なおログ[Blog]

2020年3月30日 (月)

上洛

同じ楽譜に曲調変わるは奏者の解釈にてその変化を愉しむも一興。当時の文献の多寡に生じる余白、多ければ多いほど解釈の余地大きく、そこをいかに埋めるかが当代の作家の腕の見せ所にて。懲りずに十兵衛物語、いわゆる光秀モノ、歴史小説傑作集に学んでいる。

役職上、参列が予定されていた東日本大震災の追悼式も中止と聞いて庁内の黙祷に代えた。満開の下で「今年も桜が咲いたよ」と天国の盟友につぶやくがラストシーン。原作はとうの昔に読了しとるのだけど、Kセンセイの推奨にて福島第一原発事故を描いた話題の映画「フクシマフィフティ」を見た。最近なども外来語の氾濫に疑義を呈した大臣が注目浴びたが、ヒロシマ、ナガサキのカタカナ表記に特別な意図が込められること少なからず、ならばこちらはどうか。事故というよりも立ちはだかる国家の危機に挑んだ五十人を海外メディアがそう評したとか。

一部に酷評を散見するも「永遠のゼロ」然り、作家への偏見というかそこが美化されては不都合な方々がいる訳で。食わず嫌いならずと見る方の判断に委ねては。命の保証なき現場とあらば誰しもが躊躇するというか行かぬが正解。されど、誰かが行かねば救われぬとあらばどうか。そりゃ遭遇せぬに限るも拒もうにもそんな悲劇は向こうからやってくる訳で迫られる判断。

「私が...」の価値観は美徳と信じてやまぬも当人の意に反して赴かされた忌まわしき過去を肯定しかねぬ、と、およそそんなとこらしいのだけれども、そこまで飛躍せずとギブアンドテイクとて譲るより譲れぬ人が蔓延する社会のほうがよほど不健全。そんな局面など絶対にあってはならぬ、そこまでは異論ないのだけれども、あり得ぬ以上は議論の余地なしとそこから目を背けるは容易なれど背けては珠は磨かれず人としての成長も。

名所の千鳥ヶ淵は隣なれど、やはり靖國の桜は特別にて今年も仰いだ。色がきれいかと問われればそりゃ他と然して変わらぬ、されど...。死して命は花に宿る、に科学的な根拠はないけれど、当時の心境に思い巡らさば胸に迫るというか心揺さぶられるものがあったりもして。咲くは出会いに散る別れ、人事異動の季節。「いい人材は他局に抜かれて」とこぼす局長に「ならばわが局は落人の集団、掃溜めではないか。所詮、庁内ではその程度にしか見られておらんのだろうナ」と肩落とす二人に割り込む副議長。

「御両名、それは認識が違う、三セイ三ポなる用語を御存じか」と。三セイは民「生」、衛「生」、「清」掃と役所の不人気の代表格、中でも民生局(現在の健康福祉局)の「保」育、「保」険年金、生活「保」護が三冠とか。前職は言わずと知れたそちら上がりにて自らは二冠だと自慢にならぬ自慢を聞かせていただき。そ、そうか、副議長も窓際...いや、脇道を歩いて来られたんだナ。

で、そんな当人曰く、議会局などへの異動が決まろうものならオレたちの分までがんばって来いよと赤飯炊いて見送る位の高貴な部署であって「都落ち」どころか「上洛」が適切だと。それぞれに新天地での御武運を祈念しつつ。

(令和2年3月30日/2561回)

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2020年3月25日 (水)

平間

最終選考を兼ねた一戦の舞台は名古屋。大会新に寄与せしは「厚底」以上に沿道の声援に負う面が大ではないか、とは勝手な解釈。いや、少なくとも私が初舞台にて制限時間内の完走を遂げたのはソレのおかげであって、応援されると不思議と限界以上の...。ゆえに座布団が飛ばぬ大相撲などは些か物寂しくも中止にならぬはせめてもの救い、他方、生涯一度の晴れ舞台が延期ならぬ中止とあらば落胆やいかばかりか。覆水盆に返らず、覆らぬ判断に不条理こそ世の中とめげず新たな挑戦を。そう、春のセンバツ。

