ。三度目は御免被るから世辞の一つでも述べておくけど、さすがに諸事長けていて原稿なども恥じぬ、というか相手を唸らせる内容に文章力も申し分なく、蛇足ながら筆達者でもあり。

部屋の原稿の八割は自らが手がけたなんてことを吹聴するもんだから中には眉をひそめる輩がいない訳ではないのだけれども確かに言うだけあって自らもよく書かれておられた。まぁ世話好きでね、御節介焼きというか「口出し」も少なくなかった。それも含めて八割なんだろうな。で、現行の役務上、それに近いことが回って来るのだけど、原稿に見るそれぞれの性格。

慣れぬ新人に訂正を指示して届いた返事が、「∑(゚Д゚)」。さすがにそれが顔文字なるものだということは知っているのだけれども意味が分からぬ。了解の意の敬礼に見えなくもないが、不意に頭掻く仕草にも。真意測りあぐねてアレコレ悩んでみるもそもそもにんな抽象的な返事をする当人がいかんのだと憤慨してみたり。

内容の巧拙は兎も角もまずはどうすれば相手に意が伝わるか、相手に読んでもらおうという姿勢、向上心がなくば文章は上達せぬもの。他人様に提出する以上は最低限の見直しの上、誤字脱字、句読点位は抜かりないようにせねば。普段からそのような姿勢で支援者に向き合っとるのかと要らぬ心配。

いやいや、そのへん君子ならずとも豹変は特技にてソツなく振る舞っとるんだろうけど当人の本性が垣間見えたりもして。たかが原稿、されど原稿。夢枕の御仁が健在であれば今ごろは...悔やまれる夭折。

悔やまれるといえば...監督の辞任。冴えぬ戦績に党員数の減少。民放各局による連夜の中継に他球団の本拠地以外はよほどの偏屈者でもない限りは自然と支持層の広がりを見せたのもひと昔前の話。昨今などはCやDeのほうが街中の衣装が目立つ。

最終戦を待たずしての順位画定に逃げる客を繋ぎとめようとの意図は分からんでもないのだけれども、さすがにあれだけの独走を許し、三位といえども勝率は五割以下、それでいて「改めて」優勝決定戦などと言われてもそれまでの百四十試合は何だったのかと。

自力の目が消えた負け惜しみです、ハイ。

(平成30年10月5日/2457回)

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2018年9月30日 (日)

雑兵

胆振と書いて「いぶり」と読むんだけど、そちらを冠した募金活動に顔を出した。「県」連主催とあらば主力は別にある訳で雑兵に過ぎぬこちらは目立たぬよう地味に徹していたのだけれども続々と駆け付けるセンセイの動態は様々。まずは投稿用と思しき撮影を終えて行方不明なんてことは...不純な動機も欠席よりはましか。

世に豹変する御仁は数あれど当人の本性を見るにこれほど適した空間は無いのではないか。先程までの媚びへつらう姿勢はどこへやら、上司や接待客を見送った後の傲慢な態度に泣かされた運転手は少なくなく。また、一方の客側とて道知らぬ上に泥酔状態とあっては寝ている隙に遠回り、請求された金額を泣く泣く支払うなんてのも。

対人に同じ、身なりが当人の高潔さを左右するもんでもなく、銀座で拾った立派なスーツが近距離の一等地の下車なんてことも。求められる経験と勘、そして...車内で交わされる秘密の会話、と話題に事欠かない世界。定年とは無縁な運転手一筋の人生。喜寿を機に他人様の命を預かる仕事からの勇退を宣言されたNさんの退職祝いに走遊仲間が集まった。

さて、明日から十月。オクトバーランの距離申告を終えた。あくまでも自己への挑戦、ズルしようにも虚偽では得られぬ達成感。そこにもうひと工夫を凝らして走遊仲間によるチーム対抗と言われれば自己の目標達成以上に仲間に迷惑をかけれぬ罪悪感が生じる訳で毎週届く途中経過に否が応にも。まぁあくまでも自己への挑戦にて月間百キロの申告をしたはずも他に「著しく」見劣りするもんだから泣く泣く...上積み五十キロ。距離は心配無用も費やす時間をどう捻出するか。最新刊「走り続ける力」を書店の平積みに見かけたが、今年は山中伸弥教授が看板。走る意義を力説されつつ、研究資金への協力を呼びかけておられて。

