なおログ[Blog]

2018年12月 5日 (水)

遺作

そんな都合のいい話は無い訳でタダはあり得ぬと知りつつも抜かれる個人情報。言わずと知られたハッピーバースデー当日に寄せられたメールは百通以上。向こうにとっては一人だけどこちとら相手百人だからね。ありがた迷惑...いや、折角の好意ゆえ無碍にも出来ず、鍵盤を必死に叩いての返信に帰宅は深夜。翌日なんぞは眼精疲労著しく、偏頭痛に吐き気失せず、慣れぬことはせぬに限る。

例年、その前後が原稿〆切となるだけに仕事に追われて早く帰ったためしはない(いつぞやに聞いた台詞だナ)のだけれども代表質問の原稿は部屋内の分担制。こちとら題材は選ばんのだけれどもこと最近は入札絡みを請け負うことが少なくない。相反する利害関係に様々な価値観が絡むだけについ前例を踏襲することが無難な選択肢であって折角の変革も躊躇しがち。過ちては改むるに憚ること勿れ、失敗を恐れちゃイカン、試行錯誤は成長の源泉、試行的な取組を積極的にやるべしと迫ってみたものの。

台風後の被害復旧のような緊急事態にいち早く応じる背後には何らかの「見返り」があって、そのへんが両者の信頼を生み、ある程度上手く機能していたはずなのだけれどもあれだけ騒がれれば関係も希薄化する訳で。そんな時だけ泣きつかれてもってのが本音。参入促さねば堕落は必至なれど野放図では融通利かず、互いの距離感ってのが何とも微妙。およそ入札絡みの不祥事などは負けた相手の意趣返しか部署内の妬みが端緒。

恨みは買わぬに限るけれどもそんな事情はこちらも同じ。各自が手がけた原稿の手直しは正副団長の仕事なれど折角の力作に手を入れられることへの拒絶感があるらしく。こちとらこんな役を背負わなければ恨みを買う汚れ役なんぞまっぴら御免であって「不本意ながら」の行為に寄せられる声は様々。見違えたなどと謝辞だか世辞だか分からんものもあれば怨嗟に近いものも。受け止め方は個の性格に負う面大にして。

まいど御登場はNセンセイの遺作。当時新人の私が手がけた原稿を手直しいただいたのだけれども「てにをは」含む語尾の修正とか更に深掘りしたなんてレベルになく。私の原稿の上に「重ねて」全く別の原稿を記されたものであって、まぁ全否定...というか本人の思いの丈が綴られたに近く。私の原稿の元字は「黒」だけど、向こうは「赤」だからね、ありゃ文章じゃなくて絵画だよ絵画。そんな親心あふれる芸術作品は捨てれずに今も机の奥深くに眠っている訳でこんど額縁にでも入れて飾ってみようか。

何かとヨイショされがちなセンセイとあらば必然的に独善的に陥ること往々にして他人様の指摘に気付かされる一幕は本人の肥やしになるばかりか、何と申しても御節介こそ記憶に残る。昨今は叱るよりホメて伸ばす指導法が流行らしいけれどもあれとてその効果云々以上に相手への余計な干渉を避けたい意図こそが大ではないかと思わんでもなく。あれから数十年、振り返って懐かしまれる担任の先生ってのはやはり...。

(平成30年12月5日/2468回)

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2018年11月30日 (金)

矛先

今は政治家の愛人であれ、実業家や芸能人の愛人であれ、イザとなると表に出て来て洗いざらいぶちまける。「彼を信じていたのにだまされました。だまされた私がバカだったんです」だのとぬかす。あげく、「再出発ヌード」とやらになったりもする。まったく、惚れた女のレベルで男のレベルがバレる。

鋭い観察眼に痛快な一文が気に入って御披露申し上げたのだけど、その矛先は男か女か、どーでもよろしい。文章の主は元横審の内館牧子氏、引用元は前掲の「すぐ死ぬんだから」(講談社刊)。ということで今日も怯まずに...。

色恋モノは巷の関心そそられやすくそりゃそれで勝手なんだけれども運の上げ下げにオンナが絡むってのは昔から囁かれてきたことで。確かにプロスポーツ選手なども不振の転機が不思議とそこだったりもすれば、司法取引囁かれる例の一件とて少し前に「ド派手な」挙式と聞けば、もしや...。