広報「議会かわさき」の最新号が手元に届いた。表紙飾るは女子バレー、NECレッドロケッツの島村春世選手と塚田しおり選手。今さら著名人と一緒に撮って知名度を上げたいなんて下心は無いのだけれど、異色のコラボにより読者層の拡大をとの狙いらしく両選手と正副議長の対談と相成った。勝手な放談とあらば脱線は必至にて「原稿」なる鈴を付けられ、借りてきた猫が如く。が、機を見るに敏な副議長の呼び水により流れがそちらに向いた。北口通路に平間の踏切、そして、小杉の映画館、と。選手と申してもボール放せば今どき女子だから映画館の一つ位は欲しいよナと相槌打ちつつ、向き合う現実。

ならば「北口通路」はどうか。JR川崎駅の北口改札出ればフロンターレ一色。が、何も本市を本拠地とするチームはフロンターレに留まらず、おらがチームの宣伝に市も一役買ってくれぬか、と。ふむふむ、確かに食わず嫌いは大きな損失、圧倒的な知名度誇るフロンターレとて王者の貫録、同じ市内のチームとあらば了見の狭いこと言わずに場所も譲ってくれるはず、と請け負ったまではいいのだけれども「あれは安からぬ対価をいただいており」と市の担当者。されど約束した手前、「私の顔を立てて、せめて一週間位は何とかならぬか」と打診すれど、意に添いかねるとつれない返事。そもそもに勝手に約束してきたほうが...と言いたげな。

ということで、かくなる上は「平間の踏切」。かねてより「開かず」有名、最近なんぞも全国版で放映されたもんだから。踏切の所有は鉄道会社にて他人の庭の話なれど度重なる協議の結果、当該箇所に「賢い踏切」なるものを導入すると議会の答弁に聞いた。急行、各停など列車の速度を判断して警報開始の時間を最適化すると。そう、「開かず」踏切といえばO急線も同じ。こちらは踏切連動型の信号機を「検討」との言質をとってあるゆえその後やいかにと問わば相手も「協議」に応じてくれたものの、世にいう踏切連動型の信号機なるものは踏切との連動というよりも監視カメラに踏切待ちの車両を検知して信号機を制御するもんだとか。

信号機は警察、踏切は鉄道会社、と立ちはだかる高い垣根は察しが付くのだけれどもさすがにソサイエティ5.0の時代にしては寂しくはないか。が、そもそもの元凶は信号機ならぬ踏切にてJRのみならず私鉄とて「賢い踏切」を、と迫れば、既に「賢い」のだとか。あれで...。以上はここだけの話にて、イチオシ二人が表紙を飾る広報「議会かわさき」は市議会のホームページに閲覧可能。

http://www.city.kawasaki.jp/980/page/0000114898.html

(令和2年3月25日/2560回)

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2020年3月20日 (金)

検査

平日の外遊びに寄せられる通報。育ち盛りに「隔離」は酷ってもんでその位は大目に見る寛容さがあっても。

事態は深刻、に違いないのだけれども非日常にこそ学ぶこと少なくなく、不謹慎と知りつつ思い巡らす「まき散らす」主の心理。飽きぬ連日の報道とて不安煽られる一方、それがかえって用心に結びついて思わぬ効能が生じていたりも。昨今なんぞワイドショーを見とる主婦層のほうが詳しかったりもして。陽性の少なきは浸透せぬ検査体制に負う面が大にしてその充実を図らば欧州に劣らぬ数が上がるに違いない。なんだけれども、部分最適は必ずしも全体最適になるとは限らず。のべつくまなしと申しても足りぬ病床に見えぬ出口。

そもそもに医者なんぞは会いに行ったが「貰う」こともある訳で。症状も出とらん以上は「あえて」行かぬが利口な上に何かと好都合だったり。陰性を知るにリスク高く、陽性と診断されれば不都合多い以上、検査を躊躇する心理こそ根底にあるまいかと。ゆえに国家的イベントの実現の為に実数値を意図的に下げて良く見せようとか、患者の意に反して検査を拒むは本末転倒なれど特段の不都合が生じぬ以上は...。そのへんどこまで折り込み済みか未知数なれどとりあえず及第点位は。

さて、予算審査特別委員会を含む定例会の全日程を終えた。「あの予算は私が...」と手柄を競うは過去の話。昨今なんぞは白黒の判断に悩むものこそ少なくなく。中でも民事介入というか私有物件に絡むものなどは扱いに困る。空き家などはその典型であって、さすがにそりゃ誰が見ても度が過ぎとると思へど当人などは意に介さぬというか貫かれる「我」。が、逆とて然り、不在になった途端、撤去を求める背景が積年の日照権だったりもするとそりゃちと勝手が過ぎてはおるまいかと。結果、触らぬに限るなどと及び腰になる役所の心理も分からんでもないのだけれどもそのへんをどこまで酌むか、そこに知恵を絞るが今日の責務ってもんで。