スポーツが繋ぐ絆、昨今はチャリティランも多く。同じTシャツを着て走ったとて当人若しくは意中の人の症状が改善するものでもなく患者数が減るものでもないのだけれども支援者から誘われて認知症の普及啓発イベントに参加。新百合ヶ丘駅から武蔵溝ノ口駅まで御一緒に走らせていただいた。で、行った以上は帰りも当然。距離にして往復二十キロは下らんと思うのだけれども何せ九月末日にて適用外。あ~あ。

さて、決算審査特別委員会の分科会を終えた。当初の意図とは裏腹に加熱する返礼品。入と出の差が土地への愛着を示すなんてことは「ない」と信じたいのだけれども本市が経済誌に取り上げられたとか。大雑把に申し上げれば入が一に対して出が四十。単位は億円。ならばいっそ旅行券にしてしまえば流出は抑えられるんだろうけど事実そんな自治体もあるらしく矜持はないものかとボヤいてみてもそれを種銭に御当地に、などと言われると。

返礼品の原価は非公表、そのへんにストンと落ちぬ理由があるんだけれども本市の返礼品は施設への入館割引券にて。原価かからずとて効果的なものはないものか。時折目立つホールの空席、あれとて利益生まぬも公演の原価は同じ。一方の奏者から見れば聴衆は一人でも多い方が好都合な訳でそのへんを上手く...。

(平成30年9月30日/2456回)

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2018年9月25日 (火)

盗見

両手じゃ「全然」及ばぬ通算回数。横山光輝「三国志」全六十巻を読み終えた。劉備に後を託された稀代の軍師孔明も天命には逆らえず没するは秋風吹く五丈原。最終巻には没後が描かれるのだけれども病床に伏せる司馬懿仲達が死の間際に述懐する。「孔明とは何とすばらしき男であったろうか、あの世でゆっくりと教えを請うてみたい」と。好敵手は相手を育てる。安倍さんとて完璧ではないし、石破さんとて言われるほど悪人とも思えぬ。メニュー一つしかない定食屋はどうか。遺恨云々はあろうけど組織としてはまぁ...及第点か。

古来より布陣競うは戦の一つ。真後ろでは背中がじゃまして見えぬ。通路を挟んだ二列縦隊に水が流れるように...と目論むも最後尾まで届かず「留年したのはオマエのせいだ」と、自らの不勉強を嘆けども他人様を恨むとはスジが違うのではないかと反論するも譲らぬ相手。シンデレラや白雪姫が如く姫様が白馬の王子の到来を待ち受けるのは昔の話、いまやアナ雪の時代、姫がオトコを助ける為に戦うのだと酒井順子さんのエッセイに読んだ。

変わる価値観に変わらぬ手口。試験の際に消しゴムを「必ず」落とす生徒が今も健在とか。教室内の盗見団から仲間にならぬかと誘いを受けたと息子に聞いた。その行為や賞賛されるものではないけれど誘われるは人柄の賜物。見るに己の為ならずも見せるは情け。自ら自慢の答案を手で覆い隠すようなイヤな奴になってはイカン。これ見よがしにあらずとも見るは咎めぬ器量なくば大成はせぬ。友人関係こそ大事にすべきだと諭したつもりが見るも見せるも加担は恥にて人として失格だと妻が口を挟んで「数少ない」父子の会話が途絶えてしまった。

そこには優越感が見え隠れするのだけど、「全国で初めて」と高らかに謳われた本市が誇る地域教育会議。ボトムアップ方式の学校教育と社会教育の連携を目指した住民自治の教育参加組織として創設され、その趣旨や理念に賛同した保護者の方々が活動を続けて二十年。一方で塾行けずとも落伍者を生まぬ為に...と寺子屋事業なんてのが始まり地元における人材の獲得競争は過熱。が、それ以上に深刻なのが学校側。

部活動に同じ、およそそんな活動は土日放課後に限られるからそのたびに呼び出されてはかなわん。特別手当も出ぬ無償奉仕など言語道断ってのが本音らしく、都合のいい口実が「働き方改革が推進されている折、状況を御賢察の上」と。戸惑う保護者。それが任意で行われているものであれば言い分は分からぬでもないが、教育委員会の依頼を受けて協力しとるのに同じ行政側で姿勢が違うとはこれいかに。