まぁ「あげ」だ「さげ」だ勝手言い放題の巷をよそにかくいう小生なんぞはソレが無職時代だから落ちようなく、日々のメシ位は何とか食えとるのだけれども、以来此の方、記念日の帰宅が早かったためしはない、と「つい最近」聞いた。

さて、学年四学級の半数以上が中学受験と申し上げれば、それは「随分と」大袈裟だと関係者から窘められた。が、聞けばやはり学級内で「少なくとも」半数以上はそちらを選択するとか。受験日(平日に行われる「らしい」)なんぞ出席少なく、課せられる自主学習。向こうの都合で休んでるのにこちらが被害を被るとは釈然とせず、大人ゆえ憤慨こそせぬもそれだけで人生が決まる訳ではあるまいに、受験如きに「御」が付くかね。割高な学費払わずとも公立とて立派な先生がゴマンと...でもないか。

センセイの御子息御令嬢ともなれば当然とばかりに聞かれる進路。意に介さず柳に風と受け流すもその頻度重なり勢力を拡大する台風には抗しきれぬ様子にて増長される不安に追い討ちをかけるが如く迫りくる誘惑。新聞の記事を片手に「学費は私が負担するから」と義母。では、遠慮なく。

子の受験の為に「公立」小学校すら転居して選ぶどこぞの国ほどではないにせよ、やはりヘンではないかと同調者を探せば...居た居た。傘寿過ぎたる御婦人Tさんはよもやま話の相手に最適で早速に水を向ければ始まる一席。だいたいね、なんてったって本人よりも親だよ親。周囲の風潮に舞い上がって振り回される親が...(中略)というよりも放送禁止。幼稚園の送迎とてあんな格好で行くかね、そもそも子の迎えだよ、普段着で十分のはずも先生によく見せたいんだね、と続く。

ふむふむ、立て板に水と止まらぬ矛先が政治に向かぬことを祈りつつ、相槌打つに必死。昨今は毒親というらしいのだけれどもそんな毒親を脳医学から説いた一冊を拝読中にて。公立中学校の入学説明会が迫る。

(平成30年11月30日/2467回)

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2018年11月25日 (日)

鈍感

三日三晩下痢が止まらず、鷺沼駅から霞ヶ関まで途中三回も厠に駆け込んだ、などと聞かば単なる度胸試しにしか見えん訳で。かなりクセあるゆえ休まずにと脅されてかなり濃いめの一杯を一気に飲み干した。早ければ一時間以内に症状が...との解説も待てど暮らせど現れぬ効能。ついぞ変調見られず、ひょっとして類稀なる鈍感なのではないかと。排泄を促すことで体内の老廃物を除く解毒作用があるとされるセンナ茶。犯人は駅名に推測がつきそうなもんだけど...。

容姿見ればそちらとは疎遠であることは容易に察しがつく訳で。映像映えする風貌に昔堅気の気質は視聴率稼ぎに最適か。執拗な追及続く国会、そこには国を憂う以上に相手を貶めてやろうという狡猾な悪意勝り。むしろ、その卑屈なる質問者に同情を寄せてみたりもして。友達に恵まれなかったんだろうナ。

生き馬の目を抜く分野だけに多少かじった知識でエラそうな口を叩かれても所詮は井の中の蛙に過ぎず。側近の官僚とて自ら仕えとる親方が窮地に立たされとるのだから傍観しとらんで助けんかいと。策士策に溺れる、専門家集団にありがちな誤謬を探るとか咀嚼して判断を求めれば意外な才能が見れるかもしれん、などと都合よく連ねてみるも劣勢になお挑発的な答弁とあらば機を見るに疎く...渦中の大臣の命運やいかに。

さて、かつては戦災がその主な理由ながらも昨今なんぞは当人の勝手な都合も少なくない。その後始末を社会に求めるのは些かスジが違うのではないかと思わんでもないのだけれども子に罪なく、いや、罪なくとも運不運は人の世の宿命であって善意を当然と思われては腑に落ちぬ。今どきは父子も含めてひとり親と称するのだそうで。