昨年の台風による市内浸水に進む検証の途中報告を受けた。抗えない大自然の摂理に憤懣やるかたない怒りの矛先。そこに隙が無かったかと問われれば多少なりとも後悔はある訳でそこに問われる役所の不作為。一方、火の粉が及ばぬようにとの虚偽改竄は論外なれど、誠実に検証を進めた結果が「結論ありき」などと断罪されては不憫ではあるまいか。

そもそもに流域の大雨が招く外水氾濫と局地的な大雨が下水の処理能力を超える内水氾濫が「同時」に生じてはいづれぬせよ苦渋の決断には違いなく。開門か閉門か、結果として被害そのものは免れぬも別な手立てを講じておればそこまでの深手は負わなかった可能性が高い、とそのへんを認めた形で出された結論。ならば責任を、となるか。意図的にそうならぬよう結論づけることは可能だったはずもそこに真摯に向き合おうとする姿勢は評価に値するのではないか。

で、こたびの教訓を糧に示されし対応策。可動式排水ポンプ車の配備と申しても除雪車が如く掻き揚げて道路脇の雪壁の上に、とはならぬ訳でその実効性を気にしてみたり。一部の水門など高さを上げる為に水底に土のうを積むというけれども水の勢いを軽んじてはおるまいか等々。心配の種尽きぬも検証の真価が問われるはこれからにて。

(令和2年3月20日/2559回)

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2020年3月15日 (日)

埼玉

どれほどの絶望感に苛まれようとも朝の来ない夜は無く、四季の移ろいに気付かされる春。「蕗の薹にがみに恥じる不浄の身」と詠んだ。いや、待てよ、「恥じる」を「染みる」、いや、「染むる」ではどうか。いっそ、「染みたる」にしては云々。そのへんの解説を焦がれど今月の句会はあえなく中止と聞いた。

少し前の会合の折に「以上を以て挨拶に代える」と申し上げた際、見知らぬ御仁から物言いが付いた。代理ならぬ本人の挨拶に「代える」の言い回しは不適切、間違いではないかと。ふむふむ、言われてみればそうかもしれぬ。こちとらどこぞの模倣というか知らぬうちに口癖が如く発していた訳で。相手の純粋な善意と思しき助言に自らの勉強不足を詫びておいたのだけれども調べてみれば。本来の「挨拶」なるものは相手に迫る「動作」にてそれを「口上」のみに「代える」、本来ほどのものでもないが、との謙譲の意を含む、と解説に見れば、ほれみろ、などと騒がずも軽率な言葉遣いを恥じてみたり。

五十年以上も前の発刊ながら未だ瑞々しく些かの古さも抱かせぬ内容こそが本人の稀有な天才ぶりを物語る。当人の表現を借りれば、八の字は富士山、赤丸チョンチョンは太陽と誰もが同じ。太陽といえばこう、花といえばこうとそれは絵というよりも「符丁」に過ぎず。芸術は国民運動そのものであって一部の関係者のみならず総ぐるみの運動として全員が描くべしと「真剣」に語っておられて。かねてよりの一冊「今日の芸術」(岡本太郎著)を読んだ。

そんな著書において厳しく戒められるは西欧崇拝。そうでなければならぬ、と、その既成概念こそが可能性を阻害する要因。西欧何するものぞの気概は植え付けられた劣等感を払拭するに十分。そもそもに江戸時代なんぞ彼らの価値観で眺めるからその地味な服装がダサく見えただけの話、質素と不潔は異なるものにて治安に公衆衛生などは少なくとも花の都よりは...。いつぞやに発動されし入国制限なんぞもどことなく偏見が見え隠れしてそうな気がしないでもないのだけれど、ここに来てあちらの方がよほど深刻な事態に陥ってはおらぬか、と心配してみたり。そう、偏見といえば映画「翔んで埼玉」を見る機会に恵まれたのだけど良かったナ。