教師の働き方改革を言うのであれば「土日に」「無償で」駆り出される保護者とて同じ。いっそ、事業の存続を抜本的に見直してはどうかと憤慨するYさん。将来を担う子の指南役が安月給では人材が集まらぬと一般公務員に比べて上乗せされた俸給に調整額。子供たちの為に労を惜しまぬは昔の話、保護者の意欲や評判は金銭に代えられぬものにてそこで失う損失大きく。そのへんの機微に疎いというか、些か「巧く」やれぬものかと思うのだけれどもどこぞに同じ「センセイ」の世界にて。

(平成30年9月25日/2455回)

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2018年9月20日 (木)

総代

酒酌み交わさねば相手の肚は分からぬなんていうけれどもそりゃ屁理屈ってもんで場は和む効能こそ認めつつもそりゃ別の話。酔って運転が認められぬように呑めば思考回路も鈍り、冷静な判断を失うのは必然。で、意図的に悪意ある話題を振られたりもするから酒席で模索される「気づかれぬうちに...」。付き合い悪しの批判も酒席の失態に比べれば。

そう、つい、こないだなんぞも神社祭礼の宵宮にて直会の席。その前に退散すべきも折角の機会ゆえ盃位は上げてとの指示に最初のみ御一緒することになったんだけれども途中帰るに上座に控える総代の横を抜けねばならず、いつもの口上「明日もありますゆえ今日はこのへんで」と申し上げたつもりが、総代の耳悪く(いや、他人様のせいにしちゃイカン)、私の声小さく、「何?」の大きな声に周囲の目線が一斉にこちらに向いた。くだらんところの機転だけは利くもので、「いや、ちょっとトイレに」-「ならよろしい」。うそがばれぬうちに...ということで翌日の本チャンも無事に終えた。

聞かれた趣味の返答が相手にウケて(などと勝手に思っているだけだったりもして)、適齢期の女性とそちらの雑談に興じてしまったんだけれども最近読んだ一冊に「コーヒーが冷めないうちに」(川口俊和著)があって過去に戻れる喫茶店が舞台。突然の別離に悔やまれること少なくなく、「もし」はあり得ぬもあの時に伝えておきたかった一言。夫婦、親子、恋人同士と心温まる物語。で、電子書籍で読むもんだから読了後に続編の案内が表示されて、その題名ってのが...。

さて、本といえばわれら秘密の生態系を茶化した本で自らの名を高めている輩が居ると隣の副団長から聞き及んで、早速に小田理恵子センセイの著書「ここが変だよ地方議員」を読んだ、というか「買って」読んだ。この世界の住人はすべからく肉食系だなどと鋭い観察眼に軽妙な語り口と四コマ漫画が特徴。惜しむべくは私(と思しきキャラ)が登場していないこと位なのだけれどもなかなかの才能にてそちらに転職したほうが...余計な御世話だナ。

当人は無所属にて昨今なんぞは「訳アリ」でそちらも増殖中ながら彼らとて「民意」には違いなく。こちとら寄らば大樹の陰とその数「のみ」を頼りに権勢を誇るも数の暴挙などと揶揄されぬよう。こちらの提案に賛同されずとも不都合はないが、されど賛同いただくに損はない訳で時折メシでもどうかと領袖に打診するも「多忙」を理由に固辞されたりもして。親の心、子知らず、いや、もしや招かれざる客人だったのではないかと悩んでみるもこちとら交友関係に困るものでもなく、少なくともこちらの意は相手に伝わった訳でそりゃかえって好都合ではないかと。まぁそのへんの距離感ってのが...。

そう、距離感といえば。錚々たる顔ぶれが発起人に名を連ね、安からぬ会費に講師がその人物だったりもすれば別な狙いがあるのではないかと勘繰ってしまうのだけれどもこちとら御指名で「ぜひ団長に」などとメモを残されては判断に迷うもの。行かねば行かぬで隙間風どころか不仲を囁かれそうであるし、行けば行ったで蜜月を怪しまれたり。主催者もそのへん心中を察して...いや、届かねば届かぬで「オレ様の知らぬ間に勝手に」なんて陰口を叩かれぬとも限らぬ。

兎にも角にもその生態系を観察するに飽きぬ世界ではないかと。

(平成30年9月20日/2454回)

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2018年9月15日 (土)

善意

閑古鳥の店内、不意に訪れた客に続いてもう一人。ひょっとして私も「もってる」のではないかと思わんでもなく、後ろに列が出来て。その日が最終日にて在庫処分の詰め放題。が、「放題」なんてのは欲を試されとるようでどうも好かん。