片親とあらば経済的に困窮する可能性高く、貧困の連鎖に繋がらぬよう支援をと、そこに異論は無いのだけれども知らぬ間に事が進んどるらしく、騒動後に鎮静化をと秘密裡に依頼があった。そのへん根回しというか予め聞かされておれば助言も対処も出来るのだけれども寝耳に水とあらば後手に回らざるを得ず。ひとり親家庭に交付していた特別乗車証が廃止されるとか。

そりゃ元々転覆を狙っとる上に選挙前とあらば絶好の機会と騒ぎ立てるは当然にて騒動後に示される代替案。急ぎ説明に来られてもこちらに情報が流れんかったところを見るに廃止ありきで代替案は付け焼刃ではないのかと勘繰ってみたくもなり。大雑把に申し上げれば、この間の利用実績は全体の約四割であって、その事業費は年間四億円。就労者には会社から通勤手当が支給されとる訳でその上に特別乗車証を交付するはいかがなものかとの言い分が発端。

然るに調べてみれば非正規就労の割合高いひとり親家庭においては必ずしも支給されとるとは限らず、約三割が自己負担。尚且つ、従来の乗車証の適用は市バスに限定されることから使い勝手が悪いとの声を踏まえ。会社から通勤手当が支給されない者に限定した上で市バスに限らず公共交通機関を利用した交通費を助成することで決着を図るらしく。

(平成30年11月25日/2466回)

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2018年11月20日 (火)

用件

発言の断片が悪意的に抜かれること往々にして。本命の作品もキチンと見たはずも中にはんなことは知らぬ御仁もいる訳で隣の企画展にいる姿を目撃されれば誤解招かぬとも限らず。児童作品展の表彰式も来賓席から見えるポスターのあの冷徹ながらどことなく憎めぬ眼に睨まれては落ちつかず、後日改めて。運営収支厳しい最中の起死回生の一手となるか、連載五十周年記念特別展の副題はズバリ「用件を聞こうか...」。いや~よかったナ。

県立高校から議長宛に依頼があって無所属含む各会派一人が特別授業に協力することになった。私など得意とすれど一人五役六役を背負う団長の身にて誰か他に。んな時は一丁上がった議長経験者にと白羽の矢が立って了承されたはずも暫く後に所用を理由に当人が辞退、了承済と推挙された後任も都合悪く出席叶わぬ...と第三者の議会局から聞いた。そりゃ団の決定なのだから団長宛の申出がスジなれど役所を介して伝えて来るってのは...。尻拭いにて私が七役目を務めることになった。さながら自由研究の審査委員のような役回りなのだけれどもやはり若者相手ってのはいいね。

そう、特別授業といえば今年も授業参観を終えた。一時間目に設けられた特別授業は「将来の夢」。働いている方に話を聞いて仕事を知ろうとの趣旨にて保護者父兄に自らの職業を語っていただく。居合わせて振られたらかなわん、二時間目以降の参観が多そうだと娘。こちとらまいど朝礼からが慣例なのにそんな敵前逃亡など出来るか、所詮は小学生相手であって誰も居らねば私が...などと自信見せれば半数以上が私学受験の学級にあって担任の知らぬことまで知る今どきの生徒は「かわくない」と娘。

そんな事情知らぬ担任は準備に余念なく予め依頼しておけば...と呼ばれる御子息。「今日は先生に呼ばれなかったか」-「兆候もない」と息子。最初の登壇は看護師。用意された原稿を終えて冒頭の質問は「年収はどの位ですか?」。うん、確かにかわくないナ。遮る担任、さりとて、それが児童生徒の関心とあらば当意即妙、怯むことなく機知に富んだ切り返し出来ずば相手は図に乗る訳で。そんなませた生徒諸君に職業に貴賎なしとでも...機会なくチャイムが鳴った。

さて、前掲の小田理恵子センセイ、通称オダリエの著書に「パルプンテ」が登場し、もしやこやつも...。そう、ドラクエの呪文。小学生の時にⅢの音楽にハマって鍵盤を惹き始めたのがこの世界に入る端緒だったと語る楽団員。それでおよそ年齢が判明するんだけど、今やⅩを数える不変の名作。ファンならずとも知るすぎやまこういち氏が手がけるドラクエのコンサートに顔を出した。きっかけはやはり若者との会話。