さて、歴史的緊急事態として後世に教訓を残すべく公式の記録作成が指示されたとか。かのニュートンが万有引力をはじめ顕著な成果を上げたのがペスト流行に大学追われた隠遁期とは知られた話。それはあくまでも副産物にて過去の文献に探す終息への道。桁違いの死者数を記録した二十世紀初頭のスペインかぜの流行などおよそ二年。画期的な新薬というよりもヒトの免疫が勝った結果に近いとか。ならば...違う、違う。

そう、公衆衛生といえば予算審査特別委員会における斎藤伸志君(自民党/高津区)の質疑。市内の公園トイレの清掃が杜撰ではないかと一年前にその原因を指摘し、改善を求めていたのだけれども目に見えた成果が上がっているとか。イベントの自粛とあらばホンかランか。都内などでも格段に美化が進む公園トイレ。本市とて。

(令和2年3月15日/2558回)

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2020年3月10日 (火)

巨人

平日の昼間は執務あれども土日とあらば一日長く、本に埋もれる週末。

詳しい経緯は省くもスマホにて購入せし第一巻。養成ギブスを外した少年飛雄馬の剛速球にバントで応じる王貞治、バントとは卑怯ではないかと憤慨する飛雄馬なれど、あれを見逃さば捕手の大怪我は免れず、「あえて」と述懐する王に感銘受ける飛雄馬。いつかこの人と...。ちゃぶ台返しに鉄拳制裁は失われし時代の価値観なれど心に響くはやはり私も昭和の人間なんなんだナ。

さて、こんな情勢下とあらば公用車の通勤を羨む向きもあるかもしれぬが、それとて、前方座席の運転手との密閉空間。たまたまの咳に「よもや前夜に怪しい店など出入りしておらぬだろうな」と尋問すれば「どこぞの議長ぢゃあるまいに」と、全く意味が分からぬ。そもそも運転手といえど市役所までの通勤は電車にてゼロにならぬリスク。回りとの接触を断つことが物理的に困難な以上は不摂生に注意怠ることなく免疫が備わるを待つがやむなしか。

一部店舗に閉店を早める動きがあると聞いた。そりゃ勿論、拡大「防止」の名の下に行われるも逆の不都合も生じる訳で得失は未知数。市議会の次なる舞台、予算審査特別委員会を前に一部に背中を押される形で提案するは質問時間の短縮、いわゆる「時短」なれど、そこは何を隠そう議会運営の鬼門。国会の「桜」に見るまでもなく、視聴率とは別にそちらに矛先が向いてくれたほうが都合のいい役人少なからず。火の粉が降りかからぬようじっと静かに採決を待つが利口。

行政を監督する上で質問権は最大の武器。故に、何かにかこつけてその刃を奪わずと削ごうと画策する勢力はいるからそこに陰謀説というか黒幕の存在が囁かれたりもするのだけれども一方の議会側とてそれが果たして万人が聴くに足る内容かと問われれば...。議会運営の規則は議会運営委員会の協議なれど「時短」とあらば紛糾必至、その様子は記録として公式の会議録に残る訳で。ということで、白羽の矢が立つはこちら。議長案、否、正「副」議長案で。そして、ゴングが鳴った。

「そこに介入するは言語道断」「相手の片棒担ぐとは許せぬ」「こんな案では世の嘲笑を浴びかねぬ」等々。「おい、相手はアンタらが選んだ議長だぞ、言葉を慎まぬか」とは言わなんだ、いや、迫る相手の剣幕に言えなんだが、厳しい追及の矢面に立つは頼もしきかな「副」議長。相手が誰であろうと物怖じせぬ挑戦者の姿勢こそあっぱれなれど、こちとらんなのは分かっとる、されど...と協力願っとる訳で。

未だ全容解明に到らぬ状況下に付きまとう不確定要素。一斉休校にマスク一つとて専門家の見解異なる上に断定できず。逆を申せばそこに付け入る隙があるから反論側とて詭弁が通じる。が、低姿勢に徹して。以上、全て見透かす無所属のM市議などは、そこに正当性を争うは時間の無駄と知ってか「巨人が勝って短縮するようなもの、いいよ」と皮肉交じりで早々に退散。振った賽の目が出ちゃった話とそう割り切ったほうが賢い判断なのかも。

そうそう、最近読んだ一冊にあの作家の作品があった。最後は読者への問いかけで終わるそのエッセイのファンなのだけれども、当人風に申し上げれば、君はそんな私を笑うだろうか、と。

(令和2年3月10日/2557回)

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2020年3月 5日 (木)