袋こそ手渡されたものの必死に詰め込む御年配の主婦を横目に四個もあれば十分と申し上げれば半値で結構と相手。いやいや、それはこちらの勝手な都合であってそれでは元すら取れぬ、商売なのだから損はイカンと譲らぬ相手に中間にて折り合いが付いた。隣村の名産「多摩川梨」の露店商におけるひとコマ。

さて、会派の代表質問を終えた。豪雨に台風ばかりか酷暑に地震とよくもそれだけ押し寄せるもので、そんなことから災害時への備えに関するものが少なくなかった。まずは小中学校における冷房設備。あれだけ話題に上がったのだから多少は改善に向けて進むかと思いきや...。既に普通教室はほぼ全校に完備され、残るは特別教室と...こちら。

体育館なんぞは災害時の避難場所となる訳で気になる今後の対応を聞けば特別な事情により既に設置されている三校以外は「具体的な予定はない」なんて答弁が返ってくるもんだからそんなつれない答弁あるかって。方や今夏の教訓を聞かれた隣の危機管理監が夏場は衛生環境の維持などの対策が重要であって、本市においても熱中症対策に配慮して体育館「以外の」冷房が使用できる場所を避難所として開設したなんて答弁しとるんだよ。

避難したはいいけれど熱中症で搬送されたとあっては笑うに笑えぬ、冷房なくば意欲失せて避難所の意味すら...。必要性は認識するも財源が...なんてのであればまだしも検討の余地すら無いかの如く居直られては看過出来ぬ。この夏の教訓や庁内で全く意思疎通が図れとらんではないかと苦言を呈した。

まぁ一抹の同情を寄せるとすれば危機管理部門は口を挟むだけで財源を用意せねばならぬ当事者の身になってみよとの恨み節は分らんでもないけど、それにしても「つれない」。

で、もう一つはブロック塀。大阪市内の事故を受けて市内の公の施設の危険個所の改善進む。通学路に隣接するTさんなどは万が一にも自らの塀が倒壊して通行人に怪我を負わせたらと他人事ではない様子。それが心配の種で夜も眠れぬと事故の数日後に御相談をいただいた。それまでも助成制度はあったんだけど撤去後は生垣が前提だったり、道路用地の提供を求められたりと使い勝手悪く。日々の悩みは金銭に代えれぬ、児童生徒の通らぬ夏季休暇を利用して...全額自腹でやっちゃった。

このたびの事故発生を受けて民間のブロック塀についても撤去を前提に工事費の一定額を市が助成する新たな制度が創設されることになったんだけど、開始時期については補正予算の議決後だとか。助成があるなら...との呼び水的効果は見込めるもやはり助成なくとも自主的に実施された方々への救済があってもバチは当たらんのではないか。と、同時に申請時の手続きが煩雑とあっては利用進まぬ。

手続きの簡素化と過去に遡及した措置を講ずるべしと市に迫ればさすがに明言こそ避けたものの「含み」ある答弁にて。見返り求めぬ方々の善意こそ報われねばと。

(平成30年9月15日/2453回)

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2018年9月10日 (月)

字幕

何故にそこだけとヘンな思想的背景を勘繰ってみたりもするのだけれども、さりげなく付される修辞句に不快な想いを抱かされる方も少なくないとか。犯行に及ぶ動機は三つ、怨念...以外の二つは忘れてしまったが、およそそのへんで事足りる、というか「昔は」足りた、と何かの本で読んだ。

忌まわしく言語に絶する憤りを覚えるあの事件から二年。精神鑑定に下された診断結果は「自己愛性パーソナリティ障害」。障害者が「障害者はいなくなればいい」と殺傷事件に及んだ「だけ」と結論付けられてはかなわぬ、犯人が優生思想に至った深淵に迫らねば根源的な解決にはならんとの会長の一文が表紙を飾る会報、その数頁後にNさん投稿を見つけた。

当時、御令嬢の件で奔走すれど制度の壁に阻まれて願意叶わず、以降、毎年届く年賀状を楽しみにしていたのだけれども数年前に音信途絶え。会の研修に参加された様子記され、母子ともに御元気そうで何より。肢体不自由児者父母の会の総会に出席させていただいた。

字幕は高い識字率に語彙豊富な言語に恵まれたわが国固有の考案。手話は限界にて字幕の即時表示、聴覚障害者の方々への配慮にて検討進む自動音声認識ソフト実演の立会に応じた。人工知能といえども所詮は...そんな先入観が見事に覆される瞬間。早口に桁かさむ数字変換もいともたやすく。