郷愁を誘うというか童心に返るⅠの序章なんかは管楽器主体なれどクラシックの名曲に劣らず。オケ編成で生まれる重厚感はラヴェル編曲による「展覧会の絵」(原曲はムソルグスキー)を連想させる。所詮はゲーム音楽と侮るなかれ、映画然り名曲なくして大作あり得ず、埋まる客席がその価値を物語る。クラシックなどは御年配者多く、私などは若い部類に入るのだけれどもこちとら大概が私と同世代か年下。それを潜在的な需要と見れば悲観せずとも十分に余地はありそうで。

特有の権威と固定観念を断ち切れればの話だけどそのへんがやはり...。

(平成30年11月20日/2465回)

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2018年11月15日 (木)

数学

「ヨソモノ議員只今奮闘中」とあてがわれた演題の講演を終えて一人の御婦人から声をかけられた。「私の息子が数学科の在籍なのですが就職は大丈夫でしょうか」。

そう、伝統誇る郷里の母校同窓会のひとコマ。語られる波乱万丈ならぬ抱腹絶倒の半生。今の仕事こそかろうじて最下位で拾われたものの、こと採用試験となると転職も含めて惨憺たるあり様にて。微分積分が何かの役に立ったかと問われれば返答に窮するし、確率とて所詮は机上の理屈、緻密に計算された確率も運に左右されては...。

小中高の数学と大学のソレとは似て非なるもの。その境地に達するには地道な積み上げが求められ、そこに費やされる労力の割に一般社会で報われぬ。米国の金融街では数学者こそが重宝されるなどと自慢してみるもそりゃほんのわずか。理か文かといわれればそちらが適性で白衣と試験管を拒んだだけの結論なんだけど、同じ試験科目に合否の点数とて大差なく後々のことを考えれば他の学科のほうが...。

看板こそありつつもヨソモノゆえどこぞに後ろ盾は居らぬかと求められた初陣の弁士。特異な世界と知りつつも他にツテなく御隠居の教授に打診すれば遠路はるばる応援に駆け付けた。「それでは弁士に御登壇を...」-「えー、わが母校の数学科こそは...」とついぞ私の名は登場しなかったのだけれども見るからに教授然とした教授が演台に立てば台下の生徒はじっと聞き入るのみで。内容は兎も角もその熱弁に割れんばかりの拍手。ということで今回なんぞも君の専攻は数学かと詰め寄られて手渡される論文。好きなんだナ、数学。

本会議の欠席こそあれども支援者の葬儀とあらば馳せ参ず。情報網の薄さを悔やんでみるも届かぬ訃報。落選の下馬評ぶら下げた見知らぬ候補者に激励の言葉。そんな逆境の時こそ覚えているもので以来ずっと懇意にしていただいた支援者の訃報を後で知った。「本来は身内だけのつもりでしたので...」と語る喪主に案内され御霊前に手を合わせた。御遺族から聞かされる当人の知られざる逸話を懐かしみつつ、帰り際、玄関に無造作に置かれた柿を形見にほおばった。

忌諱されがちな死、伝えるべきか、伏せるべきか。おらがセンセイなんぞは単純明快、人同士が疎遠になる世においてそれを機に普段会わぬ顔を見れば何らかの会話が成り立つのだから故人も報われると公言はばからぬも最近は身内による家族葬も少なくない。他人様に余計な負担をかけたくない、いや、その関係が煩わしい、何かと気遣いが億劫、そんな薄情な意図は無いと信じたいが、異なる価値観に割れる判断。

そう、暇に見られてか年末の同級会の勧誘係を仰せつかる、いや、押し付けられているのだけれども折にふれ聞かれるひと言「この齢になると」。アンタは変わらず...いや、同い年です。五十路前にしてそんな状況なのだからその後は推して知るべしで。がんばるブスか、ままのブスか、老人は飾るべきか否か、大台前の同級会を舞台に根源的な葛藤を軽妙に描く一冊。内舘牧子氏の最新刊「すぐ死ぬんだから」を読むべしと返信しておいたけれども...。

(平成30年11月15日/2464回)

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2018年11月10日 (土)

陰徳

そう、慣れぬことをするもんだから...。前回の画像が粗すぎたそうで、更新してありますゆえ再度「じっくり」と御覧あれ。

夏が万年雪ならば冬は...常夏の海。どこまでも続く碧緑色の海に青い空。エコアイランドと名の付いた宮古島マラソンを完走した。大会の宣伝に利用される一枚の写真、伊良部島に伸びる全長3.5キロの橋からの絶景は見応え十分も降り注ぐ灼熱の太陽に侮れぬ橋梁の起伏。終盤の失速は明らかな練習不足なれど折返し前とあっては原因は別にあり。