融通

過重な負担は役職の宿命と寸暇惜しまぬH団長を慰労すべく会合帰りの一杯に誘わば、贔屓の店でどうかと相手。宴たけなわに伏せられた伝票を片手に「ここは私が...」と席を立てれば些か株は上がりそうなもんだけれど、下は甘やかさぬに限る。

「不足分あらば頼む」と大金一万円を渡さば、しばし後に勘定済ませし相手から「足りぬ」と。だから不足分は...「全然」足りぬと。何をバカな、確かに季節モノの「ブリ」は私が頼んだけれどもそれ以外の然したるツマミは頼んでおらず、居酒屋のサシで二万四千円ってのは。そんな呑んべえ同士の話題とあらばろくなもんぢゃないのだけれども酩酊の産物か「珍しく」投合した事案がこちら。ちなみに今ほど騒々しくなる前の話にて誤解なく。

寡占状態の業界に風穴あける時代の革命児とならん、などと威勢良くも参入果たさば寄らば大樹の陰。料金は下がらぬどころか言われるがままの契約に生ぜし追加料金。やがては動作著しく鈍く、相手方の陰謀というか意図的な通信速度の低下と知った。そりゃ無視したアンタが悪いナ。他の参入認めるは健全な競争による利用者の便益が見込めるからであって、庇を貸したつもりが...。

そう、これまで全て直営を堅持してきた普通ごみ収集運搬の一部を民間に開放するとか。直営とあらば脅かすものなく、高い人件費に民間委託は当然との風潮に本市とて手をこまねいていた訳でもなく。やはり第一義はごみの減量化、目下、全国の政令市中、最も少ない排出量を誇る本市。排出抑制の啓発は言わずもがな、分別品目の拡大とて効果を見極めた上で資源物の回収は民間に委ねて。

ならば普通ごみはどうか。不補充を貫くにいづれ不足する人員、そこを埋めるに民の活用を排除せぬにせよ委託先に求められる回収車の保有。安からぬ初期投資を伴う以上は半ば内定通知というか証文手形でも発行されねば手は上げぬ。そうなると参入は一部に限られるばかりか、本来であれば「健全」な競争を促すはずの入札とて...。

そう、予算書に記されし人件費は「真水」なれど、委託時の人件費などはあくまでも契約上の数字であってサヤ抜いた後の当人への実際の支払い分が見えぬ。直営と然して変わらぬ委託費に不愛想な清掃員とあらば劣悪な条件に働き手が搾取されておらぬかと心配してみたり。高齢者世帯の需要に対応すべく事前の届出制による「ふれあい収集」を高く評価しとるのだけれども委託後には「契約外にて別途料金を...」などと足元を見透かされてはかなわぬ。無理が利く、いや、融通が利くのが直営の強み。

忘れた頃どころか毎年のように頻発する自然災害。不測の事態に露呈する脆弱性。その代表例がこの分野にて明暗が分かれる各地。記憶に新しい昨年とて本市の応援に駆け付けて下さったのは直営を維持する横浜市。一方で、房総半島など他県に応援を仰がざるを得ない背景にはあの政令市の事情があるとか。まもなく九年、東日本大震災において甚大な被害を被った仙台市の復興が早かった要因の一つは直営の清掃部門が小さからず。そんな教訓を踏まえてか今も直営のまま。

行革の都合のみでは思わぬしっぺ返しがあらぬとも限らず。民の活用は結構なれど、それが生活に欠かせぬ必需品とあらばより慎重に。

(令和2年3月5日/2556回)

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2020年2月25日 (火)

5G

主催者のホームページに中止と知った。相次ぐ中止の判断。至難の倍率に次回の抽選免除の特典付きとあらばまだしもそのまま「没収」とあらば憤慨、というか、どこぞの契約書が如く、ちゃんと「いかなる理由にも返金せぬ」の一文ありて落胆の色を隠せぬばかりか、次なる目標探しにも悪夢再びと躊躇せぬとも限らず、景気は「気」にて。コンビニの深夜規制が如く丁半いづれにも向けられる批判は些か不憫に見えなくもないが、不要不急かと問われれば...。