芸術の秋、久々にシベリウスの交響曲第2番を聴いた。いかに人工知能が革新を遂げたとしても感動は生演奏に及ばぬ。楽譜、つまりは作曲家と対峙するに通訳に介在する指揮者と演奏者の存在、当時など録音すらかなわぬも今やボタン一つで気軽に聴ける過去の名曲、研究し尽くされ、自在な作曲が可能だというのに未だ当時を超越する作品が生まれぬのは当時の作曲家の情熱に負う面が大にしてそれもまた音楽の魅力ってもんなんだろうけど。

およそ本市には似つかわぬと卑下されたホールも今や押しも押されもせぬ地位を確立。ほれ見たことかの皮肉混じった質問原稿を拝見した。こけら落としから十年、東日本大震災による天井崩落の苦難の時を経て次なる十年をいかに描くか、市内在住の若手音楽家とそのへんの雑談を交わすのだけれども、現在、国内のプロオケの楽団員数は二千名、それに毎年の音大の卒業生が数百名とあっては供給過多。

それが業界の宿命なれど技術とは別な理由で断念せざるを得ない方々を在野に埋もれさせては大きな損失。一方でプロに劣らぬ才能有しつつも休眠中や慈善的活動を欲する演奏家が市内及び近郊に少なくないとか。給料を保証する市立楽団の創設なんてのは無謀な挑戦にせよ彼らが求めるは金銭ならぬ機会の創出。一流のホールに音大の立地と好条件が揃い、折角の資源を活用しない手はないと入れ知恵をいただいた。

目に見えぬ価値への評価厳しく、問われる補助金の妥当性。殺伐たる現代社会において豊かな情報を育む社会的意義は容認しつつも、権威はびこる独特の世界にて「門外漢に何が分かる、(補助金は)あって当然」と踏ん反り返られては見放されるがオチであって忍び寄るそのへんの足音に気付いているか。音楽のまち第二幕へ。

(平成30年9月10日/2452回)

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2018年9月 5日 (水)

四割

手が滑った訳でも衝撃を受けた訳でもないのに突然の故障。うんともすんとも言わず...おい、反応しろよ。契約期間内にて「無償」対応。そこまでは是とするも現物交換にて代替品などあるはずもなく、一週間も取り上げられたのではかなわん。安からぬ利用料を払ってとるのだからそんな冷酷な仕打ちがあるかっと憤慨してみても「そうなっておりますゆえ」などと真顔で言われると反論に困り。

他社製に移行しようにもアドレス変更の手間に手続きが煩雑とあっては重い腰上がらず。いっそ新品に機種変したほうがスグに利用出来ますし、契約期間内にて違約金というか分割払いの端末代の一部が上乗せになりますが、それも来月以降の分割になりますので月々の支払金額は...。巧妙に手を施された料金体系と端末の故障は会社の陰謀ではないのかと思えんでもなく。

方や、使い続けて五年間、「寿命です」と店員。紛失した相手の連絡先など必要とあらば向こうから来るはず、と悠長にその程度の利用しかないのだけれども示された料金プラン。そこに限らず後払いの概念知らぬ妻、月々の請求は利用料だけで結構と提示された前払い代金は十万円。バカらしいと二つ折り機種、いわゆるガラケーにしたと聞いた。

寡占に風穴を開けるとの狼煙も参入実現すれば寄らば大樹の陰と結ばれる秘密協定。民間企業の利益に手を突っ込むのは越権行為と言われても電波は国民の財産。時の官房長官よくぞ言及された。従来の経済学に成り立つ均衡、されどそこに「情報」が絡んだとすれば...。情報の非対称性なる概念を持ち込んだのはノーベル経済学賞のスティグリッツ博士。両者の知識格差をいいことに好き勝手やられたのではかなわん。

難治がんを標的化し駆逐出来るナノマシンにアルツハイマー病等の脳神経疾患の革新的治療技術など垂涎の言葉が並ぶ。市がハコを用意して研究者を呼び込み、その集積から夢の発明へ...と描かれる壮大な構想。既に国の研究資金が投入されているのだけれども、それだけでは折角の有望な研究も他に後れを取ってしまう、更なる追加投資があれば世間を唸らせる発明が本市から、と注目される臨海部。