棄権の判断が脳裏をかすめた直後に少し前のランナーが倒れ込んで救急搬送された。気温三十度にインナー着用とあらば体内温度も上昇する訳で脱衣と水分補給にて窮地を脱した。途中、隣のランナーが声をかけてくれてゴールまで雑談に興じつつ併走。余計な体力を消耗する訳にはいかぬと拒む御仁も居られるのだけれども気が紛れるからね。やはり孤独の道中はツラい。

ゴールを待ち受けるNさんの完走記録は3時間04分。惜しくもサブスリーを逸したと語る当人の出走はハーフにて。そんなNさんに見送られてタクシーで一路空港に向かい、シャワーも浴びずにそのまま機内に駆け込んだ。完走から離陸まで数十分。到着は前日の夕刻、出発は翌日のほぼ同時刻にて滞在時間はちょうど二十四時間。はるばる南国の島まで何しに行ったのかね。そう、あれは去年、何かの折に「走ろう」と固い握手を交わして迎えた今年。何とか男同士の約束を果たし得た。

そう、沖縄といえば基地?いや、それは別な機会に譲るとしてやはり...ハブ。が、この宮古島だけはハブは生息していないのだそうで。それもそのはず御当地には山が無く、ってことは川も無い。つまりは地下水に依存せざるを得ないから水への意識高く。そんな事情を教えてくれたのは地元のUさん。Nさんとは十三年ぶりの再会だそうで前夜の壮行会。私の生い立ちを紹介していただいた際にUさんが口を挟んだ。

Uさんによれば島の恩人が新潟県人だそうで今も交流が続いている「はず」と。薩摩藩の支配下において重税を課された琉球王朝の矛先が向いたのがこちら。何せ先島諸島、先の島だからね。にわかに信じがたいが、過去には人頭税なんてのがあって島内には不格好な形をした岩が残る。「賦測石」と呼ばれるその岩は当時の名残だそうで、背丈がその岩を超えると税が課せられたとか。

そんな人頭税の廃止に尽力された人物が島民ならぬ新潟県人だったと。今は便利、スグに調べられるからね。中村十作という人物にあたるも過去に名を聞いたことなく。さもありなん、著述によれば当人は郷里の実家に一切語らず、それを知ったのは死後に御当地の中学校長からの手紙だったとか。井戸を掘った人の恩は忘れるなとはよくいったもので世に知られずとも村に語り継がれる功績。

私なんかは血縁でもなく、たまたま「同郷」だったってだけなんだけれども御厚意に預かり、ものすごくデカい伊勢エビを筆頭に狭しと並ぶ郷土料理の数々と地元の泡盛。それでいて御代は要らぬなどと言われると...やはり持つべきはコネと郷里の偉人だね。いやいや、それでいてさすがに「ごっつぁん」とはいかぬ訳でNさんの居ぬ隙に押し問答があって「足りぬでしょうが、残りは御馳走になりますゆえ」と相手のポケットにねじ込んだ。

(平成30年11月10日/2464回)

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2018年11月 5日 (月)

高僧

秋の日は釣瓶落としとはよく言ったもので落日が早くなった。他陣営に比べて枚数だけは「格段に」多いもんだから追われる貼り替え。線路沿いの壁に貼られたポスターなんぞ白昼堂々とあっては不審者に間違われかねず、深夜にそっと踏切から侵入して...。

「おい、不法侵入」、振り向けばスマホのカメラがこちらに向いていた。運動会の寝ている写真を撮られたのもこの御仁だったナ。深夜の二三分のはずも「そんな時に限って」「最悪の相手と」居合わせる不思議。新たなポスターの写真はこのバカ面でどうか...なんて悪い冗談よしてくれ。えぇ、私が属する神社若手会の会長です。

んなこともあったりして、手軽さこそ認めるもあの来賓席からカメラを向ける仕草は品位を損ねておらぬかと思わんでもなく。そんな席に身を置く恒例の児童作品展を終えた。市内の小学校から寄せられた作品数二千点の中の絵画の部の最優秀作品は娘の同級生だそうで。おらが神社の境内の盆踊りを描いた作品。で、書写の部なんぞもフツーに巧いとは思うのだけれどもやはり字を書く機会が減った分だけ。文章では伝わらぬもどかしさ、写真であれば一目瞭然なのだけれども。そう、書写といえば...。