三振は許されるも見逃しは許されぬが危機管理の鉄則と聞くも振り返ってあの熱狂は何だったのかと述懐することとて過去に少なからず。大半が軽症もしくは無症状、重症化は一部と聞かば既に体制整うも未だ命落とす人絶えぬインフルエンザの方が...。追われる経路に広がる風評。患者受入の旅館に閑古鳥が鳴き、罪なき患者が脱獄犯が如く侮蔑される風潮への違和感。未だ全容解明に到らぬ病原菌に見えぬ恐怖感が煽る不安。殺到する問い合わせに追われる医師。検査体制とてその後の受入整わぬ中ではかえって混乱を招きかねず。隔離とて特効薬なく、対症療法に治癒回復を待つとあらば受診せずと自力で...などと。

縷々勝手申し上げたが、未曾有の事態を克服すべく昼夜惜しまずに専念されておられる方もいる訳で何ら役に立たぬ以上は彼らの奮闘に声援を送りつつ、自ら予防に徹するに尽きるのではないかと。そんな勝手連ばかりが跋扈する社会とあらば火の粉は他に及びかねず。

視力の低下はスマホが原因、そんなものを世に出した会社が悪い、損害賠償をなどと訴訟頻発せぬことを祈るばかり。確かに医学的な根拠はそこにあれども買う買わぬの判断は委ねられており。そこに多少なりとも個の責任が生ずるも「あてがわれる」とあらば...。誰の命名か知らぬが到来するはソサイエティ5.0なる社会。その5.0時代を生きる子供たちには全国一律のICT環境整備が「急務」であって、一人一台端末及び高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備すべしと「追加」議案が上程されて、補正予算を承認されたいとの申出。

唐突感否めず、聞かば国というか文科省の意向だそうで。そもそもにカタカナが気にくわんばかりか小数点以下の数字まで付された抽象的な概念を聞かされても理解に苦しむばかりか、付随して後年度の維持に安からぬ負担が見込まれる。更にはここが肝なのだけれども日進月歩を遂げる世界においてそれが数年後も標準とは限らず。普及させねば他の後塵を拝しかねぬとの趣旨は分からんでもないが、急いては事を仕損じるの格言は御存じか。これを拒まば翌年度以降の補助は認めず、やるなら全額を自治体の負担でと。

おい、詳細は未定も多額の予算だけ認めろとは些か横暴が過ぎてはおるまいか。およそ納税者たる市民の皆様に説明がつかぬ。むしろそこまで迫られると天の声といわぬまでも何か別な意図が働いておらぬかと疑ってみたくもなり。やるに阻むもんではないが、多額投ずるは税金にて失敗許されず制度設計は急がずと禍根残さぬようくれぐれも慎重に。

(令和2年2月25日/2555回)

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2020年2月20日 (木)

意気

「病床の上は退屈でかなわぬ、相手をせい」と身内に内緒で命令、というか懇願あり、秘書の目を盗んで数時間を御一緒することとなった。あと一牌でテンパイだったと悔しがる本人に「役が役だけに上がらぬに限る、まだ命運は尽きぬはず」と慰めにもならん慰めを向けてみたもののあれこそが虫の知らせ、いや、よもや意図的に上がりを見逃していた訳ではあるまいな、とH君と顔を見合わせた。

戦後の焼け野原を舞台に繰り広げられる壮絶な死闘。生きるに必死な時代、命がけの勝負、大逆転のその役満を上がった直後に気絶して帰らぬ人に。鹿賀丈史氏扮するドサ健が「死んだ奴は負けだ。負けたら裸になるんだ」と身包み剥がされるは名場面。死して鞭打つは薄情、いや、それこそが彼らなりの追悼であって、その道に生きた本人とて...。阿佐田哲也氏の「麻雀放浪記」。

優れぬ体調を理由に休暇続くも真実を伝えておかねばと年末に議長室を訪ねていただいた。本人が口にした医師の診断結果に部屋を覆い尽くす閉塞感。去り際に求められし握手に応じた際に浮かんだ涙の意味。越年して迎えた今年、来賓ならぬ主役な上に客が支援者の皆様とあらば欠席は失礼、本人たっての願いと許可されし外出。病魔に蝕まれた介添え付きの悲壮な姿に回復見込めぬは誰の目にも明らか。御地元にて慣例となりし後援会の賀詞交歓会にて回ってきた挨拶の鉢。祝うに祝えぬ、されど...。大御所ゆえ心配は無用と知りつつも一応放っておけない性分にて御節介ながらそちらの話題にて水を向けた。披露せしは言わずと知れた...。