わざわざカタカナにせんでもよかろうにと思わんでもないのだけれども「アンダー・ザ・ルーフ」、日本語に訳せば「一つ屋根の下」がキーワードになるのだそうで示されるハコの入居率。一定の収益を得る為には投資が必要、されどそこには不確実性、いわゆるリスクが付きまとうってのは常識なんだけど、そんな理屈が通らぬというか慎重なあちらの面々から当然の物言いが付いた。

じっと耳を立てて聞き入るAセンセイがつぶやいた。それだけのモノであれば向こうから群がる訳で将来性あれば公の補助金に依存せずとも投資会社が参入して...。入らぬってことはその狼煙は眉唾?ではないのだろうけどそのへんが見えぬもどかしさ。まぁ彼らは最小のリスクで最大の利益を狙う狡猾なヤツらだからその隙を狙っとるんだろうけど、そこが見えれば本市だって...税金です、ハイ。

(平成30年9月5日/2451回)

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2018年8月31日 (金)

孫娘

秋季リーグ戦とはいえども炎天下の開幕式。耐えかねぬのは私ばかりではないらしく詠んだ一句「舞ひ込みし蝉の珍客残暑かな」は季重ね也。

六年生には最後の大会、見事に選手宣誓の座を射止めたY君は息子の園児時代の級友であって進んだ小学校こそ別なれど坊主頭にまっ黒に日焼けした肌が夏の成果を物語る。そんな晴れ舞台を客席からじっと見守る二人は両親ならぬ祖父母。帰り際に声をかければソレだけを見に来たんだそうで。やっぱり子以上に孫は特別なものらしく。

さて、市への御意見箱「市長への手紙」は知られたところだけど、議会宛にも知る人ぞ知る御意見箱があって。そもそもにセンセイそのものが市の御意見番である上に寄せられる御意見なんてのは大半が苦情の類。匿名制の返信「なし」の制度設計とあってはまさに「聞きおく」目安箱の役割しか果たし得ず。が、そんな御意見箱に私に関する投稿が寄せられたとかで当局の事情聴取に応じることになった。

投稿によれば私が市の職員採用の口利きをしていて、年金「すら」(文中ママ)払っていない二十代女性Mさんを市に入社させるとかで、そんなことが世間的に許されていいのかと。何やら不正に加担する悪の権化が如く記された投稿を市の担当に見せられて白旗を上げた、というか釈明に追われた。

そもそもの発端は当人の祖父母の介護にまつわる相談から。認知症の症状が著しく悪化したことから施設入居への目途を立てて一件落着を見たのだけれども暫くぶりに連絡があって用件を聞けば娘の年金未納の督促が届いたとか。保険料の納付は当然の義務にてもみ消しなんてのは言語道断、一括返済が困難ならば分割でもいいから必ず納付するようにと御助言を申し上げつつも、何故にそんな状況に陥ったのかと聞けば、数年前に会社を退職して以降は劇団員を目指しつつアルバイトで生計を立てているとか。

とすれば仮にこれが済んでも早晩行き詰るのは明らかで夢を叶えたいとの心中は分らんでもないけど少なくとも派遣かパート位でなければ。そのへん親子なのだから諭せんものかと申し上げれば前回の退職理由が祖父母の介護、つまりは当人夫婦が共働きの状況にて孫娘にその役割を頼んだ、というか押しつけてしまった罪悪感から言いにくい御様子。で、あるならば生じた未納分位は親が立て替えてとフツーに思うのだけれどもそのへんの反応も鈍く...ほんと親子かね。

で、そんな状況を見かねて、つい「私が...」って。働く意欲を失っては堕落の一途を辿るのみであって、市の関係で就職斡旋もあれば産休育休の臨時雇用位はあるやもしれず。さすがに世帯分離した上で生活保護の申請をなんて言えんでしょうに。日中に居間でごろ寝されたのではかなわんとの家の事情も絡んでか退職後の再雇用の相談は日常茶飯事であるし、つい最近も都内在住の聴覚障害者の方から就職の相談を受けたばかり。

今や服務規律厳しく縁故採用は御法度なれど人材登録などは可能な訳で見知らぬ人物を登用するよりもセンセイの紹介のほうが身元保証人というか信頼が置けたりもするからかえって好都合だったりも。そんな依頼が寄せられるのも人気の証左ではないかと悪びれる様子なく。でも、なんでそんな「極秘」情報が他人から寄せられるのか。壁に耳あり障子に目あり、嫉妬心にはくれぐれも御用心を。

(平成30年8月31日/2450回)

電子書籍「一日一話」

「一日一話」表紙

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