木製の立派な額に劣らぬ字の主は大そう徳を積まれた御仁に違いないと由来を聞けど知る氏子なく。賽銭箱の向こう側、御神体が祀られる本殿手前の拝殿の正面に飾られた額。百聞は一見に如かず、まずは一枚の写真を。読者諸賢はこの字を何と読む。

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漢字の部首は左が偏(へん)で右が旁(つくり)。私なんぞは左の漢字のヘンが言偏(ごんべん)であること位は分かり得るもあとは推測。その旁(つくり)部は「変」に見えてしまうのだけれども言偏に「変」なんて漢字無く。ならば右の漢字はどうか。偏(へん)が「十」で旁(つくり)が「曷」と推すれどもそんな漢字無く。仮に手偏とすれば「掲」が思い浮かぶのだけれども左の漢字と併せたらしき二字熟語は...。

かくなる上は、と訪ねし書道家。主不在にて同じく書道家の奥様に鑑定を依頼すれば左の文字は「誠」なれど右の字に悩む。ヘンは土偏に見えなくもないが、仮に「土」だとすれば旁(つくり)に悩む。御主人に言伝いただいて後日改めて鑑定結果を拝聴することになった。

で、数日後。大家曰く、右の漢字は「謁」ではないか。とすればその偏(へん)は「言」なのだけれども左側の「誠」の「言」とは随分違う。そこを問えば、同一の文字を書くに横棒一本の太さ濃さ角度等々、あえてそうすることは少なくないと。そもそもに謁見などに見る「謁」の字の語源というか形声は「神に告げ求める」の意を含むものゆえ不自然ならず。

確かに言われてみればその筆跡や「言」に見えなくもなく。とすれば次なる疑問はその意。「誠謁」なんて熟語は存在し得ず、逆に読んで「謁誠」とて同じ。ふ~む。が、そこはさすが大家。「戒名然り、造語というか誰も知らぬ熟語の意を説くことに高僧の高僧たる所以があるではないか」と。「誠」を以て神様に「謁」するの意と解釈すれば確かに。

揮毫者でなくばその真意知る由もないが、高僧に負けず納得させられる名解説ではないかと。

(平成30年11月5日/2463回)

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2018年10月30日 (火)

宙組

視察ならぬ些事にて神戸を訪ねることになった。視察とて今や廉価なビジネスホテルが常識、というか昔と大して変っていないけど...。自腹とあらば自ら御宿を探さねばならず、検索すればどこもかしこも割高料金。まぁそんな時はおよそアイドルのコンサートかエラいセンセイ方の学会でも。

休日前であればまだしもごくフツーの平日にカルテルが如き料金は納得いかぬ、客の足元見るとは卑怯也。と、そんな時に重宝するのがTホテル。業界の老舗でありながら他に追随せぬ料金は利用者本位。独自路線を歩むは創業者の御令嬢、部屋に置かれた著書こそ読めずも企業経営に学ぶ点は少なくなく。

そう、中央公論の今月号に「クラシックに未来はあるか」って特集があって、伸びぬ支持層に興行としての厳しい実態が描かれていて。実は今日まで内緒にしていたんだけど隠れたヅカファンにて贔屓のジェンヌこそ居らぬも異性ならぬ同性の心を鷲掴みにするあの迫真の演技に脚本、舞台演出、オケに音響といづれも考え抜かれた感があって平日にも関わらず公演はほぼ大入。その演技や些か...というか随分とキザっぽく見えなくもないけれど、さりとて、興行収益がその価値を物語る。

確か当人の自伝によれば何もない田舎の温泉計画が頓挫して起死回生の一手が少女歌劇団だったとか。大がかりな劇場の建設はまさに地方創生の先駆。ヨソ者にも関らず一代であれだけのモノを築き上げた手腕や恐るべし。日比谷劇場は二の丸にてやはり本陣見ねばヅカは語れぬと狙っていたのだけれども好機到来。いや~たまげたね、驚愕の経済効果。