通用口を通過する際に守衛室から漏れ聞きし曲。選曲の主はバイトに明け暮れる当人にて「ブラームスとは生意気ね」と浴びせられた一言に亡き奥様との交際が始まったとか。そう、本人の口癖は「生意気」だったのだけれどもその端緒がこちらではないかというのが私の勝手な憶測。蛇足ながら当人の座右の銘は「人生意気に感ず」だそうで、何とも「意気」好きな御仁。

作曲家とあらば耳こそ命、絶望の淵に開眼したベートーヴェンが如く、また、その第九の壁を打ち破ったブラームスの第一番が如く困難を克服されんことを、と申し上げれば、続く挨拶に「議長が生意気なことを申していたが、ベートーヴェンってのは...」と以降に続く解説。図らずも私のソレが遺言というか最後の挨拶前の露払いとなった。場を和ませつつ述べられた支援者への御礼。機微に聡い本人の有終美に相応しい最高の挨拶、謝辞ではなかったか。

病床にて御令嬢の選曲を聴く日々にベートーヴェンの晩年の作品が秀逸、改めてその偉大さに気づかされたと本人。確かに演奏者にせよ作曲家にせよ人生の年輪を重ねるごとに増す円熟味。それが天才の辿り着いた境地とあらば不思議な魔力を秘めていても。ディアベリ変奏曲なるピアノ曲があって、これぞ他の追随を許さぬ最高傑作と信じて疑わぬも当人の紹介せし一曲はピアノならぬ弦楽。いやいや、ベートーヴェンってのはピアノの演奏家を目指した位だからやはりそちらの作品こそ、と論戦挑もうにも既に他界され。

故人偲びつつ追悼の一曲「弦楽四重奏第十五番」を聴いた。合掌。

(令和2年2月20日/2554回)

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2020年2月15日 (土)

還暦

この御時世に報酬の増と聞いて働きもんの当事者は憶うに遠く、ならばよほど鷹揚な有権者に違いない、などと勝手に推測を並べてみるも定数削減分を充当したと聞いてストンと落ちた。議「員」と議「長」の仕事量に見合わぬ報酬格差を是正すべし、しいては特別手当の創設とは言わぬも「員」の減額もしくは数の削減を以てそちらの財源を捻出した上で云々と賛同者を募るも...。

過去の栄光を語るは野暮の所業なれど大幅な年俸ダウンを厭わずに今の仕事への転職を決意したというのが数少ない自慢の一つ。終身雇用と年功序列、護送船団を主な特徴とする日本企業がアリならば外資系はキリギリス。能力給にて年齢関係なく実績こそ全て、完全歩合制に上は青天井とあらば...。私などアリ族のはずも氷河期に阻まれて期せずそちらに身を置いただけの話。前職時代の上司が還暦を迎えたとかで催された祝賀会にお誘いをいただいた。

あれから二十年、浦島太郎にて昨今の事情は知りかねるも気になるは淘汰厳しい世界にて還暦を迎えた当人の生涯年収。安からぬ会費一万円に集いし人の数は百。あくまでも「関係者」とのことにて異性も目立つのだけれども男なんぞはキリギリスというよりもハイエナ。野武士が如く鋭い眼光も品性は決して良くない。隣の年収に劣等感を抱きつつ、吾輩の今あるはこの御仁のおかげ、などと一応の世辞は入れつつも、愛弟子が「特別」な役職の間に還暦とは「悪」運以外の何物でもない、と祝辞を述べた。

外資の上役とあらばおよそ英語に堪能かつ自己の宣伝に長けた強欲な人物が定番なれど、ことこの御仁においてはそのへんとんと冴えず、人に負けぬ「運」だけでここまできたと本人の談。国外への大脱走を遂げたどこぞの経営者が如く、上には服従、下には圧力、それでいて自らの立場と報酬だけはキチンと死守する輩が大半を占める中、上から課せられる目標を意図的に下げつつ、部下を鼓舞して下げた敷居を達成させる。英語はろくに話せぬはずも外人を相手にその下げさせ方が絶妙、と目撃者。目標に未達とあらば解雇やむなしも達成後に支給される報奨金は加速度的に伸びる訳で。目先の利益に捉われぬそのしたたかな処世術こそが当人の魅力であって未だ慕われ続ける理由。いや、やはり「運」だナ。