通勤電車に新聞広げて...なんて見慣れた光景はどこへやら、今やスマホ片手に。かつては自らの記事があろうものなら周囲から反響が寄せられたもんだけど、昨今なんぞはとんと聞かぬ。自ら吹聴せねば...というか、そもそもに記事にすらならんけど(泣)。そのへんに凋落ぶりが見て取れる新聞業界。今やワイドショーや週刊誌の後塵を拝しつつも、国民生活に「必須」のものゆえ軽減税率の適用との姿が素人には分からぬ価値があると御上の庇護を求めるクラシック業界に重なり。

そこに媚びずとも妙案一手、V字回復に軽減受けずとも他の業界並みの税を納めてこそ世間様から賞賛される業種になり得ぬか。いや、誤解なきよう申し上げておけば、何も醜態を追い回す記者への恨みだとか政権に批判的な論説が気に入らんとかそんなセコい話ではなくどうすれば再興出来るか、活字文化の衰退を憂慮する一人であって業界の将来を案ずればこそなのだけれども両者ともに権威意識高く、門外漢が何を言うの排他的な風潮が成長の芽を摘んでやいまいかと。

何とかせねばならんの危機感こそ伝われども前のめりの姿勢に揺らぐ足元。そのへん世のセンセイ方は賢いよ。まずは選挙、なんてったって支援者に見放されたら終わりってのを「よ~く」知ってるからね。で、時折、節操無く相手に媚びちゃうんだけどそれも全ては...閑話休題。

そんな状況に逸翁であればいかなる手を打つだろうかと想い巡らせつつ劇場を後に。それにしても宙組によるダヴィンチの恋バナは良かったナ。

(平成30年10月30日/2462回)

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2018年10月25日 (木)

骨折

十五夜ならず十三夜とは中秋の名月の「翌」満月だそうで...二日前の月ぢゃないんだナ。暦の都合上、厳密には必ずしも満月とは限らんらしいのだけど、当日限りとあっては見逃す訳にも参らず、「十三夜前夜の雲を追ひ払ひ」と一句。「十三夜そのものが夜ゆえ前夜は余計だ」と講評にあった。

ならばこちらはどうか。天高く馬肥ゆる秋。高台に見かけた蜘蛛も肥え太り「馬肥ゆる秋に蜘蛛の巣大きけり」とママに詠めば蜘蛛の巣は夏の季語にて一つの句に季語が二つ、つまりは季重ねとなる訳で「馬も肥ゆ軒の主の巣や広き」と詠み直してみたものの...「意味不明」と手厳しく。

食欲の秋に欠かせぬ運動。まもなく傘寿にならんとする鉄人が練習中に転倒、その後の違和感に医師の診断を受ければ膝の軟骨損傷だとかで手術に及び、経過順調にて復帰祝いと催された「焼肉」。周囲の食いしん坊連中の口実に利用された感否めぬも好物の焼肉が格安会費とあって...。

次々に届く途中経過。私なんぞは手堅く距離を伸ばしつつあるものの、低迷するチームの順位。同組のMさんが故障離脱にてその分を補うようにとの指示。もっと余裕のあるヤツはおらんのかと見渡せば今週の距離85kmを上乗せして284km、目標まで66kmなんてツワモノがいて何を隠そう隣組のリーダーなんだけど、やはりリーダーが...と直訴すれば、足で稼ぐのが政治家ではないのかと返信があった。ちなみに私は137km、残13km。

んなこともあってランの途中に立ち寄れば注がれる格別の一杯に囁かれる魔の誘惑、「生涯に走れる距離は決まっているから無理せぬほうがいい」と。最新の医学的知見こそ知らぬが、走りすぎて摩耗し、膝の潤滑油が尽きれば歩行すらもままならぬなどとは脅しに近く、確かに鉄人は会社の定年退職後に本格的に走り始めておるし。されどそこに筋力なくばそれだけ摩耗も早いなんて説もあって、まぁ個人差もあるみたいだからそのへんは...「運」だナ。

が、何も転倒は鉄人に限った話ではなく、息子が体育祭の練習中に転んで骨折、担任に詫びられたとか。おい、そりゃ違うぞ、自らの不注意で転倒したのだからそちらに責任は無い訳で。まぁ昨今なんぞは親子運動会で子の転倒に駆け寄った親が「治療費は誰が払うのか」と第一声。そんな心配が先に来る位だから過敏になるのも無理からぬ話か。

文武両道、武が疎かになっては文は生きぬ。懸念される子供の体力の低下。体力テストの結果が公表された。目標値100に対して本市の小学生99.8%、中学生94.0%とほぼ乖離なく及第点に見えなくもないのだけれどもそもそも目標値ってのが全国平均を「下回る」本県の数値だそうで、中学校2年生などは政令市の中で最下位だとか。

ならば市は結果をどう受け止めたか。「運動意欲があり、運動習慣も身についていると考えられる状況にも関らず体力テストの結果に結びついていない要因がある為、分析を進め、走り方や投げ方など指導方法の工夫改善に努める」と。もっと別なところに根本的な原因がありそうなもんだけど、模範解答としてはそのへんが限界か。

(平成30年10月25日/2461回)

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2018年10月20日 (土)

壇上

折角来てやったのに...。そんな品位ない言葉遣いの主は勿論。当日の紹介の有無で出欠を判断するセコい御仁がいると聞いた。されずとも知る人は知る訳で口コミは自然と広がるもの、呼ぶ呼ばぬは主催者の善意なのだから呼ばれただけで光栄と思わねばなるまいに、そんな御仁に限って当落上にいたりもして。

かと思えば、某大会の壇上でどこぞの御仁が寝ていたと「公の」投書箱に御意見が寄せられたとか。目立ってなんぼもそんな醜態ではかえって逆効果。客席側とて金銭こそ払わずとも貴重な時間を割いて出向いとる以上は壇上への視線も穏やかならず、ならばいっそ...。

恒例の区民祭を終えた。当日の目玉は何といってもパレード。駅前の目抜き通りを通行止めに参加団体の関係者が歩く、その数、五百と発表に聞いた。センセイともなればさすがに区長の前とはいかぬも最前列「付近」には陣取れる訳で目立つに絶好の機会。さりとて、向こうから正式な依頼があるものでもなく、あくまでもこちらからの押売りを容認いただく格好なだけに割れる対応。任意とあらば何ら咎めるものでもなく、あとは各自に判断を委ねて一件落着のはずも一緒にどうかとの打診。

そりゃ純粋な厚意なのかもしれんけど隠れた意図がないともいえぬ。余計な干渉なんて言えば相手を逆なでするから、沿道の客少なくば歩く方とて寂しかろうなどと適当な言い訳付けて「迎える」側に立つのだけれどもこれがどうして見知らぬ方々と挨拶を交わせる上に向こうからもこちらを確認いただける訳で。やはり同じ目線では相手は見えぬ、逆側に立たねば。尚且つ、迎える側に立てば「アイツは腰が低いナ」なんて評判も...取らぬ狸の皮算用。

さて、目下、市議団発行の配布物の一文を執筆中なのだけれども担当は決算の総括。減債基金からの借入は以前の投稿(平成30年3月10日)に詳しいが、当初の予算額から55億円を圧縮して130億円としたものの累計299億円の借入は将来に禍根残しかねず。早期返済を求めているのだけれども一部には基金が枯渇せぬ以上は更なる借入を図るべきなんて主張を「真顔で」訴える御仁もいたりして。

そもそもに基金本来の目的は市債の償還財源であって、当座しのぎすら看過出来ぬといっとるのに更なる活用なんてのは正気の沙汰ではありえぬ。その根拠とされるのが、他都市「も」似たようなことをやっていてそれに比べれば本市の規模は小さいとの理屈。横断歩道みんなで渡れば...信号は赤だよ赤。まぁ何とも稚拙過ぎやしまいかと皮肉の一つも述べておいたのだけれども。

ならば市の認識はどうか。特有の表現を拝借すれば「一部の財政指標が早期健全化基準を下回っていることを根拠に安定している」とされる一方で「当面続く減債基金からの借入を是とせず、決して楽観視できる状況にない」ともあり。そんな慣れぬ二本の刀を振り回しとるから敵方に乗じられる訳で時々の表現が断片的に独り歩きしかねぬことへの懸念。

横文字を使う政治家には偽物が多いと最近の一文に読んだ。解釈や意訳の微妙な幅を自らの為に使うんだとか。御用心あれ。

(平成30年10月20日/2460回)

電子書籍「一日一話」

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