さて、定例会の開幕近く、キリなく押し寄せる御進講を処理しきれずに「副」議長への報告を以て了とすると指示するもこちらばかりは逃げられず、監査人から包括外部監査の結果を拝聴することになった。「外部」とは申せ、そもそもに発注元が本市なのだから都合の悪いことなど...。御手盛の批判招かぬようその度合いを見抜くが議会の役割。今回の対象は本市の病院事業。政策的医療、不採算医療など民間では担えぬ役割を課せられるもその財源は一般会計からの繰入に負わざるを得ず、その額は上昇の一途。

民との比較に目立つは人件費。そりゃ公務員なのだからそこを言われては立つ瀬なく。非常勤等を駆使するも負う役割が増すばかりで限界を迎えつつあるとか。時代の岐路を迎える公立病院、「独立行政法人化を含む経営形態の研究」などと暗にそちらを示唆するかの如く文言が目に付くも現行の「直営」の利もある訳で。やはり肝心なのは今日の不都合が改善されることであって監査結果がその一助となることを願っている。

(令和2年2月15日/2553回)

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2020年2月10日 (月)

厚底

歴代最多の輩出、比類なき保守王国とあらば道路に鉄道、のみならずそちらだって...。

用意されし昼食会場は庁舎上階の展望レストラン。遠目に連なる連峰、眼下に家々見下ろす日々を過ごせばいつしか...。他山の石とすべく隣のI議長と目を合わせた。県庁所在地を通らぬ新幹線、隣合わせなのだからいっそ合併でもして政令市として...。それは障らぬに限ると教わった。全国大会を前に開催された事前協議の舞台は前橋市。市域の面積に有する人口が議長の資質を左右するもんでもなく隠れた適任者はいるはずも政令市というだけで相談役なるエラそうな役を仰せつかっていて。

全国「一千」を超える議長殿の集合体とあらば裏方の見えぬ苦労やいかばかりか。後日、都内で催された大会、正式には全国市議会議長会評議員会では議案のみならず「地方自治の課題」と題した講演に台風被害を受けて河川の浚渫時における国の支援や従来の非常勤職員の処遇改善に向けた会計年度任用職員の扱い等々を学んだ。当日の講師が事務次官殿とあらば相手に不足なく。あとは財政力指数が一を割り込むや否や億単位の交付税がゼロになるは制度的欠陥、理不尽にて逓減扱いにすべき、と直訴が脳裏よぎるも見渡さば不交付団体など本市位なもので。

在京ならばまだしも地方からの上京とあらばおいそれと帰す訳にも参らぬし、帰るほうとて来てしまった以上はそうやすやすとは帰れるもんでもなく。長丁場ゆえ休憩が挟まれるのだけれども長旅の疲れを癒すが如く瞑想というか物思いに耽る議長もおればここぞとばかりに精力的な外交を展開する御仁もおられる訳でちょっとした交流の機会になるのだけれども最近は流行からか雑談時にそちらの話題も少なくなく。

水を向ければ議長自らの裁量にて「特別枠」を用意するなどと粋な申出を受諾して交渉成立となるも後日にはキチンと秘書宛に届く振込用紙。両市の交流を深めるべく...そりゃ御自分で後始末を、と事務局。それでは何ら一般の申込と変わらんではないか、いや、それとて相手の議長の顔が立つというか地位向上に一役買えるならば。ということで久々に「フル」を走ることになった。

通勤時に見かけるランナーにやはり多摩川こそ本拠地にしたいのだけれども肝心のランステなく。敵情視察を兼ねて荒川を走れば河川敷の利用に学ぶこと少なくなく、川に並行して走る首都高に鉄道は土地の有効利用の観点から理に適っていたりもする訳でいづれ多摩川も、などと将来構想を描きつつ。そもそも流行に無頓着な性分にて相手を観察するに無関心なれどさすがにあれだけ報道されれば目が向く「桃色」。

この正月の箱根路にて席巻、記録続出の話題を呼んだ噂の一品。少なくとも数年前までは記録狙う上級者向けには軽量化を追求した「薄」底が推奨されてきたはずも従来の常識を覆す商品が登場。こちとら記録狙わずと怪我だけには注意怠らず、中でも膝の故障は致命的にていかにそちらへの衝撃を減らすか、かねてよりその緩衝材の重要性は知り得ていたのだけれども何も厚底ならずと「のんびり」走れば膝への負担少なく。フル完走と聞かばさぞ過酷な稽古を連想されるもそこさえ意識出来れば誰だって...。ほんとの話。

(令和2年2月10日/2552回)

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